「確かにこの文字は大和のものじゃが、よく知っておったのう?」

「母の故郷なものでして……」

 やはりレオが思った通り、ジーノが砂に書いたのは大和皇国の文字だった。
 遠く離れた西の国の文字のことを知っていることを意外に思い、ジーノは感心したように問いかけた。
 母の故郷というだけではないが、大和皇国のことは興味が尽きない。
 そのため、出来る限り大和の情報を得ようとしたものだ。
 本による断片的な知識でしかないが、少しなら大和の文字も覚えている。

「そうか……、道理でお主の黒髪黒目が大和の国の者たちに似ていると思ったわい」

「やっぱりそうですか?」

 本にも書かれていたが、大和の人々は黒髪黒目をした特徴を持つ人種だという話だ。
 自分の容姿で、母と同じ髪と目の色をしているのが自慢のレオは、大和の人間に似ていると言われて嬉しくなる。
 嫌いな父や兄たちとは違うと思えるからだ。

「大和を知っておるなら、話が早い。これは大和の使用する文字の一種で、カンジというものじゃ」

「はい」

 レオが知っていたことで、細かい説明をする時間が省かれる。
 そのため、ジーノは確認の意味で簡単に説明を始めた。
 レオも自分の知識の正誤を確認するように聞き入る。

「それで、これは“ヒ”というものじゃ」

「“ヒ”……これでたしか火を意味するんでしたっけ?」

「その通りじゃ!」

 先程砂に書いた文字を杖で指し、ジーノは文字の読み方を説明する。
 それに続き、レオは文字の意味を確認した。

「でも、どうして大和の文字で魔法の威力が上がるのでしょう?」

「原理はわしにも分からん。大和の文字と魔法の親和性が高いのかもしれないのう……」

 大和の文字と共にイメージすると、魔法の威力が上がるというのは分かった。
 しかし、そうなる理由がよく分からないため、レオは首を傾げる。
 特殊な大和の文化が関係しているのか、それとも他に理由があるのだろうか。
 色々と疑問が頭に浮かんでくるが、教えているジーノですら原因は分からないのでは追及のしようが無い。
 
「実際、大和の者たちは魔法の威力が高い者ばかりじゃった」

「へぇ~……、行ったことがあるのですね? 羨ましいです」

 他の国と比べてみても、大和の人間の魔力が多いわけではない。
 それでも威力の差が生じているのは明らかだ。
 その差が気になり、ジーノは大和に学びに行ったそうだ。
 領主という立場だし、ここの開拓もまだまだの今では他国へ行ってみるなんてことができないため、レオとしては羨ましい限りだ。
 
「では、これを踏まえて実際に魔法を撃ってみるのじゃ!」

「はいっ!」

 漢字の形と意味の理解ができたなら、後は実際に試してみるしかない。
 レオとしては、ただ意識を少し変えるだけでしかないため、本当に威力が上がるのか不安に思える。
 しかし、実際ジーノの魔法の威力を見ているので、期待値の方が高い。
 言われた通り魔法を撃ってみるために、レオは海岸に向けた右手に魔力を集め始めた。

「【火】!」

“バンッ!!”

 レオの右手から発射された火の魔法は、大きな音を立てて爆発した。
 説明を受ける前と比べると、明らかに威力が上昇したのが分かる。

「すごい! さっきより威力が上がった!」

 すぐに結果として現れたことで、レオは嬉しそうに自分の右手を眺めた。
 決して特殊な訓練をしたわけではない。
 それなのに、こんなに違うのかと思うと驚きが隠せない。

「うむ! しかし予想より弱いのう……」

「えっ? そうですか?」

 威力的には、ゴブリン程度なら怪我を負わせることができると思える。
 これまで驚かす程度でしかなかったことから比べれば、かなりの進歩だ。
 しかし、今の威力でも驚きのレオとは違い、ジーノとしては少し物足りない威力だったようだ。
 そのことが信じられず、レオは威力上昇の方からジーノの納得いっていない呟きの方に驚きが移行した。

「この文字を思い浮かべる時、どういう順序で描いた?」

「順序? え~と……、こう書いて、ちょんちょんと……」

 順序と言われても困ってしまう。
 ただジーノが砂に書いた大和の文字を、同じ形になるように思い浮かべただけだ。
 強いて言うならと、レオはさっきのことを思いだしながら、頭に思い浮かべた文字の順序を砂に書いていった。
 レオが書いた順序は、人というのを書いてから、左右の点といった感じだ。

「原因はそれじゃな。この漢字という文字には、正式な書き順というものが存在している」

「へぇ~……」

 レオの書き順を見て、ジーノはすぐにさっき威力不足の原因を突き止めた。
 ただ大和の文字を浮かべただけでも威力が上がったが、その文字を正確にイメージするとなると書き順までもが影響してくるらしい。

「“ヒ”の文字の場合、この順で書くのじゃ!」

 そう言って、ジーノはもう一度レオへ説明をするため、砂へ文字を書いていった。
 ジーノが書いたのは左、右と点を書いた後、人という順序で書いた。
 これが正式な書き順らしい。

「これも念頭に置きながら、もう一度撃って見ろ!」

「はいっ!」

 書き順までも重要だと思っていなかったが、今度はジーノの納得できるような魔法を放とうと、レオはもう一度魔力を右手に集める。
 今度は書き順を間違えず、漢字を頭に思い浮かべる。

「【火】!」

“ドンッ!!”

 飛んで行った魔法は、先程よりもさらに威力が上がり、大きな音共に爆発を起こした。
 その余波によってなのか、海岸に流れ着く波が僅かに強くなったようにも思える。

「……す、すごい!」

「良い威力じゃ! 教えてすぐにこれなら充分合格じゃ!」

 たった数分でここまでの威力が上がったことで、レオは嬉しくて震えてきた。
 これほどの威力なら、開拓をする際に魔物に遭遇した時、戦うにしても逃げるにしても、身を守るためにかなり役に立つはずだ。
 もちろんそんなことない方が良いが、ちょっと調べただけでオーガが出るような島だ。
 この島でそんな考えをしているほどレオは楽観的ではない。

「でも、ジーノさんより弱いですね……」

 充分な威力が出せるようになっただけでもうれしいが、レオは同じイメージをしているのにジーノと威力に差があるのが気になってきた。
 魔物からの安全を確保するにはどうしても欲が出てしまう。

「当たり前じゃ! ワシが何年魔法を扱ってきたと思っておる?」

「すいません!」

 欲張りだとは思いつつも呟いたレオの言葉に、ジーノは呆れも混じったように語気を強める。
 大和の文字を思い浮かべるというだけで威力に変化が起きたように、魔法とは奥が深いものだ。
 しかし、240年以上生きているエルフが積み重ねてきたものが、いくら何でも一瞬で抜かれる訳がない。
そのことに思い至ったレオは、すぐさま頭を下げた。 

「毎日魔力のコントロールを訓練したりと、威力の上昇は積み重ねが大事じゃ!」

「はいっ! 分かりました!」

 レオは1人で基礎訓練を真面目にしていたようなので、ジーノとしてはここまでの威力の上昇は予想通り。
 ここからもっと上を目指すなら、地味な訓練を重ねて技術を上げないとならない。

「ジーノさん! 他にも大和の文字を教えてください!」

「分かった。しかし、少し休憩じゃ。お主魔力を込めすぎじゃ!」

「うっ! そう言えば……」

 火の魔法は、元々レオも文字を知っていたのもあってすぐに使えるようになった。
 色々な種類の魔法を使えるようになりたいと思ったレオは、他の魔法の指導をジーノにお願いした。
 しかし、ジーノに言われて、ようやく自分の疲労感に気が付いた。
 強い魔法を放とうと思っていたため、必要以上に魔力を使い過ぎた。
 しかも、それが魔法に使われたのではなく、ただ無駄に空気中に放出してしまった状態だ。
 ジーノの言うコントロールの積み重ねとは、このことを言っているのだ。
 いかに無駄なく自分の魔力を使用するかというのが、戦闘で使用する時に重要になってくるからだ。
 今のレオのように、無駄に使い過ぎて魔力を消費すると、疲労感が一気に襲って来るようになる。
 最悪の場合、敵の前で気を失うなんてこともあり得る。
 疲労を感じたレオは、ジーノの言うように海岸に座ってしばらく休憩することにした。