「国王陛下!」
「どうした? クラウディオ」
ヴァティーク王国王都ピサーノの王城。
国王カルノのもとへ王太子のクラウディオが現れる。
現国王のカルノは、庭園で花々を眺めながらティータイムを楽しんでいた。
そこに来た息子に、カップを置いて問いかける。
「ディステ伯爵が領地の委譲の許可を求めて来たとか?」
クラウディオは、隣国に不穏な動きがあるという話を聞いて東の国境沿いの砦の視察から帰ったばかりだが、レオの父であるカロージェロが来たということを聞いてすぐ父に理由を確認に来たのだ。
「そうじゃ! 何でも成人した息子に僅かながら領地を与えたいということらしい」
カロージェロの話になり、カルノはその時のことを話し始めた。
「……ヴェントレ島をですか?」
「そうじゃ!」
伯爵として与えた領地を繁栄させるためには、そうした方が良い結果を出すかもしれない。
ひいては王国の繁栄につながることを考えれば、カロージェロが領地を息子に譲るのは構わない。
しかし、息子に与えたのがヴェントレ島となると話は別だ。
再確認の意味で問いかけたのだが、カルノは笑みを浮かべて答えてきた。
「伯爵は優しい父親のようじゃの……」
「………………」
「どうした?」
「いいえ! 失礼いたします!」
無言になった息子にカルノは首を傾げるが、クラウディオからしたらどうしたもこうしたもない。
しかし、本気で思ったことを言っている父に、これ以上話をしても無駄だと判断したクラウディオは、頭を下げて父のもとから去っていった。
「何が優しい父親なものか!!」
自室に入ってすぐ、クラウディオは怒りで声を荒らげる。
先程の父との会話があまりにも無意味だったため、段々と腹が立って来たのだ。
「クラウディオ兄様……」
「レーナ……」
黙って眉間にしわを寄せて立っているクラウディオの部屋へ、1人の少女が入って来た。
やり取りで分かるように、クラウディオの妹であるレーナ王女だ。
帰ってきた兄に挨拶に来てみれば、声を荒らげていたため、レーナは困惑した。
妹の表情を見て、クラウディオは我に返ったのか怒りを鎮める。
「わが父ながら何と愚かな……」
「そうですね……」
怒りを鎮めてソファーに座り、対面に座った妹へ先程の父との会話のやり取りを説明した。
説明を終えると、クラウディオは思わず父のことを情けなく思えてきた。
レーナも同じ思いらしく、暗い表情でうつむいてしまった。
「何が優しい父親だ! 魔物が蔓延ると言われるあんな島に送られて、成人したての者が生きていられるものか!」
ヴェントレ島は王都から遠く離れた島のため、存在を知っている人間はそういない。
知っていても西に領地を持っている貴族たちだけだろう。
王太子の立場のクラウディオも、帝王学の一環として教わった時に知ったくらいだ。
領地とは名ばかりで、手付かずのために魔物が蔓延る危険な地だ。
そんな地を息子に任せると言っているのに、何が優しい父親だ。
父カルノは、その島がどういう所なのか分かっていないようだ。
もしかしたら、その地がどこにあるかも知らないのではないだろうか。
「しかも、部下の報告によると、ヴェントレ島の領主となった者は体が弱いという話だ!」
「っ! まぁ……!」
ディステ伯爵が来てヴェントレ島を息子に譲るという話を聞いて、どう考えてもおかしいと思ったクラウディオは部下に色々と調べさせた。
伯爵には3人の息子がいて、その3番目の息子に島を譲るという話だ。
上の2人は見たことがある。
特に上のイルミナートは、同じ学園に通っていたこともあるため覚えている。
よく下級貴族を見下す態度をしていたのを見ていたので、はっきり言って良い印象はない。
次男の弟は女癖が悪いともっぱらの噂だ。
3番目の息子もろくでもないのかと思って調べさせたら、幼少期から体の調子が悪くずっと邸内から出ることができなかったという話だ。
しかも、父やあの兄に疎まれ、家の者以外に存在を知られないようにするかのように離れで監禁状態にされていたらしい。
その話を聞いた時、使い道のない息子を自らの手を汚さずに消し去ろうという思惑があるのだろうと考えるようになった。
クラウディオは、あの父をしてあの兄弟ありという思いが湧き上がった。
「父が国王になってから貴族は緩み出している。他国からの脅威は完全に消えている訳ではないのに……」
「お兄様……」
現国王のカルノは、兄が突然死去したことによって国王の地位に就くことになった。
元々国王になる予定が無かったことから、貴族間の関係やこの国のことなどをたいして学ぶことなく好き勝手に育ったのが間違いだったようだ。
ここ数年父がろくに知識もないことを理解したのか、書類を誤魔化したりする貴族が増えてきている。
国王である父が認証した後では、息子の自分が文句をつける訳にもいかない。
特にディステ家のカロージェロは、クラウディオの動向を確認したうえでおこなって来るのだから質(たち)が悪い。
「……ディステ家に何か付け入る隙がないか?」
「残念ながら……」
妹のレーナが退室し、調査を得意とする部下を呼んでクラウディオは話しかける。
自分が国境沿いへ行っている隙に今回のことを父に認可させた。
分かっていてやっているように思える。
そう何度もやってくるなら、こっちも考えがある。
尻尾を掴んで領地没収、何なら爵位の降格までしてやりたくなる。
しかし、部下の報告から、現状ディステ家へ報復する手立てがない。
「チッ! 下手に手を出して失敗する訳にもいかない……」
証拠もなくいちゃもんつけて失敗でもすれば、敵に弱みを握られてしまう。
確実な証拠を得ない限り手が出せないことに、クラウディオは悔しさから思わず舌打つことしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「あっ! 芽が出てる!」
領地へ出発する少し前にクラウディオがディステ家のことで頭を悩ませていたことなど知る由もなく、当の本人のレオは、現在呑気に畑に水をあげていた。
そして、種を植えてから数日して出てきた芽に、嬉しそうに微笑んだ。
木製人形2号のオルを作ったことで、魔物の襲撃に怯えることが緩和された。
他にも数体人形を作っているが、それよりも先にレオは畑を作ることにした。
ロイとオルによって食料の心配はない。
しかし、2体が取ってくるのは魔物の肉が中心。
島に自生している野菜などがあるなら近場に植えて育てるのだが、家回りでは食料となるものがあまり生えていないらしい。
「種だけは買って来ていたからね」
人がいないので、島にどんな植物が生えているかも分からない。
もしものことを考えて、レオは数種類の野菜の種を購入してきた。
特に、主食にできるジャガイモは多めに買ってきた。
危険な魔物を相手にして肉を手に入れて来てくれるロイやオルには悪いが、肉ばかりでは胃がもたれる。
健康のことも気遣って、野菜も摂取しようと育て始めたのだ。
「やっぱり人数がいた方が助かるな……」
オルを作って動かし始めてから、自分は畑の手入れをすることに専念できている。
余った時間は人形を作ることに使い、のんびりした生活を送っている。
「んっ? おかえり、ロ……イ?」
ロイには今日も家の周りの警戒をおこなってもらっていた。
日が暮れる前に戻って来たのだが、その様子がいつもと違った。
帰ってきたロイの足下には、小さな黒猫が付いてきていた。
「ブーヨ・ガット……?」
この島に普通の猫が住んでいるとは思えない。
そうなると、この子猫は魔物の子供ということになる。
そして、黒い毛並みをした猫と言うと思い当たるのがブーヨ・ガット、闇猫と呼ばれる種類の魔物だ。
猫特有のしなやかな肢体を使い、俊敏に動いて爪や牙で獲物を仕留める技術を持っている。
真っ黒な毛色と、何かに隠れて闇から攻撃することから付いた種族名で、その子猫がどうしてロイについてきているのか。
「……ついてきちゃったの?」
“コクッ!”
敵意のある魔物ならすぐにでも始末するのだろうが、どうやら子猫からはそれがないらしく、ロイは付いてくるのを気にしなかったらしい。
「んっ? あぁ……なるほど」
状況が分からないでいるレオに、ロイは地面に絵を描いて説明してくれた。
どうやら、子猫が魔物に追いかけられている所をロイが通りかかり、子猫を追っていた魔物がロイへ攻撃してきたらしい。
それを返り討ちにしたら、猫が自分を助けてくれたと勘違いして付いてくるようになってしまったようだ。
「親の所にお帰り」
子猫ということは親もいるはず。
自分の子を探してここに来られたら、ロイとオルがその親を倒してしまうかもしれない。
ロイに懐いている所悪いが、レオは子猫を森に返すことにした。
「こんにちは! 坊ちゃん!」
「こんにちは! アルヴァロさん!」
押し付けられたと言って良い領地について1ヵ月が経った。
特に困ることもなく、レオは快適に過ごしていた。
週に1度レオの安否を確認しに来てくれているアルヴァロが、いつもの曜日に島へ現れる。
船が近付いて来ていたことは気付いたので、いつも通り海岸に出て彼を出迎えたレオは、海岸にたどり着いたアルヴァロと挨拶を交わす。
「坊ちゃんが島に来てから少し経ちますが、何だか大丈夫そうですね?」
「えぇ、今の所……」
成人になりたての元貴族が、この島の領主になったと聞いた時は、どう考えても家から切り捨てられたのだと思っていた。
しかし、この若者はその運命を否定しているかのようだ。
息子の怪我を治してくれたことに恩を感じて、安否確認にこの島への行き来をする役を引き受けたアルヴァロだが、どうやら死体を見つけるといった嫌な思いをすることはなさそうで安心する。
「運よく家の周りはそれほど強くない魔物ばかりで……」
「……いや、闇猫も結構危険な魔物ですぜ?」
「ニャ~!」
レオの足下に大人しく座っている黒猫を指差し、アルヴァロはレオの意見を否定する。
ロイが助けた闇猫の子供は、何度森に返しても翌日にはレオの家に来ていた。
助けたのはロイなのに、ロイはレオが動かしていると分かっているのか、すぐにレオにも懐いた。
毎日来るところを見ると、もしかしたらロイが会った時には親を殺されてしまっていたのかもしれない。
レオの家に来るが、子供なために狩りがまだできないのか、毎日少しずつ痩せていった。
流石にこのままではいけないだろうと、レオの従魔にして飼うことにした。
元気に育つように、名前をクオーレと名付けた。
従魔とは、契約をして服従させた魔物のことをいう。
人に危害を加えさせないようにするためにできたと言われている。
「子猫ですから……」
「そんなもんですかね……」
闇猫はゴブリンなんかよりも危険な魔物だ。
特に、夜に遇ったらその名前の由来通り闇から現れたかのように攻撃され、ベテラン冒険者でも大怪我を負うことがある。
そんな危険な魔物を従魔にしてしまったのだから、初めて見たアルヴァロはかなり驚いたものだ。
レオもたまたま従魔にしただけのため、経緯を簡単に説明してある。
説明を受けても納得できるわけではないが、アルヴァロはそのまま流すことにした。
「頼まれていた調味料持ってきましたぜ!」
「ありがとう! 用意しておいたのが無くなって、塩しかなかったんです」
調味料が入った瓶をアルヴァロから渡され、レオは嬉しそうに礼を言う。
アルヴァロには週1でここに来ることから、ちょっとした買い物もしてもらっている。
最近レオが趣味としてハマっているのは料理。
体がだいぶよくなったため、好きなものを食べられるようになった。
ベッドの上で、食べられないのに世界中の料理の本を眺めていたのが懐かしく感じる。
しかし、今は食べられる。
色々な調理法を覚えていたレオは、食べたかった料理を作ることを趣味にしていた。
そのせいか、調味料の減りが早く、ほとんどなくなってしまった。
塩に関しては海が側なので作ることができるが、他の調味料はそうはいかない。
そのため、アルヴァロに調味料を買って来てくれるように頼んでいたのだ。
「後、これを……」
「ん? これは?」
今回頼んでいたのは調味料のみ、それ以外は無かったはずだが、アルヴァロはレオに指輪らしきものを渡してきた。
それを渡される理由が分からず、レオは首を傾げる。
「一番安い奴ですが、魔法の指輪でさ!」
「っ!! そんな高額品を何で僕に?」
魔法の指輪とは、時空魔法によって多くの物を収納できる指輪のことだ。
冒険者はこれを得られて一人前という風に言われている所がある。
収納できる容量に差はあるが、どんなに安くても王都の一軒家を買うくらいの金額と言われている。
小型の船で漁をするアルヴァロが手に入れるのは、かなり苦しいはずだ。
しかも、それをレオに渡してくるのだから驚くのも無理はない。
「失礼ながら、俺は坊っちゃんがすぐに魔物にやられると思っていやした」
「僕もそうなることは考えていました」
真剣な表情で話し始めたアルヴァロに、レオも真面目に耳を傾ける。
「簡単なお使いと、ここまでの運賃にしてはかなりの金額の物を頂いていやす」
「いや、わざわざこんな役割をしてもらえて助かっていますよ」
週に1回来てもらえるだけでもありがたいので、レオは手に入れた結構な数の魔石を運賃として与えている。
手に入れたといっても、レオの拠点の家に近寄ってきた魔物を、ロイとオルが倒してくれているに過ぎない。
ほとんどオートで動いてくれるので、レオとしては苦労した思いはしていないため、特に気にせず与えていたのだが、小さいのばかりで高値はつかなくても、結構な金額になっていたようだ。
「これを譲るのは、本音をぶっちゃけると坊っちゃんでひと稼ぎさせてもらいたいんでさ!」
「……すごいストレートだね?」
強く拳を握りつつ、アルヴァロは熱弁を振るって来る。
言っていることは俗なことだが、これだけ本音で言われると別に悪いとは思えない。
「坊っちゃんがあれだけの魔石を手に入れられるなら、魔物の素材も手に入れることができるはず、魔石や肉だけでなく、素材になりそうなのも俺に預けてくれませんか?」
「なるほど……それを僕の代わりに売って、手数料+アルファを稼ぎたいってことなのかな?」
「はい!」
たしかに、魔物を倒しても魔石と食べられる場合に肉を手に入れるだけで、皮や牙など使い道のある素材は捨てていた。
それらを売ったら確かに稼ぐことができるかもしれない。
手に入れても保管する場所が無かったので捨てていたが、魔法の指輪がもらえるならその問題も解消される。
「全然構わないよ!」
「ありがとうございやす!」
ここでは店もないので資金を得る方法がない。
一応国の領地なので、年に1回税金を支払うように言われているが、それも収入があってのこと。
何の収入もないのに、税を払えなどというほど国も腐っていない。
と言うより、期待していないというのが本音だろう。
ここを開拓していくには、何かしらの収入が無いと他に住む人も出てこない。
魔石とかもほとんどタダで手に入れているようなものなので、それが資金に変わるなら構わない。
そのため、レオはあっさりとアルヴァロの思いに応えることにした。
了承を得たアルヴァロは、笑顔で持っていた魔法の指輪をレオに渡したのだった。
「あっ! そうだ!」
「どうしやした?」
簡単な契約をして、今回の用事の済んだアルヴァロは帰ることにした。
昨日もロイとオルは魔物を倒しているため、今回はその分の素材を渡しておく。
それを売ったお金で生活用の魔道具を買って来てもらうことを頼み、アルヴァロを見送ろうとしていたレオはあることを思いだした。
「ついでに小物細工用の刃物を幾つか手に入れて来てくれませんか?」
「何に使うんですかい?」
「ここには木が一杯あるからね。空いている時間に売れそうな土産物でも作ろうかと……」
「なるほど! 了解しやした!」
頼んだのは小物細工を作る時に使う刃物。
魔物の相手をロイとオルに任せているので、色々とやっていても時間は余っている。
その時間にロイとオルの仲間となる人形も作っているが、戦闘面では今の所焦っていない。
人形作りも楽しいが、たまには細工物も作ってみたい。
売れるかは分からないが、資金を得る方法ができたのだから、やってみてもいいかもしれない。
レオの考えを聞いたアルヴァロは、納得したように頷き、了承の返事をして船へと乗り込んで行った。
「じゃ、また来週来やす!」
「はい! また来週!」
沖へと船が進んで行く中、アルヴァロはレオへ手を振って別れの言葉を告げてきた。
それに対し、レオも手を振って見送ったのだった。
「ん? あぁ、おはよう。クオーレ」
「ニャ~!」
プニプニとした柔らかい感触を頬に感じてレオが目を覚ますと、枕の側に黒い子猫が座っていた。
それが従魔にした闇猫のクオーレだと気付き、レオは体を起こして頭を撫でる。
撫でられるのが嬉しいのか、クオーレは目を細めた。
起こしてくれたお礼に少しの間撫でてあげたあと、レオはベッドから降りて朝の支度を始めた。
「やっぱり、魔物を倒すと何かの作用が働いているみたいだな……」
低血圧だったためか、昔から目が覚めてもすぐに体を起こすことなんてできなかった。
しかし、今ではそんなこともなくなって、すんなり起き上がれるようになった。
たったそれだけのことでも、自分の体調が良くなっているということが感じられる。
一気に健康になるようなことはなかったことを考えると、本人でも実感がない程度にしか成長しないようだが、それでもレオにとっては嬉しいことだ。
「まずは、畑の手入れに行こうか?」
「ニャ~!」
顔を洗ったりして身支度を整えると、レオはクオーレを引き連れて手入れと朝食用に庭の畑から野菜を採取しに向かった。
「これはトマトだよ」
畑に生えていた雑草を抜いて水をあげた後、レオは赤くなった実を採取する。
片手に収まる実を持って、レオはクオーレへ見せてあげる。
「生でも食べられて、熱を加えると甘くなって美味しいんだ」
「……ニャ?」
トマトは体に良いという話を聞いていたのもあって、最初に種を買った。
本の知識をそのまま使って育てたのだが、順調に育ってくれた。
以前は何の関心もなかった野菜だが、普通に食事ができるようになったのと料理をするようになったことを契機に、レオの中で好きな野菜へとランクアップした。
トマトを見せられても食べたことがないのか、クオーレは「本当においしいの?」とでも言いたげに首を傾げている。
「クオーレは魚の方が好きかな?」
「ニャ~!」
子猫とは言っても、魔物の幼体であるクオーレが何を食べるのか分からなかった。
ミルクを与えた方が良いのかと思ったのだが、そんなものはここにはない。
牛系や羊系の魔物がいれば手に入れられるかもしれないが、レオの戦力はロイとオルだけ。
とても島の中を探検に出る気にならない。
きっと森の奥の方が危険な魔物が多いに決まっているからだ。
それに家の周りの比較的弱い魔物を退治しているだけで、充分平和に暮らしていられるのだから、無駄に危険なことに手を出したくない。
闇猫の食事が何なのか分からないが、魔物は毒さえなければ大抵のものを食べると言われている。
なので、肉の塊を与えたのだが、あまり反応を示さなかった。
もしかしてと思って、柔らかく煮込んで小さく切ってあげると喜んで食べた。
どうやらクオーレは離乳期のようだ。
それが分かったので、レオは毎回離乳食も作るようになったのだが、クオーレは特に小魚をミンチにした魚肉団子が好きらしい。
レオやロイたちが魚を釣ってくると、とても嬉しそうに尻尾を振りまわす。
「ん? お疲れさま!」
家の近場に魔物が出現したらしく、ロイが倒した魔物を持って来た。
小型犬ほどの大きさの蛙で、その肉は食用としても知られている。
アルヴァロのおかげで魔法の指輪を手に入れたので、無駄に捨てることなく保存できる。
そのため、食べられる魔物の肉は解体して指輪に収納しておくようにしている。
「解体してくれる?」
“コクッ!”
レオのスキルと魔力で動いているロイは、レオの知識とリンクしている部分があるため解体することもできる。
家を追い出されたら冒険者になるしかないと思っていたので、魔物や動物の解体方法も学んでおいたのが役に立った。
解体用のナイフを渡されたロイは、頷いて魔物の蛙を解体し始めた。
「ありがとうね!」
いつものように仕事をこなすロイに、レオはねぎらいの言葉と共に頭を撫でる。
元々は木で出来た人形なのでそんなことする意味はないが、自分のスキルとはいえ動いているのを見ていると思わずそうしたくなるのだ。
「じゃあ、指輪に収納するね!」
ロイが解体した蛙の魔物の肉。
毎日のように何かしらの肉は手に入るので、レオ1人では食べきれない。
クオーレにも肉の離乳食を与えているが、やっぱり魚の方が好きなのか、テンションが上がるということがない。
食べきれないのはアルヴァロに売りさばいてもらえばいいので、この蛙の肉も魔法の指輪に収納しておくことにした。
“フッ!”
「おぉ!」
魔法の指輪に魔力を流して中へ収納するイメージをすると、蛙の肉は指輪についている小さな宝石の中へ吸い込まれるように消えていった。
指輪をもらって少し経つが、何度おこなってもその現象を見ると関心と驚きが混ざったような反応をレオはしてしまう。
「便利だよね?」
「ニャ!」
魔法の指輪のことを知らないクオーレは、最初その現象を見た時は驚きでレオにしがみついた。
しかし、そういうものなのだと理解してからは特に反応しなくなったが、不思議だという思いがあるため、レオの言葉に頷いている。
「……あれっ? もしかして……」
生き物でなければ何でも容量内なら入れられる。
そんな魔法の指輪を見ていたら、レオはあることが頭に浮かんできた。
そして、その考えを確認するために家の中から小さい布人形を持って来た。
「スキル発動!」
「……?」
その人形を持ってくると、レオはスキルを発動させる。
魔力を受け取った布人形は、スッと立ち上がる。
ずっと一緒にいるので何度も見たスキルをレオが使っても驚かないが、クオーレは何をしたいのか分からずに首を傾げる。
「ごめんね。ちょっと実験させてね」
“コクッ!”
立ち上がった人形にレオが一声かけると、人形は頷きを返す。
そうしてその頷きを確認した後、レオは魔法の指輪に魔力を流し込んだ。
「おぉ! やっぱり!」
レオのスキルで動いているとは言っても人形は人形。
生き物ではないので魔法の指輪に収納できるのではないかと思って試してみたら、案の定、布人形は指輪の中へ消えていった。
「後は、ここから……」
ここまでは予想通り。
レオが本当に知りたいのはここからだ。
魔法の指輪に魔力を流し、収納したさっきの布人形をまたこの場へと出現させる。
「大丈夫?」
“コクッ!”
指輪から出てきた布人形は特に何も変わった様子もなく動かない。
その反応に予想が外れたのかと思って問いかけると、人形は平気そうに頷いた。
「やった!!」
「……?」
その頷きを見て、レオは予想が当たったのだと嬉しそうに両手をあげた。
クオーレはレオが何に喜んでいるのか分からず、またも首を傾げる。
「うん魔力も変わってない!」
布人形を手で持ち、レオは魔力量が変わっていないか確認する。
すると、さっき指輪に収納したときと魔力量も変わっている様子はなかった。
それがさらにレオを興奮させる。
「これは使える!」
実験したかったのは、レオのスキルで動いている人形の収納だけでなく収納して、出してからの変化が確認したかったのだ。
実験の結果を見ると、人形には何の変化もない。
この実験の場合、その何の変化も無いということが嬉しいのだ。
これを使えば、多くの人形を動かしたまま魔法の指輪に待機させておける。
ロイやオルだけで抑えきれないほどの魔物が来たりした時のために、同じような木製人形を作っているが、作り過ぎても置き場所がない。
家の外にいてもらうということも出来るが、雨など降ったらどうしようもない。
木製なだけに、雨風に晒されればその分傷みも早くなる。
ロイもメンテナンスをよくしているし、他にもとなると手が回らない。
人形に人形をメンテナンスさせることも出来るが、自分のために動いてくれているのだからなるべく自分の手で直してあげたい。
しかし、魔法の指輪の中は時間が停止したと同じような状態。
劣化もせずに保管して置ける。
「そうと決まれば……」
領地なので開拓をしなくてはならないのだろうが、レオとしては現状で満足している。
しかし、開拓をしたいという思いもあったため、これでその考えを行動に移すことができる道筋が見えて来た。
多くの木製人形を作り、スキルで発動させ、指輪の中で待機してもらえば、もしもの時には指輪から出して対応してもらえる。
これは色々なことで利用できる。
肉や素材と同様に考えていた問題が解決したレオは朝食を食べた後、これまで以上に人形作りに精を出したのだった。
「えっ? 手に入ったのですか?」
「はい……」
いつも通り、アルヴァロが週1の訪問に来た。
魔法の指輪の実験で、レオはスキルで動かした人形たちによる開拓を計画した。
それによって、人形たちを収納する専用の魔法の指輪がもう一つ必要になった。
それをアルヴァロに言って、指輪の値段を調べて来てもらうことにしたのだが、今週きたアルヴァロから新しい魔法の指輪を渡された。
前に貰った魔法の指輪よりも容量が多い、かなりの大金を必要とするような魔法の指輪だ。
手に入れられたのはありがたいが、購入を計画して1週間で手に入れられるほど、レオにもアルヴァロにも資金はないはずだ。
どうやって手に入れたのか疑問に思って問いかけると、アルヴァロも答えにくそうに返事をした。
「お金は……?」
「それが、先週いつも通り坊ちゃんから渡された魔石なんかをギルドに持って行ったんですが、そこでギルマスに呼び止められやして……」
「ギルマスに……?」
元々漁師として魚をギルドで換金していたので、アルヴァロはギルドに登録していた。
販売ルートなんか持っていないので、アルヴァロは当然レオから渡された魔石や素材などを、これまでギルドで換金していた。
先週もレオから渡されたその日に換金に行ったのだが、そこでギルドマスターと何かあったらしい。
「ギルマスは、漁師の俺が毎週ごっそり素材を持ってくるのを気になっていたらしいんでさ……」
素材の受付場は他の冒険者に見られることはないので、特に違和感を持たれることはないだろう。
しかし、ギルドの職員の方は、急に毎週多くの魔物の素材を持ってくるようになった者がいれば、確かに理由を聞きたくなってもおかしくない。
ただ、ギルドのトップが出てくるとは思わなかった。
「その事でギルマスと話すことになりまして……」
「僕とのことを話したのですか?」
「えぇ、坊ちゃんに聞かずに、勝手に教えちまってすいやせん!」
アルヴァロが住んでいるオヴェストコリナの町のギルマスには会ったことはないが、資金集めでギルドに顔を出していた関係上仕事のできる人間だと耳に入っている。
魔法の指輪を手に入れてからまだ1か月しか経っていないのに、アルヴァロに目を付けるとは、噂は本当だったのかもしれない。
「構わないですよ。知られたところで特に問題ないですから……」
「ありがとうございやす」
別に隠していることでもないし、特に知られたところで何か問題が起きるとは思えない。
なので、ギルマスに話してしまったからと言って文句を言うつもりはない。
レオはあっさりとアルヴァロの謝罪を受け入れた。
「それで話したらギルド長が坊ちゃんに協力を申し出てくれやして……」
「えっ? ……ということは、これはギルマスがくれたのですか?」
「えぇ……」
話の流れでなんとなく気付いていたが、魔法の指輪はギルマスが譲ってくれたものらしい。
しかし、何で協力を申し出てくれたのかが疑問だが、欲しかったのでありがたくもらっておこう。
「指輪の代金は、少しの利子付きで毎回素材の販売価格から引かれるらしいです」
「ですよね……」
ギルマスが何を目的として指輪をくれたのかと思っていたが、くれたのではなくて代金を立て替えてくれていただけのようだ。
「しかも、坊ちゃんから大量の素材を受け取るために、俺にも同じ容量の魔法の指輪を渡されました」
「……長い返済になりそうですね?」
「そうっすね……」
これまで以上の魔物を保管できるようになったことで収入が増えるのはありがたいが、この指輪の価格を考えると結構な期間指輪の代金を払わないといけないことになる。
しかも、レオだけ容量の多い指輪を持っていても、アルヴァロが町までその分の素材を持って帰れるとは思えない。
当然アルヴァロ用の指輪も必要となる。
そこの所、ギルマスもちゃんと考えていたらしく、アルヴァロにも同量の収納ができる指輪をくれたらしい。
これまでが小部屋程度の容量だったが、今回は一般家庭の家と同程度の容量が入れられるそうだが、当然金額もその分何倍にもなる。
それが2つとなると、どれだけの期間返済にかかるか分かったものではない。
容量が増えた分だけ収入の金額が増えるが、それでも結構な金額を持って行かれることになるだろう。
金額返済のことを考えると、何だか2人とも気分が重くなった。
「もしかして、これが狙いなのかな……」
「えぇ、俺もそう思えてきました……」
高額な魔法の指輪を2つも提供して、ギルマス、というよりギルドに何のメリットがあるのか分からなかった。
しかし、これで大量の素材を定期的に手に入れられると考えると、ギルドとしても信頼を得られる。
それに、指輪の代金も少しとは言っても利子付きで帰ってくる。
レオが島に来てまだ数ヵ月程度しか経っていないが、特に無理をしなければ平気そうなのはアルヴァロからの話で分かったのかもしれない。
ギルマスとしては、それほどリスクのない投資と思ったのだろう。
「開拓は地道におこないますね」
「えぇ、気を付けてくださいやし」
「はい、無理はしません!」
とりあえず、アルヴァロやギルマスのことを考えると、指輪の金額を返済しないと借金を背負わせることになる。
面識のないギルマスはともかく、アルヴァロには世話になっているのでそうさせるわけにはいかない。
容量の多い魔法の指輪が手に入ったのだから、開拓へ向けて進もうかと思っていたが、返済をするまで無理する訳にはいかなくなった。
家の周りの狭い範囲で過ごしている分には危険も少ない。
なので、しばらくこれまで通りの生活をおこなうしかないようだ。
元々指輪を手に入れるまでの時間はそうするつもりだったので、予定が変わる訳ではない。
結局レオの生活は変わらずこのまま続くようだ。
◆◆◆◆◆
レオが与えられた領地へ着いた頃に戻る。
危険な地へ行くように仕向けたレオの父であるカロージェロは、息子たちと共に領地における異変の報告を受けていた。
「何っ!? アンデッドが増えている?」
「えぇ、近くの森で増えていっているという話です」
報告書を持つ執事からの報告に、カロージェロは眉をひそめる。
最近何故か冒険者がいなくなっているという噂が流れていたが、その原因が判明した。
それがアンデッドの発生らしい。
「ギルドは何をしている? 魔物の駆除は冒険者の仕事でもあるだろ?」
ギルドは国のためにある組織ではない。
しかし、魔物を駆除してくれることから、国としては無駄に兵を動かさなくて済むので重宝している。
そのギルドが、魔物の発生に対応していないとなると、領主のカロージェロが兵を出さなくてはいけなくなる。
メリットがあるから置いてやっているという思いが強いため、カロージェロはギルドの職務怠慢だと腹が立ってきた。
「アンデッドは金になりませぬので……」
「おのれ! 卑しい下民共め!!」
冒険者が町から減っているのは、どうやらアンデッドの発生が原因のようだ。
魔石以外何の利益もない危険なアンデッドを、依頼も出ていないのに狩るような者はいない。
こういう場合、領主がギルドに資金を出して依頼するということも可能なのだが、冒険者を下に見ているカロージェロは依頼をすることを嫌がる。
「兵を出しましょう!」
「父上! 我々もお供します!」
「あぁ、仕方ないがそうしよう……」
ギルドや冒険者には期待できない。
と言うより、そもそもそれほど期待していない。
アンデッドを放置しておく訳にもいかないので、レオの兄であるイルミナートとフィオレンツォは出兵を申し出る。
ギルドに依頼するよりもマシだという思いから、カロージェロはその発言に頷いた。
「兵に出陣の用意をするよう指示を出せ!」
「承りました!」
出陣することに決めたカロージェロは、執事の男に兵への指示を任せる。
執事の男は、了承の言葉と共に頭を下げて室内から出て行った。
「何なんだこの数は!?」
大量のアンデッドが発生したという話を聞いて、レオの父であるカロージェロは息子たちと兵を連れて町から少し離れた森へ向かった。
しかし、予想していた以上のアンデッドの数にカロージェロは慌てた。
「くそっ!」
「うわっ!」
たいした数ではないと思っていたから参戦を希望したというのに、高みの見物をするどころか自分たちまで戦うことになったイルミナートとフィオレンツォは顔を歪める。
2人とも王都の学園を卒業しているので、剣術の訓練などは受けている。
しかし、はっきり言って2人とも凡庸な才しか持っておらず、スキルの剣術も卒業間近で手に入れたに過ぎない。
多くの貴族が持つ剣術のスキルも、努力の差により強さも異なる。
領地で好き勝手に暮らしている2人には、大量の魔物の相手は手に余る。
1体を相手にすることに精一杯で、役に立っているか怪しいところだ。
「イル! フィオ!」
息子たちよりかはまだ剣の腕があるカロージェロは、息子の2人が危険な目に遭っていることに心が乱れる。
このままでは2人が大きな怪我を負ってしまいかねない。
「くそっ! チェルソ! 我々は少し後退する。魔物の相手は任せるぞ!」
「なっ!? カロージェロ様!!」
兵隊長のチェルソに一声かけると、カロージェロは息子二人を連れて戦場から離れていった。
猫の手も借りたいという時にトップが早々に後退するなど、兵たちの士気に関わる。
チェルソが慌てるのも無理なく、案の定、兵たちも離れて行くトップの背中に驚きが隠せず、多くの者がその隙に怪我を負ってしまった。
「クッ! 全員自分の目の前のアンデッドに集中しろ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
チェルソの言葉に兵たちが返事をする。
数が多いがなんとか兵たちはアンデッドを倒せている。
息子が危険だからと言っても、このままいけば勝てるという時に逃げて兵の士気を下げるなんて余計なことをしてくれる。
仕える身とは言っても、カロージェロの勝手なおこないに、チェルソは歯ぎしりをする思いだった。
「ギルドは何をしていた!!」
「……何とは?」
アンデッドの討伐はその後、領兵たちの奮闘により制圧することができた。
しかし、結構の数の兵が負傷し、同じようなことがあった場合、出兵することは難しい状況になってしまった。
治療代などを考えると、バカにならない出費になってしまう。
こんなことになった怒りが収まらないカロージェロは、自領のギルドマスターを呼びつけて文句を言いだした。
しかし、それに対し、呼び出されたギルドマスターは冷静な表情で首を傾げた。
「アンデッドが出現したのは、冒険者どもが魔物の処理を怠ったからではないか!?」
「それはあり得ません。冒険者にとってもアンデッドは危険なのは変わりありません。きちんと入会時に焼却処分するように言っています!」
アンデッドの多くは、生物の死体に魔素が溜まることによって発生する魔物と言われている。
それもあって、冒険者には入会時に焼却処分をきちんとするように説明している。
冒険者以外なら仕方ないにしても、冒険者で魔物の討伐依頼を受けるような者が焼却処理しないということは考えられない。
「そもそも何故、冒険者どもにアンデッドの討伐をさせなかった!!」
アンデッドが出現したということは少し前には情報として入っていた疑いがある。
冒険者が減っていたのも、その情報が流れたことが原因のはずだ。
「これは異なことを……」
「何っ!?」
「我々ギルドは、依頼を受けて成立している組織です。閣下はギルドへ使いの者を出すことをなさらないのでしょうか? そうなされていれば情報も入っていらしたでしょうし、アンデッド討伐の依頼を出していただければ優先依頼としてことに当たることも可能でしたでしょう」
魔石くらいしか資金にならないアンデッド討伐の依頼は、冒険者には人気がない。
そのため、アンデッドに関しての情報はなるべく早くに入手し、討伐依頼を出すのが領主として無難で安価で済ませる手段だ。
しかし、日頃からギルドや冒険者を良く思っていないカロージェロは、なるべくかかわらないようにしていた。
時折来ていたギルドからの使者も粗雑に扱った。
前領主はキチンとしていたのだが、カロ―ジェロは何の利益にもならないと判断したのか領主になってから一度もギルドに足を運んだことがない。
これまで運良く問題が起きなかっただけで、今回と同じようなことがいつ起こってもおかしくなかった。
アンデッドの大量発生が問題なのではなく、その情報を早々に手に入れようとすることと、ギルドへ依頼することを怠ったことこそが、兵たちが怪我をした原因と言って良い。
その怪我も、息子可愛さに避難したカロージェロの行為のせいと言う面も大きい。
指揮官がいきなり逃げ出すなんて誰も想定していない。
兵が慌てて怪我を負ったのは必然ともいえる。
「下民の集まりの分際で!!」
「何ですと……!?」
元々冒険者は職がない人間の救済のために作られた職業だ。
危険な魔物を相手にすることもあることから、粗野な者も確かに多くいる。
だからと言って、バカにされる謂れはない。
大人しく聞いていれば自分のミスを棚に上げた発言ばかりをしてくるカロージェロに、怒りの感情が湧いてきたギルマスの男は思わずカロージェロを睨みつけた。
「何だその目は!? 冒険者など所詮は職にあぶれた品のない猿のやる職ではないか!」
「…………っ!! 失礼します!!」
「ふん!! さっさと帰れ!!」
伯爵だからと我慢していたが、さすがに猿呼ばわりで限界が来た。
ここにいては暴れてしまいそうになるのをなんとか堪え、ギルマスは拳を強く握りしめて立ち上がり、カロージェロの前から立ち去っていった。
カロージェロの方は言い負かしたという思いでもあるのか、満足したように去っていくギルマスの背中へ言葉を吐きつけた。
「おのれ……!!」
あのままあそこにいてカロージェロを殴ってしまえば、捕まって罰せられる。
それに、殴るだけではこれまで親切心で遣いを出して粗雑に扱われていたことへの怒りが収まらない。
そのため、ギルマスの男は少し前から考えていたことを実行に移すことにした。
「カロージェロ様!!」
「何だ?」
アンデッドの問題が一先ず済んでしばらくした頃、執事の男が突然カロージェロのもとへ姿を現した。
執事の慌て様に、カロージェロは飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いて問いかける。
「ギルドが領から撤退するとのことです!」
「何っ!? あの男め!!」
ギルドは国に関わらない存在であり、大きな町の方が仕事は多いため、カロージェロ領地であるのディステ領にもいくつか存在している。
それらすべてのギルドが、領内から撤退するという話が正式に決まったということが耳に入った。
職員や登録冒険者には近くの他領地へ移動するように話が通っていたらしい。
それが行われたのが、カロージェロがギルマスを呼びつけた翌日からだ。
それが分かったカロージェロは、ギルマスの男の顔を思い浮かべて苦々しい表情へと変わった。
「ふん! 構わん! 魔物の駆除なら一般兵を集めればいい!」
「…………か、かしこまりました!」
長く仕えていることから、カロージェロの性格はある程度分かっている。
多くが市民からなるギルドの高ランク冒険者になると、貴族として爵位を与えられる事がある。
一代限りの名誉爵位の准男爵とは言っても、貴族に変わりはない。
功をあげても市民に過ぎない者と、生まれながらに貴族の自分では流れている血が違う。
その歪んだ思いのまま爵位を継いだカロージェロは、同じ貴族扱いになる者を輩出するギルドが気に入らなかった。
潰せるものなら潰したいと思っていたため、ギルドの撤退もたいしたことではないと判断した。
主人の指示では仕方がないため、執事の男は黙ってその指示に従うしかなかった。
「確か、奴はファウストとか言ったか? もしも我が領に入ったらその時は斬り捨ててやる!!」
執事の男が去った部屋でカロージェロはギルマスのことを思い出し、いつかその報いを受けさせてやると歯ぎしりしていた。
◆◆◆◆◆
「釣れた!」
「ニャ!」
実家の領地でひと悶着起こっていた頃、レオは領地で釣りを楽しんでいた。
闇猫のクオーレが魚好きなのと、レオ自身も釣りは楽しいので、結構頻度は高い。
なかなかの大きさの魚が釣れて、レオだけでなく側にいたクオーレも嬉しそうな声をあげた。
「今捌いてあげるからね」
「ニャ~!」
魚は好きでも骨はいらない。
なので、レオに調理された魚が特に好きなクオーレは、レオの言葉を受けて甘えるように足にすり寄った。
実家の領地でアンデッドが発生し、怪我人が出るようなことになったのは、全ては対応に失敗したカロージェロのせいである。
しかし、そもそも多くの魔物を倒しておいて処理をしなかったのは、
レオである。
ロイを使って病弱を改善するために魔物の討伐をおこない、魔石も取らずに放置したのが、時間がかかるはずのアンデッド化する時間が短縮されて大量発生した原因である。
魔石を取っての放置だったなら、魔素が集まるまでの時間がかかる分、カロージェロも大事になる前に気付けていたかもしれない。
魔素の集合体ともいえる魔石をそのままにしたため、短期間でのアンデッド化となってしまったのだ。
「はい! どうぞ!」
「ニャ~!」
実は自分が原因で実家に問題が起きたなどとは今後も知る由もなく、クオーレとほのぼのした時間を楽しむレオだった。
“ペシッ! ペシッ!”
「うぅ……、あぁ、おはよう。クオーレ」
「ニャ~!」
いつものように柔らかい感触によって、レオは目を覚ます。
思っていた通り、起こしてくれたのは闇猫のクオーレだ。
レオが挨拶すると、クオーレは嬉しそうに鳴き声を上げた。
「起こしてくれるのはいいんだけど、乗っかるのはやめてほしいな……」
「ニャ?」
時計は有っても目覚ましの機能がないので、クオーレはレオを毎日起こしてくれている。
頼んでいないのだが、レオを起こすと褒めてもらえると認識しているのかもしれない。
首だけ起こしたレオは、お腹の上に乗っているクオーレに抗議の言葉を呟く。
その抗議に、クオーレは何でと言わんばかりに首を傾げる。
簡単に言って、クオーレは子猫ではなくなっているからだ。
「大きくなったね? もう立派な成猫だね……」
「ニャ!」
レオの言うように、従魔にして1ヵ月も経つと、クオーレは大きな闇猫へと成長を遂げた。
もう体は大型犬並みの大きさになっている。
その分体重も増加しており、柔らかい肉球で起こされるのはありがたいが、寝ている体の上に乗られたらかなり重苦しい。
小さかった子猫の成長に嬉しく思って呟くと、クオーレは「まあね!」と言わんばかりに胸を張った。
「ちっちゃい時は膝に乗せられたんだけどね?」
「ニャ~……」
レオが椅子に座って人形作成の作業に集中すると、自分を構ってくれと言っているかのように膝の上に乗って来たのだが、さすがにこの大きさで膝に乗られるのは勘弁願いたい。
クオーレもレオの膝の上が好きだったようで、乗れなくなったことを残念そうにしょんぼりした。
「大きくなってもかわいいけどね」
「グルグル……」
体は大きくなっても鳴き声はあまり変わっていないため、大きな猫になったというだけに過ぎず、今も変わらずレオにくっ付いてくるので、かわいさは変わっていない。
レオが笑顔で撫でてあげると、クオーレは嬉しそうに喉を鳴らした。
「暑いな……もう夏だね?」
「フニャ~……」
畑の手入れをしていたレオは、汗を拭きながらクオーレへ問いかける。
クオーレは暑さにへばっているのか、弱い声で返事をした。
島に来て4ヵ月経つ。
季節は夏になり、日差しも強くなり気温が上がってきた。
元々闇猫は陰から獲物を狙うのが得意なため、ここまでの日差しと気温になるとクオーレとしてはきついようだ。
「茄子が大量だ!」
育て方は本で分かっていたが、ここまで生るとは思っていなかった。
茄子は3つの苗を育てたのだが、1つの苗でも大量に収穫できた。
クオーレも野菜を食べても平気なようだが、やっぱり魚が好きなようで、野菜だけだとあまり嬉しそうじゃない。
こうなると、完全にレオ1人では食べきれない。
「こんな時魔法の指輪があると便利だな……」
魔法の指輪は収納すると時間停止の機能があり、食物の劣化を停止してくれる。
多く作り過ぎたのなら、魔法の指輪の中へ入れておいて冬に食べればいい。
レオの目下の目標は、1年を無事過ごすことだ。
たったそれだけでも、ずっと体の弱かったレオからしたら大偉業だ。
時間があったら少しずつ開拓も考えているが、無理をする理由もないので後回しだ。
「おかえり! ラグ! あっ! ドナも!」
“ペコッ!”“ペコッ!”
ラグとドナとは、レオが新しく動かしている木製人形の2体だ。
ロイたちと体格は変わらないが、武器が木剣か棒しかないのでロイたちの補助という立ち位置だ。
それぞれ手には魔物を持っている所を見ると、ロイとオルと共に倒したのを持ってきてくれたようだ。
「増やして正解だったね」
レオがその魔物の解体を頼むと、2体は頷いて解体を始めた。
この家の周辺は強力な魔物がいないらしく、ロイたち人形のお陰で危険な目に遭うこともない。
しかし、強くないといっても数が多い。
ロイたちが毎日毎日数体の魔物を退治して持ってきてくれ、アルヴァロと共に手に入れた容量の多い魔法の指輪には、1週間で7、8割埋まるほどの収穫がある。
弱い魔物でも、毎週結構な金額が手に入ってきている。
ラグとドナを作った甲斐があるというものだ。
この島ではお金を使うことなんてないので、その金額は指輪の金額への返済へと充てている。
この調子なら、予想よりも速く返済できるかもしれない。
“ゴロゴロ……!!”
「……っ!?」
ある日、夕方になってロイとオルも帰ってきたころ、1日曇りだった天気がさらに悪化し、とうとう雷の音がなるようにまでなってきた。
鉛色の雲に覆われた空を見ると、相当荒れることが予想される。
「ロイたちも今日は中に入った方が良いね」
「コクッ!」
海岸の波も荒れていたので、このままだと風も強くなるかもしれない。
そのため、レオはいつものように外を見ていてもらうということはせず、家の中に避難してもらうことにした。
ロイたちは、はっきり言えばただの人形だ。
適当に扱おうとも、壊れたら修復すれば良いし、何なら直さず新しく作れば良い。
レオもきちんとそのことは理解している。
しかし、スキルのお陰とは言っても、動かしていると情のようなものが湧いてくる。
特に、ロイには魔物と戦うといった危険な目に遭わせるという、健康になるために動いてもらったことから感謝の気持ちもある。
人形なので、どこか壊れても作り変え、マイナーチェンジを繰り返し、更に情が深くなっているかもしれない。
なので、雨風に晒して無駄に劣化させるのは忍びないと、天候が回復するまで家の中で待機してもらうことにした。
「昨日はすごい荒れた天気だったな……」
案の定、昨日の夜はすごい天候だった。
どうやら台風が通り過ぎたらしく、ここにも強風と雷雨が押し寄せた。
魔物の襲撃対策として、家を頑丈に補強しておいて良かったと安堵したほどだった。
畑の苗もいくつか倒れたりして被害に遭ったが、植え直せば大丈夫そうだ。
昨日の天気が嘘だったかのように、空はすっかり雲が無くなっている。
「えっ? ロイ? ラグ? …………人?」
戦闘用の人形たちは、いつも通り周辺の警戒に向かってもらった。
苗の修復を終えて一息ついていたレオのもとに、ロイとラグのペアが戻ってきているのが見えた。
魔物を倒したのなら、補助役のラグだけが持ち帰ればいいのに、何でロイも戻って来たのだろうか。
そう思っていたレオは、2体が運んできているものを見て目を見開いた。
前後に分かれ、ロイが足を持ち、ラグが上半身を持っている。
その持っているものは、どう考えても人間だ。
まさかのものに、レオは大慌てでロイたちの所へ駆け寄った。
「まさか! 死んで…………ない!!」
見て受けた感覚だと、年齢的には50代前半の男性で、背も高く、体格もしっかりしている。
短髪で無精ひげを生やしており、ちょっと渋めの中年といった感じだろうか。
体中ビシャビシャに濡れていて、ピクリとも動かない様子を見ると死んでいるのではないかと疑いたくなる。
まずは生死を確認しようと、レオは首筋に指を当てて脈を計る。
すると、脈を打っているのが確認できた。
「か、回復薬!!」
どうやら気を失っているだけのようで安心したレオは、すぐに魔法の指輪から回復薬が入った瓶を取り出し、男性の口に運んだ。
「……んくっ!」
「良かった! 飲んだ……」
吐き出されたらどうしようかと思っていたが、男性は少しずつ口に注いだ回復薬を飲んでくれた。
これで恐らくは大丈夫だろう。
作り方は覚えていたので、作成用の道具をアルヴァロに用意してもらい、島に生えていた薬草を採取して作ったレオの手作り回復薬だ。
効能は、店で売っているのと大差ないくらいにはあると思う。
自分やクオーレのために作っておいたのが役に立った。
「とりあえず、家に運んで!」
“コクッ!”“コクッ!”
容体の確認のために一旦地面に下ろしてもらったが、このままここに置いておく訳にもいかない。
そのため、ロイとラグに指示して、家へ運んでもらうことにした。
家に運んで休ませると、回復薬が効いたのか男性の呼吸は安定していた。
他に確認してみると、どうやら足を骨折しているのが分かり、板を持ってきて足を固定した。
一通り自分ができる治療をおこなったレオは、このまま男性の様子を見ることにしたのだった。
「う、うぅ……」
「ニャッ!」
「んっ? 良かった。目が覚めたみたいだね」
台風が過ぎ去った翌朝にロイたちが連れてきた男性は、半日目を覚まさなかった。
ロイたちにどこから連れて来たのかと尋ねたら海岸を指差したので、濡れていたことから流れ着いたのだと分かった。
少し心配になっていたレオだったが、いち早く男性の反応に気が付いたクオーレが呼びに来てくれた。
料理をしていたレオは、手を止めて男性の様子を見に寝室へと向かった。
「こ、ここは?」
「ここはヴェントレ島ですよ」
「ヴェントレ島……?」
知らない天井を見て、男性は不思議そうに呟く。
それに対してレオが島の名前を告げた。
島の名前を聞いてもすぐにはピンと来ていないのか、男性は答えが返ってきたレオの方へと顔を動かす。
「君は?」
「この島の領主をしているレオポルドと申します」
「領主……?」
成人したとは言ってもまだ15歳で、しかも童顔気味のレオを見た男性は、島の少年に助けられたと思っていた。
だが、返ってきた領主という予想外の言葉に、理解するまで間が空いた。
何せ、レオは作業用のつなぎ服を着ている。
少年だからというのもあるが、その服装からも領主っぽく感じられない。
「海岸に流れ着いていたのをここに運びました」
領主と言っても、島に自分しか住んでいないのだから名ばかりも良いところのため、男性が戸惑うのも無理はない。
それよりも、どうしてここで寝ているのかを簡単に説明した。
「それは申し訳……ぐっ!」
「あぁ、起きなくていいですよ。足も折れていますし……」
説明を受けて、男性は助けてもらったことの礼を言おうと体を起こそうとした。
しかし、足の痛みで顔を歪ませた。
そんな男性に、レオは無理をしないように促す。
「申し訳ない。救って頂き感謝いたします。私はガイオと申します」
「お気になさらず。ガイオさん」
男性ことガイオは、何とか上半身を起こしてレオに頭を下げてきた。
倒れていた人間をそのまま放っておける訳にもいかなかったので助けただけだが、感謝されると助けた甲斐があったというものだ。
レオは少し照れながら感謝を受け取った。
「領主ということは、貴族の方ですか?」
「いいえ。爵位はありません」
「そうですか……」
領主はだいたい爵位持ちの貴族がおこなうものだ。
そのため、レオも貴族なのかと思ったのだが、どうやら違った。
しかし、この若さで領地を与えられているということは、何かしらの理由があるのだとガイオは察した。
「動けるようになるまでここで休んでいくといいですよ」
「しかし、ヴェントレ島は魔物の巣窟と聞いていますが?」
「確かに多いですね。けど、ここは比較的弱い魔物しか出ませんから」
たしかに、ガイオの言う通り魔物は良く出る。
しかし、ロイたちのお陰もあり、レオは特に危険な目に遭わずに過ごせている。
森の奥はどうだかはまだ分からないが、とりあえずここは安全だと言える。
骨も折れていることだし、少しの間安静にしていた方が良い。
「何があったのですか?」
運良くこの島に流れ着いたが、ロイたちが見つけなかったらもしかしたら死んでいたかもしれない。
ガイオの記憶の確認のためにも、レオは理由を尋ねることにした。
「昨夜、海上を航行していたのですが、船が悪天候に見舞われまして……」
「確かに昨夜はすごかったですね……」
「それで高波によって船から身を放り出されてしまいました。ここに流れ着いたのは幸運としか言いようがありません」
「なるほど……。災難でしたね」
直撃した訳でもないこの島でも結構な風雨にさらされたというのに、昨夜の台風のなかで海の上となると、相当高波に振り回されたことだろう。
振り落とされても仕方がないことだ。
そのため、レオは海岸で気を失っていたことの原因を理解した。
「ニャ~!!」
「なっ! 闇猫!?」
「大丈夫です! この子はクオーレ、僕の従魔です」
ガイオが驚いてはいけないとクオーレには少し外にいてもらっていたのだが、何故だか急に顔を出してきた。
結局驚かしてしまうことになってしまい、レオは慌ててガイオにクオーレことを紹介した。
「どうしたの? ちょっと外にいてって言ったのに……」
「ニャ~!」
「海? ……もしかして海岸?」
「ニャ!」
いつもちゃんと言うことを聞くのにどうしたのかと思って問いかけると、クオーレはレオを外に呼びにきたらしく、レオが呼びかけに付いて行くと海の方向に向かって鳴き声を上げた。
何が言いたいのかと思い、レオはクオーレの顔が向いている方へ目を向けて意味が分かった。
クオーレが向いていたのは、この島唯一の海岸がある場所で、そちらに何かあるようだ。
「海岸に行ってみるよ。クオーレはここにいてガイオさんを守ってね?」
「ニャ!」
「ガイオさん! ちょっとそこで休んでいてください!」
「えっ? あっ、はい!」
海岸に何かあるのなら行ってみるしかない。
ガイオが置いて行かれたら不安になるだろうと思い、クオーレに付いていてもらう。
そのことを告げてレオは海岸へ向かうことにした。
「んっ? あれは……船?」
海岸にたどり着いたレオが周囲を見渡すと、遠く離れた所に船が一隻進んでいた。
しかし、進む速度を見ているとだいぶ遅いように思える。
「……もしかしてガイオさんを探しているのかな?」
船で航行中に海へ落ちたという話だし、もしかしたらあの船はガイオを探しているから遅いのではないかと思えてきた。
そもそも、この周辺では海賊も出るという噂から、漁船もあまり近付かない。
来るのはちゃんと目的のあるアルヴァロくらいのものだ。
この島に来てから遭遇していないので、海賊の件はあくまでも噂のようだ。
「狼煙(のろし)でも上げてみるか……」
ガイオを探しているのなら、もしかしたら狼煙を上げればこっちによって来るかもしれない。
そう思ったレオは海岸近くで火の付きそうな枝を集め、気温も高いなか狼煙をあげるために焚火をすることになった。
「……あっ! やっぱり寄ってきた……」
煙を上げて少し船を眺めていると、思っていた通りこちらへと近寄ってくるのが見えた。
どうやら狼煙を発見してくれたようだ。
後はあの船がガイオを探していたのだとすれば話が早い。
目で確認できる距離だとは言え少し時間がかかると思ったレオは、近くの岩に腰かけて、足だけ海に浸かって船が来るのを待つことにした。
「まあまあ大きいな……」
近寄ってくると、船の大きさが分かる。
遠かったので分からなかったが、船は結構大きかった。
2、30人くらいは乗れる中型船といったところだろうか。
島には大きな船を停泊させるような場所がないので、海岸から少し離れた所で止まり、小舟で男女数人がこちらへと向かってきた。
「何だ? おやっさんじゃねえのか……」
「遭難しているかもしれませんね。行って一応話を聞いてみましょう!」
「了解しました!」
小舟の上では若い男性が船先に立ち海岸の周囲を見渡す。
しかし、狼煙らしきものが見えた海岸には、男の子供が1人いるだけで目的の人物の姿が見えない。
そのことに気付いた若い男性は落胆したように呟く。
それに対し、周囲に者たちに守るように囲われている女の子は、レオのことを見て遭難者の可能性を感じた。
そして、レオを救助した方が良いと判断したのか、そのまま海岸へと向かうように漕ぎ手に指示を出す。
女の子の意見に特に誰も反対を言わない所を見ると、彼女が一番上の立場なようだ。
「気を付けてください! あそこは魔物が跋扈する島です!」
「おう!」「了解!」
女の子のすぐ側にいる女性から船員たちへ忠告が飛ぶ。
自分たちの船がいる位置から考えた結果、今近付いている島は魔物が多いことで有名な島だ。
どんな魔物がいるか分からないので、警戒が必要だ。
先程呟いた男性ともう一人似た顔をした男性は、女性の忠告に頷きを返した。
「なぁ、ボウズ! ここに渋めのおっちゃん来なかったか?」
まず海岸に降り立った若い男性の2人。
その片方で、ボサボサ頭をした20代らしき若い男性がレオへ問いかけてきた。
「あぁ、やっぱり! ガイオさんのお知り合いですね?」
渋めのおっさんという一言で、やはり彼らはガイオを探していたのだとレオは分かった。
その言葉を聞いて、舟から降りた者たちが目を見開いた。
「おじょ……!!」
「ガイオ! ガイオは生きているのですか!?」
その中でも若い女の子がレオの言葉に強く反応する。
若い男性が止めようと止める間もなく、レオへ掴みかからんばかりに問いかけてきた。
余程ガイオのことを心配しているようだ。
「えぇ、運よく助けることができました」
「マジか! ボウズ、よくやったぞ!」
「うぅ……」
女の子の勢いにレオは面食らいつつ、ガイオは大丈夫だということを伝える。
その言葉に反応した若い男性は、近寄ってきて手荒にレオの頭をグリグリと撫でまわすため、レオは若干声を漏らした。
「ここから少し行ったところに僕の家がありまして、ガイオさんはそこで安静にしてもらっています」
「お前の家?」
「ここはヴェントレ島ではないのか?」
家という単語を聞いて、若い男性の2人は聞き間違いかと首を傾げた。
この島のことは知っている。
何度か近くを通ったこともあるし、少しの時間の休憩として立ち寄った事はある。
魔物が多いことで有名なヴェントレ島のはずだ。
こんな所に住んでいるなんて命知らずも良いところだ。
「えぇ、ここはヴェントレ島ですよ」
「何で……?」
質問に答えるレオだが、その答えに更に疑問がでる。
そのため、女の子をレオから少し下がらせた女性が問いかける。
子供がそもそもこの島にいることがおかしいからだ。
「申し遅れました。ここの島の領主をしているレオポルドと申します」
「りょっ!? 失礼しました!」
作業用のつなぎを着て、童顔をしているから気付かないのも仕方がない。
彼らでなくても、このレオが領主だなんて分かるはずがない。
領主と聞いた彼らは、慌てて膝をついて頭を下げた。
「あぁ……、かしこまらなくていいですよ。領主と言っても貴族ではないですし、ここには僕しか住んでいませんから……」
「……ありがとうございます」
領主であるのに貴族でないのはまだ分かる。
小さな村だったり、国への税があまり見込めない土地の領主は貴族を送ったりしない場合があるからだ。
しかし、だからと言ってまだ疑問は残る。
貴族でない領主の場合、市民の代表がそのまま領主とされることが多い。
そうなると、人生経験のある年齢の高い者がなることが多いが、レオはどう見ても成人して間もない少年。
その疑問に目を瞑っても、人もいない所の領主をさせるなんてどう考えてもおかしい。
「申し遅れました。私はエレナと申します」
「ドナートだ!」
「ヴィート!」
「イメルダよ!」
「セバスティアーノと申します」
レオの疑問は残るが、こちらはまだ名乗りもしていない。
そのことに気が付いた女の子(エレナ)は、すぐさまレオへ自己紹介をした。
それに倣い、ボサボサ頭の若い男性(ドナート)、そのドナートに似た男性(ヴィート)、エレナの前に立つ女性(イメルダ)、エレナの背後に立つガイオと近い年齢をしている男性(セバスティアーノ)が名前を名乗った。
後で知ることになったが、ドナートとヴィートは兄弟らしい。
「ガイオさんの所へ向かいましょうか?」
「はい!」
姿を見て確認したいだろうし、ここにいつまで居ても仕方がない。
そのため、レオはみんなを連れて自宅へ向けて歩き始めた。
レオの言葉に、エレナが特に強く返事をした。
「ガイオ!!」
「エレナ……」
レオの家に着くと、みんなガイオの無事な姿に笑みを浮かべた。
特にエレナは嬉しそうに抱き着いた。
ガイオもみんなが迎えに来てくれたことが嬉しそうだ。
「ごめんなさい。私のために……」
「気にするな。お前が無事で良かった」
何だか色々事情があるようなので、彼らが再会している間レオはクオーレと共に外で待機していることにした。
レオがみんなを連れてきた時、闇猫のクオーレを見たドナートとヴィートは、腰に差しているナイフに手をかけた。
しかし、すぐにレオが自分の従魔だといって、何とか収めることができた。
レオがクオーレを撫でる姿を見て、エレナはなんとなく触りたそうにしていたが、みんなに止められていた。
「ガイオ……落ちそうになったお嬢様を救ってくれた礼を言う。ありがとう!」
「気にするな。俺が勝手にやったことだ」
確かに台風の波によって船は大きく揺れていたが、ガイオは経験上凌ぎきれると思っていた。
しかし、エレナはそうはいかず、波を受けた揺れで船から落ちそうになった。
そんなエレナを救い、代わりにガイオが海へと落ちてしまったのだ。
助けたガイオに、セバスティアーノは感謝の言葉と共に頭を下げた。
昔からの友人に頭を下げられ、ガイオは照れくさそうに返事をした
「それにしても、さすがおやっさん! あの波に呑まれた時にはどうなることかと思ったぜ!」
「あぁ、まさか骨折だけで済むなんて……」
大荒れした波に呑み込まれ、もしかしたらと最悪のことも予想していたが。
元気そうなガイオの姿を見て、ドナートとヴィートは骨折で済んだガイオの強さに改めて感心した。
「いや、本気で死ぬと思った。レオポルド殿のお陰だ」
死なずにこの島の海岸に流れ着いたのはたしかに自分が頑丈だったともいえるが、そこで放って置かれていたら確実に死んでいた。
ガイオとしては、レオに命を救ってもらったという思いが強い。
「それにしても、あのボウズは本当にここで暮らしているみたいっすね?」
大きいとは口が裂けても言えないが、暮らす分には十分な設備が整っている。
家の中を見渡したドナートは、レオの話へとシフトした。
この家を見る限り、魔物の巣窟の島の領主をしているというのは嘘ではないようだ。
「それに、闇猫を従魔にしているとは言っても、とてもあの子が戦えるようには見えませんね?」
ヴィートもレオのことが気になっていたので、ドナートの意見にプラスするように疑問を口にした。
魔物が跋扈する島に住んでいるとなると、例え弱い魔物だとしても闇猫だけで凌げるとは思えない。
だからと言って、レオ自身が戦えるように見えないため、どうやって生き残っているのか分からない。
「……何か特別なスキルでもあるのかもな」
2人の疑問にはガイオも考えさせられていた。
レオは、ここは島でも弱い魔物しか出ないといっていたが、つまりは弱い魔物なら出るということだ。
だが、レオは2人の言うように戦えるように見えない。
顏も色白だし、成人したばかりの貴族の子という印象が浮かんで来る。
何があったのかは分からないが、もしかしたら何かあっても構わないという思いでここに送られたのではないかと想像できる。
それに反してこのような家を作って暮らしているということは、何かしらの力が無いと不可能に思えた。
「レオポルドさんには改めてお礼を言うことにして、詮索はやめておきましょう」
「ですね。こちらも探られたくありませんから……」
エレナも何故レオがここで暮らしているのか色々と気になる。
きっと何か理由があるのだろう。
それを聞いて答えを得て、逆に自分たちのことを彼に聞かれた場合、答えないわけにはいかなくなる。
しかし、自分たちにも色々と事情があるので、余計なことを聞くのは良くない。
そのことをエレナが言うと、セバスティアーノがそれに賛成するように言葉を述べた。
「皆さん。船にはまだ乗っている方がいますよね?」
「えっ? えぇ……」
「もしよかったら、皆さんも呼んで来たらいかがですか? 食事も用意しますし……」
少し時間が経ったので、もういいだろうとレオは家の中に戻ってきた。
エレナたちの乗ってきた船は結構な大きさだったし、まだ船員がいるはずだ。
そのため、レオはその船員たちにも休憩がてら船から下りてもらおうと考えた。
時間的にも日も暮れ始めるころだし、今日は休んで行ってもらおうと思った。
「……宜しいのですか?」
「えぇ!」
たしかに、今から出発するとすぐに夜になってしまう。
1泊くらいなら魔物も出ないかもしれないし、出ても多くの人間がいれば対処できる。
そのため、ガイオがためらいつつ尋ねると、レオは大きく頷きを返した。
その言葉に甘えることにした彼らは、少し沖に停泊している船へと仲間を呼びに行ったのだった。
「大勢でお世話になって申し訳ありません」
「気にしないで下さい」
結局、レオは船に乗っていたガイオの仲間のほとんどを家に呼ぶことにした。
海上に停泊しているので、念のため数人残してきたようだが、その者たちも合わせて、25人の男女が乗っていたらしい。
みんなガイオが無事だったことを喜んでいて、中には涙ぐんでいる者までいた。
招いておいてなんだが、さすがに全員を家で寝てもらえることはできないので、近くにテントを張って休んでもらうことになった。
船はガイオが船長をしていたらしく、代表して謝罪を言われたが、レオとしては結構楽しんでいるため笑顔でそれを否定した。
「食料は結構溜め込んでいるので、食事の用意を始めますね」
「ありがとうございます」
足以外は大丈夫なガイオには、外に出した椅子に座ってもらってみんなと話しもらうことにした。
そして、レオはみんなに料理を振舞おうと、夕飯の準備を始めることにした。
「鍋や食器などはこちらが用意しますのでお使いください」
「ありがとうございます」
船の中にいる女性が調理しているのかと思ったが、ちゃんと調理担当の人がいるらしく、レオはその人たちと下ごしらえを始めた。
よく考えたら竈は簡易的に作れるものの、食材を調理する鍋などがなかった。
しかし、船には当然人数分の調理器具や食器などがあるので、それを使わせてもらうことにした。
「私も何かお手伝いしますか?」
「大丈夫ですよ。調理の方たちも手伝って頂いていますし」
何もしないでいるのが落ち着かないのか、エレナはレオのもとへ来て協力を進言してきた。
しかし、十分手は足りているため、レオはそれを断った。
「そうだ! もしよかったらクオーレの相手をしてあげてください」
他は大人ばかりで、何もすることがなくて暇なのかもしれないと思ったレオは、クオーレを紹介した時エレナが触りたそうにしていたのを思いだした。
あの時は闇猫に近付くのを危険と判断した他のみんなに止められていたが、家の側でずっと大人しくしている姿を見てみんな警戒も薄れている。
今なら別に止められないだろうと思い、クオーレを触らせてあげようと考えたのだ。
「えっ? よろしいのですか?」
「……はい」
「では! 失礼します!」
クオーレに触っても良いということを告げると、エレナは目を輝かせ、かなりテンションが上がったように声が高くなった。
あまりの変化に、レオは「そんなに触りたかったのか?」と強く思った。
そのせいで返事に少し間が空いてしまったが、触れると分かったエレナは、一言レオへ告げるとすぐにクオーレの所へ向かって行ってしまった。
「……触ってもいいでしょうか?」
「………………」
レオの了承を得たエレナは、家の玄関の近くでおとなしく座ってレオを見ているクオーレに話しかける。
クオーレはそんなエレナに顔を向けたが、すぐにまたレオへ顔を戻してしまった。
「エレナ様……」
「大丈夫です。ご主人のレオさんが勧めてくれたのですから」
どういう関係だかは分からないが、エレナの側にはいつもセバスティアーノが付いているように思える。
そのセバスティアーノは、クオーレがエレナに攻撃しないかまだ心配している表情をしている。
それが分かっているエレナは、止めようか悩んでいるセバスティアーノを制止した。
「…………」
2人のやり取りなんて興味が無いようにしているクオーレへ、エレナはゆっくりと手を伸ばす。
これだけ近くにいるのに何もして来ないということは、クオーレが襲ってくることはないだろうと分かってはいても、やはりまだ安心できていないようだ。
少し時間をかけ、ゆっくりと伸ばした手がクオーレの背中に触れた。
「……うわ~! ふわふわです~!」
「…………」
触れても反応しないことを確認したエレナは、ゆっくりクオーレを撫で始めた。
すると、その触り心地がよほど良かったのか、エレナはとても嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫そうですね……」
セバスティアーノは、撫でまわされてもクオーレがエレナを襲わないようなので安心した。
というより、エレナにされるがままと言った感じだ。
エレナが久しぶりに嬉しそうにしている姿が見え、セバスティアーノは少し心が軽くなった思いから一息吐いた。
「どうぞできあがった料理を持って行ってください!」
「「「「「おぉ!!」」」」」
日も暮れて暗くなったころ、レオの手料理が完成した。
しかし、暗くなったといっても多くの人間がいるために、家の周りは焚火が灯り代わりになってかなり明るい。
みんな魔物が襲ってくることへの警戒をしつつ、釣竿や武器の手入れをしていた。
その作業も終わり、ちょうど暇になる頃に夕食ができたことで、かなりテンションが高い。
あっという間に料理を並べたテーブルに列ができてしまった。
「おぉ! うめえ!」
「あぁ!」
特にテーブルの近くにいたドナートとヴィートは、いち早く食べ始めた。
結局、料理と言っても肉や魚を中心とした料理になってしまったが、どうやらみんなの口に合ったらしく、満足してもらえたようでレオは一安心した。
毎日この人数の料理を作っているとなると、手伝ってくれた料理担当の人たちの大変さが窺えた。
レオがメインで料理をしていたことで、調理担当の人たちも楽ができたと感謝されたのは嬉しかった。
「レオポルド殿……」
「どうしました? ガイオさん、セバスティアーノさん」
みんなが火を囲んで雑談している所で、レオも食事を取り終わった所へガイオがセバスティアーノの肩を借りてレオの所へ近寄ってきた。
「今回はありがとうございました。改めてお礼を申し上げます」
「いいえ。数年ぶりに大勢で食事ができて僕も楽しかったです」
ガイオを椅子に座らせたセバスティアーノは、レオに対して深く頭を下げてきた。
それに対して返したレオの言葉は本心だ。
実家にいた時、レオは母が生きていた子供の頃までしか他の人間と食事をすることはなかった。
それ以降は自室で1人こもって食べることしかなかったため、多くの人と食事をするという感覚を久々に経験した。
いや、その時からあまり関係が良くなかった父や兄たち何かと食べていた時なんかよりも良く、生まれてから一番楽しく食事ができたかもしれない。
「……やはり、何かしらの理由があるようですね……」
「えぇ、お互い(・・・)様(・)です……」
「……やはり分かりますか?」
今日の僅かな時間だが、レオは彼らの関係が何かおかしいのは分かっていた。
特に、みんながエレナの身を案じるような行動を頻繁にしているのが気になる。
しかし、それを聞くのは良くないだろうと、レオは気付いていない振りをしていた。
だが、目端の利く者ならば、隠そうにも色々な対応で気付かれてしまうものだ。
1人で建てたという家や、手入れされた畑の野菜、他国の料理法も知っているようだし、こんな所で無事に暮らしている人間の頭が悪いとは思えない。
もしかしたらと思っていたが、やはりレオに気付かれていたことに、ガイオとセバスティアーノは目が一瞬強張った。
「…………」「…………」
レオの言葉に反応した2人は目を合わせ、何かを決心したかのように無言で頷き合った。
そして、セバスティアーノは椅子に座るレオの前に片膝をついた。
「レオ殿……」
「はい……」
さっきのやり取りで何かを決心したのはレオにも分かった。
流石に理由を知られる前に暗殺ということはないだろうと思っているが、レオは若干緊張しつつ真剣な目で見上げてくるセバスティアーノへ目を向けた。
そして、その後告げられた言葉で、少しの間固まることになった。
「我々をここに置いてもらえないでしょうか?」
「…………えっ?」