「スケルトンドラゴンだー!!」

 レオに少し遅れ、スケルトンドラゴンの存在に気付いた兵が大声で叫んだ。
 王国にとって最大の難敵の出現に、戦場の兵たちにはこれまで以上の緊張感が漂ったのだった。

「とうとう出してきたか……」

 近くにいる人間と比べると、遠くからでもその大きさを感じ取ることができる。
 そんなスケルトンドラゴンの姿を見て、メルクリオも一言呟きつつ息をのんだ。

「まさか、このために先程のこと西棟の爆発を起こしたのでは……」

「何だって……?」

 レオの呟きに、側にいたメルクリオが反応する。
 先程の爆発により、西棟の崩壊が報告された。
 怪我人は少なく済んだとの話だったが、捕まえた冒険者たちは死屍累々の状態で、原形をとどめている遺体すらなかったという話だ。

「動揺をさせ、その上にスケルトンドラゴンで恐怖を増幅しようという考えなのでしょう……」

「くっ!! 奴ら人の命をなんだと思っているんだ!!」

 いくら勝利を得るためとは言っても、ルイゼン側のやり方は非人道的過ぎる。
 たしかに、戦争なのだから敵を動揺させて攻め込むという考えも分からなくない。
 だが、自分の国の人間ならどう扱っても良いという話ではない。
 西棟に捕まえていた冒険者たちは、みんな奴隷紋が刻印されていた。
 恐らく、以前の盗賊たちのように強制的に奴隷にされたのだろう。
 無理やりこの戦いに参戦させて、もしもの時には自爆テロを起こさせるなんて、人の命を軽く見過ぎている。
 そんな方法で勝利したとして、市民が付いてくるはずがない。
 どう考えても常軌を逸した考えだ。
 せっかくスパーノたちが生かして連れてきたのに、これでは意味がなくなってしまった。
 それどころかこちらの痛手になってしまった。

「スパーノさんたちには辛いでしょうが、この話は後にしましょう! 今はスケルトンドラ……」

 強制的に奴隷にしたり自爆テロをさせたりと、敵側のやり方は頭がおかしいとしか言いようがない。
 ムツィオの時でもそうだったが、ジェロニモはそれに輪をかけたように狂っている。
 そのことを許すつもりはないが、まずは戦いに勝利するしかない。
 そのため、レオは現れたスケルトンドラゴンへの注意を促そうとしたのだが、言葉の途中でそれは起こった。

“ドーーーンッ!!”

「…………」

 顎を開いたスケルトンドラゴンから、高熱の火球が発射される。
 その1撃によって、スケルトン兵たちと戦っていた王国兵たちが吹き飛んだ。
 一時退却の命令を出す前出来事に、レオは言葉を失った。
 スケルトン兵すら巻き込んでの大規模破壊をおこなってくるとは想定になかった。

「たった一撃で……」

「何て威力だ……」

 たった1撃の破壊力に王国兵たちは顔を青くした。
 最前線にいたら、自分たちも跡形もなく吹き飛ばされていたということが嫌でも想像させられたからだ。

「どれだけの魔力を持っているというんだ……」

 同じような能力を有しているから分かる。
 あのスケルトンドラゴンには、かなり膨大な魔力が込められている。
 レオの人形とは違うとは言っても、全長40m近い巨体を動かすだけでも相当な魔力を有するというのに、あれほどの一撃を放つほどの魔力を込めているなんて、ジェロニモは魔力量をレオの2、3倍は有しているといっていいかもしれない。

「あれで飛空能力もあると言うのだから手に負えない……」

 多くの兵を一瞬で失い、メルクリオは憎々し気にスケルトンドラゴンを睨みつける。
 休戦直前の戦闘では、上空から同じ一撃を食らった。
 今回も上空からの攻撃もあるということだ。
 逆に王国側は上空への攻撃手段がない。
 スケルトンドラゴンを相手に成すすべなく攻撃をされるということに他ならないため、メルクリオの言うこともたしかに正しい。

「予定通り私が出ます!!」

「レオ……」

 話に聞いてはいたが、近くで改めてみるととんでもなく、とても人が相手にするような存在ではない。
 始めから分かっていたことだが、あんな相手をレオ1人に任せることを、メルクリオは今更になって気が引けてきた。
 言っているレオも顔が青いことも、止めたくなる要因になっている。

「本当にあんなの相手に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫です! お任せ下さい!」

 王国の命運はレオにかかているといってもいい。
 しかし、現物を見てスケルトンドラゴンの脅威を改めて感じたはず。
 言い出したのはレオ自身のため止められないが、レオの身を考えると心配でしょうがない。
 そんなメルクリオの問いかけに、レオは頬を張って気合いを入れて力強く返事をした。

「行ってきます!!」

「あぁ……」

 張ったために少し頬を赤くしながら、レオはメルクリオに声をかけてその場から走りだした。
 その心の中で『もしもの時には刺し違えても』と考えていたのは、レオのみが知ることだった。





「ハハ……、ハーハッハッ!!」

 スケルトンドラゴンの一撃によって、数千の王国兵が消え去った。
 それを離れた位置で見ていたジェロニモは、大声を上げて笑っていた。

「逃げ惑え!! 王国の蟻共よ!!」

 まるで自分が先程の大火球を放ったかのように、ジェロニモは狂気に満ちた目で声を張り上げる。
 ジェロニモのスキルで動いているのだから、確かにジェロニモの成果と言うのも間違いない。
 だが、魔力切れ寸前まで込めたことで真っ青な顔をしている今の状態では、声を出すだけで精一杯だろう。
 とてもあのスケルトンドラゴンを動かしている人間のようには見えない。

「この俺のスケルトンドラゴンに勝てるわけがないのだ!!」

 死んだと思っていた時は、エレナを生き返らせられるかもしれないと能力の成長のために色々とおこなった。
 危険な薬物を使って、元々大量にあった魔力量を増やすような危険も冒した。
 結局スケルトンのみの製造、操作しかできないと分かった時は地獄に落ちた気分だったが、今ではあの時危険に身を投じた自分が正解だったと思っている。
 スケルトンドラゴンを操るという巨大な力を得たのだから。

「大人しくエレナを渡していればよかったのだ!!」

 ジェロニモにとって、ルイゼン領を国と認めさせるのは単に自分が生き残るための手段でしかない。
 もしも、何のおとがめなく王国の貴族として復帰できるなら、黙って国と名乗ることをやめていただろうが、そんな都合のいい話はない。
 ならば、エレナを手に入れるついでに、帝国と認めさせてしまえば良いと思っての会談での提案だった。
 その時に提案に乗っていれば、王国側は多くの兵を無駄に失わずに済んだのだ。
 今頃悔しがっているであろうクラウディオ王の顔が浮かび、ジェロニモは楽しくて仕方がなかった。

「テスタもよくやってくれた! 感謝するぞ!」

「ありがとうございます!」

 合図となった敵陣の混乱を起こしたテスタへ、ジェロニモは感謝の声をかける。
 ルイゼン側が市民や冒険者たちにおこなった強制奴隷は、テスタの能力だ。
 闇系統の能力が生まれつき高かったがために、テスタは組織の長へと上り詰めたのだ。
 長距離では不可能だが、彼ならある程度近付けば奴隷の行動を操ることなど造作もない。
 ジェロニモの言葉に、テスタは恭しく頭を下げた。

「っ!! ジェロニモ様!!」

「どうした?」

 機縁よくしていたジェロニモに、秘書のコルラードが声をあげる。
 その声の様子に、ジェロニモはすぐに何が起きたのか問いかけた。

「何かスケルトンドラゴンに近寄っているものがいます!!」

「……何だと!?」

 ここからは、上空からの攻撃に成すすべなく、恐れ戸惑う王国兵を見ているはずだった。
 そのため、コルラードの言葉を受けたジェロニモは、慌てて上空に浮かんだスケルトンドラゴンの方へと視線を向けたのだった。