「お嬢様、準備が整いました」

「ありがとうセバス……」

 ソファーに座り、エレナは紅茶の入ったカップを眺める。
 ずっと何かを考え込んでいるようだ。
 そこへ、エレナの着替えなどを詰め込んだバッグを魔法の指輪に収納した執事のセバスティアーノが、出発の用意ができたことを伝えに来た。
 その言葉に反応したエレナは、返事をして残っていた紅茶を飲み干した。

「セバス、私はどうしたら……」

 このカップはレオから貰ったもので、エレナが気にいっているものだ。
 それを知っているセバスティアーノは、空っぽになったカップを洗って魔法の指輪へと収納する。
 出発時間も迫り、ソファーから立ち上がるエレナ。
 そしてこの部屋を見渡すと、ここに来た時からの記憶がよみがえりまたも思考の渦へと入り込んでしまう。

「……ご安心ください。例えどんな選択をなさろうとも、私は命ある限りお嬢様について行きます」

「セバス……」

 孤児だったセバスは、エレナの祖父であるフラヴィオに命を救われた。
 それ以降、フラヴィオの役に立つために自己研鑽を深めてきた。
 そのフラヴィオが亡くなった今でも、生きる意味は恩返しをすることだと考えている。
 一緒に育てられたガイオも、恐らく同じように思っているはずだ。
 しかし、ガイオの場合レオにも感謝しているのが分かる。
 エレナとレオの両方を守りたいと思っているのだろうが、セバスティアーノは違う。
 レオのことも認めているが、エレナの命の方が重要だ。
 セバスティアーノは、エレナへと自分の思いを伝えた。
 その思いに、エレナの思考も少し晴れたような気がした。

「行きましょう」

「えぇ……」

 出発の時間が来た。
 もうここへ戻って来られるか分からない。
 最後に軽く部屋に向かって礼をしたエレナは、セバスティアーノが開いたドアへと足を進め、家の外へと向かっていった。





◆◆◆◆◆

「ルイゼン側の要求は独立とグイド氏の娘であるエレナ嬢です。それを飲めば終戦の締結を約束するとの話です」

 スケルトンドラゴンの攻撃により、大打撃を受けた王国軍。
 そのまま会談で締結した休戦期間へと入ることになった。
 大打撃を与えたルイゼン側は、追い打ちをかけることなくただ静観しているという様子だった。
 どうやらジェロニモは、会談での約束を反故にするような人間ではないようだ。
 しかし、それはそれで余裕の態度のようで気に入らないが、王国側としては今後のことを話し合う必要があるため、王であるクラウディオを交えた会議を何度も重ねることになった。

「兵のことを考えるなら了承するのも手かと……」

「それでは敵に怖気づいたと思われるではないか!!」

 宰相のサヴェリオによりルイゼン側の要求が述べられると、1人の貴族が手を上げて要求を飲むように言い出す。
 それに反対するように、1人の貴族が声を張り上げる。
 毎回のように繰り返されている光景だ。

「仕方がないことではないですか!! スケルトンドラゴン相手に戦えと言うのですか!?」

「逆に言えばスケルトンドラゴンさえどうにかすれば、勝機はこちらにある!!」

 会議を重ねても、文官タイプと武官タイプで意見は真っ二つという状態だ。
 スケルトンドラゴンによる攻撃は、驚異の一言だった。
 上空から放たれた巨大な火の玉により、クレーターができるほどの大爆発が起こった。
 直撃を受けた者は肉体が四散し、それを免れた者は火の海により焼かれる。
 まさに地獄絵図といったような光景が、兵たちの目に映ったことだろう。
 心折られ、ルイゼンの要求をのむこと受け入れたくなるのも分からなくない。
 しかし、武官タイプの者が言うように、最大の脅威はスケルトンドラゴンだ。
 それさえ潰せれば、後は数量で力押しできるというのが彼らの考えのようだ。

「……ひとまず要求に乗るのは悪くないと思います。その間にあのスケルトンの製造方法などの調査を進めるのが宜しいかと……」

 このままでは進展がないと、この日から中立の意見を持つ者が少数ながら現れてきた。
 一時的に要求を受け入れ、勝機を見出してから攻め込めばいいという考えを持った者たちだ。

「要求を呑んで、優位に立ったと奴らが攻め込んで来ないという保証がない!」

「兵の被害を減らしつつ勝利するには、スケルトンドラゴンを止める策が見つかるまでは仕方がないことでしょう!」

「ぐうぅ……」

 休戦前の一撃で、スケルトンドラゴンの脅威は否が応にも受け入れるしかない。
 要求を呑めば、ルイゼン側がスケルトンドラゴンを前面に出して侵攻してくることもあり得る。
 そうなったとしても、徹底抗戦派の言うようにそのスケルトンドラゴンがどうにかできればいいのだ。
 それまでは、多少攻め込まれても市民を避難させたりして対応すれば、被害は最小で済むはずだ。
 覚悟しているといっても、兵たちも人間。
 犬死になんて絶対にしたくない。
 集まっている貴族たちもそんな指示を出すわけにもいかないため、何も言えなくなってしまった。

「スケルトンとスケルトンドラゴンの話ですが……」

「何だ……?」

 ここで1人の貴族が手を上げ話し出す。
 スケルトンのことは王国にとって重要なことだ。
 クラウディオはその貴族の話に耳を傾けた。

「精鋭冒険者たちの意見では、何者かのスキルの可能性があるという情報です」

「何っ!! あんな驚異的な能力が個人の能力だというのか!?」

 その貴族、アゴスティーノ・ディ・シェティウスは、自分が指揮している国内の高ランク冒険者を主体とした精鋭兵たちの意見を伝えた。
 あくまでも可能性の問題であり、証拠として提示できるようなものはない。
 それでも、スケルトンたちの謎を突き止めるきっかけになればとしてアゴスティーノは述べたのだが、声を荒らげた武官タイプの男の言うように、この会議内にはそれを信じられない者が多かった。
 スキルの中には特殊なものを持つ者がいるというが、スケルトンドラゴンを操るような能力など聞いたことがなかったからだ。

「もしかしたら、あのジェロニモかあの秘書の男がその能力の持ち主なのではないでしょうか?」

 あれほどの能力を持っている人間なら、かなりの地位にいなくてはおかしい。
 ムツィオは死んでいるので、息子のジェロニモかその側に使えていた秘書のどちらか。
 その考えに至ったサヴェリオは、そのままその考えをクラウディオへと伝えた。

「それならば奴が死ぬまで待ち、死んだ後に攻め込むというのが宜しいのではないでしょうか?」

「そんな先まで待てるか! 奴はまだ20代だぞ!」

「しかし、兵の被害は抑えられます。それにその頃まで国として保てているかも分かりません」

「あそこは他国と貿易すれば大抵の物は手に入る。戦力を増強されれば奴が死んでも攻め込めるか分からん!」

 サヴェリオの考えを聞いて、またも会議は荒れる。
 考えが正しく、ジェロニモが死ねば能力であるスケルトンドラゴンも出て来なくなるはず。
 その時に攻め込めば、兵の被害は減らせる。
 ただ、ジェロニモは若い。
 死ぬまでなると、50年近く待つことを余儀なくされる。
 その時にはルイゼンどころか王国もどうなっているか分からないし、スケルトンドラゴンがいなくなっても兵の増強が成されていれば、充分防衛できるようになっているかもしれない。

「サヴェリオ!」

「ハッ!」

「レオポルド・ディ・ヴェントレとエレナ・ディ・ルイゼンの2名を呼び寄せろ。本人の意見も聞いておきたい」

「了解しました!」

 結局の所、要求を受け入れるかどうかはこの日も決められないまま終わることになった。
 次の会議に話を進めるためにも、クラウディオはルイゼン側の要求として名前を出されたエレナと、匿っていたレオの考えも聞いておきたいと思った。
 そのため、クラウディオは2人の召集をサヴェリオへ指示したのだった。