母の運転で結芽の着替えを取りに戻って、帰って一息つく頃には夜7時過ぎていた。


「簡単なものしか作れなかったけれど。」と言って母はオムライスとサラダとスープを出した。
母のオムライスは、ちょっと濃いめのチキンライスを型にギュッと詰めて皿に盛り、薄焼き卵とケチャップを乗せた家庭的なものだ。私は子供の頃からこれが大好き。
「美味しそう!いただきます!」
「ありがとうございます。いただきます!」
めちゃくちゃお腹が空いていた私達はあっという間に完食したのだった。

結芽が居る間の2~3日は、颯さんは姿を見せないようにしている。食事も別にして会うのは自室だ。
兎に角彼女を助ける事が先決だった。
「明日香。ありがとう。相談して良かった。」と涙を浮かべてお礼を言うので、
「まだ解決してないからお礼は解決したらね。」とウインクした。

夕飯を食べて落ち着く頃には21時近かった。
「結芽疲れたんじゃない?!今日はもう休んだ方がいいから。部屋に案内するね。」
そう言って準備した客間へと結芽を連れて行った。

「皆近くに居るから何も心配しないで安心して休んでね。」
「うん、ありがと。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」

結芽を客間へと導いてから私も自室に戻った。
「颯さん、どうしますか?」と陰で話を聞いていた彼に問う。
「下手をすれば君の魂も取られてしまう。明日香は手を出さない方がいい。」

「それは颯さんだって一緒なのでは。颯さんは強い魂を持っています。鎧武者にしてみれば、
これ以上の獲物は無いのでは?」

「それは確かにそうだが、浄化をしない訳にはいかない。今回も私が浄化してみせる。君を危険に晒せない。」

「私は颯さんと一緒ならどんな魔物だろうと平気です。颯さんが居てくれるから強くなれるし安心するから。颯さんは私が側にいれば強くなれると言いましたよね?私の力が必要だと言ったあの言葉は嘘だったんですか?」と返した。
「・・・。」ぐうの音も出ないようだった。

「分かった。だが絶対に私の側を離れないようにするんだ。そして何があっても魔物と目を合わせるな。それが連れていく条件だ。」
「はい。わかりました。」

「今夜行きますか?」
「いや、今日は行けない。父上の協力も不可欠だし準備が必要だからね。明日の夜だ。」
今回は父の協力は絶対に必要だ。

次の日の朝、結芽は少し元気になっていた。黄色いTシャツに細身の白いジーンズが良く似合ってる。
スタイルが良くて綺麗な彼女はシンプルな服でもおしゃれに見える。

「おはよう。よく眠れた?」
「お陰でぐっすり寝られたよ。ありがとう。」

「それは良かった。窮屈かもしれないけど、明日まで此処に居てね。」
「分かった。けれどどうすれば良いの?!」

「夕方から本堂でお清めの護摩焚きをするから結芽は何も心配しないで父の言う事を聞いてほしい。」

不安そうな顔で私を見つめている結芽を宥める様に「大丈夫。私もついてるから。ついでに母も。」
となるべく安心するように言った。

「リラックスしているのが一番だから、音楽CDでも聴く?それとも母の生演奏聴く?」と、お道化て言った。

「高いわよ。明日香払ってくれる?」
「すねかじりの娘は払えません。」
「あら、じゃあ良いバイトあるけど紹介するわよ?」
「何のバイト?!」
「私の付き人なんてどう?」
「バイト代、弾んでくれるの?」
「家族だから特別に弾むわよ。毎日大学まで送迎するし、お弁当作ってあげる。夕飯に一品多くするし、あとは・・・」
「って!お母さんの愛情がバイト代ってこと?」
「そうよ。これ以上のバイト代無いと思わない?」
「ハア~。」と母娘の微妙な遣り取りに、結芽がクスっと笑った。

「少しは元気出た?」と聞くと
「うん。ほんとにありがと。」そう言って泣き笑いした。

それから昼間は母と私のミニコンサートを楽しんでもらい音楽談議に花を咲かせた。

母はフルートの名曲”田園幻想曲””妖精の踊り”などを披露。
私は”青狼の笛”と、何故か”笛吹童子”を披露した。
最後にフルート二重奏曲を披露して終わりにした。

結芽は拍手喝采を送ってくれた。本当に楽しんでくれたようで何よりだった。


夕方になり、彼女の体に憑いた負のエネルギーを綺麗にする為に本堂へ入った。
これから護摩焚きする。

「結芽、心配しないで父に任せていれば大丈夫。私は入れないけど見守っているからね。」
「うん。ありがと。」

鎧武者を見てしまっただけで強烈な負のエネルギーが身体に入り込んで脳にダイレクトに地獄の言葉を送り精神を錯乱させてその魂を食べる。考えただけで恐ろしい。
かなり強い負のエネルギー浄化なので、時間も相当かかるみたいだ。

今夜は私と颯さんも大仕事が待っている。
彼女が本堂に入ったのを見届けてから、オオカミの姿になった颯さんと二人でそっと寺を出た。
颯さんと絶対に浄化させる。

移動は彼の背に跨って行く。ビュンビュンと疾走する彼は、時速何百㎞で走っているのかと最初の頃は思った。ものすごい速さで周りの景色が変わっていくから。早すぎて景色が一本の細い線にしか見えない。今は慣れたので気にならなくなったが、慣れとは恐ろしい。
そんなことを考えていると5分も経っていないのにあっという間にアパートに着いた。

颯さんは慎重に様子を窺っている。取り敢えずアパートには気配が無いので、周辺を捜索する事にした。公園、大学、大きな川の周辺、神社、寺、そして墓地。
すると‥。

結芽のアパートからも近く、牡丹や藤の花で有名なお寺の裏手の墓地に怪しい気配がした。

墓は大昔から現代の様々な形の墓が並んでいる。その一番奥にひと際大きく立派な墓があった。
かなり年代物の古い墓は、所謂和型で板塔婆もあった。手入れはされていたが経年劣化で相当傷んでいる。墓に掘られている文字が分からないし変色したりとかなりの傷み具合だった。
その墓の周辺から異様な感じが漂っている。

嫌な予感がしつつ、じっと凝視していると、
颯さんはぴくっ!として後ろを振り返り、耳を澄ますとかすかに音が聞こえていた。その音は
擦るようなぶつかるような気味の悪い音で、段々この墓に向かって近づいて来るのが分かる。
颯さんは歯を剥き出しにして低いうなり声をあげた。

カシャ…。カシャ…。もしかしてこれは、鎧武者が来たのか。
私は脂汗が額に浮かび、背筋が異常に凍り付いている。

「明日香。絶対に目を見るな。何が何でも目を合わせるな!絶対だ。」そう強く警告された。
「はい!肝に銘じます。」と答えた声が震えた。
「颯さんも気を付けて下さいね」

カシャ、カシャ、カシャ。はっきりと音がした。もう、すぐ其処にきていた。
カシャ・・・。音の主が姿を現し、鎧武者が立っていた。

視線を落としていたので胸から下だけしか見えない。だが背中に走る悪寒が尋常ではない程の恐怖を覚えていた