「エレナ……」

 王城内にいる人間を倒してはスケルトン化しつつ、ジェロニモはエレナのことを探し回っていた。
 とうとうその姿を確認し、思わず目を見開いた。
 生きているということを知ってはいたが、ようやくそれを確信でいたからだ。

「やっと会えた……」

 エレナを見て、ジェロニモはスケルトンをかき分けるようにして歩を進める。
 感動によるものなのか、その歩みはゆっくりとしている。

「シャー!!」

「っ!! ジェロニモ・ディ・ルイゼン!! ここに何しに来たというのですか!?」

 エレナの肩に乗る羽カワウソのイラーリが、近付いてくるジェロニモに向けて威嚇の声をあげる。
 弱い魔物とは言っても、主人のエレナを守ろうとしているのかもしれない。
 そのイラーリの声を聞き、恐怖で固まっていたレーナの体が和らぐ。
 そして、すぐにエレナを庇うようにして、ジェロニモの前に立ち塞がった。
 まだ距離があるとは言ってもスケルトンが恐ろしいのか、その足は僅かに震えていた。

「たしか……、レーナ……王女だったか?」

 エレナの姿を塞いだ女性を見て、ジェロニモは眉をひそめる。
 せっかくの感動の再会を邪魔されたような思いがし、殺意を込めた目線でその女性を睨むと、どこかで見たような人間だと気付く。
 すぐに幼少期の記憶がよみがえり、ジェロニモはその女性が王女のレーナだと思い出した。

「お前に興味はない! 私のエレナを引き取りに来た!」

「私(・)の(・)? 何を言っているのですか? あなたは……」

 元は自国の王女だった相手だというのに、ジェロニモは不遜な態度で対応する。
 その言葉に、レーナも不快な表情へと変わる。
 態度のことよりも、エレナのことをまるで自分のものだと言っているかのような物言いが気に入らなかった。

「エレナは私の妻に迎える! そしてどこか平穏な地で共に暮らすのだ!」

 まるでというより、完全にエレナを手に入れる気でいるようだ。
 自分の中で思いが膨れ上がり、勝手にエレナを妻にすると決めているのだろう。
 ジェロニモは、さも当然と言うかのように笑みを浮かべた。

「……勝手なことばかり言っていますが、そんなことはエレナの友人である私が認めません!!」

「……お前の承認など求めていない!!」

 自分勝手なジェロニモの物言いに不快になりながら、レーナはその考えを否定する。
 王族や貴族は自由に結婚できるわけではないといっても、多少相手を選ぶことはできる。
 自国に混乱しか生み出していないジェロニモに、せっかく再会できた友人を渡すわけにはいかない。
 レーナは震える足を何とか抑え、力強くジェロニモに言い放った。
 ジェロニモからしたら、もう自国の王女とは思っていないため、レーナに何を言われようと何の感情も湧き起らない。
 いつまでも話しているのも時間の無駄に思え、ジェロニモは手を上げてスケルトンにエレナの保護を指示しようとした。

「従兄さん!! 何故このようなことを!?」

「……、何故って……」

 ジェロニモが何かする気なのだと察したエレナは、自分の言葉に反応するのを期待して問いかける。
 その考えは成功し、ジェロニモは上げた手を下ろした。
 久々にエレナの声を聞けて喜びが湧いたが、それも一瞬のことだった。
 その質問が、自分を糾弾しているかのように思えたからだ。

「お前のために決まっているじゃないか!」

「私のため!? 私はこのようなこと求めてなどいません!!」

「……どうしたのだ? 私がこんなに愛しているというのに……」

 昔はたしかに好意を持ってはいたが、所詮それは家族に対する好意であり、異性に対するものではない。
 何故このようなことが自分のためになるというのか理解できない。
 そのため、エレナはジェロニモのいうことを拒絶した。
 エレナの拒絶が信じられないのか、ジェロニモは呆けたように立ち尽くす。
 自分と同じ思いをエレナがしていると信じて疑わず、何が起きているのか分からない。 

「私は従兄さんをそのように思ったことは一度もありません!! それに……」

「……それに? 何だ?」

 血の気が引くようにジェロニモの顔が青くなっていく。
 エレナの放つ一言一言が、全て自分を否定していると理解できているのだろうか。
 最後に何か思いつめた表情を見て、それでもどこかで期待があったのかもしれない。
 ジェロニモは、エレナの続きの言葉を待ち望んだ。

「私にはお慕いしている男性がいます!!」

「…………何だと? ……何を言っているんだ?」

 最後の決定的な言葉に、ジェロニモは虚空を見つめる。
 そしてうわ言のように呟きながら、小刻みに震えてその場から動かなくなった。

「っ!! エレナ! 逃げるわよ!!」

「はい!!」

 言葉によって大ダメージをジェロニモに与えられたことを確信したレーナは、すぐに踵を返してエレナやメイドたちと共に廊下を走りだした。
 階段は反対側にもある。
 そちらから逃げられることを期待しての行動だ。

「エレナ様!!」

「イメルダ!!」

 エレナたちの所に、護衛として王城内に詰めていたイメルダたちが別階段から上がってきた。
 どうやら城内の異変を知り、エレナのもとへ駈けつけようとしていたようだ。
 しかし、様子がおかしい。
 何か切羽詰まったような表情をしている。

「下はスケルトンで一杯です!! 上へ逃げてください!!」

「わ、分かったわ!!」

 どうやら下の階はスケルトンが待ち受けているらしい。
 イメルダの指示に従い、エレナたちは階段を上へと向かうしかなかった。

「セバス殿に頼まれているのだ!! みんな何としてもエレナ様を守るのよ!!」

「「「ハイッ!!」」」

 少しでも長くエレナたちを逃がそうと階段を利用し、一斉に襲いかかれないようにして、イメルダたち4人は必死にスケルトンと戦う。
 階段を上がってくる先頭のスケルトンを蹴とばして雪崩を起こすようにし、上ってくる時間を稼ぐ。
 そして、そのままエレナたちを追うように、自分たちも階段を上っていった。

「ハァ、ハァ……」

「ハァ、ハァ、もうこれ以上……」

「クッ!!」

 懸命に階段を上り、エレナたちは屋上となる場所へ行きついた。
 しかし、下を見るとスケルトンと戦う兵たちの姿が見える。
 逃げようにも、ここからはどこへも逃げ道がない状況になってしまった。
 追いついたイメルダたちも、この状況に顔をしかめる。

「…………どうしてだ?」

 エレナたちが上がってきた入り口から、スケルトンと共にジェロニモが姿を現した。
 その表情は魂でも抜けたように力がなく、まだ先程の言葉を受け入れられていないようだ。

「レーナ様、エレナ様! 我々の背後へ!」

「はい……」

 最後まで抵抗しようと、イメルダたち、メイドたちの順で、エレナたちを守るようにジェロニモの前に立ち塞がる。
 ジェロニモの後ろからスケルトンがどんどん増えてくる。

「……ジェロニモ様、予定通りエレナ様を連れ去りましょう……」

 これまで黙って背後に控えていたコルラードは、このまま時間がかかって町中の兵たちまで集まってきてしまうと感じ、小声でジェロニモへ提案する。

「……スケルトン。エレナ以外を皆殺しにしろ!」

「クッ!」

 エレナの言葉から立ち直れないまま、ジェロニモはスケルトンに指示を出す。
 連れ去ってからエレナの真意を確かめれば良いと思ったのだろう。
 迫り来るスケルトンに対し、イメルダたちが武器を構え迎え撃とうとした。

『レオさん!! レオさん!!』

 このままではレーナやイメルダたちがやられてしまう。
 かと言って逃げ道がない。
 絶体絶命のピンチに、恐怖で目を瞑ったエレナはレオの姿を思い浮かべて助けを呼んだ。










「マリオネット!!」

 エレナが心の中でレオに助けを呼ぶと、スケルトンたちが潰し合い出した。

「レオ……さん?」

 目を瞑っていたエレナが目を開くと、いつの間にかこの場にレオが出現していた。

「お待たせ! エレナ!」