「……んっ?」

 ジェロニモとコルラードを倒し、気を失ったレオ。
 目を覚ましたレオは、見慣れない天井に思考の整理をする。
 しかし、霞みがかかったようにはっきりしない。

「くっ!!」

 体を起こそうとするが、体の至る所に痛みが走る。
 その痛みによって、段々と自分の状況が理解出来てきた。

「……病室か?」

 ジェロニモとコルラードによる王都襲撃。
 それを阻止するために、色々と無茶をした。 
 体中怪我をして気を失い、自分は治療室へ運ばれたのだと理解した。

「お目覚めですか?」

「……エレナ!! ぐっ!!」

 自分の状況を理解したレオに声がかけられる。
 少し離れた場所で椅子に腰かけたエレナが、こちらを見ていた。
 無事なエレナの顔を見て、レオは思わず体を起こそうとする。
 しかし、さっき確認したというのに、体の痛みによってそれが阻止された。

「あぁ! 休んでいてください! 体の数か所を骨折しているそうですから……」

「あぁ……、やっぱり……」

 声をかけたことで、レオの顔が苦痛に歪んだ。
 そう思ったエレナは、駆け寄ってレオに安静にするように促した。
 戦っていた時は気を張って痛みを抑えられていたが、やっぱりジェロニモに吹き飛ばされた時に数か所折れていたようだ。
 痛みの原因に心当たりのあったレオは、納得したようにまた横になった。

「大丈夫ですか? 3日も目を覚まさなかったのですよ!」

「3日? 結構寝たんだな……」

 ここは王城側にある治療院で、診察を受けたレオは安静にしておくべきだとそのまま病室へ運ばれたそうだ。
 そのまま目を覚ますことなく、3日も寝たままだったそうだ。
 そのことを、エレナは心配そうに話してくれた。
 自分の中では普通に寝て目が覚めただけのように感じていたため、レオはそんなに寝ていたことに驚いた。
 心配をかけて申し訳ない気分だ。

「ニャ~!!」“スッ!”

「あぁ! クオーレ! エトーレ!」

 ジェロニモの標的だったエレナのことが気になっていたため気付くのが遅れたが、レオの顔の付近に従魔の闇猫クオーレと蜘蛛のエトーレがいた。
 この2匹も主人のレオのことが気になっていたらしく、目を覚ましたことに嬉しそうだ。
 クオーレはレオの頬に頬をこすりつけるようにして甘え、エトーレはクオーレの背中に乗った状態で万歳するように前足を上げている。

「エレナを守ってくれてありがとうな!」

「ニャッ!」“スッ!!”

 王都までの移動に魔力を使い切ったクオーレ。
 屋上に追い詰められたエレナたちを逃がすことに成功したエトーレ。
 この2匹がいなかったら、きっとエレナたちを救うことはできなかっただろう。
 感謝の言葉と共に、レオは2匹の頭を順番に撫でてあげた。
 スケルトンにされた王城内の兵たちは間に合わなくて申し訳ないが、彼らの抵抗による時間稼ぎも救出の機会を作ることに貢献したといえるため、彼らにも感謝したいところだ。

「今日か明日には陛下たちも王都へ戻るそうですよ」

「そうか……」

 ジェロニモの殺害、もしくは捕縛をするためにルイゼン領にとどまっていた王のクラウディオ。
 まさかのジェロニモの王都襲撃に、慌てて王都への帰還を開始したそうだ。
 しかし、クオーレのいるレオとは違い、馬で数日の距離だ。
 襲撃が治まって今さらということはできない。
 むしろ、かなり急いだ戻りだといえるくらいだ。

「今回の襲撃をレオさんが止めたと聞いて、すぐさま感謝の手紙を送ってくださったそうですよ」

「光栄だね……」

 襲撃したジェロニモとコルラードを、レオが止めた。
 それをエレナと共に逃走に成功した王女のレーナが、兄で王のクラウディオへと伝書鳥を使って早々に報告したそうだ。
 ルイゼン領の西の村にいたレオが襲撃阻止したことに驚いていたが、それによってレーナや多くの市民の命を救われたことに安堵していたそうだ。
 下級貴族である自分に直々の感謝の言葉に、レオは嬉しそうに呟いた。

「言葉だけでは足りませんよ。王都を救ったのです! きっと戻られたら相当な褒賞を与えてくれるに違いありません!」

「ま、まぁ、期待しないで待つとするよ」

 言葉に出さないが、レオはエレナの危機を知って勝手に行動したに過ぎない。
 無我夢中にやったことなので、感謝や恩賞と言われてもなんとなくピンと来ていない。
 レオとは違い、エレナは少し頬を赤くして熱弁してきた。
 そんなエレナに圧されるように、レオは当たり障りなく返答しておいた。





「レオ!!」

「みんな!!」

 目を覚ましたその日のうちにクラウディオが戻り、
 寝たままの状態のレオに、クラウディオは何度も感謝の言葉と共に頭までも下げてくれた。
 レオとしては恐縮しっぱなしといった時間だった。
 その翌日には西の村へ向かっていたガイオたちも戻ってきたらしく、すぐさま病室へと見舞いに来てくれた。
 レオ同様、ジーノの魔法指導を受けていたことで、エレナには回復魔法の才能があるということが分かっている。
 そのエレナの回復魔法のお陰で足以外の骨折を治してもらえ、体を起こすことも、松葉杖を突けば移動もできるようになった。
 そんなレオを見て、ガイオたちは遠慮なくもみくちゃにしていた。

「……レオ!」

「はい?」

 レオが元気だということが分かり、安心したみんなが病室から帰ることになった時、ガイオだけが残ってレオへと話しかけてきた。
 真剣な表情をしているため、レオは少し緊張したように返事をした。

「……足が治ったら褒賞のことも話されるそうだが、どうするんだ?」

「どうする……?」

 ルイゼン領の奪還が成功し、問題だったムツィオとジェロニモの親子も倒された。
 今回レオは多大なる貢献をした。
 以前も話したように、恐らく資金的な期待はあまりできないが、爵位については間違いなく上がることだろう。

「恐らくそこでエレナ嬢のこともいわれることだろう……」

「……そうですね」

 レオの褒賞のこともあるが、奪還したルイゼン領の領主のこともある。
 正常に領地経営をしていたエレナの父グイド。
 元々は、エレナが成人したら領主になるための繋ぎでしかなかったのだが、おかしくなったのはムツィオに後見人を任せたことによるものだ。
 死んだと思っていたエレナが生きていた以上、エレナがルイゼン領の領主に任命される可能性が高い。
 そうなった場合、エレナの執事のセバスティアーノに言われていたように、レオはエレナとの婚姻は諦めることになる。
 ガイオも気になっていたが、それがもうすぐ側に来ているということだ。
 考える時間は短かったが、レオがどうするのかを決めたのか確認しておきたかったのかもしれない。

「…………大丈夫です。僕の気持ちは決まっています」

「……、そうか……」

 エレナがルイゼン領の領主になれば、自分がヴェントレ島を捨てない限り婚姻することはできない。
 しかし、一から作り上げた自分の領土と市民のことを、自分の勝手で捨てる訳にはいかない。
 かと言って、エレナの生存を知って領主になってもらいたいと期待するルイゼン領の市民も少なくないため、それを奪うようなことをして良いのかという思いもある。
 どちらを選べばいいのか、それともそのどちらも選ばないという選択もある。
 ジェロニモと戦っている時は無我夢中で考えている余裕なんてなかった。
 しかし、それが終わってから横になっている時間が多かったからか、エレナをどうしたいのかという自分の考えが自然と決まった。
 少し間をおいて答えたレオの決意の表情を見て、ガイオは安心したように病室を後にした。

「ミ~……」

「大丈夫だよ……」

 もうすぐその答えを口にする日が迫る中、レオはベッドに腰かけ表情暗く一点を見つめる。
 その様子に、クオーレが心配そうに鳴き声をかける。
 安心するように声をかけつつクオーレの頭を撫で、レオはベッドに横になって眠りにつくことにしたのだった。