「初めまして、ここオヴェストコリナのギルマスをしているリヴィオだ」

「初めまして、ヴェントレ島の領主をしているレオポルドと申します」

 フェリーラ領についてすぐ、レオはファウストと共にフェリーラ領北西の港町オヴェストコリナにあるギルドのギルマスに会うことになった。
 レオとしても、これを機に会っておきたいと思っていたので丁度良かった。
 ギルマスの部屋に案内されると、レオはリヴィオと握手を交わし、ソファーへと腰懸けた。

「ようやく噂の領主様にお会いできたよ」

「私もお会いできてうれしいです。この指輪の提供をしてくださった御礼を直接言いたいと思っていたので、ありがとうございました」

「いやいや、勝手にやったことなのでお気になさらず」

 レオは、首にかけたチェーンに通した指輪を見せて感謝を述べた。
 剣術の練習をする上で指輪をしていると、握りが甘くなったりすることがあるため、ネックレスのようにして肌身離さず持つようになっていた。
 持ち主の魔力が流せれば指にしなくても使用できるので、これでも状態でも問題ない。
 チェーンに通っているのは2つの指輪。
 アルヴァロが用意してくれたのと、このリヴィオが先行投資として貸してくれていた魔法の指輪だ。
 この指輪があったことで資金を得たりできているので、開拓へ大いに役立っている。

「挨拶はもういいだろ? 話を進めようぜ!」

「そうですね。リヴィオさんもいつも通りの話し方で良いですよ。領主と言っても貴族じゃないので」

「そうだな。堅いのはやめて話を進めよう」

 堅い口調で初対面の挨拶をしているのを黙って見ていたファウストが、その空気に耐えられなくなったらしく、急に2人の話に割り込んで来た。
 ファウストと仲が良いという話なのでそうなのではないかと思っていたが、思った通りリヴィオも堅い話し方が苦手のようだ。
 レオの言葉を受けて、さっきまでのキリッとした表情を少し和らげた。

「まず、捕まえて連れてきた侵入者はギルドが預かる。ここなら問題を犯した奴を入れておく牢屋もあるからな」

「はい」

 ギルドでは、問題を犯した者を一時的に閉じ込めておく牢屋がある。
 実力のある冒険者が問題を犯した時に、捕まえておくためには、やはり実力のある人間が管理する必要がある。
 それを考えると、多くの冒険者が訪れるギルドに閉じ込めておくのが一番だということだろう。
 レオもギルドに牢屋があるということは、冒険者になった時の説明で聞いているので、何の疑問も持たない。

「それと、レオには今日からギルドに併設されている職員寮で生活してもらおうと思う」

「へぇ~、ここは職員寮があるんですね?」

「小さいがな」

 ギルド職員には給料を支払っているので、どこかに住まいを借りれば済む話だ。
 それなのにわざわざ職員寮を作ったのは、金のない冒険者を一時的に泊めたり、今回のように問題が起きた時の宿泊施設的な役割も担っている。
 本来の目的の職員は住んでないため、便宜上の呼び名という感じになっている。

「俺しか住んでいないから安心しろ!」

「そうなんですか?」

「あぁ」

 元々ディステ領のギルマスをしていた経験から顔が広いファウストは、レオが領主をしているヴェントレ島へ送る人員の収集などをおこなっている。
 そのため、リヴィオはファウストをギルド員として雇っている形になっている。
 大量の魔物の素材や魔石などを売ってくれるヴェントレ島は、このギルドのお得意さんだ。
 そのお得意さんを潰そうとする企みを阻止するため、レオの安全確保として職員寮を使うのだが、その職員寮の一室を、ファウストも利用しているらしい。

「お前にも給料払っているんだから、早く出てけよ!」

「ギルマスやってた時とはかなりの差があるだろが! 家賃は払ってんだから別にいいだろが!」

「お前が勝手に辞めたんだろが!」

 役には立っているので助かっているのだが、ギルドの一員という立場を利用し我が物顔で寮を占有しているような状況のファウストに、リヴィオとしては若干不満があった。
 ギルドを撤退したのも、ファウストによる独断的行動だ。
 そのため、この機にその不満が噴出してしまい、思わず強い口調で文句を言った。
 それに呼応するように、ファウストも思わず声を荒げてしまう。

「まぁ、まぁ……、落ち着きましょう!」

「……そうだな」

「……ちょっとピリついてたかもな」

 睨み合う2人を止めようと、レオは割って入る。
 連中がいつ襲ってくるか分からないため、若干警戒感が高まっていたのかもしれない。
 思わず言い争いになってしまったと、2人はすぐに治まってくれた。

「寮内とギルド内ならすぐに対応できると思うから、その範囲内なら好きに動いてくれていい。もしも町中へ出たいというなら、俺かファウストに言ってくれ」

「分かりました」

 揉めごとが治まった後、2人はレオを守るための打ち合わせをおこなった。
 話が終わり、ギルマスの部屋からでようとするレオに、リヴィオは行動範囲のことを説明してくれた。
 元々、フェリーラ領の領主に面会できるまでは大人しくしているつもりだ。
 リヴィオの言葉に頷いて部屋から出ると、レオはファウストの案内で職員寮のある建物へと向かうことにした。





「ここを使ってくれ」

「分かりました」

 ファウストの案内で、ギルドに併設された職員寮へと着いたレオ。
 職員寮に泊れる最大人数は6人で、2人部屋が2つに、1人部屋が2つといった仕組みになっている。
 部屋は寝泊まりをするためでしかなく、ベッドと物書きをするための机が置かれているだけだ。
 それと住人が使うように、共同のトイレ、風呂場、調理場が設置されている。
 調理場の側には食堂のような空間も用意されており、かなり整った設備のように思える。
 その中で、レオは2人部屋に案内された。
 1人部屋でも良かったのだが、もしも侵入されて抵抗する時に狭いと成すすべなくなってしまう可能性を感じたのと、単純にもう1つの2人部屋を占用しているファウストの部屋が隣だからだ。
 チラッと見たが、ファウストが使っている部屋は色々な物が散らかっていて、リヴィオが困っているというのも頷ける思いがした。

「どうも! ぼ……、レオさん」

「こんにちは、アルヴァロさん」

 荷物は魔法の指輪に入れているので、部屋へ置く物は特にない。
 寮内の調理場は、魔道具が整備されていて、火や水が魔道具で出せるようになっている。
 しかし、住んでいるファウストが使った皿などが山積みになっていたので、レオはその洗浄を始めていた。
 その途中、ここオヴェストコリナの町で商会を任されているアルヴァロが面会に来てくれた。

「これまで通り坊っちゃんで構わないですよ」

「そうですかい? すいやせん。商人になったら言葉遣いに気を付けないといけねえので……」

 前のようにレオのことを坊ちゃんと言いそうになるのを修正したが、レオとしてはこれまで通りの呼び方で構わない。
 そう言うと、アルヴァロは肩の力が抜けたように、漁師だったころのような口調に戻った。

「いつも助かってますよ。島も安定的に発展してきているので」

「そいつは良かったでさぁ」

 ヴェントレ島の商店街で売られている商品は、まだほとんどがフェリーラ領から仕入れている品ばかりだ。
 少しずつ島の中で製造できるようにしていくつもりだが、今はアルヴァロの商会頼みというのが現状となっている。
 自分が役に立っていることを知って、アルヴァロとしても安心しているようだ。

「坊ちゃんは葬儀に行かないのですかい?」

「領主と言っても貴族ではないので、行ったら追い返されるかもしれないですね」

 王の葬儀には当然誰もが行きたい。
 持っていようがいなかろうが、忠義を示すことに繋がるからだ。
 しかし、ただでさえ国中から人が集まるのだから、その数を調整しないと王都がパンクする。
 そのため、こういった場合、爵位持ちの貴族と配偶者か後継者のみという少数しか招かれない。
 爵位無しは行ったところで無駄に終わるのが関の山だ。
 だったら行かないで無駄な金を抑えるのが得策だ。

「料理でもして過ごそうと思うので、調味料だけ売って頂けますか?」

「いや、調味料程度なら……」

「駄目ですよ! アルヴァロさんは商人です。代金はしっかりとらないと」

「……分かりやした」

 商会の開設費用はほとんどレオの資金によって成り立っている。
 ヴェントレ島以外にも細々とながら取引する店も増えてきているので、調味料程度なら譲ってもたいして苦にもならない。
 そう思って代金を拒否しようと思ったアルヴァロを止めて、レオは調味料代を支払った。
 レオの言うことも尤もなので、アルヴァロは少し逡巡してから代金を受け取った。

「では、気を付けてくだせぇ」

「はい」

 頼まれた調味料をすぐに入手してきたアルヴァロは、レオに渡して注意を促す。
 本当はレオに危険なことをしてもらいたくないが、アルヴァロには他に代替案が浮かばないので止めることができない。
 そのため、心配そうな表情をしたまま去ることしかできなかった。
 そんなアルヴァロを見送り、レオは調理場の整理の続きを再開することにした。