「おはよう。エレナ」

「おはようございます。レオさん」

 家から出てきたエレナに、レオはいつものように挨拶をする。
 先程まで悩んでいたエレナも、少し吹っ切れたのかいつも通りの表情で挨拶を返した。
 しかし、2人ともこれから先のことを思うと、頭の中では色々と良くない考えが浮かんで気持ちが沈んでしまいそうになっていた。

「この島を離れるのは久しぶりです」

「エレナは島に来て以来だね……」

「はい……」

 多くの島民に見送られ、フェリーラ領へ向かう船に乗ったエレナは、遠ざかるヴェントレ島を眺めながら久しぶりの海の景色を眺めつつ呟く。
 これからどうなるか分からない状況で島から出ることは考えていなかったことだろう。
 レオとしても、出来ればルイゼンの奪還が済んでからになって欲しかったため複雑な心境だ。
 ファウストからの経由で、ルイゼン側との戦いの現状はレオに知らされていた。
 無関係ではないので、エレナやガイオたちにも説明しておいた。
 会談で締結した約定により、もう少しすれば王国とルイゼン側の停戦期間が切れる。
 ルイゼン側の要求は国中に広まり、エレナの生存は知れ渡ってしまった。
 その要求の関係上、エレナが呼び出しを受けるとは思っていたが、その日がとうとう来てしまった。
 今回レオも一緒に呼ばれたのは、エレナを匿った経緯を聞かれるためのものだろう。
 2人とも小さくなったヴェントレ島を眺めつつ、ただ静かにフェリーラ領への到着を待ったのだった。





◆◆◆◆◆

「レオポルド・ディ・ヴェントレ、陛下の召集に従い参上致しました」

「エレナ・ディ・ルイゼン、陛下の招集に従い参上致しました」

 王都に到着し、王城へと入ったレオとエレナは謁見の間に案内された。
 下座に用意された椅子に座って待つように言われた2人は、クラウディオの入室に対して立ち上がる。
 レオは胸に手を当てて頭を下げ、エレナはカーテシーをしてクラウディオへと自分たちの名前を言った。

「よくぞ参った。この場にはサヴェリオ以外誰もおらん。楽にせよ」

「「ハッ!」」

 側にサヴェリオを控えさせて上座の椅子に座ったクラウディオは、立ったままの2人に対して座るように指示する。
 その指示に従い、2人は椅子へと腰かけた。

「2人をここに呼んだ理由は、分かっていると思うがルイゼン領のことだ」

 クラウディオが謁見の間に入ってくる前に、2人はサヴェリオからルイゼン領の情報をどれほど得ているのかを聞かれた。
 懇意にしているギルド員(ファウスト)から、ある程度の情報を得ていることを伝え、自分たちの知っていることとのすり合わせをおこなっていた。
 そのため、クラウディオは知っているものとして話を進める。

「奴らの攻撃を受けて、貴族たちは割れている。国としての独立を認め、他国への報告。それとエレナ嬢の身柄引き渡しが終戦締結の条件だ」

「「はい……」」

 その要求は分かっている。
 これまで表に出てこなかったムツィオの息子であるジェロニモの出現で、一気に敵側の様子が変わった。
 エレナに好意を寄せていたジェロニモは、父がエレナを殺そうとしていたことを知らなかったようだ。
 海難事故で死んだと思っていたエレナの生存によって、ジェロニモは全てを知ることになった。
 再度エレナを殺そうとしていた父のムツィオを殺して、皇帝を名乗ることをはじめたのだ。

「確認だ。エレナ嬢、ジェロニモは君への好意は分かったが、君はどうなのかな?」

「……私は、彼を兄のように慕ってはいましたが、男性として見たことはございません」

「そうか……」

 クラウディオの問いに対し、エレナは少し間をおいて答えを返す。
 昔のジェロニモとの関係を思いだしての答えなのだろう。
 1点の曇りもない眼をして、エレナは自分の気持ちをクラウディオへと告げた。

「失礼ながら、陛下はエレナ嬢を受け渡すつもりでいらっしゃるのですか?」

「いや、エレナ嬢もジェロニモを好いているというなら渡すことも考えはいたが、今の答えでそれはひとまず置いておくことにした」

「そうですか……」

 少し間が空いたので、手を上げて了承を得たレオがクラウディオへと問いかける。
 エレナを呼び出したのは、ジェロニモへ渡すためなのではないかと考えていたからだ。
 だが、その問いをクラウディオは否定した。
 否定というより保留といったところか。
 それを聞いて、レオはどこか安心した思いをしていた。

「貴族なのだからそれも考えていたが、レーナに止められた」

「レーナ様に……」

 レーナとはクラウディオの妹で、前王の娘である王女だ。
 幼少期、エレナはレーナと年も近いことで仲が良かった。
 エレナが生きているという情報を聞いて、レーナは涙を流して喜んだ。
 そのレーナが、ジェロニモに対するエレナの気持ちを確認し、その気がない場合は渡してはならないと訴えてきたのだ。
 妹に弱いクラウディオは、その訴えによって一時保留するとしていた。
 王族や貴族間なら政略結婚なんて当たり前のことだ。
 兵や市民のことを考えるなら、気持ちがあろうがなかろうがエレナを差し出すということも考えなければならない。
 いくら妹に止められても、もしもの時は選択肢の中に入れておく。
 なので、あくまでも保留だ。

「しかし、そうなると、こちらは徹底抗戦しかないな……」

 国として認めたとしても、エレナを渡さなければ、ジェロニモの態度からすると攻め込んでくるだろう。
 そうなると、あのスケルトンドラゴンを相手にして戦わなければならなくなる。
 あれに挑めと兵に命令するのは、クラウディオとしては気が重いことだ。

「スケルトンの製造法については?」

「ジェロニモ、もしくはその秘書らしき者のスキルではないかと言われている」

「そうですか……」

 レオの問いに対し、サヴェリオが代わりに返答する。
 その答えに、レオは納得するように頷いた。

「……あまり驚かないな?」

「ジェロニモの出現でその可能性が予想できました」

「……続けろ」

 スケルトンドラゴンのようなものを動かしているのが、1人の人間のスキルによるものというにわかには信じられないような話を、レオはたいして驚きはしない。
 多くの貴族が驚いていたにもかかわらず、その反応に違和感を覚える。
 そのことをクラウディオが問うと、レオは予想していたことだといった。
 国の人間は誰もそんなことを予想できていなかったというのに、レオが何故予想できたのか気になる。
 そのため、クラウディオはレオに話の続きを促した。

「……能力が能力なので隠しておりましたが、私はジェロニモの能力に似たスキルを持っています」

「「……何?」」

 スケルトンのことをどうにかしないと、保留しているエレナの受け渡しも考え直さないとけなくなる。
 そうなるくらいなら、レオは対抗するために自分の能力をばらすことにした。
 レオの言葉に、クラウディオとサヴェリオは信じられないといったような表情へと変わる。

「失礼します」

「……人形?」

 椅子から立ち上がり、レオはクラウディオとサヴェリオへ軽く礼をして魔法の指輪からあるものを取り出した。
 レオの側に出されたそのものを見て、クラウディオは首を傾げる。
 そこに出されたのが、ただの人型人形にしか見えなかったからだ。

「ロイ! 陛下へ礼を」

“スッ!”

「っ!!」「……動いた!」

 レオの指示を受け、人形が左手を胸に置いて礼をする。
 その滑らかな動きを見て、クラウディオとサヴェリオは目を見開く。
 魔法の指輪からレオが出した人形。
 それは最初にレオが作った戦闘人形であるロイだ。
 今回は全力を出すつもりで島を出たので、全部の人形を魔法の指輪に収納してきたのだ。

「私の能力【操り人形(マリオネット)】です」

 驚く2人に対し、レオは自分の能力を見せたのだった。