フランカの方はセルロトが何とかしてくれていると信じつつ、私は平和な日常を送っていた。
しばらくお城の方で大きな用事もないようだし、大イベント『お姉さまのウェディングドレス』と『シンドラー王子のお誕生日』はすでに終えた。後は『マリー様のお誕生日』だが、これはもう少し先のこと。
ディートリッヒ様から、シンドラー王子がお誕生日に渡したメモを見ながら夜な夜な制作に励んでいると聞いた。
どうやら元の手先の器用さにプラスして、ここ数年で一気に才能を開花したことで私の手助けは不要になるほどに成長したらしい。
私、結構時間かかったんだけどなぁ……。
王子に産まれて、顔はよくて頭もよくて。運動神経はよく、可愛らしい婚約者がいて、さらに手先も器用で?
才能に満ちあふれすぎているシンドラー王子を羨ましく思うが、それでいて努力をしているのも知っている。そして使用人達にも優しくて、お茶会にはいつだって私の好きそうなお菓子を用意してくれることも。
出会い方さえ違えば、恋はせずとも憧れくらいは抱いていただろう。
けれど逃走中の王子と出会った私が今、彼に抱いているのは親愛。色々とあった結果が今につながっているのだから不満はないが。
まかないを食べながら、やっぱり何てことない日常が一番よね~なんて窓から空を見上げていた。
――けれど、それがいけなかったのだろう。
嵐とは突然訪れるものである。
食事を済ませ、重ねたお皿をキッチンへと運んでいた時のこと。
聞き慣れない少女の声が廊下に響いた。
「アイヴィーっていう子はどこなの!? 出しなさいよ!」
「ラティリアーナお嬢様、落ち着いてください」
「これが落ち着いてられますか! ベルモットが呼んでこないっていうんだったら、私が勝手に探しますからね!」
「呼びます。呼びますから! ですからお嬢様は来客室で……」
「ここで、待つわ!」
甲高いその声の主はどうやら私を探しているらしい。
だが話の内容からして、私のことをよく知らないようだ。
どなただろう?
お嬢様、と呼ばれているからには貴族のご令嬢、それもおそらくはディートリッヒ様のお知り合いなのだろう。
急いでキッチンに皿を運び、後で洗いますので! と断って、玄関まで向かう。
その途中でこちらへと向かっていたらしいベルモットさんと、声の主だろう少女と顔を合わせた。
「アイヴィーさん……」
「そう、あなたがアイヴィーねぇ……。想像以上に冴えない顔しているのね。それに手や髪だって全く手入れされていないじゃない。女性っていう意識が足りないのではなくて?」
出会い頭に罵倒してくる少女の後ろで、ベルモットさんはしきりにこちらに頭を下げている。だが貴族のご令嬢がメイド相手に憂さ晴らし、なんて特別珍しいことではない。
ディートリッヒ様のお知り合いだろうが、なんだろうが対処法なんて一つだ。
これ以上お怒りにならないよう、適度に反応しながら聞き流す!
これに限る。
怒濤の言葉責めを食らいつつ、少女が何度も『お兄さま』という言葉を出していることからディートリッヒ様の妹か、それに近しい仲なのだろうと判断を下す。
感情がくみ取りづらいディートリッヒ様とは真逆を行く方だなぁ~なんて思いつつ、唐突に始まった『お兄さまのお相手には~』との希望を延々と聞かされる。
それも私への罵倒とセットで。
「だからあなたみたいな田舎の男爵令嬢なんかに相応しくないの!」
もしかしてディートリッヒ様のお相手にハイレベルな令嬢を求めるから、メイドも同じくらいでないと勤まらないといいたいのだろうか。
だけどメイドの多くは平民か下級貴族の娘である。
男爵、子爵辺りまでなら下働きを経験するが、それ以上の方はよほどのことがない限り、城ですら働かないんだけど……。
どうやらお兄さまの周りを完璧で固めたいらしい少女に、そんなこと伝えても無駄なのだろう。
私には品があるとは言えない。
一応人並みには仕事が出来るが、所詮その程度だ。
どこからか私の噂を耳にして、それにお怒りになったのだろう。
近々クビになるかもな……。
ご令嬢の言葉に耳を傾けるフリをしながら、私は次の職場の見当をつけていた。
「ラティリアーナ」
「お兄さま!」
いつまで続くか分からない時間から救い出してくれたのはディートリッヒ様。
ずいぶんと早いお帰りだ。
「おかえりなさいませ」
玄関までお迎えに迎えられなかったことへの謝罪と共に、早い帰宅の主人に頭を下げる。
けれどディートリッヒ様は「ただいま」と短く声を返すだけで、すぐにその少女へと冷たい視線を下ろす。
「何をしている」
「お兄さま、怒ってるの?」
「ラティリアーナ。私は『何をしている』と聞いているんだ」
「そ、それは……」
「……ラティリアーナはこの兄にも答えられないようなことをしていたのか」
「……っ」
「はぁ……だんまりか。まぁいい。帰りなさい」
「そんな!」
「帰りなさい」
妹に対するものとは思えないほどに冷え切った言葉の数々に、ラティリアーナ様は悔しそうに唇をかみしめる。うっすらと涙を貯める目でこちらをキッと睨むと、ドレスを翻す。
ディートリッヒ様の後ろに待機していた彼女付きの使用人と思われる男性は、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら「ただブラコンなだけなのでお気になさらずに~」なんて去っていった。
一体、なんだったのだろう?
来るのも早ければ過ぎ去るのも早い嵐をポカンと眺めた。
しばらくお城の方で大きな用事もないようだし、大イベント『お姉さまのウェディングドレス』と『シンドラー王子のお誕生日』はすでに終えた。後は『マリー様のお誕生日』だが、これはもう少し先のこと。
ディートリッヒ様から、シンドラー王子がお誕生日に渡したメモを見ながら夜な夜な制作に励んでいると聞いた。
どうやら元の手先の器用さにプラスして、ここ数年で一気に才能を開花したことで私の手助けは不要になるほどに成長したらしい。
私、結構時間かかったんだけどなぁ……。
王子に産まれて、顔はよくて頭もよくて。運動神経はよく、可愛らしい婚約者がいて、さらに手先も器用で?
才能に満ちあふれすぎているシンドラー王子を羨ましく思うが、それでいて努力をしているのも知っている。そして使用人達にも優しくて、お茶会にはいつだって私の好きそうなお菓子を用意してくれることも。
出会い方さえ違えば、恋はせずとも憧れくらいは抱いていただろう。
けれど逃走中の王子と出会った私が今、彼に抱いているのは親愛。色々とあった結果が今につながっているのだから不満はないが。
まかないを食べながら、やっぱり何てことない日常が一番よね~なんて窓から空を見上げていた。
――けれど、それがいけなかったのだろう。
嵐とは突然訪れるものである。
食事を済ませ、重ねたお皿をキッチンへと運んでいた時のこと。
聞き慣れない少女の声が廊下に響いた。
「アイヴィーっていう子はどこなの!? 出しなさいよ!」
「ラティリアーナお嬢様、落ち着いてください」
「これが落ち着いてられますか! ベルモットが呼んでこないっていうんだったら、私が勝手に探しますからね!」
「呼びます。呼びますから! ですからお嬢様は来客室で……」
「ここで、待つわ!」
甲高いその声の主はどうやら私を探しているらしい。
だが話の内容からして、私のことをよく知らないようだ。
どなただろう?
お嬢様、と呼ばれているからには貴族のご令嬢、それもおそらくはディートリッヒ様のお知り合いなのだろう。
急いでキッチンに皿を運び、後で洗いますので! と断って、玄関まで向かう。
その途中でこちらへと向かっていたらしいベルモットさんと、声の主だろう少女と顔を合わせた。
「アイヴィーさん……」
「そう、あなたがアイヴィーねぇ……。想像以上に冴えない顔しているのね。それに手や髪だって全く手入れされていないじゃない。女性っていう意識が足りないのではなくて?」
出会い頭に罵倒してくる少女の後ろで、ベルモットさんはしきりにこちらに頭を下げている。だが貴族のご令嬢がメイド相手に憂さ晴らし、なんて特別珍しいことではない。
ディートリッヒ様のお知り合いだろうが、なんだろうが対処法なんて一つだ。
これ以上お怒りにならないよう、適度に反応しながら聞き流す!
これに限る。
怒濤の言葉責めを食らいつつ、少女が何度も『お兄さま』という言葉を出していることからディートリッヒ様の妹か、それに近しい仲なのだろうと判断を下す。
感情がくみ取りづらいディートリッヒ様とは真逆を行く方だなぁ~なんて思いつつ、唐突に始まった『お兄さまのお相手には~』との希望を延々と聞かされる。
それも私への罵倒とセットで。
「だからあなたみたいな田舎の男爵令嬢なんかに相応しくないの!」
もしかしてディートリッヒ様のお相手にハイレベルな令嬢を求めるから、メイドも同じくらいでないと勤まらないといいたいのだろうか。
だけどメイドの多くは平民か下級貴族の娘である。
男爵、子爵辺りまでなら下働きを経験するが、それ以上の方はよほどのことがない限り、城ですら働かないんだけど……。
どうやらお兄さまの周りを完璧で固めたいらしい少女に、そんなこと伝えても無駄なのだろう。
私には品があるとは言えない。
一応人並みには仕事が出来るが、所詮その程度だ。
どこからか私の噂を耳にして、それにお怒りになったのだろう。
近々クビになるかもな……。
ご令嬢の言葉に耳を傾けるフリをしながら、私は次の職場の見当をつけていた。
「ラティリアーナ」
「お兄さま!」
いつまで続くか分からない時間から救い出してくれたのはディートリッヒ様。
ずいぶんと早いお帰りだ。
「おかえりなさいませ」
玄関までお迎えに迎えられなかったことへの謝罪と共に、早い帰宅の主人に頭を下げる。
けれどディートリッヒ様は「ただいま」と短く声を返すだけで、すぐにその少女へと冷たい視線を下ろす。
「何をしている」
「お兄さま、怒ってるの?」
「ラティリアーナ。私は『何をしている』と聞いているんだ」
「そ、それは……」
「……ラティリアーナはこの兄にも答えられないようなことをしていたのか」
「……っ」
「はぁ……だんまりか。まぁいい。帰りなさい」
「そんな!」
「帰りなさい」
妹に対するものとは思えないほどに冷え切った言葉の数々に、ラティリアーナ様は悔しそうに唇をかみしめる。うっすらと涙を貯める目でこちらをキッと睨むと、ドレスを翻す。
ディートリッヒ様の後ろに待機していた彼女付きの使用人と思われる男性は、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら「ただブラコンなだけなのでお気になさらずに~」なんて去っていった。
一体、なんだったのだろう?
来るのも早ければ過ぎ去るのも早い嵐をポカンと眺めた。