捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

「フッ、父上も人が悪い」

「ハハ、全くです」

 先程まで部屋にいたレオがいなくなり、レオの兄であるイルとフィオは笑い始める。
 今さっき交わされた話が、どう考えてもレオのためとは言い難かったからだ。

「あの島なんて、我が家にとって何の価値もない領地ではないですか」

「森も深く魔物も多い。しかも最近では海賊の出現の話まである危険地帯……」

 カロージェロがレオに譲ったヴェントレ島は、ディステ家にとって名ばかりの領地。
 森が生い茂り、魔物が蔓延り、とても人が住むような環境ではない。
 そのため、今では無人島と化し、何も利益をもたらさないでいる島だ。
 島に行くだけでも危険だというのに、しかも最近では近海には海賊の出現まで噂されている。
 レオのような病弱な人間ではすぐに死ぬのがオチだ。

「人知れず始末するには十分だろ?」

「「ハハハハハ…………!!」」

 カロージェロの言葉に、兄弟たちは大笑いする。
 息子たちの言うように、レオをあの島の領主にしたのは始末するためだ。
 体が弱く、何の役にも立たない妾の子。
 これまで体裁のために生かしておいたが、成人したら後は何事も本人の責任になる。
 普通は3男に領地を与えられるなんてありえないことだが、ディステ家にはちょうどいい領地があった。
 そこでレオがどうなろうと、後はレオ自身の責任。
 例え死んでしまおうとも……。





◆◆◆◆◆

「冒険者になる予定だったのにな……」

 父の部屋から出たレオは、そのまま離れの自分の部屋へと戻っていく。
 その途中、先程の父からの話を思いだして独り言を呟いた。
 どうせ領地を与えられる訳が無いと考えていたため、まさかの領地に驚いた。
 しかし、与えられる領地の名前を聞いて納得した。
 レオの予定だと、家を追い出されてからは冒険者として生きていくつもりでいた。
 冒険者とは組合に所属し、依頼を受けて、それを達成することで資金を得る職業の者たちのことをいう。
 魔素によって変容した生物の魔物を退治したりするため力仕事の印象が強いが、その日暮らすギリギリ分の資金を得られる薬草の採取など、レオでもなんとかできそうな仕事が存在している。
 無理をせず薬草採取などをして、その日暮らしをするのがレオの考えだった。

「それを見越してなのかな……」

 父や兄たちからすると、冒険者になったレオが名を馳せるとは思っていない。
 ディステ家の名を使うつもりはないが、父たちはそうは思っていないだろう。
 家の名前に傷を付けられる前に死んでほしいと思っているはず。
 ならば、もしもレオが薬草採取などで地味に長生きするようなことになるより、ヴェントレ島を与えてすぐに死んでもらった方が手っ取り早いと判断したのかもしれない。
 レオに領地を与えるというのを聞いていたのに、兄たちが何も言わなかったのは、そういった理由からなのだろう。

「レオ様……」

「どうしました? ベンさん……」

 いつもの自室に帰ると、部屋の扉の前に執事のベンヴェヌートが待ち受けていた。
 何かあったのだろうかと思い、レオはベンに問いかける。

「ヴェントレ島へ行くことになったとお聞きしました」

「あぁ、聞いたんですね?」

 心配そうな表情をしていると思ったら、どうやらレオよりも先に話を聞いていたのかもしれない。
 その話になり、レオは困ったように頭をかいた。
 この家で働く者は当然伯爵家の領地を知っている。
 そのため、ヴェントレ島がどんなところかも知っている。
 レオがそこの領主になったというのは、つまりはそこで死ねと言っているのも同義だ。
 これまで長い間仕えてきたレオが、このまま死地へ送られてしまうのを何もできないでいる。
 ベンヴェヌートはそのことを悔しく思っている。

「……大丈夫ですよ。何とか生き抜いてみます」

「しかし……」

「僕よりも、ベンさんは父上か兄上たちの誰かに付くことになるのだろうから、これから大変かもしれないよ」

 伯爵家とは言っても、ディステ家に仕えている人間は余っていない。
 と言うのも、次男のフィオが女好きで、若いメイドを雇うとすぐに手を出そうとしてしまう。
 そのため、メイドは年配の女性ばかりで、代わりに入れた男性の使用人も若い者ばかりでまだまだ仕事ができるとは言い難い。
 使用人の中でも仕事のできるベンヴェヌートは、レオの専属から父や兄たちの中の誰かの副執事と言う扱いになるのだろう。
 誰に付いても、レオ以上に気を使う事間違いないため、レオはそのことを心配している。

「私のことなどどうでもよろしいのです。レオ様はお体の方が……」

「対策も考えているので大丈夫ですよ」

 普通の人間でさえ危険な地なのに、病弱なレオではとてもではないが生きていけない。
 そのことを心配しているのだが、レオはなんてことないように返事をする。
 冒険者になるために考えていたことだが、それをそのまま領地経営に使えば良いだけのことだ。

「いつも通り部屋におりますので、ベンさんは他の仕事に戻って大丈夫ですよ」

「……かしこまりました」

 実の父から当てつけのように危険な領地を与えられたというのに、気落ちしている様子のないレオ。
 そんな彼の態度を見ていると、本当に何か考えがあるのだろう。
 そう判断したベンヴェヌートは、少し間を開けた後、素直に引き下がることにしたのだった。





◆◆◆◆◆

「とうとうこの日が来てしまいましたか……」

「1週間なんてあっという間だね?」

 レオが父よりヴェントレ島への領地を任されるということを聞いて、1週間が経った。
 その間レオが何かしていたかは、父のカロージェロや兄たちだけでなく、使用人のベンヴェヌートですら分からなかった。
 何か策があるようなことを言っていたが、本当にそんなものがあるのか分からず、このまま見送っていいものかとベンヴェヌートは心配ばかりが募ってくる。

「……荷物はそれだけですか?」

「父上がカバンに入る分しか持って行ってはならないと仰っていたので……」

 用意された馬車は貴族用のものなどではなく、南へ向かう商人の馬車へ乗せてもらうことになっている。
 護衛として冒険者も何人かいるが、その馬車へ荷物を載せるレオにベンヴェヌートは更に心配にさせられる。
 背負う形のバッグ1つしか馬車に乗せていない。
 これから危険な地へ向かうにしては少なすぎる。
 しかし、カロージェロの命令と言われては仕方がない。

「領主になったのに貴族位もなくなり、家名も名乗るなと言われました。名乗るならヴェントレの名を付ければいいとも言われてしまいました」

 国王様へ領地の譲渡を進言した時に、カロージェロはレオから家名までも奪い取ってしまったようだ。
 貴族位でなければ名ばかりの領主で、たいした権限も有していない状況になってしまった。
 仕えている身でありながら、ベンヴェヌートはいくら何でもそこまでするかと不信感が湧いてくる。

「……レオ様、どうかお気をつけて……」

「ありがとうベンさん、みんな!」

 レオにとって新たな門出の出発というのにもかかわらず、父や兄は見送りになど出てくることは無い。
 見送りに出て来たのは、ベンヴェヌートと数人の使用人のみ。
 彼らもベンヴェヌートと共にレオを見守っていた者たちだ。
 兄たちと違い、使用人に文句を言うことなどなかったレオは、彼らに好かれていた。
 出来ればレオに付いて行きたいところだが、彼らも仕事を捨てることなどできず、見送ることしかできないことを悔やんでいる。
 そんな中、そろそろ出発予定時刻になり、商人から出発の合図が送られて来る。

「じゃあ、行くね!」

 そう言ってベンヴェヌートや使用人に軽く手を振り、レオは馬車へ乗車していったのだった。





 きっとこの家の人間誰もが、レオはすぐに死ぬと思っていたことだろう。
 それが魔物によるものなのか、はたまた海賊によるものなのか、もしくは体調を崩して病で亡くなるか。
 違いはあっても、結果は同じ。
 病弱なレオを見てきたがためにそう思うのも当然だ。
 しかし、気付いている人間はいなかった。
 この半年でレオの顔色が良くなっていることを……。


「あそこがヴェントレ島か……」

 ディステ家を出てから2ヶ月もの時間がかかり、ようやく目的地であるヴェントレ島が見える所まで近付いた。
 すんなり行けば10日で着くような距離なのだが、だいぶ時間がかかってしまった。
 時間がかかったのは、理由がある。
 単純にお金の問題だ。
 父から家から持って行くのはバッグ1つとされ、移動資金も渡してもらえなかった。
 そのため、ディステ家の領地の南のロンヴェルサール領で商人の馬車から降りなくてはならなくなり、自分で稼がなくてはならなくなってしまった。
 思いついたのは冒険者。
 冒険者組合に登録してギルドへ通い、なるべく危険の少ない依頼をこなして資金を稼いだ。
 少し資金が溜まったら次の町へ向かうということを繰り返し、ようやくヴェントレ島へ向かうことができるようになり、今に至る。

「本当にあそこに行くんですかい?」

「領主を任されてしまったので……」

 舟を操縦しているアルヴァロがヴェントレ島へ向かうレオに心配そうに声をかける。
 ロンヴェルサール領の南にあるフェリーラ領の漁師をしているアルヴァロとは、資金集めをしている時に知り合い、レオがヴェントレ島へ向かいたいことを旨を伝えたら、送ってくれることになった。
 アルヴァロの子供が怪我をしていたところを、採取した薬草を煎じて作った回復薬によって治してあげただけだ。
 心配そうなアルヴァロに対し、レオは困ったように返事をする。
 多くの者に危険と言われている土地になんて、レオだって本当は行きたくない。
 しかし、父のカロージェロによって、国王からヴェントレ島の譲渡の許可と領主としての任命を記した書状が渡されている。
 行かなければ背信行為とみなされてしまうため、ヴェントレ島へ向かうしかないのだ。

「あそこがたしか、あの島唯一の海岸でさぁ!」

「はぁ~……、本当に深い森に覆われた島だ」

 アルヴァロの漁船で西北西へ向かうこと数時間すると、ヴェントレ島へかなり近付いた。
 見えて来た海岸を指差し、アルヴァロは簡単に説明をしてくれた。
 漁師仲間の話では、ヴェントレ島は周囲が断崖絶壁になっていて、アルヴァロの指差したところが唯一の海岸になっているそうだ。
 島の説明をしてくれるアルヴァロには悪いが、それよりも気になるのは生い茂る樹々の方だ。
 手入れがされていないせいか、好き勝手に成長した樹々が日の当たらない場所を多く作り、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。
 たしかに人が近寄り難い島のようだ。

「少し奥に入れば、危険な魔物がうじゃうじゃいるって話ですぜ!」

「怖いな……」

 どんな場所か期待も少しあったレオだったが、島の雰囲気を見て不安になってきた。
 そんなレオに、アルヴァロは島の中の説明を補足してきたが、余計不安になるのであまり聞きたくない内容だった。
 人がおらず、魔物を狩る者がいないことから、どれだけの魔物が潜んでいるか分からないとのことだ。

「到着!」

 海岸ギリギリまで船を近付け、ようやくレオは領地となったヴェントレ島へ到着した。
 唯一の海岸自体もそれ程大きくなく、ちょっと行けば足元の悪そうな岩場へと変わってしまうようだ。
 これでは多くの船を泊めておけず、漁をして生活するのは少数の人間しか難しいかもしれない。
 魚を売って多くの資金を得るのは無理だろう。

「じゃあ、あっしはこれで……」

「うん」

 漁師としてもあまり近寄りたくない島のため、アルヴァロは早々にフェリーラ領へ帰りたいようだ。
 仕事柄力自慢でも、どんな魔物を相手にしなければならないか分からないとなると、危機回避としては正しい判断だ。

「来週まで気を付けてくださいね。魔物にも海賊にも!」

「忠告ありがとう。気をつけるよ」

 この世界の1週間は7日、アルヴァロには週に1回ここに安否確認に来てもらうことになっている。
 ここで得た魚や肉を料金として支払う予定だ。
 危険なこの地に毎週来てくれるのにはたいした報酬ではないかもしれないが、その厚意に甘えさせてもらう予定だ。
 元とはいえ貴族の坊ちゃんだからと、アルヴァロは心の中で構えていた部分があったが、心優しいレオにその気持ちは薄れていった。
 今となっては、こんな島に送り込んだディステ家を不審に思えてくる。
 最後までレオを心配しつつ、注意を促してアルヴァロは去っていった。

「さてと……、まずは安全な場所と、寝床の確保をしないとな」

 島は樹々が生い茂り、とても人が暮らせる場所なんて存在しているように思えないが、拠点になる場所が無くては話にならない。
 食料は少しだが持ってきているため、レオはまず拠点となる場所を探すことにした。

「よいしょ!」

 ディステ家を出る時に持って来たカバンを下ろし、レオは留めていたボタンを外す。
 そして、彼にとっての秘策となるものを取りだしたのだった。

「よしっ!」

 この世界には魔法と言うものが存在している。
 空気中に魔素と言う見えないものがあり、それを体内に吸収して魔力にかえる。
 その魔力を利用して火や水を生み出すことができるようになる。
 訓練次第で強力な武器として利用できるため、貴族は幼少期より教師を付けて訓練するものだ。
 兄のイルとフィオも魔法の訓練を受けていたが、戦闘に使えると言っても大人数を相手にできるような威力の魔法を使える人間なんてほぼいない。
 魔力を使い過ぎれば強力な疲労感によってしばらく動けなくなることから、魔法を重視する人間はかなり少ない。
 子供の頃、基本だけは教わったレオも、簡単な魔法くらいなら使えるようにはなっている。
 しかし、彼の秘策は魔法ではない。
 この世界にはスキルと呼ばれるものが存在していて、それが1人に1つは発現するようになっている。
 スキルは簡単に言えば特技と言っていいもの。
 だが、それが発現するまでは相当な時間や訓練を要するものだ。
 しかも、誰もが同じ時間と訓練をすれば良いというものでもなく、性格や出生による向き不向きが関わってくる。

「スキル発動!」

 病弱でベッドの上で過ごすことが多かったレオには、何のスキルも発現しない。
 きっと父や兄たちはそう思っていたことだろう。
 家族からは何も与えてもらえなかったが、レオは執事のベンヴェヌートに頼んで色々な書物を手に入れていた。
 病床のレオにとって、時間を使える書物は趣味としてとても重宝した。
 読書は趣味の1つだが、レオにはもう1つ得意なものが存在した。

操り人形(マリオネット)!」

“カタカタ……”

 バッグから取り出した人形へ、レオは魔力を注ぎ込む。
 そしてスキル名を言うと、その人形が動き出した。
 病弱のレオの得意なもののもう1つ、それは人形の作成と操作だった。
 元々はある人のために始めたことだったが、ベッドでもできるため多くの時間を人形作りに注いできた。
 それによってか、半年前、兄に対して何も言い返せないで悔しい思いをした日の数日後、レオのステータスカードにスキル名が発現した。
 ステータスカードとは、この世界では身分証明書として誰もが所持しているカードのことである。
 このカードに所持者の血液を垂らすことによって、所持者の情報が本人だけに視認できるようになる。
 健康状態も表示されることから、病弱なレオは状態確認のために毎日確認をしていた。
 そのため、スキルの発現を知ることができたのだ。

「おはよう。ロイ!」

“ペコッ”

 身長は140cmほどで木製、顔はのっぺらぼうで腰には剣を所持している。
 スキルによって立ち上がったその木製人形は、レオの言葉に反応するように恭しく頭を下げたのだった。

「スキルが……」

 14歳のある日、健康状態の確認のために、朝のステータス確認をおこなって驚いた。
 ベッドの上で長時間過ごしている自分にスキルが発現するなんて思ってもいなかった。
 まさかの発現に、レオはすぐにスキルの詳細を確認することにした。

操り人形(マリオネット)、魔力を与えることによって人形を操ることのできる能力か……」

 スキル名から推測しつつ、レオはステータスカードに書かれている詳細を読んでいく。
 それと同時に、これまでベッドの上による読書で積み上げた知識と合わせることにより、もしかしたらこの状況を変えることができるのではないかと思い始めた。

「趣味でしかなかった人形作りがこんなことになるなんて……」

 昔からレオは人形を作ることが好きだった。
 初めは母のために、それがそのまま趣味になっていたのだ。

「まずは、試してみよう」

 スキルの内容は大体わかったため、次は使ってみることにした。
 試しに動かす人形は沢山ある。
 どれほどの大きさの人形が、どれだけの魔力で、どれだけの時間動くのか。
 レオは、人形の素材も替えつつ実験を繰り返した。

「これならもしかしたら……」

 スキルを得て1ヵ月半経ち、実験も最終段階に入った。
 もしもこのスキルを持っていることを父や兄たちに知られたら、どのようなことになるのか分かったものではない。
 そうならないようにするために、申し訳ないが執事のベンヴェヌートにも黙っていることにした。
 あと4か月半もすれば、きっとこの家から追い出されるのがオチだ。
 そうなった時は、冒険者になってこのスキルと共に生きて行くつもりだ。
 元々冒険者は憧れていた職業だ。
 多くの仲間を作り、自由に好きな所へ行くことができる。
 ベッドの上ばかりいた自分からすると、好きなことが出来て羨ましい限りだった。

「やった! これでなんとか光が見えた!」

 最終の実験が成功し、レオは嬉しそうに部屋で1人拳を握った。
 自分の最大の欠点である病弱な体。
 それを改善させるための手段が手に入ったのだ。
 スキルを使うことによって、父に領地を与えると言われた時には、レオは病弱な体はかなり改善されていた。
 そのため、ベンヴェヌートにも大丈夫だということができたのだ。





◆◆◆◆◆

「早速だけどロイ、近場で安全そうな場所を見つけてくれるかい?」

“コクッ!”

 レオのスキルによって動き出したロイと呼ばれた木製人形は、指示を受けると頷きを返し、海岸から島の内部へと向かう坂を上って行った。

「あっ! 釣れた!」

 ロイと言う人形がいなくなってから、レオは海岸で釣りをしていた。
 レオの側には、手の平サイズの小さな布製の人形が2体、周囲を見張っているかのように立っている。
 魔物の警戒用にスキルで発動させたのだ。
 食事は持ってきているが、カバンにはロイも入れていたのでそれほど多くはない。
 待っている間に手に入れられる食料を考えた時、釣りがすぐに浮かんだ。
 釣りもやってみたかったことの1つだし、こんなこともあろうかと、疑似餌を作っていたのは成功だった。
 糸は持ってきていたし、海岸に流れ着いていた流木を使って竿を作るのは簡単だ。
 2匹目の魚が釣れ、レオは笑顔ではしゃいだ。

「あっ! ロイ! おかえり!」

“ペコッ!”

 レオだけなら、この2匹で1食分になる。
 ちょうどロイも帰って来た事だし、レオは釣りを終了することにした。
 帰ってきたロイは、指示通り拠点になりそうな場所を見つけて来てくれたらしい。
 付いてきてくださいと言いたげに、レオを誘導し始めた。

「……魔物が出たんだね? 大丈夫だった?」

“コクッ!”

 ロイの案内に付いて行く途中、ゴブリンの死体が1体燃やされていた。
 ゴブリンとは、人間の幼児と同じくらいの身長をした小鬼の魔物だ。
 繁殖力が高く、世界中で生息を確認されている。
 どうやらこの島にも、例にもれずに生息しているようだ。
 死体を見たレオは、ロイが攻撃を受けていないか心配になって問いかける。
 それに対し、ロイは腰に付けた剣を見せてきた。
 剣で倒したと言いたいようだ。
 死体を燃やしているのはアンデッド化を防ぐためだ。
 動物の死体に魔素が溜まり、ゾンビやスケルトンになって襲って来る可能性もあることから、倒した魔物や動物は焼却処分するのが常識になっている。
 少しの間資金集めを名目に冒険者として活動していたため、ロイも当然のように焼却したのだろう。

「魔石は?」

“スッ!”

 レオに聞かれたロイは、穿いているズボンのポケットから取り出して、小さな魔石をレオに手渡した。
 魔石とは、魔物の体内に存在する魔力の詰まった石のことだ。
 体内にこれができることで魔物へと変化するというと言われている。
 どうしてそれを取り出したかと言うと、魔石は魔道具を動かすための電池としての使えるため、魔物を倒したら手に入れるようにしている。
 魔物の強さによって魔石の大きさが変わり、大きい程魔力保有量が多いため高額で取引されている。
 週1で安否確認に来てくれるアルヴァロへの代金代わりに、魔石を渡すのもいいかもしれない。

「うん! ここなら海岸に近いしいいかもね」

 海岸から西へ2分ほど歩き、3分ほど南へ行ったところに少し開けた場所が存在していた。
 釣りをするなら海岸まで5分程度で行けるし、何といっても180度広がる海の景色はとても美しい。
 ここが魔物が蔓延る島だと忘れてしまいそうだ。

「ありがとうね」

 ここなら魔物の森から少し距離もあるし、何とかなりそうだ。
 良い場所を見つけてくれた感謝を込めて、レオはロイの頭を撫でてあげた。
 顏のない人形なのに、撫でられているロイは何だか嬉しそうだ。

「じゃあ、ここに家を建てよう」

“コクッ!”

 拠点となる場所が見つかったので、レオは早速ここに家を作ることにした。
 そうなると、家を建てるための木が必要になるため、ロイは森の方へと近付いて行った。

“ズバッ!!”

 近くの樹の前に立ったロイは、剣を構えて魔力で覆う。
 そのまま剣を振ったら、樹が一発で切り倒された。

「すごいな……」

 少し離れた場所で見ていたレオは、拍手をしながらロイの剣捌きを褒めた。
 ロイがやったのは、レオから与えられた魔力を使っての身体強化だ。
 魔法で攻撃することにはあまり役に立たない魔力も、このように使うとかなり戦闘で役に立つのだ。
 貴族の場合、幼少期からの訓練で剣技のスキルを手に入れる者が多いが、それと組み合わせるとかなりの戦闘力になることが有名だ。

「これを乾燥させて……っと」

 枝を切りはらった木を、すぐに建物に使えるように乾燥させなければならない。
 そんな時には魔法を使う。
 乾燥させるイメージを持って、レオは木に魔力を注ぎ込む。
 すると、少しずつ木は乾燥していき、建物に使うにはちょうどいい具合の木へと変わった。

「みんなは細かい作業をお願いするね」

“コクッ!”“コクッ!”

 釘がないので、建物は接ぎ木で組み立てることになる。
 レオは設計図を地面に描き、小さい布人形たちに細工をお願いした。
 この人形たちも小さいからと言って何もできない訳ではない。
 スキルの性質上、どんなに離れても主人のレオとは魔力で繋がっているらしく、ロイも含めて人形たちはレオの知識から行動を判断しているようだ。
 つまり、

“シュパッ!”

 細工を任された布人形の手からは、小さいながら風魔法が発射される。
 レオも風魔法が使えるので、この人形たちも使いこなせるようになったのだ。
 ロイの剣技も、書物による知識としてレオは持っている。
 しかし、体調が良くなって日も浅く、実家にいる頃は父や兄の目もあったために訓練することができなかった。
 書物による知識はあっても、体が使いこなせていないというのが実状だ。
 レオの知識をそのまま使えるのは、自分の能力で動いているとは言っても羨ましい限りだ。

「フゥ~……、みんなの協力もあって、ひとまず完成だ!」

 布人形たちは風魔法を使って木に細工をしていき、ロイは樹を切って持ってくる。
 レオは木を乾燥させるのと、細工された木を組み立てることをして、日が暮れるギリギリ前に小さいながらもとりあえず雨風凌げるワンルームの家を作り出すことに成功した。
 1人暮らしなのだから、今はこれで十分だ。

「さて、魚を食べよう」

 そのうち作るつもりだが家の中にはないため、今日は外に石を組んで作った簡易竈で調理をするしかない。
 家完成の祝いとして、レオは今日釣った魚を食べてしまおうと思った。
 持ってきている調味料は少量の塩のみ。
 それでも魚の塩焼きは美味しく、レオは満足した。

「お休み!」

 食事をして腹も膨れたレオは見張りをロイに任せ、家づくりでの疲れもあって早々に眠りについた。

「おはよ……うっ!」

 目が覚めて家から出てみると、警護役の人形ロイが立っていた。
 そのロイに挨拶をしながら周辺を見てみると、レオはぎょっとした。
 家の周りに数体の魔物の死体が転がっていたからだ。

「……4体も来たのかい?」

“コクッ!”

 転がっているのはゴブリン1体と、コネチッラと呼ばれるテントウムシの魔物が2匹、セルペンテと呼ばれる2mほどの長さの蛇の魔物が1匹。
 どうやらロイが剣で斬り倒したらしく、それぞれ斬り裂かれた跡がある。
 人形だから元々目がなく、魔力を使った探知で魔力に反応することで戦えるため、夜の暗闇でも関係なく戦えるのはありがたい。

“スッ!”

「ん? あぁ、魔石? ありがとう!」

 魔物を倒したら魔石を取る。
 言わなくてもちゃんと取っていたらしく、ロイは4つの小さい魔石をレオに渡してきた。 
 昨日同様褒めて頭を撫でてあげると、ロイはされるがまま動かない。
 本当に感情でもあるかのような反応に思えてくる。

「ゴブリンとコネチッラは焼却。セルペンテは解体して食料にしよう」

“コクッ!”

 あまり食料を持っていないレオからすると、魔物とは言っても食料となるものが手に入り、レオは嬉しそうにロイに指示する。
 指示を受けたロイは、すぐに木の枝を集めて焼却作業を開始。
 その間に、レオは蛇の解体に入ることにした。

「1人で食べきれるかな?」

 解体し終わった蛇の肉の量を見て、レオは思わず呟いてしまう。
 見た目通り普通の蛇よりも肉厚で、取れた肉は1kgは軽くありそうだ。
 病弱は改善されつつあり、食欲も少しずつ増えてきているが、まだ小食と言って良いレベルだ。
 そのため、レオ1人ならこの量の肉で数日は持ちそうだ。

「それにしても、このスキルは助かるな……」

 気を付けないといけないが、だいぶ体も丈夫になったらしく、昨日の疲労も残っていない。
 体の調子が悪くなることがなくなってきた。
 それもこれもスキルを得たことによる恩恵だ。
 改めてレオはこのスキルに感謝したのだった。





◆◆◆◆◆

「そろそろ良いかな……」

 スキルを得た時の事。
 簡単な実験をしてスキルを把握したレオ。
 この日、最後の実験をおこなうために夜遅くまで起きていた。

「これが成功すれば……」

 次の誕生日で15歳と成り、成人したならきっとこの家から追い出されることになる。
 そう考えているレオは、その時のために何としてもしておかなければならないことがあった。
 それは自身の体のことだ。
 すぐに体調を崩して寝込んでは、冒険者になるしかない自分はとてもではないが生きていけない。
 ならば、体を鍛えればいいとなるが、体を動かしたことによる疲労も体調を崩すきっかけになることが分かっている。
 身体を動かせず、ベッドにいることの多かったレオは、本を読み漁ることで得たとある知識がある。
 それが魔物の討伐。
 昔から、魔物を倒すと僅かながらステータスを上昇させることができると言われている。
 しかし、それを検証した資料は存在していない。
 多くの魔物を倒しても、ステータスが上がったかどうか調べる手立てがないことが原因だろう。
 はっきりしない程度の上昇。
 レオは、それに望みを託すしかなかった。

「ロイ! 誰にも見つからないように町を出て、魔物を倒して来てくれるかい?」

“コクッ!”

 この実験をおこなうために、レオは準備を進めていた。
 それが、レオの代わりに魔物を倒すための人形を作ることだ。
 魔物を倒したことによるステータス上昇は、自身の力によって倒した時のみ得られると言われている。
 スキルも自身の力と捉えるならば、スキルによって動かした人形によって倒したとしてもいいはずだ。
 魔物と戦うとなるとある程度の大きさと強固さが必要。
 加工することを考えると、木製の人形が選択される。
 ベンヴェヌートに木材を求めた時にどう理由を付けるか迷ったが、大作の人形を作るためと素直に言ったら用意してくれた。
 ベンヴェヌートも、残り数か月で別れることになると分かっていたためか、レオの好きにさせようと訝しく思いながらも何も言わずに用意をしてくれた。
 そして完成させたのが、木製人形ロイだった。

「弱い魔物を狙うのと、無理はしないでね!」

 スキルの条件として、自作物でないといけないらしく、替えを作るにもまたベンヴェヌートに材料をそろえてもらう訳にはいかない。
 それに、ここまで作り上げたことで愛着も湧いている。
 そのため、壊れてしまったら正直悲しい。
 ロイには無事に戻ってくることも告げた。
 人形が動いているのを町の人に見られたら噂になりかねない。
 これでも、一応自分は伯爵家の人間。
 町の詳細な地図から抜け道は把握している。
 その抜け道を通って町の外に出るようにロイに指示しておく。

「いってらっしゃい!」

 魔物と戦うのに何もないのでは倒せないだろうと、ロイを作った時に使ったナイフを渡して窓の外へと出たロイへ魔力を補充する。
 レオの魔力が、ロイが動く燃料となっているらしい。
 戦うことにも使うだろうし、町から出て戻ってくるまでも距離がある。
 魔力を多く渡しておいて失敗に繋がるようなことは無いはずだ。
 体調に響かないギリギリまで魔力を渡し、レオは闇夜の中をいくロイを見送った。





◆◆◆◆◆

「結果は成功だったな……」

 半年近く前のことを思いだして、レオはしみじみと呟く。
 魔物を倒すことによるステータス上昇。
 実験がハッキリと成功したとは数値を示して証明することはできないが、あえて言うなら自分が証拠と言って良い。
 もしかしたら、そう思い込んでいるだけなのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。
 ロイが夜な夜な近場の魔物を倒すようになったことで、レオの体調が改善されて行ったのは事実なのだから。

「どうせなら、あの時倒した魔物の魔石も持ってくるように言っておけばよかったかな?」

 魔物を倒すことによってステータス上昇。
 それによる体質改善を重視したために、魔石の採取や後始末のことは教えていなかった。
 知識をレオから得ていても、求められていないことをしないのはやはり人形だからだろうか。
 まさか領地を与えられると思ってもいなかったため、移動資金を稼ぐのに時間がかかってしまった。
 今考えると、魔石だけでも持ってくるように言っておけば、それを売った資金でもっと早くここに着けたかもしれない。
 そのため、少しもったいなかったように思えてきたのだ。

「まぁ、気にしても仕方ないか。無事着いたことだし……」

 何もできずにベッドで過ごした時間が長いせいか、レオは結果オーライと判断することが多くなった。
 この島で魔石なんて、今の所アルヴァロへの報酬分あれば十分だ。
 多くのことは望まず、楽しく今を生きることを考える方が建設的だ。

「でも、ロイだけでここを生きていけるかな……」

 ロイのお陰で良い拠点を手に入れ、魔物の対応を任せていられる。
 森から少し離れているせいか、まだ強力な魔物は出現していない。
 しかし、この島は手付かずで、魔物がどれだけ潜んでいるか分からない。
 自分を守ってくれたり、力仕事をしてくれる人形がもっといてくれた方が安心できるかもしれない。

「ロイ! 木を持ってきてくれるかい?」

“コクッ!”

 多くの魔物にここを襲われたらロイだけでは不安が残る。
 ならば、ロイの仲間を作ってしまえばいい。
 材料となるものは、昨日の家づくりで用意した木材が残っている。
 それを使って、レオは新しく人形を作ることにした。




「完成!」

 人形作りを始め、結局完成するまで3日かかった。
 ロイを作る時は1週間はかかったので、それを考えればかなり時間が短縮できた。
 1度目よりも2度目の方が、慣れによる所が大きいのだろう。

「スキル発動!」

 早速完成した人形を動かしてみようと、レオはスキルを発動する。
 魔力を与えられた人形は、カタカタと音を立てた後、ゆっくりと立ち上がった。

「君はロイの弟のオルだよ! よろしくね!」

“ペコッ!”

 立ち上がった人形に不具合がないか確認し、問題ないことを確信したレオは、作っている間に考えていた名前を新しい人形に告げた。
 木製人形2号ことオルは、レオに名前を告げられると恭しく頭を下げたのだった。

「国王陛下!」

「どうした? クラウディオ」

 ヴァティーク王国王都ピサーノの王城。
 国王カルノのもとへ王太子のクラウディオが現れる。
 現国王のカルノは、庭園で花々を眺めながらティータイムを楽しんでいた。
 そこに来た息子に、カップを置いて問いかける。

「ディステ伯爵が領地の委譲の許可を求めて来たとか?」

 クラウディオは、隣国に不穏な動きがあるという話を聞いて東の国境沿いの砦の視察から帰ったばかりだが、レオの父であるカロージェロが来たということを聞いてすぐ父に理由を確認に来たのだ。

「そうじゃ! 何でも成人した息子に僅かながら領地を与えたいということらしい」

 カロージェロの話になり、カルノはその時のことを話し始めた。

「……ヴェントレ島をですか?」

「そうじゃ!」

 伯爵として与えた領地を繁栄させるためには、そうした方が良い結果を出すかもしれない。
 ひいては王国の繁栄につながることを考えれば、カロージェロが領地を息子に譲るのは構わない。
 しかし、息子に与えたのがヴェントレ島となると話は別だ。
 再確認の意味で問いかけたのだが、カルノは笑みを浮かべて答えてきた。

「伯爵は優しい父親のようじゃの……」

「………………」

「どうした?」

「いいえ! 失礼いたします!」

 無言になった息子にカルノは首を傾げるが、クラウディオからしたらどうしたもこうしたもない。
 しかし、本気で思ったことを言っている父に、これ以上話をしても無駄だと判断したクラウディオは、頭を下げて父のもとから去っていった。

「何が優しい父親なものか!!」

 自室に入ってすぐ、クラウディオは怒りで声を荒らげる。
 先程の父との会話があまりにも無意味だったため、段々と腹が立って来たのだ。

「クラウディオ兄様……」

「レーナ……」

 黙って眉間にしわを寄せて立っているクラウディオの部屋へ、1人の少女が入って来た。
 やり取りで分かるように、クラウディオの妹であるレーナ王女だ。
 帰ってきた兄に挨拶に来てみれば、声を荒らげていたため、レーナは困惑した。
 妹の表情を見て、クラウディオは我に返ったのか怒りを鎮める。

「わが父ながら何と愚かな……」

「そうですね……」

 怒りを鎮めてソファーに座り、対面に座った妹へ先程の父との会話のやり取りを説明した。
 説明を終えると、クラウディオは思わず父のことを情けなく思えてきた。
 レーナも同じ思いらしく、暗い表情でうつむいてしまった。

「何が優しい父親だ! 魔物が蔓延ると言われるあんな島に送られて、成人したての者が生きていられるものか!」

 ヴェントレ島は王都から遠く離れた島のため、存在を知っている人間はそういない。
 知っていても西に領地を持っている貴族たちだけだろう。
 王太子の立場のクラウディオも、帝王学の一環として教わった時に知ったくらいだ。
 領地とは名ばかりで、手付かずのために魔物が蔓延る危険な地だ。
 そんな地を息子に任せると言っているのに、何が優しい父親だ。
 父カルノは、その島がどういう所なのか分かっていないようだ。
 もしかしたら、その地がどこにあるかも知らないのではないだろうか。

「しかも、部下の報告によると、ヴェントレ島の領主となった者は体が弱いという話だ!」

「っ! まぁ……!」

 ディステ伯爵が来てヴェントレ島を息子に譲るという話を聞いて、どう考えてもおかしいと思ったクラウディオは部下に色々と調べさせた。
 伯爵には3人の息子がいて、その3番目の息子に島を譲るという話だ。
 上の2人は見たことがある。
 特に上のイルミナートは、同じ学園に通っていたこともあるため覚えている。
よく下級貴族を見下す態度をしていたのを見ていたので、はっきり言って良い印象はない。
 次男の弟は女癖が悪いともっぱらの噂だ。
 3番目の息子もろくでもないのかと思って調べさせたら、幼少期から体の調子が悪くずっと邸内から出ることができなかったという話だ。
 しかも、父やあの兄に疎まれ、家の者以外に存在を知られないようにするかのように離れで監禁状態にされていたらしい。
 その話を聞いた時、使い道のない息子を自らの手を汚さずに消し去ろうという思惑があるのだろうと考えるようになった。
 クラウディオは、あの父をしてあの兄弟ありという思いが湧き上がった。

「父が国王になってから貴族は緩み出している。他国からの脅威は完全に消えている訳ではないのに……」

「お兄様……」

 現国王のカルノは、兄が突然死去したことによって国王の地位に就くことになった。
 元々国王になる予定が無かったことから、貴族間の関係やこの国のことなどをたいして学ぶことなく好き勝手に育ったのが間違いだったようだ。
 ここ数年父がろくに知識もないことを理解したのか、書類を誤魔化したりする貴族が増えてきている。
 国王である父が認証した後では、息子の自分が文句をつける訳にもいかない。
 特にディステ家のカロージェロは、クラウディオの動向を確認したうえでおこなって来るのだから質(たち)が悪い。 

「……ディステ家に何か付け入る隙がないか?」

「残念ながら……」

 妹のレーナが退室し、調査を得意とする部下を呼んでクラウディオは話しかける。
 自分が国境沿いへ行っている隙に今回のことを父に認可させた。
 分かっていてやっているように思える。
 そう何度もやってくるなら、こっちも考えがある。
 尻尾を掴んで領地没収、何なら爵位の降格までしてやりたくなる。
 しかし、部下の報告から、現状ディステ家へ報復する手立てがない。

「チッ! 下手に手を出して失敗する訳にもいかない……」

 証拠もなくいちゃもんつけて失敗でもすれば、敵に弱みを握られてしまう。
 確実な証拠を得ない限り手が出せないことに、クラウディオは悔しさから思わず舌打つことしかできなかった。





◆◆◆◆◆

「あっ! 芽が出てる!」

 領地へ出発する少し前にクラウディオがディステ家のことで頭を悩ませていたことなど知る由もなく、当の本人のレオは、現在呑気に畑に水をあげていた。
 そして、種を植えてから数日して出てきた芽に、嬉しそうに微笑んだ。
 木製人形2号のオルを作ったことで、魔物の襲撃に怯えることが緩和された。
 他にも数体人形を作っているが、それよりも先にレオは畑を作ることにした。
 ロイとオルによって食料の心配はない。
 しかし、2体が取ってくるのは魔物の肉が中心。
 島に自生している野菜などがあるなら近場に植えて育てるのだが、家回りでは食料となるものがあまり生えていないらしい。

「種だけは買って来ていたからね」

 人がいないので、島にどんな植物が生えているかも分からない。
 もしものことを考えて、レオは数種類の野菜の種を購入してきた。
 特に、主食にできるジャガイモは多めに買ってきた。
 危険な魔物を相手にして肉を手に入れて来てくれるロイやオルには悪いが、肉ばかりでは胃がもたれる。
 健康のことも気遣って、野菜も摂取しようと育て始めたのだ。

「やっぱり人数がいた方が助かるな……」

 オルを作って動かし始めてから、自分は畑の手入れをすることに専念できている。
 余った時間は人形を作ることに使い、のんびりした生活を送っている。

「んっ? おかえり、ロ……イ?」

 ロイには今日も家の周りの警戒をおこなってもらっていた。
 日が暮れる前に戻って来たのだが、その様子がいつもと違った。
 帰ってきたロイの足下には、小さな黒猫が付いてきていた。

「ブーヨ・ガット……?」

 この島に普通の猫が住んでいるとは思えない。
 そうなると、この子猫は魔物の子供ということになる。
 そして、黒い毛並みをした猫と言うと思い当たるのがブーヨ・ガット、闇猫と呼ばれる種類の魔物だ。
 猫特有のしなやかな肢体を使い、俊敏に動いて爪や牙で獲物を仕留める技術を持っている。
 真っ黒な毛色と、何かに隠れて闇から攻撃することから付いた種族名で、その子猫がどうしてロイについてきているのか。

「……ついてきちゃったの?」

“コクッ!”

 敵意のある魔物ならすぐにでも始末するのだろうが、どうやら子猫からはそれがないらしく、ロイは付いてくるのを気にしなかったらしい。

「んっ? あぁ……なるほど」

 状況が分からないでいるレオに、ロイは地面に絵を描いて説明してくれた。
 どうやら、子猫が魔物に追いかけられている所をロイが通りかかり、子猫を追っていた魔物がロイへ攻撃してきたらしい。
 それを返り討ちにしたら、猫が自分を助けてくれたと勘違いして付いてくるようになってしまったようだ。

「親の所にお帰り」

 子猫ということは親もいるはず。
 自分の子を探してここに来られたら、ロイとオルがその親を倒してしまうかもしれない。
 ロイに懐いている所悪いが、レオは子猫を森に返すことにした。

「こんにちは! 坊ちゃん!」

「こんにちは! アルヴァロさん!」

 押し付けられたと言って良い領地について1ヵ月が経った。
 特に困ることもなく、レオは快適に過ごしていた。
 週に1度レオの安否を確認しに来てくれているアルヴァロが、いつもの曜日に島へ現れる。
 船が近付いて来ていたことは気付いたので、いつも通り海岸に出て彼を出迎えたレオは、海岸にたどり着いたアルヴァロと挨拶を交わす。 

「坊ちゃんが島に来てから少し経ちますが、何だか大丈夫そうですね?」

「えぇ、今の所……」

 成人になりたての元貴族が、この島の領主になったと聞いた時は、どう考えても家から切り捨てられたのだと思っていた。
 しかし、この若者はその運命を否定しているかのようだ。
 息子の怪我を治してくれたことに恩を感じて、安否確認にこの島への行き来をする役を引き受けたアルヴァロだが、どうやら死体を見つけるといった嫌な思いをすることはなさそうで安心する。

「運よく家の周りはそれほど強くない魔物ばかりで……」

「……いや、闇猫も結構危険な魔物ですぜ?」

「ニャ~!」

 レオの足下に大人しく座っている黒猫を指差し、アルヴァロはレオの意見を否定する。
 ロイが助けた闇猫の子供は、何度森に返しても翌日にはレオの家に来ていた。
 助けたのはロイなのに、ロイはレオが動かしていると分かっているのか、すぐにレオにも懐いた。
 毎日来るところを見ると、もしかしたらロイが会った時には親を殺されてしまっていたのかもしれない。
 レオの家に来るが、子供なために狩りがまだできないのか、毎日少しずつ痩せていった。
 流石にこのままではいけないだろうと、レオの従魔にして飼うことにした。
 元気に育つように、名前をクオーレと名付けた。
 従魔とは、契約をして服従させた魔物のことをいう。
 人に危害を加えさせないようにするためにできたと言われている。

「子猫ですから……」

「そんなもんですかね……」

 闇猫はゴブリンなんかよりも危険な魔物だ。
 特に、夜に遇ったらその名前の由来通り闇から現れたかのように攻撃され、ベテラン冒険者でも大怪我を負うことがある。
 そんな危険な魔物を従魔にしてしまったのだから、初めて見たアルヴァロはかなり驚いたものだ。
 レオもたまたま従魔にしただけのため、経緯を簡単に説明してある。
 説明を受けても納得できるわけではないが、アルヴァロはそのまま流すことにした。

「頼まれていた調味料持ってきましたぜ!」

「ありがとう! 用意しておいたのが無くなって、塩しかなかったんです」

 調味料が入った瓶をアルヴァロから渡され、レオは嬉しそうに礼を言う。
 アルヴァロには週1でここに来ることから、ちょっとした買い物もしてもらっている。
 最近レオが趣味としてハマっているのは料理。
 体がだいぶよくなったため、好きなものを食べられるようになった。
 ベッドの上で、食べられないのに世界中の料理の本を眺めていたのが懐かしく感じる。
 しかし、今は食べられる。
 色々な調理法を覚えていたレオは、食べたかった料理を作ることを趣味にしていた。
 そのせいか、調味料の減りが早く、ほとんどなくなってしまった。
 塩に関しては海が側なので作ることができるが、他の調味料はそうはいかない。
 そのため、アルヴァロに調味料を買って来てくれるように頼んでいたのだ。

「後、これを……」

「ん? これは?」

 今回頼んでいたのは調味料のみ、それ以外は無かったはずだが、アルヴァロはレオに指輪らしきものを渡してきた。
 それを渡される理由が分からず、レオは首を傾げる。

「一番安い奴ですが、魔法の指輪でさ!」

「っ!! そんな高額品を何で僕に?」

 魔法の指輪とは、時空魔法によって多くの物を収納できる指輪のことだ。
 冒険者はこれを得られて一人前という風に言われている所がある。
 収納できる容量に差はあるが、どんなに安くても王都の一軒家を買うくらいの金額と言われている。
 小型の船で漁をするアルヴァロが手に入れるのは、かなり苦しいはずだ。
 しかも、それをレオに渡してくるのだから驚くのも無理はない。

「失礼ながら、俺は坊っちゃんがすぐに魔物にやられると思っていやした」

「僕もそうなることは考えていました」

 真剣な表情で話し始めたアルヴァロに、レオも真面目に耳を傾ける。

「簡単なお使いと、ここまでの運賃にしてはかなりの金額の物を頂いていやす」

「いや、わざわざこんな役割をしてもらえて助かっていますよ」

 週に1回来てもらえるだけでもありがたいので、レオは手に入れた結構な数の魔石を運賃として与えている。
 手に入れたといっても、レオの拠点の家に近寄ってきた魔物を、ロイとオルが倒してくれているに過ぎない。
 ほとんどオートで動いてくれるので、レオとしては苦労した思いはしていないため、特に気にせず与えていたのだが、小さいのばかりで高値はつかなくても、結構な金額になっていたようだ。

「これを譲るのは、本音をぶっちゃけると坊っちゃんでひと稼ぎさせてもらいたいんでさ!」

「……すごいストレートだね?」

 強く拳を握りつつ、アルヴァロは熱弁を振るって来る。
 言っていることは俗なことだが、これだけ本音で言われると別に悪いとは思えない。

「坊っちゃんがあれだけの魔石を手に入れられるなら、魔物の素材も手に入れることができるはず、魔石や肉だけでなく、素材になりそうなのも俺に預けてくれませんか?」

「なるほど……それを僕の代わりに売って、手数料+アルファを稼ぎたいってことなのかな?」

「はい!」

 たしかに、魔物を倒しても魔石と食べられる場合に肉を手に入れるだけで、皮や牙など使い道のある素材は捨てていた。
 それらを売ったら確かに稼ぐことができるかもしれない。
 手に入れても保管する場所が無かったので捨てていたが、魔法の指輪がもらえるならその問題も解消される。

「全然構わないよ!」

「ありがとうございやす!」

 ここでは店もないので資金を得る方法がない。
 一応国の領地なので、年に1回税金を支払うように言われているが、それも収入があってのこと。
 何の収入もないのに、税を払えなどというほど国も腐っていない。
 と言うより、期待していないというのが本音だろう。
 ここを開拓していくには、何かしらの収入が無いと他に住む人も出てこない。
 魔石とかもほとんどタダで手に入れているようなものなので、それが資金に変わるなら構わない。
 そのため、レオはあっさりとアルヴァロの思いに応えることにした。
 了承を得たアルヴァロは、笑顔で持っていた魔法の指輪をレオに渡したのだった。

「あっ! そうだ!」

「どうしやした?」

 簡単な契約をして、今回の用事の済んだアルヴァロは帰ることにした。
 昨日もロイとオルは魔物を倒しているため、今回はその分の素材を渡しておく。
 それを売ったお金で生活用の魔道具を買って来てもらうことを頼み、アルヴァロを見送ろうとしていたレオはあることを思いだした。

「ついでに小物細工用の刃物を幾つか手に入れて来てくれませんか?」

「何に使うんですかい?」

「ここには木が一杯あるからね。空いている時間に売れそうな土産物でも作ろうかと……」

「なるほど! 了解しやした!」

 頼んだのは小物細工を作る時に使う刃物。
 魔物の相手をロイとオルに任せているので、色々とやっていても時間は余っている。
 その時間にロイとオルの仲間となる人形も作っているが、戦闘面では今の所焦っていない。
 人形作りも楽しいが、たまには細工物も作ってみたい。
 売れるかは分からないが、資金を得る方法ができたのだから、やってみてもいいかもしれない。
 レオの考えを聞いたアルヴァロは、納得したように頷き、了承の返事をして船へと乗り込んで行った。

「じゃ、また来週来やす!」

「はい! また来週!」

 沖へと船が進んで行く中、アルヴァロはレオへ手を振って別れの言葉を告げてきた。
 それに対し、レオも手を振って見送ったのだった。

「ん? あぁ、おはよう。クオーレ」

「ニャ~!」

 プニプニとした柔らかい感触を頬に感じてレオが目を覚ますと、枕の側に黒い子猫が座っていた。
 それが従魔にした闇猫のクオーレだと気付き、レオは体を起こして頭を撫でる。
 撫でられるのが嬉しいのか、クオーレは目を細めた。
 起こしてくれたお礼に少しの間撫でてあげたあと、レオはベッドから降りて朝の支度を始めた。

「やっぱり、魔物を倒すと何かの作用が働いているみたいだな……」

 低血圧だったためか、昔から目が覚めてもすぐに体を起こすことなんてできなかった。
 しかし、今ではそんなこともなくなって、すんなり起き上がれるようになった。
 たったそれだけのことでも、自分の体調が良くなっているということが感じられる。
 一気に健康になるようなことはなかったことを考えると、本人でも実感がない程度にしか成長しないようだが、それでもレオにとっては嬉しいことだ。

「まずは、畑の手入れに行こうか?」

「ニャ~!」

 顔を洗ったりして身支度を整えると、レオはクオーレを引き連れて手入れと朝食用に庭の畑から野菜を採取しに向かった。

「これはトマトだよ」

 畑に生えていた雑草を抜いて水をあげた後、レオは赤くなった実を採取する。
 片手に収まる実を持って、レオはクオーレへ見せてあげる。

「生でも食べられて、熱を加えると甘くなって美味しいんだ」

「……ニャ?」

 トマトは体に良いという話を聞いていたのもあって、最初に種を買った。
 本の知識をそのまま使って育てたのだが、順調に育ってくれた。
 以前は何の関心もなかった野菜だが、普通に食事ができるようになったのと料理をするようになったことを契機に、レオの中で好きな野菜へとランクアップした。
 トマトを見せられても食べたことがないのか、クオーレは「本当においしいの?」とでも言いたげに首を傾げている。

「クオーレは魚の方が好きかな?」

「ニャ~!」

 子猫とは言っても、魔物の幼体であるクオーレが何を食べるのか分からなかった。
 ミルクを与えた方が良いのかと思ったのだが、そんなものはここにはない。
 牛系や羊系の魔物がいれば手に入れられるかもしれないが、レオの戦力はロイとオルだけ。
 とても島の中を探検に出る気にならない。
 きっと森の奥の方が危険な魔物が多いに決まっているからだ。
 それに家の周りの比較的弱い魔物を退治しているだけで、充分平和に暮らしていられるのだから、無駄に危険なことに手を出したくない。
 闇猫の食事が何なのか分からないが、魔物は毒さえなければ大抵のものを食べると言われている。
 なので、肉の塊を与えたのだが、あまり反応を示さなかった。
 もしかしてと思って、柔らかく煮込んで小さく切ってあげると喜んで食べた。
 どうやらクオーレは離乳期のようだ。
 それが分かったので、レオは毎回離乳食も作るようになったのだが、クオーレは特に小魚をミンチにした魚肉団子が好きらしい。
 レオやロイたちが魚を釣ってくると、とても嬉しそうに尻尾を振りまわす。

「ん? お疲れさま!」

 家の近場に魔物が出現したらしく、ロイが倒した魔物を持って来た。
 小型犬ほどの大きさの蛙で、その肉は食用としても知られている。
 アルヴァロのおかげで魔法の指輪を手に入れたので、無駄に捨てることなく保存できる。
 そのため、食べられる魔物の肉は解体して指輪に収納しておくようにしている。

「解体してくれる?」

“コクッ!”

 レオのスキルと魔力で動いているロイは、レオの知識とリンクしている部分があるため解体することもできる。
 家を追い出されたら冒険者になるしかないと思っていたので、魔物や動物の解体方法も学んでおいたのが役に立った。
 解体用のナイフを渡されたロイは、頷いて魔物の蛙を解体し始めた。

「ありがとうね!」

 いつものように仕事をこなすロイに、レオはねぎらいの言葉と共に頭を撫でる。
 元々は木で出来た人形なのでそんなことする意味はないが、自分のスキルとはいえ動いているのを見ていると思わずそうしたくなるのだ。

「じゃあ、指輪に収納するね!」

 ロイが解体した蛙の魔物の肉。
 毎日のように何かしらの肉は手に入るので、レオ1人では食べきれない。
 クオーレにも肉の離乳食を与えているが、やっぱり魚の方が好きなのか、テンションが上がるということがない。
 食べきれないのはアルヴァロに売りさばいてもらえばいいので、この蛙の肉も魔法の指輪に収納しておくことにした。

“フッ!”

「おぉ!」

 魔法の指輪に魔力を流して中へ収納するイメージをすると、蛙の肉は指輪についている小さな宝石の中へ吸い込まれるように消えていった。
 指輪をもらって少し経つが、何度おこなってもその現象を見ると関心と驚きが混ざったような反応をレオはしてしまう。

「便利だよね?」

「ニャ!」

 魔法の指輪のことを知らないクオーレは、最初その現象を見た時は驚きでレオにしがみついた。
 しかし、そういうものなのだと理解してからは特に反応しなくなったが、不思議だという思いがあるため、レオの言葉に頷いている。

「……あれっ? もしかして……」

 生き物でなければ何でも容量内なら入れられる。
 そんな魔法の指輪を見ていたら、レオはあることが頭に浮かんできた。
 そして、その考えを確認するために家の中から小さい布人形を持って来た。

「スキル発動!」

「……?」

 その人形を持ってくると、レオはスキルを発動させる。
 魔力を受け取った布人形は、スッと立ち上がる。
 ずっと一緒にいるので何度も見たスキルをレオが使っても驚かないが、クオーレは何をしたいのか分からずに首を傾げる。

「ごめんね。ちょっと実験させてね」

“コクッ!”

 立ち上がった人形にレオが一声かけると、人形は頷きを返す。
 そうしてその頷きを確認した後、レオは魔法の指輪に魔力を流し込んだ。

「おぉ! やっぱり!」

 レオのスキルで動いているとは言っても人形は人形。
 生き物ではないので魔法の指輪に収納できるのではないかと思って試してみたら、案の定、布人形は指輪の中へ消えていった。

「後は、ここから……」

 ここまでは予想通り。
 レオが本当に知りたいのはここからだ。
 魔法の指輪に魔力を流し、収納したさっきの布人形をまたこの場へと出現させる。

「大丈夫?」

“コクッ!”

 指輪から出てきた布人形は特に何も変わった様子もなく動かない。
 その反応に予想が外れたのかと思って問いかけると、人形は平気そうに頷いた。

「やった!!」

「……?」

 その頷きを見て、レオは予想が当たったのだと嬉しそうに両手をあげた。
 クオーレはレオが何に喜んでいるのか分からず、またも首を傾げる。

「うん魔力も変わってない!」

 布人形を手で持ち、レオは魔力量が変わっていないか確認する。
 すると、さっき指輪に収納したときと魔力量も変わっている様子はなかった。
 それがさらにレオを興奮させる。

「これは使える!」

 実験したかったのは、レオのスキルで動いている人形の収納だけでなく収納して、出してからの変化が確認したかったのだ。
 実験の結果を見ると、人形には何の変化もない。
 この実験の場合、その何の変化も無いということが嬉しいのだ。
 これを使えば、多くの人形を動かしたまま魔法の指輪に待機させておける。
 ロイやオルだけで抑えきれないほどの魔物が来たりした時のために、同じような木製人形を作っているが、作り過ぎても置き場所がない。
 家の外にいてもらうということも出来るが、雨など降ったらどうしようもない。
 木製なだけに、雨風に晒されればその分傷みも早くなる。
 ロイもメンテナンスをよくしているし、他にもとなると手が回らない。
 人形に人形をメンテナンスさせることも出来るが、自分のために動いてくれているのだからなるべく自分の手で直してあげたい。
 しかし、魔法の指輪の中は時間が停止したと同じような状態。
 劣化もせずに保管して置ける。

「そうと決まれば……」

 領地なので開拓をしなくてはならないのだろうが、レオとしては現状で満足している。
 しかし、開拓をしたいという思いもあったため、これでその考えを行動に移すことができる道筋が見えて来た。
 多くの木製人形を作り、スキルで発動させ、指輪の中で待機してもらえば、もしもの時には指輪から出して対応してもらえる。
 これは色々なことで利用できる。
 肉や素材と同様に考えていた問題が解決したレオは朝食を食べた後、これまで以上に人形作りに精を出したのだった。

「えっ? 手に入ったのですか?」

「はい……」

 いつも通り、アルヴァロが週1の訪問に来た。
 魔法の指輪の実験で、レオはスキルで動かした人形たちによる開拓を計画した。
 それによって、人形たちを収納する専用の魔法の指輪がもう一つ必要になった。
 それをアルヴァロに言って、指輪の値段を調べて来てもらうことにしたのだが、今週きたアルヴァロから新しい魔法の指輪を渡された。
 前に貰った魔法の指輪よりも容量が多い、かなりの大金を必要とするような魔法の指輪だ。
 手に入れられたのはありがたいが、購入を計画して1週間で手に入れられるほど、レオにもアルヴァロにも資金はないはずだ。
 どうやって手に入れたのか疑問に思って問いかけると、アルヴァロも答えにくそうに返事をした。

「お金は……?」

「それが、先週いつも通り坊ちゃんから渡された魔石なんかをギルドに持って行ったんですが、そこでギルマスに呼び止められやして……」

「ギルマスに……?」

 元々漁師として魚をギルドで換金していたので、アルヴァロはギルドに登録していた。
 販売ルートなんか持っていないので、アルヴァロは当然レオから渡された魔石や素材などを、これまでギルドで換金していた。
 先週もレオから渡されたその日に換金に行ったのだが、そこでギルドマスターと何かあったらしい。

「ギルマスは、漁師の俺が毎週ごっそり素材を持ってくるのを気になっていたらしいんでさ……」

 素材の受付場は他の冒険者に見られることはないので、特に違和感を持たれることはないだろう。
 しかし、ギルドの職員の方は、急に毎週多くの魔物の素材を持ってくるようになった者がいれば、確かに理由を聞きたくなってもおかしくない。
 ただ、ギルドのトップが出てくるとは思わなかった。

「その事でギルマスと話すことになりまして……」

「僕とのことを話したのですか?」

「えぇ、坊ちゃんに聞かずに、勝手に教えちまってすいやせん!」

 アルヴァロが住んでいるオヴェストコリナの町のギルマスには会ったことはないが、資金集めでギルドに顔を出していた関係上仕事のできる人間だと耳に入っている。
 魔法の指輪を手に入れてからまだ1か月しか経っていないのに、アルヴァロに目を付けるとは、噂は本当だったのかもしれない。 

「構わないですよ。知られたところで特に問題ないですから……」

「ありがとうございやす」

 別に隠していることでもないし、特に知られたところで何か問題が起きるとは思えない。
 なので、ギルマスに話してしまったからと言って文句を言うつもりはない。
 レオはあっさりとアルヴァロの謝罪を受け入れた。

「それで話したらギルド長が坊ちゃんに協力を申し出てくれやして……」

「えっ? ……ということは、これはギルマスがくれたのですか?」

「えぇ……」

 話の流れでなんとなく気付いていたが、魔法の指輪はギルマスが譲ってくれたものらしい。
 しかし、何で協力を申し出てくれたのかが疑問だが、欲しかったのでありがたくもらっておこう。

「指輪の代金は、少しの利子付きで毎回素材の販売価格から引かれるらしいです」

「ですよね……」

 ギルマスが何を目的として指輪をくれたのかと思っていたが、くれたのではなくて代金を立て替えてくれていただけのようだ。

「しかも、坊ちゃんから大量の素材を受け取るために、俺にも同じ容量の魔法の指輪を渡されました」

「……長い返済になりそうですね?」

「そうっすね……」

 これまで以上の魔物を保管できるようになったことで収入が増えるのはありがたいが、この指輪の価格を考えると結構な期間指輪の代金を払わないといけないことになる。
 しかも、レオだけ容量の多い指輪を持っていても、アルヴァロが町までその分の素材を持って帰れるとは思えない。
 当然アルヴァロ用の指輪も必要となる。
 そこの所、ギルマスもちゃんと考えていたらしく、アルヴァロにも同量の収納ができる指輪をくれたらしい。
 これまでが小部屋程度の容量だったが、今回は一般家庭の家と同程度の容量が入れられるそうだが、当然金額もその分何倍にもなる。
 それが2つとなると、どれだけの期間返済にかかるか分かったものではない。
 容量が増えた分だけ収入の金額が増えるが、それでも結構な金額を持って行かれることになるだろう。
 金額返済のことを考えると、何だか2人とも気分が重くなった。

「もしかして、これが狙いなのかな……」

「えぇ、俺もそう思えてきました……」

 高額な魔法の指輪を2つも提供して、ギルマス、というよりギルドに何のメリットがあるのか分からなかった。
 しかし、これで大量の素材を定期的に手に入れられると考えると、ギルドとしても信頼を得られる。
 それに、指輪の代金も少しとは言っても利子付きで帰ってくる。
 レオが島に来てまだ数ヵ月程度しか経っていないが、特に無理をしなければ平気そうなのはアルヴァロからの話で分かったのかもしれない。
 ギルマスとしては、それほどリスクのない投資と思ったのだろう。

「開拓は地道におこないますね」

「えぇ、気を付けてくださいやし」

「はい、無理はしません!」

 とりあえず、アルヴァロやギルマスのことを考えると、指輪の金額を返済しないと借金を背負わせることになる。
 面識のないギルマスはともかく、アルヴァロには世話になっているのでそうさせるわけにはいかない。
 容量の多い魔法の指輪が手に入ったのだから、開拓へ向けて進もうかと思っていたが、返済をするまで無理する訳にはいかなくなった。
 家の周りの狭い範囲で過ごしている分には危険も少ない。
 なので、しばらくこれまで通りの生活をおこなうしかないようだ。
 元々指輪を手に入れるまでの時間はそうするつもりだったので、予定が変わる訳ではない。
 結局レオの生活は変わらずこのまま続くようだ。





◆◆◆◆◆

 レオが与えられた領地へ着いた頃に戻る。
 危険な地へ行くように仕向けたレオの父であるカロージェロは、息子たちと共に領地における異変の報告を受けていた。

「何っ!? アンデッドが増えている?」

「えぇ、近くの森で増えていっているという話です」

 報告書を持つ執事からの報告に、カロージェロは眉をひそめる。
 最近何故か冒険者がいなくなっているという噂が流れていたが、その原因が判明した。
 それがアンデッドの発生らしい。

「ギルドは何をしている? 魔物の駆除は冒険者の仕事でもあるだろ?」

 ギルドは国のためにある組織ではない。
 しかし、魔物を駆除してくれることから、国としては無駄に兵を動かさなくて済むので重宝している。
 そのギルドが、魔物の発生に対応していないとなると、領主のカロージェロが兵を出さなくてはいけなくなる。
 メリットがあるから置いてやっているという思いが強いため、カロージェロはギルドの職務怠慢だと腹が立ってきた。

「アンデッドは金になりませぬので……」

「おのれ! 卑しい下民共め!!」

 冒険者が町から減っているのは、どうやらアンデッドの発生が原因のようだ。
 魔石以外何の利益もない危険なアンデッドを、依頼も出ていないのに狩るような者はいない。
 こういう場合、領主がギルドに資金を出して依頼するということも可能なのだが、冒険者を下に見ているカロージェロは依頼をすることを嫌がる。

「兵を出しましょう!」

「父上! 我々もお供します!」

「あぁ、仕方ないがそうしよう……」

 ギルドや冒険者には期待できない。
 と言うより、そもそもそれほど期待していない。
 アンデッドを放置しておく訳にもいかないので、レオの兄であるイルミナートとフィオレンツォは出兵を申し出る。
 ギルドに依頼するよりもマシだという思いから、カロージェロはその発言に頷いた。

「兵に出陣の用意をするよう指示を出せ!」

「承りました!」

 出陣することに決めたカロージェロは、執事の男に兵への指示を任せる。
 執事の男は、了承の言葉と共に頭を下げて室内から出て行った。

「何なんだこの数は!?」

 大量のアンデッドが発生したという話を聞いて、レオの父であるカロージェロは息子たちと兵を連れて町から少し離れた森へ向かった。
 しかし、予想していた以上のアンデッドの数にカロージェロは慌てた。

「くそっ!」

「うわっ!」

 たいした数ではないと思っていたから参戦を希望したというのに、高みの見物をするどころか自分たちまで戦うことになったイルミナートとフィオレンツォは顔を歪める。
 2人とも王都の学園を卒業しているので、剣術の訓練などは受けている。
 しかし、はっきり言って2人とも凡庸な才しか持っておらず、スキルの剣術も卒業間近で手に入れたに過ぎない。
 多くの貴族が持つ剣術のスキルも、努力の差により強さも異なる。
 領地で好き勝手に暮らしている2人には、大量の魔物の相手は手に余る。
 1体を相手にすることに精一杯で、役に立っているか怪しいところだ。

「イル! フィオ!」

 息子たちよりかはまだ剣の腕があるカロージェロは、息子の2人が危険な目に遭っていることに心が乱れる。
 このままでは2人が大きな怪我を負ってしまいかねない。

「くそっ! チェルソ! 我々は少し後退する。魔物の相手は任せるぞ!」

「なっ!? カロージェロ様!!」

 兵隊長のチェルソに一声かけると、カロージェロは息子二人を連れて戦場から離れていった。
 猫の手も借りたいという時にトップが早々に後退するなど、兵たちの士気に関わる。
 チェルソが慌てるのも無理なく、案の定、兵たちも離れて行くトップの背中に驚きが隠せず、多くの者がその隙に怪我を負ってしまった。

「クッ! 全員自分の目の前のアンデッドに集中しろ!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 チェルソの言葉に兵たちが返事をする。
 数が多いがなんとか兵たちはアンデッドを倒せている。
 息子が危険だからと言っても、このままいけば勝てるという時に逃げて兵の士気を下げるなんて余計なことをしてくれる。
 仕える身とは言っても、カロージェロの勝手なおこないに、チェルソは歯ぎしりをする思いだった。




「ギルドは何をしていた!!」

「……何とは?」

 アンデッドの討伐はその後、領兵たちの奮闘により制圧することができた。
 しかし、結構の数の兵が負傷し、同じようなことがあった場合、出兵することは難しい状況になってしまった。
 治療代などを考えると、バカにならない出費になってしまう。
 こんなことになった怒りが収まらないカロージェロは、自領のギルドマスターを呼びつけて文句を言いだした。
 しかし、それに対し、呼び出されたギルドマスターは冷静な表情で首を傾げた。

「アンデッドが出現したのは、冒険者どもが魔物の処理を怠ったからではないか!?」

「それはあり得ません。冒険者にとってもアンデッドは危険なのは変わりありません。きちんと入会時に焼却処分するように言っています!」

 アンデッドの多くは、生物の死体に魔素が溜まることによって発生する魔物と言われている。
 それもあって、冒険者には入会時に焼却処分をきちんとするように説明している。
 冒険者以外なら仕方ないにしても、冒険者で魔物の討伐依頼を受けるような者が焼却処理しないということは考えられない。

「そもそも何故、冒険者どもにアンデッドの討伐をさせなかった!!」

 アンデッドが出現したということは少し前には情報として入っていた疑いがある。
 冒険者が減っていたのも、その情報が流れたことが原因のはずだ。

「これは異なことを……」

「何っ!?」

「我々ギルドは、依頼を受けて成立している組織です。閣下はギルドへ使いの者を出すことをなさらないのでしょうか? そうなされていれば情報も入っていらしたでしょうし、アンデッド討伐の依頼を出していただければ優先依頼としてことに当たることも可能でしたでしょう」

 魔石くらいしか資金にならないアンデッド討伐の依頼は、冒険者には人気がない。
 そのため、アンデッドに関しての情報はなるべく早くに入手し、討伐依頼を出すのが領主として無難で安価で済ませる手段だ。
 しかし、日頃からギルドや冒険者を良く思っていないカロージェロは、なるべくかかわらないようにしていた。
 時折来ていたギルドからの使者も粗雑に扱った。
 前領主はキチンとしていたのだが、カロ―ジェロは何の利益にもならないと判断したのか領主になってから一度もギルドに足を運んだことがない。
 これまで運良く問題が起きなかっただけで、今回と同じようなことがいつ起こってもおかしくなかった。
 アンデッドの大量発生が問題なのではなく、その情報を早々に手に入れようとすることと、ギルドへ依頼することを怠ったことこそが、兵たちが怪我をした原因と言って良い。
 その怪我も、息子可愛さに避難したカロージェロの行為のせいと言う面も大きい。
 指揮官がいきなり逃げ出すなんて誰も想定していない。
 兵が慌てて怪我を負ったのは必然ともいえる。

「下民の集まりの分際で!!」

「何ですと……!?」

 元々冒険者は職がない人間の救済のために作られた職業だ。
 危険な魔物を相手にすることもあることから、粗野な者も確かに多くいる。
 だからと言って、バカにされる謂れはない。
 大人しく聞いていれば自分のミスを棚に上げた発言ばかりをしてくるカロージェロに、怒りの感情が湧いてきたギルマスの男は思わずカロージェロを睨みつけた。

「何だその目は!? 冒険者など所詮は職にあぶれた品のない猿のやる職ではないか!」

「…………っ!! 失礼します!!」

「ふん!! さっさと帰れ!!」

 伯爵だからと我慢していたが、さすがに猿呼ばわりで限界が来た。
 ここにいては暴れてしまいそうになるのをなんとか堪え、ギルマスは拳を強く握りしめて立ち上がり、カロージェロの前から立ち去っていった。
 カロージェロの方は言い負かしたという思いでもあるのか、満足したように去っていくギルマスの背中へ言葉を吐きつけた。

「おのれ……!!」

 あのままあそこにいてカロージェロを殴ってしまえば、捕まって罰せられる。
 それに、殴るだけではこれまで親切心で遣いを出して粗雑に扱われていたことへの怒りが収まらない。
 そのため、ギルマスの男は少し前から考えていたことを実行に移すことにした。





「カロージェロ様!!」

「何だ?」

 アンデッドの問題が一先ず済んでしばらくした頃、執事の男が突然カロージェロのもとへ姿を現した。
 執事の慌て様に、カロージェロは飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いて問いかける。

「ギルドが領から撤退するとのことです!」

「何っ!? あの男め!!」

 ギルドは国に関わらない存在であり、大きな町の方が仕事は多いため、カロージェロ領地であるのディステ領にもいくつか存在している。
 それらすべてのギルドが、領内から撤退するという話が正式に決まったということが耳に入った。
 職員や登録冒険者には近くの他領地へ移動するように話が通っていたらしい。
 それが行われたのが、カロージェロがギルマスを呼びつけた翌日からだ。
 それが分かったカロージェロは、ギルマスの男の顔を思い浮かべて苦々しい表情へと変わった。

「ふん! 構わん! 魔物の駆除なら一般兵を集めればいい!」

「…………か、かしこまりました!」

 長く仕えていることから、カロージェロの性格はある程度分かっている。
 多くが市民からなるギルドの高ランク冒険者になると、貴族として爵位を与えられる事がある。
 一代限りの名誉爵位の准男爵とは言っても、貴族に変わりはない。
 功をあげても市民に過ぎない者と、生まれながらに貴族の自分では流れている血が違う。
 その歪んだ思いのまま爵位を継いだカロージェロは、同じ貴族扱いになる者を輩出するギルドが気に入らなかった。
 潰せるものなら潰したいと思っていたため、ギルドの撤退もたいしたことではないと判断した。
 主人の指示では仕方がないため、執事の男は黙ってその指示に従うしかなかった。

「確か、奴はファウストとか言ったか? もしも我が領に入ったらその時は斬り捨ててやる!!」

 執事の男が去った部屋でカロージェロはギルマスのことを思い出し、いつかその報いを受けさせてやると歯ぎしりしていた。





◆◆◆◆◆

「釣れた!」

「ニャ!」

 実家の領地でひと悶着起こっていた頃、レオは領地で釣りを楽しんでいた。
 闇猫のクオーレが魚好きなのと、レオ自身も釣りは楽しいので、結構頻度は高い。
 なかなかの大きさの魚が釣れて、レオだけでなく側にいたクオーレも嬉しそうな声をあげた。

「今捌いてあげるからね」

「ニャ~!」

 魚は好きでも骨はいらない。
 なので、レオに調理された魚が特に好きなクオーレは、レオの言葉を受けて甘えるように足にすり寄った。



 実家の領地でアンデッドが発生し、怪我人が出るようなことになったのは、全ては対応に失敗したカロージェロのせいである。
 しかし、そもそも多くの魔物を倒しておいて処理をしなかったのは、

 レオである。

 ロイを使って病弱を改善するために魔物の討伐をおこない、魔石も取らずに放置したのが、時間がかかるはずのアンデッド化する時間が短縮されて大量発生した原因である。
 魔石を取っての放置だったなら、魔素が集まるまでの時間がかかる分、カロージェロも大事になる前に気付けていたかもしれない。
 魔素の集合体ともいえる魔石をそのままにしたため、短期間でのアンデッド化となってしまったのだ。

「はい! どうぞ!」

「ニャ~!」

 実は自分が原因で実家に問題が起きたなどとは今後も知る由もなく、クオーレとほのぼのした時間を楽しむレオだった。