「……ロイ、それどうしたの?」

 いつものように隊を編成して魔物の退治に出ていた木製人形のロイが、仲間の人形と共に戻って来たのだが、ロイの頭には手の平に収まる程度の蜘蛛が乗っていた。
 最近は虫系の魔物を相手するようになっていたので、もしかしたらその途中で見つけたのだろうか。
 レオは虫が好きでも嫌いでもないが、蜘蛛は害虫駆除をしてくれる益虫というイメージがあるからか、好きな方の部類だ。

「……小さいですけど魔物ですよね?」

 ロイの姿を見て、エレナも不思議そうに首を傾げる。
 お嬢様育ちのはずなのに、畑仕事で慣れたのか彼女は虫とかを特に怖がらないため、蜘蛛の姿を見ても騒ぐ様子はない。

「危険なわけではないのかな?」

「気を付けてください」

 ロイたちが戦う時は、恐らくレオから貰った魔力を使って敵の殺意などを判別しているのだろう。
 その蜘蛛から敵意などのものがないから、そのまま連れてきたのかもしれない。
 さっきから蜘蛛はジッとしていて攻撃してくる様子はないため、レオは少し近付いてみた。
 不用意な行動に思ったのか、エレナは注意を喚起する。

「大人しくしていてね……」

 頭の上から下ろしてロイの手に乗っている蜘蛛は、レオが顔を近付けても動かないでジッとしている。 
 一声かけて指を近付け、背中の部分をさすってみても、されるがままといった感じだ。

「クオーレの時みたいについてきちゃったのかな?」

“コクッ!”

 この状況はクオーレの時と同じように思えたレオが問いかけると、ロイはその通りと言うかのように頷いた。
 ロイたちもどうしてこの蜘蛛がついてきたのか分かっていないようだ。
 クオーレの時は他の魔物から救ったことによるものだということは分かるが、もしかしたらこの蜘蛛の場合も同じなのかもしれない。
 他の魔物を倒したことでたまたまこの蜘蛛を救った形になったのだろう。
 レオは勝手にそのように解釈した。

「ここには女性も住んでいるから、森に帰すしかないかな……」

 付いて来てしまったのなら仕方がない。
 かと言って、ここに置いておくのは躊躇われた。
 エレナは虫を何とも思っていないので大丈夫だが、虫が駄目で畑作業が苦手な女性も中にはいる。
 勝手に動き回られたら、蜘蛛は潰されてしまうかもしれない。

「従魔にして印をつけておけば良いのではないでしょうか?」

「う~ん、クオーレもいるしな……」

 ベンヴェヌートの言うように、従魔にして印になる物を付けておけば確かに害は無いと分かってもらえるだろう。
 そうすれば、この蜘蛛を殺してしまうようなことを住人はしないと思う。
 従魔にするのは別に構わないのだが、レオの側にはいつも闇猫のクオーレがいる。
 仲が悪かったら、主人としても悲しい。

「クオーレはこの子と仲良くできる?」

「ニャッ!」

 どういう反応するのか気になって、ロイの手から自分の手に乗せた蜘蛛をエレナに撫でられて座っているクオーレの側へ連れて行った。
 クオーレに見せながらゆっくりと蜘蛛を近付けると、クオーレはスンスンと蜘蛛の匂いを嗅いだ。
 そして、レオの問いかけに対し、大丈夫と言うかのように一声鳴いた。

「大丈夫そうだね。じゃあ、君を従魔にしよう」

 クオーレも嫌いではないようなので、レオはこの蜘蛛を従魔にすることにした。
 畑の野菜などに付く害虫でも食べてくれたらありがたい。

「そうなると、名前はどうしよう?」

 従魔にしたなら名前を付けてあげないといけない。
 そう思ったが、蜘蛛の性別も分からないし、どういう名前が気に入ってくれるのか分からない。

「ん~……、エトーレなんてどうかな?」

“スッ!”

「気にいってくれたの?」

 従魔にする前に、レオの大人しくしてくれという言葉に従って、蜘蛛はずっと動かないでいた。
 あまりにも動かないので反応してというと、それに従うように動くようになった。
 なんとなく忠実な子というイメージが湧いてきたのでエトーレと名付けてみたら、気に入ってくれたのか足を上げて反応してくれた。

「よろしくね。エトーレ」

“スッ!”

 どうやらエトーレは足を上げて返事をしてくれるようだ。
 レオの言葉に8本ある内の前足2本を上げて、万歳するように返事をしてくれた。
 その様子がなんだか喜んでいるように感じる。

「んっ? あぁ、ポケットの中が良いのかな?」

 喜んだエトーレは、そのままレオの手の上から腕を伝い、胸のポケットの中へと納まった。
 どうやらここに入りたかったようだ。
 ポケットの中に入ったエトーレは、そのまま大人しくなった。
 寝ているのかどうかは分からないが、生態がまだ分かっていないので、レオはそのまま好きにさせてみることにした。





「レオ様、その子、糸とか出さないのですか?」

「えっ? 蜘蛛だから言えば出してくれるんじゃないですかね?」

 エトーレを住民のみんなに紹介して回ったのだが、みんな了解してくれた。
 思った通り、女性の中にはちょっと引いている人もいたが、なるべくレオの側から離さないようにするということを言っておいたので大丈夫だろう。
 そんななか、服屋の店主の女性が不意に問いかけてきた。
 言われてみて気付いたのだが、エトーレが糸を出している所を見ていない。
 蜘蛛は巣を張るタイプと張らないタイプがいる。
 ハエトリグモを大きくしたような姿をしているが、エトーレはどっちのタイプなのだろう。
 どちらにしても、蜘蛛なのだから糸を出さないとは思えない。
 なので、服屋の女性の質問に対して、曖昧気味に返事をすることになった。

「どうしてですか?」

「魔物の毛などを使った衣類は沢山あります。蜘蛛の糸もその一種で、その子の糸が集められるなら布や服が作れると思いまして……」
 
「なるほど……」

 服屋の話を聞いてレオは納得した。
 たしかに、魔物の毛だったり、蜘蛛の糸を使った服というのもあることは知っていた。
 ならば、エトーレの糸で布や服を作るということはできるかもしれない。

「エトーレ、糸で布が作れるかい?」

“スッ!”

 試しにエトーレをポケットから出して問いかけてみると、大丈夫と言うかのようにエトーレは前足を上げた。
 そして、お尻から糸を出し、脚を器用に使って少しずつ紡ぎ始めた。

「おぉ! 出来てる!」

 その作業をしばらく見ていたら、少しずつ布のようなものが出来てきたため、レオは思わず感心した。
 害虫駆除をしてくれればいいと思っていただけだったが、どうやらこういった作業も頼めるかもしれない。

「すごいぞ! エトーレ!」

 30分くらいでハンドタオルくらいの布が出来上がり、レオは頑張ったエトーレを褒めてあげた。
 背中を撫でられたエトーレは、気持ちいいのかジッと動かずされるがまま受け入れている。

「少しシルクのような肌触りですね。丈夫そうですし、服としても使えそうですね」

 エトーレの作った布を受け取り、服屋の女性は感触を確かめ始めた。
 シルクに似ているようだが、そこまでの感触ではない。
 しかし、服として使う分には問題ないレベルだ。
 丈夫さというのも考慮に入れれば、使い道は充分にある。

「もしよかったら、その子の作った布を売って頂けませんか?」

「良いですけど、どれだけのペースで作れるか分からないので、商品にできるかは分からないですよ?」

 売るのは構わないが、頼んでみたもののエトーレがどれだけ大変なのか分からない。
 もしかしたら無理しているのかも分からないので、無理しない程度でどれだけ作れるのか様子を見てみたい。
 そのため、レオは納品の確約はできなかった。

「大丈夫です。私の好奇心による所が大きいですから……」

「そうですか。じゃあ、ある程度できたら持ってきます」

「分かりました」

 商品化は難しいかもしれないが、エトーレの仕事ができたようだ。
 服屋の女性の話では、最初はレオの服を作ってくれると言うことらしい。
 レオとしても楽しみなので、エトーレには無理しない程度に布を作ってもらうことにした。