「フッ、父上も人が悪い」
「ハハ、全くです」
先程まで部屋にいたレオがいなくなり、レオの兄であるイルとフィオは笑い始める。
今さっき交わされた話が、どう考えてもレオのためとは言い難かったからだ。
「あの島なんて、我が家にとって何の価値もない領地ではないですか」
「森も深く魔物も多い。しかも最近では海賊の出現の話まである危険地帯……」
カロージェロがレオに譲ったヴェントレ島は、ディステ家にとって名ばかりの領地。
森が生い茂り、魔物が蔓延り、とても人が住むような環境ではない。
そのため、今では無人島と化し、何も利益をもたらさないでいる島だ。
島に行くだけでも危険だというのに、しかも最近では近海には海賊の出現まで噂されている。
レオのような病弱な人間ではすぐに死ぬのがオチだ。
「人知れず始末するには十分だろ?」
「「ハハハハハ…………!!」」
カロージェロの言葉に、兄弟たちは大笑いする。
息子たちの言うように、レオをあの島の領主にしたのは始末するためだ。
体が弱く、何の役にも立たない妾の子。
これまで体裁のために生かしておいたが、成人したら後は何事も本人の責任になる。
普通は3男に領地を与えられるなんてありえないことだが、ディステ家にはちょうどいい領地があった。
そこでレオがどうなろうと、後はレオ自身の責任。
例え死んでしまおうとも……。
◆◆◆◆◆
「冒険者になる予定だったのにな……」
父の部屋から出たレオは、そのまま離れの自分の部屋へと戻っていく。
その途中、先程の父からの話を思いだして独り言を呟いた。
どうせ領地を与えられる訳が無いと考えていたため、まさかの領地に驚いた。
しかし、与えられる領地の名前を聞いて納得した。
レオの予定だと、家を追い出されてからは冒険者として生きていくつもりでいた。
冒険者とは組合に所属し、依頼を受けて、それを達成することで資金を得る職業の者たちのことをいう。
魔素によって変容した生物の魔物を退治したりするため力仕事の印象が強いが、その日暮らすギリギリ分の資金を得られる薬草の採取など、レオでもなんとかできそうな仕事が存在している。
無理をせず薬草採取などをして、その日暮らしをするのがレオの考えだった。
「それを見越してなのかな……」
父や兄たちからすると、冒険者になったレオが名を馳せるとは思っていない。
ディステ家の名を使うつもりはないが、父たちはそうは思っていないだろう。
家の名前に傷を付けられる前に死んでほしいと思っているはず。
ならば、もしもレオが薬草採取などで地味に長生きするようなことになるより、ヴェントレ島を与えてすぐに死んでもらった方が手っ取り早いと判断したのかもしれない。
レオに領地を与えるというのを聞いていたのに、兄たちが何も言わなかったのは、そういった理由からなのだろう。
「レオ様……」
「どうしました? ベンさん……」
いつもの自室に帰ると、部屋の扉の前に執事のベンヴェヌートが待ち受けていた。
何かあったのだろうかと思い、レオはベンに問いかける。
「ヴェントレ島へ行くことになったとお聞きしました」
「あぁ、聞いたんですね?」
心配そうな表情をしていると思ったら、どうやらレオよりも先に話を聞いていたのかもしれない。
その話になり、レオは困ったように頭をかいた。
この家で働く者は当然伯爵家の領地を知っている。
そのため、ヴェントレ島がどんなところかも知っている。
レオがそこの領主になったというのは、つまりはそこで死ねと言っているのも同義だ。
これまで長い間仕えてきたレオが、このまま死地へ送られてしまうのを何もできないでいる。
ベンヴェヌートはそのことを悔しく思っている。
「……大丈夫ですよ。何とか生き抜いてみます」
「しかし……」
「僕よりも、ベンさんは父上か兄上たちの誰かに付くことになるのだろうから、これから大変かもしれないよ」
伯爵家とは言っても、ディステ家に仕えている人間は余っていない。
と言うのも、次男のフィオが女好きで、若いメイドを雇うとすぐに手を出そうとしてしまう。
そのため、メイドは年配の女性ばかりで、代わりに入れた男性の使用人も若い者ばかりでまだまだ仕事ができるとは言い難い。
使用人の中でも仕事のできるベンヴェヌートは、レオの専属から父や兄たちの中の誰かの副執事と言う扱いになるのだろう。
誰に付いても、レオ以上に気を使う事間違いないため、レオはそのことを心配している。
「私のことなどどうでもよろしいのです。レオ様はお体の方が……」
「対策も考えているので大丈夫ですよ」
普通の人間でさえ危険な地なのに、病弱なレオではとてもではないが生きていけない。
そのことを心配しているのだが、レオはなんてことないように返事をする。
冒険者になるために考えていたことだが、それをそのまま領地経営に使えば良いだけのことだ。
「いつも通り部屋におりますので、ベンさんは他の仕事に戻って大丈夫ですよ」
「……かしこまりました」
実の父から当てつけのように危険な領地を与えられたというのに、気落ちしている様子のないレオ。
そんな彼の態度を見ていると、本当に何か考えがあるのだろう。
そう判断したベンヴェヌートは、少し間を開けた後、素直に引き下がることにしたのだった。
◆◆◆◆◆
「とうとうこの日が来てしまいましたか……」
「1週間なんてあっという間だね?」
レオが父よりヴェントレ島への領地を任されるということを聞いて、1週間が経った。
その間レオが何かしていたかは、父のカロージェロや兄たちだけでなく、使用人のベンヴェヌートですら分からなかった。
何か策があるようなことを言っていたが、本当にそんなものがあるのか分からず、このまま見送っていいものかとベンヴェヌートは心配ばかりが募ってくる。
「……荷物はそれだけですか?」
「父上がカバンに入る分しか持って行ってはならないと仰っていたので……」
用意された馬車は貴族用のものなどではなく、南へ向かう商人の馬車へ乗せてもらうことになっている。
護衛として冒険者も何人かいるが、その馬車へ荷物を載せるレオにベンヴェヌートは更に心配にさせられる。
背負う形のバッグ1つしか馬車に乗せていない。
これから危険な地へ向かうにしては少なすぎる。
しかし、カロージェロの命令と言われては仕方がない。
「領主になったのに貴族位もなくなり、家名も名乗るなと言われました。名乗るならヴェントレの名を付ければいいとも言われてしまいました」
国王様へ領地の譲渡を進言した時に、カロージェロはレオから家名までも奪い取ってしまったようだ。
貴族位でなければ名ばかりの領主で、たいした権限も有していない状況になってしまった。
仕えている身でありながら、ベンヴェヌートはいくら何でもそこまでするかと不信感が湧いてくる。
「……レオ様、どうかお気をつけて……」
「ありがとうベンさん、みんな!」
レオにとって新たな門出の出発というのにもかかわらず、父や兄は見送りになど出てくることは無い。
見送りに出て来たのは、ベンヴェヌートと数人の使用人のみ。
彼らもベンヴェヌートと共にレオを見守っていた者たちだ。
兄たちと違い、使用人に文句を言うことなどなかったレオは、彼らに好かれていた。
出来ればレオに付いて行きたいところだが、彼らも仕事を捨てることなどできず、見送ることしかできないことを悔やんでいる。
そんな中、そろそろ出発予定時刻になり、商人から出発の合図が送られて来る。
「じゃあ、行くね!」
そう言ってベンヴェヌートや使用人に軽く手を振り、レオは馬車へ乗車していったのだった。
きっとこの家の人間誰もが、レオはすぐに死ぬと思っていたことだろう。
それが魔物によるものなのか、はたまた海賊によるものなのか、もしくは体調を崩して病で亡くなるか。
違いはあっても、結果は同じ。
病弱なレオを見てきたがためにそう思うのも当然だ。
しかし、気付いている人間はいなかった。
この半年でレオの顔色が良くなっていることを……。
「ハハ、全くです」
先程まで部屋にいたレオがいなくなり、レオの兄であるイルとフィオは笑い始める。
今さっき交わされた話が、どう考えてもレオのためとは言い難かったからだ。
「あの島なんて、我が家にとって何の価値もない領地ではないですか」
「森も深く魔物も多い。しかも最近では海賊の出現の話まである危険地帯……」
カロージェロがレオに譲ったヴェントレ島は、ディステ家にとって名ばかりの領地。
森が生い茂り、魔物が蔓延り、とても人が住むような環境ではない。
そのため、今では無人島と化し、何も利益をもたらさないでいる島だ。
島に行くだけでも危険だというのに、しかも最近では近海には海賊の出現まで噂されている。
レオのような病弱な人間ではすぐに死ぬのがオチだ。
「人知れず始末するには十分だろ?」
「「ハハハハハ…………!!」」
カロージェロの言葉に、兄弟たちは大笑いする。
息子たちの言うように、レオをあの島の領主にしたのは始末するためだ。
体が弱く、何の役にも立たない妾の子。
これまで体裁のために生かしておいたが、成人したら後は何事も本人の責任になる。
普通は3男に領地を与えられるなんてありえないことだが、ディステ家にはちょうどいい領地があった。
そこでレオがどうなろうと、後はレオ自身の責任。
例え死んでしまおうとも……。
◆◆◆◆◆
「冒険者になる予定だったのにな……」
父の部屋から出たレオは、そのまま離れの自分の部屋へと戻っていく。
その途中、先程の父からの話を思いだして独り言を呟いた。
どうせ領地を与えられる訳が無いと考えていたため、まさかの領地に驚いた。
しかし、与えられる領地の名前を聞いて納得した。
レオの予定だと、家を追い出されてからは冒険者として生きていくつもりでいた。
冒険者とは組合に所属し、依頼を受けて、それを達成することで資金を得る職業の者たちのことをいう。
魔素によって変容した生物の魔物を退治したりするため力仕事の印象が強いが、その日暮らすギリギリ分の資金を得られる薬草の採取など、レオでもなんとかできそうな仕事が存在している。
無理をせず薬草採取などをして、その日暮らしをするのがレオの考えだった。
「それを見越してなのかな……」
父や兄たちからすると、冒険者になったレオが名を馳せるとは思っていない。
ディステ家の名を使うつもりはないが、父たちはそうは思っていないだろう。
家の名前に傷を付けられる前に死んでほしいと思っているはず。
ならば、もしもレオが薬草採取などで地味に長生きするようなことになるより、ヴェントレ島を与えてすぐに死んでもらった方が手っ取り早いと判断したのかもしれない。
レオに領地を与えるというのを聞いていたのに、兄たちが何も言わなかったのは、そういった理由からなのだろう。
「レオ様……」
「どうしました? ベンさん……」
いつもの自室に帰ると、部屋の扉の前に執事のベンヴェヌートが待ち受けていた。
何かあったのだろうかと思い、レオはベンに問いかける。
「ヴェントレ島へ行くことになったとお聞きしました」
「あぁ、聞いたんですね?」
心配そうな表情をしていると思ったら、どうやらレオよりも先に話を聞いていたのかもしれない。
その話になり、レオは困ったように頭をかいた。
この家で働く者は当然伯爵家の領地を知っている。
そのため、ヴェントレ島がどんなところかも知っている。
レオがそこの領主になったというのは、つまりはそこで死ねと言っているのも同義だ。
これまで長い間仕えてきたレオが、このまま死地へ送られてしまうのを何もできないでいる。
ベンヴェヌートはそのことを悔しく思っている。
「……大丈夫ですよ。何とか生き抜いてみます」
「しかし……」
「僕よりも、ベンさんは父上か兄上たちの誰かに付くことになるのだろうから、これから大変かもしれないよ」
伯爵家とは言っても、ディステ家に仕えている人間は余っていない。
と言うのも、次男のフィオが女好きで、若いメイドを雇うとすぐに手を出そうとしてしまう。
そのため、メイドは年配の女性ばかりで、代わりに入れた男性の使用人も若い者ばかりでまだまだ仕事ができるとは言い難い。
使用人の中でも仕事のできるベンヴェヌートは、レオの専属から父や兄たちの中の誰かの副執事と言う扱いになるのだろう。
誰に付いても、レオ以上に気を使う事間違いないため、レオはそのことを心配している。
「私のことなどどうでもよろしいのです。レオ様はお体の方が……」
「対策も考えているので大丈夫ですよ」
普通の人間でさえ危険な地なのに、病弱なレオではとてもではないが生きていけない。
そのことを心配しているのだが、レオはなんてことないように返事をする。
冒険者になるために考えていたことだが、それをそのまま領地経営に使えば良いだけのことだ。
「いつも通り部屋におりますので、ベンさんは他の仕事に戻って大丈夫ですよ」
「……かしこまりました」
実の父から当てつけのように危険な領地を与えられたというのに、気落ちしている様子のないレオ。
そんな彼の態度を見ていると、本当に何か考えがあるのだろう。
そう判断したベンヴェヌートは、少し間を開けた後、素直に引き下がることにしたのだった。
◆◆◆◆◆
「とうとうこの日が来てしまいましたか……」
「1週間なんてあっという間だね?」
レオが父よりヴェントレ島への領地を任されるということを聞いて、1週間が経った。
その間レオが何かしていたかは、父のカロージェロや兄たちだけでなく、使用人のベンヴェヌートですら分からなかった。
何か策があるようなことを言っていたが、本当にそんなものがあるのか分からず、このまま見送っていいものかとベンヴェヌートは心配ばかりが募ってくる。
「……荷物はそれだけですか?」
「父上がカバンに入る分しか持って行ってはならないと仰っていたので……」
用意された馬車は貴族用のものなどではなく、南へ向かう商人の馬車へ乗せてもらうことになっている。
護衛として冒険者も何人かいるが、その馬車へ荷物を載せるレオにベンヴェヌートは更に心配にさせられる。
背負う形のバッグ1つしか馬車に乗せていない。
これから危険な地へ向かうにしては少なすぎる。
しかし、カロージェロの命令と言われては仕方がない。
「領主になったのに貴族位もなくなり、家名も名乗るなと言われました。名乗るならヴェントレの名を付ければいいとも言われてしまいました」
国王様へ領地の譲渡を進言した時に、カロージェロはレオから家名までも奪い取ってしまったようだ。
貴族位でなければ名ばかりの領主で、たいした権限も有していない状況になってしまった。
仕えている身でありながら、ベンヴェヌートはいくら何でもそこまでするかと不信感が湧いてくる。
「……レオ様、どうかお気をつけて……」
「ありがとうベンさん、みんな!」
レオにとって新たな門出の出発というのにもかかわらず、父や兄は見送りになど出てくることは無い。
見送りに出て来たのは、ベンヴェヌートと数人の使用人のみ。
彼らもベンヴェヌートと共にレオを見守っていた者たちだ。
兄たちと違い、使用人に文句を言うことなどなかったレオは、彼らに好かれていた。
出来ればレオに付いて行きたいところだが、彼らも仕事を捨てることなどできず、見送ることしかできないことを悔やんでいる。
そんな中、そろそろ出発予定時刻になり、商人から出発の合図が送られて来る。
「じゃあ、行くね!」
そう言ってベンヴェヌートや使用人に軽く手を振り、レオは馬車へ乗車していったのだった。
きっとこの家の人間誰もが、レオはすぐに死ぬと思っていたことだろう。
それが魔物によるものなのか、はたまた海賊によるものなのか、もしくは体調を崩して病で亡くなるか。
違いはあっても、結果は同じ。
病弱なレオを見てきたがためにそう思うのも当然だ。
しかし、気付いている人間はいなかった。
この半年でレオの顔色が良くなっていることを……。