「心当たりがないのですが? どうしてここへ?」

 レオたちのいるヴェントレ島がまだ危険な地だということは、ファウストも分かっているはず。
 それでも市民を送りたいということは、自分と何か関わりがあるのかと思っていた。
 しかし、レオには心当たりがなかったため、どういった理由なのか不思議に思い尋ねた。

「ディステ領と他領へ向かう街道に関所を作ったことで、一時ほどではないが流出は治まっている。しかし、関所なんて作るから更に市民は不安に感じ、他領へ渡ろうとする者が後を絶たないでいるんだ」

 ギルドが撤退したため、代わりに傭兵を雇ったが領兵との関係悪化で治安が悪くなった。
 兵同士の争いも罰を重くすることで少しずつ収まっていったが、いまだに関係は悪いままだ。
 冒険者たちもギルドのある所へ移動しなくてはならなくなり、それに付いて行く市民が相当数いた。
 それによってディステ領に不安を感じた市民も他領へと逃れるようになってしまい、困った領主のカロージェロは関所を作り、市民の流出を無理やり抑えた。
 しかし、その関所の建設が更なる不安を作り出し、市民たちは危険な山道を通って逃れるようになったそうだ。
 最近では、密かに山道を案内するブローカーまで出現する始末になっているらしい。

「他の領も最初は市民が増えて良いことだと思っていたが、段々と受け入れられなくなってきている」

 何もしていないのに市民が増えるのは良いことだが、そうなると逃れてきた市民の住む場所や仕事などが足りなくなってくる。
 そうなると、低所得になりスラムの人口も増加してしまう。
 スラムの人口が増えれば治安の悪化が懸念されるため、どこの領も一気に増えられて困ってきたと言うのが本音なのだそうだ。

「他の領に少しずつ送ってどうにか分散させるため、ここにも送ろうという話になっている」

「そうですか……」

 元々はヴェントレ島もディステ領地だった。
 ならば、ここにも送ってしまおうという思いがあるのだろうか。
 無理やり送って来られると、こっちとしても市民にとっても好ましくない。

「無理強いする訳じゃないぞ。ちゃんとここのことを説明したうえで送るからな」

「それなら、大丈夫ですかね……」

 説明をしても、他に行くことができないから仕方なしにという選択で選ぶ可能性もある。しかし、この島の状況を完全に納得してきてくれるというのは期待しすぎだと思い、レオは目を瞑ることにした。

「今の所フェリーラ領は問題になっていないが、そのうち困ることになるかもしれないからな。できればここの開拓を進めてほしいところだ」

「分かりました。防壁ができたら調査を開始したいと思います」

「無理はせず、気を付けてくれよ」

「はい」

 グラド、ガンデを専属にし、他の人形たちも時折参加させて建築を進めてきた防壁がもう少しで終わる。
 市民を受け入れるにしても、安全が確保できないと安心して招くことができない。
 ガイオたちに加えて、今回腕自慢の者たちも住人になってくれたため、今度は何人かの班に分かれて調査を進めるつもりだ。
 調査を始めるのは良いが、レオにいなくなられるとこんな所なんてすぐにまた無人島に戻ってしまうことになる。
 念のため注意喚起し、ファウストはフェリーラ領へと戻っていった。





◆◆◆◆◆

「炭窯?」

「はい!」

 新しく増えた住民の内、ベネデットという青年がレオに話しかけてきた。
 エレナたちが死んだと思って海賊になったため、ガイオたち海賊狩りとは全く面識もなかったからか、住民同士はあっさりと仲良くなっていった。
 船の整備やドックの改造、それに船を停泊するバースと呼ばれる場所を人工的に造ったりと、船に関係する仕事をしている人間が多い。
 今はそれでも構わないのだが、他にもできる仕事を探してほしいとみんなに頼んでいた。
 ベネデットは海賊に参加する前は炭を作る仕事をしていたらしく、すぐにそれが見つかった。

「ここには色々な樹々が生い茂っているので、冬のことも考えると炭にするのにも良いんじゃないかと……」

「いいね!」

 昔は人が住んでいたらしいが、無人島になってからは手付かずの状態だったため、樹々は密集していたりして生育もまばらだ。
 家の建築に使うにしても、真っすぐ育った樹を選んで伐採している。
 しかし、そうなると、見栄えの悪い樹々ばかりが残ってしまう。
 森は森でもきちんと整備された森の方が景観としては美しい。
 森の整備や景観の調整という意味でも、余計な樹々は伐採してしまった方が良い。
 だが、ただ切って使わないのではもったいないため、そういった樹々を炭にして今年の冬に燃料として備えるのが良いのではないかというのがベネデットの考えだ。
 その炭づくりのために、炭竃を作る許可とそれを作る場所を与えて欲しいということだ。
 食料に関しては、野菜や魔物の肉を塩漬けにして保存食の製造もしているし、もしも足りなくなりそうならアルヴァロに調達してもらうという方法もある。
 しかし、燃料はどれだけ必要になるか分からないので、この島で調達できるのならありがたいと思ったレオは、すぐさまベネデットの意見を採用した。

「さっそく作ろう!」

「はい!」

 炭窯を作るのは、材料となる森に近い場所で、住民の住居がある所からは少しだけ離れている。
 ここなら煙や匂いを気にすることはないだろう。

「石は海岸近くから運べばいいだろう」

 こんな時、容量の多い魔法の指輪は役に立つ。
 海岸の近くには岩がゴロゴロ転がっている場所が存在しているため、そこから沢山運んできた。

「これを積み上げましょう」

「うん」

 持って来た岩をベネデットの指示に従って積み上げていく。
 岩といっても、波で削られて丸い物ばかりだったため、少し砕いたものだ。
 レオも本で見たのである程度分かるが、やはり本職に任せたのが良かったのか、あっという間に窯の形になっていった。

「これを粘土質の土で覆えばいいんだね?」

「はい。お願いします」

 岩の積み上げが済み、後は周囲を粘土質の土で覆って完成という所まで来た。
 そこからは、レオが試してみたい事があるため、任されることになっていた。

「よしっ! ハッ!!」

「おぉ! レオさんは魔法が得意なのですね……」

 集めてきた粘土質の土に魔力を流し、それを積み上げた土に覆うようにイメージする。
 そして【土】の魔法を使って、土を被せていった。
 手作業でやるよりもあっという間にできたことで、ベネデットは驚きながらも感心したように声をあげる。
 住民になったことでレオのスキルも説明を受けて驚いたが、魔法も得意な所を見ると、どうやらレオは多才な人間なのだとベネデットは思うようになっていた。

「魔法はジーノさんに教わっているお陰ですよ」

 魔法を褒められたレオは照れたように謙遜する。
 ジーノに教わってから、なるべく生活の中で使うように心がけるようにしている。
 それもあって、少しずつ上手くなっている気がしていた。
 その努力が褒められたような思いがし、レオは嬉しかった。

「煙突を付けて……」

「木酢液も取れるんだよね?」

「はい」

 木酢液とは、炭を焼いた時に出る水蒸気や煙を冷やして液体にしたものだ。
 薄めると殺虫液としても使えるし、更に薄めたものを土に撒くと土壌改良に使えるので、炭焼きをするついでに採取してもらう。
 そのため、煙突も角度があるのを付けた。
 畑の虫を退治するのは結構面倒なので、出来れば早くできてほしいところだ。

「「完成!」」

 人形たちの手伝いも受けたので、順調に作ることができた。
 後は材料を集めて炭づくりが開始できる。
 炭窯の完成に、レオとベネデットはハイタッチをして喜んだ。