捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

「よくぞやってくれた!! ヴェントレ準男爵よ!!」

「お褒め頂きありがとうございます」

 レオたちの奮戦により、スケルトンの侵攻を抑えた王国軍。
 怪我人も出たが、これまでのスケルトンとの戦いで対応策を取っていたため、援軍にきた者たちによって数多くいたスケルトンは全て破壊することに成功した。
 彼らも頑張ったことはたしかだが、何といっても最大の脅威だったスケルトンドラゴンを破壊することに成功したレオは、王であるクラウディオから最大の賛辞を受けることになった。
 これほどまでの戦果を目の当たりにしたため、他の貴族たちも文句をつけようがない。
 砦内に作られた玉座の間を入退室する際は、多くの拍手を受けることになった。

「これで恐れるものはない。このまま攻め込み、ジェロニモの首をとってくれるわ!!」

 どんな能力も、使い方を間違えれば悪と言わざるを得ない。
 スケルトンの操作という気味の悪い部分もあるが、ジェロニモもレオ同様領地の発展にその能力を利用すべきだった。
 もうこうなったら、ジェロニモの命も風前の灯と言ったところだろう。
 何の恐れもなく攻め込めるからか、クラウディオも興奮で鼻息荒くなっていた。

「そなたへの褒賞は後々きちんとさせてもらうぞ。欲しいものを考えておくがいい」

「ありがとうございます」

 時間をかければ、またジェロニモはスケルトンを増やして抵抗を続けるかもしれない。
 そうならないためにも、明日にはルイゼン領の領都(ジェロニモ側が呼ぶ王都)へ向けて進軍することが決まっている。
 この戦争による褒賞も、全てはジェロニモの捕縛か始末が終わってからの話になった。





「とは言っても、戦争に金を使っているからな……」

「ですね……」

「あまり資金的な期待はできないだろうな」

 レオたちに与えられた部屋に戻り、クラウディオとした会話を説明すると、ガイオが渋い表情で言葉を漏らし、レオも言いたいことを察して同じような表情で同意の言葉を呟いた。
 褒賞と言っても、思っていた以上に大事になってしまったルイゼン領の奪還戦。
 国の多くの兵が出陣することになり、その分大量の資金を支出することになっている。
 そのため、資金的な褒賞は期待できそうにない。
 かと言って、領地も持っているレオには領地を与えるということもないだろう。

「また爵位が上がるだけかもな……」

「僕はそれで構わないですけどね。資金が欲しいとかは特にないですね」

「欲がないな……」

 ドナートの言うように、今回も陞爵してもらえるだろう。
 しかし、これまでの成果とは違い、今回の場合爵位が上がるだけだと物足りなく感じてしまう。
 陞爵以外に何が与えられるかという考えをみんなはしているようだが、レオは陞爵だけで充分だと思っている。
 レオのその考えに、ヴィートは少し呆れたように呟いた。
 爵位じゃ物は食えない。
 資金はあるだけあった方が、ヴェントレ島の開拓速度を上げることができる。
 それをいらないというのは、少々欲がなさすぎると思うのも当然だ。

「地道に島の発展を続けていく方が面白くないですか?」

 たしかに資金があった方が良いとは思うが、別にヴェントレ島は貧しい思いをしていない。
 ロイたちが倒した魔物の素材をフェリーラ領に売っているため、資金面において全く困っていない。
 使い道も特にないせいか、むしろ溜め込んでいないでもっと資金を流通させた方が良いのではないかと思えてくる。
 それに、開拓を無理に進めて、今の環境が崩れるかもしれない方がレオとしては嫌だ。
 何事もほどほどがいいと、年齢にしては達観した考えだ。

「…………」

 レオの考えは分かったが、1人黙ったまま聞いていた者がいた。
 いつもはエレナの護衛兼執事として付いているセバスティアーノだ。

「レオ殿。ずっと聞きたいと思っていたのですが……」

「はい?」

 王都に残してきたエレナの護衛は、ガイオの部下であるイメルダに任せてきているため、執事としてではなく聞いておきたいことがセバスティアーノにはあった。
 セバスティアーノは今それを聞いておこうと考えた。
 島ではエレナの執事として接していたため、レオはセバスティアーノから私的な質問をされたことなど無かった。
 セバスティアーノから話しかけられ、レオは少々意外な思いをしつつ話の続きを待った。

「レオ殿はエレナ様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」

「……えっ?」

「「「…………」」」

 どんな質問をされるのかと思っていたが、想像もしていなかったセバスティアーノからの問いに、レオは表情が固まった。
 ガイオ、ドナート、ヴィートの3人も、今このタイミングでそれを聞くのかという表情で、質問をしたセバスティアーノのことを見つめた。

「今回のことで、エレナ様はルイゼン領に戻ることができるかもしれません」

「……そうですね」

「そうなった場合、レオ殿はエレナ様とどのような付き合いをなさるのかをお聞きしたく存じます」

 ルイゼン領は、元々エレナの父であるグイドが収めていた領地である。
 そのグイドは、弟のムツィオによって暗殺された。
 当然エレナが継ぐべきところを、ムツィオが奪いとった形になっている。
 今回のことでジェロニモも排除されることになるのだから、エレナが領主に任命される可能性が高い。
 ムツィオの手から逃れた時は、いつかルイゼン領をエレナの手に取り戻して見せると思っていたが、今は少々事情も変わっていた。
 そのエレナの気持ちが問題なのだ。
 側に使えているセバスティアーノは、エレナがレオに対してどのような感情を持っているのかは分かっている。
 というより、島の多くの人間がなんとなく気付いて、気付いていないのはレオだけなのではないかと思える。
 しかし、エレナがルイゼン領の領主になると、今後レオに簡単に会う事も出来なくなる。
 この国では、領主同士の婚姻というのはあまりない。
 1つの家が1つの領地を経営するというのが基本となっているため、領主同士での婚姻となるなら、どちらかの領主が違う人間に領地を渡して嫁(とつ)ぐしかない。
 その場合、親族に渡して婿なり嫁に行くことになるのだが、レオもエレナも親族と呼べる人間はもういない。
 どちらかがどちらかの領地に嫁ぐとなると、もう片方の領地は王家へ返上しなければならなくなる。
 せっかくエレナがルイゼン領を取り戻しても、レオとの関係次第ではすぐに返上することになるかもしれない。
 戦後の復興のこともあるだろうし、市民のことを考えるならコロコロ領主を変えるようなことはしない方が良い。
 つまり、レオの考え次第でエレナがどうなるか決まる。
 セバスティアーノは、終戦間際のこの時期に聞いておきたかったのだ。

「僕は……」

 この質問の意味は、レオも分かっていたことだ。
 ずっとベッドの上で過ごしたレオにとって、エレナは初めてできた友人だ。
 島の開拓を進めるうえで、楽しいことはいつもエレナが側にいたと思う。
 それが友人としてなのか、それとも違うことなのかが、ずっとレオの中でせめぎ合っている状況で今を迎えているというのが本音の所だ。

「まだ戦いが終わってない状況で言うのも何ですが、ご自分がエレナ様に対してどういう気持ちなのかということをお考えいただきたいと思います」

 戦いと言っても、ルイゼン領の領都へ攻め込むときにレオたちの出番は特にないだろう。
 2家の公爵軍に任せておけば、何もせずにジェロニモのことは始末が済むはずだ。
 終戦すれば、数日中にはエレナの身の振り方も決まるだろう。
 それまでの間に、レオにはどうするのか決めてもらいたい。
 そのことを願いも込めて、セバスティアーノは頭を下げた。

「自分の気持ち……」

 今回セバスティアーノに言われたことで、レオはこれまでどっちつかずだった自分の気持ちに向き合う時が来たのだと、静かに考え込むようになっていったのだった。

「…………」

「レオ!」

「はいっ!!」

 これからジェロニモの潜む領都への攻撃が始まるというのに、レオはどこか上の空という状況だった。
 無言で他のことを考えているところを、ガイオからの呼びかけでようやく現状に気が付いた。

「ボ~っとしているなよ!」

「はい! すいません!」

 ジェロニモがまたスケルトンを製造したのだろうが、人型のスケルトンは少なく様々な動物のスケルトンが揃えられている。
 魔物や動物の骨を利用しているのだろう。
 人型が少ないということは、市民への被害も少なく済んだということになる。
 ジーノの機転のお陰で、ジェロニモたちを遠回りさせたのは正解だったようだ。
 大人数の魔導士兵を使って崩れた渓谷の岩をどかし、通行できるようにした王国軍の進軍が速かったのも功を奏したのだろう。
 それでも、2、3日程度でここまでの数を揃えたのはすごいことだ。
 改めてジェロニモの魔力量の恐ろしさを感じる。

「セバスに言われたことが気になっているんだろうが……」

「いえ……大丈夫です!」

 セバスティアーノにエレナとのことを考えるようにいわれて、レオは考え込むようになっていた。
 エレナに対しての自分の感情が友人としてなのか、それとも違うものなのか。
 いくら考えても分からないでいた。
 しかし、これから戦いが始まるというのに、呆けているのは危険だ。
 ガイオの忠告を遮るように、レオは気持ちを切り替えた。

「まぁ、敵が何しようが俺たちの出番はないがな……」

 スケルトンをまた増やしたようだが、所詮数では王国軍に遠く及ばない。
 レオたちはスケルトンドラゴンの破壊の任務をこなしたので、今回は他の兵が攻め込むのを見ているだけで済むだろう。
 呆けているのは良くないが、気を張りつめるほどの位置ではないといったところだ。

「おっ!! 始まった!!」

 話しているうちに、両軍の進軍が開始された。
 スケルトンの脅威は数による包囲攻撃であり、今回は王国軍の方が兵数では勝っている。
 そのため、戦いの状況はすぐに変化した。
 王国兵たちの攻撃によって、どんどんスケルトンの数が減らされていっている。

「にしても、敵の士気が低いような……」

 スケルトンの背後に控えているルイゼン軍の者たちは、慌ただしく動き回っているように感じる。
 こうなることぐらい想定していたはずなのだが、何か戦いに集中していないようにも思える戦い方になっている。

「メルクリオ様!」

「どうした?」

「敵陣にジェロニモの姿がないそうです!!」

「何っ!!」「なっ!!」

 スケルトンに混じって、とうとうルイゼン軍の兵士たちも戦いに参加しなくてはならなくなった。
 ルイゼン軍の兵も、スケルトン同様王国兵の数に押されて倒されて行く。
 その中で捕まえた兵から聞いたらしく、ルイゼン側が慌てている理由がメルクリオに報告された。
 メルクリオの側にいたレオにもその報告が聞こえていたため、思わずメルクリオと同じタイミングで驚きの声を会えると共に、報告に来た兵に目を向けた。

「海から逃げたのか!?」

「いいえ! こちらは海上にも兵を置いております。逃げ出せばすぐに発見できるはずです!」

 姿がないということは、軍を置いて逃げ出したということ。
 トップでありながら、命を懸けて戦う部下たちを捨てるなど最低の行為に他ならない。
 その行為に怒りを覚えながら、メルクリオはジェロニモがどこへ逃げたのかを確認する。
 逃げるなら海外逃亡しかないため、海から逃げたのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
 しかし、報告に来た兵の言うように、王国側が海から逃がられなくするためにいくつもの船が配備されている。
 逃げればすぐにでも沈められているはずだが、そのような報告は入ってきていない。

「捕まえた兵の話では、開戦直後にいなくなったとのことです!」

「おのれっ! 奴はどこへ行った!?」

 どこかへいなくなるということは、ジェロニモは誰にも話していなかったらしい。
 スケルトンがやられ始めたのを報告に行った時には、コルラードと共に姿を消していたとのことだ。
 海ではないとなると、ルイゼン領のどこかに逃げているということになる。
 しかし、味方の兵ですら分からないとなると、広いルイゼン領内から見つけるのは少々難しい。
 ジェロニモを探し出さないと、またスケルトンを増やして面倒なことになる。

「っ!! どうやら陛下にもこの報告が伝わったようだな。降伏勧告をしたようだ」

 レオやメルクリオより先に、王のクラウディオにこの報告が言ったのだろう。
 この戦いを終わらせて、すぐにでもジェロニモの捜索に当たるために、敵側に降伏するように兵を送ったらしい。
 スケルトンも倒され、トップがいなくなったルイゼン軍はその勧告に従ったのか、次第に抵抗が弱まっていった。
 それにより、武器を捨てたルイゼン軍の兵たちは、大人しく王国兵たちに捕縛されて行った。





◆◆◆◆◆

「フッ! 今頃王国の奴らは俺がいないことに慌てていることだろう!」

「……左様ですね」

 王国の勝利で戦いが終わる頃、ジェロニモとコルラードは遠く離れたルイゼン領西の地へと来ていた。
 この地に王国軍が来るには、1日はかかるだろう。
 もしも、ここにいると伝わった時にはまた逃げればいいため、ジェロニモは余裕の表情でコルラードへと話す。
 ジェロニモの言うように、確かに慌てていることだろう。
 王国軍だけでなく、残してきたルイゼン軍の者たちも。

「しかし、本当にルイゼン領のことは宜しいのですか?」

「あぁ、国を興そうなど、元々は父が言い出したことだ」

 今後王国側は、ルイゼン領内をローリング作戦でジェロニモの行方を捜しにかかるはずだ。
 ここにもたいして時間がかからないうちに足を伸ばして来るだろう。
 軍を制圧したのだから、ルイゼン領は完全に王国側に落ちたということだ。
 エレナと共にルイゼン領を発展させることを夢見ていたはずなのに、ジェロニモはそれを完全に斬り捨てたようだ。
 国を興すということへの興味が完全に失せているような返答だ。
 たしかにムツィオが言い出したことだが、この領出身のコルラードとしては、捨て去ることに少しだけ躊躇いが生まれていた。

「お前だけは付いてこい!」

「はいっ!!」

 開戦直後に聞かされた逃亡計画。
 誰にも言わず、自分だけがジェロニモに選ばれたことに嬉しさを覚えていたが、段々とそれが正しかったのか疑問に思えてきた。
 それでも、自分は幼少期にジェロニモに生かされた身。
 ジェロニモがどのような選択をしても、それについて行くと決めている。

「これまで通り手駒を増やす。お前は魔物を倒してこい」

「了解しました」

 ルイゼン領西の地にある森。
 魔物の数は多いが、弱い魔物ばかりが潜んでいる。
 スケルトンにしてしまえば生前の能力は落ちるため、ならば質より量と集めに来たのだ。
 ジェロニモの剣の腕は、引きこもっていたせいか一般兵以下。
 コルラードを連れてきたのは、その剣の腕を買ってのものだ。
 幼少期にジェロニモに生かされたことで、コルラードは勉学と共に剣に力を入れた。
 その実力は、ルイゼン領内でもトップクラスにまでなった。
 忠誠心とその剣技によって、ムツィオも秘書にまで引き上げたといういきさつがある。
 弱い魔物とは言っても、スケルトンのいないジェロニモでは戦うのは危険だ。
 そのため、コルラードに魔物集めを指示した。

『国などいらん!! 俺にはエレナさえいればいい!!』

 ジェロニモの中で、もうルイゼン領のことなどどうでもよくなっていた。
 コルラードだけは連れてきたことから、信用しているのかと思うがそうではない。
 エレナを手に入れるために必要だから連れてきただけだ。
 ジェロニモの頭の中で、自分が必要な人間と思われていないとは知らず、コルラードは魔物を倒しに森の中を進んで行ったのだった。

「まだ見つからんか……?」

「えぇ……」

 ルイゼン軍を制圧し、領地の奪還を果たした王国軍。
 ムツィオが財を尽くして建てたであろう城に入り、王であるクラウディオはそこからいつの間にか逃走していたジェロニモの捜索を指示した。
 北のフェリーラ領から南へ向けてと、クラウディオたちがいる東側から西へ向けて、ジワジワと捜索範囲を狭めていった。
 しかし、範囲が狭まりつつあるというのに、なかなかジェロニモの姿が確認できない。
 捕まえた兵たちから聞いた話により、最終戦直前に逃げ出したということは分かっている。
 そのため、そんなに離れた位置へいるとはいないと思っていたのだが、なかなかジェロニモの姿が見つからないことに、クラウディオも少々違和感を感じていた。
 宰相のサヴェリオも同じ違和感を感じており、姿を見たという情報や報告が何故入らないのか分からないでいた。

「陛下!」

「申せ!」

 ジェロニモの捕縛か殺害がなされ、一刻も早く国内の平穏を取り戻したいところなのだが、その1人に時間をかけられていると考えると、いら立ちが募ってくる。
 そんなクラウディオの下に、1人の兵が玉座の間に入ってきた。
 今このように慌てて入ってくるなど、ジェロニモに関する情報以外にあり得ない。
 ようやく何かしらの情報が入ったのだと、クラウディオは期待と共に兵へ報告を求めた。

「ルイゼン領西の端でジェロニモらしき人間を確認したと報告が!」

「西の端?」

 思った通り、どうやらジェロニモは西へと逃走を計っていたようだ。
 しかし、地図を指差しつつ受けたその報告は少々おかしい。
 クラウディオは思わず声が上ずりそうになった。

「いつの間にこんな所に……」

 西に逃げたというのは分からなくない。
 王国軍に見つかる可能性の高い海も北も無理なため、西もしくは西南方面に逃げるしか時間稼ぎなどできないからだ。
 しかし、報告に来た兵が指し示した場所は西の端、この距離をこの短期間でどうやって移動したというのか分からない。
 情報が入るくらいなのだから、かなり早い段階でその付近に姿を現したということ。
 つまり、移動速度が速すぎるため、サヴェリオは思わず呟いた。

「……ともかく西の村へ範囲を狭めていく」

「左様ですね……」

 一気にそこへ向けて軍を送りたいところだが、そんなことをしたら隙間を縫って逃げられるという可能性もあり得る。
 それではこれまで追い込んんだ意味がない。
 このまま範囲を狭めて、クラウディオは今度こそ確実にジェロニモの逃走経路をなくすことを選択した。

「奴には何か特殊な逃走方法があるのかもしれない。連携を取り合い、今度こそ奴を追い詰める。蟻一匹見逃すな!」

「ハイッ!」

 移動方法が分からないが、このまま範囲を狭めていけば逃げることなどできないはずだ。
 クラウディオの指示を受け、サヴェリオは進軍の編成にすぐさま着手することにした。





「どうやら来たようだ……」

「そうですか……」

 西の端にある森の近くの村。
 そこで自分たちのいる場所を目指し、王国が捜索範囲を狭めてきていることにジェロニモたちは気付いていた。
 現在自分たちのいる地点を中心に、王国軍が通るであろう道にスキルで発動した骸骨を配置していた。
 それにより、ジェロニモは王国軍が迫っていることに気が付くことができたのだ。
 位置を知られてから、ここまで接近してくる時間も想定の範囲内。
 ジェロニモは、慌てることはない様子だ。
 何故なら、この結果はジェロニモ自身が導いたことによるものだからだ。
 ある程度の戦力を手に入れ、後は予定通りここに王国の軍を引き付けるのが目的だったからだ。

「予定通り行くぞ!」

「畏まりました……」

 明日にはこの村を囲んでいる王国軍が攻め込んでくるだろう。
 そうなる前にここから逃げ出そうと、ジェロニモは荷支度を進めていく。
 その言葉に従い、コルラードも準備を進めるのだが、その表情は暗い。
 命を救ってくれた恩に報いるため何事にも従ってきたが、引きこもり時代によって性格が変化してしまったのか、ジェロニモは以前とは考え方が全く違っている。
 領民のことを考えていた昔とは違い、エレナのみに執着している。
 それゆえに、平気でこのような(・・・・・)ことをしたのだろう。
 指示に従うためとはいえ、コルラードの中でジェロニモがこのままでいいのか分からなくなりつつあった。





「行けっ!!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 報告を受けたジェロニモがいる村。
 それを包囲していた王国軍は、警戒しながら歩を進める。
 ジェロニモがいるのは昨日のうちに確認ができていたため、スケルトンに注意しながらのゆっくりとした進軍だ。

「…………」

「何も出てこないですね?」

「あぁ……」

 武器を構えつつ、ゆっくりと村へと近付く兵たち。
 いつどこからスケルトンが出てくるか分からないため、慎重に歩を進める。
 だが、村の中に足を踏み入れても、スケルトンどころか何も襲ってこない。
 警戒心を解かず、兵たちは異様な思いをしながら村の中を進んでいった。

「っ!! これは……」

「血痕ですね……」

「それと……」

 ある一つの家に侵入し、兵たちは顔をしかめる。
 中には罠どころか人影もないのだが、大量の血痕が残っていた。
 それだけではなく、血痕の近くには骨だけ取り除いたように人の肉が落ちていた。

「まさか……」

「あぁ、ジェロニモによるものだろう……」

 まるで脱ぎ捨てたように残ったこの家の住人のなれの果てに、兵たちは気分を悪くする。
 この状況を起こしたであろう人間はすぐに想像できた。
 城に造り変えたルイゼン領の領主邸の一画に、異臭を放つ建物が存在していた。
 そこには大量の人間や動物の遺体が運び込まれていて、同じように骨を抜き取ったような肉が転がっていた。
 ここでスケルトンを製造していたのだということが伝えられた時、王国の誰もが怒りを湧きあがらせたのだった。
 それと同じようなことができるといえば、ジェロニモ以外に思い至らない。
 そのため、兵たちは以前同様怒りが再燃していた。

「期待は薄いが、他の家も探すぞ!」

「あぁ!」

 ジェロニモのことを逃がさないように慎重に範囲を狭めてきたが、もしかしたらその間にここの住民が被害に遭ったのかもしれない。
 そう考えると、自分たちがもっと早く来ていればという思いが兵たちの中に沸き上がる。
 しかし、無闇に速度を上げていれば、ジェロニモに逃げられて同じように被害を受ける人間も増えていたかもしれない。
 結局の所、ジェロニモを止めないと全てが終わらない。
 僅かな期待を持ちながら、兵たちは村の中の捜索を再開したのだった。

「なかなか発見の報告が来んな……」

「そうですね……」

 今回もレオたちは後方に控えるだけで、戦いに加わることはないだろう。
 そのことについては別に文句はない。
 強いて言うなら、一刻も速くジェロニモを仕留めて欲しいという所だ。
 しかし、いつまで経っても戦闘が起きている様子もなく、ジェロニモが発見されたという報告すら来ない。
 どうしたのかと思いつつ、レオはメルクリオと共に発見の報告を待った。

「メルクリオ様!!」

「んっ? どうした?」

 兵たちが村に入っていくのを眺めていたメルクリオの下へ、兵が駆け寄ってきた。
 発見の報告だと予想しつつ、メルクリオはその兵に問いかけた。

「陛下より一報が届きました!!」

「何? 申せ!」

 どうやらジェロニモ発見の報告ではなく、ルイゼン領の領都に残っていたクラウディオからの一報が届いたらしい。
 こんな時に何かあったのかと、メルクリオは兵にその報告を求めた。

「ジェ、ジェロニモが……」

「ジェロニモ……?」

 ジェロニモならもうすぐ村の中で発見されるはずだ。
 そのジェロニモと何か関係あるのかと、メルクリオは兵からの報告の続きを待った。
 そして、その後、兵からは信じがたい報告が告げられることになった。





「ジェロニモが王都へ姿を現しました!!」

「王都は幼少期以来だな……」

 王国軍がルイゼン領西の村に突入を開始した時、ジェロニモとコルラードは遠く離れたヴァティーク王国の王都へ進入していた。
 ローブを深く被り顔を隠すコルラードとは違い、ジェロニモは平然とした表情で町の中を見渡し感想を述べる。
 父の付き合いで来て以来ずっとくることがなかったため懐かしく感じているが、その態度はとても追われている人間の振る舞いに思えない。

「行くぞ!」

「ハッ!」

 2人は大通りを抜け、そのまま王城の方へと向かう。
 そして、ジェロニモは躊躇なく門番のいる方へと足を進めた。

「んっ?」

「何用ですか?」

 自分たちに向かって来る2人組。
 1人はフードを被っているが、前を歩くもう1人は堂々としている。
 その者たちに対し、門番は普通に話しかける。
 堂々としている人間の服装を見る限りどこかの貴族のように見えたため、王城に来る予定でもあるのかと思った。

「王城内にルイゼン領のエレナ様がいると聞いてきたのだが?」

「あぁ! エレナ様は客人として……」

 前に立つ男の質問に、門番の1人はエレナの知り合いが尋ねてきたのだと理解した。
 たしかにエレナという伯爵令嬢が、王城内にいるということは知らされている。
 クラウディオ王の妹であるレーナ王女の友人だという話だ。
 この訪問者も、エレナ嬢の面会に来たのだと理解した門番は、そのまま返答しようとした。

「っ!! 待てっ!!」

 同僚が訪問者を相手にしているのを見ながら、もう1人の門番はふとその貴族の顔に目が行った。
 そして、あることをことに思い至り、途中だった同僚の返答を遮った。

「チッ! 気付いたか……」

「ジェロニモ様……」

 返答を遮ったと思ったら、門番の1人は持っていた槍をジェロニモたちに向けて構えてきた。
 どうやら自分たちのことに気付いたようだ。
 そう感じたジェロニモはその場から後退し、入れ替わるよにコルラードが前へと立った。

「っ!! やはり貴様ジェロニモか!?」

「なっ!?」

 武器を構えた男は騎士爵家の次男であり、昔王都のパーティーでジェロニモの顔を見たことがあった。
 それは幼少期のことだし、今回ルイゼン領の戦いに参加しないため、その門番はすぐには気付かなかった。
 まだ終戦になっていないにもかかわらず、貴族の子息らしき人間がエレナ嬢に訪問して来るなんて違和感を感じたことで記憶がよみがえった。
 昔見たジェロニモの面影から大人にしたような顔をしたこの男を、王城に入れてはならないと咄嗟に判断したのは正解だった。
 フードを被った男が呟いた言葉で小男がジェロニモだと確信した。
 置いてきぼりを食らったように、もう一人の門番の男も慌てて槍を構えた。
 軍が追いかけているはずのジェロニモが、どうしてこの場にいるのかと疑問が浮かびながら、2人の門番はジェロニモたちに襲い掛かった。

「殺れ!」

「はい……」

 自分たちに襲い掛かってきた門番の攻撃を躱し、コルラードは腰に差していた剣を抜き払った。
 そのコルラードへ、ジェロニモは予定通り行動を開始することを告げた。
 穏便に王城内に入り込めればよかったのだが、バレてしまっては仕方がない。
 コルラードは指示通り門番たちを始末することにした。

「くっ!!」

「剣術使いか……」

 2対1で、間合いが遠い槍を使う門番たち。
 しかし、彼らよりもコルラードの方が実力が上らしく、すぐに門番たちが押されていた。

「俺が一時止める!! 仲間を呼んで来い!!」

「了解!!」

 コルラードの剣に脅威を覚えた門番の1人が、もう1人へ援軍を連れて来るように指示を出す。
 自分たちだけでは勝てないかもしれないと、指示を受けた門番はすぐさま門の中へと走り出した。

「すぐに仲間が来る! お前らこの場でおとなしく捕まれ!!」

 ジェロニモがここにいる理由などは分からないが、ここから逃がすわけにはいかない。
 囲んでしまえば2人など難しくないと、仲間を呼びに行かせた門番はコルラードに無理やり鍔迫り合いのような状態に持ち込み忠告した。

「フフッ……、俺たちを捕まえられるほどの戦力などここにはいないだろ?」

「何っ!?」

 門番の忠告に対し、ジェロニモは余裕の笑みを浮かべる。
 それは、まるで城内の兵が集まろうと何とも思っていないかのようだ。

「フンッ!」

「なっ!!」

 ジェロニモが魔力を使ったと思った瞬間、多くのスケルトンが出現した。
 どうやら魔法の指輪から取り出したらしい。

「行けっ!!」

「ぐあっ!!」

 スケルトンが出現すると、ジェロニモはコルラードが相手にしていた門番に攻めかからせる。
 多くのスケルトンに襲われ、門番はあっという間に殺されてしまった。

「ハッ!!」

 ジェロニモは、死んだ門番にすぐさまスキルを発動する。
 1体のスケルトンを増やして、ジェロニモとコルラードは王城の門を潜り抜けた。

「っ!? 貴様!!」

「おぉ! 集まっているな!」

 門をくぐってそのまま王城内へと入ると、先程仲間を呼びに行った門番が仲間と共に向かって来ていたようだ。
 その数を見て、ジェロニモは笑みを浮かべて対応する。
 明らかにスケルトンの方が数が多いことによる余裕の笑みのようだ。

「お前らもさっきの奴同様私の配下にしてやろう!」

「っ!! 貴様ぁー!!」

 ジェロニモは上から目線の言葉と共に、門番と王城の兵たちに1体のスケルトンを指差した。
 先程の門番の防具と槍を持ったスケルトンを見て、集まった者たちは殺されたことを悟り、ジェロニモの前に立ち塞がるスケルトンへと攻めかかった。





「レーナ様!!」

「何事です!?」

 王城内でお茶を楽しんでいた王女のレーナの所へ、メイドが慌てて駈けてきた。
 いつもはマナーにうるさく、室内を走ることを注意している側のメイドの慌てように、レーナは驚きつつ問いかけた。

「あのジェロニモが王城に現れました!!」

「「っ!!」」

 その言葉に、レーナと、レーナと共にお茶を飲んでいたエレナが目を見開く。
 信じられないような内容だったからだ。

従兄(にい)さんが……」

「そんな!! 軍が西の端に追い込んだのでは!?」

 エレナが顔を青くしている横で、レーナは思わず声が大きくなってしまう。
 いつもは冷静を求められるのは分かるが、そんなことを言っている暇はない。
 戦争に関わらないからと言って、何の情報も仕入れていない訳ではない。
 レーナは、兄のクラウディオがジェロニモをルイゼン領の西の端へ追い込んだと聞いていた。
 もうすぐ終戦すると安心していたというのに、どうしてその問題のジェロニモがここにいるというのだ。

「どのようにして来たのかは分かりませんが、本人に間違いないとのことです!!」

「そんな……!!」

 どうやってこの場に移動したのかは、自分も知りたいところだ。
 しかし、今はそれを確認している暇はない。
 そのため、メイドの女性は兵たちからの報告をそのままレーナへと伝えた。

「ジェロニモが率いるスケルトンを兵たちが抑えています! レーナ様とエレナ様は、城外への避難を開始してください!」

「は、はい!」「わ、分かりました!!」

 スケルトンの数を考えると、ここに来るまでどれほど兵たちが時間を稼げるか分からない。
 すぐにでも2人を逃がそうと、メイドの女性は避難を促す。
 その指示に従い、2人はすぐに部屋から出て廊下を走りだした。

「「っ!!」」

 しかし、廊下に出てすぐ、2人は恐怖に慄いた。
 長い廊下の先にある階段から、スケルトンたちが上がってきたからだ。

「従兄さん……」

「エレナ……」

 そのスケルトンたちの隙間から、エレナは見知った顔を見ることになった。
 従兄であるジェロニモだ。
 そのジェロニモもエレナの存在に気付き、目を見開いて立ち止まっていた。

「エレナ……」

 王城内にいる人間を倒してはスケルトン化しつつ、ジェロニモはエレナのことを探し回っていた。
 とうとうその姿を確認し、思わず目を見開いた。
 生きているということを知ってはいたが、ようやくそれを確信でいたからだ。

「やっと会えた……」

 エレナを見て、ジェロニモはスケルトンをかき分けるようにして歩を進める。
 感動によるものなのか、その歩みはゆっくりとしている。

「シャー!!」

「っ!! ジェロニモ・ディ・ルイゼン!! ここに何しに来たというのですか!?」

 エレナの肩に乗る羽カワウソのイラーリが、近付いてくるジェロニモに向けて威嚇の声をあげる。
 弱い魔物とは言っても、主人のエレナを守ろうとしているのかもしれない。
 そのイラーリの声を聞き、恐怖で固まっていたレーナの体が和らぐ。
 そして、すぐにエレナを庇うようにして、ジェロニモの前に立ち塞がった。
 まだ距離があるとは言ってもスケルトンが恐ろしいのか、その足は僅かに震えていた。

「たしか……、レーナ……王女だったか?」

 エレナの姿を塞いだ女性を見て、ジェロニモは眉をひそめる。
 せっかくの感動の再会を邪魔されたような思いがし、殺意を込めた目線でその女性を睨むと、どこかで見たような人間だと気付く。
 すぐに幼少期の記憶がよみがえり、ジェロニモはその女性が王女のレーナだと思い出した。

「お前に興味はない! 私のエレナを引き取りに来た!」

「私(・)の(・)? 何を言っているのですか? あなたは……」

 元は自国の王女だった相手だというのに、ジェロニモは不遜な態度で対応する。
 その言葉に、レーナも不快な表情へと変わる。
 態度のことよりも、エレナのことをまるで自分のものだと言っているかのような物言いが気に入らなかった。

「エレナは私の妻に迎える! そしてどこか平穏な地で共に暮らすのだ!」

 まるでというより、完全にエレナを手に入れる気でいるようだ。
 自分の中で思いが膨れ上がり、勝手にエレナを妻にすると決めているのだろう。
 ジェロニモは、さも当然と言うかのように笑みを浮かべた。

「……勝手なことばかり言っていますが、そんなことはエレナの友人である私が認めません!!」

「……お前の承認など求めていない!!」

 自分勝手なジェロニモの物言いに不快になりながら、レーナはその考えを否定する。
 王族や貴族は自由に結婚できるわけではないといっても、多少相手を選ぶことはできる。
 自国に混乱しか生み出していないジェロニモに、せっかく再会できた友人を渡すわけにはいかない。
 レーナは震える足を何とか抑え、力強くジェロニモに言い放った。
 ジェロニモからしたら、もう自国の王女とは思っていないため、レーナに何を言われようと何の感情も湧き起らない。
 いつまでも話しているのも時間の無駄に思え、ジェロニモは手を上げてスケルトンにエレナの保護を指示しようとした。

「従兄さん!! 何故このようなことを!?」

「……、何故って……」

 ジェロニモが何かする気なのだと察したエレナは、自分の言葉に反応するのを期待して問いかける。
 その考えは成功し、ジェロニモは上げた手を下ろした。
 久々にエレナの声を聞けて喜びが湧いたが、それも一瞬のことだった。
 その質問が、自分を糾弾しているかのように思えたからだ。

「お前のために決まっているじゃないか!」

「私のため!? 私はこのようなこと求めてなどいません!!」

「……どうしたのだ? 私がこんなに愛しているというのに……」

 昔はたしかに好意を持ってはいたが、所詮それは家族に対する好意であり、異性に対するものではない。
 何故このようなことが自分のためになるというのか理解できない。
 そのため、エレナはジェロニモのいうことを拒絶した。
 エレナの拒絶が信じられないのか、ジェロニモは呆けたように立ち尽くす。
 自分と同じ思いをエレナがしていると信じて疑わず、何が起きているのか分からない。 

「私は従兄さんをそのように思ったことは一度もありません!! それに……」

「……それに? 何だ?」

 血の気が引くようにジェロニモの顔が青くなっていく。
 エレナの放つ一言一言が、全て自分を否定していると理解できているのだろうか。
 最後に何か思いつめた表情を見て、それでもどこかで期待があったのかもしれない。
 ジェロニモは、エレナの続きの言葉を待ち望んだ。

「私にはお慕いしている男性がいます!!」

「…………何だと? ……何を言っているんだ?」

 最後の決定的な言葉に、ジェロニモは虚空を見つめる。
 そしてうわ言のように呟きながら、小刻みに震えてその場から動かなくなった。

「っ!! エレナ! 逃げるわよ!!」

「はい!!」

 言葉によって大ダメージをジェロニモに与えられたことを確信したレーナは、すぐに踵を返してエレナやメイドたちと共に廊下を走りだした。
 階段は反対側にもある。
 そちらから逃げられることを期待しての行動だ。

「エレナ様!!」

「イメルダ!!」

 エレナたちの所に、護衛として王城内に詰めていたイメルダたちが別階段から上がってきた。
 どうやら城内の異変を知り、エレナのもとへ駈けつけようとしていたようだ。
 しかし、様子がおかしい。
 何か切羽詰まったような表情をしている。

「下はスケルトンで一杯です!! 上へ逃げてください!!」

「わ、分かったわ!!」

 どうやら下の階はスケルトンが待ち受けているらしい。
 イメルダの指示に従い、エレナたちは階段を上へと向かうしかなかった。

「セバス殿に頼まれているのだ!! みんな何としてもエレナ様を守るのよ!!」

「「「ハイッ!!」」」

 少しでも長くエレナたちを逃がそうと階段を利用し、一斉に襲いかかれないようにして、イメルダたち4人は必死にスケルトンと戦う。
 階段を上がってくる先頭のスケルトンを蹴とばして雪崩を起こすようにし、上ってくる時間を稼ぐ。
 そして、そのままエレナたちを追うように、自分たちも階段を上っていった。

「ハァ、ハァ……」

「ハァ、ハァ、もうこれ以上……」

「クッ!!」

 懸命に階段を上り、エレナたちは屋上となる場所へ行きついた。
 しかし、下を見るとスケルトンと戦う兵たちの姿が見える。
 逃げようにも、ここからはどこへも逃げ道がない状況になってしまった。
 追いついたイメルダたちも、この状況に顔をしかめる。

「…………どうしてだ?」

 エレナたちが上がってきた入り口から、スケルトンと共にジェロニモが姿を現した。
 その表情は魂でも抜けたように力がなく、まだ先程の言葉を受け入れられていないようだ。

「レーナ様、エレナ様! 我々の背後へ!」

「はい……」

 最後まで抵抗しようと、イメルダたち、メイドたちの順で、エレナたちを守るようにジェロニモの前に立ち塞がる。
 ジェロニモの後ろからスケルトンがどんどん増えてくる。

「……ジェロニモ様、予定通りエレナ様を連れ去りましょう……」

 これまで黙って背後に控えていたコルラードは、このまま時間がかかって町中の兵たちまで集まってきてしまうと感じ、小声でジェロニモへ提案する。

「……スケルトン。エレナ以外を皆殺しにしろ!」

「クッ!」

 エレナの言葉から立ち直れないまま、ジェロニモはスケルトンに指示を出す。
 連れ去ってからエレナの真意を確かめれば良いと思ったのだろう。
 迫り来るスケルトンに対し、イメルダたちが武器を構え迎え撃とうとした。

『レオさん!! レオさん!!』

 このままではレーナやイメルダたちがやられてしまう。
 かと言って逃げ道がない。
 絶体絶命のピンチに、恐怖で目を瞑ったエレナはレオの姿を思い浮かべて助けを呼んだ。










「マリオネット!!」

 エレナが心の中でレオに助けを呼ぶと、スケルトンたちが潰し合い出した。

「レオ……さん?」

 目を瞑っていたエレナが目を開くと、いつの間にかこの場にレオが出現していた。

「お待たせ! エレナ!」

「レオさん!!」

「……間に合ったみたいだね?」

 テニスコート程の大きさの屋上の端で固まるエレナとレーナ王女。
 それを囲むようにレーナ付きのメイドたち。
 その前にエレナの護衛であるイメルダたち。
 更にその前に立つレオ。
 背後から聞こえた元気そうな声に、レオは安心したように笑みを浮かべる。
 緊急事態だったため、メルクリオに一言告げただけで戦場から飛び出してきたのは正解だったようだ。

「レオポルド・ディ・ヴェントレ! 貴様どうやって!?」

 レオの突如の出現に、ジェロニモも慌てる。
 ことあるごとに自分の邪魔をした憎き人形使い。
 それがまたも自分の前に現れたため、先程までの精神的ショックが吹き飛んだようだ。

「それはこちらの台詞だ! どうやってあの場から逃げたというのだ!?」

 突入を控えた軍が取り囲んでいたにもかかわらず、いつの間にかジェロニモは遠く離れていたここ王都へと来ていた。
 村から出る者は捕縛するように見張りを付けていたのに、どうやって村から脱出したというのか。
 何も知らず、王国軍はもぬけの殻になった村を捜索する羽目になった。

「フンッ! この問答は無意味か……」

 自分も相手も、手の内を晒すようなことはわざわざ言う訳がない。
 そう判断したジェロニモは、レオからの答えを諦める。
 そして、周辺にいるスケルトンを使い、レオが操るスケルトンを破壊させた。

「レオさん!!」

「エレナ! 安心しろ! 何としても君を守る!」

「はいっ!」

 ジェロニモの操るスケルトンが、階段からどんどんこの屋上に上がってくる。
 農具の鍬や鎌を持つ者や、剣や槍を持つ王国所属を示す鎧を着ているものもいる。 
 もぬけの殻になった村の住人は、全員スケルトンにされて連れて来られたのだろう。
 城内にいた兵の遺体も、利用できるものはスケルトンへと変えられたのかもしれない。
 側で改めてみると、恐ろしい能力であると共に、人の命を平気で利用するジェロニモへの怒りが沸々と湧いてくる。
 ぞろぞろと姿を現すスケルトンの数に、恐怖で身を縮めたエレナが心配そうに声をかける。
 その声に対し、レオは力強く返答する。
 短いながらも安心を覚えたエレナは、恐れが吹き飛んだかのように微かな笑みと共に頷いた。

「……そうか、貴様がエレナを誑かしたのか!?」

 自分の好いた美しいエレナの笑みがようやく見られた。
 しかし、それはレオが現れたことによるものだ。
 僅かなやり取りで通じ合う所を見せられ、ジェロニモはレオとエレナの間に何か強いつながりのようなものを感じた。
 その関係は、自分がエレナと作り上げる絆のはずだ。
 それがレオとの間にできていることに、体の奥底から怒りが湧いてきた。

「誑かす? 何を言っているんだ?」

「黙れ!!」

 邪魔をされたことに怒りを覚えているのかと思っていたが、何だか違うことによる怒りをぶつけられた。
 レオからすると、話の内容がよく分からないため首を傾げたのだが、それが更にジェロニモを逆上させた。
 真顔で問いかけてくるレオが、上から目線で馬鹿にしていると勝手に解釈したのだ。

「スケルトン!!」

 エレナが自分の愛情を受け入れないのは、きっとこの男によって阻まれている。
 いつの間にか自分に都合よく思考を変換していたジェロニモは、レオに向けてスケルトンを動かした。

「グルㇽ……!!」

「クオーレ! 無理はしなくていい! エレナを守ってくれ!」

「……ニャッ!!」

 包囲するように近付いてくるスケルトン。
 それに対し、レオの従魔の闇猫クオーレが唸り声を上げる。
 しかし、そんなクオーレにレオは下がるように指示する。
 というのも、ルイゼン領の西の端から王都まで移動した手段というのが、クオーレの影移動によるものだからだ。
 体の成長により昼間でも影移動ができるようになったとはいえ、最も力を発揮する夜ではなく昼間。
 しかも長距離を一気に移動したことにより、クオーレの魔力残量はもうギリギリだろう。
 むしろ、気を失わないようにすることで精いっぱいのはずだ。
 そんな状態でスケルトンと戦えば、あっという間にやられてしまうだろう。
 間に合わせただけでも充分なのに、これ以上がんばらせるわけにはいかない。
 そのため、クオーレにはエレナを安心させるために、休憩させるための護衛を言い渡した。
 戦って自分もスケルトンにされ、主人に迷惑をかけると判断したのか、クオーレは返事をしてレオの指示に従った。

「ハッ!!」

「なるほど! 糸か……」

「クッ!!」

 登場時と同様にスケルトンを操ろうと、レオはエトーレの糸を飛ばす。
 しかし、それにコルラードが反応した。
 腰に差していた剣を抜き、スケルトンに迫る糸を斬り裂いた。
 遠くて分からなかったが、至近距離でみたことでスケルトンが操られる理由が分かったコルラードは、納得したように呟いた。
 逆に気付かれたレオは、これまでのようにいかなくなってしまった。

「殺れ!! コルラード!!」

「了解しました!」

 スケルトンでレオを相手にすると、操られて時間がかかる。
 それなら、対応できるコルラードに任せた方が良いとジェロニモは判断した。
 その指示に従い、コルラードはレオへ向けて剣を構えた。

「レオ!! 我々がそいつを相手にする! お前はジェロニモとスケルトンを何とかしろ!」

「分かりました!」

 ジェロニモを相手にするのに、コルラードが邪魔だ。
 ならば自分たちが何とかするべきだと、イメルダがレオに声をかける。
 これでジェロニモとスケルトンの相手に集中できると、レオはイメルダに言うようにコルラードを任せることにした。

「みんな!!」

「クッ!! 」

 数で迫るスケルトンの相手をするなら、こちらはこちらで対応をするだけだ。
 レオは、魔法の指輪からロイたち戦闘人形を出現させた。
 魔力を使い切って動かなくなっていたが、魔石に魔力を補充しておいたのでいつものように戦える。

「ロイ! スケルトンを頼むよ!」

“コクッ!!”

「やれ!! スケルトン!!」

 現れたロイたち戦闘人形に、レオはスケルトンの相手を頼む。
 レオの指示に頷いたロイたちは、スケルトンたちに向かっていく。
 ジェロニモもそれに対抗するように、スケルトンを向かわせた。

「良いぞ! みんな!」

「クッ! 性能が違うか……」

 レオの人形と、ジェロニモのスケルトン。
 1体の戦闘力で言えば、レオの人形の方が上だ。
 常に性能向上を図り、1体、1体に気持ちを込めて作り上げてきたつもりだ。
 その結果が今出ていると嬉しく思いつつ、レオは人形たちを鼓舞する。
 同じようなスキルだというのに、1体の性能が違うことにジェロニモは歯噛みする。

「性能差は数で補えばいい!!」

「くっ!!」

 ロイたちによりスケルトンが少しずつ倒されて行く。
 ならばと、ジェロニモは魔法の指輪からスケルトンを出現させた。
 色々な形のスケルトンを見る所、魔物の骨を使ったものなのだろう。
 人型のスケルトンと魔物のスケルトンで、戦い方を切り替えながらロイたちは対応する。
 性能対数により、ほぼ拮抗状態になりつつあった。

「ジェロニモ!! 覚悟!!」

「フッ!!」

 拮抗状態なら術者同士で戦えばいい。
 レオは、戦闘人形たちが無理やりこじ開けた道を走り、ジェロニモを倒すために剣を取り出した。
 自己の戦闘に自信のないジェロニモだが、自分に迫り来るレオに対し笑みを浮かべたまま待ち受けた。

「なっ!?」

「ハッ! 俺相手なら勝てると思ったか?」

 上段から斬り下ろしたレオの剣を、ジェロニモは剣で防いだ。
 いや、ジェロニモというより、ジェロニモが纏った(・・・)スケルトンが、と言った方が良いだろう。

「何だそれ(・・)は……」

「操る物に性能差があろうとも、操縦者である俺が強くなればいいのだ!!」

 スケルトンの内部にジェロニモがいるという状況に、レオは戸惑いながら問いかける。
 その反応にしてやったりと思ったのか、ジェロニモは笑みを浮かべたまま答えを返す。

「名付けて死霊装!!」

「死霊装……?」

 攻撃を防がれて一旦距離を取ったレオは、変容したジェロニモの様子を驚きの表情で見つめる。
 頭に何かの骸骨を被り、武器を取り出した。
 ジェロニモがしたことは、たったそれだけのことのように見える。
 しかし、そうした途端ジェロニモの全身を黒い炎のような魔力が纏い、レオの攻撃を手に持つ剣で防いだ。
 戦争に際し、ジェロニモは武術全般得意な方ではないという資料をレオは目にしていた。
 ガイオに訓練を受け続けているため、レオの剣技はかなり上がっていて、近い内に剣術スキルを手に入れることができるのではないかと言われている。
 剣術スキルを持っているから強いという訳ではないが、持っていると持っていないでは当然差が出る。
 決して自分が強いとは思っていないが、ジェロニモになら勝てるという思いがあった。
 このような技をジェロニモが隠し持っているとは思わなかった。

「骸骨を操るなら操縦者は近い距離にいた方が良い。その方が魔力を消費しないからな……」

「…………」

 どんな能力か分からず戸惑っているレオが面白いのか、ジェロニモは愉悦を浮かべながら説明を始めた。
 わざわざ説明してくれるようなので、レオは黙って聞くことにした。
 まず話し始めたことは、レオにも分かる。
 スキルにより自動で動く人形たちだが、レオの近くにいる方が魔力消費は少ない。
 ヴェントレ島に住むようになり、ロイやオルを使っているうちに気が付いたことだ。
 操る物は違うとしても、同じような能力を使うジェロニモもそのことに気付いていたようだ。

「骸骨は貴様の人形のように内部に何もない。しかし、被ることはできる」

 レオの人形は、一部に電池代わりの魔石を入れるスペースを作ることはできるが、内部に入ることはできない。
 術者であるレオが内部に入るような人形も作ろうと思えば作れるが、現状そんな暇はない。
 魔物などの骸骨をスケルトンとして利用する場合、生前並に強い訳ではないことはここまでの戦いで分かっている。
 特に人間の骨を使ったスケルトンは知能の面で劣ることからか、生前強くてもスケルトンになったらたいしたことないレベルに落ちる。
 スケルトンドラゴンは、単純に生前の能力よりも落ちていてもあの強さだというのだから恐ろしいところだ。
 そのスケルトンドラゴンの骨はでかすぎて被るなどとはできないが、大きさ次第ではたしかに被ろうと思えば被れる。
 だからと言って、それでどうしてジェロニモが強くなったというのだろうか。

「貴様を潰すために色々試した結果、俺は被った骸骨の生前の能力が出せることを突き止めたのだ!! しかも、俺はスケルトンドラゴンを操るほどの魔力持ちだ! つまり、この程度の大きさなら何時間でも使用可能だ!!」

 戦争をしている時、ジェロニモは幾度もレオの能力に驚かされた。
 同じような能力でどうしてこのように差が出るのか分からず、ジェロニモはどうにかして自分のスキルの向上ができないか考えた。
 そして考え付いたのがこの能力だ。

「まともなことにその頭を使えって言いたいが、確かに面倒な能力だな……」

 僅かな期間でこのようなことを考え付き、ちゃんと使えるレベルまで持って来たことを考えると、性格はともかく頭の方は良いようだ。
 しかし、その使い道がどう考えても間違っている。
 それをちゃんとした方向で使えば、市民に愛される領主としてなっていただろうと、レオは思わなくはない。
 骸骨を被ることで、魔力の消費量も少なく生前の能力を使える。
 しかも、ジェロニモはレオの何倍もの魔力持ちのため、魔力切れを期待することもできない。
 人形たちはスケルトンの相手をさせている。
 つまり、この状態のジェロニモを相手に、レオは単独で戦わなくてはならないということのようだ。

「どうだ……っ!! エレナ!?」

 自分の強い姿を見て気持ちを変えたかもしれないと、ジェロニモはエレナたちの方へと視線を向ける。
 しかし、先程いた場所にエレナがいなくなっていることに気付いた。
 ここは建物で言う所の4階の高さのため、とても飛び降りて助かる高さではない。
 何かしらの方法で降りられたとしても、王城内のほとんどの人間が死体かスケルトンへと変えられている。
 下に降りたらすぐにスケルトンに捕まっているはずだ。
 しかし、スケルトンからエレナを捕獲したという感覚は感じられない。
 どうやってこの場からいなくなったのか、ジェロニモは下へ向かって目を向けた。

「クッ!! いつの間に……」

 下へと視線を向けて、ジェロニモはどうやって逃げたのか理解した。
 何やら糸のようなものが、城の外の建物へと繋がっていた。
 その糸を伝って、エレナたちが避難していたのだ。

「あの蜘蛛か!?」

 イラーリとは反対側のエレナの肩に、小さい蜘蛛が乗っているのが見える。
 その蜘蛛の糸によって逃走したということに、ジェロニモは気が付いた。
 闇猫のクオーレによる影移動は魔力切れで使えない。
 そのため、レオは蜘蛛のエトーレにエレナたちの避難を頼んでいたのだ。
 ジェロニモの気を引いているうちに、うまいこと逃走に成功したようだ。

「本当にあの2匹の従魔は優秀だな……」

 これで一先ずエレナたちは安全な場所へ避難できるだろう。
 指示した通り動き、結果を出したクオーレとエトーレに、レオは深く感謝した。

「おのれっ!! 貴様っ!!」

 あの蜘蛛のやったこともレオの仕業だと知り、ジェロニモは一気に逆上した。
 そして、その場を蹴り高速で接近すると、手に持つ剣でレオに斬りかかった。

「何度も何度も邪魔ばかりしやがって!!」

「ぐっ!!」

 高速接近から横薙ぎされる剣に、レオは慌てて反応する。
 手に持つ剣で防ぐことはできたが、その威力がとんでもない。
 踏ん張ることもできず、レオは吹き飛ばされるように屋上から離れていった。

「くそっ!! 【風】!!」

 攻撃による痛みはない。
 しかし、このままでは地面へと落下して死んでしまう。
 そう考えたレオは、地面へ向けて魔法を放った。
 噴射された風により、レオは無事着地に成功した。

「フゥ~……」

 魔法は精神状態に左右する。
 そのため、もしも威力が思ったより弱く発動していたら、大怪我を負っていただろう。
 咄嗟のことだったため、何とか成功したことにレオは安堵のため息を吐いた。

「あんな狭いところよりいいか……」

「っ!! と、飛んでる……?」

 レオが着地したのは、王城側にある兵たちが訓練する屋外鍛錬場だった。
 そんな事、レオやジェロニモは分からないし、考えているほど暇ではない。
 それよりも、先程の狭い屋上に比べれば開けた大規模な場所のため、ジェロニモは邪魔が入らず戦えると笑みを浮かべた。
 ジェロニモの声が聞こえ、逃げているエレナではなく自分の方に来てくれたとレオは少し安心した。
 しかし、そのジェロニモの姿がある場所に目を見開いた。
 声をかけてきたジェロニモは、背中に生えた炎の魔力を翼のように使って、屋上から飛んできたのだ。

「……そうか!! その能力で王都まで飛んできたのだな!?」

「ご名答!!」

 王国軍が取り囲んだ村からは、何も出てこなかった。
 スケルトンワイバーンのような存在もあるかもしれないと、上空も見逃してはいなかったはず。
 しかし、人を乗せて飛ばすような大きさのスケルトンは確認されなかった。
 ただ、たいした大きさでなかったとしたら見つけられただろうか。
 今のジェロニモのように、人間サイズのものが上空へ飛び出したとして、少し離れた場所にいた人間が見付けられたかは微妙なところだ。
 しかも、黒い炎のような魔力に覆われていたら、闇夜に紛れて飛び立ったら気付けるとは思えない。
 日が暮れ、夜の闇に紛れて逃げたのだとしたら、ジェロニモがここにいる理由にレオは納得できた。
 そのことにレオが気付くと、ジェロニモは馬鹿にするかのように拍手をした。

「みっともないな王国軍は!! 囲んでおいてまんまと逃げられたのだからな!! ハーハッハッハ……!!」

「クッ!!」

 自分がまんまと王国軍を出し抜いたことに、ジェロニモは改めて笑わずにはいられなかった。
 包囲しておいて逃げられ、その間に王都を殲滅された姿を見せつける。
 国として戦争に負けても、自分は負けていないということを誇示するための作戦だったのだ。
 これまで懸命に戦ってきた仲間を自分も含めて馬鹿にされたレオは、怒りで飛び出しそうになるのを耐え、歯を食いしばった。

「軍が戻る頃には、ここは破壊されて焼け野原。そして俺はエレナと共に新天地へと向かうのだ!!」

「そんなことはさせない!!」

 味方のはずの市民や軍を見捨て、多くの人間に悲しみを与える自分勝手な考えとおこない。
 このままこの男の好きにさせる訳にはいかない。
 そう思ったレオは、何としてもジェロニモをこの場で倒すべく、手に持つ剣を構えたのだった。

「ハッ!!」

 自分勝手なことばかり言っているジェロニモ。
 放って置けばいつまで経っても王国に、そしてエレナに危険が及び続ける。
 何としてもこの場で止めるために、レオはジェロニモへ斬りかかった。

「フンッ!!」

「っ!!」

 横から迫っての袈裟斬りを放ったレオだが、その剣を途中で止めて後退する。
 そのまま斬りかかっていた場合、レオの顔面に鞭が直撃していたことだろう。
 好判断により、レオは黒い炎のような魔力を纏った鞭を躱せた。

「危ない……」

 後退して躱せたことに安堵するレオ。
 しかし、完全に躱したわけではなかったことに気付く。
 焦げた匂いに視線を少し上へ向けると、自分の前髪が何本か焼けていたが見えた。

「……あの魔力か?」

 迫っていた鞭は躱せた。
 しかし、その鞭を纏っている黒い炎のような魔力は掠っていた。
 前髪が焦げた理由を考えると、レオにはそれしか思い至らなかった。

「どうした!? かかってこい!!」

 斬りかかってきたレオが、一瞬にして表情を変える。
 自分の纏っている魔力に恐れを感じているのだとジェロニモには分かる。
 ジェロニモ自身、この能力を使えるようになって驚いたものだ。

「来ないならこっちからいってやるよ!!」

「くっ!!」

 どう戦うべきか考えているレオに、ジェロニモは襲い掛かってきた。
 接近戦では、武器は躱せてもあの魔力まで躱しきれるか微妙だ。
 活路を見つけ出すまでは近付けないと、レオはジェロニモから逃げ回った。

「どうした!? 時間稼ぎのつもりか!?」

 威勢のいいことを言っていたのにもかかわらず、逃げ回るしかないレオを煽るように言いつつ、ジェロニモは接近と攻撃をし続ける。
 その一撃は人間による攻撃にしては強力。
 レオが1発食らえば、大ダメージを食らうこと間違いなしだ。
 しかも、炎の魔力による熱も厄介だ。
 逃げ回りながらも、レオは懸命にどう戦うかを考え続けた。

「その能力……」

「んっ?」

 逃げ回っていたレオが口を開く。
 何か気付いた様子のレオに、余裕のジェロニモは一旦攻撃をやめる。

「バルログだな?」

「ほお~……、気付いたか?」

 飛空時に出した翼、炎の剣と鞭、ジェロニモが被っている頭蓋骨の形全てを合わせて考えると、レオにはある魔物の存在が思いついた。
 炎の悪魔とも呼ばれるバルログという魔物だ。
 その名前を出した瞬間、ジェロニモは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「その通り! これはバルログの骨だ!」

「……どうやって手に入れたんだ?」

 言い当てられてどことなく嬉しそうなジェロニモ。
 それはレオには好都合。
 考える時間を稼ぐために、レオは特に興味もない質問を投げかける。

「俺は元々スカルグッズの収集家でな……」

 レオの質問に対し、ジェロニモが話し始める。
 しかし、そのことは情報として知っているため、レオは聞いているふりをしてどう戦うか考える。

「大体の人間が気味悪がったが、エレナだけは認めてくれていた」

『……だからエレナに付きまとっているのか?』

 それを聞いて、レオはなんとなく納得した。
 どうやら、自分の趣味を認めてくれたことがきっかけで、ジェロニモはエレナのことを好きになったようだ。
 しかし、自分が好きだからと言って、エレナが自分に惚れているという訳ではない。
 そんなことが分かっていないから、このようなことをしているのだろう。
 人の気持ちを考えないジェロニモに、レオは何だか可哀想な人に見えてきた。
 しかし、思ったことを口に出せば、すぐにでもまた襲いかかってくるかもしれない。
 なので、黙ったまま聞いている振りを続けた。

「スケルトンを置いてきて良かったのか?」

「そんなのたいしたことではない。スケルトンがいなくてもお前くらい苦でもないわ!!」

 あの状態だけでも面倒なのに、これでスケルトンまでまだあるとしたら勝ち目が薄い。
 それを確認するために、レオはジェロニモに話しかける。
 すると、どうやら吹き飛ばした自分を追いかけてきたので、スケルトンはそのまま全部城に置いてきたようだ。
 それを聞いて、レオは少し安心した。

「ハッ!!」

「フンッ!! お前はまだ人形を残していたか?」

 スケルトンを全部おいてきたジェロニモとは違い、レオはまだ少し戦闘人形を残しておいた。
 それでも10体程度。
 バルログの力を使えるジェロニモと戦うには、どう考えてもこれでは数が足りない。
 それが分かっているのか、ジェロニモは人形たちを見ても余裕の表情を崩さなかった。

「すまんが、みんな頼むぞ!」

“コクッ!!”

 レオの指示を受け、頷いた人形たちは手に持つ剣でジェロニモへと向かっていく。

「舐めるな!!」

 迫り来る人形たちに、ジェロニモは慌てることなく剣と鞭を振るう。
 その数回の攻撃だけで、あっという間にレオの人形たちは破壊されてしまった。
 しかも、壊されただけでなく、剣で斬られたり鞭で叩かれた場所から着火し、全身に炎が燃え広がっていった。

「バルログの力を使える上に人としての知能も使える。お前単体でバルログと戦うようなものだ!!」

「くそっ!!」

 ジェロニモの戦い方を見極めるためとはいえ、自分の作り出した人形たちが壊される。
 しかも、軸となる金属だけ残して燃やし尽くしてしまった。
 そうなる可能性を感じていたとはいえ、人形たちに申し訳ないことをさせてしまったと、レオは歯を食いしばって悔しがった。
 人形たちがやられてしまい、またも1人になってしまったが、レオの中には少しだけ分かったことがあった。

『思った通り、剣技などに関してはたいしたことはない』

 バルログの力により、ジェロニモの攻撃の威力と速度はとんでもないものがある。
 しかし、それを使っているジェロニモ自身の技術がそんなでもないことからか、防ぐ分には難しくないかもしれない。

「おっ?」

『接近戦より遠距離攻撃だ!!』

 人形たちを犠牲にしてしまったからには、勝たないといけない。
 そう考えたレオは、人形たちが教えてくれた情報を元にジェロニモとの戦闘方法を導き出した。
 レオが何かを掴んだような表情をして魔力を練りだしたのを見て、ジェロニモは何かしてくるのかと身構える。
 しかし、何をされても大丈夫な自信があるのか、武器を下げたままだ。

「【水】!!」

「魔法!?」

 炎には水。
 そう言うかのように、レオはまず水の魔法で水球を放つ。
 何をするのかと思っていたら魔法を放って来たので、ジェロニモは僅かに驚きの声をあげる。
 魔法はたしかに優秀な能力だが、戦闘において使えるほどの威力を出せる者は少ない。
 人形使いとしてしか知らないため、ジェロニモはレオがそんな攻撃をしてくるとは思っていなかったようだ。

「ムッ! ……何だ。なかなかの威力だが、俺には通じんじゃないか……」

 飛んできた水球に対し、ジェロニモは剣を盾にするようにして身構える。
 水球が着弾した瞬間衝撃を受けるが、防いでしまえばなんてことない。
 当たって弾けた水も、すぐにジェロニモの炎の魔力によって、ジュ~という音と共に蒸発していった。
 その結果を見たジェロニモは、肩をなで下ろすように笑みを浮かべた。
 
「【氷】!!」

「今度は氷か……」

 続いてレオが放ったのは氷魔法の氷柱。
 先が尖った氷柱が、ジェロニモに向かって飛んで行く。
 その氷柱を、ジェロニモは鞭を振って防ぐ。
 鞭に触れて軌道がずれた氷柱が、水へと変わって地面へと飛び散った。

「抵抗は終わりか?」

「あぁ……」

「何っ?」

 魔法攻撃をしてくるとは思わなかったが、防げるレベルだ。
 レオの攻撃に脅威を感じなかったジェロニモは、余裕の態度で話しかける。
 自分の攻撃が通用しないと分かり、恐れおののく表情を期待していたのだが、レオは思い通りの言葉と表情をしていなかった。
 それどころか、レオの方も笑みを浮かべていた。

「【氷】!!」

「フンッ!!」

 会話をやめて戦い出したレオとジェロニモ。
 ジェロニモが纏う炎の魔力によって、接近戦は危険でしかない。
 そのため、レオは氷魔法を使い、氷柱を飛ばしてジェロニモに攻撃する。
 しかし、その攻撃もジェロニモが持つ剣や鞭によってただの水へと変えられてしまう。

「ハーッ!!」

「くっ!!」

 レオの魔法を弾いたジェロニモは、そのまま地を蹴り距離を詰める。
 スキルによって、バルログという魔物の能力を使っているせいか、とんでもない速度でレオへと迫る。
 そのまま剣で斬りつけてくるジェロニモの攻撃を躱し、レオはまた距離を取る。

「【氷】!!」

「無駄だということが分からんのか!?」

 戦いを再開してから、レオは魔法で攻撃して来るばかり。
 それも今の自分には通用しないと確信しているため、余裕で剣を使って魔法を弾き飛ばす。
 繰り返しのような状況に、段々とイラ立ちを含むように文句を言い放った。

「【氷】!!」

 ジェロニモの言葉なんてお構いなし。
 レオは効かないと分かっていながらも、距離を取りながら同じ魔法を繰り返した。

『思った通り……』

 距離を取って戦うレオ。
 戦いながらも、今の状態のジェロニモを分析していた。
 その中で、距離を取った自分に、同じように魔法を放ってくるかもしれないと思って警戒していた。
 しかし、いつまで経ってもそのような素振りをしない。
 魔力が大量にあるというのに、全然魔法の練習をして来なかったのだろう。
 せっかくの魔力がもったいない。
 それもレオにとっては好都合だ。
 このまま距離を取っていれば、危険な目に遭うこともないからだ。

「おのれ!! ちょこまかと……!!」

 魔法を弾いては距離を詰めての攻撃。
 しかし、その攻撃が当たらず、ジェロニモはイラ立ちが募らせるばかりだ。

「……なるほど、このまま他の人間が援護に来るのを待っているんだな?」

 魔法攻撃が通用しないことは、戦い始めてすぐに気付いたはず。
 それなのに、距離を取ってワンパターンに攻撃してくるレオ。
 その狙いが、ジェロニモには時間稼ぎをしているとしか思えなかった。
 時間を稼いでこの場に留め、エレナを逃がすとともに味方となる兵が来るのを待っているのだと導き出したのだ。

「所詮貴様は他人の手を借りないと俺には勝てないということか……」

 ジェロニモの中でいつの間にか、このレオとの戦いをエレナを賭けてのものだと考えていたようだ。
 1対1の戦いをしているというのに、他人に協力を求めるような戦い方をしているレオが負けを認めていると感じたようだ。

「それはどうかな?」

「何っ?」

 レオとしては、別に他人の力を得ても勝てればいいと思っている。
 しかし、王都内にいる兵たちが集まって来た場合、勝てるかもしれないが被害者も多く出るということが懸念される。
 それだけ今のジェロニモは危険な状態だ。
 もしも兵が集まって殺されでもしたら、またスケルトンを増やして抵抗してくるかもしれないし、エレナを賭けているという思いはないが、ここで自分がやられたらエレナに危害が及ぶ。
 そうならないためにも、レオもこのまま1対1で勝負を決めたい。
 そのため、そろそろ準備していた策を実行することにした。

「……また、性懲りもなく……」

 自分の攻撃を躱してまたも距離を取り、魔力を練り始めるレオ。
 それを見て、ジェロニモは呆れたような呟く。
 レオが何をしたいのか全く分からないからだ。

「っ!!」

 これまでと同じようにまた氷柱を飛ばして来るのだと思っていたジェロニモだったが、レオの様子がこれまでと違った。
 練った魔力がこれまでと違う反応をし始めたため、ジェロニモは何をする気なのか訝しんだ。

「【雷】!!」

「ぐあーっ!!」

 レオが放ったのは雷魔法。
 電気が体に伝わり、ジェロニモはその苦しみに呻き声を上げた。
 そして、攻撃を受けたジェロニモは、受けたダメージによって膝をついた。

「……くっ、……そうかっ! 効かないと分かっていながら氷魔法を放っていたのは、これが狙いだったのか……」

 所々火傷の跡を残しながら、ジェロニモは立ち上がる。
 そして、何が起きたのかを周囲を見て気付くことになった。
 水魔法は剣や鞭で弾かれてしまえば蒸発して消し去られるが、氷魔法は弾かれると水となって地面を濡らしていた。
 ジェロニモの炎の魔力は、触れた部分にのみ高温の作用が及ぶ。
 近くの濡れた地面はそのままなのが証明だ。
 そのことを戦闘中に気付いたレオは、この戦場の地面を充分に濡らして電気を通す道を作るために、通用しないと分かっていても氷魔法を放ち続けたのだ。
 そのことに気付いた時にはもう遅く、ジェロニモは雷攻撃を受けて大ダメージを受けた。

「スキルのお陰で強くなれたとしても、スキルを使う人間が訓練不足なら意味がないんだよ!!」

 大ダメージを与えることに成功したレオは、悔しそうに呟くジェロニモに啖呵を切る。
 たしかにジェロニモのスキルは素晴らしい。
 しかし、それを使う人間が心身ともに未熟としか言いようがない。
 このような攻撃は、ある程度戦闘経験のある者なら気が付いていたはずだ。
 気付けば、その炎の魔力を使って地面の水も蒸発させることもできたので、ジェロニモもこのようなことにはならなかったのだ。

「くっ……!!」

 ふらつきながらも、何とか周囲の濡れた地面を乾かすジェロニモ。
 これで同じように電撃を受けることはなくなった。

「……あの魔力のせいか?」

 大ダメージを与え、動きをかなり鈍らせることはできた。
 しかし、思った以上にまだ動けている。
 結構な魔力を使った攻撃を受けたのに、日々訓練をしている訳でもないジェロニモが戦闘不能にならない。
 どうしてまだ動けているのか理由が分からなかったが、少し考えたレオはすぐに予想がたった。
 ジェロニモとしての魔力なら、どんなに多かろうが抵抗できず、先程の電撃で気を失っていたことだろう。
 だが、今のジェロニモはバルログという魔物の力も作用している。
 そのバルログの魔力によって、ジェロニモの魔力抵抗が上がっていたからこそ、まだ耐えられているのだろうとレオは導き出した。

「ジェロニモ様!!」

「コルラード……」

「っ!!」

 追い込もうとしていたレオと、痛みに耐えつつ迎え撃とうとしているジェロニモ。
 そこへ屋上に残してきたコルラードが、助けに入るように駆け寄ってきた。
 コルラードが来たことに、ジェロニモはチラッと見るだけで済まし、レオは不吉な考えが沸き上がっていた。
 コルラードが来たということは、相手をしていたイメルダたちがやられたという可能性があるからだ。

「王都にいた兵が集まり、城内のスケルトンの制圧が始まりました! 何とか私だけ逃れてきましたが、スケルトンはそのうち破壊されます!」

 それを聞いて、レオは少し安堵した。
 逃げてきたと言うことは、イメルダたちはまだやられていないかもしれないからだ。
 しかも、王都にいた兵たちが集まったというのなら、レオのスキルで動く戦闘人形たちと共に戦えば、そう時間も経たずに城内の制圧は可能だろう。
 これで脅威となるのは、自分の目の前にいるジェロニモとコルラードだけになったということだ。

「ここにもすぐに兵が来ます! 今のうちに逃走を開始しましょう!」

「くっ!!」

 レオだけでも予想外に苦戦しているのに、この上兵たちまで来たら面倒この上ない。
 コルラードの申し出に、ジェロニモは逃走の二文字が頭をよぎった。

「まさか逃げないよな?」

「っ!?」

 逃走の相談をしているジェロニモに対し、レオが話しかける。

「エレナを愛していて手に入れたいのだろ? だったら俺との戦いから逃げるわけないよな?」

「……黙れ」

 逃がしたら、いつまで経っても王国やエレナに平和が訪れない。
 エレナを賭けての戦いと思っているジェロニモ。
 逃がさないためにも、レオはその考えを利用することにした。
 案の定、エレナの名前を出せばジェロニモは反応する。

「お前のエレナへの愛ってのはその程度なのか?」

「黙れ!!」

 最後の煽りが成功し、ジェロニモは逃げるという選択をやめたように、レオに対して武器を構え直した。