「レオさん! ファウストさんが来たみたいよ」

「えっ? 本当? いつもより早いな……」

 自分の畑でいつものように作業をしていたレオを、エレナが呼びに来てくれた。
 いつものように、ファウストがここの領民となる人間を連れて来てくれたようだ。
 レオがヴェントレ島の領主となり、もうすぐ3年目に入る。
 騎士爵を叙爵して貴族になったからと言って、特にレオ自身に変わりは起きていない。
 強いてあげるとすれば、少し背が伸び、日々の稽古から筋肉もしっかりついているという所だろうか。
 病弱で弱々しかった昔の姿は、今はもう完全に消え去っている。
 開拓作業は今も無理しない程度に進めており、もうすぐ4分の1は領地へと変えられると踏んでいる。

「はい!」

「あぁ、ありがとう。エレナ」

「いいえ!」

 畑仕事で汚れた手を洗い終わると、エレナが笑顔でタオルを渡してくれた。
 いつもはレオの執事のベンヴェヌートがおこなってくれる作業だが、ファウストを家に連れてくるのでいないのだろう。
 代わりに出してくれたエレナに感謝して、レオはタオルを受け取った。
 エレナもこの3年で女性らしく成長したように思える。
 レオ同様に畑仕事や動物の面倒を見るなど、やっていることは変わっていないが、背が伸びて出る所は出て引っ込むところは引っ込み、少女から女性と呼ぶにふさわしい姿に変わった。
 住人の中にはエレナに好意を持つ男性もいるが、いつもそばにいるセバスティアーノやガイオが目を光らせているため近付くことができないでいる。

「おぉ、相変わらず仲いいな」

「ファ、ファウストさん……!!」

 レオとエレナが一緒にいる所に、ちょうどファウストが案内されて来た。
 そして、2人の姿を見て若干にやにやしながら声をかけてきた。
 それに対し、エレナは顔を赤くしてファウストへ抗議の目を向ける。

「そうですね。いつも通りですよ」

「……えっ?」

「……マジかよ? お前……」

 エレナとは違い、レオは平然とした表情でファウストに返答する。
 その様子に、エレナとファウストは驚いたようにレオの顔を眺める。
 茶化したつもりだったのに、予想通りの反応したエレナとは違い、全く何も感じていない様子をしているため、ファウストはレオがさっきの意味を理解していないのだと分かった。
 恋愛関係には疎く、鈍感なのかそれとも本当に何も感じていないのか分からないが、ファウストは珍しい者を見たように呟いた。

「それより、何かあったのですか? いつもより早い気がしますけど……」

「それよりって……。まぁ、いいか……」

 ファウストたちの反応よりも、いつもより早い到着の方が気になっていたレオは、その理由を尋ねることにした。
 あっさりと話を切り替えたレオにちょっと言いたいとこだが、確かに話したい事があったため、ファウストはそのままレオと共に家の中へと向かうのだった。



「フェリーラ領に盗賊ですか?」

「あぁ……」

 家に入って今回の住人たちの名簿やここに来た理由などが書かれた書類を渡され、その書類の説明を受けた後、今回ファウストが早く来たことの話を始めることになった。
 すると、ファウストから告げられたのは、フェリーラ領で最近数組の盗賊が出るようになったという話だった。

「以前行った時も出ましたし、もしかしてフェリーラ領には多いのですか?」

「他の領とたいして変わらないさ」

 どこの領でもはぐれ者は出るもので、そういった者たちが集まって盗賊団を形成するのはよくあることだ。
 被害が出れば冒険者に依頼したり、兵を派遣したりして討伐をおこなうのが通例だ。

「最近のはちょっと特殊でな。特に南の地域が被害に遭うことが多い」

「南……ルイゼン領ですか?」

「その通りだ」

 フェリーラ領の南に位置するのがルイゼン領だ。
 エレナが継ぐはずだった領地だ。
 今はエレナの命を狙っていた叔父のムツィオが経営しているのだが、海に囲まれているため貿易関係で儲けを出しているからか、前領主の時と変わらずなかなか豊かな領のままだ。
 この国では王位も貴族位も女性が継ぐのは問題ではないため、その地位は本来ならエレナが継ぐべきものだった。
 兄殺しをして爵位と領地を奪った男として、レオもどうにかできないかとも思っているが、王家の調査でも証拠が掴めなかったとのことなので、手の出しようもないのが現状だ。

「南の方の町や村で、ここ1、2年あたりちょくちょく盗賊が出るようになってな。それがなんとなく何者かに組織されているように感じるんだ」

「ムツィオが動いているということでしょうか?」

「それは分からん。……が、無関係なのかは怪しいがな」

 盗賊が出るようになった報告に、これまでの印象からレオはすぐにムツィオの仕業なのではないかと考えた。
 しかし、その考えは間違いらしく、ムツィオが関係しているようではないらしい。
 ただ、これまでの行いから、怪しく思えるのはファウストも一緒だ。

「しかし、盗賊に町や村を襲わせて何の意味があるのですか?」

「住人を排除して、そこに自分たちの息のかかったものを住まわせて統治させるという考えのようだ」

「……結構チマチマしたやり方ですね」

 盗賊を使って町や村を襲わせるとしても一時の利益しか生まず、レオは意味が無いように思えた。
 しかし、どうやらそれには狙いがあるらしく、無理やり領地を得るための策らしい。
 地道にコツコツ領土を広げようとするなんて、何とも面倒くさい人間が動いているようだ。

「何とか今は南に兵を送って対応しているが、こうも頻繁だと費用もかかる。そのため、メルクリオ様も困っているんだ」

 南に兵を派遣したことで、今は盗賊の勢力を抑えることに成功している。
 しかし、派遣した兵の居住地や食料などを考えると、費用がかなり掛かる。
 その費用を派遣した町や村に払わせるわけにもいかないので、フェリーラ領の収益から支払わなければならなくなっている。
 これが続くと、いつか赤字になってしまうため、何か策がないかとメルクリオは頭を悩ませてるそうだ。

「ギルドとしても何か協力が出来れば良いが、冒険者を雇うのにも金がかかるからな」

 兵の代わりになる人材を探すにしても、今度はその人間を雇うために資金を投入しなければならないためたいして意味がない。
 冒険者も慈善事業ではないので、無償でという訳にはいかない。
 そのため、協力をしたくてもできないため、ギルド側も悩んでいた。

「…………ファウストさん」

「んっ?」

 騎士爵を得た時から、フェリーラ領の領主であるメルクリオには世話になっている。
 資金援助ということはないが、貴族関係のしがらみや住人の確保にも協力してくれたりとレオはかなり助かっている。
 そんなメルクリオが困っているということを聞いて、自分も何か協力できないかと考えた。
 そして、あることを思いついたレオは、真剣な表情をしてファウストに話しかけた。

「ちょっと試したいことがあるんですが……」

「試したい事?」

「えぇ」

 この3年で、レオは自分のスキルを色々と試してきた。
 それにより、色々と強化や運用法を思いつくことができた。
 今回、その中の1つが利用できるのではないかと思ったのだ。
 そのためレオは1体の人形を出してファウストへと説明をすることにした。

「彼らを使えば、費用はぐっと抑えられると思います」

「……マジかよ? お前……」

 その人形の説明を受け、ファウストは少し前に言った言葉をまた呟くことになった。
 いつの間にか作り上げていたレオの人形が、いつの間にか高性能になっていたからだ。

「メルクリオ様にも提案してみる」

「お願いします」

 この人形を使えば、確かに費用は抑えることができるだろう。
 当然メルクリオに話を通さないといけないが、恐らくメルクリオはこの話を受けるだろう。
 解決策が見つかったファウストは、すぐさまヴェントレ島を後にしたのだった。