「アゴスティーノ様。コルンバーノ殿がお越しになりました」

「コルが……? 通してくれ」

「畏まりました!」

 シェティウス男爵の邸内において、主となるアゴスティーノ・ディ・シェティウスが執務室で頭を抱えて悩んでいたところ、執事が室内へと入って来た。
 コルンバーノとは、アゴスティーノの昔からの知り合いで、冒険者をしている男性だ。
 ギルドへ依頼をする際などは彼を経由しておこなったりしており、彼個人に仕事を頼んだりするなどアゴスティーノが信頼している相手だ。
 頻繁に邸に顔を出すコルンバーノが来たことを、執事の男性は主へと報告した。

「拝謁叶い感謝いたします。アゴスティーノ様」

「お前と俺の仲だ。そんな堅苦しいのはいい」

「了解しました」

 謁見室に案内されたコルンバーノは、アゴスティーノと会うなり恭しく貴族に対しての礼をおこなう。
 しかし、長い付き合いでもある相手でもあるため、アゴスティーノはコルンバーノへ堅苦しい話し方をするのをやめさせる。
 それを聞いたコルンバーノは、いつものように普通に話すことにした。
 普通にとは言っても相手は貴族なので、敬語による会話だ。

「人払いを願えますか?」

「……分かった。爺……」

「畏まりました!」

 案内された謁見室には3人以外誰もいないが、これから話す内容が広まることは躊躇われるため、コルンバーノは人払いを頼む。
 それに対し、アゴスティーノはそれを受け入れ、すぐに執事にこの部屋付近に人を来させないように手配した。

「……で、用件は?」

「近海で出現している海賊のことです」

「それがどうした?」

 アゴスティーノに問われたコルンバーノは、すぐにここに来た目的となる話を始めた。
 その内容に対し、アゴスティーノは表情を変えずに続きを促した。 

「一部で、あなたが海賊を動かしているという噂が立っています」

「なんのことだ? 証拠はあるのか?」

「いいえ、あなたはそんなミスをするとは思えません」

 アゴスティーノがルイゼン領の前領主であるグイドと仲が良かったのは、貴族内で知っている者は知っている。
 コルンバーノもそのことは知っているため、確かに証拠はないが噂は嘘だとは思っていない。
 ここには自分たちしかいないため、別に否定する必要はないのだが、ことがことだけにアゴスティーノはしらばっくれるつもりのようだ。

「それはおいておきまして……、ムツィオがギルドに海賊討伐を依頼しています」

「……それで?」

 話は少し変わり、コルンバーノは海賊の討伐の話を始める。
 ムツィオのことが嫌いなため、敬称を付けるようなことはしない。
 アゴスティーノとしても、そこを突っ込むような真似をしない。

「証拠はなくても、恐らくムツィオはあなたが海賊を動かしていると思っていることでしょう。しかし、ムツィオはそれを放置している。何故ならあの群島を占拠する理由として利用できるからです」

「そうかもな……」

 他にもグイドと仲の良かったものはいる。
 その者たちが海賊を動かしているという考えも出来なくないが、領地がある位置の関係で一番可能性が高いのはアゴスティーノだ。
 ルイゼン領とシェティウス領は、寄り親と寄り子の関係にある。
 寄り親の足を引っ張るような行為をしておいて、証拠がないからと言ってそのままにされているのはコルンバーノの言った通り、近海に浮かぶ群島が関係している。
 近くの島々を領地と出来れば、近海を通る船に検査を名目に、積み荷を調べるという行為をおこない始めるかもしれない。
 運ばれている荷物から、他の貴族の多くの情報を得られるようになる。
 その情報を利用すれば、上の爵位の者であろうと恐れる必要がなくなるし、なんなら王族すらも利用できるかもしれない。
 ムツィオはそれが狙いなのだろう。

「あそこをムツィオが占拠するようになれば、他の貴族が黙っていないため、内乱が起きるでしょう」

「……なにが言いたい!?」

 コルンバーノは淡々と話を続ける。
 海賊の存在が、ムツィオに有利に働いてしまっているというかのように。
 話が続くにつれ、アゴスティーノは段々とイラ立つ様な表情へと変わっていく。
 他の人間が相手なら、表情を変えることはなかっただろうが、コルンバーノが相手だからこそ表情に出てしまったのかもしれない。
 これでは自分と海賊が関係していることを認めているかのようだ。
 事実、アゴスティーノが頭を抱えていたのもこの問題だった。
 ムツィオの評価を下げるためにおこない始めた、海賊によるルイゼン領へ運ばれる荷物の略奪行為。
 それが逆に利用される形になっていることに、腸が煮えくり返るような思いをしていたのだ。

「海賊を逃がすべきです! 島から海賊がいなくなれば、占拠理由はなくなります」

「……逃がす? しかし、どこへ……」

 グイドの死のことも怪しいし、エレナを死なせたムツィオが憎いが、今はここで手を引くしかない。
 そのため、海賊を逃がすことはそれほど難しくない。
 他の港へ向かう船に偽装すれば済む話だ。
 しかし、近隣の他領へ送ろうにも、ムツィオ派もいれば反ムツィオ派もいる。
 グイドの暗殺疑惑もあるムツィオだが、伯爵という地位のうえ証拠がないのでは敵対関係になる訳もいかない。
 反ムツィオ派であろうと、後々海賊を請け負ったと知られたら面倒なことになりかねないため、受け入れてくれるとは思えない。
 逃がすにも受け入れてくれるところがなければ、自分との係わりを突き止められてしまう。
 その場所がないのが悩みどころだ。

「これを、お読みください」

「何だ? っ!! セバス殿!? こっちは……エレナ嬢!! 本物なのか!?」

 待っていましたと言わんばかりにコルンバーノから手渡された手紙を受け取り、差出人の名前を見たアゴスティーノは目を見開いた。
 海難事故で死んだと思われていたエレナとセバスティアーノの名前が書かれていたからだ。

「以前セバス殿から届いた書状はありますか? 筆跡鑑定すれば本物だと分かるかと……」

「ちょっと待ってくれ! たしか……あった!」

 信用するコルンバーノが持って来たとは言っても、当然アゴスティーノは本物か疑わしく思う。
 それを、ファウストから受けていた情報通り、コルンバーノは筆跡鑑定をするように促す。

「……恐らく本物だ! そうなると、このエレナ嬢の手紙も……」

「俺が見た訳ではないですが、これを送ってきた知り合いのファウストという元ギルドマスターが保証すると言っていました。信用できる手紙だと思います」

「……そうか。エレナ嬢は生きていたか……」

 こんな時、執務室を整理できていない自分を褒めたいところだ。
 色々な書類が積み重なった執務室の机から、捨てずにいたセバスからの書状を取ってきて見比べたアゴスティーノは、肩の力が一気に抜けた。
 エレナの生存にホッとした思いになったからだ。
 ムツィオへの怒りもその間だけは忘れるほどだ。
 コルンバーノの補足もあり、アゴスティーノはこの手紙を信用することにした。

「今エレナ様が住んでいる所の領主は、海賊を領民として受け入れてくれると言っているらしいです。後は海賊を偽装させて逃がせば済む話です」

「彼らもエレナ嬢がいると分かれば従ってくれる。すぐにお前の言う通りにしよう!」

「ありがとうございます」

 アゴスティーノが動かしていた海賊の連中は、元はフラヴィオとグイドを慕っていた者たちばかりだ。
 自分と同じく、ムツィオへの怒りで彼らも動いていたため、エレナの生存で怒りを抑えることができるだろう。
 ムツィオの野心も阻止できることだし、一石二鳥と言ってもいい。
 アゴスティーノはすぐさま海賊の者たちを逃がすことを決意した。

「レオポルドか……。神とその領主に感謝しないとな……」

 エレナを匿っている領主のレオポルドという名前は聞いたこともないが、今回は本当に助けられた。
 この名前を忘れる訳にはいかないと思いつつ、エレナの無事を神に感謝したアゴスティーノだった。