ついにこの時がやってきた!
 この瞬間が楽しみすぎて昨日はなかなか眠りつけなかったが、私の頭はおそらく生まれてから一番冴えている。

 弾む気持ちを脳は身体に伝達し、あぶなく王都でスキップを決める女になりかける。

 それでは不審者である。
 私自身が白い目で見られるのは百歩譲っていいにしても、さすがにこれから会う男は巻き込むわけにはいかない。
 とりあえず落ち着け。はしゃぐのはまだ早いぞ。頭に何度も信号を送る。そしてディートリッヒ様さながらの無表情で王都を闊歩する。

 それでもなかなか怪しいが、そこはまぁ許して欲しいところだ。

 待ち合わせ場所は王都の中心から少し西に歩いたところにある噴水広場。東の銅像と並んで、王都の待ち合わせスポットとしてよく利用される場所だ。噴水広場は馬車乗り場が近いことから、観光客や遠くから来た知り合いと待ち合わせをする時に使われることが多い。だから私も今回、この場所を待ち合わせとして指定したのだ。


 迷わずにたどり着けているかしら?
 私も王都に来たばかりの頃は何度と迷っては一日を無駄にしたものだ。

 道に迷ったらとりあえず馬車乗り場に戻って、と伝えたが心配は不要だったようだ。噴水近くのベンチに馴染みのある真っ黒な髪を見つけて駆け寄る。


「ジャック!」
「アイヴィー、久しぶり。大きくなったな」
「そりゃあ6年も経つんですもの。私も成長するわ」

 6年ぶりのジャックである。
 不思議と6年もの空白は感じない。いくら会っていないといっても頻繁に手紙を送りあっていたのだ。対面したジャックは以前よりも逞しくなっている。けれどもやはりジャックはジャックだ。

「早速見て回りましょうか」
「ああ」
 今日は彼と一緒にウェディングドレスを注文するお針子さんを選ぶ予定だ。
 荷物の一部を受け取り、近況を話し合いながら目星をつけてあるお店を回る。確かめるようにジャックは何度となく「やっぱりアイヴィーは昔のままだなぁ」なんて確認するように呟く。さっきは大きくなったなぁなんて言ってくれたのに、どうやら見た目以外はあまり変わっていないらしい。

 そう簡単に人間、変わらないものだ。
 私の変化といえばちょっと便利に慣れすぎたのと、グルメになったことくらい。後は出来ることも少し増えたっていうのも自慢出来ることだ。
 けれどやはりそれくらい。

 ジャックを連れて店を回っては注目ポイントを説明する。
 この店はレースが綺麗だとか、ふんわりとしたシルエットが特徴的だとか。
 中でもジャックが気に入ったのは、シルエットやベースはシンプルながらも散りばめられた刺繍が彩りをひっそりとした上品さを醸し出すドレスが飾られた店だった。
「ここにする」と声を発した訳ではない。
 けれどその目を見れば分かる。
 ドレスを見つめる目はまあるく見開かれており、じいっと魅入られたように凝視しているのだから。

 過去に何度も貴族達のウェディングドレスを手がけている針子が在籍しているこの店は、実は私の一押しだった。
 お姉様の希望はあくまで白薔薇のドレス。
 ウィンドウに飾られたそれとは系統が違うかもしれない。
 けれど繊細な刺繍は白い糸でもその美しさを十分に発揮するだろうと見込んだのだ。

「ジャック」
 そう声をかければ、ジャックはハッとして「ここにする」と告げた。
 そして二人で店に入ってある程度決めていた内容を針子さんに伝える。

 もちろんお金に糸目はつけない。
 この時のために6年もお金を貯め続けたのだ。

 追加料金もどんとこい!
 それでお姉様の晴れの日が輝くのなら!

「奥様は」
「奥様じゃないです」
「え?」
「このウェディングドレスは私から姉へのプレゼントです!」

 ジャックと私で想いの丈をぶつけると何度となく、針子さんやデザイナーさんに驚かれた。
 まさか奥様不在でドレスを選びに来るとは思わなかったのだろう。
 けれど完成形はギリギリまで内緒にすると決めていたのだ。針子さん達には迷惑をかけてしまうが、こればかりは譲れない。

 私とジャックが選んだドレスで、頭には薔薇の花冠を乗せたお姉様に笑って欲しい。
 それが私の夢だから。

 あまりに熱く語るからか、職人さん達の勢いも増していく。
 私達が伝える『花嫁』に似合うだろう案を提示しては、私達の声に合わせて少しずつ変えてくれるのだ。

 ――そしてそのウェディングドレス会議は日が暮れるまで続いた。
 途中、何度か他のお客さんが入ってきては外れる店員さんもいたが、また帰ってきては話し合いに参加してくれる。


 まさかこんなに親身になってくれるとは……。


 本当にいい店を選んだものだ。
 ジャックはお針子さんから採寸方法をしっかりと教え込まれた。
 サイズを伝えるべく、計ってきたジャックだったが、帰ったらお姉様の採寸をやり直すのだそうだ。

「サイズは手紙に書いて送るから伝えてくれ」
「分かったわ!」

 ジャックはそう言い残して、王都を後にした。


 数日後、ジャックから送られてきた『お針子さん直伝採寸メモ』を手に、あの店へと向かう。

 顔を覚えていてくれたらしい店員さんの一人に手渡せば「任せてください。必ずや最高の一着に仕上げますので!」と拳を固めてくれた。

「お願いします」
 最終調整にはわざわざ私の実家まで足を運んでくれると約束してくれた店員さんに深く頭を下げて、店を後にした。