「国王陛下!」
「どうした? クラウディオ」
ヴァティーク王国王都ピサーノの王城。
国王カルノのもとへ王太子のクラウディオが現れる。
現国王のカルノは、庭園で花々を眺めながらティータイムを楽しんでいた。
そこに来た息子に、カップを置いて問いかける。
「ディステ伯爵が領地の委譲の許可を求めて来たとか?」
クラウディオは、隣国に不穏な動きがあるという話を聞いて東の国境沿いの砦の視察から帰ったばかりだが、レオの父であるカロージェロが来たということを聞いてすぐ父に理由を確認に来たのだ。
「そうじゃ! 何でも成人した息子に僅かながら領地を与えたいということらしい」
カロージェロの話になり、カルノはその時のことを話し始めた。
「……ヴェントレ島をですか?」
「そうじゃ!」
伯爵として与えた領地を繁栄させるためには、そうした方が良い結果を出すかもしれない。
ひいては王国の繁栄につながることを考えれば、カロージェロが領地を息子に譲るのは構わない。
しかし、息子に与えたのがヴェントレ島となると話は別だ。
再確認の意味で問いかけたのだが、カルノは笑みを浮かべて答えてきた。
「伯爵は優しい父親のようじゃの……」
「………………」
「どうした?」
「いいえ! 失礼いたします!」
無言になった息子にカルノは首を傾げるが、クラウディオからしたらどうしたもこうしたもない。
しかし、本気で思ったことを言っている父に、これ以上話をしても無駄だと判断したクラウディオは、頭を下げて父のもとから去っていった。
「何が優しい父親なものか!!」
自室に入ってすぐ、クラウディオは怒りで声を荒らげる。
先程の父との会話があまりにも無意味だったため、段々と腹が立って来たのだ。
「クラウディオ兄様……」
「レーナ……」
黙って眉間にしわを寄せて立っているクラウディオの部屋へ、1人の少女が入って来た。
やり取りで分かるように、クラウディオの妹であるレーナ王女だ。
帰ってきた兄に挨拶に来てみれば、声を荒らげていたため、レーナは困惑した。
妹の表情を見て、クラウディオは我に返ったのか怒りを鎮める。
「わが父ながら何と愚かな……」
「そうですね……」
怒りを鎮めてソファーに座り、対面に座った妹へ先程の父との会話のやり取りを説明した。
説明を終えると、クラウディオは思わず父のことを情けなく思えてきた。
レーナも同じ思いらしく、暗い表情でうつむいてしまった。
「何が優しい父親だ! 魔物が蔓延ると言われるあんな島に送られて、成人したての者が生きていられるものか!」
ヴェントレ島は王都から遠く離れた島のため、存在を知っている人間はそういない。
知っていても西に領地を持っている貴族たちだけだろう。
王太子の立場のクラウディオも、帝王学の一環として教わった時に知ったくらいだ。
領地とは名ばかりで、手付かずのために魔物が蔓延る危険な地だ。
そんな地を息子に任せると言っているのに、何が優しい父親だ。
父カルノは、その島がどういう所なのか分かっていないようだ。
もしかしたら、その地がどこにあるかも知らないのではないだろうか。
「しかも、部下の報告によると、ヴェントレ島の領主となった者は体が弱いという話だ!」
「っ! まぁ……!」
ディステ伯爵が来てヴェントレ島を息子に譲るという話を聞いて、どう考えてもおかしいと思ったクラウディオは部下に色々と調べさせた。
伯爵には3人の息子がいて、その3番目の息子に島を譲るという話だ。
上の2人は見たことがある。
特に上のイルミナートは、同じ学園に通っていたこともあるため覚えている。
よく下級貴族を見下す態度をしていたのを見ていたので、はっきり言って良い印象はない。
次男の弟は女癖が悪いともっぱらの噂だ。
3番目の息子もろくでもないのかと思って調べさせたら、幼少期から体の調子が悪くずっと邸内から出ることができなかったという話だ。
しかも、父やあの兄に疎まれ、家の者以外に存在を知られないようにするかのように離れで監禁状態にされていたらしい。
その話を聞いた時、使い道のない息子を自らの手を汚さずに消し去ろうという思惑があるのだろうと考えるようになった。
クラウディオは、あの父をしてあの兄弟ありという思いが湧き上がった。
「父が国王になってから貴族は緩み出している。他国からの脅威は完全に消えている訳ではないのに……」
「お兄様……」
現国王のカルノは、兄が突然死去したことによって国王の地位に就くことになった。
元々国王になる予定が無かったことから、貴族間の関係やこの国のことなどをたいして学ぶことなく好き勝手に育ったのが間違いだったようだ。
ここ数年父がろくに知識もないことを理解したのか、書類を誤魔化したりする貴族が増えてきている。
国王である父が認証した後では、息子の自分が文句をつける訳にもいかない。
特にディステ家のカロージェロは、クラウディオの動向を確認したうえでおこなって来るのだから質(たち)が悪い。
「……ディステ家に何か付け入る隙がないか?」
「残念ながら……」
妹のレーナが退室し、調査を得意とする部下を呼んでクラウディオは話しかける。
自分が国境沿いへ行っている隙に今回のことを父に認可させた。
分かっていてやっているように思える。
そう何度もやってくるなら、こっちも考えがある。
尻尾を掴んで領地没収、何なら爵位の降格までしてやりたくなる。
しかし、部下の報告から、現状ディステ家へ報復する手立てがない。
「チッ! 下手に手を出して失敗する訳にもいかない……」
証拠もなくいちゃもんつけて失敗でもすれば、敵に弱みを握られてしまう。
確実な証拠を得ない限り手が出せないことに、クラウディオは悔しさから思わず舌打つことしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「あっ! 芽が出てる!」
領地へ出発する少し前にクラウディオがディステ家のことで頭を悩ませていたことなど知る由もなく、当の本人のレオは、現在呑気に畑に水をあげていた。
そして、種を植えてから数日して出てきた芽に、嬉しそうに微笑んだ。
木製人形2号のオルを作ったことで、魔物の襲撃に怯えることが緩和された。
他にも数体人形を作っているが、それよりも先にレオは畑を作ることにした。
ロイとオルによって食料の心配はない。
しかし、2体が取ってくるのは魔物の肉が中心。
島に自生している野菜などがあるなら近場に植えて育てるのだが、家回りでは食料となるものがあまり生えていないらしい。
「種だけは買って来ていたからね」
人がいないので、島にどんな植物が生えているかも分からない。
もしものことを考えて、レオは数種類の野菜の種を購入してきた。
特に、主食にできるジャガイモは多めに買ってきた。
危険な魔物を相手にして肉を手に入れて来てくれるロイやオルには悪いが、肉ばかりでは胃がもたれる。
健康のことも気遣って、野菜も摂取しようと育て始めたのだ。
「やっぱり人数がいた方が助かるな……」
オルを作って動かし始めてから、自分は畑の手入れをすることに専念できている。
余った時間は人形を作ることに使い、のんびりした生活を送っている。
「んっ? おかえり、ロ……イ?」
ロイには今日も家の周りの警戒をおこなってもらっていた。
日が暮れる前に戻って来たのだが、その様子がいつもと違った。
帰ってきたロイの足下には、小さな黒猫が付いてきていた。
「ブーヨ・ガット……?」
この島に普通の猫が住んでいるとは思えない。
そうなると、この子猫は魔物の子供ということになる。
そして、黒い毛並みをした猫と言うと思い当たるのがブーヨ・ガット、闇猫と呼ばれる種類の魔物だ。
猫特有のしなやかな肢体を使い、俊敏に動いて爪や牙で獲物を仕留める技術を持っている。
真っ黒な毛色と、何かに隠れて闇から攻撃することから付いた種族名で、その子猫がどうしてロイについてきているのか。
「……ついてきちゃったの?」
“コクッ!”
敵意のある魔物ならすぐにでも始末するのだろうが、どうやら子猫からはそれがないらしく、ロイは付いてくるのを気にしなかったらしい。
「んっ? あぁ……なるほど」
状況が分からないでいるレオに、ロイは地面に絵を描いて説明してくれた。
どうやら、子猫が魔物に追いかけられている所をロイが通りかかり、子猫を追っていた魔物がロイへ攻撃してきたらしい。
それを返り討ちにしたら、猫が自分を助けてくれたと勘違いして付いてくるようになってしまったようだ。
「親の所にお帰り」
子猫ということは親もいるはず。
自分の子を探してここに来られたら、ロイとオルがその親を倒してしまうかもしれない。
ロイに懐いている所悪いが、レオは子猫を森に返すことにした。
「どうした? クラウディオ」
ヴァティーク王国王都ピサーノの王城。
国王カルノのもとへ王太子のクラウディオが現れる。
現国王のカルノは、庭園で花々を眺めながらティータイムを楽しんでいた。
そこに来た息子に、カップを置いて問いかける。
「ディステ伯爵が領地の委譲の許可を求めて来たとか?」
クラウディオは、隣国に不穏な動きがあるという話を聞いて東の国境沿いの砦の視察から帰ったばかりだが、レオの父であるカロージェロが来たということを聞いてすぐ父に理由を確認に来たのだ。
「そうじゃ! 何でも成人した息子に僅かながら領地を与えたいということらしい」
カロージェロの話になり、カルノはその時のことを話し始めた。
「……ヴェントレ島をですか?」
「そうじゃ!」
伯爵として与えた領地を繁栄させるためには、そうした方が良い結果を出すかもしれない。
ひいては王国の繁栄につながることを考えれば、カロージェロが領地を息子に譲るのは構わない。
しかし、息子に与えたのがヴェントレ島となると話は別だ。
再確認の意味で問いかけたのだが、カルノは笑みを浮かべて答えてきた。
「伯爵は優しい父親のようじゃの……」
「………………」
「どうした?」
「いいえ! 失礼いたします!」
無言になった息子にカルノは首を傾げるが、クラウディオからしたらどうしたもこうしたもない。
しかし、本気で思ったことを言っている父に、これ以上話をしても無駄だと判断したクラウディオは、頭を下げて父のもとから去っていった。
「何が優しい父親なものか!!」
自室に入ってすぐ、クラウディオは怒りで声を荒らげる。
先程の父との会話があまりにも無意味だったため、段々と腹が立って来たのだ。
「クラウディオ兄様……」
「レーナ……」
黙って眉間にしわを寄せて立っているクラウディオの部屋へ、1人の少女が入って来た。
やり取りで分かるように、クラウディオの妹であるレーナ王女だ。
帰ってきた兄に挨拶に来てみれば、声を荒らげていたため、レーナは困惑した。
妹の表情を見て、クラウディオは我に返ったのか怒りを鎮める。
「わが父ながら何と愚かな……」
「そうですね……」
怒りを鎮めてソファーに座り、対面に座った妹へ先程の父との会話のやり取りを説明した。
説明を終えると、クラウディオは思わず父のことを情けなく思えてきた。
レーナも同じ思いらしく、暗い表情でうつむいてしまった。
「何が優しい父親だ! 魔物が蔓延ると言われるあんな島に送られて、成人したての者が生きていられるものか!」
ヴェントレ島は王都から遠く離れた島のため、存在を知っている人間はそういない。
知っていても西に領地を持っている貴族たちだけだろう。
王太子の立場のクラウディオも、帝王学の一環として教わった時に知ったくらいだ。
領地とは名ばかりで、手付かずのために魔物が蔓延る危険な地だ。
そんな地を息子に任せると言っているのに、何が優しい父親だ。
父カルノは、その島がどういう所なのか分かっていないようだ。
もしかしたら、その地がどこにあるかも知らないのではないだろうか。
「しかも、部下の報告によると、ヴェントレ島の領主となった者は体が弱いという話だ!」
「っ! まぁ……!」
ディステ伯爵が来てヴェントレ島を息子に譲るという話を聞いて、どう考えてもおかしいと思ったクラウディオは部下に色々と調べさせた。
伯爵には3人の息子がいて、その3番目の息子に島を譲るという話だ。
上の2人は見たことがある。
特に上のイルミナートは、同じ学園に通っていたこともあるため覚えている。
よく下級貴族を見下す態度をしていたのを見ていたので、はっきり言って良い印象はない。
次男の弟は女癖が悪いともっぱらの噂だ。
3番目の息子もろくでもないのかと思って調べさせたら、幼少期から体の調子が悪くずっと邸内から出ることができなかったという話だ。
しかも、父やあの兄に疎まれ、家の者以外に存在を知られないようにするかのように離れで監禁状態にされていたらしい。
その話を聞いた時、使い道のない息子を自らの手を汚さずに消し去ろうという思惑があるのだろうと考えるようになった。
クラウディオは、あの父をしてあの兄弟ありという思いが湧き上がった。
「父が国王になってから貴族は緩み出している。他国からの脅威は完全に消えている訳ではないのに……」
「お兄様……」
現国王のカルノは、兄が突然死去したことによって国王の地位に就くことになった。
元々国王になる予定が無かったことから、貴族間の関係やこの国のことなどをたいして学ぶことなく好き勝手に育ったのが間違いだったようだ。
ここ数年父がろくに知識もないことを理解したのか、書類を誤魔化したりする貴族が増えてきている。
国王である父が認証した後では、息子の自分が文句をつける訳にもいかない。
特にディステ家のカロージェロは、クラウディオの動向を確認したうえでおこなって来るのだから質(たち)が悪い。
「……ディステ家に何か付け入る隙がないか?」
「残念ながら……」
妹のレーナが退室し、調査を得意とする部下を呼んでクラウディオは話しかける。
自分が国境沿いへ行っている隙に今回のことを父に認可させた。
分かっていてやっているように思える。
そう何度もやってくるなら、こっちも考えがある。
尻尾を掴んで領地没収、何なら爵位の降格までしてやりたくなる。
しかし、部下の報告から、現状ディステ家へ報復する手立てがない。
「チッ! 下手に手を出して失敗する訳にもいかない……」
証拠もなくいちゃもんつけて失敗でもすれば、敵に弱みを握られてしまう。
確実な証拠を得ない限り手が出せないことに、クラウディオは悔しさから思わず舌打つことしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「あっ! 芽が出てる!」
領地へ出発する少し前にクラウディオがディステ家のことで頭を悩ませていたことなど知る由もなく、当の本人のレオは、現在呑気に畑に水をあげていた。
そして、種を植えてから数日して出てきた芽に、嬉しそうに微笑んだ。
木製人形2号のオルを作ったことで、魔物の襲撃に怯えることが緩和された。
他にも数体人形を作っているが、それよりも先にレオは畑を作ることにした。
ロイとオルによって食料の心配はない。
しかし、2体が取ってくるのは魔物の肉が中心。
島に自生している野菜などがあるなら近場に植えて育てるのだが、家回りでは食料となるものがあまり生えていないらしい。
「種だけは買って来ていたからね」
人がいないので、島にどんな植物が生えているかも分からない。
もしものことを考えて、レオは数種類の野菜の種を購入してきた。
特に、主食にできるジャガイモは多めに買ってきた。
危険な魔物を相手にして肉を手に入れて来てくれるロイやオルには悪いが、肉ばかりでは胃がもたれる。
健康のことも気遣って、野菜も摂取しようと育て始めたのだ。
「やっぱり人数がいた方が助かるな……」
オルを作って動かし始めてから、自分は畑の手入れをすることに専念できている。
余った時間は人形を作ることに使い、のんびりした生活を送っている。
「んっ? おかえり、ロ……イ?」
ロイには今日も家の周りの警戒をおこなってもらっていた。
日が暮れる前に戻って来たのだが、その様子がいつもと違った。
帰ってきたロイの足下には、小さな黒猫が付いてきていた。
「ブーヨ・ガット……?」
この島に普通の猫が住んでいるとは思えない。
そうなると、この子猫は魔物の子供ということになる。
そして、黒い毛並みをした猫と言うと思い当たるのがブーヨ・ガット、闇猫と呼ばれる種類の魔物だ。
猫特有のしなやかな肢体を使い、俊敏に動いて爪や牙で獲物を仕留める技術を持っている。
真っ黒な毛色と、何かに隠れて闇から攻撃することから付いた種族名で、その子猫がどうしてロイについてきているのか。
「……ついてきちゃったの?」
“コクッ!”
敵意のある魔物ならすぐにでも始末するのだろうが、どうやら子猫からはそれがないらしく、ロイは付いてくるのを気にしなかったらしい。
「んっ? あぁ……なるほど」
状況が分からないでいるレオに、ロイは地面に絵を描いて説明してくれた。
どうやら、子猫が魔物に追いかけられている所をロイが通りかかり、子猫を追っていた魔物がロイへ攻撃してきたらしい。
それを返り討ちにしたら、猫が自分を助けてくれたと勘違いして付いてくるようになってしまったようだ。
「親の所にお帰り」
子猫ということは親もいるはず。
自分の子を探してここに来られたら、ロイとオルがその親を倒してしまうかもしれない。
ロイに懐いている所悪いが、レオは子猫を森に返すことにした。