「レオ様!」

「どうしました? ベン」

 ルイゼン領の戦いから5年が経ったヴェントレ島の領主邸。
 執務室で書類に目を通していたレオの所に、執事のベンヴェヌートが入ってきた。
 焦っている様ではないが、曇り気味の表情を見る所何か問題が起きたようだ。
 その表情を見たレオは、手を止めて話を聞く態勢をとった。

「ギルマスのファウスト殿から報告が入りました。西の森にオルソ・ロッソの群れが確認されたそうです!」

「本当ですか!?」

 ヴェントレ島の東側6割が開拓され、ギルドの支店も置かれる都市へと発展を遂げた。
 予定通り、ギルドマスターはファウストになってもらっている。
 少々怠ける時もあるが、仕事はちゃんとこなしている。
 そのファウストから、オルソ・ロッソ(赤い熊)の群れが発見されたそうだ。
 1体でも高ランク冒険者パーティーが必要な魔物だというのに、それが群れとなると危険度はさらに高まる。
 熊の魔物は普通群れないのだが、このオルソ・ロッソは群れることがあるため、時折大規模の群れとなって手が付けられなくなる。
 もしも、町に入り込むようなことになったら、多くの市民に命の危機が迫るため、冒険者ギルドと共に、領兵も動かないといけない事態だ。

「スパーノ殿のパーティーが発見したようですので、間違いないかと……」

「彼らがそういうなら間違いなさそうですね。分かりました」

 ルイゼン領の戦いで仲良くなった冒険者のスパーノ。
 拠点となる地は違うのだが、年に数回レオに会いに来るついでに、ギルドの依頼を受けたりしている。
 高ランクパーティーとして国内では有名の彼らのパーティーが、嘘の報告をすることはないだろう。
 ベンヴェヌートから報告を受けたレオは、了解したように頷いた。

「ファウスト殿は討伐にレオ様のお力も借りたいとのことです」

「分かりました! ロイたちを出します! ガイオたちにも伝えてください!」

「畏まりました!」

 見つかった赤い熊の群れは15体程。
 ギルドの冒険者だけでは少々手に余る数だ。
 ファウストの要請は当然のものだろう。
 要請に了承したレオは、隊長のガイオと領兵部隊を出すことを決定した。





「行きますよ! ガイオ!」

「了解!」

 ファウストとの打ち合わせにより、翌日にはオルソ・ロッソの群れの討伐へ向かうことになった。
 馬にまたがり、レオはガイオに出発を指示する。
 その指示に従い、ガイオも馬へとまたがった。

「レオ様! 呼び捨てには慣れたみたいですが、いつも言っているようにその敬語も何とかしないといけませんぜ!」

「……ごめんなさ、……すまん!」

 ルイゼン領奪還戦の活躍により、レオは伯爵位になった。
 それを機に、他のみんなの方がレオへの言葉遣いを変えるようになった。
 いつまでも部下や領民と何の差もなく接していては、威厳が全くないと思われかねない。
 せめて言葉遣いだけでも領主らしくするべきだといわれ、レオはそれを受け入れた。
 しかし、名前を呼び捨てにする事には慣れたのだが、敬語がなかなか抜けない。
 そのため、ベンヴェヌートやガイオにちょくちょく注意を受けるのが日常となっている。
 その注意にも「ごめんなさい」と言いそうになり、まだしばらくかかりそうだ。

「あなた!」

「っ!! エレナ!」

 出発といったところで、レオに声がかかる。
 声をかけて近寄ってきたのは、妻となったエレナだ。
 それを見たレオは、慌てて馬から降りた。

「安静にしてないと駄目だろ!」

「ごめんなさい!」

 レオはエレナを優しくたしなめる。
 というのも、エレナのお腹のことが気になるからだ。
 エレナのお腹は大きくなっている。
 レオとの間にできた子を宿しているのだ。
 ルイゼン領奪還戦の後、王のクラウディオがレオたちの結婚式の計画を進めた。
 クラウディオというより、エレナの友人であるレーナ王女が動いたという方が正しいかもしれない。
 ルイゼン領奪還の英雄と、回復魔法の得意な聖女と大々的に銘打たれ、2人は王都で盛大に結婚式をおこなうことになった。
 ヴェントレ島内で開くだけでよかったのだが、2人としては盛大過ぎて恐縮しっぱなしだったように思える。
 結婚してから少し経つが、ようやくできた子がもうすぐ生まれる状況で、エレナよりもレオの方が気が気じゃないといった様子だ。

「気を付けてくださいね!」

「あぁ! 行ってくる!」

「いってらっしゃいませ!」

 見送りの言葉を受けて返事をしたレオは、エレナに治してもらった左手でエレナのお腹をさする。
そして、すぐ側に立つセバスティアーノへ視線を向ける。
 レオの言いたいことを察しているのか、セバスティアーノは恭しく頭を下げた。
 彼は相変わらずエレナの執事として側におり、レオも安心して魔物退治に出かけられるのも彼がいるからかもしれない。
 見送りを受けたレオは、また馬へとまたがり、ガイオたちと共に西へ向けて移動を開始した。





「報告通りの数だ……」

「えぇ……」

 離れた位置から岩場に目を向けるレオたち一行。
 洞窟に巣をつくり、そこで数を増やしたらしく、オルソ・ロッソが何体も出入りしていた。
 スパーノたちの報告通りの数に、レオとファウストは渋い表情になる。
 遠くから見てもその巨体が分かり、それが何体もいるのが気を重くしている。
 あんなのと戦わないといけないと思うと、そうなるのも仕方がないところだ。

「どうしやすか?」

「ん~……」

 数が多いため、冒険者と領兵たちも少し表情が強張っている。
 いつもと変わりないのは高ランクパーティーのスパーノたちと、ファウストやガイオといった化け物級の強さの持ち主くらいのものだろう。

「ニャッ!!」“スッ!!”

「……そうだね。僕と2人の能力で止めよう」

 今回の戦いにも、レオの従魔である闇猫のクオーレと蜘蛛のエトーレはついてきた。
 クオーレは闇魔法を利用した影縛り、エトーレは作り出した糸を使い、敵の動きを止めることが得意だ。
 レオも糸を使った操り能力があり、訓練を続けたことにより、生物でも以前より動きを止められるようになっている。
 自分と従魔たちの能力を合わせ、レオは熊たちの動きを止めることにした。

「では、我々は合図と共に熊に襲い掛かります!」

「あぁ、頼む!」

 レオの作戦を受け、ファウストが冒険者たちを伴い北から、ガイオたち領兵が南から熊へと攻めかかることになった。

「行くよ!?」

「ニャッ!!」“スッ!!”

 レオの言葉に、クオーレは頷き、エトーレは右前足を上げて了承する。

「ハッ!!」「ニャッ!!」“シュッ!!”

 レオの魔力の込められた糸、クオーレの影、エトーレの粘着糸が同時に熊たちへと迫っていった。

「っ!? グルッ!?」

「かかれ!!」「かかれ!!」

 突如動けなくなり戸惑う熊たちに対し、北と南から同時に声が上がる。
 多くの冒険者と領兵たちによって、危険なはずのオルソ・ロッソが瞬く間に討伐されていった。

「やっぱレオ様スゲエな……」

「あぁ……」

 誰も怪我をせず討伐が完了し、帰り道で兵たちが話しを交わす。
 レオとその従魔のお陰で、また街の安全が確保された。
 ヴェントレ島の西側はいまだに魔物が蔓延る地域で、危険な魔物の報告は月に1度は報告される。
 それでも市民が安全に暮らせるのは、いつもレオが出ることで収められているからだ。
 それをみんな理解している。





 レオポルド・ディ・ヴェントレは、幼少期は病弱だった。
 しかし、神から授けられた力で悪を倒して英雄となり、国のために魔物の群がる地を開拓する。
 そして、その地をヴァティーク王国において理想と呼ばれるほどの豊かな地へと変え、彼とその妻は仲睦まじく過ごし、生涯を終えた。
 その子孫たちも英雄に習い、国の平和に力を注ぐ一族として知られることになる。
 この物語は、元病弱少年の領地開拓記として、ヴァティーク王国の後世に語り継がれることになる。