お茶会兼近況報告は夜まで続いた。
「さてそろそろ夕食にするか。アイヴィー、何か食べたい物はあるか? 一品くらいだったら今からでも作らせるが」
「なぜ当たり前のように私もご一緒する事になっているんですか? 私はメイドですよ?」

 確かに私はもう城付きメイドではない。
 だがだからといって、さすがに王子と未来の王子妃様と食事を共にするような身分ではないのだ。

「一緒に座ってお茶飲んでお菓子まで食べておいて、何をいまさら……」
 やんわりとお断りする私に、シンドラー王子は呆れたような視線を向けてくる。
 だが別に私はおかしなことは言っていないはずだ。
 お茶会だって初めは私の休憩時間にシンドラー王子がやってきたことが始まりだし……。
 それはそれ、これはこれである。

 私も一応、男爵令嬢。身分差や格差を気にするのだ。そう、多少は。なし崩しにこうなったとはいえ、私は悪くない! とこれからも主張し続けるつもりである。

 だが一向に二人が引いてくれる気配はない。
 それどころかシンドラー王子は「食べ物を粗末にしてはいけない、だったな……」と昔、私が彼に言ったことを呟きながらドアの方へと向かっていく。

 作ってしまえば私が食べないわけがないと思っているのだろう。
 確かに用意されたら食べるしかない。だがそれも用意されたら、の話である。

「行かせませんよ」
 ドアの前でとおせんぼをすれば、シンドラー王子だってコックにもう一人分増やすようにと指示を出せないはずである。
 ドアの前で両手を左右に大きく開くと、王子は悔しそうに唇を噛みしめる。けれど諦めるつもりはないようで、視線はあっちをいったり来たりしては、抜け道を探し続けている。

 そこまでして一緒に夕食を食べたいのだろうか……。
 嫌な気分ではないし、本音を言うならここで折れてしまいたい。
 だが私はメイドだ。ここは意地でも阻止して、シンドラー王子には愛しのマリー様との二人での食事を楽しんでいただかねば!

 王子と私のにらみ合い? がしばらく続いたその時、私達の緊張をほどく声が頭上から落とされた。

「何をしているんですか……」
 ディートリッヒ様である。
 今はまだ夕食を用意するかと言った時刻で、いつもよりもずっと早い時間だ。
 仕事が終わった、という訳ではなさそうだ。おそらく王子達を私に任せきりにするのは心配だったのだろう。その顔には疲労感が滲んでいる。

 急いで両手を下ろして部屋の隅による。
 するとシンドラー王子は増援が来たとばかりに顔を綻ばせて、ディートリッヒ様の元へと駆け寄る。

「ディートリッヒ、いいところにきた! アイヴィーに夕食を食べていくようにお前からも言ってくれ」
「言いません。彼女はアッシュ家のメイドです。屋敷に帰ってから食事はこちらで出します」
 私と同じような答えであるディートリッヒ様に、今度はマリー様までもがツカツカと距離を詰める。

「ディートリッヒは毎日この子を独占しているんでしょうけど、私なんて三ヶ月ぶりなのよ? 一日くらい夕食を一緒にとってもいいじゃない!」
「彼女はお人形ではないんです。それに彼女はメイドです。本来ならばあなた達と一緒に食事が出来るような身分ではないのです。本当はこのお茶会だって……」

 独占、って人間に使う言葉なのかしら? と思わず他人事のように考えてしまう。
 だがマリー様に悪気はないのだろう。
 それに彼女にとっては、そしてシンドラー王子にとっても、私はきっと普通のメイドではないのだ。

 他人というには、使用人と割り切るにはきっと距離が近すぎるのだ。
 本来ならばディートリッヒ様のおっしゃる通り、一緒に食事が出来る身分などではない。それにお茶会だって……。
 ディートリッヒ様が言葉を濁しているのは、私にも一応は『男爵令嬢』という身分があるからだろう。爵位がある以上は、どんなに地位が低かろうがあり得ないと可能性を切り捨てることは出来ない。なんとも真面目な彼らしい言い方である。

 だが言い切ってもらっても構わないのだ。
 なにせ私は今、使用人としてここに立っているのだから。

 それにあのまま実家にいたとしても、きっと彼らとお茶会をする機会などなかったはずだ。

 だってこれは私がメイドとして城にやって来て、シンドラー王子と出会って、そしてその婚約者であったマリー様と出会ったからこその関係なのだから。

 まだ数日ほど二人のお相手は続くようだけど、帰ったらお説教かしらね。
 メイド長のそれとはきっと違うだろうが、だが身分を弁えろと諭されるのは間違いないだろう。

 二人とのこの関係が終わってしまうのは少し寂しいが、今の雇用主はディートリッヒ様だ。彼の言葉に従う他ない。

 つい俯いてしまった私の耳に「そう」と冷たい言葉が入ってくる。
 これはマリー様の声だ。
 いつもの可愛らしい声でも、先ほどまでのはしゃいだような声でもない。
 突き放すような冷たい声だ。弾かれるように顔をあげると、そこにはディートリッヒ様を睨みつけるように立つマリー様の姿があった。

「ディートリッヒ様はそういうことをおっしゃるのね。少しの間だって我慢していたけれど、どうやら何も変わらないみたいだし、私にだって考えがあります」
「考え、ですか?」
「ええ。アイヴィーを私の家のメイドにします」
「そんなの!」
「私に不可能はないわ。だって私はマリー=リアゴールド、四大貴族のリアゴールド公爵家の長女にして王子の婚約者なんだから」

 ふっと不敵に笑うその顔は氷のようで、自分よりもずっと大きなはずのディートリッヒ様を貫いてしまいそうなほど。
 けれどその瞳がほんの少しだけ、どこか悲しげに揺らいでいたのを私は見逃さなかった。