「何っ!? あのガキがまだ生きているかもしれないだと!?」

「ハッ! ヴェントレ島へ送った者が消息を絶ちましたので、まだ可能性の段階ですが……」

 ディステ領の領主邸の執務室で、領主の次男であるフィオレンツォが驚きの声をあげる。
 報告をしてきたこの闇の者を使うことになったのは、このフィオレンツォのふとした呟きによるものだ。

「フンッ! あそこは魔物で溢れていると聞いている。あの体ではその内死ぬだろ?」

「しかし、そうなると誰が闇の者を仕留めたというのだ?」

 報告を聞いて、長男のイルミナートはたいしたことないように呟く。
 昔からヴェントレ島へ送ったレオのことには全く関心がなかったため、興味が無いというのが本音かもしれない。
 しかし、カロージェロは些事で片付ける訳にはいかない。
 裏の仕事を任せている者の1人がいなくなったのだ。
 それだけで、何かしら良くないことが起きているような気がして仕方がない。

「少人数の住人がいるという噂が出ております。その中の何者かによるのではないでしょうか?」

 レオの関係者が話さなくても、噂というのはどこからともなく広がるものだ。
 所詮噂の段階でしかないが、それでも手の者の消息が絶たれたのだから、そう考えるのが妥当と言える。

「家を出てから半年以上経つ。上陸して死んでいないとすると、もしかしたら島に異変があったか?」

「どういうことですか?」

 レオには興味はないが、元はディステ領の領地。
 ある一つのことが思い浮かんだカロージェロは、表情が少し険しいものに変わった。
 その様子に、フィオレンツォは更に眉間にしわを寄せる。

「魔物がいなくなっているということでしょうか?」

「その可能性も考えられる」

 カロージェロの言葉を聞いて少し考えたイルミナートは、答えを導き出した。
 病弱のレオが運よく島まで行ける可能性はあり得る。
 しかし、島に行っても生き残っているということは、その少数の住人により成り立っているのだろう。
 少数でも魔物の脅威に耐えているということになる。
 そんなことができるということは、魔物がそんなにいないのではないだろうか。
 イルミナートの確認のような問いに、カロージェロは頷きを返す。

「くそっ!! 調査を送っていなかったのが悔やまれる!!」

 カロージェロの父である前領主アルバーノは、離れた領地とは言っても数年に一度はヴェントレ島へ調査員を送っていた。
 しかし、何度送っても返ってきた調査報告は魔物の島というものだった。
 カロージェロに代替わりした時、調査へ送っても同じ答えしか返ってこないのだから、送るだけ金の無駄だと調査を送らないようになっていた。
 10年以上の間、特に変化らしい変化も起きていなかったため、いまだに魔物の島という考えがでいたが、もしかしたら間違いだった可能性がある。

「それが本当なら、あのガキに預けておくのはもったいない!」

「元々うちの領土ですよ!」

 魔物のいない島なら、領土として利用価値はある。
 今更になって、兄弟はレオに与えたことを後悔し始めていた。

「あの疫病神め!!」

 カロージェロには愛した女性が2人いた。
 1人はイルミナートとフィオレンツォの母のキアーラだ。
 若い頃にたまたま知り合った子爵家の娘で、何とか口説き落として結婚した女性だ。
 もう1人がレオの母であるツキヨという女性だ。
 海を渡った異国からきた女性ということもあり、邸で働く姿を見て無理やり妾にした。
 そのツキヨが妊娠し、レオが生まれた時に不運が起きた。
 キアーラが病で亡くなったのだ。
 そして、ツキヨもレオの出産以降体調を崩すことが増え、レオが5歳の時に亡くなった。
 更に1年後、レオを可愛がっていたアルバーノまで亡くなり、カロージェロは自分の不運を呪った。
 その怒りが全部レオに向いてしまったため、イルミナートたちも同じようにレオを冷遇するようになっていったのだ。
 カロージェロにとってレオは疫病神という印象しかなく、それを排除できたことで今後は何もかもが好転すると思っていた。
 しかし、蓋を開けてみれば、大量出現したアンデッドの情報を得られずギルドは撤退。
 ギルド撤退により領民の流出という踏んだり蹴ったりの状態だ。
 さらに自分の領土を奪い取るという行為に怒りが抑えられなくなっていた。

「いかがいたしましょう?」

「……殺せ! 奴が死ねば元々は我が領地だ。王家へ願い出れば受け入れられるだろう」

「畏まりました」

 自分で無理やり与えて置いて奪い取るなどと言う考えに至っている時点で、カロージェロは自分がまともな思考をしていないということに気付いていないようだ。
 そのため、長年積み上げた八つ当たりの思考がいまさら改善される訳もなく、カロージェロはレオの暗殺を指示したのだった。





「失敗しただと!!」

「……申し訳ありません」

 関所を作り、領民の流出はひとまず抑えられた。
 しかし、完全に抑えられたという訳でもなく、危険な山越えなどの方法での流出が続いている。
 それに頭を悩ませている所で、カロージェロはカルノ王の崩御という知らせを聞いた。
 扱いやすい愚王として重宝していたのに、王太子のクラウディオが王になれば王家の威光を利用できなくなる。
 それだけでもイラ立っていたというのに、闇の者のレオ暗殺失敗を聞いて思わず声を大きくしてしまう。

「申し訳ないで済むか!! しかも1人捕まっただと!? 馬鹿も休み休み言え!!」

 暗殺のターゲットのレオはフェリーラ領へと渡り、フェリーラ領領主の貴族特権を利用して、強制隷属により捕縛者から指示を出した者の情報を得ようとしているという話だ。
 そんなことをしたら、自分の名前が出てしまう。
 それが王家へと報告されたら、伯爵位から降爵させられる可能性が高い。
 それで済めばいいが、領地の経営状況を加味された場合、爵位の剥奪すら考えられる。

「どうしましょう父上!」

「このままでは我が家は……」

 ともにその報告を聞いていたイルミナートとフィオレンツォは顔を青くしてカロージェロを見つめる。
 確実を期すために送った者が、返り討ちに遭うなんて想像もしていなかった。
 最悪の状況を想像して、今さらながら自分たちのおこなったことの重大さに気付いたのかもしれない。

「フェリーラ領の領主が葬儀から戻る前に、邪魔する者を全てまとめて殺せ!!」

 この状況を打破するために考えられる方法は、捕まった者の解放、もしくは始末。
 それと最初の予定通り、レオの暗殺しか方法は無い。
 そのためには、何人殺そうが構わない。
 疫病神のレオに味方する者は、皆始末してしまえばいいとカロージェロは判断した。

「闇の者を総動員して、何としても私が関わっていることを知られないようにしろ!!」

「畏まりました!!」

 自分たちの身を守るためには当然のことだと思い、カロージェロは闇の者に指示を出す。
 彼らも仲間すら殺せという主人に思うことが無いわけではないが、そうなったのも任務の失敗によるものなので反論のしようもない。
 恭しく頭を下げ、闇の者は執務室から姿を消した。

「イルミナート! 葬儀へ向かうぞ!」

「はい!」

「フィオレンツォ! 留守の間も領民の流出には目を配って置け!」

「分かりました!」

 これまでカルノ王を都合よく使ってきたため、王太子には目を付けられている。
 そのため、領主と次期領主の葬儀参加により、王家に叛意無しと見せないといけない。
 本当ならレオの暗殺に、別の闇の組織を見つけて増員したいところだが、それをしている暇はない。
 レオの暗殺の成功という報告を期待して、カロージェロはイルミナートと共に王都の葬儀へと向かうことにしたのだった。