「死霊装……?」
攻撃を防がれて一旦距離を取ったレオは、変容したジェロニモの様子を驚きの表情で見つめる。
頭に何かの骸骨を被り、武器を取り出した。
ジェロニモがしたことは、たったそれだけのことのように見える。
しかし、そうした途端ジェロニモの全身を黒い炎のような魔力が纏い、レオの攻撃を手に持つ剣で防いだ。
戦争に際し、ジェロニモは武術全般得意な方ではないという資料をレオは目にしていた。
ガイオに訓練を受け続けているため、レオの剣技はかなり上がっていて、近い内に剣術スキルを手に入れることができるのではないかと言われている。
剣術スキルを持っているから強いという訳ではないが、持っていると持っていないでは当然差が出る。
決して自分が強いとは思っていないが、ジェロニモになら勝てるという思いがあった。
このような技をジェロニモが隠し持っているとは思わなかった。
「骸骨を操るなら操縦者は近い距離にいた方が良い。その方が魔力を消費しないからな……」
「…………」
どんな能力か分からず戸惑っているレオが面白いのか、ジェロニモは愉悦を浮かべながら説明を始めた。
わざわざ説明してくれるようなので、レオは黙って聞くことにした。
まず話し始めたことは、レオにも分かる。
スキルにより自動で動く人形たちだが、レオの近くにいる方が魔力消費は少ない。
ヴェントレ島に住むようになり、ロイやオルを使っているうちに気が付いたことだ。
操る物は違うとしても、同じような能力を使うジェロニモもそのことに気付いていたようだ。
「骸骨は貴様の人形のように内部に何もない。しかし、被ることはできる」
レオの人形は、一部に電池代わりの魔石を入れるスペースを作ることはできるが、内部に入ることはできない。
術者であるレオが内部に入るような人形も作ろうと思えば作れるが、現状そんな暇はない。
魔物などの骸骨をスケルトンとして利用する場合、生前並に強い訳ではないことはここまでの戦いで分かっている。
特に人間の骨を使ったスケルトンは知能の面で劣ることからか、生前強くてもスケルトンになったらたいしたことないレベルに落ちる。
スケルトンドラゴンは、単純に生前の能力よりも落ちていてもあの強さだというのだから恐ろしいところだ。
そのスケルトンドラゴンの骨はでかすぎて被るなどとはできないが、大きさ次第ではたしかに被ろうと思えば被れる。
だからと言って、それでどうしてジェロニモが強くなったというのだろうか。
「貴様を潰すために色々試した結果、俺は被った骸骨の生前の能力が出せることを突き止めたのだ!! しかも、俺はスケルトンドラゴンを操るほどの魔力持ちだ! つまり、この程度の大きさなら何時間でも使用可能だ!!」
戦争をしている時、ジェロニモは幾度もレオの能力に驚かされた。
同じような能力でどうしてこのように差が出るのか分からず、ジェロニモはどうにかして自分のスキルの向上ができないか考えた。
そして考え付いたのがこの能力だ。
「まともなことにその頭を使えって言いたいが、確かに面倒な能力だな……」
僅かな期間でこのようなことを考え付き、ちゃんと使えるレベルまで持って来たことを考えると、性格はともかく頭の方は良いようだ。
しかし、その使い道がどう考えても間違っている。
それをちゃんとした方向で使えば、市民に愛される領主としてなっていただろうと、レオは思わなくはない。
骸骨を被ることで、魔力の消費量も少なく生前の能力を使える。
しかも、ジェロニモはレオの何倍もの魔力持ちのため、魔力切れを期待することもできない。
人形たちはスケルトンの相手をさせている。
つまり、この状態のジェロニモを相手に、レオは単独で戦わなくてはならないということのようだ。
「どうだ……っ!! エレナ!?」
自分の強い姿を見て気持ちを変えたかもしれないと、ジェロニモはエレナたちの方へと視線を向ける。
しかし、先程いた場所にエレナがいなくなっていることに気付いた。
ここは建物で言う所の4階の高さのため、とても飛び降りて助かる高さではない。
何かしらの方法で降りられたとしても、王城内のほとんどの人間が死体かスケルトンへと変えられている。
下に降りたらすぐにスケルトンに捕まっているはずだ。
しかし、スケルトンからエレナを捕獲したという感覚は感じられない。
どうやってこの場からいなくなったのか、ジェロニモは下へ向かって目を向けた。
「クッ!! いつの間に……」
下へと視線を向けて、ジェロニモはどうやって逃げたのか理解した。
何やら糸のようなものが、城の外の建物へと繋がっていた。
その糸を伝って、エレナたちが避難していたのだ。
「あの蜘蛛か!?」
イラーリとは反対側のエレナの肩に、小さい蜘蛛が乗っているのが見える。
その蜘蛛の糸によって逃走したということに、ジェロニモは気が付いた。
闇猫のクオーレによる影移動は魔力切れで使えない。
そのため、レオは蜘蛛のエトーレにエレナたちの避難を頼んでいたのだ。
ジェロニモの気を引いているうちに、うまいこと逃走に成功したようだ。
「本当にあの2匹の従魔は優秀だな……」
これで一先ずエレナたちは安全な場所へ避難できるだろう。
指示した通り動き、結果を出したクオーレとエトーレに、レオは深く感謝した。
「おのれっ!! 貴様っ!!」
あの蜘蛛のやったこともレオの仕業だと知り、ジェロニモは一気に逆上した。
そして、その場を蹴り高速で接近すると、手に持つ剣でレオに斬りかかった。
「何度も何度も邪魔ばかりしやがって!!」
「ぐっ!!」
高速接近から横薙ぎされる剣に、レオは慌てて反応する。
手に持つ剣で防ぐことはできたが、その威力がとんでもない。
踏ん張ることもできず、レオは吹き飛ばされるように屋上から離れていった。
「くそっ!! 【風】!!」
攻撃による痛みはない。
しかし、このままでは地面へと落下して死んでしまう。
そう考えたレオは、地面へ向けて魔法を放った。
噴射された風により、レオは無事着地に成功した。
「フゥ~……」
魔法は精神状態に左右する。
そのため、もしも威力が思ったより弱く発動していたら、大怪我を負っていただろう。
咄嗟のことだったため、何とか成功したことにレオは安堵のため息を吐いた。
「あんな狭いところよりいいか……」
「っ!! と、飛んでる……?」
レオが着地したのは、王城側にある兵たちが訓練する屋外鍛錬場だった。
そんな事、レオやジェロニモは分からないし、考えているほど暇ではない。
それよりも、先程の狭い屋上に比べれば開けた大規模な場所のため、ジェロニモは邪魔が入らず戦えると笑みを浮かべた。
ジェロニモの声が聞こえ、逃げているエレナではなく自分の方に来てくれたとレオは少し安心した。
しかし、そのジェロニモの姿がある場所に目を見開いた。
声をかけてきたジェロニモは、背中に生えた炎の魔力を翼のように使って、屋上から飛んできたのだ。
「……そうか!! その能力で王都まで飛んできたのだな!?」
「ご名答!!」
王国軍が取り囲んだ村からは、何も出てこなかった。
スケルトンワイバーンのような存在もあるかもしれないと、上空も見逃してはいなかったはず。
しかし、人を乗せて飛ばすような大きさのスケルトンは確認されなかった。
ただ、たいした大きさでなかったとしたら見つけられただろうか。
今のジェロニモのように、人間サイズのものが上空へ飛び出したとして、少し離れた場所にいた人間が見付けられたかは微妙なところだ。
しかも、黒い炎のような魔力に覆われていたら、闇夜に紛れて飛び立ったら気付けるとは思えない。
日が暮れ、夜の闇に紛れて逃げたのだとしたら、ジェロニモがここにいる理由にレオは納得できた。
そのことにレオが気付くと、ジェロニモは馬鹿にするかのように拍手をした。
「みっともないな王国軍は!! 囲んでおいてまんまと逃げられたのだからな!! ハーハッハッハ……!!」
「クッ!!」
自分がまんまと王国軍を出し抜いたことに、ジェロニモは改めて笑わずにはいられなかった。
包囲しておいて逃げられ、その間に王都を殲滅された姿を見せつける。
国として戦争に負けても、自分は負けていないということを誇示するための作戦だったのだ。
これまで懸命に戦ってきた仲間を自分も含めて馬鹿にされたレオは、怒りで飛び出しそうになるのを耐え、歯を食いしばった。
「軍が戻る頃には、ここは破壊されて焼け野原。そして俺はエレナと共に新天地へと向かうのだ!!」
「そんなことはさせない!!」
味方のはずの市民や軍を見捨て、多くの人間に悲しみを与える自分勝手な考えとおこない。
このままこの男の好きにさせる訳にはいかない。
そう思ったレオは、何としてもジェロニモをこの場で倒すべく、手に持つ剣を構えたのだった。
「ハッ!!」
自分勝手なことばかり言っているジェロニモ。
放って置けばいつまで経っても王国に、そしてエレナに危険が及び続ける。
何としてもこの場で止めるために、レオはジェロニモへ斬りかかった。
「フンッ!!」
「っ!!」
横から迫っての袈裟斬りを放ったレオだが、その剣を途中で止めて後退する。
そのまま斬りかかっていた場合、レオの顔面に鞭が直撃していたことだろう。
好判断により、レオは黒い炎のような魔力を纏った鞭を躱せた。
「危ない……」
後退して躱せたことに安堵するレオ。
しかし、完全に躱したわけではなかったことに気付く。
焦げた匂いに視線を少し上へ向けると、自分の前髪が何本か焼けていたが見えた。
「……あの魔力か?」
迫っていた鞭は躱せた。
しかし、その鞭を纏っている黒い炎のような魔力は掠っていた。
前髪が焦げた理由を考えると、レオにはそれしか思い至らなかった。
「どうした!? かかってこい!!」
斬りかかってきたレオが、一瞬にして表情を変える。
自分の纏っている魔力に恐れを感じているのだとジェロニモには分かる。
ジェロニモ自身、この能力を使えるようになって驚いたものだ。
「来ないならこっちからいってやるよ!!」
「くっ!!」
どう戦うべきか考えているレオに、ジェロニモは襲い掛かってきた。
接近戦では、武器は躱せてもあの魔力まで躱しきれるか微妙だ。
活路を見つけ出すまでは近付けないと、レオはジェロニモから逃げ回った。
「どうした!? 時間稼ぎのつもりか!?」
威勢のいいことを言っていたのにもかかわらず、逃げ回るしかないレオを煽るように言いつつ、ジェロニモは接近と攻撃をし続ける。
その一撃は人間による攻撃にしては強力。
レオが1発食らえば、大ダメージを食らうこと間違いなしだ。
しかも、炎の魔力による熱も厄介だ。
逃げ回りながらも、レオは懸命にどう戦うかを考え続けた。
「その能力……」
「んっ?」
逃げ回っていたレオが口を開く。
何か気付いた様子のレオに、余裕のジェロニモは一旦攻撃をやめる。
「バルログだな?」
「ほお~……、気付いたか?」
飛空時に出した翼、炎の剣と鞭、ジェロニモが被っている頭蓋骨の形全てを合わせて考えると、レオにはある魔物の存在が思いついた。
炎の悪魔とも呼ばれるバルログという魔物だ。
その名前を出した瞬間、ジェロニモは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「その通り! これはバルログの骨だ!」
「……どうやって手に入れたんだ?」
言い当てられてどことなく嬉しそうなジェロニモ。
それはレオには好都合。
考える時間を稼ぐために、レオは特に興味もない質問を投げかける。
「俺は元々スカルグッズの収集家でな……」
レオの質問に対し、ジェロニモが話し始める。
しかし、そのことは情報として知っているため、レオは聞いているふりをしてどう戦うか考える。
「大体の人間が気味悪がったが、エレナだけは認めてくれていた」
『……だからエレナに付きまとっているのか?』
それを聞いて、レオはなんとなく納得した。
どうやら、自分の趣味を認めてくれたことがきっかけで、ジェロニモはエレナのことを好きになったようだ。
しかし、自分が好きだからと言って、エレナが自分に惚れているという訳ではない。
そんなことが分かっていないから、このようなことをしているのだろう。
人の気持ちを考えないジェロニモに、レオは何だか可哀想な人に見えてきた。
しかし、思ったことを口に出せば、すぐにでもまた襲いかかってくるかもしれない。
なので、黙ったまま聞いている振りを続けた。
「スケルトンを置いてきて良かったのか?」
「そんなのたいしたことではない。スケルトンがいなくてもお前くらい苦でもないわ!!」
あの状態だけでも面倒なのに、これでスケルトンまでまだあるとしたら勝ち目が薄い。
それを確認するために、レオはジェロニモに話しかける。
すると、どうやら吹き飛ばした自分を追いかけてきたので、スケルトンはそのまま全部城に置いてきたようだ。
それを聞いて、レオは少し安心した。
「ハッ!!」
「フンッ!! お前はまだ人形を残していたか?」
スケルトンを全部おいてきたジェロニモとは違い、レオはまだ少し戦闘人形を残しておいた。
それでも10体程度。
バルログの力を使えるジェロニモと戦うには、どう考えてもこれでは数が足りない。
それが分かっているのか、ジェロニモは人形たちを見ても余裕の表情を崩さなかった。
「すまんが、みんな頼むぞ!」
“コクッ!!”
レオの指示を受け、頷いた人形たちは手に持つ剣でジェロニモへと向かっていく。
「舐めるな!!」
迫り来る人形たちに、ジェロニモは慌てることなく剣と鞭を振るう。
その数回の攻撃だけで、あっという間にレオの人形たちは破壊されてしまった。
しかも、壊されただけでなく、剣で斬られたり鞭で叩かれた場所から着火し、全身に炎が燃え広がっていった。
「バルログの力を使える上に人としての知能も使える。お前単体でバルログと戦うようなものだ!!」
「くそっ!!」
ジェロニモの戦い方を見極めるためとはいえ、自分の作り出した人形たちが壊される。
しかも、軸となる金属だけ残して燃やし尽くしてしまった。
そうなる可能性を感じていたとはいえ、人形たちに申し訳ないことをさせてしまったと、レオは歯を食いしばって悔しがった。
人形たちがやられてしまい、またも1人になってしまったが、レオの中には少しだけ分かったことがあった。
『思った通り、剣技などに関してはたいしたことはない』
バルログの力により、ジェロニモの攻撃の威力と速度はとんでもないものがある。
しかし、それを使っているジェロニモ自身の技術がそんなでもないことからか、防ぐ分には難しくないかもしれない。
「おっ?」
『接近戦より遠距離攻撃だ!!』
人形たちを犠牲にしてしまったからには、勝たないといけない。
そう考えたレオは、人形たちが教えてくれた情報を元にジェロニモとの戦闘方法を導き出した。
レオが何かを掴んだような表情をして魔力を練りだしたのを見て、ジェロニモは何かしてくるのかと身構える。
しかし、何をされても大丈夫な自信があるのか、武器を下げたままだ。
「【水】!!」
「魔法!?」
炎には水。
そう言うかのように、レオはまず水の魔法で水球を放つ。
何をするのかと思っていたら魔法を放って来たので、ジェロニモは僅かに驚きの声をあげる。
魔法はたしかに優秀な能力だが、戦闘において使えるほどの威力を出せる者は少ない。
人形使いとしてしか知らないため、ジェロニモはレオがそんな攻撃をしてくるとは思っていなかったようだ。
「ムッ! ……何だ。なかなかの威力だが、俺には通じんじゃないか……」
飛んできた水球に対し、ジェロニモは剣を盾にするようにして身構える。
水球が着弾した瞬間衝撃を受けるが、防いでしまえばなんてことない。
当たって弾けた水も、すぐにジェロニモの炎の魔力によって、ジュ~という音と共に蒸発していった。
その結果を見たジェロニモは、肩をなで下ろすように笑みを浮かべた。
「【氷】!!」
「今度は氷か……」
続いてレオが放ったのは氷魔法の氷柱。
先が尖った氷柱が、ジェロニモに向かって飛んで行く。
その氷柱を、ジェロニモは鞭を振って防ぐ。
鞭に触れて軌道がずれた氷柱が、水へと変わって地面へと飛び散った。
「抵抗は終わりか?」
「あぁ……」
「何っ?」
魔法攻撃をしてくるとは思わなかったが、防げるレベルだ。
レオの攻撃に脅威を感じなかったジェロニモは、余裕の態度で話しかける。
自分の攻撃が通用しないと分かり、恐れおののく表情を期待していたのだが、レオは思い通りの言葉と表情をしていなかった。
それどころか、レオの方も笑みを浮かべていた。
「【氷】!!」
「フンッ!!」
会話をやめて戦い出したレオとジェロニモ。
ジェロニモが纏う炎の魔力によって、接近戦は危険でしかない。
そのため、レオは氷魔法を使い、氷柱を飛ばしてジェロニモに攻撃する。
しかし、その攻撃もジェロニモが持つ剣や鞭によってただの水へと変えられてしまう。
「ハーッ!!」
「くっ!!」
レオの魔法を弾いたジェロニモは、そのまま地を蹴り距離を詰める。
スキルによって、バルログという魔物の能力を使っているせいか、とんでもない速度でレオへと迫る。
そのまま剣で斬りつけてくるジェロニモの攻撃を躱し、レオはまた距離を取る。
「【氷】!!」
「無駄だということが分からんのか!?」
戦いを再開してから、レオは魔法で攻撃して来るばかり。
それも今の自分には通用しないと確信しているため、余裕で剣を使って魔法を弾き飛ばす。
繰り返しのような状況に、段々とイラ立ちを含むように文句を言い放った。
「【氷】!!」
ジェロニモの言葉なんてお構いなし。
レオは効かないと分かっていながらも、距離を取りながら同じ魔法を繰り返した。
『思った通り……』
距離を取って戦うレオ。
戦いながらも、今の状態のジェロニモを分析していた。
その中で、距離を取った自分に、同じように魔法を放ってくるかもしれないと思って警戒していた。
しかし、いつまで経ってもそのような素振りをしない。
魔力が大量にあるというのに、全然魔法の練習をして来なかったのだろう。
せっかくの魔力がもったいない。
それもレオにとっては好都合だ。
このまま距離を取っていれば、危険な目に遭うこともないからだ。
「おのれ!! ちょこまかと……!!」
魔法を弾いては距離を詰めての攻撃。
しかし、その攻撃が当たらず、ジェロニモはイラ立ちが募らせるばかりだ。
「……なるほど、このまま他の人間が援護に来るのを待っているんだな?」
魔法攻撃が通用しないことは、戦い始めてすぐに気付いたはず。
それなのに、距離を取ってワンパターンに攻撃してくるレオ。
その狙いが、ジェロニモには時間稼ぎをしているとしか思えなかった。
時間を稼いでこの場に留め、エレナを逃がすとともに味方となる兵が来るのを待っているのだと導き出したのだ。
「所詮貴様は他人の手を借りないと俺には勝てないということか……」
ジェロニモの中でいつの間にか、このレオとの戦いをエレナを賭けてのものだと考えていたようだ。
1対1の戦いをしているというのに、他人に協力を求めるような戦い方をしているレオが負けを認めていると感じたようだ。
「それはどうかな?」
「何っ?」
レオとしては、別に他人の力を得ても勝てればいいと思っている。
しかし、王都内にいる兵たちが集まって来た場合、勝てるかもしれないが被害者も多く出るということが懸念される。
それだけ今のジェロニモは危険な状態だ。
もしも兵が集まって殺されでもしたら、またスケルトンを増やして抵抗してくるかもしれないし、エレナを賭けているという思いはないが、ここで自分がやられたらエレナに危害が及ぶ。
そうならないためにも、レオもこのまま1対1で勝負を決めたい。
そのため、そろそろ準備していた策を実行することにした。
「……また、性懲りもなく……」
自分の攻撃を躱してまたも距離を取り、魔力を練り始めるレオ。
それを見て、ジェロニモは呆れたような呟く。
レオが何をしたいのか全く分からないからだ。
「っ!!」
これまでと同じようにまた氷柱を飛ばして来るのだと思っていたジェロニモだったが、レオの様子がこれまでと違った。
練った魔力がこれまでと違う反応をし始めたため、ジェロニモは何をする気なのか訝しんだ。
「【雷】!!」
「ぐあーっ!!」
レオが放ったのは雷魔法。
電気が体に伝わり、ジェロニモはその苦しみに呻き声を上げた。
そして、攻撃を受けたジェロニモは、受けたダメージによって膝をついた。
「……くっ、……そうかっ! 効かないと分かっていながら氷魔法を放っていたのは、これが狙いだったのか……」
所々火傷の跡を残しながら、ジェロニモは立ち上がる。
そして、何が起きたのかを周囲を見て気付くことになった。
水魔法は剣や鞭で弾かれてしまえば蒸発して消し去られるが、氷魔法は弾かれると水となって地面を濡らしていた。
ジェロニモの炎の魔力は、触れた部分にのみ高温の作用が及ぶ。
近くの濡れた地面はそのままなのが証明だ。
そのことを戦闘中に気付いたレオは、この戦場の地面を充分に濡らして電気を通す道を作るために、通用しないと分かっていても氷魔法を放ち続けたのだ。
そのことに気付いた時にはもう遅く、ジェロニモは雷攻撃を受けて大ダメージを受けた。
「スキルのお陰で強くなれたとしても、スキルを使う人間が訓練不足なら意味がないんだよ!!」
大ダメージを与えることに成功したレオは、悔しそうに呟くジェロニモに啖呵を切る。
たしかにジェロニモのスキルは素晴らしい。
しかし、それを使う人間が心身ともに未熟としか言いようがない。
このような攻撃は、ある程度戦闘経験のある者なら気が付いていたはずだ。
気付けば、その炎の魔力を使って地面の水も蒸発させることもできたので、ジェロニモもこのようなことにはならなかったのだ。
「くっ……!!」
ふらつきながらも、何とか周囲の濡れた地面を乾かすジェロニモ。
これで同じように電撃を受けることはなくなった。
「……あの魔力のせいか?」
大ダメージを与え、動きをかなり鈍らせることはできた。
しかし、思った以上にまだ動けている。
結構な魔力を使った攻撃を受けたのに、日々訓練をしている訳でもないジェロニモが戦闘不能にならない。
どうしてまだ動けているのか理由が分からなかったが、少し考えたレオはすぐに予想がたった。
ジェロニモとしての魔力なら、どんなに多かろうが抵抗できず、先程の電撃で気を失っていたことだろう。
だが、今のジェロニモはバルログという魔物の力も作用している。
そのバルログの魔力によって、ジェロニモの魔力抵抗が上がっていたからこそ、まだ耐えられているのだろうとレオは導き出した。
「ジェロニモ様!!」
「コルラード……」
「っ!!」
追い込もうとしていたレオと、痛みに耐えつつ迎え撃とうとしているジェロニモ。
そこへ屋上に残してきたコルラードが、助けに入るように駆け寄ってきた。
コルラードが来たことに、ジェロニモはチラッと見るだけで済まし、レオは不吉な考えが沸き上がっていた。
コルラードが来たということは、相手をしていたイメルダたちがやられたという可能性があるからだ。
「王都にいた兵が集まり、城内のスケルトンの制圧が始まりました! 何とか私だけ逃れてきましたが、スケルトンはそのうち破壊されます!」
それを聞いて、レオは少し安堵した。
逃げてきたと言うことは、イメルダたちはまだやられていないかもしれないからだ。
しかも、王都にいた兵たちが集まったというのなら、レオのスキルで動く戦闘人形たちと共に戦えば、そう時間も経たずに城内の制圧は可能だろう。
これで脅威となるのは、自分の目の前にいるジェロニモとコルラードだけになったということだ。
「ここにもすぐに兵が来ます! 今のうちに逃走を開始しましょう!」
「くっ!!」
レオだけでも予想外に苦戦しているのに、この上兵たちまで来たら面倒この上ない。
コルラードの申し出に、ジェロニモは逃走の二文字が頭をよぎった。
「まさか逃げないよな?」
「っ!?」
逃走の相談をしているジェロニモに対し、レオが話しかける。
「エレナを愛していて手に入れたいのだろ? だったら俺との戦いから逃げるわけないよな?」
「……黙れ」
逃がしたら、いつまで経っても王国やエレナに平和が訪れない。
エレナを賭けての戦いと思っているジェロニモ。
逃がさないためにも、レオはその考えを利用することにした。
案の定、エレナの名前を出せばジェロニモは反応する。
「お前のエレナへの愛ってのはその程度なのか?」
「黙れ!!」
最後の煽りが成功し、ジェロニモは逃げるという選択をやめたように、レオに対して武器を構え直した。
「お待ちください!! ジェロニモ様!!」
レオの挑発に乗り、ジェロニモは武器を構えた。
それを止めるようにして、コルラードがジェロニモの前に立ち塞がった。
先程のレオの言葉は、エレナに関することになるとジェロニモが正常な判断ができないことを逆手に取ったものだ。
きっと、仲間の兵が来るまでジェロニモをこの場から逃がさないための挑発にすぎない。
そんな挑発に乗って危険に晒すわけにはいかないため、なんとかジェロニモを止めようとしたのだ。
「いくらジェロニモ様でも多くの兵に囲まれては危険です!! また機をうかがうべきです!!」
「邪魔をするな!! コルラード!!」
ジェロニモが無事なら、いつでもまたエレナ奪還の機会は訪れる。
それだけの力があるのだから、今は一旦退くのが最適手だ。
それを懸命に訴えるが、ジェロニモの意識はレオを倒すことへと向いていて、コルラードの訴えは耳に届いていない。
レオの電撃魔法によって足下がおぼつかない程のダメージを受けているのに、まだ戦う気は満々といった様子だ。
「そうだ。逃げた方が良いぞ!」
「「っ!?」」
さっきとは打って変わったレオの言葉に、ジェロニモとコルラードは訝し気な表情へと変わる。
「そうすれば、エレナはお前のことをその程度の男だと判断する」
「「っ!!」」
続いて発せられた言葉に、2人はそれぞれ違うことを発想する。
ジェロニモの勝手な考えからすれば、せっかく助けに来た自分が逃げ帰るようなことをすれば、エレナの気持ちが離れてしまうのではないかというもの。
コルラードからしたら、レオが的確にジェロニモをこの場に留める発言をしたというもの。
「どけ! コルラード……」
「しかし……!!」
レオの考えは、コルラードが考えたのと同じことだ。
エレナに固執しているジェロニモなら、嫌われるようなことはしたくないと思うはず。
はっきり言って、やることなす事全部裏目に出て、エレナがジェロニモに好意を抱いている訳がない。
しかし、勘違いしているジェロニモには効果てきめん。
レオの思い通り、完全に退避の考えを消すことができたようだ。
ふらつく足を動かしレオへと迫ろうとするジェロニモは、目の前に立ち塞がるコルラードにどくように指示する。
「どけ!!」
「…………っ」
これ以上ここにいては、レオの思い通り兵が集まってしまう。
それなら早々にレオを倒して、少しでも気を静めてもらうしかない。
必死に止めたのも虚しく、邪魔をするなら容赦しないという意思をジェロニモから感じ取ったコルラードは、黙りこんで脇へと逸れたのだった。
「貴様を殺してエレナを手に入れる!!」
「そうはさせないさ!!」
コルラードが離れると、ジェロニモは魔力を膨れ上がらせる。
そんなジェロニモに臆することなく、レオは剣を構えた。
「ハッ!!」
「っ!!」
ジェロニモの背中に魔力の翼のようなものが生える。
そして、その翼を使って、ジェロニモは空へと飛んだ。
魔力を膨れ上がらせたのは、このためだったようだ。
「……空から攻める気か!?」
魔法による電撃攻撃で、ジェロニモの動きが鈍ってしまった。
その場に立ち尽くしたまま相手をしていては、無駄に時間がかかるだけだ。
それなら大量の魔力を使えばいいと判断しての考えなのだろう。
飛び上がった時に逃げる気なのかとも思ったがそうではないらしく、ジェロニモはレオへ視線を向けたままだ。
どうやら空から攻めかかるつもりのようだ。
「ハーッ!!」
「速っ……!! ぐっ!!」
上空からの急降下。
右手の剣を突き出したまま、ジェロニモはレオへと突撃する。
これまでも速かったが、更に速度が上がった。
驚いている暇もないとばかりに、レオはその場から横へと跳び退く。
何とか躱したと思ったが、僅かに肩を掠めてレオに傷を負わせた。
「くっ!」
「ハハッ!」
傷を受けた肩を抑えて声を漏らすレオ。
その姿を見て、ようやく傷を負わせることに成功したジェロニモは、愉悦の笑みを浮かべる。
『血は出ていない? 斬られてすぐに焼かれたのか?』
傷を見て、レオは手に血が付いていないことに気付く。
あのバルログの炎の魔力によるものなのだろう。
斬られた部分が火傷をして血を止めたようだ。
出血をしないことは良しとして、少しの傷だというのに、斬られると焼かれるの2重の痛みに苛まれた。
「死ね!!」
「がっ!!」
またも迫り来るジェロニモの攻撃を、今度は剣で防ごうと試みた。
何とか合わせることはできたが、落下も合わさったその突進力を止めることができず、レオは弾かれるように吹き飛んで行った。
ジェロニモの剣の攻撃によるものではなく、地面を何度も弾むことによるダメージがレオへと襲い掛かった。
「ぐぅ……」
寝ていたら止めを刺される。
何度も地面に打ち付けられた痛みに苦しみながらも、レオは何とか立ち上がった。
「このっ!! 【風刃】!!」
「そんなの効くわけないだろ!!」
「くっ!!」
何か抵抗しないと攻撃を受ける。
レオは左手を前にして魔法を放つ。
風の刃を幾つも放ち攻撃するが、上空にいるジェロニモは手に持つ剣と鞭を使って、難なく攻撃を弾いてしまった。
「オラッ!!」
「ぐあっ!!」
魔法が防がれたレオへ、再度ジェロニモが襲い掛かる。
痛みで反応が遅れたレオは剣で防ぐも、また弾かれたように吹き飛ばされた。
「くっ! 足が……」
地面に打ち付けられたことで、足を捻ったか折れたのかもしれない。
しかし、このままでいる訳にもいかないレオは、その痛みに耐え、剣を杖にするようにして立ち上がった。
「ハハハッ!! そんなボロボロの状態ではもう防げまい!!」
立つには立ったが、満身創痍と言ったような状況になってしまったレオ。
完全に形勢逆転となった状況に、ジェロニモは勝利を確信したように笑い声を上げる。
「止めだ!! 死ね!!」
足を痛めた今なら、まともに防ぐことも難しいだろう。
防いだとしても、また弾け飛んで今度こそ動けなくなるはず。
そう確信したジェロニモはレオを仕留めるため、また上空から落下を始めた。
「…………」
「んっ? 相打ちでも狙うつもりか!?」
片足を庇うようにしてなんとか立つレオ。
杖にしていた剣を、ジェロニモに向けることなく下段に構える。
防御するために構えているように思えない。
そのため、迫るジェロニモはレオが相打ち覚悟で斬りかかってくるのだと判断した。
「死ねっ!!」
レオの攻撃は鞭で防げばいい。
そう考えたジェロニモは、止まることなくレオへと突進した。
「っ!!」
痛みで反応できないのか、レオからは攻撃が来ない。
このまま自分の剣がレオの心臓を突き刺して勝利する。
そう思った瞬間、ジェロニモの剣が僅かに横にずれた。
「ぐぅぅーーっ!!」
そのまま交錯する事無く、ジェロニモが着地する。
心臓には刺さらなかったが、ジェロニモの剣はレオの左腕を斬り飛ばしていた。
斬られた痛みが来た後に、傷口を焼かれる痛みがレオへ襲い掛かる。
神経を焼かれるような痛みに、レオは気を失いそうになりながらも懸命に耐えた。
「…………ガハッ!!」
着地したジェロニモは、そのままレオへ襲い掛かることはなく大量の血を吐きだし、その場へと前のめりに倒れ伏した。
「ジェロニモ様!! ……は、腹を……」
何が起きたのか見えなかったコルラードは、慌てたように主人のジェロニモへと駆け寄る。
地面に大量の血だまりができているのを確認し、ジェロニモを抱きかかえると、コルラードはどうして倒れたのかを理解した。
交錯していないように思えたが、どうやらレオの攻撃が入っていたようで、ジェロニモは腹を斬り裂かれて大量に出血をしていた。
「……あ、操り…糸か……?」
「その通りだ」
自分がやられたことで、ジェロニモは何が起きたのか理解した。
レオの心臓ではなく、左腕へとずれたジェロニモの剣。
そのズレを生んだのは、レオの左手から伸びた操り糸だ。
生物相手には大した効果を及ぼさない操り能力。
しかし、全く効かない訳ではない。
僅かな時間、僅かにジェロニモの剣の軌道をずらすくらいはできなくはない。
その能力を使って、レオは反撃の機会を作りだしたのだ。
「とんでもなく速いが、お前の攻撃は直線的だったんでな……」
飛空からの落下攻撃はたしかに速い。
しかし、直線的だったため、レオはカウンターのチャンスがあると踏んだ。
何とかうまくいって攻撃をずらせたレオは、切り上げるようにして剣を振り、ジェロニモの腹を斬り裂いたのだった。
「ジェロニモ様!!」
「……うっ、…………」
レオの攻撃によって腹を斬り裂かれ大量出血したジェロニモは、薄く目を開いたままコルラードの問いかけに僅かにしか反応しない。
辛うじて息をしているが、それも風前灯といった状況だろう。
「すぐに回復薬を……」
出血が止まらない様子を見て、コルラードは応急処置を施そうと回復薬のビンを取り出す。
コルラードは両手に指輪をしておらず、イメルダたちとの戦闘で自分も怪我をしているというのに使っていない所を見ると、回復薬はその1つだけだろう。
「そんな傷を治せる回復薬なんてある訳ない」
「黙れ!!」
どんな回復薬も、一瞬で何でも治してしまえるものではない。
エリクサーと呼ばれる万能薬なら何とかなるだろうが、それも想像上の産物と言われている。
もう何をしようと、ジェロニモを救う手段は存在しない。
そのことをレオが告げたにもかかわらず、コルラードは必死になって回復薬をジェロニモに飲ませようとした。
ジェロニモが死ぬのを認めたくないからだろう。
「……、ぐっ……」
涙を流し、回復薬を飲ませようとするコルラード。
それを見ながら、レオはネックレスとして首にかけている魔法の指輪の中から、回復薬のビンを取り出した。
レオ自身、体中傷だらけだ。
足だけでなく、体の数か所の骨が折れているかもしれない。
傷口は焼かれて出血を気にすることがないのは、ひとまず安心材料といったところかもしれない。
回復薬を飲んだところで骨折は治らないため、とりあえず痛みが和らげる程度といったところだ。
「……エ…レナ…………」
「ジェロニモ様!! ジェロニモ様!!」
レオの言うように、回復薬の効能も意味を成さない。
結局最期までエレナのことを思いながら、ジェロニモは瞳を閉じた。
それを看取るようにして、コルラードは大粒の涙と共にジェロニモの名前を叫び続けた。
「おのれ!! レオポルド・ディ・ヴェントレ!!」
動かなくなったジェロニモを横たえ、コルラードはレオへの怒りと共に立ち上がる。
そして、すぐさま腰に差していた剣を抜き去りレオを睨みつけた。
「動くな!!」
「っ!!」
怒りと共にレオへと斬りかかろうとしたコルラードに、制止の声がかかる。
その声がした方へ目を向けると、イメルダたちがいるのが見えた。
その姿を見て、レオは安心した。
怪我をしているようだが、致命傷は負っていないようだ。
相手をしていたはずのコルラードがこの場に来たことで生まれていた不安が払拭された。
しかも、王都内にいた兵たちと共に来てくれたらしく、たまたま降り立ったこの訓練場の周囲を取り囲むように兵たちが配備されているのが見える。
「貴様だけは殺す!!」
「っ!! レオ!!」
これなら、コルラードが逃げることもできない。
しかし、コルラードはそもそも逃げるつもりはなく、ジェロニモを殺したレオにしか目が行っていない。
周囲を囲まれてもお構いなしに、レオへと向かって斬りかかって行った。
イメルダと周囲を取り囲んだ兵たちがコルラードを捕まえるよりも、コルラードがレオへと迫る速度の方が速い。
左腕を失くし、体の至る所に怪我を負っているレオ。
回復薬で少しだけ楽にはなったといっても、レオは立っているのも限界だ。
イメルダたちから見ても、レオが抵抗できるように見えない。
「ガハッ!!」
「…………」
斬りつけたコルラードも、イメルダを含む周囲を囲んでいた兵たちも、コルラードの剣が振り下ろされてレオが袈裟斬りに斬り裂かれると思っていた。
ところがレオは無事で、コルラードの方が逆に斬り裂かれていた。
斬られて血を吐き、そのまま倒れるコルラード。
レオはそれを確認するように見つめた。
「……な、何…だ!? 今の…は……」
痛みもあり体力の限界のはずのレオが、普通に自分の攻撃を躱した。
剣術の才を認められ、ムツィオとジェロニモについてきた。
イメルダたちによって怪我を負い、平常時よりも鈍っているのは認める。
しかし、満身創痍のレオに攻撃を躱され、切り上げによる斬撃を受けることになった理由が分からない。
斬られた痛みよりも、コルラードはその答えを求めるように呟いた。
「セルフマリオネット……」
それに対し、レオは最期の手向けとして返答する。
昔、闇の組織の長の男に狙われた時も使った能力だ。
「意識するだけで、自動で自分を動かせるスキルだ」
「……な、何……?」
スキル【操り人形】は、糸と魔力で物体を操る能力と、人形を自動で操作する能力だ。
しかし、自動で動かせるのは人形だけとは限らない。
正確に言えば、レオ自身(・・)が(・)作り上げた(・・・・・・)物(・・)を動かすことができる。
「この服(・)にスキルを使った。だから攻撃を躱せた」
「……服?」
レオが常に着ているつなぎの様な服は、レオがエトーレの糸で作ったものだ。
その服にスキルを発動することにより、危険が迫った時はレオが反応するより速く動くことができるようになる。
レオにとっての最終手段となる能力だ。
「……化け…物……め…………」
結局、最後までレオの能力によって自分たちは邪魔をされた。
そのスキルを恨めしく思いつつ、コルラードは息を引き取った。
「ハァ~……、終わっ…た……」
コルラードが動かなくなったのを確認し、もう立っているのも限界だったレオは、ようやく息を吐いてその場に座り込んだ。
ジェロニモとコルラード、どちらとも一歩間違えれば死んでいたため、勝利出来て心底安堵した。
「レオ!!」
「イメルダさん……」
座り込んだレオの下へイメルダが駆け寄る。
片腕を失うような大怪我を負っているのを、痛々しそうに見つめてきた。
「エレナは……?」
「大丈夫だ!! 兵たちが安全な所へ避難させた!!」
イメルダがここにいるということは、城の内部に置いてきたジェロニモのスケルトンたちを倒してきたと言うことだろう。
彼女たちのことも心配だったが、1番の標的となるエレナの安否が気になる。
イメルダたちが知っているかは分からないが、どうしても気になったレオは、思わずそのこと問いかけた。
すると、ここに来るまでに兵たちから聞いていたらしく、イメルダはすんなりと答えてくれた。
「そうですか。良かった……」
少ない可能性だが、ジェロニモが他に何か隠している可能性もある。
そのため、戦いが終わるまで心配していたのだが、どうやら取り越し苦労で済んだようだ。
心配事がなくなり、ようやく全ての肩の荷が下りた気分だ。
「お前……」
「ハハ……やられちゃいました」
座り込んだレオは、片腕がなくなっている。
しかも体中汚れていて、片足は腫れ上がっている。
ここに来るまでの間に相当な戦いをしていたことが窺え、それでもエレナのことを気にかけていたレオに、イメルダは息をのんだ。
イメルダの視線が腕にいっていることに気付き、レオは眉尻を下げつつ笑みを浮かべる。
ジェロニモに斬り飛ばされた二の腕から先は、レオから少し離れた所に落ちて、バルログの炎によって燃えて炭化していた。
斬り離されただけなら回復魔法でくっ付けることもできただろうが、これではそれも不可能だ。
「……すいません。後は…任せ…ます……」
「レ、レオ!!」
エレナの安否を確認できたからか、それとも体中の痛みに我慢の限界が来たのか、段々とレオの視界が暗くなってきた。
ジェロニモとコルラードの遺体の対処など色々とあるが、これ以上意識を保っていられないと判断したレオは、一言イメルダに告げるとそのまま意識を失い、その場に横になってしまった。
「……ゆっくり休め、英雄様!」
軍が何もできないでいた所を、たった1人で抑え込んだレオ。
王都の兵たちもレオの勝利に歓声を上げている。
ただでさえ、これまでの戦争で王都内でも名が広まっていたのに、ここまでのことを成したら英雄として名が広まるだろう。
そうなる未来を描きつつ、イメルダは眠りについたレオに呟いたのだった。
「……んっ?」
ジェロニモとコルラードを倒し、気を失ったレオ。
目を覚ましたレオは、見慣れない天井に思考の整理をする。
しかし、霞みがかかったようにはっきりしない。
「くっ!!」
体を起こそうとするが、体の至る所に痛みが走る。
その痛みによって、段々と自分の状況が理解出来てきた。
「……病室か?」
ジェロニモとコルラードによる王都襲撃。
それを阻止するために、色々と無茶をした。
体中怪我をして気を失い、自分は治療室へ運ばれたのだと理解した。
「お目覚めですか?」
「……エレナ!! ぐっ!!」
自分の状況を理解したレオに声がかけられる。
少し離れた場所で椅子に腰かけたエレナが、こちらを見ていた。
無事なエレナの顔を見て、レオは思わず体を起こそうとする。
しかし、さっき確認したというのに、体の痛みによってそれが阻止された。
「あぁ! 休んでいてください! 体の数か所を骨折しているそうですから……」
「あぁ……、やっぱり……」
声をかけたことで、レオの顔が苦痛に歪んだ。
そう思ったエレナは、駆け寄ってレオに安静にするように促した。
戦っていた時は気を張って痛みを抑えられていたが、やっぱりジェロニモに吹き飛ばされた時に数か所折れていたようだ。
痛みの原因に心当たりのあったレオは、納得したようにまた横になった。
「大丈夫ですか? 3日も目を覚まさなかったのですよ!」
「3日? 結構寝たんだな……」
ここは王城側にある治療院で、診察を受けたレオは安静にしておくべきだとそのまま病室へ運ばれたそうだ。
そのまま目を覚ますことなく、3日も寝たままだったそうだ。
そのことを、エレナは心配そうに話してくれた。
自分の中では普通に寝て目が覚めただけのように感じていたため、レオはそんなに寝ていたことに驚いた。
心配をかけて申し訳ない気分だ。
「ニャ~!!」“スッ!”
「あぁ! クオーレ! エトーレ!」
ジェロニモの標的だったエレナのことが気になっていたため気付くのが遅れたが、レオの顔の付近に従魔の闇猫クオーレと蜘蛛のエトーレがいた。
この2匹も主人のレオのことが気になっていたらしく、目を覚ましたことに嬉しそうだ。
クオーレはレオの頬に頬をこすりつけるようにして甘え、エトーレはクオーレの背中に乗った状態で万歳するように前足を上げている。
「エレナを守ってくれてありがとうな!」
「ニャッ!」“スッ!!”
王都までの移動に魔力を使い切ったクオーレ。
屋上に追い詰められたエレナたちを逃がすことに成功したエトーレ。
この2匹がいなかったら、きっとエレナたちを救うことはできなかっただろう。
感謝の言葉と共に、レオは2匹の頭を順番に撫でてあげた。
スケルトンにされた王城内の兵たちは間に合わなくて申し訳ないが、彼らの抵抗による時間稼ぎも救出の機会を作ることに貢献したといえるため、彼らにも感謝したいところだ。
「今日か明日には陛下たちも王都へ戻るそうですよ」
「そうか……」
ジェロニモの殺害、もしくは捕縛をするためにルイゼン領にとどまっていた王のクラウディオ。
まさかのジェロニモの王都襲撃に、慌てて王都への帰還を開始したそうだ。
しかし、クオーレのいるレオとは違い、馬で数日の距離だ。
襲撃が治まって今さらということはできない。
むしろ、かなり急いだ戻りだといえるくらいだ。
「今回の襲撃をレオさんが止めたと聞いて、すぐさま感謝の手紙を送ってくださったそうですよ」
「光栄だね……」
襲撃したジェロニモとコルラードを、レオが止めた。
それをエレナと共に逃走に成功した王女のレーナが、兄で王のクラウディオへと伝書鳥を使って早々に報告したそうだ。
ルイゼン領の西の村にいたレオが襲撃阻止したことに驚いていたが、それによってレーナや多くの市民の命を救われたことに安堵していたそうだ。
下級貴族である自分に直々の感謝の言葉に、レオは嬉しそうに呟いた。
「言葉だけでは足りませんよ。王都を救ったのです! きっと戻られたら相当な褒賞を与えてくれるに違いありません!」
「ま、まぁ、期待しないで待つとするよ」
言葉に出さないが、レオはエレナの危機を知って勝手に行動したに過ぎない。
無我夢中にやったことなので、感謝や恩賞と言われてもなんとなくピンと来ていない。
レオとは違い、エレナは少し頬を赤くして熱弁してきた。
そんなエレナに圧されるように、レオは当たり障りなく返答しておいた。
「レオ!!」
「みんな!!」
目を覚ましたその日のうちにクラウディオが戻り、
寝たままの状態のレオに、クラウディオは何度も感謝の言葉と共に頭までも下げてくれた。
レオとしては恐縮しっぱなしといった時間だった。
その翌日には西の村へ向かっていたガイオたちも戻ってきたらしく、すぐさま病室へと見舞いに来てくれた。
レオ同様、ジーノの魔法指導を受けていたことで、エレナには回復魔法の才能があるということが分かっている。
そのエレナの回復魔法のお陰で足以外の骨折を治してもらえ、体を起こすことも、松葉杖を突けば移動もできるようになった。
そんなレオを見て、ガイオたちは遠慮なくもみくちゃにしていた。
「……レオ!」
「はい?」
レオが元気だということが分かり、安心したみんなが病室から帰ることになった時、ガイオだけが残ってレオへと話しかけてきた。
真剣な表情をしているため、レオは少し緊張したように返事をした。
「……足が治ったら褒賞のことも話されるそうだが、どうするんだ?」
「どうする……?」
ルイゼン領の奪還が成功し、問題だったムツィオとジェロニモの親子も倒された。
今回レオは多大なる貢献をした。
以前も話したように、恐らく資金的な期待はあまりできないが、爵位については間違いなく上がることだろう。
「恐らくそこでエレナ嬢のこともいわれることだろう……」
「……そうですね」
レオの褒賞のこともあるが、奪還したルイゼン領の領主のこともある。
正常に領地経営をしていたエレナの父グイド。
元々は、エレナが成人したら領主になるための繋ぎでしかなかったのだが、おかしくなったのはムツィオに後見人を任せたことによるものだ。
死んだと思っていたエレナが生きていた以上、エレナがルイゼン領の領主に任命される可能性が高い。
そうなった場合、エレナの執事のセバスティアーノに言われていたように、レオはエレナとの婚姻は諦めることになる。
ガイオも気になっていたが、それがもうすぐ側に来ているということだ。
考える時間は短かったが、レオがどうするのかを決めたのか確認しておきたかったのかもしれない。
「…………大丈夫です。僕の気持ちは決まっています」
「……、そうか……」
エレナがルイゼン領の領主になれば、自分がヴェントレ島を捨てない限り婚姻することはできない。
しかし、一から作り上げた自分の領土と市民のことを、自分の勝手で捨てる訳にはいかない。
かと言って、エレナの生存を知って領主になってもらいたいと期待するルイゼン領の市民も少なくないため、それを奪うようなことをして良いのかという思いもある。
どちらを選べばいいのか、それともそのどちらも選ばないという選択もある。
ジェロニモと戦っている時は無我夢中で考えている余裕なんてなかった。
しかし、それが終わってから横になっている時間が多かったからか、エレナをどうしたいのかという自分の考えが自然と決まった。
少し間をおいて答えたレオの決意の表情を見て、ガイオは安心したように病室を後にした。
「ミ~……」
「大丈夫だよ……」
もうすぐその答えを口にする日が迫る中、レオはベッドに腰かけ表情暗く一点を見つめる。
その様子に、クオーレが心配そうに鳴き声をかける。
安心するように声をかけつつクオーレの頭を撫で、レオはベッドに横になって眠りにつくことにしたのだった。
「レオポルド・ディ・ヴェントレ!」
「ハッ!」
前回のように、片膝をつくレオと、その背後でカーテシーをするエレナ。
玉座の間に入った2人の内、まずはレオに関することから始めるらしく、王のクラウディオから声がかけられ、レオは短く返事をした。
エレナの回復魔法によって左腕以外の怪我は完治したため、レオへの褒賞を与えられる日が思ったよりも速く来ることになった。
「今回のルイゼン領奪還戦において、お主は多大な成果を果たした。感謝する」
「もったいないお言葉」
王であるクラウディオは、今回のレオの貢献を評価しつつ感謝の言葉をかけてきた。
直々の言葉に、レオは恐縮したように言葉を述べる。
フェリーラ領のメルクリオに一言告げたとはいえ、レオのやったことは、戦場からいなくなる単独行動だった。
そのことを注意されるかと思ったが、そのことには触れて来ない。
少しだけ気になってはいたが、帳消しするだけの成果を出したから問題なしとなったようだ。
「それだけではない。王都の民、それに我が妹のレーナまで救ってくれた。感謝してもしきれんくらいだ。よって……」
エレナを奪いに来たジェロニモを放置していたら、スケルトンによって王都市民にも被害が及んでいた可能性もある。
それに、エレナと共にレーナ王女も救うことができた。
そのことを考えると、レオは男爵には陞爵させてもらえると思って、一旦溜めるように止まったクラウディオの言葉の続きを待った。
「お主に伯爵位を与える!!」
「……謹んでお受けいたします!」
クラウディオの言葉に、周囲に立つ貴族たちが小さくざわめく。
準男爵のレオが、男爵・子爵を飛ばしての陞爵になったのだからその気持ちも分からなくない。
レオも予想外のランクアップに驚きを隠せない。
そのため、思わず返答が遅れてしまった。
「資金による褒賞も出したいところだが、この度の戦いに思わぬほどの多額の資金を出資することになった。それゆえ陞爵と共に向こう5年の税の徴収をなくすことを褒賞とする」
「ありがとうございます!」
元々資金的な報酬は期待していなかった。
そのため、陞爵だけでもありがたかったのだが、まさかの税の免除までしてもらえることになった。
ヴェントレ島の発展は途上のため、勢いを持ったままこれからも発展させ続けるには、資金的な面で問題になってくるかもしれない。
税に取られる分の資金を島の開拓に回せるのでありがたいところだ。
「ジェロニモが生きていた場合のことを考えると、まだまだこれでも足りないくらいだ。他に褒賞として望むものはないか? 何でも良いから申してよいぞ!」
「他に……でしょうか?」
一気に伯爵までの陞爵に税の免除。
それだけで充分もらい過ぎている気がする。
元ディステ家と同等の爵位にまでなれ、領地も順調に発展していっている。
これ以上何か欲しいものと言われても、レオの中では全然思いつかない。
「あぁ! 何でも良いぞ! どんな我が儘も許そう!」
「我が儘……」
クラウディオからの好きなことを言って良いという状況に、レオは思考に入る。
振り返って思えば、自分は我が儘など言ったことがない。
幼少期から体が弱く、望むものと言えば健康な体ということしかなかった。
それが、運よく特殊なスキルを得ることにより手に入った。
もうそれだけで望みは叶ったため、これ以上を求めるのは不相応だという思いがあった。
我が儘と言う言葉を聞いて、あることが思いついた。
「……陛下の御前ながら、少々失礼します!」
この時、一度くらい我が儘に生きてもいいのではないか。
何故かその時に思えたレオは立ち上がり、クラウディオに頭を下げて先に非礼を詫びる。
そして、少し後ろに立つエレナに体を向けた。
「…………?」
何をするつもりなのか分からず、エレナはただ不思議そうにレオのことを見つめた。
「っ!?」
次にレオの獲った行動に、エレナは目を見開く。
エレナだけでなく、この場にいた人間全てが驚いていたかもしれない。
レオが、今度はエレナに向かって片膝をついたからだ。
「エレナ!」
「……は、はい!」
レオ自身、何故この時にそうしたのか分からないくらいだ。
本当は、レオはエレナをこのままルイゼン領の領主として見送るつもりだった。
あれほど望んだ健康な体を得たのに、これ以上の高望みは神に失礼なのではないかという考えがあったからだ。
最後の最後に何でも望みを言って良いといわれて、何となく背中を押されたような気がしたのかもしれない。
「僕は君が好きだ! 僕と結婚して欲しい!」
「…………はい! 謹んでお受けします!!」
まさかの片膝をついての婚姻の申し込み。
玉座の間に、時が止まったような時間が流れた。
こんな時に何を言っていいのか分からないという思いと、エレナがどう返答するのかを見守る空気が全員に流れたからかもしれない。
すると、目に涙を浮かべたエレナが、嬉しそうな笑顔と共に差し出したレオの手を握った。
“パチ……パチ…パチ……!!”
“パチパチパチ……!!”
「……み、皆様の御前にて失礼しました!」
手を握り合い見つめ合う2人。
そんな2人を祝福するように、まばらに拍手がされ始め、この場にいた人間全てがおこなう大きなものへと変わっていった。
その祝福の拍手によって、レオは今更顔を赤くして周囲へいた貴族たちへと頭を下げ始めた。
「申し訳ありませんでした。陛下!」
「ハハハハハッ!! このような貴重なものを見せてもらえて、私は気分が良いぞ!!」
事前に謝罪をしていたとはいえ、王であるクラウディオの前でやるようなことではない。
そのため、またクラウディオに対して片膝をつき、レオは謝罪の言葉を述べたのだが、クラウディオは腹を立てるどころか、全く気にしていないように大笑いを始めた。
「お主の我が儘篤と見せてもらった!! 私とここにいる多くの貴族が2人の見届け人になるぞ!!」
「「ありがとうございます!!」」
プロポーズをこの場で見られるとは思っていなかったためか、クラウディオはとても上機嫌のようだ。
側に立つ王女のレーナは、友人のエレナの幸せそうな表情に、自分も嬉しくなったらしく涙を浮かべている。
他の貴族たちも面白いものが見られたからだろうか、若い2人を微笑ましく見ている。
「エレナ・ディ・ルイゼンよ!」
「はい!」
「私はお主にルイゼン領を任せるつもりだった。お主のレオに対する返答は、領地を手放すことになるが、それでよいか?」
事前にレーナによって、クラウディオがルイゼン領をエレナへ渡すということは伝わっていた。
まだそれをクラウディオから直接言われたわけではないが、レオのプロポーズを受けるということは、ルイゼン領を他の者に任せるということになる。
先祖から受け継ぎ、祖父や父が領主をして来た地だ。
先程の笑顔で答えは決まっているとは思うが、クラウディオはその選択でいいのかの確認を取ることにした。
「はい。今回の騒動は叔父や従兄のおこなったことです。本来止めるべき私は何もすることはできませんでした。そのため、もしも陛下から領地のことを言われたら辞退申し上げることも考えていました」
王の命に背くことはできない。
もしも、レオへの褒賞の授与が終わり、次にエレナにルイゼン領を与えられるということが言われていたら、断ることはできなかっただろう。
エレナのことを望む者もいれば、逆の者もいる。
民同士で揉めないようにするためには、新しい領主による統治が望ましいため、何なら罪人になる覚悟でその命に背くことも考えていた。
しかし、愛するレオとの婚姻による領地譲渡なら、みんなにとって望ましい結果になると思えた。
「民のためには、新しき領主により、平和な地へと発展させてくれることを望みます」
「そうか。了解した」
先程クラウディオは2人の見届け人になるといった。
そのため、ルイゼン領をエレナに渡すなどと言い、今さら2人を別つ様な事を言う訳にはいかない。
当然そんなことをするつもりはないため、クラウディオはエレナの発言を受け入れた。
王や多くの貴族が集まる場所でのプロポーズ。
それをおこなったのが、今回の戦いの英雄とも言うべきレオ。
このことが国中の市民たちへと広まったのは言うまでもない。
「レオ様!」
「どうしました? ベン」
ルイゼン領の戦いから5年が経ったヴェントレ島の領主邸。
執務室で書類に目を通していたレオの所に、執事のベンヴェヌートが入ってきた。
焦っている様ではないが、曇り気味の表情を見る所何か問題が起きたようだ。
その表情を見たレオは、手を止めて話を聞く態勢をとった。
「ギルマスのファウスト殿から報告が入りました。西の森にオルソ・ロッソの群れが確認されたそうです!」
「本当ですか!?」
ヴェントレ島の東側6割が開拓され、ギルドの支店も置かれる都市へと発展を遂げた。
予定通り、ギルドマスターはファウストになってもらっている。
少々怠ける時もあるが、仕事はちゃんとこなしている。
そのファウストから、オルソ・ロッソ(赤い熊)の群れが発見されたそうだ。
1体でも高ランク冒険者パーティーが必要な魔物だというのに、それが群れとなると危険度はさらに高まる。
熊の魔物は普通群れないのだが、このオルソ・ロッソは群れることがあるため、時折大規模の群れとなって手が付けられなくなる。
もしも、町に入り込むようなことになったら、多くの市民に命の危機が迫るため、冒険者ギルドと共に、領兵も動かないといけない事態だ。
「スパーノ殿のパーティーが発見したようですので、間違いないかと……」
「彼らがそういうなら間違いなさそうですね。分かりました」
ルイゼン領の戦いで仲良くなった冒険者のスパーノ。
拠点となる地は違うのだが、年に数回レオに会いに来るついでに、ギルドの依頼を受けたりしている。
高ランクパーティーとして国内では有名の彼らのパーティーが、嘘の報告をすることはないだろう。
ベンヴェヌートから報告を受けたレオは、了解したように頷いた。
「ファウスト殿は討伐にレオ様のお力も借りたいとのことです」
「分かりました! ロイたちを出します! ガイオたちにも伝えてください!」
「畏まりました!」
見つかった赤い熊の群れは15体程。
ギルドの冒険者だけでは少々手に余る数だ。
ファウストの要請は当然のものだろう。
要請に了承したレオは、隊長のガイオと領兵部隊を出すことを決定した。
「行きますよ! ガイオ!」
「了解!」
ファウストとの打ち合わせにより、翌日にはオルソ・ロッソの群れの討伐へ向かうことになった。
馬にまたがり、レオはガイオに出発を指示する。
その指示に従い、ガイオも馬へとまたがった。
「レオ様! 呼び捨てには慣れたみたいですが、いつも言っているようにその敬語も何とかしないといけませんぜ!」
「……ごめんなさ、……すまん!」
ルイゼン領奪還戦の活躍により、レオは伯爵位になった。
それを機に、他のみんなの方がレオへの言葉遣いを変えるようになった。
いつまでも部下や領民と何の差もなく接していては、威厳が全くないと思われかねない。
せめて言葉遣いだけでも領主らしくするべきだといわれ、レオはそれを受け入れた。
しかし、名前を呼び捨てにする事には慣れたのだが、敬語がなかなか抜けない。
そのため、ベンヴェヌートやガイオにちょくちょく注意を受けるのが日常となっている。
その注意にも「ごめんなさい」と言いそうになり、まだしばらくかかりそうだ。
「あなた!」
「っ!! エレナ!」
出発といったところで、レオに声がかかる。
声をかけて近寄ってきたのは、妻となったエレナだ。
それを見たレオは、慌てて馬から降りた。
「安静にしてないと駄目だろ!」
「ごめんなさい!」
レオはエレナを優しくたしなめる。
というのも、エレナのお腹のことが気になるからだ。
エレナのお腹は大きくなっている。
レオとの間にできた子を宿しているのだ。
ルイゼン領奪還戦の後、王のクラウディオがレオたちの結婚式の計画を進めた。
クラウディオというより、エレナの友人であるレーナ王女が動いたという方が正しいかもしれない。
ルイゼン領奪還の英雄と、回復魔法の得意な聖女と大々的に銘打たれ、2人は王都で盛大に結婚式をおこなうことになった。
ヴェントレ島内で開くだけでよかったのだが、2人としては盛大過ぎて恐縮しっぱなしだったように思える。
結婚してから少し経つが、ようやくできた子がもうすぐ生まれる状況で、エレナよりもレオの方が気が気じゃないといった様子だ。
「気を付けてくださいね!」
「あぁ! 行ってくる!」
「いってらっしゃいませ!」
見送りの言葉を受けて返事をしたレオは、エレナに治してもらった左手でエレナのお腹をさする。
そして、すぐ側に立つセバスティアーノへ視線を向ける。
レオの言いたいことを察しているのか、セバスティアーノは恭しく頭を下げた。
彼は相変わらずエレナの執事として側におり、レオも安心して魔物退治に出かけられるのも彼がいるからかもしれない。
見送りを受けたレオは、また馬へとまたがり、ガイオたちと共に西へ向けて移動を開始した。
「報告通りの数だ……」
「えぇ……」
離れた位置から岩場に目を向けるレオたち一行。
洞窟に巣をつくり、そこで数を増やしたらしく、オルソ・ロッソが何体も出入りしていた。
スパーノたちの報告通りの数に、レオとファウストは渋い表情になる。
遠くから見てもその巨体が分かり、それが何体もいるのが気を重くしている。
あんなのと戦わないといけないと思うと、そうなるのも仕方がないところだ。
「どうしやすか?」
「ん~……」
数が多いため、冒険者と領兵たちも少し表情が強張っている。
いつもと変わりないのは高ランクパーティーのスパーノたちと、ファウストやガイオといった化け物級の強さの持ち主くらいのものだろう。
「ニャッ!!」“スッ!!”
「……そうだね。僕と2人の能力で止めよう」
今回の戦いにも、レオの従魔である闇猫のクオーレと蜘蛛のエトーレはついてきた。
クオーレは闇魔法を利用した影縛り、エトーレは作り出した糸を使い、敵の動きを止めることが得意だ。
レオも糸を使った操り能力があり、訓練を続けたことにより、生物でも以前より動きを止められるようになっている。
自分と従魔たちの能力を合わせ、レオは熊たちの動きを止めることにした。
「では、我々は合図と共に熊に襲い掛かります!」
「あぁ、頼む!」
レオの作戦を受け、ファウストが冒険者たちを伴い北から、ガイオたち領兵が南から熊へと攻めかかることになった。
「行くよ!?」
「ニャッ!!」“スッ!!”
レオの言葉に、クオーレは頷き、エトーレは右前足を上げて了承する。
「ハッ!!」「ニャッ!!」“シュッ!!”
レオの魔力の込められた糸、クオーレの影、エトーレの粘着糸が同時に熊たちへと迫っていった。
「っ!? グルッ!?」
「かかれ!!」「かかれ!!」
突如動けなくなり戸惑う熊たちに対し、北と南から同時に声が上がる。
多くの冒険者と領兵たちによって、危険なはずのオルソ・ロッソが瞬く間に討伐されていった。
「やっぱレオ様スゲエな……」
「あぁ……」
誰も怪我をせず討伐が完了し、帰り道で兵たちが話しを交わす。
レオとその従魔のお陰で、また街の安全が確保された。
ヴェントレ島の西側はいまだに魔物が蔓延る地域で、危険な魔物の報告は月に1度は報告される。
それでも市民が安全に暮らせるのは、いつもレオが出ることで収められているからだ。
それをみんな理解している。
レオポルド・ディ・ヴェントレは、幼少期は病弱だった。
しかし、神から授けられた力で悪を倒して英雄となり、国のために魔物の群がる地を開拓する。
そして、その地をヴァティーク王国において理想と呼ばれるほどの豊かな地へと変え、彼とその妻は仲睦まじく過ごし、生涯を終えた。
その子孫たちも英雄に習い、国の平和に力を注ぐ一族として知られることになる。
この物語は、元病弱少年の領地開拓記として、ヴァティーク王国の後世に語り継がれることになる。