「彼の名前はエドモンドだ!」

「……よろしく」

 アルヴァロの船で送ってもらい、ファウストは1人の男性を連れてきた。
 海岸に下りた彼は、170cm程度のレオと同じくらいの身長をしてはいるが、その全身はずんぐりむっくりとしている。
 ファウストに紹介されたエドモンドという男性は、仕方なくといった感じでレオに挨拶をしてきた。

「初めましてレオポルドと申します。爵位はないのでレオと呼んでください」

「あぁ……」

 まだまだ危険なこの島にわざわざ来てくれたエドモンドに、レオは右手を差し出して握手を求める。
 レオが出した手に、エドモンドは渋々といった感じで応じてきた。

「エドモンドさんは、ドワーフの方ですよね?」

「あぁ……」

 あまり話そうとしてこない態度は気になるが、レオは気にせず話しかける。
 しかし、やはり素っ気ない感じでしか返事をしてくれない。
 だが、体型を見て思っていた通り、彼はドワーフという種族の人間で間違いないようだ。
 海岸で話していても仕方がないので、レオは彼のことを聞くため、ファウストとアルヴァロと共にエドモンドを家へと招待することにした。

「彼には酒造りに協力してもらおうと思って連れてきた」

「やっぱり! ドワーフのお酒造りは有名ですよね」

 思っていた通りだが、やはり頼んでいた酒造りの職人としてファウストはエドモンドを連れて来てくれたようだ。
 ドワーフは物作りが得意な種族で、特に鍛冶の技術は高い能力を持っている。
 そして、酒好きが多いこともあり、酒造りも得意な人間が多い。
 世界的にも有名な種族なので、求めていた人材としてはかなり期待できる。
 島のみんなも喜んでくれると思い、レオとしても嬉しい限りだ。

「流石ファウストさん! 元ギルマスだけありますね!」

「まぁな……」

 ドワーフという種族は気に入った地でずっと暮らすことが多いので、どこの町にでもいるという訳ではない。
 ドワーフ自ら新しい鍛冶の技術を求めたり、珍しい酒があるとか言うことでもない限り、呼び寄せることは困難な種族だ。
 この島にはその両方がないにもかかわらず連れてくることができるなんて、レオは人脈の広さと深さに尊敬したような目でファウストを見た。
 しかし、ファウストはちょっと複雑そうな表情をして、レオの評価に答えを返す。

「まぁ、分かっていると思うが、こいつは訳ありでな……」

「……左腕ですか?」

「あぁ……」

 ファウストが言いにくそうにしている理由は分かる。
 エドモンドの左腕は肘から先がないからだ。
 レオも最初から気になっていたことだが、聞いていいものか分からずそのままスルーしていた。

「こいつは酒造りも得意だが、本来は鍛冶の方が得意だったんだ」

「へぇ~……」

 別に不思議なことはない。
 鍛冶をしているドワーフが、趣味で酒造りをするというのはよくあることで、その逆も然(しか)りだ。

「王都で弟子を何人も育てていたし、結構有名な奴だった。俺も昔は武器を作ってもらったりしていたんだが……」

 ファウストが冒険者をしていた時に知り合い、お互いペーペーだった頃からの付き合いらしい。
 エドモンドの最初の常連客がファウストで、武器や防具を作ってもらうために、何度も店に行っていたことで仲良くなり、エドモンドが造った酒を飲んで話し合うことも多かったそうだ。
 次第に2人とも年月を経て、仲間の引退と共にファウストはギルドで働くようになり、ディステ領のギルドマスターへとなった。
 その頃には王都のエドモンドの店も繁盛しており、弟子を育てるようになっていた。

「それが数年前、ある馬鹿貴族と揉めて、エドモンドは腕を斬り落とされたんだ……」

 数年前、評判を聞きつけた貴族が店に現れ、エドモンドに自分用の剣の製作を依頼してきた。
 多くの依頼者が自分の下へ来るため、エドモンドは相手が誰であろうと、自分の目でその実力を見定めてから仕事を受けることにしていた。
 まだ実力がいまいちだという者には、弟子の誰かに作らせるようにしていた。
 その貴族は、いまいちどころかたいしたことない腕をしており、新人の練習台が良いところだった。
 しかし、その貴族は実力を棚に上げてエドモンドの剣を欲しがり、頑として譲らない態度をとってきた。
 有名なエドモンドが作った武器を持てば、箔が付くとでも思っていたのだろう。
 最初はやんわりと断りを入れていたのだが、あまりにもしつこいのでエドモンドははっきりと実力不足だということを告げてしまった。
 それに腹を立てた貴族が、不敬としてエドモンドの腕を斬り落としたのだそうだ。

「なんて奴だ!!」

「レオ様……」

「んっ? 何、ベンさん……」

 エドモンドの過去をファウストが話してくれていた途中だが、レオはその内容に怒りが込み上げてきた。
 何の落ち度もないのに、どうしてエドモンドが斬られなければならないのだ。
 自分も元は貴族の子だが、そんなのが貴族を名乗っているのが不愉快でならない。
 机を叩いて怒りを露わにしたレオに対し、側にいたベンヴェヌートはどことなく言いにくそうな表情でレオの肩へ手を置く。

「それはイルミナート様です……」

「………………えっ? そ、そうなんだ……」

 ベンからその馬鹿貴族の名前を聞き、レオは少し間をおいて反応した。
 立ち上がったことを反省するかのように、レオは居住まいを正した。 
 腹違いとは言っても、よりにもよって自分の兄がそんなことをおこなっているとは思いもよらなかった。
 長男のイルミナートは、レオは存在しない者とでも言うかのように無関心だった。
 それはそれで悲しかったが、食事を巻き散らしたりして暴言を吐いてくる次男のフィオレンツォの方がレオとしてはきつかったため、まだその方が助かったという思いがする。
 そのせいか、レオは兄弟でもイルミナートがどんな人間なのかよく分からなかったが、どうやら次男同様にふざけた性格をしていたようだ。

「王都の学園に通っている時のことです」

「……そ、そうですか」

 ベッドで横になっていることは多かったが、兄たちが学園に通っていた時は、レオにとっては平穏な日々だったが、王都では鍛冶師への斬りつけ事件として有名で、父のカロージェロが貴族の権限を駆使して無理やり噂を抑え込んだという話だ。
 まさかそんなことが起こっていたなんて、レオは知りもしなかった。

「兄が申し訳ありません」

 今では関わりがないとは言っても、イルミナートは一応血のつながっている兄だ。
 命の次に大事ともいえる鍛冶師の腕を斬り落とすなんて、牢屋に入れて奴隷送りにしてもらいたかった。
 自分は関係ないと言っても、エドモンドからしたら自分の腕を斬り落とした大嫌いな貴族の弟だ。
 エドモンドのそっけない態度の意味が分かり、レオはすぐさま頭を下げた。

「こいつが面白い奴がいると言うから来たら、船に乗ってからあの野郎の弟だと聞いて不愉快極まりない」

「…………えっ?」

「そうでもしないと来ないと思ってな……」

 エドモンドの言葉を聞いて、レオはファウストを見つめる。
 どうやら、イルミナートの弟だということを隠して船に乗せたそうだ。
 引き返そうにも海の上ではどうしようもなく、そのままここまでついてきたそうだ。
 エドモンドが不機嫌なのはそれも原因なのではないだろうか。
 言い訳をさせてもらえば、昔からの関係で最初から説明していたら連れてくることはできないと判断していた。
 そのため、ファウストはそのような強硬手段に出たということだ。

「しかし、こんな所に送られている所を見ると、お前もあの家に迷惑を受けた口(くち)なんだろう。ここまで来ておいて帰るのは性に合わん。まずはお前を見極めるために居残らせてもらう」

「えぇ、全然構いませんよ」

 まずは相手を見て決める。
 それは鍛冶師としてずっとおこなってきたことだ。
 例えそれがどんな相手でも同じこと。
 その軸を曲げるのは、鍛冶師というより人としてできない。
 ドワーフのいい意味でも悪い意味でも頑固な部分が、この場合はレオにとって好機となった。
 自信があるとは言わないが、イルミナートよりかは全然マシだ。
後は自分を見て決めてもらうしかないため、レオはエドモンドの居住を受け入れることにした。