「フンッ! フンッ!」

 いつもの早朝、レオは剣を振って汗を流していた。
 昔のように寝込むことがなくなってからは、健康のためにも体を鍛えようと思い、この島に来てから始めた習慣だ。

「精が出るな……」

「あっ! すいませんガイオさん。うるさかったですか?」

 素振りをしていたら、レオの下へガイオが杖を突きつつやってきた。
 怪我をしているので、もしも困った事があった時のためにレオの家で一緒に暮らしているのだが、もしかしたら素振りをしている音が気になったのかと思い、レオは申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、気にしなくていい。寝てばかりでは暇で仕方がないからな」

 左脚の脛骨(すねの内側の骨)を骨折してしまい、骨が付くまで大人していなくてはならないため、ずっと座りっぱなしの日々にガイオもいい加減飽きてきていた。
 そのため、少し早く起きてしまったら丁度レオが素振りをしている音に気が付いたのだ。

「剣の練習をしていたのか?」

「はい! そうだ! ガイオさんは剣が得意だって聞いたのですが?」

「ドナートたちから聞いたのか?」

「はい!」

 ガイオの問いかけに対し、レオはあることを思い出した。
 ドナートたちから、ガイオは剣が得意だという話を聞いていたのだ。
 誰に聞いたのかをすぐに察したガイオが問いかけると、予想通りの答えが返ってきた。

「よかったら、指導してもらえませんか?」

「別にいいが、教えるなんてしたことないな。型を見るくらいでいいか?」

「はい!」

 エレナの祖父のフラヴィオに拾われ、セバスティアーノと共に武術の訓練を施されたこともあり、剣術の型は一通り学んでいるが、そこからはガイオが独学に近い形で鍛えてきたため、人に教えるというのはしたことがない。
 出来ることと言ったら、基本の型を見てやることぐらいのものだ。
 ガイオから了承を得たレオは、木剣を構えて素振りを見てもらうことにした。

「フンッ! フンッ!」

「………………」

 剣を振って、レオはガイオへ色々な型を見せる。
 その様子を、ガイオは黙って見ているだけだった。

「……自分一人で練習していたのか?」

「えぇ」

 一通り型を見せて軽く息を切らしているレオへ、黙っていたガイオが問いかける。
 その問いには、若干不思議そうなニュアンスを含んでいるように思える。

「う~ん」

「あの……、どこか悪いでしょうか?」

 レオの答えに対し、ガイオは顎に手を当てて考え込むような声を漏らした。
 その反応を見て、自分の剣の腕が良くないのかと判断したレオは、不安そうに問いかける。

「いや、悪くない。一人で基本の型がまあまあできているのが不思議なだけだ」

 レオに勘違いさせてしまったようなので、ガイオはすぐにそれを否定する。
 ガイオが悩むような声を出したのは、完全独学と言っている割には、自分勝手に振り回すようなわけでもなく、レオの剣にはちゃんと型ができているような気がしたからだ。
 少しでも誰かに指導を受けていないと、このように振れるようになるとは思わないため、レオが嘘を言っているのではないかと思えてくる。

「何か色々混じっているようでもあるが……」

「僕は昔病弱だったので、本はたくさん読みました。そのなかにはこの国や他国の剣術の本もあったので、それが混じっているということだと思います」

「それを覚えていたとしても、そう簡単にできると思えないんだが……」

 レオはこの国の剣術を元にして、他国の剣術も取り入れた型を練習している。
 それがガイオの言う、混じっているという感想なのだろう。
 たしかにそう言われれば、見たことある他国の剣術が混じっていたように思える。
 しかし、本で色々と学んだからと言って、それができるようになるかと言ったらそうではない。
 他流の剣術を取り入れるというのは、ある程度自分の剣が確立した者がやるようなことだ。
 それを、本を見ただけでおこない、ちゃんと型になっているというのがガイオとしてはなんとなく納得できない。

「教えることはないかもな……」

「えぇ?」

「ちゃんと型になっているからそのままでいいということだ」

「な、なんだ……」

 折角人に教えてもらえるようになったというのにもう匙を投げられたと、レオはショックを受けたように驚いた。
 素人考えで他の剣術を混ぜたのは間違いだったと後悔し始めるレオに、ガイオはすぐ訂正を入れる。
 まだたいした期間訓練したわけではないが、一生懸命にやって来た事が無駄にならなくて安心したレオは、一気に肩の力が抜けた。

「後は実践だな……、よしっ、かかってこい!」

「えっ!?」

 近くに落ちていた手ごろな棒を拾い、杖を突いてレオの前に立ったガイオは、まさかの発言をしてきた。
 強いのはなんとなく分かるが、稽古を付けてもらうにしてもガイオは骨折している身。
 まだちゃんと骨も付いていないのに、打ち込むにはレオとしては気が引ける。

「大丈夫だ。俺はここから動かない」

「……わ、わかりました!」

 動かないと言われても、踏ん張りがきかないのではないかと思える。
 そんな状態の人間相手に打ち込めるほど、レオはまだ強い心を持っていない。
 しかし、自信ありげなガイオに、そこまで実力差があるのかという思いから試してみることにした。

“バッ!!”

「おっ! 思ったよりも速いな」

「っ!!」

 木剣を構えて一気に接近し、レオはガイオへ木剣を上段から振り下ろす。
 全力とまではいかないまでも結構な力を込めた一撃だが、片手に棒を持つガイオにアッサリと防がれる。
 背も高く、比較的ガッシリした体格のガイオから受ける印象としては、力強い豪剣という思いがしていたのだが、止められた時の感触は柔らかいものを叩いたような感触と言った感じだ。
 上手いこと力を分散された防御に、レオは驚きながら一歩下がる。

「ハッ!!」

「っと!」

 初撃を防がれたレオは、今度は胴へ目掛けて剣を横薙ぎに振る。
 しかし、その剣はガイオが腰を引いただけで空振りに終わる。

「ハッ!」「タアッ!」

 その後もレオは上下に向けて攻撃を仕掛けるが、ガイオは棒を使ったり、躱したりすることで防ぎきってしまう。

「フンッ!!」

「あぁっ……!!」

 レオが攻撃を続けているうちに息が切れてきたのを待っていたかのように、ガイオはレオの木剣を弾き、そのまま振り下ろした棒を当たる前で止める。
 最後の一撃だけ印象通りの豪剣に、レオは手玉に取られた思いがした。 

「ハァ、ハァ……、ほんとに一歩も動かせなかった」

 最初の宣言通り、ガイオは結局動くことはなかった。
 そのことに、レオは息を切らしつつ悔しがるが、その表情は楽しそうだ。

「レオ、いくらなんでもそりゃ無茶だ! 俺たちが二人がかりでも勝てねえんだから」

「あっ! ドナートさん。ヴィートさん。そうなんですか?」

 懸命にガイオへ攻撃していたために気付かなかったが、いつの間にかドナートたちがレオの側に立っていた。
 どうやらさっきの訓練を見ていたようだ。
 レオが悔しそうにしていることに、2人はそれを当然と言うように笑顔で話しかけてきた。
 2人とも弱っていたオーガが相手だったとは言っても、あっという間に倒してしまったことから考えるとかなりの実力者のように思える。
 そんな2人が揃って勝てないなんて、レオには信じられないような情報に驚く。

「鈍っている今なら1対1で勝てるんじゃねえか? 何なら今やるか?」

「「……いや、いいっす!」」

 確かに片足骨折している今のガイオなら何とかなるかもしれないが、2人はこれまでの経験からガイオとの稽古にはトラウマを感じている。
 たとえ勝てたとしても、怪我が治った後が怖いので、2人とも声を揃えてガイオの誘いを辞退したのだった。