「何だろ? あの船……」

「こっちに向かって来ているな……」

 いつものように平凡に過ごしていると、いつもとは違うことが起きた。
 一隻の帆船がこの島に向かって来ているのが見えたのだ。
 4日前にエドモンドがきたばかりで、アルヴァロが来るには3日早い。
 船の大きさも形も違うし、明らかにアルヴァロではない。

「念のため用心しましょう!」

「あぁ……」

 船は2、3人しか乗れなさそうな船で、見た感じでは1人しか乗っていない。
 しかし、予定外の来訪者のため、最初に発見したドナートとヴィートと共に、レオは向かって来る船の乗員に警戒心を強めた。

「フ~……、なかなかしんどい船旅じゃったわい」

 船が島に近付いてくると、その乗員の姿が見えてきた。
 なんとなく、船から降りることすら危険に見える老人の姿が確認できた。
 ドナートたちの協力もあってどうにか海岸に辿りついた老人は、一息ついて座り込んだ。

「……おじいさん。どうしてこの島へ?」

 一息ついている老人に、レオは心配そうに問いかける。
 この島は魔物が多いことで有名で、老人が1人で来るような土地ではない。
 失礼ながら、まさか痴呆のせいでここまで来たのではないだろうかという思いも浮かんで来る。

「お前さんがレオポルドかい?」

「……はい」

 自分の名前を知っている所を見ると、どうやら痴呆による来訪ではないようで少し安心したが、レオはこの老人に会ったことなど無い。
 そのため、どうして自分のことを知っているのか不思議に思える。

「ファウストの小僧から聞いたんじゃ!」

「ファウストさんから……」

 レオの疑問はすぐに解消された。
 どうやらエドモンド同様に、ファウストと関係がある老人のようだ。
 しかし、50代後半のファウストを小僧呼ばわりしているとなるとおかしく思えるが、その老人の耳を見てそれもしょうがないかとすぐに思うようになった。
 その老人の耳は長く、先が尖っていて、いわゆるエルフと呼ばれる人種だ。
 長命な種族で有名だが、その老人となると相当な年齢になっていることだろう。
 人間の50代なんて、子供と大差ないと思えるのも仕方がない。

「何でも、面白い能力を持っているとか?」

「面白いかは分かりませんが、珍しいとはよく言われます」

 どうやら目当てはレオの能力らしい。
 しかし、それなら数日待ってアルヴァロに送ってもらえばよかったのに、結構アグレッシブな老人のようだ。

「ここに住むなら連れて来てやると言われたんじゃが、本当かのう?」

「えっ? 住民になってくれるということでしょうか?」

「あぁ、そうじゃ」

 別に若い人だけしか求めている訳でもないので、住人が増えるのはありがたい。
 しかし、どんな種族であっても、老人が余生を過ごすには、この島は適した環境とは言えない。
 住んでくれるのはありがたいが、ここでなくてもいい気がする。

「やっぱりジーノのじいさんか……」

「お知り合いですか?」

「あぁ……」

 海岸で話をしていたレオの所に、エドモンドが姿を現し呟いた。
 どうやら知り合いのようだ。 

「おぉ、エドモンド! 置いて行くなんてひどいのう……」

「来んのが遅えから先に来たんだよ」

 エドモンドから話を聞くと、このジーノというエルフの老人は、本当はエドモンドと共に4日前に一緒に来る予定だったらしい。
 しかし、隣町からジーノが来るのを待っていたら、来る途中雨による土砂崩れで道が閉ざされ、遠回りすることになって間に合わなかったそうだ。
 しょうがないので、エドモンドだけ先にこの島へ向かうことになったとのことだ。

「それにしても、1人で来るなんて、相変わらず無茶苦茶なジジイだな……」

「ホホ……、帆に風送ればこの島までなんてたいしたことないわ!」

 レオたちも無茶する老人だと思っていたが、やはり思った通りのようだ。
 ファウストと付き合いの長いエドモンドなら、その無茶苦茶を何度も見てきたのだろう。
 呆れたようにジーノを見つめる。
 知り合いのエドモンドがいるからだろうか、さっきはしんどいとか言っていたのに、もう強がったことを言っている。
 レオはそれにツッコミを入れようかとも思ったが、色々聞きたい事があるのでスルーすることにした。

「エドモンドさんよ! このエルフの爺さんなにかできんのか?」

「魔法が使える。しかもかなりのものだ……」

「魔法って……」

 ここに住む、住まないはレオが決めればいいと思っているので、ドナートとしても別に止めるようなことはしないが、タダ飯ぐらいは困ってしまう。
 食料に関しては一応大丈夫ではあるが、ただ余生を過ごすだけなら危険なので他へ行った方が良い。
 そう思ってエドモンドに問いかけると、返ってきたのが魔法と聞いて、鼻で笑ってしまう。
 魔法なんて生活することに使う分には役に立つが、戦闘面では役に立たないことが多い。
 宮廷魔導士になれるほどの実力者でもない限り、別に必要ない能力だ。

「ホッ!!」

“ドンッ!!”

「…………えっ?」

 鼻で笑ったドナートを見たジーノは、持っていた杖を海へ向けると魔法を発動させた。
 遠くまで飛んで行った火の玉は、大きな音と共に爆発して海の水を高くまで吹き飛ばした。
 もしも攻撃として自分に放たれた時の事を考え、ドナートは言葉を失う。
 ドナートだけでなく、レオとヴィートも目を見開いた。

「ワシが教えれば、これ位の威力が出せるようになれるかもしれんぞ?」

「本当ですか!?」

「あぁ」

 先程のような魔法を使って戦えるようになれば、魔物を相手にするのにもかなり役に立つはず。
 そうなると、開拓を進めるうえでも少しは楽になるはずだ。
 自分も同じように魔法を使えるようになるかもしれないということに、レオは一気にテンションが上がった。

「ただ、ワシの魔法は特殊じゃから、誰もがという訳にはいかんかもしれんがのう……」

「……それでもいいです!」

 誰でもという訳でもないという言葉に、レオはちょっと不安になる。
 自分が使えるようになるとは限らないからだ。
 だが、結局は誰も使えるようにならなかったとしても、ジーノにいてもらうことは今後に役に立つかもしれない。
 これからここに住んでくれるという人間が来てくれた時、その者がジーノの魔法を受け継げるかもしれないからだ。
 これだけの魔法が使えるような人間は、そうそう捕まえることなんてできないだろう。
 知り合いとはいえ、勧誘したファウストはかなりのものだと感心する。
 本人が住んでもいいと言うのだから、レオはジーノを受け入れることにした。

「さっきの帆に風を送るって言うのも魔法ですか?」

「そうじゃ!」

 小さい船で魔道具による動力もないのにもかかわらず、よくこの島まで来たものだと思ったが、どうやら思った通り魔法によって速度を上げていたようだ。
 それにしても、長い間魔法を放つことになり、かなりの魔力を必要とするはずだ。
 エルフは魔力が生まれつき多いというが、それでも大変なように思える。

「エルフもこの年まで生きてりゃ、バケモンにもなるわな……」

「すんげえじいさんだな……」

 先程の魔法に驚いていたドナートとヴィートは、思わず小さく呟いた。
 内容は結構失礼な感じだが、レオもあながち否定できない。
 それだけの魔法の威力だったからだ。

「ようこそ!! ジーノさん!!」

「ホッホ……、よろしくの!」

 他に魔法をどれだけ使えるのかは分からないが、ジーノなら多少の魔物ならあっさりと倒せる事だろう。
 自分の身を守れるなら老人だろうと関係ないため、レオはジーノと握手を交わして歓迎したのだった。