「何故だ!? 何故伯爵の子である俺が捕まらなければならないんだ!!」

「うるさいぞ! 黙れ死刑囚!!」

 王都にある刑務所の中で、後ろ手に手錠をはめられ、脚に逃走防止の鉄球を付けられた1人の男が大声で叫んでいた。
 ディステ伯爵家の次男であるフィオレンツォだ。
 いつものように町で女を捕まえ、一日好き勝手に遊んで目を覚ますと、いきなり王の使いと言う兵が実家の邸に乗り込んできて、抵抗する間もなく拘束された。
 そして、そのままこの刑務所に送られるということになり、フィオレンツォは何が何だか分からない状況だった。
 あまりにもうるさいため、刑務兵は黙るようにフィオレンツォに向かって怒鳴り散らした。

「死刑なんて間違いだ!! あの裁判は無効にしろ!!」

 王都に着いたその日、フィオレンツォの裁判はおこなわれた。
 弁護人も付いてはいたが、弁論の余地のない証拠の提示にお手上げ状態。
 結局、裁判官の全員の意見が一致し、内乱罪の他にも、婦女暴行、誘拐罪、暴行罪、傷害罪など付けられるだけの罪を重ね付けし、フィオレンツォには死刑という罪状が申し付けられたのだった。
 ちゃんとした調査の下おこなわれた裁判のため、フィオレンツォの再審請求なんて通じる訳もなく、ただの自分勝手な主張に過ぎない。

「全く……、こんなのが兄だなんて、レオポルド様(・)もついてないとしか言いようがないな……」

「様(・)!? 貴様何故あの疫病神のガキに様付けなんかしてるんだ!?」

 刑務兵の嘆くような呟きの中に、フィオレンツォには聞き捨てならない言葉があった。
 母や祖父の死を招いた(フィオレンツォの勝手な思い込み)とされるレオポルドのことを、この目の前の刑務兵は様付けで呼んでいる。
 領主とは言っても、魔物だらけの島の平民にそんなことをしているこの兵が異様に感じたのだ。

「口を慎め死刑囚! レオポルド様は貴様らの悪事を暴いた功績と、領地経営の手腕を買われて陛下から騎士爵位を賜ったのだ!」

「……爵位? あのガキが……?」

 刑務兵の説明を受け、フィオレンツォは目を見開き固まった。
 自分は死刑を言い渡されているのに、あのディステ家にとって疫病神でしかないレオポルドが評価されている。
 しかも、国王から爵位を賜るほどに評価されている理由が理解できなかったのだ。

「爵位を継げない伯爵の子でしかない貴様と、騎士爵とはいえ爵位持ちのレオポルド様では地位が違う。弟と言えど他家の貴族を呼び捨てにするなど不敬だぞ!」

 貴族の爵位は、法衣貴族(領地無し貴族)でない限りその当主が決めた次期当主にのみ世襲できる。
 国と言っても土地は有限のため、新しく評価を得て貴族位を得ても、領地を与えたくても与えられない有能貴族はいる。
 逆に領地持ちの場合、無能でも爵位を受け継げるから厄介な話だ。
 今回のように、伯爵領と言う大きな土地が、頭のおかしい長男に引き継がれるところだった。
 しかし、フィオレンツォは次男だ。
 イルミナートの身に何かが起きない限り爵位を継ぐ事など不可能。
 もしも、フィオレンツォが爵位を得たいなら、何かしらの功を上げて評価を得るか、どこかの貴族の娘の婿として他家の貴族位を受け継ぐしかない。
 婿に行っていない状況のフィオレンツォは、ディステ伯爵家の次男と言うだけで、爵位がある訳ではない。
 逆に、レオは最下位ながら爵位持ちになっている。
 そのため、地位はレオの方が上に位置しているため、伯爵の息子であろうと兄であろうと、侮辱行為は不敬罪に相当する。
 その前にフィオレンツォは死刑囚だ。
 カロージェロの爵位も剥奪されることになったし、平民以下の犯罪者でしかない。
 レオのことを呼び捨てにする事すら許されないほど、2人には差が広がっているのだ。

「フザケルナ!! 何であのクソガキが爵位を受けてんだ!! 騎士爵でもいいから俺に寄越せ!!」

「……何だと?」

 フィオレンツォの言葉に、刑務兵の男はこめかみに青筋を立てた。
 言うに事欠いて、死刑囚が爵位を寄越せと宣ったのだから無理はない。
 しかも、先程注意したのにもかかわらず、レオのことをクソガキ呼ばわりする始末だ。
 刑務兵の男は怒りの表情を浮かべながらフィオレンツォの牢のカギを取り出し、カギを開け始めた。

「おぉ! ようやく俺を解放する気に……」

 鍵を開けて牢の中に入って来た刑務兵に、フィオレンツォは自分に都合のいい解釈をした。
 後は手錠と足の鉄球を外せば好きに動ける。
 その解放をされると思っていたのだが、

「ふがっ!!」

 フィオレンツォの言葉を無視したように、入った瞬間思いっきり振りかぶった刑務兵の右ストレートがフィオレンツォの左頬へクリーンヒットした。
 それにより吹き飛んだフィオレンツォは、背中を強かに壁へと打ちつけた。

「きひゃま(貴様)! らりを(何を)……」

 抗議をしているようだが、殴られたことでフィオレンツォの頬は腫れあがり、何を言っているのかいまいち分からない。
 その抗議を無視し、刑務兵はゆっくりと座り込んでいるフィオレンツォに近付いて行く。

「上から処刑日まで殺さなければ貴様を好きにして良いとして言われている。つまり貴様は生きたサンドバッグという訳だ……」

「ひょんな(そんな)!!」

「ハァ!? 何言ってっか分かんねよ! オラ!」

「うぐっ!! や、やめ……」

 貴族の中には、フィオレンツォのように親の威光を笠に着て好き勝手に蛮行を働く者がいる。
 兵たちは逆らうことができず、そういった者の命を黙って従うしかない場合がある。
 下級貴族や平民上がり兵には、そう言った者への恨みが溜まっている。
 フィオレンツォのこれまでの態度で、この刑務兵もその時の怒りが再燃したようだ。
 こうなったのは完全にフィオレンツォの自爆と言って良い。
 刑務兵の憂さ晴らしとして、フィオレンツォは痛めつけられていった。

「オイオイ! そろそろ代わってくれよ!」

「おっと、そうだな! ほらよ! 回復薬だ!」

「……?」

 顏や体を何発も殴られ、意識を失う寸前で他の刑務兵から声がかかる。
 そして、その声に反応するように、さっきまで殴っていた刑務兵はフィオレンツォに回復薬をかけて怪我を治しにかかった。
 怪我が少しずつ治って痛みが引てくると、いつの間にか刑務兵が数人フィオレンツォの牢を囲んでいた。
 フィオレンツォがその意味が分からずにいると、さっきまでの刑務兵は声をかけてきた刑務兵と入れ代わるように外へと出て行った。

「気を付けろよ。殺したら俺たちが死刑になるぞ」

「あぁ! 手加減はするさ」

「……へっ?」

 外に出たさっきの刑務兵から、中に入った刑務兵に声がかかる。
 たしかに上官からは好きにして良いと言われているが、フィオレンツォは衆人環視の下で磔にした後、斬首されることになっている。
 他の貴族への見せしめの意味もあるため、それができなくなるようなことになったら大問題になる。
 そのため、殺さない程度にしておけと言う意味での忠告だ。
 言われた方も当然理解しているが、昔の恨みの発散で力が入ってしまうかもしれない。
 そうならないように自分を諫めつつも、この刑務兵は昔の恨みの憂さ晴らしを計ることにした。

「こいつの飯に虫でも入れてやろうか?」

「ハハハ! それ良いな!」

 回復しては殴られ、回復しては殴られ、何度フィオレンツォが命乞いをしても刑務兵たちの暴力は治まらなかった。
 結局、一通りの刑務兵の憂さ晴らしと言う名の暴力を受け、怪我を治されたフィオレンツォは多くの者から向けられた憎悪に対する恐怖で、部屋の隅に蹲り、俯いて震えるしかなかった。
 しかし、裁判で多くの女性を傷つけていたことが判明しているため、刑務員たちはまだ治まりが付かないでいた。
 そのため、更に惨めな思いをさせてやろうと、提供される食事の中に虫でも入れてやろうかという話になった。

「恨むんだったら、これまでの貴様のおこないと、見捨てて逃げた貴様の親父たちに向けるんだな!!」

 死刑執行前夜、因果応報で自業自得の仕打ちを受けた日から牢で静かに蹲るようになったフィオレンツォは、刑務兵のこの言葉によってようやく自分のこれまでの行為に謝罪の涙を流した。
 そして翌日、自分を見捨てて逃げた父と兄のことを恨みながら、フィオレンツォは衆人環視の下斬首の刑に処せられたのだった。