「あそこがヴェントレ島か……」

 ディステ家を出てから2ヶ月もの時間がかかり、ようやく目的地であるヴェントレ島が見える所まで近付いた。
 すんなり行けば10日で着くような距離なのだが、だいぶ時間がかかってしまった。
 時間がかかったのは、理由がある。
 単純にお金の問題だ。
 父から家から持って行くのはバッグ1つとされ、移動資金も渡してもらえなかった。
 そのため、ディステ家の領地の南のロンヴェルサール領で商人の馬車から降りなくてはならなくなり、自分で稼がなくてはならなくなってしまった。
 思いついたのは冒険者。
 冒険者組合に登録してギルドへ通い、なるべく危険の少ない依頼をこなして資金を稼いだ。
 少し資金が溜まったら次の町へ向かうということを繰り返し、ようやくヴェントレ島へ向かうことができるようになり、今に至る。

「本当にあそこに行くんですかい?」

「領主を任されてしまったので……」

 舟を操縦しているアルヴァロがヴェントレ島へ向かうレオに心配そうに声をかける。
 ロンヴェルサール領の南にあるフェリーラ領の漁師をしているアルヴァロとは、資金集めをしている時に知り合い、レオがヴェントレ島へ向かいたいことを旨を伝えたら、送ってくれることになった。
 アルヴァロの子供が怪我をしていたところを、採取した薬草を煎じて作った回復薬によって治してあげただけだ。
 心配そうなアルヴァロに対し、レオは困ったように返事をする。
 多くの者に危険と言われている土地になんて、レオだって本当は行きたくない。
 しかし、父のカロージェロによって、国王からヴェントレ島の譲渡の許可と領主としての任命を記した書状が渡されている。
 行かなければ背信行為とみなされてしまうため、ヴェントレ島へ向かうしかないのだ。

「あそこがたしか、あの島唯一の海岸でさぁ!」

「はぁ~……、本当に深い森に覆われた島だ」

 アルヴァロの漁船で西北西へ向かうこと数時間すると、ヴェントレ島へかなり近付いた。
 見えて来た海岸を指差し、アルヴァロは簡単に説明をしてくれた。
 漁師仲間の話では、ヴェントレ島は周囲が断崖絶壁になっていて、アルヴァロの指差したところが唯一の海岸になっているそうだ。
 島の説明をしてくれるアルヴァロには悪いが、それよりも気になるのは生い茂る樹々の方だ。
 手入れがされていないせいか、好き勝手に成長した樹々が日の当たらない場所を多く作り、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。
 たしかに人が近寄り難い島のようだ。

「少し奥に入れば、危険な魔物がうじゃうじゃいるって話ですぜ!」

「怖いな……」

 どんな場所か期待も少しあったレオだったが、島の雰囲気を見て不安になってきた。
 そんなレオに、アルヴァロは島の中の説明を補足してきたが、余計不安になるのであまり聞きたくない内容だった。
 人がおらず、魔物を狩る者がいないことから、どれだけの魔物が潜んでいるか分からないとのことだ。

「到着!」

 海岸ギリギリまで船を近付け、ようやくレオは領地となったヴェントレ島へ到着した。
 唯一の海岸自体もそれ程大きくなく、ちょっと行けば足元の悪そうな岩場へと変わってしまうようだ。
 これでは多くの船を泊めておけず、漁をして生活するのは少数の人間しか難しいかもしれない。
 魚を売って多くの資金を得るのは無理だろう。

「じゃあ、あっしはこれで……」

「うん」

 漁師としてもあまり近寄りたくない島のため、アルヴァロは早々にフェリーラ領へ帰りたいようだ。
 仕事柄力自慢でも、どんな魔物を相手にしなければならないか分からないとなると、危機回避としては正しい判断だ。

「来週まで気を付けてくださいね。魔物にも海賊にも!」

「忠告ありがとう。気をつけるよ」

 この世界の1週間は7日、アルヴァロには週に1回ここに安否確認に来てもらうことになっている。
 ここで得た魚や肉を料金として支払う予定だ。
 危険なこの地に毎週来てくれるのにはたいした報酬ではないかもしれないが、その厚意に甘えさせてもらう予定だ。
 元とはいえ貴族の坊ちゃんだからと、アルヴァロは心の中で構えていた部分があったが、心優しいレオにその気持ちは薄れていった。
 今となっては、こんな島に送り込んだディステ家を不審に思えてくる。
 最後までレオを心配しつつ、注意を促してアルヴァロは去っていった。

「さてと……、まずは安全な場所と、寝床の確保をしないとな」

 島は樹々が生い茂り、とても人が暮らせる場所なんて存在しているように思えないが、拠点になる場所が無くては話にならない。
 食料は少しだが持ってきているため、レオはまず拠点となる場所を探すことにした。

「よいしょ!」

 ディステ家を出る時に持って来たカバンを下ろし、レオは留めていたボタンを外す。
 そして、彼にとっての秘策となるものを取りだしたのだった。

「よしっ!」

 この世界には魔法と言うものが存在している。
 空気中に魔素と言う見えないものがあり、それを体内に吸収して魔力にかえる。
 その魔力を利用して火や水を生み出すことができるようになる。
 訓練次第で強力な武器として利用できるため、貴族は幼少期より教師を付けて訓練するものだ。
 兄のイルとフィオも魔法の訓練を受けていたが、戦闘に使えると言っても大人数を相手にできるような威力の魔法を使える人間なんてほぼいない。
 魔力を使い過ぎれば強力な疲労感によってしばらく動けなくなることから、魔法を重視する人間はかなり少ない。
 子供の頃、基本だけは教わったレオも、簡単な魔法くらいなら使えるようにはなっている。
 しかし、彼の秘策は魔法ではない。
 この世界にはスキルと呼ばれるものが存在していて、それが1人に1つは発現するようになっている。
 スキルは簡単に言えば特技と言っていいもの。
 だが、それが発現するまでは相当な時間や訓練を要するものだ。
 しかも、誰もが同じ時間と訓練をすれば良いというものでもなく、性格や出生による向き不向きが関わってくる。

「スキル発動!」

 病弱でベッドの上で過ごすことが多かったレオには、何のスキルも発現しない。
 きっと父や兄たちはそう思っていたことだろう。
 家族からは何も与えてもらえなかったが、レオは執事のベンヴェヌートに頼んで色々な書物を手に入れていた。
 病床のレオにとって、時間を使える書物は趣味としてとても重宝した。
 読書は趣味の1つだが、レオにはもう1つ得意なものが存在した。

操り人形(マリオネット)!」

“カタカタ……”

 バッグから取り出した人形へ、レオは魔力を注ぎ込む。
 そしてスキル名を言うと、その人形が動き出した。
 病弱のレオの得意なもののもう1つ、それは人形の作成と操作だった。
 元々はある人のために始めたことだったが、ベッドでもできるため多くの時間を人形作りに注いできた。
 それによってか、半年前、兄に対して何も言い返せないで悔しい思いをした日の数日後、レオのステータスカードにスキル名が発現した。
 ステータスカードとは、この世界では身分証明書として誰もが所持しているカードのことである。
 このカードに所持者の血液を垂らすことによって、所持者の情報が本人だけに視認できるようになる。
 健康状態も表示されることから、病弱なレオは状態確認のために毎日確認をしていた。
 そのため、スキルの発現を知ることができたのだ。

「おはよう。ロイ!」

“ペコッ”

 身長は140cmほどで木製、顔はのっぺらぼうで腰には剣を所持している。
 スキルによって立ち上がったその木製人形は、レオの言葉に反応するように恭しく頭を下げたのだった。