「何から何までお世話になり、ありがとうございました!」

「ハハ、挨拶が堅いな!」

 フィオレンツォの処刑がおこなわれてすぐ、レオはフェリーラ領の領主であるメルクリオと共に王都を離れた。
 度重なる仕打ちをしてきたとは言っても、血のつながった兄が処刑されたことに何かしらの感情が湧くのかと思ったが、何も起きないから不思議だ。
 レオの中では、それだけかかわりのない人間なのだと割り切っていたのかもしれない。
 フェリーラ領の領都のフォンカンポに着くと、滞在中はメルクリオの邸に世話になることになった。
 王都では少ししか視察できなかったため、レオが1日視察したいというと、メルクリオが同行して町中を案内してくれた。
 そして視察翌日、ヴェントレ島へと向かうレオは、メルクリオ一家と使用人たちにお礼と別れの挨拶をした。
 それに対し、メルクリオはこの数日一緒にいることが多かったからか、レオのことを気に入りだいぶフランクな対応をするようになっていた。
 今も堅苦しいレオの挨拶に、笑みを浮かべている。

「今回のことで君の事は気に入ったし、感謝しているんだ。気にすることはないぞ」

 今回のことで、メルクリオは自分の派閥の貴族を数人領地持ちにすることができた。
 しかも、王のクラウディオの心象も良くなり、褒賞金までもらうことができた。
 フィオレンツォはレオのことを疫病神と言っていたようだが、メルクリオにとっては幸運をもたらす福の神のように思えてきた。
 それだからだろうか、メルクリオはレオのことが気に入り、面倒を見ることを決めたのだ。

「レオしゃん……いっちゃうの?」

「ニーナちゃん……」

 下っ足らずな話し方をした女の子が、目に涙を浮かべてレオがいなくなるのを悲しんでいる。
 彼女はニーナと言う名で、メルクリオの3歳の娘だ。
 前回何度かこの邸に来た時、本を読んだり、遊んであげたことで、レオのことを気にいってくれたようだ。
 気に入られたのは嬉しいが、ずっとここに長居する訳にもいかない。
 そのため、レオは申し訳なさそうにニーナの頭を撫でて和ます。

「ごめんね。お兄ちゃん自分の領地に帰らないといけないんだ」

「……やっ!」

「ニーナ。レオさんを困らせては駄目よ」

 レオが領地に帰らないといけないことを説明するのだが、ニーナは聞く耳持たないように嫌がる。
 その姿に、ロレッタが優しく諭す。
 ロレッタはメルクリオの妻で、ニーナの母だ。
 ニーナの容姿は、ほとんどロレッタから受け継いでいるのが分かるほどにそっくりで、父のメルクリオからは元気で明るいところが受け継がれているようだ。
 ロレッタのことを愛しているからか、メルクリオは側室を持つということは拒否しているらしい。
 傍から見ているレオは、なんとなく理想の家族に見えていた。

「必ずまた来るからね」

「……ほんと?」

「うん!」

 このままだと別れがなかなかできない。
 そう思ったレオは、ニーナにまた来ることを約束することでなんとか機嫌を直してもらおうとした。
 その考えは成功し、また会えると聞かされたニーナは、ちょっとだけ気を良くしてくれたような反応をしてくれた。

「そうだ! はいこれ」

「あっ! おにんぎょう!」

 レオは魔法の指輪から一体の人形を取り出し、ニーナへと渡す。
 女の子向けに可愛らしく作ったクオーレの人形だ。
 ニーナがレオに懐いた1番の要因は、人形なのかもしれない。
 傷んでいたニーナの人形を、レオがお任せあれとあっという間に修復してしまった。
 それがあってから、ニーナはレオを見つけては遊ぶように言って来るようになったのだ。

「約束の証にニーナちゃんにあげる」

「ほんと? やったぁ!」

 ニーナは、闇猫のクオーレと蜘蛛のエトーレを見た時は、ちょっとおっかなびっくりしていたが、すぐに仲良くなった。
 特に自分より大きなクオーレに乗るのが好きらしく、何度も背に乗って邸内を回っていたほどだ。
 だから、レオは約束の証として、このクオーレの人形をあげることにしたのだ。
 人形を気にいってくれたらしく、悲しそうな表情はどっかへ行ってしまったようだ。

「ごめんなさいね。レオさん」

「いえ、僕も悲しい別れは嫌ですから」

 あっという間に元気になった娘に、ロレッタは困ったように謝ってきた。
 しかし、レオもニーナには笑顔で見送ってもらいたかったので、全然気にしない。
 むしろ気にいってくれて安心した思いだ。

「何か困ったことがあったらまた俺を頼って良いからな」

「ありがとうございます! その時はよろしくお願いします!」

「レオしゃんバイバイ!」

「バイバイ! ニーナちゃん」

 メルクリオから嬉しい言葉を受け、ニーナに手を振られ、それぞれに返答したレオは馬車へと乗り込む。
 そして馬車が動き出し、レオはフォンカンポから離れることになった。





◆◆◆◆◆

「だいぶ長い間離れることになっちまったな?」

「そうですね」

 船の上で進行方向の景色を眺めていると、隣にたつドナートから話しかけられる。
 たしかに、彼が言うようにかなりの期間島から離れることになった。
 しかし、レオの中では有意義なものだったと思っている。
 フェリーラ領の町を見られたし、王都にまで行くことができた。
 そして、まさかの爵位の授与まで受けることになり、出た時平民帰りは貴族といった夢物語のようなことが起こってしまった。
 体に当たる風も、何だか気分を良くしてくれるほどに気分はいい。

「でもようやく帰れました」

 遠くに見えるヴェントレ島を眺めつつ懐かしそうに呟くと、レオは島のことを考え始めた。
 外壁周辺の魔物の増殖には注意しなければならないし、今後移住してくる住人への建築も進めなければならない。
 そうなると、どれだけの畑を開墾しないといけないかなど、島に戻ってもまだまだ問題は残っている。
 逃げられたとはいえ、ディステ家との問題はなくなった。
 あと残っているのはエレナのことだ。
 聞いただけの話ではあるが、ルイゼン領のムツィオもカロージェロと同様に悪徳貴族だという話だ。
 こちらから無理に関わろうとは思わないが、何かのきっかけでエレナの生存に気付くかもしれない。
 そうなったら、また今回のように刺客が送られてくるかもしれないため、そのことにも注意をしなくてはならない。

「レオさーん!」

「……あっ!」

 色々な問題があり、それぞれの対処法を考えるようにレオが黙っていると、遠くから自分の名前を呼んでいる声が聞こえて来た。
 それで思考から解放されたレオは、進行方向にある海岸付近に目が行った。
 そこには、エレナを先頭にした多くの島民が、レオの帰りを待っていたように手を振っている。

「おやっさんに伝書鳥を飛ばしておいたから、待ち受けていたのだろう」

「ヴィートさん……」

 待ち受けている島民たちは、船にいるレオに見えるように横断幕を広げている。
 そこには、叙爵おめでとうの文字が書かれている。
 それを不思議に思っていると、どうやらヴィートがレオの現状を島にいるガイオへと送っていたのだそうだ。
 それで、みんながどうして自分が叙爵したことを知っているのか納得した。

「おかえりなさい!」

 船着き場に着いて下船すると、エレナが代表して迎えの言葉をかけてくれた。
 今更になって、いつの間にかここが自分の帰る場所になっていたのだと気付き、レオは何だか嬉しく思えてきた。
 実家ではほとんどベッドの上で1人だったのに、たった1年でこんなに多くの友人や仲間が増えた。
 みんなの笑顔に迎えられたレオは、満面の笑みを浮かべ、島へ帰還した挨拶をすることにした。





「みんな! ただいま!」