「大勢でお世話になって申し訳ありません」

「気にしないで下さい」

 結局、レオは船に乗っていたガイオの仲間のほとんどを家に呼ぶことにした。
 海上に停泊しているので、念のため数人残してきたようだが、その者たちも合わせて、25人の男女が乗っていたらしい。
 みんなガイオが無事だったことを喜んでいて、中には涙ぐんでいる者までいた。
 招いておいてなんだが、さすがに全員を家で寝てもらえることはできないので、近くにテントを張って休んでもらうことになった。
 船はガイオが船長をしていたらしく、代表して謝罪を言われたが、レオとしては結構楽しんでいるため笑顔でそれを否定した。

「食料は結構溜め込んでいるので、食事の用意を始めますね」

「ありがとうございます」

 足以外は大丈夫なガイオには、外に出した椅子に座ってもらってみんなと話しもらうことにした。
 そして、レオはみんなに料理を振舞おうと、夕飯の準備を始めることにした。

「鍋や食器などはこちらが用意しますのでお使いください」

「ありがとうございます」

 船の中にいる女性が調理しているのかと思ったが、ちゃんと調理担当の人がいるらしく、レオはその人たちと下ごしらえを始めた。
 よく考えたら竈は簡易的に作れるものの、食材を調理する鍋などがなかった。
 しかし、船には当然人数分の調理器具や食器などがあるので、それを使わせてもらうことにした。

「私も何かお手伝いしますか?」

「大丈夫ですよ。調理の方たちも手伝って頂いていますし」

 何もしないでいるのが落ち着かないのか、エレナはレオのもとへ来て協力を進言してきた。
 しかし、十分手は足りているため、レオはそれを断った。

「そうだ! もしよかったらクオーレの相手をしてあげてください」

 他は大人ばかりで、何もすることがなくて暇なのかもしれないと思ったレオは、クオーレを紹介した時エレナが触りたそうにしていたのを思いだした。
 あの時は闇猫に近付くのを危険と判断した他のみんなに止められていたが、家の側でずっと大人しくしている姿を見てみんな警戒も薄れている。
 今なら別に止められないだろうと思い、クオーレを触らせてあげようと考えたのだ。

「えっ? よろしいのですか?」

「……はい」

「では! 失礼します!」

 クオーレに触っても良いということを告げると、エレナは目を輝かせ、かなりテンションが上がったように声が高くなった。
 あまりの変化に、レオは「そんなに触りたかったのか?」と強く思った。
 そのせいで返事に少し間が空いてしまったが、触れると分かったエレナは、一言レオへ告げるとすぐにクオーレの所へ向かって行ってしまった。

「……触ってもいいでしょうか?」

「………………」

 レオの了承を得たエレナは、家の玄関の近くでおとなしく座ってレオを見ているクオーレに話しかける。
 クオーレはそんなエレナに顔を向けたが、すぐにまたレオへ顔を戻してしまった。

「エレナ様……」

「大丈夫です。ご主人のレオさんが勧めてくれたのですから」

 どういう関係だかは分からないが、エレナの側にはいつもセバスティアーノが付いているように思える。
 そのセバスティアーノは、クオーレがエレナに攻撃しないかまだ心配している表情をしている。
 それが分かっているエレナは、止めようか悩んでいるセバスティアーノを制止した。

「…………」

 2人のやり取りなんて興味が無いようにしているクオーレへ、エレナはゆっくりと手を伸ばす。
 これだけ近くにいるのに何もして来ないということは、クオーレが襲ってくることはないだろうと分かってはいても、やはりまだ安心できていないようだ。
 少し時間をかけ、ゆっくりと伸ばした手がクオーレの背中に触れた。

「……うわ~! ふわふわです~!」

「…………」

 触れても反応しないことを確認したエレナは、ゆっくりクオーレを撫で始めた。
 すると、その触り心地がよほど良かったのか、エレナはとても嬉しそうに微笑んだ。

「大丈夫そうですね……」

 セバスティアーノは、撫でまわされてもクオーレがエレナを襲わないようなので安心した。
 というより、エレナにされるがままと言った感じだ。
 エレナが久しぶりに嬉しそうにしている姿が見え、セバスティアーノは少し心が軽くなった思いから一息吐いた。

「どうぞできあがった料理を持って行ってください!」

「「「「「おぉ!!」」」」」

 日も暮れて暗くなったころ、レオの手料理が完成した。
 しかし、暗くなったといっても多くの人間がいるために、家の周りは焚火が灯り代わりになってかなり明るい。
 みんな魔物が襲ってくることへの警戒をしつつ、釣竿や武器の手入れをしていた。
 その作業も終わり、ちょうど暇になる頃に夕食ができたことで、かなりテンションが高い。
 あっという間に料理を並べたテーブルに列ができてしまった。

「おぉ! うめえ!」

「あぁ!」

 特にテーブルの近くにいたドナートとヴィートは、いち早く食べ始めた。
 結局、料理と言っても肉や魚を中心とした料理になってしまったが、どうやらみんなの口に合ったらしく、満足してもらえたようでレオは一安心した。
 毎日この人数の料理を作っているとなると、手伝ってくれた料理担当の人たちの大変さが窺えた。
 レオがメインで料理をしていたことで、調理担当の人たちも楽ができたと感謝されたのは嬉しかった。

「レオポルド殿……」

「どうしました? ガイオさん、セバスティアーノさん」

 みんなが火を囲んで雑談している所で、レオも食事を取り終わった所へガイオがセバスティアーノの肩を借りてレオの所へ近寄ってきた。

「今回はありがとうございました。改めてお礼を申し上げます」

「いいえ。数年ぶりに大勢で食事ができて僕も楽しかったです」

 ガイオを椅子に座らせたセバスティアーノは、レオに対して深く頭を下げてきた。
 それに対して返したレオの言葉は本心だ。
 実家にいた時、レオは母が生きていた子供の頃までしか他の人間と食事をすることはなかった。
 それ以降は自室で1人こもって食べることしかなかったため、多くの人と食事をするという感覚を久々に経験した。
 いや、その時からあまり関係が良くなかった父や兄たち何かと食べていた時なんかよりも良く、生まれてから一番楽しく食事ができたかもしれない。

「……やはり、何かしらの理由があるようですね……」

「えぇ、お互い(・・・)様(・)です……」

「……やはり分かりますか?」

 今日の僅かな時間だが、レオは彼らの関係が何かおかしいのは分かっていた。
 特に、みんながエレナの身を案じるような行動を頻繁にしているのが気になる。
 しかし、それを聞くのは良くないだろうと、レオは気付いていない振りをしていた。
 だが、目端の利く者ならば、隠そうにも色々な対応で気付かれてしまうものだ。
 1人で建てたという家や、手入れされた畑の野菜、他国の料理法も知っているようだし、こんな所で無事に暮らしている人間の頭が悪いとは思えない。
 もしかしたらと思っていたが、やはりレオに気付かれていたことに、ガイオとセバスティアーノは目が一瞬強張った。

「…………」「…………」

 レオの言葉に反応した2人は目を合わせ、何かを決心したかのように無言で頷き合った。
 そして、セバスティアーノは椅子に座るレオの前に片膝をついた。

「レオ殿……」

「はい……」

 さっきのやり取りで何かを決心したのはレオにも分かった。
 流石に理由を知られる前に暗殺ということはないだろうと思っているが、レオは若干緊張しつつ真剣な目で見上げてくるセバスティアーノへ目を向けた。
 そして、その後告げられた言葉で、少しの間固まることになった。

「我々をここに置いてもらえないでしょうか?」

「…………えっ?」