翌朝、ディートリッヒ様と一緒に馬車に乗り込む。
「今日はシンドラー王子のお誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しい」
「かしこまりました」
そこで初めてディートリッヒ様の口から今日の目的を聞いた。初めにそれを言って欲しかったと思うのはメイド失格だろうか。
恋心を抱いていた私に同じことを言ったらデートと勘違い…………しないな。
シンドラー王子関係の何かだろうな、って思う。誕生日プレゼント選びも王子のためだし、どちらに転んでもやはりそれは変わりなかった訳だが。
こういうところがアッシュ家のメイドに選ばれた理由なんだろうか?
メイドの引き抜き一つってしても好意なんて持たれていたら面倒臭いだろうし、私がちょうど良かったのだろう。鈍感で全くディートリッヒ様の気持ちに気づかなかっただけではあるが。
がたがたと揺れる馬車の中で、私ってなかなかヒドい人間だよなぁ~なんて感傷に浸る。肩までしっかりと。ちゃっかりと息継ぎしなくても済むように顔を確保している私に、ディートリッヒ様は「それで」とお話を開始する。想像の中だったとしても耳を出してて良かったわ、なんて思いながら主の目をまっすぐに見据える。
「王子へのプレゼントだが、私が過去に贈った物は主に稽古の際に使ってもらえるような道具だ。アイヴィー、君は?」
「私は技術です。ドライフラワーの作り方や刺繍の方法、その時シンドラー王子に頼まれたことをプレゼント代わりにお教えしておりました」
「ドライフラワー作り? 刺繍の方法? それは完成したものではなく?」
表情一つ変えないディートリッヒ様だが、ゆっくりとお両目をパチパチとさせているところを見るに、結構混乱されているのだろう。
そうよね。こいつ王子相手に講座なんて開講しているんだ、って思うわよね。
それにドライフラワー作りはさておき、刺繍はご令嬢が手習いとしてなさるものだ。おそらく歴代の王子様でメイドに教えてくれと頼んだ方は、シンドラー王子を除けばいらっしゃらないだろう。
私だって今ではすっかり慣れてしまったが、城に来た当初はそんなことをするとは想像もしていなかった。想像していなかったのは、ずっと空の上にいらっしゃると思っていた王子が意外と近くにいて、なし崩しにお茶をしていることも、だが。
ここ数年で想定外の日々を送り続けているものの、慣れた私と、思考が止まっているディートリッヒ様。どちらが常識人かと聞かれれば間違いなく、ディートリッヒ様である。
小さく息を吸い込んで、未だに瞬きを繰り返しているご主人様にその理由をお話させていただくことにしよう。
「はい。数ヶ月後に控えるマリー様のお誕生日プレゼントに贈られるとのことで……」
「……そうなった過程を聞いてもいいか?」
「発端はお茶会で、マリー様が私の話に興味を持たれたことでした。ディートリッヒ様もご存じかと思いますが、私は姉のウェディングドレスのために貯金を続けておりまして、その時にマリー様が『ではあなたのドレスは?』とお聞きになられて」
「そこからなぜ?」
「その時に私は『花冠さえいただければ十分です』と答えたのです。そこから私達姉妹の両親の話になりまして、そのエピソードを気に入られたマリー様はご自分も欲しいと呟かれたのです。それを聞いていたシンドラー王子がマリー様へ花冠を贈りたいから作り方を教えて欲しい、と。その年、マリー様にマリーゴールドの花冠を贈ったところ、とてもお喜びになられて……それからシンドラー王子に何かを作る方法をお教えするのがお誕生日プレゼントの代わりとなったのです」
「そういえば毎年、マリー様が自慢してくるが……それが理由だったのか」
「はい。全て大切に保管されているそうです。中でも初めに贈られたマリーゴールドの花冠は加工を施した後に保管してらっしゃるそうで、結婚式に身につけてくださるのだと約束してくださいました」
「結婚式に? 王子妃にはティアラがあるだろう?」
「マリー様もそのことはご存じだと思います。ですからそれはただの約束なのでしょう。けれど私や姉にとって名前由来の花で作られた花冠はティアラと同じもので。だからこそマリー様はそれほどまでに喜んでくださったのでしょう。守られないと分かっていても、私にとってその約束ほど嬉しい物はありません」
「花のティアラ、か。アイヴィーも欲しいのか?」
「え?」
「何を驚いているんだ? 話からするに、君の名前はアイビーから取ったものだろう?」
「そう、ですね。いただければ嬉しいのですが、生憎と私にはそのような相手がいないものですから」
「そうか……」
なぜ私は密室となった空間で、主人相手に恋人がいない悲しい女宣言をしなければいけないのだろう。
ディートリッヒ様はなぜわざわざ私にそんな確認をしたのか。深い意味はないのか。それとも何か深い意図が…………………まさか!
「あくまで花のティアラは私達姉妹の憧れで、その話をたまたまマリー様が気に入ってくださったというだけでして。決して全ての女性の憧れだとか、地方にある慣習の一つとかではないのです!」
この話を聞いたディートリッヒ様が、花由来の名前が入っている女性は花冠を欲しがる傾向にあるなんて勘違いされたらと思うとゾッとする。
今後、ディートリッヒ様と結ばれる女性の名前にお花の名前が入っていて、唐突に花冠を贈られたら確実に混乱することだろう。
「そうなのか?」
「はい! それに好きな男性から頂いた物は大抵何でも嬉しいものですから!」
だから今後好きな女性ができた際には、いや政略的な結婚の末に共になった女性にも、その方に合った贈り物をして欲しいものだ。出来ればアクセサリーやドレスあたりが無難である。それを贈ってくれ! そんな切なる思いに思わず両手は拳を作ってしまう。
「それは、難しいな」
「何をもらったか、よりもそれだけ自分のことを思ってくださったことが嬉しいのです」
「なるほど」
なぜ私は馬車で女性の心情講座なんてものを開いているのだろう。
どうやら私は、シンドラー王子のお誕生日が近くなると○○講座を開く習慣が身についてしまったらしかった。
「今日はシンドラー王子のお誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しい」
「かしこまりました」
そこで初めてディートリッヒ様の口から今日の目的を聞いた。初めにそれを言って欲しかったと思うのはメイド失格だろうか。
恋心を抱いていた私に同じことを言ったらデートと勘違い…………しないな。
シンドラー王子関係の何かだろうな、って思う。誕生日プレゼント選びも王子のためだし、どちらに転んでもやはりそれは変わりなかった訳だが。
こういうところがアッシュ家のメイドに選ばれた理由なんだろうか?
メイドの引き抜き一つってしても好意なんて持たれていたら面倒臭いだろうし、私がちょうど良かったのだろう。鈍感で全くディートリッヒ様の気持ちに気づかなかっただけではあるが。
がたがたと揺れる馬車の中で、私ってなかなかヒドい人間だよなぁ~なんて感傷に浸る。肩までしっかりと。ちゃっかりと息継ぎしなくても済むように顔を確保している私に、ディートリッヒ様は「それで」とお話を開始する。想像の中だったとしても耳を出してて良かったわ、なんて思いながら主の目をまっすぐに見据える。
「王子へのプレゼントだが、私が過去に贈った物は主に稽古の際に使ってもらえるような道具だ。アイヴィー、君は?」
「私は技術です。ドライフラワーの作り方や刺繍の方法、その時シンドラー王子に頼まれたことをプレゼント代わりにお教えしておりました」
「ドライフラワー作り? 刺繍の方法? それは完成したものではなく?」
表情一つ変えないディートリッヒ様だが、ゆっくりとお両目をパチパチとさせているところを見るに、結構混乱されているのだろう。
そうよね。こいつ王子相手に講座なんて開講しているんだ、って思うわよね。
それにドライフラワー作りはさておき、刺繍はご令嬢が手習いとしてなさるものだ。おそらく歴代の王子様でメイドに教えてくれと頼んだ方は、シンドラー王子を除けばいらっしゃらないだろう。
私だって今ではすっかり慣れてしまったが、城に来た当初はそんなことをするとは想像もしていなかった。想像していなかったのは、ずっと空の上にいらっしゃると思っていた王子が意外と近くにいて、なし崩しにお茶をしていることも、だが。
ここ数年で想定外の日々を送り続けているものの、慣れた私と、思考が止まっているディートリッヒ様。どちらが常識人かと聞かれれば間違いなく、ディートリッヒ様である。
小さく息を吸い込んで、未だに瞬きを繰り返しているご主人様にその理由をお話させていただくことにしよう。
「はい。数ヶ月後に控えるマリー様のお誕生日プレゼントに贈られるとのことで……」
「……そうなった過程を聞いてもいいか?」
「発端はお茶会で、マリー様が私の話に興味を持たれたことでした。ディートリッヒ様もご存じかと思いますが、私は姉のウェディングドレスのために貯金を続けておりまして、その時にマリー様が『ではあなたのドレスは?』とお聞きになられて」
「そこからなぜ?」
「その時に私は『花冠さえいただければ十分です』と答えたのです。そこから私達姉妹の両親の話になりまして、そのエピソードを気に入られたマリー様はご自分も欲しいと呟かれたのです。それを聞いていたシンドラー王子がマリー様へ花冠を贈りたいから作り方を教えて欲しい、と。その年、マリー様にマリーゴールドの花冠を贈ったところ、とてもお喜びになられて……それからシンドラー王子に何かを作る方法をお教えするのがお誕生日プレゼントの代わりとなったのです」
「そういえば毎年、マリー様が自慢してくるが……それが理由だったのか」
「はい。全て大切に保管されているそうです。中でも初めに贈られたマリーゴールドの花冠は加工を施した後に保管してらっしゃるそうで、結婚式に身につけてくださるのだと約束してくださいました」
「結婚式に? 王子妃にはティアラがあるだろう?」
「マリー様もそのことはご存じだと思います。ですからそれはただの約束なのでしょう。けれど私や姉にとって名前由来の花で作られた花冠はティアラと同じもので。だからこそマリー様はそれほどまでに喜んでくださったのでしょう。守られないと分かっていても、私にとってその約束ほど嬉しい物はありません」
「花のティアラ、か。アイヴィーも欲しいのか?」
「え?」
「何を驚いているんだ? 話からするに、君の名前はアイビーから取ったものだろう?」
「そう、ですね。いただければ嬉しいのですが、生憎と私にはそのような相手がいないものですから」
「そうか……」
なぜ私は密室となった空間で、主人相手に恋人がいない悲しい女宣言をしなければいけないのだろう。
ディートリッヒ様はなぜわざわざ私にそんな確認をしたのか。深い意味はないのか。それとも何か深い意図が…………………まさか!
「あくまで花のティアラは私達姉妹の憧れで、その話をたまたまマリー様が気に入ってくださったというだけでして。決して全ての女性の憧れだとか、地方にある慣習の一つとかではないのです!」
この話を聞いたディートリッヒ様が、花由来の名前が入っている女性は花冠を欲しがる傾向にあるなんて勘違いされたらと思うとゾッとする。
今後、ディートリッヒ様と結ばれる女性の名前にお花の名前が入っていて、唐突に花冠を贈られたら確実に混乱することだろう。
「そうなのか?」
「はい! それに好きな男性から頂いた物は大抵何でも嬉しいものですから!」
だから今後好きな女性ができた際には、いや政略的な結婚の末に共になった女性にも、その方に合った贈り物をして欲しいものだ。出来ればアクセサリーやドレスあたりが無難である。それを贈ってくれ! そんな切なる思いに思わず両手は拳を作ってしまう。
「それは、難しいな」
「何をもらったか、よりもそれだけ自分のことを思ってくださったことが嬉しいのです」
「なるほど」
なぜ私は馬車で女性の心情講座なんてものを開いているのだろう。
どうやら私は、シンドラー王子のお誕生日が近くなると○○講座を開く習慣が身についてしまったらしかった。