「王都は幼少期以来だな……」

 王国軍がルイゼン領西の村に突入を開始した時、ジェロニモとコルラードは遠く離れたヴァティーク王国の王都へ進入していた。
 ローブを深く被り顔を隠すコルラードとは違い、ジェロニモは平然とした表情で町の中を見渡し感想を述べる。
 父の付き合いで来て以来ずっとくることがなかったため懐かしく感じているが、その態度はとても追われている人間の振る舞いに思えない。

「行くぞ!」

「ハッ!」

 2人は大通りを抜け、そのまま王城の方へと向かう。
 そして、ジェロニモは躊躇なく門番のいる方へと足を進めた。

「んっ?」

「何用ですか?」

 自分たちに向かって来る2人組。
 1人はフードを被っているが、前を歩くもう1人は堂々としている。
 その者たちに対し、門番は普通に話しかける。
 堂々としている人間の服装を見る限りどこかの貴族のように見えたため、王城に来る予定でもあるのかと思った。

「王城内にルイゼン領のエレナ様がいると聞いてきたのだが?」

「あぁ! エレナ様は客人として……」

 前に立つ男の質問に、門番の1人はエレナの知り合いが尋ねてきたのだと理解した。
 たしかにエレナという伯爵令嬢が、王城内にいるということは知らされている。
 クラウディオ王の妹であるレーナ王女の友人だという話だ。
 この訪問者も、エレナ嬢の面会に来たのだと理解した門番は、そのまま返答しようとした。

「っ!! 待てっ!!」

 同僚が訪問者を相手にしているのを見ながら、もう1人の門番はふとその貴族の顔に目が行った。
 そして、あることをことに思い至り、途中だった同僚の返答を遮った。

「チッ! 気付いたか……」

「ジェロニモ様……」

 返答を遮ったと思ったら、門番の1人は持っていた槍をジェロニモたちに向けて構えてきた。
 どうやら自分たちのことに気付いたようだ。
 そう感じたジェロニモはその場から後退し、入れ替わるよにコルラードが前へと立った。

「っ!! やはり貴様ジェロニモか!?」

「なっ!?」

 武器を構えた男は騎士爵家の次男であり、昔王都のパーティーでジェロニモの顔を見たことがあった。
 それは幼少期のことだし、今回ルイゼン領の戦いに参加しないため、その門番はすぐには気付かなかった。
 まだ終戦になっていないにもかかわらず、貴族の子息らしき人間がエレナ嬢に訪問して来るなんて違和感を感じたことで記憶がよみがえった。
 昔見たジェロニモの面影から大人にしたような顔をしたこの男を、王城に入れてはならないと咄嗟に判断したのは正解だった。
 フードを被った男が呟いた言葉で小男がジェロニモだと確信した。
 置いてきぼりを食らったように、もう一人の門番の男も慌てて槍を構えた。
 軍が追いかけているはずのジェロニモが、どうしてこの場にいるのかと疑問が浮かびながら、2人の門番はジェロニモたちに襲い掛かった。

「殺れ!」

「はい……」

 自分たちに襲い掛かってきた門番の攻撃を躱し、コルラードは腰に差していた剣を抜き払った。
 そのコルラードへ、ジェロニモは予定通り行動を開始することを告げた。
 穏便に王城内に入り込めればよかったのだが、バレてしまっては仕方がない。
 コルラードは指示通り門番たちを始末することにした。

「くっ!!」

「剣術使いか……」

 2対1で、間合いが遠い槍を使う門番たち。
 しかし、彼らよりもコルラードの方が実力が上らしく、すぐに門番たちが押されていた。

「俺が一時止める!! 仲間を呼んで来い!!」

「了解!!」

 コルラードの剣に脅威を覚えた門番の1人が、もう1人へ援軍を連れて来るように指示を出す。
 自分たちだけでは勝てないかもしれないと、指示を受けた門番はすぐさま門の中へと走り出した。

「すぐに仲間が来る! お前らこの場でおとなしく捕まれ!!」

 ジェロニモがここにいる理由などは分からないが、ここから逃がすわけにはいかない。
 囲んでしまえば2人など難しくないと、仲間を呼びに行かせた門番はコルラードに無理やり鍔迫り合いのような状態に持ち込み忠告した。

「フフッ……、俺たちを捕まえられるほどの戦力などここにはいないだろ?」

「何っ!?」

 門番の忠告に対し、ジェロニモは余裕の笑みを浮かべる。
 それは、まるで城内の兵が集まろうと何とも思っていないかのようだ。

「フンッ!」

「なっ!!」

 ジェロニモが魔力を使ったと思った瞬間、多くのスケルトンが出現した。
 どうやら魔法の指輪から取り出したらしい。

「行けっ!!」

「ぐあっ!!」

 スケルトンが出現すると、ジェロニモはコルラードが相手にしていた門番に攻めかからせる。
 多くのスケルトンに襲われ、門番はあっという間に殺されてしまった。

「ハッ!!」

 ジェロニモは、死んだ門番にすぐさまスキルを発動する。
 1体のスケルトンを増やして、ジェロニモとコルラードは王城の門を潜り抜けた。

「っ!? 貴様!!」

「おぉ! 集まっているな!」

 門をくぐってそのまま王城内へと入ると、先程仲間を呼びに行った門番が仲間と共に向かって来ていたようだ。
 その数を見て、ジェロニモは笑みを浮かべて対応する。
 明らかにスケルトンの方が数が多いことによる余裕の笑みのようだ。

「お前らもさっきの奴同様私の配下にしてやろう!」

「っ!! 貴様ぁー!!」

 ジェロニモは上から目線の言葉と共に、門番と王城の兵たちに1体のスケルトンを指差した。
 先程の門番の防具と槍を持ったスケルトンを見て、集まった者たちは殺されたことを悟り、ジェロニモの前に立ち塞がるスケルトンへと攻めかかった。





「レーナ様!!」

「何事です!?」

 王城内でお茶を楽しんでいた王女のレーナの所へ、メイドが慌てて駈けてきた。
 いつもはマナーにうるさく、室内を走ることを注意している側のメイドの慌てように、レーナは驚きつつ問いかけた。

「あのジェロニモが王城に現れました!!」

「「っ!!」」

 その言葉に、レーナと、レーナと共にお茶を飲んでいたエレナが目を見開く。
 信じられないような内容だったからだ。

従兄(にい)さんが……」

「そんな!! 軍が西の端に追い込んだのでは!?」

 エレナが顔を青くしている横で、レーナは思わず声が大きくなってしまう。
 いつもは冷静を求められるのは分かるが、そんなことを言っている暇はない。
 戦争に関わらないからと言って、何の情報も仕入れていない訳ではない。
 レーナは、兄のクラウディオがジェロニモをルイゼン領の西の端へ追い込んだと聞いていた。
 もうすぐ終戦すると安心していたというのに、どうしてその問題のジェロニモがここにいるというのだ。

「どのようにして来たのかは分かりませんが、本人に間違いないとのことです!!」

「そんな……!!」

 どうやってこの場に移動したのかは、自分も知りたいところだ。
 しかし、今はそれを確認している暇はない。
 そのため、メイドの女性は兵たちからの報告をそのままレーナへと伝えた。

「ジェロニモが率いるスケルトンを兵たちが抑えています! レーナ様とエレナ様は、城外への避難を開始してください!」

「は、はい!」「わ、分かりました!!」

 スケルトンの数を考えると、ここに来るまでどれほど兵たちが時間を稼げるか分からない。
 すぐにでも2人を逃がそうと、メイドの女性は避難を促す。
 その指示に従い、2人はすぐに部屋から出て廊下を走りだした。

「「っ!!」」

 しかし、廊下に出てすぐ、2人は恐怖に慄いた。
 長い廊下の先にある階段から、スケルトンたちが上がってきたからだ。

「従兄さん……」

「エレナ……」

 そのスケルトンたちの隙間から、エレナは見知った顔を見ることになった。
 従兄であるジェロニモだ。
 そのジェロニモもエレナの存在に気付き、目を見開いて立ち止まっていた。