5.悪因悪果
明日香は18歳になった。颯さんと相思相愛になり、毎日充実した日々を送っている。
来年には隣町にある憧れのS音大へ進学予定だ。
颯さんと魔物浄化にも少しづつ行くようになった。邪悪な気配を感じると全国どこへでも行く。
最初の頃は想像を超える魔物の姿に何度も気絶しそうになりながらも颯さんに助けられ、やっと慣れてきた。
***
最初に二人で魔物浄化をしたのは都会の海に近い場所だった。
戦国時代、城の暴君によって非業の死を遂げた何百匹もの動物たちを慰め供養している寺があった。
動物達は刀の切れ味を確かめる為と銃の的にされ犠牲になった。暴君は野良犬、猫以外にも、民が飼っていた犬、猫、馬も取り上げ、果ては狸、キツネ、鳥等も犠牲になったという。凄惨な最期を遂げた動物たちはゴミ屑の様に捨てられ放置された。
結果、動物達の魂は怨霊となって当時の人々に災厄となって降りかかった。天災、疫病による死者は数え切れず。更に戦争が悪化して、暴君は凄惨な最後を遂げた。動物達にした事そのままが暴君に還ったらしい。
この状況を鎮めたのは颯さんだった。そして、颯さんの姿を見る事の出来た僧侶に墓を作り供養するように伝えたという。
僧侶は自身の寺に民と協力して遺骸を集めて土に返し墓を建てて弔った。颯さんはその墓に結界を張って封印した。それから平穏が訪れた。
そんないわく付きの寺で結界が破れ、強烈な邪気を感じたという。
人間の墓とは別に、奥まった場所に動物の墓はある。現代でも毎日読経を行い手厚く供養していた。
ところが、若者の暴走によって結界は破られた。
***
この場所は心霊スポットとしても有名である。真夜中に度胸試しと称してやって来る人は後を絶たなかった。
そして今回。男女の若者4人が例に漏れず墓へ来た。
A「ここが動物の怨霊を鎮めているという墓か。想像していたものより何か陳腐だな。」
B「ただ単に土が盛られてて、古くて汚い墓石が立てられてるだけで何の変哲もない所だよね。」
A「怖いとか何も感じないよな。」
B「ほんとね。」
C「伝説ってだけで、本当は動物の死体とか埋まってないとか?」
D「あり得る~~。」
A「実はさ、俺、車にシャベル積んで持って来たんだ。掘って確かめてみようぜ。」
「「「マジ?!」」」
A「マジ。やる?」
B「いくら何でもそれは駄目だよ。怖いし。」
D「私も怖いし、それに後でバレて怒られる方がもっと怖い。」
C「俺、確かめてみたい。」
A「だよな。」
B、D「絶対やめた方がいいって!何が起こるか分からないよ!」
A「怖かったら離れて見てなよ。」
もう止められなかった。
そして、男2人はあろうことか土を掘り墓石を倒して壊すという暴挙に出た。当然、結界が破れた。
ゴゴゴ・・・。地の底から響くような不気味な音がした。
得体の知れない何かがゆらゆらと陽炎のように立ち、夜の闇よりも深い闇が辺りを
包み込んだ。
そして。その闇はうねうねと動き始め、刹那、巨大な蛇が姿を現した。
蛇は角が生えていて頭が二つに分かれていた。
若者たちは絶叫して逃げ出そうとしたが腰が抜けてその場にへたり込んだ。
蛇は若者たちをゆっくりと飲み込んだ…。
翌日、暴かれた墓の側で若者達の遺体が発見された。好奇心が引き起こした最悪の事態だった。
***
颯さんは異変を察知していち早く動いた。
私はオオカミに姿を変えた颯さんの背中に乗って一緒に行く。時速何百㎞出ているのかというスピードで走っているのでどこへでもあっという間に着く。
絶対新幹線越えのスピードだと自信を持って言える。
そのまま背に乗っているだけだと飛ばされてしまうので、結界を張って守ってくれる。
寺に着き、墓の様子を窺った。因みに私達の姿は見えない。
墓石の両横から土を掘り、幅も深さも1.5m程掘られていた。盛り土はぐずぐず崩れ、バランスを失った墓石が倒れていた。
「物凄い邪気が漂っている。だが姿が見えない。」
「どこかへ逃げたのでしょうか。早く見つけないと大変なことになりますよね。」
「近くにはいる。だが、気取られないようにしているようだ。封印した私の事を覚えているからね。強烈な邪気は消せないようだが。」
少しの間考えた私は、笛を手にする。
「吹いてみます。」そう言って、息を大きく吸い込む。
”鎮魂の詩”にしよう。
無になってひたすら奏でる。哀しく美しく死者を想う曲。
ゴゴゴ・・・。何処からともなく姿を現したその姿に、正気を失う一歩手前だった。
巨大な蛇はとぐろを巻いている。真っ黒くて全長は多分15m位ある。太さも3m位ありそうだ。頭は2つに分かれ、それぞれに角が2本生えていて異常に赤く鋭い目つき。赤黒くて先が割れた舌をチロチロ出している。
蛇はメチャクチャ嫌いだ。生理的に受け付けない。ましてやこんな大きいサイズの蛇。
逃げ出したい気持ちを必死に抑えた。
「あれが積怨蛇だ。封印が解かれ人間の魂を4人取り込んで大きくなっている。毒もあるので気を付けるんだ。」
「はい・・・。」
私の気持ちを理解しているのか、「私が必ず守る」と言ってくれた。
少し安心して「はい」と答えた。
「久しぶりだなヤト。」人間の姿になった颯さんが積怨蛇に話しかけた。
「クク・・。お前とまた会うとはな。今度は封印なぞされない!積年の恨み晴らしてくれるわ!!」
ゴオオ!っという音と共にものすごい怨嗟の嵐が吹いた。
「ヤト。お前を傷つけたくはない。おとなしく元の場所に戻れ。」
「あやかし風情が偉そうに!元々お前もオオカミではないか!!身勝手で卑しい人間の味方をするのか!」
「お前の憎しみ、分からないではない。だがそんな人間ばかりではない。少なくとも私は助けられ救われている。」
(颯さん…。)
「俺は無数の人間の魂を食った。さっき取り込んだ奴らも含めて汚ない魂がほとんどだったがな!
汚い人間など俺が食って掃除してやるのさ!」
「そんな人間ばかりではない。お前達の魂を不憫に思い、手厚く供養していたではないか。そんな人々の想いは通じていなかったか」
「ふん!!そんな御為倒しなど通用しない!」
「何を言っても無駄なようだな。400年前は封印に留めたが、どうやら間違っていたようだ。人間の魂と入り混じって聞く耳を持たなくなってしまった。今度は完全に浄化させる。」
「やれるものならやってみろ!俺はあの時とは違う。返り討ちにしてやる!!」
私は恐怖を覚えながらもそのやり取りを聞いて、次第に冷静になった。
この大蛇を颯さんはヤトと呼び完全に消してしまう浄化ではなく封印した。そして供養するように僧侶に伝え、現代まで寺で手厚く供養されていた。
それって、かつてはオオカミだった颯さんが、無残な最期を遂げてしまった動物達の気持ちを思い、人間に贖罪させ、両方に気持ちを分かって欲しかったのではないか。そんな気がした。
人間はかつての過ちを起こさないように400年ずっと供養し続けた。
だが、大蛇はかつて自分達を死に追いやった人間たちの魂も取り込んでいるので、怨嗟の炎は消えなかった。そう云う事だと思う。
私は涙が出るのを抑えられなかった。
「ごめんなさい…。辛かったでしょうね。苦しかったでしょうね。本当にごめんなさい…。」
謝るしかできなかった。
積怨蛇は憎しみの籠った目を私に向け、威嚇してきた。
「人間ではないか!何故こいつと一緒にいる!」
「私は颯さんの妻です。どうか、気持ちを鎮めてください。」
「そうか。そう云う事か!ならばお前から食ってやる!」
そう言い放ち、とぐろを巻いていた姿勢から一気に飛び掛かってきた。
半端ない恐怖が襲ったが、いつの間にか私の周りに結界が張られていて、積怨蛇ははじき返された。
「ヤト。お前の相手は私だ。間違えるな。」
「ふん!お前が先に死にたいならそうしてやる!覚悟しろ!」積怨蛇の体はどんどん上昇して、尻尾を地面に固定して全身が露わになった。
とぐろを巻いていたときには分からなかったが、頭の下と尻尾に近い所に足が4本あった。
眼光は更に鋭くなり、真っ黒い胴体に鱗が不気味に光っていた。二つの頭に生えている角は
捩じり飴のように見え、大きな口から鋭い牙が見える。颯さんは毒に注意しろといった。
噛まれたら多分即死だろう。
積怨蛇は口を開け頭を大きく振り被り、颯さん目掛けて思いきり突っ込んできた。
「危ない!!」思わず叫んでいた。
ガツッ!!
いつの間にか颯さんは炎を纏った倶利伽羅剣を握っていた。剣が積怨蛇を打ち返す。
「400年前はその剣に遅れを取った。だが今度は負けない!」
体制を立て直し、猫が毛を逆立てるように鱗を逆立てた。そして口を閉じ、もう一度
頭を振り被り勢いよく口を開けた。すると黄色い液体を吹きかけてきた。
俱利伽羅剣を素早く上下左右に振り、液体を霧散させた。
だが、私の周りに張られていた結界にほんの少し付着した瞬間結界が熔けた。
「これは!毒?!」
噛まれる事を警戒していた私達は、まさか毒を吹きかけてくるとは思わなかった。
「!!」
流石の颯さんも一瞬瞠目した。次の瞬間私を守ろうと目を向け何か言おうとしたが、そこに隙が出来た。積怨蛇はその隙を見逃さなかった。
「2人纏めて冥府へ送ってやる!!」そう叫び、また毒を吹きかけてきた。
瞬時に俱利伽羅剣をバトンのようにグルグル回して躱すが、圧倒的な液体の量は周りに飛散し、
地面に落ちた液がジワジワ迫ってくる。毒にやられてしまうのは時間の問題だった。
このままでは2人とも死んでしまう。この状況を何とかしなくては!
さっき、”鎮魂の詩”に反応して姿現したよね…。ならば、”レクイエム(安息)”しかない。
元はといえば人間が理不尽に奪った命を颯さんが憐れんで、浄化ではなく供養して魂を慰めようとした。鎮まっていた魂は、人間の愚かで身勝手な行動で再び怒りと恨みを呼び起こしてしまった・・・。
憐れな魂を鎮めたい。怒りや恨みの感情から解放されてほしい。そう願って奏でる。
切なく哀しく美しく、精一杯の気持ちを込めて。
とても長い時間のように思えたが、それは瞬時の出来事だった。風がひゅうっと吹いて渦巻き状になり、ロープの形になって積怨蛇の頭から尻尾まで巻き付き動きを封じた。暴れようとするがビクともしない。
颯さんは躊躇うこと無く横一文字に倶利伽羅剣で斬った。そして迦楼羅炎を積怨蛇に向けて放ち、
浄化させた。跡形もなく大蛇は消えた。
私は涙を流しながら自分が納得するまで、いつまでもレクイエムを奏でていた・・・。
***
これが夫婦の初仕事だった。普通の夫婦だったら最初の共同作業は甘いケーキにナイフを入れるはずなんだけど。なんて事を思いつつも初仕事は何とかやり遂げた。
今では夫婦の心の結びつきは強固なものになった。と、思っている。
明日香は18歳になった。颯さんと相思相愛になり、毎日充実した日々を送っている。
来年には隣町にある憧れのS音大へ進学予定だ。
颯さんと魔物浄化にも少しづつ行くようになった。邪悪な気配を感じると全国どこへでも行く。
最初の頃は想像を超える魔物の姿に何度も気絶しそうになりながらも颯さんに助けられ、やっと慣れてきた。
***
最初に二人で魔物浄化をしたのは都会の海に近い場所だった。
戦国時代、城の暴君によって非業の死を遂げた何百匹もの動物たちを慰め供養している寺があった。
動物達は刀の切れ味を確かめる為と銃の的にされ犠牲になった。暴君は野良犬、猫以外にも、民が飼っていた犬、猫、馬も取り上げ、果ては狸、キツネ、鳥等も犠牲になったという。凄惨な最期を遂げた動物たちはゴミ屑の様に捨てられ放置された。
結果、動物達の魂は怨霊となって当時の人々に災厄となって降りかかった。天災、疫病による死者は数え切れず。更に戦争が悪化して、暴君は凄惨な最後を遂げた。動物達にした事そのままが暴君に還ったらしい。
この状況を鎮めたのは颯さんだった。そして、颯さんの姿を見る事の出来た僧侶に墓を作り供養するように伝えたという。
僧侶は自身の寺に民と協力して遺骸を集めて土に返し墓を建てて弔った。颯さんはその墓に結界を張って封印した。それから平穏が訪れた。
そんないわく付きの寺で結界が破れ、強烈な邪気を感じたという。
人間の墓とは別に、奥まった場所に動物の墓はある。現代でも毎日読経を行い手厚く供養していた。
ところが、若者の暴走によって結界は破られた。
***
この場所は心霊スポットとしても有名である。真夜中に度胸試しと称してやって来る人は後を絶たなかった。
そして今回。男女の若者4人が例に漏れず墓へ来た。
A「ここが動物の怨霊を鎮めているという墓か。想像していたものより何か陳腐だな。」
B「ただ単に土が盛られてて、古くて汚い墓石が立てられてるだけで何の変哲もない所だよね。」
A「怖いとか何も感じないよな。」
B「ほんとね。」
C「伝説ってだけで、本当は動物の死体とか埋まってないとか?」
D「あり得る~~。」
A「実はさ、俺、車にシャベル積んで持って来たんだ。掘って確かめてみようぜ。」
「「「マジ?!」」」
A「マジ。やる?」
B「いくら何でもそれは駄目だよ。怖いし。」
D「私も怖いし、それに後でバレて怒られる方がもっと怖い。」
C「俺、確かめてみたい。」
A「だよな。」
B、D「絶対やめた方がいいって!何が起こるか分からないよ!」
A「怖かったら離れて見てなよ。」
もう止められなかった。
そして、男2人はあろうことか土を掘り墓石を倒して壊すという暴挙に出た。当然、結界が破れた。
ゴゴゴ・・・。地の底から響くような不気味な音がした。
得体の知れない何かがゆらゆらと陽炎のように立ち、夜の闇よりも深い闇が辺りを
包み込んだ。
そして。その闇はうねうねと動き始め、刹那、巨大な蛇が姿を現した。
蛇は角が生えていて頭が二つに分かれていた。
若者たちは絶叫して逃げ出そうとしたが腰が抜けてその場にへたり込んだ。
蛇は若者たちをゆっくりと飲み込んだ…。
翌日、暴かれた墓の側で若者達の遺体が発見された。好奇心が引き起こした最悪の事態だった。
***
颯さんは異変を察知していち早く動いた。
私はオオカミに姿を変えた颯さんの背中に乗って一緒に行く。時速何百㎞出ているのかというスピードで走っているのでどこへでもあっという間に着く。
絶対新幹線越えのスピードだと自信を持って言える。
そのまま背に乗っているだけだと飛ばされてしまうので、結界を張って守ってくれる。
寺に着き、墓の様子を窺った。因みに私達の姿は見えない。
墓石の両横から土を掘り、幅も深さも1.5m程掘られていた。盛り土はぐずぐず崩れ、バランスを失った墓石が倒れていた。
「物凄い邪気が漂っている。だが姿が見えない。」
「どこかへ逃げたのでしょうか。早く見つけないと大変なことになりますよね。」
「近くにはいる。だが、気取られないようにしているようだ。封印した私の事を覚えているからね。強烈な邪気は消せないようだが。」
少しの間考えた私は、笛を手にする。
「吹いてみます。」そう言って、息を大きく吸い込む。
”鎮魂の詩”にしよう。
無になってひたすら奏でる。哀しく美しく死者を想う曲。
ゴゴゴ・・・。何処からともなく姿を現したその姿に、正気を失う一歩手前だった。
巨大な蛇はとぐろを巻いている。真っ黒くて全長は多分15m位ある。太さも3m位ありそうだ。頭は2つに分かれ、それぞれに角が2本生えていて異常に赤く鋭い目つき。赤黒くて先が割れた舌をチロチロ出している。
蛇はメチャクチャ嫌いだ。生理的に受け付けない。ましてやこんな大きいサイズの蛇。
逃げ出したい気持ちを必死に抑えた。
「あれが積怨蛇だ。封印が解かれ人間の魂を4人取り込んで大きくなっている。毒もあるので気を付けるんだ。」
「はい・・・。」
私の気持ちを理解しているのか、「私が必ず守る」と言ってくれた。
少し安心して「はい」と答えた。
「久しぶりだなヤト。」人間の姿になった颯さんが積怨蛇に話しかけた。
「クク・・。お前とまた会うとはな。今度は封印なぞされない!積年の恨み晴らしてくれるわ!!」
ゴオオ!っという音と共にものすごい怨嗟の嵐が吹いた。
「ヤト。お前を傷つけたくはない。おとなしく元の場所に戻れ。」
「あやかし風情が偉そうに!元々お前もオオカミではないか!!身勝手で卑しい人間の味方をするのか!」
「お前の憎しみ、分からないではない。だがそんな人間ばかりではない。少なくとも私は助けられ救われている。」
(颯さん…。)
「俺は無数の人間の魂を食った。さっき取り込んだ奴らも含めて汚ない魂がほとんどだったがな!
汚い人間など俺が食って掃除してやるのさ!」
「そんな人間ばかりではない。お前達の魂を不憫に思い、手厚く供養していたではないか。そんな人々の想いは通じていなかったか」
「ふん!!そんな御為倒しなど通用しない!」
「何を言っても無駄なようだな。400年前は封印に留めたが、どうやら間違っていたようだ。人間の魂と入り混じって聞く耳を持たなくなってしまった。今度は完全に浄化させる。」
「やれるものならやってみろ!俺はあの時とは違う。返り討ちにしてやる!!」
私は恐怖を覚えながらもそのやり取りを聞いて、次第に冷静になった。
この大蛇を颯さんはヤトと呼び完全に消してしまう浄化ではなく封印した。そして供養するように僧侶に伝え、現代まで寺で手厚く供養されていた。
それって、かつてはオオカミだった颯さんが、無残な最期を遂げてしまった動物達の気持ちを思い、人間に贖罪させ、両方に気持ちを分かって欲しかったのではないか。そんな気がした。
人間はかつての過ちを起こさないように400年ずっと供養し続けた。
だが、大蛇はかつて自分達を死に追いやった人間たちの魂も取り込んでいるので、怨嗟の炎は消えなかった。そう云う事だと思う。
私は涙が出るのを抑えられなかった。
「ごめんなさい…。辛かったでしょうね。苦しかったでしょうね。本当にごめんなさい…。」
謝るしかできなかった。
積怨蛇は憎しみの籠った目を私に向け、威嚇してきた。
「人間ではないか!何故こいつと一緒にいる!」
「私は颯さんの妻です。どうか、気持ちを鎮めてください。」
「そうか。そう云う事か!ならばお前から食ってやる!」
そう言い放ち、とぐろを巻いていた姿勢から一気に飛び掛かってきた。
半端ない恐怖が襲ったが、いつの間にか私の周りに結界が張られていて、積怨蛇ははじき返された。
「ヤト。お前の相手は私だ。間違えるな。」
「ふん!お前が先に死にたいならそうしてやる!覚悟しろ!」積怨蛇の体はどんどん上昇して、尻尾を地面に固定して全身が露わになった。
とぐろを巻いていたときには分からなかったが、頭の下と尻尾に近い所に足が4本あった。
眼光は更に鋭くなり、真っ黒い胴体に鱗が不気味に光っていた。二つの頭に生えている角は
捩じり飴のように見え、大きな口から鋭い牙が見える。颯さんは毒に注意しろといった。
噛まれたら多分即死だろう。
積怨蛇は口を開け頭を大きく振り被り、颯さん目掛けて思いきり突っ込んできた。
「危ない!!」思わず叫んでいた。
ガツッ!!
いつの間にか颯さんは炎を纏った倶利伽羅剣を握っていた。剣が積怨蛇を打ち返す。
「400年前はその剣に遅れを取った。だが今度は負けない!」
体制を立て直し、猫が毛を逆立てるように鱗を逆立てた。そして口を閉じ、もう一度
頭を振り被り勢いよく口を開けた。すると黄色い液体を吹きかけてきた。
俱利伽羅剣を素早く上下左右に振り、液体を霧散させた。
だが、私の周りに張られていた結界にほんの少し付着した瞬間結界が熔けた。
「これは!毒?!」
噛まれる事を警戒していた私達は、まさか毒を吹きかけてくるとは思わなかった。
「!!」
流石の颯さんも一瞬瞠目した。次の瞬間私を守ろうと目を向け何か言おうとしたが、そこに隙が出来た。積怨蛇はその隙を見逃さなかった。
「2人纏めて冥府へ送ってやる!!」そう叫び、また毒を吹きかけてきた。
瞬時に俱利伽羅剣をバトンのようにグルグル回して躱すが、圧倒的な液体の量は周りに飛散し、
地面に落ちた液がジワジワ迫ってくる。毒にやられてしまうのは時間の問題だった。
このままでは2人とも死んでしまう。この状況を何とかしなくては!
さっき、”鎮魂の詩”に反応して姿現したよね…。ならば、”レクイエム(安息)”しかない。
元はといえば人間が理不尽に奪った命を颯さんが憐れんで、浄化ではなく供養して魂を慰めようとした。鎮まっていた魂は、人間の愚かで身勝手な行動で再び怒りと恨みを呼び起こしてしまった・・・。
憐れな魂を鎮めたい。怒りや恨みの感情から解放されてほしい。そう願って奏でる。
切なく哀しく美しく、精一杯の気持ちを込めて。
とても長い時間のように思えたが、それは瞬時の出来事だった。風がひゅうっと吹いて渦巻き状になり、ロープの形になって積怨蛇の頭から尻尾まで巻き付き動きを封じた。暴れようとするがビクともしない。
颯さんは躊躇うこと無く横一文字に倶利伽羅剣で斬った。そして迦楼羅炎を積怨蛇に向けて放ち、
浄化させた。跡形もなく大蛇は消えた。
私は涙を流しながら自分が納得するまで、いつまでもレクイエムを奏でていた・・・。
***
これが夫婦の初仕事だった。普通の夫婦だったら最初の共同作業は甘いケーキにナイフを入れるはずなんだけど。なんて事を思いつつも初仕事は何とかやり遂げた。
今では夫婦の心の結びつきは強固なものになった。と、思っている。