「また町中で揉めごとを起こしただと!?」
「はい……」
執務室で書類に目を通していたディステ領の領主であるカロージェロは、報告に来た執事に対し怒りを露わにする。
最近はほぼ毎日のように上がってくる報告で、いい加減我慢しきれなくなったのだ。
「いつものように傭兵と領兵がケンカを始めてしまいまして……」
「くそっ!! どいつもこいつも……」
ギルドが急にいなくなってしまった代わりに最近雇うようになった傭兵と、有事の際にカロージェロの命によって動く軍の領兵が、些細なことで揉めてケンカに発展することが最近頻発している。
それが何度も起きているせいで、カロージェロは無駄な書類仕事が増えて時間を割かなくてはならなくなっている。
腹を立てるのも尤もと言いたいところだが、ギルドが出て行く原因はカロージェロにある。
カロージェロが怒りで顔を真っ赤にしているが、こんなことになるならばギルドを残すように動けばよかったのではないかと、執事の男は思わずにはいられない。
「……っで? 揉め事起こした奴らはどうしている?」
「いつも通り頭を冷やすまで別々の牢に入れております」
「全く、治安を守る者がそれを乱しおって……」
どちらの兵も、この領内を守るために雇われている存在だ。
領兵は有事の際に出動するために訓練を重ねると共に、治安維持のために町中のパトロールをおこない、警察の仕事と兼任している。
最近雇うようになった傭兵は、町に魔物が侵入して来ないように周辺の魔物を駆除するのが仕事になっている。
同じ兵でも仕事としては分かれており、揉めるようなことは無いと思っていたのだが、最初は何もなかったのに次第に揉めるようになってきた。
「領兵の奴らは安全な所でヌクヌクしていて楽な仕事だな!?」
「アンデッドの魔物に苦戦したって話だし、訓練が足んねえんじゃねえか!?」
酔った傭兵たちが吐き捨てたこの会話が伝え広がり、それを聞いた領兵の者たちは頭に来た。
以前起きたアンデッドの討伐で苦戦したのは事実だが、それは数が多かったからだ。
事情も知らずに好き勝手言われると腹が立つのも仕方がない。
だが、それでケンカを仕掛けるほど領兵たちは短気ではなかったが、一部の新人はそうではなかった。
この言葉による怒りがずっと胸の中で燻っていた新人が、休日たまたま傭兵たちと酒場で出くわしてしまい、その新人領兵がいると知らなかった傭兵たちがまた愚痴るように先程の言葉を話していたのがきっかけになってしまった。
「お前ら! 調子に乗るなよ!」
「何だ!? 青臭えガキが何舐めた口きいてんだ!?」
燻っていた怒りが再燃し、新人の領兵は忠告の意味で傭兵たちへ文句を言っただけだった。
しかし、我慢をする気のない傭兵たちはすぐさま怒りで立ち上がり、その新人を店の裏へ連れていき、袋叩きにしたのだった。
傭兵の彼らとしても愚痴っていたのには理由がある。
魔物を狩る仕事をしている彼らは、毎日危険が付きまとっている。
ただ、魔物を狩るだけでなく、魔石などの素材を手に入れ、それを御用達の商店へ納品する。
それが町に広がっていくため、自分たちが町を救っていると実感している。
しかし、魔物の素材を売っても、冒険者のようにその代金が懐に入る訳ではない。
傭兵が持ち込んだ素材の売れた代金は、領の資金として使われることになるため、傭兵たちは何の資金にもならないことになっている。
毎日危険と隣り合わせの思いをして町に貢献しているのに、領兵よりも給金が低く、魔物の販売資金も手に入らない。
それなのに、領兵は外よりも安全な町中で治安維持しかしていないという境遇に、納得できない思いが募っていったため、愚痴が出てしまったのだ。
仲間をやられれば我慢をしているつもりもなく、領兵たちも傭兵たちに睨みを利かすようになり、傭兵の者が町中で少しでも市民に迷惑をかけようものなら、すぐさま捕まえて罰金刑にするようになった。
そうなれば当然傭兵は腹を立てる。
休みの日の領兵を見つけてはちょっかいをかけ、集団で暴行するという報復に出ることをするようになった。
やられたらどちらもやり返すが続いているため、カロージェロを悩ませていた。
「くそっ!! 領民の流出も続いているし、何でこうも問題ごとが続くんだ!!」
カロージェロの悩みの種はもう一つある。
ギルドがなくなってから領民が少しずつ他領へと流出しているのだ。
そして、兵同士の揉めごとが起きてから、更にその勢いが増しているため、このままでは税収も減っていく一方だ。
傭兵を雇うのにも資金を使っているというのに、税収が減っては傭兵の維持ができなくなる。
まるで負の連鎖が続くかのようだ。
「ギルドがなくなったことにより、冒険者関連の市民が付いて行っているようです」
「またもギルドのせいか!?」
ギルドがなくなり、冒険者たちも他へと移っていった。
その冒険者たちを相手に商売していた者やその家族が、冒険者を追って他領へと移るという選択をしたのだ。
それもそのうち治まるものだと思っていたが、兵同士のいざこざでいまだに市民の流出が続いている。
市民からしたら、ギルドがなくなって不安に思っていた部分が強い。
冒険者を追っていった者たちの知り合いは、自分たちもこのままでいるべきなのか考えた。
領主が冒険者の代わりに傭兵を雇うようになったが、その傭兵が領兵と揉め始めたため、ここから出て行くということを決めたのだ。
ギルドがなくなったことによる影響だと分かり、カロージェロとしては不愉快なこと極まりない。
しかし、どうすることも出来ないので、机をたたいて気を紛らわせるしかできなかった。
「ええい! 他領へと続く道に関所を作れ! 他領へ移り住もうとする者は引っ捕えろ!!」
「しかし、そんなことをしたら……」
他領へ移り住む者が多いのであるならば、力尽くで止めてしまえばいい。
そう思っての考えなのだろうが、執事の男からするとそんなことをしたら余計に市民に不評を買うのが目に見えている。
そうなれば、市民の流出が止められなくなってしまうかもしれない。
それよりも、問題の始めとなったギルドを再開してもらうように動いた方が、元の安定した領地に戻せる気がしている。
しかし、カロージェロの性格上そんなことは絶対にしたくないだろう。
改善策がない状況に、執事の男も頭を抱えたくなる思いだ。
「邸の使用人も数人いなくなっているのだぞ! 管理を怠ったくせに意見する気か!?」
「……いいえ、そのように手配いたします」
カロージェロの言うように、市民流出問題はこの邸にも起きていた。
数人の使用人がいつの間にか姿を消したのだ。
捜索を指示した結果、他領へ向かうのを目撃したという報告が入った。
彼らはいち早くこの家に見切りをつけたということだろう。
いなくなってしまったのは、別に執事の男のせいではないと思うが、カロージェロとしては彼のせいにすることでしか怒りが抑えきれなかった。
腹を立てている時のカロージェロには、何を言っても無駄だというのは分かっている。
それに、これ以上何か言って不敬罪にでもされたら面倒だ。
そのため、執事の男はカロージェロの言葉に頷くことしかできなかった。
「失礼します!」
指示を受けたのなら実行に移すために動かなければならないため、執事の男は頭を下げて部屋から退室していった。
「この領は大丈夫だろうか……」
カロージェロから指示を受けて部屋を出た執事の男は、どう考えても上手くいかなくなる未来しか見えないため、廊下を歩きながら思わず愚痴が出てしまう。
ギルドがなくなったことのツケがこんなことになるとは、彼自身も思ってもいなかった。
「ベンの奴は上手くやったな……」
邸からいなくなった使用人たちの中には、レオの世話をしていた者たちもいる。
特に彼からすると、同じ執事としてこの家に仕えていたベンヴェヌートがいなくなったことが意外だった。
早々にこの家から出て行ったベンヴェヌートに、彼としては恨みよりも羨ましさが出てくる。
彼自身も出て行きたいと思い始めているからかもしれない。
「もう少し様子を見るか……」
出て行くにしても、一応は恩ある身。
ベンヴェヌートのように出て行きたい気持ちもあるが、彼はもう少し様子を見ることにしたのだった。
「はい……」
執務室で書類に目を通していたディステ領の領主であるカロージェロは、報告に来た執事に対し怒りを露わにする。
最近はほぼ毎日のように上がってくる報告で、いい加減我慢しきれなくなったのだ。
「いつものように傭兵と領兵がケンカを始めてしまいまして……」
「くそっ!! どいつもこいつも……」
ギルドが急にいなくなってしまった代わりに最近雇うようになった傭兵と、有事の際にカロージェロの命によって動く軍の領兵が、些細なことで揉めてケンカに発展することが最近頻発している。
それが何度も起きているせいで、カロージェロは無駄な書類仕事が増えて時間を割かなくてはならなくなっている。
腹を立てるのも尤もと言いたいところだが、ギルドが出て行く原因はカロージェロにある。
カロージェロが怒りで顔を真っ赤にしているが、こんなことになるならばギルドを残すように動けばよかったのではないかと、執事の男は思わずにはいられない。
「……っで? 揉め事起こした奴らはどうしている?」
「いつも通り頭を冷やすまで別々の牢に入れております」
「全く、治安を守る者がそれを乱しおって……」
どちらの兵も、この領内を守るために雇われている存在だ。
領兵は有事の際に出動するために訓練を重ねると共に、治安維持のために町中のパトロールをおこない、警察の仕事と兼任している。
最近雇うようになった傭兵は、町に魔物が侵入して来ないように周辺の魔物を駆除するのが仕事になっている。
同じ兵でも仕事としては分かれており、揉めるようなことは無いと思っていたのだが、最初は何もなかったのに次第に揉めるようになってきた。
「領兵の奴らは安全な所でヌクヌクしていて楽な仕事だな!?」
「アンデッドの魔物に苦戦したって話だし、訓練が足んねえんじゃねえか!?」
酔った傭兵たちが吐き捨てたこの会話が伝え広がり、それを聞いた領兵の者たちは頭に来た。
以前起きたアンデッドの討伐で苦戦したのは事実だが、それは数が多かったからだ。
事情も知らずに好き勝手言われると腹が立つのも仕方がない。
だが、それでケンカを仕掛けるほど領兵たちは短気ではなかったが、一部の新人はそうではなかった。
この言葉による怒りがずっと胸の中で燻っていた新人が、休日たまたま傭兵たちと酒場で出くわしてしまい、その新人領兵がいると知らなかった傭兵たちがまた愚痴るように先程の言葉を話していたのがきっかけになってしまった。
「お前ら! 調子に乗るなよ!」
「何だ!? 青臭えガキが何舐めた口きいてんだ!?」
燻っていた怒りが再燃し、新人の領兵は忠告の意味で傭兵たちへ文句を言っただけだった。
しかし、我慢をする気のない傭兵たちはすぐさま怒りで立ち上がり、その新人を店の裏へ連れていき、袋叩きにしたのだった。
傭兵の彼らとしても愚痴っていたのには理由がある。
魔物を狩る仕事をしている彼らは、毎日危険が付きまとっている。
ただ、魔物を狩るだけでなく、魔石などの素材を手に入れ、それを御用達の商店へ納品する。
それが町に広がっていくため、自分たちが町を救っていると実感している。
しかし、魔物の素材を売っても、冒険者のようにその代金が懐に入る訳ではない。
傭兵が持ち込んだ素材の売れた代金は、領の資金として使われることになるため、傭兵たちは何の資金にもならないことになっている。
毎日危険と隣り合わせの思いをして町に貢献しているのに、領兵よりも給金が低く、魔物の販売資金も手に入らない。
それなのに、領兵は外よりも安全な町中で治安維持しかしていないという境遇に、納得できない思いが募っていったため、愚痴が出てしまったのだ。
仲間をやられれば我慢をしているつもりもなく、領兵たちも傭兵たちに睨みを利かすようになり、傭兵の者が町中で少しでも市民に迷惑をかけようものなら、すぐさま捕まえて罰金刑にするようになった。
そうなれば当然傭兵は腹を立てる。
休みの日の領兵を見つけてはちょっかいをかけ、集団で暴行するという報復に出ることをするようになった。
やられたらどちらもやり返すが続いているため、カロージェロを悩ませていた。
「くそっ!! 領民の流出も続いているし、何でこうも問題ごとが続くんだ!!」
カロージェロの悩みの種はもう一つある。
ギルドがなくなってから領民が少しずつ他領へと流出しているのだ。
そして、兵同士の揉めごとが起きてから、更にその勢いが増しているため、このままでは税収も減っていく一方だ。
傭兵を雇うのにも資金を使っているというのに、税収が減っては傭兵の維持ができなくなる。
まるで負の連鎖が続くかのようだ。
「ギルドがなくなったことにより、冒険者関連の市民が付いて行っているようです」
「またもギルドのせいか!?」
ギルドがなくなり、冒険者たちも他へと移っていった。
その冒険者たちを相手に商売していた者やその家族が、冒険者を追って他領へと移るという選択をしたのだ。
それもそのうち治まるものだと思っていたが、兵同士のいざこざでいまだに市民の流出が続いている。
市民からしたら、ギルドがなくなって不安に思っていた部分が強い。
冒険者を追っていった者たちの知り合いは、自分たちもこのままでいるべきなのか考えた。
領主が冒険者の代わりに傭兵を雇うようになったが、その傭兵が領兵と揉め始めたため、ここから出て行くということを決めたのだ。
ギルドがなくなったことによる影響だと分かり、カロージェロとしては不愉快なこと極まりない。
しかし、どうすることも出来ないので、机をたたいて気を紛らわせるしかできなかった。
「ええい! 他領へと続く道に関所を作れ! 他領へ移り住もうとする者は引っ捕えろ!!」
「しかし、そんなことをしたら……」
他領へ移り住む者が多いのであるならば、力尽くで止めてしまえばいい。
そう思っての考えなのだろうが、執事の男からするとそんなことをしたら余計に市民に不評を買うのが目に見えている。
そうなれば、市民の流出が止められなくなってしまうかもしれない。
それよりも、問題の始めとなったギルドを再開してもらうように動いた方が、元の安定した領地に戻せる気がしている。
しかし、カロージェロの性格上そんなことは絶対にしたくないだろう。
改善策がない状況に、執事の男も頭を抱えたくなる思いだ。
「邸の使用人も数人いなくなっているのだぞ! 管理を怠ったくせに意見する気か!?」
「……いいえ、そのように手配いたします」
カロージェロの言うように、市民流出問題はこの邸にも起きていた。
数人の使用人がいつの間にか姿を消したのだ。
捜索を指示した結果、他領へ向かうのを目撃したという報告が入った。
彼らはいち早くこの家に見切りをつけたということだろう。
いなくなってしまったのは、別に執事の男のせいではないと思うが、カロージェロとしては彼のせいにすることでしか怒りが抑えきれなかった。
腹を立てている時のカロージェロには、何を言っても無駄だというのは分かっている。
それに、これ以上何か言って不敬罪にでもされたら面倒だ。
そのため、執事の男はカロージェロの言葉に頷くことしかできなかった。
「失礼します!」
指示を受けたのなら実行に移すために動かなければならないため、執事の男は頭を下げて部屋から退室していった。
「この領は大丈夫だろうか……」
カロージェロから指示を受けて部屋を出た執事の男は、どう考えても上手くいかなくなる未来しか見えないため、廊下を歩きながら思わず愚痴が出てしまう。
ギルドがなくなったことのツケがこんなことになるとは、彼自身も思ってもいなかった。
「ベンの奴は上手くやったな……」
邸からいなくなった使用人たちの中には、レオの世話をしていた者たちもいる。
特に彼からすると、同じ執事としてこの家に仕えていたベンヴェヌートがいなくなったことが意外だった。
早々にこの家から出て行ったベンヴェヌートに、彼としては恨みよりも羨ましさが出てくる。
彼自身も出て行きたいと思い始めているからかもしれない。
「もう少し様子を見るか……」
出て行くにしても、一応は恩ある身。
ベンヴェヌートのように出て行きたい気持ちもあるが、彼はもう少し様子を見ることにしたのだった。