「……先日はすまなかったわね」
 嵐の少女ことラティリアーナ様が再び私の前に現れたのはそれから数日が経ってのことだった。

 すまなかった、なんて言いつつもその顔に浮かぶのは不服の表情。
 おおかたディートリッヒ様に謝るようにと言われたのだろうことはありありと伝わってきた。
 けれどこうしてわざわざ謝罪に来るタイプは稀で、かつ先日の騒動もブラコンを拗らせただけだという。

「お気になさらず」
 だから本心からそう返したのだが、見事なまでに目の前の少女の顔は歪む。
 美少女ってこんなところで表情筋をフル活用していいのかしら? なんて思うほどに。
 私の見てきた歴代の美少女ぶちゃいく顔ランキングの堂々の一位を飾れるその顔に、私は思わず回りを見回した。
 この場にいるのは私とラティリアーナ様、そして彼女の従者だけである。つまりラティリアーナ様の不名誉なぶちゃいく顔情報の流出は逃れられたという訳だ。

 ふぅと胸をなで下ろし、再び目の前の人に向き直る。
 すると彼女は怪訝そうな表情へと切り替えていた。
 これなら貴族のご令嬢がたまになさるし、大丈夫だ。問題ない。

 これで退散してくれれば全ての問題が解決したことになる。
 今日はサクッと済んだことへの嬉しさと、どこから沸いたか分からない達成感を感じながら頬を緩ませる。

 ――けれどそう簡単な話ではなかった。

「とりあえず先日のことは謝りましたけれど、あなたをお兄さまの妻になるに相応しい女性と認めた訳ではありませんから」
「え?」
「当たり前でしょう? いくらお兄さまに思われていても、あなたは所詮男爵令嬢なの。身の程を弁えなさい!」
「はぁ……」
「何なのよ、そのやる気のない声は! 余裕の現れなのかしら?」

 なぜ私、ラティリアーナ様の頭の中でディートリッヒ様の奥さんになることになっているのだろう?
 付き合ってすらいないどころか、マリー様を通じて過去の思いを知っただけ。
 過ぎてしまったことを掘り返して、さらに進展させるなんて……。
 まさかフランカの怒濤の勘違いが色々なルートを通じて、ラティリアーナ様の耳にも入ったとか?

 でもそれならディートリッヒ様に直接尋ねればすぐに解決するだろうに。
 きっと大好きなお兄さま相手にそんなこと言えなかったんだろうな~。

「お言葉ですがラティリアーナ様」
「何よ!」

 ここはやはり私が直接意思表明をすべきなのだろう。
 キッと睨みを聞かせるラティリアーナ様に向けて、精一杯の真面目な表情で私の気持ちを伝える。

「私はアッシュ家のメイドでございます。主人であるディートリッヒ様に忠誠は誓えども、仕えるべき方の妻になることは決してございません」

 もしもラティリアーナ様の怒りの矛先が、『私みたいな下級貴族がメイドとして仕えていること』ではなく『下級貴族が愛おしいお兄さまの妻になるかもしれないこと』ならば、本来そんな感情を抱く必要などないのだ。なにせそんな事実ないのだから。

「なのでご安心ください」
 深く頭を下げると、頭上では些か声が大きすぎる内緒話が開始される。


「どうなっているのよ、ウィング。これって隊から流れてきた正式情報でしょう?」
「そのはずですが……」
「結ばれたはずなのに何で当人がその気じゃないの。これじゃあ私、花を飾る前のラスボスの役どころかお兄さまの恋路を邪魔しているみたいじゃない」
「そう私に言われましても……。ですが方々ですでに準備は始まっている様子」
「ならなんで……」
「少し情報の食い違いが起きているのかもしれません」


 なんなんだろう、この人達。
 先ほどの尖ったような雰囲気はどこへやら。
 顔を寄せ合った二人の会話はまるで作戦会議のようだ。
 きっと計画では私をもっとイビって、田舎に返すところまで想定していたのだろう。

「一応、確認しておきたいのだけど」
「はい、なんでしょう?」
「プロポーズをされて断った、とかでは……」
「まさか! ディートリッヒ様に限ってそんなことなさいませんよ」

 弱々しく尋ねられた質問を笑って受け流せば、ラティリアーナ様はうっすらと涙を浮かべる。

 掴んだ情報自体がガセだったことに悔しさを覚えているのだろう。
 まぁ、貴族の世界ではよくある話である。
 巻き込まれたのが私みたいなメイドでよかったわ。


「お兄さまが可哀想だわ……」
 話し合いの末、なぜかそんな結論に至ったラティリアーナ様は額に手を当てると、従者に支えられるようにして屋敷を後にした。

 よく分からないが、ともかく一件落着だ。


「あれ? アイヴィーさん。今、ラティリアーナ様がいらっしゃいませんでした?」
「はい。ですが今し方お帰りになりましたよ」
「お早いお帰りですね 。一体、何の用事でいらっしゃったのですか?」
「前回の謝罪をしてくださったのと……後はなにやら勘違いをなさっていたので、訂正しておきました」
「はぁ。勘違い……ですか」
「はい! ですがもう大丈夫そうです」
「アイヴィーさんがそう言うのでしたら信じますが、勘違い、ですか」

 うーんと顎に手を当てながら考え込むベルモットさん。
 けれどそれ以上追求されることはなく、お茶会へと突入するのだった。