「ん? あぁ、おはよう。クオーレ」

「ニャ~!」

 プニプニとした柔らかい感触を頬に感じてレオが目を覚ますと、枕の側に黒い子猫が座っていた。
 それが従魔にした闇猫のクオーレだと気付き、レオは体を起こして頭を撫でる。
 撫でられるのが嬉しいのか、クオーレは目を細めた。
 起こしてくれたお礼に少しの間撫でてあげたあと、レオはベッドから降りて朝の支度を始めた。

「やっぱり、魔物を倒すと何かの作用が働いているみたいだな……」

 低血圧だったためか、昔から目が覚めてもすぐに体を起こすことなんてできなかった。
 しかし、今ではそんなこともなくなって、すんなり起き上がれるようになった。
 たったそれだけのことでも、自分の体調が良くなっているということが感じられる。
 一気に健康になるようなことはなかったことを考えると、本人でも実感がない程度にしか成長しないようだが、それでもレオにとっては嬉しいことだ。

「まずは、畑の手入れに行こうか?」

「ニャ~!」

 顔を洗ったりして身支度を整えると、レオはクオーレを引き連れて手入れと朝食用に庭の畑から野菜を採取しに向かった。

「これはトマトだよ」

 畑に生えていた雑草を抜いて水をあげた後、レオは赤くなった実を採取する。
 片手に収まる実を持って、レオはクオーレへ見せてあげる。

「生でも食べられて、熱を加えると甘くなって美味しいんだ」

「……ニャ?」

 トマトは体に良いという話を聞いていたのもあって、最初に種を買った。
 本の知識をそのまま使って育てたのだが、順調に育ってくれた。
 以前は何の関心もなかった野菜だが、普通に食事ができるようになったのと料理をするようになったことを契機に、レオの中で好きな野菜へとランクアップした。
 トマトを見せられても食べたことがないのか、クオーレは「本当においしいの?」とでも言いたげに首を傾げている。

「クオーレは魚の方が好きかな?」

「ニャ~!」

 子猫とは言っても、魔物の幼体であるクオーレが何を食べるのか分からなかった。
 ミルクを与えた方が良いのかと思ったのだが、そんなものはここにはない。
 牛系や羊系の魔物がいれば手に入れられるかもしれないが、レオの戦力はロイとオルだけ。
 とても島の中を探検に出る気にならない。
 きっと森の奥の方が危険な魔物が多いに決まっているからだ。
 それに家の周りの比較的弱い魔物を退治しているだけで、充分平和に暮らしていられるのだから、無駄に危険なことに手を出したくない。
 闇猫の食事が何なのか分からないが、魔物は毒さえなければ大抵のものを食べると言われている。
 なので、肉の塊を与えたのだが、あまり反応を示さなかった。
 もしかしてと思って、柔らかく煮込んで小さく切ってあげると喜んで食べた。
 どうやらクオーレは離乳期のようだ。
 それが分かったので、レオは毎回離乳食も作るようになったのだが、クオーレは特に小魚をミンチにした魚肉団子が好きらしい。
 レオやロイたちが魚を釣ってくると、とても嬉しそうに尻尾を振りまわす。

「ん? お疲れさま!」

 家の近場に魔物が出現したらしく、ロイが倒した魔物を持って来た。
 小型犬ほどの大きさの蛙で、その肉は食用としても知られている。
 アルヴァロのおかげで魔法の指輪を手に入れたので、無駄に捨てることなく保存できる。
 そのため、食べられる魔物の肉は解体して指輪に収納しておくようにしている。

「解体してくれる?」

“コクッ!”

 レオのスキルと魔力で動いているロイは、レオの知識とリンクしている部分があるため解体することもできる。
 家を追い出されたら冒険者になるしかないと思っていたので、魔物や動物の解体方法も学んでおいたのが役に立った。
 解体用のナイフを渡されたロイは、頷いて魔物の蛙を解体し始めた。

「ありがとうね!」

 いつものように仕事をこなすロイに、レオはねぎらいの言葉と共に頭を撫でる。
 元々は木で出来た人形なのでそんなことする意味はないが、自分のスキルとはいえ動いているのを見ていると思わずそうしたくなるのだ。

「じゃあ、指輪に収納するね!」

 ロイが解体した蛙の魔物の肉。
 毎日のように何かしらの肉は手に入るので、レオ1人では食べきれない。
 クオーレにも肉の離乳食を与えているが、やっぱり魚の方が好きなのか、テンションが上がるということがない。
 食べきれないのはアルヴァロに売りさばいてもらえばいいので、この蛙の肉も魔法の指輪に収納しておくことにした。

“フッ!”

「おぉ!」

 魔法の指輪に魔力を流して中へ収納するイメージをすると、蛙の肉は指輪についている小さな宝石の中へ吸い込まれるように消えていった。
 指輪をもらって少し経つが、何度おこなってもその現象を見ると関心と驚きが混ざったような反応をレオはしてしまう。

「便利だよね?」

「ニャ!」

 魔法の指輪のことを知らないクオーレは、最初その現象を見た時は驚きでレオにしがみついた。
 しかし、そういうものなのだと理解してからは特に反応しなくなったが、不思議だという思いがあるため、レオの言葉に頷いている。

「……あれっ? もしかして……」

 生き物でなければ何でも容量内なら入れられる。
 そんな魔法の指輪を見ていたら、レオはあることが頭に浮かんできた。
 そして、その考えを確認するために家の中から小さい布人形を持って来た。

「スキル発動!」

「……?」

 その人形を持ってくると、レオはスキルを発動させる。
 魔力を受け取った布人形は、スッと立ち上がる。
 ずっと一緒にいるので何度も見たスキルをレオが使っても驚かないが、クオーレは何をしたいのか分からずに首を傾げる。

「ごめんね。ちょっと実験させてね」

“コクッ!”

 立ち上がった人形にレオが一声かけると、人形は頷きを返す。
 そうしてその頷きを確認した後、レオは魔法の指輪に魔力を流し込んだ。

「おぉ! やっぱり!」

 レオのスキルで動いているとは言っても人形は人形。
 生き物ではないので魔法の指輪に収納できるのではないかと思って試してみたら、案の定、布人形は指輪の中へ消えていった。

「後は、ここから……」

 ここまでは予想通り。
 レオが本当に知りたいのはここからだ。
 魔法の指輪に魔力を流し、収納したさっきの布人形をまたこの場へと出現させる。

「大丈夫?」

“コクッ!”

 指輪から出てきた布人形は特に何も変わった様子もなく動かない。
 その反応に予想が外れたのかと思って問いかけると、人形は平気そうに頷いた。

「やった!!」

「……?」

 その頷きを見て、レオは予想が当たったのだと嬉しそうに両手をあげた。
 クオーレはレオが何に喜んでいるのか分からず、またも首を傾げる。

「うん魔力も変わってない!」

 布人形を手で持ち、レオは魔力量が変わっていないか確認する。
 すると、さっき指輪に収納したときと魔力量も変わっている様子はなかった。
 それがさらにレオを興奮させる。

「これは使える!」

 実験したかったのは、レオのスキルで動いている人形の収納だけでなく収納して、出してからの変化が確認したかったのだ。
 実験の結果を見ると、人形には何の変化もない。
 この実験の場合、その何の変化も無いということが嬉しいのだ。
 これを使えば、多くの人形を動かしたまま魔法の指輪に待機させておける。
 ロイやオルだけで抑えきれないほどの魔物が来たりした時のために、同じような木製人形を作っているが、作り過ぎても置き場所がない。
 家の外にいてもらうということも出来るが、雨など降ったらどうしようもない。
 木製なだけに、雨風に晒されればその分傷みも早くなる。
 ロイもメンテナンスをよくしているし、他にもとなると手が回らない。
 人形に人形をメンテナンスさせることも出来るが、自分のために動いてくれているのだからなるべく自分の手で直してあげたい。
 しかし、魔法の指輪の中は時間が停止したと同じような状態。
 劣化もせずに保管して置ける。

「そうと決まれば……」

 領地なので開拓をしなくてはならないのだろうが、レオとしては現状で満足している。
 しかし、開拓をしたいという思いもあったため、これでその考えを行動に移すことができる道筋が見えて来た。
 多くの木製人形を作り、スキルで発動させ、指輪の中で待機してもらえば、もしもの時には指輪から出して対応してもらえる。
 これは色々なことで利用できる。
 肉や素材と同様に考えていた問題が解決したレオは朝食を食べた後、これまで以上に人形作りに精を出したのだった。