「これなら殺し放題だな……」

「あぁ……」

「誰が一番殺すか勝負と行くか?」

「良いなそれ!」

 テスタと共に王国の砦内に進入した黒装束に身を包んだ闇組織の者たちは、4人一組で数組に分かれて行動していた。
 中に入ってみれば、王国兵たちは魔力切れ寸前でみんな動けないでいる。
 彼らにしてみたら、まさに殺したい放題というような状況に、全員布で顔を隠しているとは言っても笑みを浮かべているのが分かる。
 普通の人間からすると精神異端者と言っていいが、組織内だと彼らのように人殺しというものに魅了されてからが1人前だと言われている。
 そんな彼らは、快楽を得るという目的のために武器となる短剣を取りだしたのだった。

「んじゃ! よーい……」

「「「っ!?」」」

 ゲームをするように、1人の合図で王国兵たちの殺害を開始することになったのだが、その男が合図をする寸前に前のめりに倒れ込んだ。
 何が起きたのか分からず、驚いた男たちは倒れた仲間に視線が集中した。
 背中から心臓を一突きしたように血が噴き出しているのが目に入ると、彼らは周囲を警戒するように背中を合わせて円陣を組んだ。

「……な、何者!?」

「…………」

「っ!!」

 仲間を刺したらしき人間は、すぐに見つけることができた。
 その人間はスーツを着た熟年の男性で、血の付いた短剣を持っている所を見ると、自分が殺ったと隠すつもりがないようだ。
 答えを期待したわけではないが、組織の男の一人が問いかける。
 しかし、その問いを発した瞬間、スーツの男は無言で消えるようにその場から動いた。

「がっ!!」

 消えたと思ったスーツの男は目で追えないほどの速さで縦横無尽に動き回り、組織の男がようやく姿を見つけたと思った時には目の前に立っており、男は抵抗する間もなく、心臓を一突きされていた。
 刺した短剣が引き抜かれると、傷口から一気に血が噴き出す。
 その返り血を浴びる前に、スーツの男はその場から飛び去っていた。

「速い……」

「まるで長(おさ)並だ……」

 暗殺業もおこなうため、自分たちは速度には自信がある。
 そんな自分たち以上の速度で動き回るスーツの男に、残った2人は全身に冷や汗を掻いた。
 長であるテスタ並に動くこの男によって、自分たちも殺される未来が頭に浮かんだからだ。

「…………」

「こ、この野郎!!」

 あっさり仲間を殺したというのに、スーツの男は表情を全く変えない。
 ずっと無言で、まるで虫でも見るかのように自分たちに視線を向けてくる。
 しかも、短剣に付いた血を汚いとでも言うかのように振り払う。
 それを見て、男の1人が怒りや恐怖に耐えきれなくなったかのように、スーツの男に襲い掛かった。

「うがっ!!」

「……つ、強すぎ……」

 組織の男の短剣による素早い攻撃もスーツの男に通用せず、躱されると共に背後に回られ刺殺された。
 仲間たちがあっさり殺られ、残る男は退避の選択が頭に浮かぶ。
 しかし、退避をさせる間もなくスーツの男は接近し、残った組織の男を始末した。

「……次に行きましょう」

 結果に喜ぶわけでもなく、短剣に付いた血を拭い去る。
 他にも侵入した人間がいるかもしれない。
 クオーレが兵たちを避難させているとは言っても、王国兵たちを殺害されないうちに侵入者たちを始末するべく、スーツの男ことセバスティアーノはその場から立ち去った。





「ぐあっ!!」

「くっ!! こんなのが残っていたとは……」

「……はっ!」

 侵入者たちを相手にしていたのは、ガイオやセバスティアーノだけではない。
 槍使い兄弟の兄であるドナートもその1人だ。
 得意の槍による一突きで侵入者を始末したドナートは、残りの1人の言葉に思わず笑みを浮かべる。 

「俺と弟なんて可愛いもんだ。他にはバケモンたちが参戦しているからな」

「……何…だと?」

 自分のことを評価するような言葉だが、実力がある人間に思われるのは少し間違った評価だ。
 敵にとっての脅威が自分だけだと思っているようだが、むしろ自分と弟は弱い方だ。
 仲間の3人を倒した実力から、相当な槍使いだと思っていた組織の男は、ドナートの言葉に信じられないというような声を呟いた。

「このー!!」

「へっ!!」

「がっ!!」

 信じたくない思いの組織の男は、怒りに任せて短剣で斬りかかる。
 その攻撃を槍の柄で弾き、ドナートはそのまま槍で組織の男の腹を突き刺した。

「良かったな。俺や弟が相手なら死を確信できるが、他の人たちならそれすらもさせてもらえないかもしれないからな……」

「ぐふっ!!」

 腹を突かれた組織の男は、大量の出血と共に倒れ伏す。
 僅かに開いた眼をしている男に、ドナートは最期の言葉を投げかけたのだった。





「なっ!?」

「ホッホッホ……、全員即死を免れたようじゃの?」

 別の組織の男たち4人に、どこからともなく風の刃が飛んで来る。
 それに反応してその場から跳び退こうとするが僅かに遅く、男たち4人はそれぞれ体の一部に深手を負って動けなくなった。
 そこに現れたのは、耳が長く先が尖った老人、エルフのジーノだ。
 ヴェントレ島の魔法指導者としてのんびり過ごしているが、長年の研鑽で鍛え上げた魔法技術は国内でトップといってもいい。
 当然荒事も苦手ではないため、レオは今回の戦いに参加してもらうことを頼んだ。
 魔法の弟子として気にいっているレオに頼まれたのでは断るわけにもいかず、ジーノはその頼みを受け入れたのだった。

「弟子のためには、こんな戦争さっさと終わらせてほしいものだわい」

 レオの魔法の成長と、ヴェントレ島が変わっていく様を楽しみながら、ジーノはのんびり過ごしていたい。
 そのためには、この戦いを終わらせるしかない。
 少しくらいは自分も協力しようと侵入者の始末に参加したのだが、その侵入者たちは思ったよりも実力のある者たちだったようだ。
 気付く間もない不意打ちの風魔法に反応し、男たちは全員生き残ってしまった。

「くっ! この…ジジイ……」

「【爆】!!」

 全員即死は免れたといっても、深手で虫の息の者たちばかりだ。
 その中の1人は、脇腹を深く斬り裂かれた状態で立ち上がり、ジーノへ向けて短剣を向ける。
 最後まで戦うという意思は見上げたものだが、ジーノは4人を始末するために追撃の魔法を放つ。
 その魔法によって、4人の体は爆発して跡形もなくなってしまった。

「やれやれ、腕が鈍ったかの……」

 何のためらいもなく死体を残さない行為をおこなっておきながら、ジーノは1発で仕留められなかったことを反省するかのように呟く。
 そして、他に侵入者がいないかを探しに、その場から去っていったのだった。





「ヌンッ!!」

「ギャッ!!」「ごぼっ!!」

「「…………」」

 巨大な鎚が横薙ぎされ、3人の侵入者が弾け飛ぶ。
 突然の出来事に、たまたま生き残った侵入者の男は驚きで声も出せず、恐れを抱いた目で巨大な鎚を振った人間を見つめた。

「どうした? 止まっているとさっきの2人と同じになるぞ?」

「な、なんて馬鹿力だ……」

 巨大鎚の持ち主である隻腕のドワーフの言葉に、固まっていた侵入者の男はようやく言葉を発することができた。
 しかし、仲間の人のグチャグチャになった遺体を見て、足が鉛になったように重くなっている。

「俺のためにもエレナ嬢を連れていかれては困るのでな……」

 隻腕のドワーフ、エドモンドも戦いに参戦していた。
 自分の腕を斬り落とした張本人である、レオの兄イルミナートが処刑され少しは気が晴れた。
 島に住んでいるうちに、弟とはいえレオはイルミナートのような態度を取らない人間だと理解した。
 だからと言って、戦いに協力してくれと言われても断る気でいた。
 しかし、敵の狙いがエレナであるというのは放置できない。
 ジーノの魔法指導により、エレナの回復魔法の才能が開花した。
 それにより、エドモンドはなくなった腕の再生魔法をエレナから受けるようになった。
 毎日少しずつではあるが腕が再生してきており、後は手首から先を治してもらうだけにまでなってきた。
 あと少しという所まで来て、エレナを連れていかれる訳にはいかない。
 他の者とは違い、やや自己のためという思いがあるが、それでも強力な戦力になっていた。

「フンッ!!」

「へぶっ!!」

 鍛冶で鍛えた極太の腕によって振られた鎚に、侵入者の防御など意味もない。
 そのまま吹き飛んで壁に打ち付けられた侵入者の男は、潰れた蛙のようにグチャグチャな状態で死を迎えた。