捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

「ジェロニモ・ディ・ルイゼン……」

 何かのパーティーでムツィオと共に会ったことはあるが、挨拶程度しか話したことはない。
 しかも、会ったときは死んだ魚のような目をしていて、何を考えているのか、もしくは何も考えていないのか分からない男だった。
 父であるムツィオが奪い取ったルイゼン領を継ぐ者だと思い、警戒していたのが無駄に終わったことを思いだす。
 見た目は同じだが、その時とジェロニモと今目の前にいる男の印象が全く違うと、クラウディオは頭の中でどこか納得できないでいた。
 とりあえずジェロニモであることには変わらないが、ムツィオとは違う意味で気持ちの悪い目をしているのが気にかかる。

「会談はトップ同士によるものという話だった。何故父であるムツィオが出てこないのだ?」

 以前届けられた会談を提案する書状には、クラウディオが言ったようにトップ同士の会談という話だった。
 それを受け入れてやったというのに、ムツィオが来ないというのはどういうことなのか。
 内心では腹立たしいと思いながらも、クラウディオは表情に出さないようにしながら当然の質問をジェロニモへと投げかけた。

「あぁ! 申し訳ありません。こちらも少々ありまして……」

 クラウディオの質問に対し、ジェロニモは僅かに浮かべた笑みを浮かべたまま返答する。
 謝っているようだが、上っ面の言葉だけで心がこもっていないのが分かる。
 態度が気に入らないが、クラウディオは黙って話の続きを待った。

「父は死にました」

「…………死んだ?」

 出てきた答えをクラウディオが理解するのに、僅かに間が空いた。
 贅沢によって太っていたといっても、ムツィオの健康状態が悪くなっているという話は聞いたことがなかった。
 もしかして、突然死を迎えたということなのだろうか。

「おっと、それは正確ではないですね……」

「……?」

 クラウディオがムツィオの死因を考え始めると、ジェロニモが訂正をするように言葉を続けてきた。





「私が殺しました」





◆◆◆◆◆

「ジェロニモ!」

 時は遡る。
 独立を宣言した父のムツィオは、王国との戦争に全勢力を傾けていた。
 ジェロニモはいつものように自室にこもり、ただ本を広げる日々を送っていた。
 本を広げているとは言っても、内容は全く頭の中に入って来ない。
 それでも、ただ何もしないよりもマシという思いで広げているだけだ。
 そんなジェロニモの部屋へ、いつものようにムツィオが入ってきた。

「また本を読んでいたのか?」

「……はい」

 ムツィオの問いに対し、ジェロニモは小さく答えを返す。
 感情のこもっていないような返事だ。
 息子がこのような反応なのは、ムツィオも理解しているので咎めるようなことはしない。

「素材が集まった。いつものように頼むぞ」

「……わかりました」

 ムツィオからのいつもの仕事の依頼に、ジェロニモは頷きを返す。
 言われたまま、自分の意思を持たないかのように、ジェロニモは椅子から立ち上がりいつもの場所へと向かっていった。

「……相変わらずのようですね。殿下は……」

「あぁ……」

 部屋から出ていくジェロニモの背中を見つつ、廊下にいた男はムツィオへと話しかける。
 彼の名前はコルラード。
 ムツィオに能力を見出され、秘書として側に就くことを許された存在だ。

『ジェロニモ様……』

 昔と違い無気力に生きるジェロニモのことが、コルラードからすると不憫で仕方がなかった。
 幼少期、コルラードはジェロニモに救われたことがある。
 孤児として生きていた時に謂れもない盗みの罪を着せられ、彼は牢へと送り込まれた。
 無実を訴えれば、罪の意識もないものとして看守に折檻を受ける日々が続き、それでも無実を訴えれば今度は罰として食事の量を減らされていった。
 腹を空かせ無実を訴える気力も失せたコルラードは、生きることも諦めようとしていた。

「コルラードと言ったな?」

「……?」

 名前を呼ばれて目を向けると、牢の前に自分と同じ年齢くらいの少年が立っていた。
 身なりは整っており、貴族の息子なのはすぐに分かる。
 しかし、その身分の者がどうして話しかけてきたのか分からないため、コルラードはただ黙ってその少年を見つめることしかできなかった。

「お前の無実は私が証明した。お前は釈放だ!」

 不敬を働いた者をジェロニモが捕まえたら、たまたまコルラードの件もその者の犯行だということが分かった。
 偶然とはいえ、死の淵から自分を救ってくれたのはこの少年だ。
 その少年が伯爵の子であるジェロニモだと分かり、コルラードは忠誠を誓うことにした。
 運良く自分のスキルが使えると認められ、ムツィオの下で働けるようになった。
 ムツィオに尽くせば、それを受け継ぐジェロニモにも尽くすことになる。
 そう思ってムツィオに従ってきたのだが、秘書になった時にはジェロニモは今の姿へと変わっていた。
 理由を知りたくても、何故か誰も話したがらない。
 どうやらムツィオが関係しているということだけは分かったため、コルラードは常に恭しくしてボロが出るのを待っていた。





 何体もの死体が並べられた腐敗臭のする部屋へジェロニモは入る。
 死体はルイゼン側の鎧を付けた兵らしき者、病で死んだとされる平民の者、中には王国の鎧を着た者まで並べられている。
 普通なら部屋に漂う臭いで気分を悪くするところだが、ジェロニモは気にしない様子で部屋の中を歩き回った。

「……いるわけないか」

「……? 何か?」

「いや……何でもない」

 老若男女の遺体を一通り見て回り、ジェロニモは分かっていたかのように小さく呟く。
 その声が小さくて聞こえなかったため、付き添いとして側にいた兵は首を傾げる。
 わざわざ言うことでもないので、ジェロニモは首を振って答える。

「スキル発動!」

 1人の遺体の前に立ったジェロニモは、その遺体に魔力を注ぎ込む。
 すると、その遺体に少しずつ変化が訪れ始めた。

“ベリ……ベリ……!!”

 魔力を流された遺体から、何か分からない音が僅かにしてきた。

“ベリ……ベリ…ベリベリ……!!”

「っ!!」

 何度も見た光景だが、側にいた兵はその結果に毎度驚く。
 遺体の骨が、まるで服を脱ぐかのように肉や皮を破って起き上がってきたのだ。
 全身の肉と皮を脱ぎ捨てると、骸骨はその場に立ってジェロニモの方へと立ち尽くした。
 まるで指示を待つかのような態度だ。

「お前たちは彼の指示に従い、戦場へ着いたら指揮官の命に従え」

“コクッ!”

 王国を悩ませたスケルトン。
 それを作り出していたのは、何を隠そうジェロニモのスキルによるものだった。
 主人の指示を受け、スケルトンはジェロニモへ頷きを返した。

「こいつらのことは分かっているな?」

「ハッ!」

 ジェロニモが作り出したスケルトンには稼働時間が限られている。
 受け取った魔力を使い切ったら、また魔力を送らないといけない。
 その稼働時間の見極めは、ジェロニモの知ったことではない。
 送った戦地の指揮官に委ねられている。
 それを確認して、ジェロニモは他の遺体にもスキルを発動し、スケルトンを量産していった。

「じゃあ、後は任せた」

「了解しました」

 部屋にいた多くの遺体が、肉と皮を残して外へと歩いていく。
 残っている部屋の掃除とかは、兵がおこなう事。
 スケルトン製造が終わると、後のことは気にしないと言うかのように、ジェロニモは表情を変えず部屋から出ていった。
 その背を見ながら、兵は背中に冷たい汗をかいていた。
 自分のスキルとはいえ、先程の地獄のような現象を見ても何の反応を見せないジェロニモに、同じ人間なのかと疑いたくなる気持ちが浮かんでいたからだ。





 ジェロニモのスキル。
 それは、スケルトン限定という注釈が付くが、死霊使い(ネクロマンサー)と呼ばれるスキルだった。

「エレナ嬢の生存が考えられます」

「何っ!!」
 
 その言葉に、ムツィオは驚きと共に玉座から立ち上がった。
 さっきの笑みなど完全に吹き飛んだようだ。

『エレナ嬢? たしか前領主のグイド様の娘様だったような……』

 元伯爵のカロージェロたちと話していたその場に、コルラードも立ち会っていた。
 独立したばかりのためか、この国に宰相となる人間がいない。
 その地位は、今回の戦いで一番功を上げた将軍に送るということになっているため、ムツィオの側に常にいるのはコルラードしかいない。
 ジェロニモによって命を救われたことを恩に感じているコルラードは、ムツィオの悪事にも加担している。
 それはいつかジェロニモが領主に、皇帝になった時のことを考えての行為だ。
 だが、ムツィオはコルラードが自分に心酔していると勘違いしていた。
 エレナの生存という話を聞いて、コルラードもムツィオ程ではないが驚いていた。

『生きていらしたのか……』

 元々前領主のグイドの死によって、ムツィオが領主になった。
 しかし、それはエレナが成人するまでの代理ということになっていた。
 そのエレナも突如失踪し、捜索をおこなったところ海難事故で死んだという報告が上がってきたと聞いている。
 ムツィオの側に就くようになったのはその後なので、コルラードには何が起きたのかは分かっていない。

「おのれ!! 生きていた上に匿まわれていたのか!? 何としても始末せねば……」

「あくまでも確証のない話ですし、陛下が前領主を始末したといっても、証拠もないのだから放っておいて良いのではないですか?」

 エレナが生存している可能性を聞いて、ムツィオは報告した男が思っている以上に慌てだす。
 当時、王国の人間が証拠探しをしていたが、結局は見つからずじまいだった。
 今となっては、ムツィオを強制隷属させて吐かせる以外に証拠を得られることもないだろう。
 証拠もなしに強制隷属なんて出来る訳もないし、そもそも前領主の娘が生きていようと何か出来る訳もない。
 男の言うように、放っておいて良いような存在でしかないように思える。

『何だと……』

 市民には前領主は病で死んだと知らされている。
 それが今、雇っている闇の組織の者からムツィオが殺したという言葉が出た。
 しかも、エレナも殺そうとしている。
 その話の内容に、コルラードは表情を変えないようにすることに必死になった。
 話は終わっていない。
 慌てて少しでも話を止めれば、今後聞く機会を得られないのではという直感が働いたからだ。

「放っておいては後々まずい。始末するのが一番だ。暗殺をおこなうことは可能か?」

「……今は王国の情報収集の方が重要です。暗殺に人を割くわけにはいきません」

「クッ!!」

 何でそこまでムツィオが慌てているのか、男には疑問でしょうがない。
 暗殺を送ることはできるが、今は王国と睨み合っている状況でそんなことしている場合じゃない。
 そのため、男はムツィオの言うことに従う訳にはいかなかった。
 ムツィオもそれが分かっているので、玉座に座って親指の爪を噛むことしか出来なかった。

『ムツィオ様はどうしてそこまでエレナ様を殺害したいのだ? この者の言うように今更何かできる訳でもない。放って置いてもいいのでは……』

 もうムツィオが独立を宣言して、王国との戦争が始まっている。
 レオポルドとか言うカロージェロの息子に匿われていたそうだが、女性一人で何ができるというのだ。
 戻って来られる訳もないので、わざわざ始末する必要は感じない。
 そう考えると、コルラードはムツィオの慌てぶりが異様に思えてきた。

「……成功するかは分かりませんが、1人送ってみましょうか?」

「そうか!? 頼む!!」

「分かりました……」

 自分たちの組織も危ないのだから、王国の情報収集に注視するのが最善に思える。
 しかし、何だか切羽詰まるようなムツィオに、何かあるのだと思った男はとりあえず提案してみる。
 その提案に、ムツィオは食い気味に反応してきた。
 その態度で更に訝しく思いつつ、男はエレナの暗殺を指示することになった。

『……何としてもエレナ様を始末したい理由は何だ?』

 報告に来た闇の組織の男が部屋から去っていくのを平然とした表情で見送りながら、コルラードは頭の中をフル回転させる。
 前領主のグイド殺害、エレナの生存と殺害依頼。
 どう考えてもムツィオの態度はおかしい。 
 しかし、色々な裏の情報を突如として得ることになった。

「コルラード! 今聞いたことは誰にも話すなよ!」

「畏まりました。しかし……」

 よっぽどエレナの生存に慌てていたのか、ムツィオはコルラードがいることにようやく気が付いた。
 しかし、コルラードはムツィオに敵対する者を、良く知らずに始末するという裏作業をおこなったこともある。
 自分に心酔していると思っているムツィオは、コルラードの無表情の姿を見て何も感じていないと受け取ったらしく、きつい口調で先程の話の口止めをしてきた。
 ムツィオのこれほどの反応で、コルラードは段々とこれまでのことが明らかになっていくような感覚に陥った。 
 領主がムツィオになってから、王国はルイゼン領からの案を冷遇する扱いを取っていた。
 その理由を聞いた時、ムツィオはどういう訳かクラウディオ王に嫌われていると言っていた。
 前王が無能という話も聞いていたので、息子のクラウディオ王もそんなものかとコルラードは思っていたが、ムツィオが兄であるグイドを殺したというのなら、その対応も分からなくない。
 証拠がないためにムツィオを野放しにするしかなかったのだろう。
 そして、コルラードの中でジェロニモがあのようになった原因に心当たりが生まれた。

「ジェロニモ様には?」

「話すな!! 絶・対・にだ!!」

「畏まりました」

 誰にもと言っても、ジェロニモだけには知らせた方が良いのではないかというコルラードの問いに、ムツィオのこれまでで最大の反応を示す。
 これで原因の心当たりが確信に変わった。
 ジェロニモが無気力になった原因はエレナだ。
 エレナはジェロニモと仲が良かったと聞いている。
 古くから仕える者の中には、ジェロニモは従妹としてだけではないような感情を持っていたのではという者がいた。
 それは極わずかな人間の話だったので妄想に過ぎないと思っていたが、それが正解だとしたらジェロニモの今の様子も納得できた。
 ムツィオの指示に、コルラードはいつものように頭を下げる。
 内心の感情を悟らせないまま……。

「…………」

 従兄妹同士での婚姻というのは珍しくないことだ。
 貴族の中には、親族を優遇するために政略的におこなうこともある。
 ジェロニモは、いつか自分の気持ちをエレナに伝え、彼女の婚約者になるつもりだった。
 そうしてエレナと共に領地を発展させようという未来を考えていたのだが、突如の失踪と海難事故で死亡したという話を聞いて、自分の中の何かが崩壊してしまった。
 生きている意味が完全に消え去った。
 しかし、自害することは父が悲しむ。
 父のムツィオ同様に、元々傲慢な気性をしていたことは事実だ。
 しかし、父とは違い市民は庇護してやるものだという思いも持っていた。
 上から目線ではあったが、ムツィオよりかはまともな人間に育っていたことだろう。
 成長するにつれ、従妹のエレナに懸想していった。
 それも日が経つにつれて深く、深く。
 母も父が領主になる前に亡くなり、もう家族は父しかいない。
 今のジェロニモは、せめて父を悲しませないように生きているに過ぎず、この日もただ本を開いて時間が経つのを待っているだけだった。

「失礼します!」

「テスタか? あぁ、時間か……」

 ノックをして黒ずくめの男が入室してくる。
 執務室で書類に目を通していたムツィオは、時計を見て納得するように呟く。
 このテスタから報告を受ける時刻だ。
 一時休憩と言うかのように見ていた書類を側にいたコルラードへと渡して、机の前にあるソファーへと移動した。
 ムツィオに手で促されたテスタは、それに従って対面へと座った。

「まず、どうやらエレナ嬢の生存は確定かと思われます」

「っ!!」

 テスタからの報告にムツィオが息を飲む。
 このテスタという男は、闇の組織の頭目の男だ。
 その名前も本名ではなく、単なる記号としてのものらしい。
 可能性の話だということだったが、どうやら本当の話だったみたいだ。
 信じがたいことだが、彼らの組織は仕事に見合う金が得られればいいという考えなので嘘を言う理由もなく、きっと本当のことなのだろう。

「本当か!?」

「はい」

 本当のことだと分かっていても、ムツィオは思わず問いかける。
 自分たちの仕事に自信のあるテスタは、その確認の問いに頷きを返す。
 テスタと弟が仲違(なかたが)いをし、数人の部下と共に組織を抜けた。
 新しく裏組織を作ったそうだが、所詮少数の組織。
 もしもの時にはいつでも潰せると放置していたが、手を下す前にその組織は全滅した。
 その組織の拠点は把握していたので、どういった仕事や繋がりがあるのかを調べた。
 場合によっては、こちらの組織の仕事に繋がると判断しての調査だ。
 その拠点に残されていた書類などを見ると、最後の仕事は元ディステ伯爵であるカロージェロによる依頼だった。
 そして、組織を返り討ちにしたのがレオポルドとその部下、元ディステ領のエリアギルマスのファウストとそれに雇われた冒険者たちによるものだと分かった。
 別に報復など考えていなかったが、他国へ逃亡したと言われていたカロージェロがルイゼン領に匿われているのは掴んでいたため、近付いてみたら正解だった。
 大きな仕事を依頼してくれるムツィオに繋がることができたからだ。
 ムツィオと言えば、兄殺しに姪殺しとして裏では知られていた男で、裏仕事を生業としている組織の取引相手には最適な人物だ。
 国として独立をするなどと言う突拍子もないことをするとは思わなかったが、自分たちの仕事ができればそれはそれで構わなかった。

「島へ潜入させた者が殺されましたが、鳥の従魔を持つ者に確認させておいたので間違いありません」

「くっ!!」

 王国との戦いが始まり、ある時参戦者リストにレオポルドという名前が入っていた。
 それを見て、弟の組織から持ち帰った書類を再度調べていた時、テスタは気になる人物の名前が目に入った。
 島に潜入した者に付けていた魔道具により、エレナという人物が島に存在していることが分かっていたらしい。
 エレナといったらムツィオの姪と同じ名前だ。
 殺したといっても、台風に巻き込まれて海難事故に遭ったのだが、死体を確認したわけではない。
 しかも、その台風に巻き込まれたのもヴェントレ島からそれほど離れていない場所だ。
 エレナ生存の可能性をムツィオに示唆するとすぐさま調査を指示され、仲間を1人送った結果がこれだった。

「コルラード! ジェロニモには伝えていないだろうな!?」

「はい。何も伝えておりません」

 テスタの報告に、ムツィオはまた以前のように落ち着きがなくなる。
 イラついた時の癖である爪を噛む仕草をした後、コルラードへ以前命令したことの確認をする。
 その確認に対し、コルラードはいつもの冷静な態度で返事をした。
 ジェロニモが今のようになった原因は、エレナであるということはコルラードには分かっている。
 生きている可能性があるということを伝えれば、ジェロニモに何かしらの変化が起こせるだろう。
 しかし、それが分かってもコルラードは伝え(・・)なかった。

「そうか、ならまだ問題ない。しかしエレナを殺さないことには……」

 以前にエレナの生存の可能性があると分かってから、少しの日にちが経っている。
 もしもコルラードが伝えるなら、もうジェロニモに変化があってもおかしくない。
 使用人に聞いた話だと、ジェロニモは今日も部屋で本を読んでいるということだ。
 気にする必要はまだないようだが、ジェロニモに気付かれる前にエレナを始末しないと後々面倒なことになる。
 そのため、ムツィオは独り言をつぶやきながら爪を噛んだ。





◆◆◆◆◆

「ジェロニモ様。本の追加をお持ちしました」

「あぁ……」

 ムツィオがテスタからの報告を受ける数時間前、コルラードはジェロニモに本を届けていた。
 これは使用人の仕事だが、コルラードが代わりに持って行くのを申し出た。
 ジェロニモに用があったからだ。
 椅子に座って本を見ていたジェロニモは、チラリとコルラードを見て小さく返事をする。

「……たまには外へ出るのはいかがですか?」

「…………」

 コルラードは、日頃このように理由を作ってジェロニモの様子を見に来ている。
 いつものように、少しでも気分を変えてもらおうと外への散歩を促す。
 しかし、ジェロニモはいつものように無言で反応はない。
 分かっていたことだが、ジェロニモが以前のように戻る気配はないため、コルラードはそれがなんとなく悲しい。

「あっ! こちら昔見せていただいたことがありましたね……」

 部屋の棚に目を向けたコルラードは、1つの装飾品へと近付いて行く。
 蛙の骨を使った装飾品だ。
 昔からジェロニモはスカルグッズを作るのが趣味だった。
 ジェロニモが得たスキルも、今となってはそれによるものなのではないかと考えている。

「そう言えば、ジェロニモ様から陛下の秘書になった時の祝い品を頂いていませんでしたね……」

 無実を証明されて釈放されたが、孤児のコルラードは行く場所がなかった。
 それを知ったジェロニモが、領主邸の下働きをするように言ってきた。
 寝るだけのスペースながら部屋も用意してくれ、食事も毎日出してもらえた。
 仕事はきつかったが、昔に比べれば天国のような環境を与えられた。
 その環境を与えてくれたジェロニモに、いつか役に立てる人間になって見せると約束した。
 そんなコルラードに対してジェロニモは、「そうなったら褒美に何か与えよう!」と言ってくれた。
 その時の約束を、コルラードは今思いだしたように話しかけた。

「褒美としてこのブレスレットを頂けませんか? もしかしたら……」

「…………」

 ずっと話しているが、さっきからジェロニモは変わらず本を見つめたままだ。
 聞いているのか、いないのか、反応がないので分からない。
 完全にコルラードが独り言を言っているかのような状況だった。
 しかし、コルラードは気にしない様子で装飾品を持ってジェロニモへと近付いて行く。

「この後ジェロニモ様にとって必要な話が聞けるかもしれませんよ……」

「…………」

 近付いたコルラードは、無理やり視界に入るように膝をついて身を低くし、さっきまでの優しい口調から真面目で重苦しくなるように低くした声で話しかける。
 その口調の変化に、ジェロニモは僅かながらコルラードへ視線を向けた。

「頂いてもよろしいですか?」

「…………、あぁ……」

 コルラードは何かしようとしているのだろうか。
 何をしようとどうでもいいが、自分にとって必要な話と言われると少しだけ気になる。
 装飾品も昔に作ったものだし、いつでも作れるようなものだ。
 それを渡せば出て行ってくれるのだろうと、ジェロニモはコルラードの要望に小さく返答した。





◆◆◆◆◆

“バンッ!!”

「っ!? 何だ!?」

 時間は戻り、ムツィオが爪を噛んで思考を巡らしていると、突如として執務室の扉が開く。
 ノックもなく入ってきた人物に、ムツィオとテスタは立ち上がる。
 テスタは入ってきた人物からムツィオを守ろうと、背に隠すようにして短剣を出して身構えた。

「……ジェロニモか、珍しいな……。ノックもなくどうした?」

 入ってきた人間の姿を見て、テスタは武器を収める。
 ムツィオの方も少し安心したように、ソファーに座り直した。

「父上……」

「何だ?」

 珍しく話でもあるのだろうかと、俯いているジェロニモの表情が分からないせいか、ムツィオは軽い口調で返事をする。

「今の話は何だ?」

「……今の話? 何のことだ……?」


 話しているうちに、ジェロニモはムツィオの目の前まで近寄って来ていた。
 そして、ようやくジェロニモの様子が違うことに気が付いた。
 テスタも動こうとするが、コルラードが何もしなくていいと言うかのように首を横に振っている。

「エレナを殺すということだ!!」

「っ!! な、何で……」

 部屋には防音の設備が施されている。
 外には漏れていないはずなのに、話が聞かれていたことに驚く。
 それよりも、ムツィオにとって一番聞かれてはいけない人間に聞かれたことが問題だった。
 ムツィオの全身から、汗が一気に噴き出してきた。

「たまたま(・・・・)コルラードに盗聴器を仕込んでいてな……」

「おやっ? こちらジェロニモ様から頂いたブレスレットでしたが、まさか盗聴器だとは……」

「なっ!? コルラード!! 貴様……!?」
 
 ジェロニモとコルラードは棒読みでやり取りを交わす。
 そのやり取りに、ムツィオは憤怒の表情へと変わる。
 2人がというより、コルラードがこのことを企んだのだと理解したのだ。
 ジェロニモのスキルは骸骨ならばどんな生物でも動かせる。
 コルラードが付けているブレスレットには蛙の骸骨が付けられていて、それをスキル発動することによって盗聴器として利用したのだ。

「動くな! お前には手は出さない!」

「……分かりました」

 テスタがムツィオを守ろうと動こうとしたが、その時には骸骨が首のもとに刃物を向けていた。
 さっきのコルラードが首を振った意味が分かった。
 殺されないなら動かない方が良いと、テスタは黙って動くのをやめた。

「おいっ! 待てっ!! ジェロニモ!! 待っ……」

 怒りの表情で睨みつけるジェロニモは、魔法の指輪からムツィオの前にスケルトンを出現させる。
 そのスケルトンには剣が握られている。
 それを見て、ムツィオは慌ててジェロニモに止まるように言って来る。
 しかしそんなことを言われても怒りが治まらないジェロニモは、スケルトンを動かしてムツィオの首を斬り飛ばしたのだった。

「……とまあそんな感じで父を殺しました」

 ジェロニモは、自分が殺した経緯をかいつまんでクラウディオへと説明した。
 伯父のグイドを殺し、生存を確認したエレナを殺そうとしていたため、殺害するに至ったという流れで、自分の能力などのことは当然秘密にしたままだ。

「そうか……」

「やはりグイド殿を殺したのはムツィオだったか……」

 ジェロニモ側から提出された資料に目を通しながら、クラウディオとサヴェリオは納得したように呟く。
 資料には、ムツィオが使用人を使ってグイドへ毒を盛ったという報告書だ。
 使用人の名前とともに、使った毒の名前も書かれている。
 ムツィオ殺害後に、コルラードが調べ回って出した答えだ。
 王家も調査をしていたが、その当時ルイゼン邸の使用人が数人いなくなったので、特定できるまでには至らなかった。
 しかし、報告書には実行犯と、調査をくらますために殺された使用人の名前も記されていて信憑性がある。

「毒を盛らせた人間も始末していますし、証拠はありませんが、このコルラードが父本人から殺したと言っていたことを証明しましょう」

「本人が殺害を認めた場に私は居ました。もしも信用できないようでしたら、魔法契約書にサインしても構いません」

 この報告書通りのことが起こったのだろうということは分かるが、やはり時間が経っているせいか証拠にはなりにくい。
 だが、これはムツィオの発言を聞いて調べたことなので、ジェロニモの言葉だけで信用できないというのなら、秘書であるコルラードの言葉を信じてもらうしかない。
 それでも不十分ならばと、コルラードは魔法契約も提案してきた。
 魔法契約は、強力な魔力が込められた紙へサインすると、署名者が明記された文に嘘をついていた場合死に至るものだ。

「……分かった。信じよう……」

 命を懸けてまで証明しようとしていると分かり、クラウディオはこの報告書が証拠とは言わないまでも事実であるということを受け入れた。
 王国の調査もこれに近い所まで来ていたので、疑う余地はもうない。

「エレナ嬢が生きていたとは……」

 サヴェリオもグイド暗殺はムツィオの指示だと納得した。
 そして、次にエレナの生存がほぼ確定しているということに目がいっていた。
 調査では、ムツィオの暗殺から逃れたが海難事故に遭って亡くなったという話だった。
 海の魔物に食べられて遺体も残らなかったと思っていたが、まさか最近一気に名を上げたヴェントレの地にいるとは思っていなかった。
 何にしても、前領主のグイドの娘が生きていたということは好ましい話だ。

「この報告書には感謝する。……それで今回の会談の話に移ろう」

「そうですね」

 グイドの事件が分かり、エレナが生存していたということは王国にとって嬉しいことだ。
 ムツィオを公の場で断罪できなかったのは残念だが、それはひとまず置いておこう。
 そもそも、この会談はルイゼン側と王国の戦争に関する会談のはずだ。
 クラウディオは、今度はそちらの話へ移ることにした。
 その提案にジェロニモも乗っかるように頷く。

「終戦をするために何か望みがあるのだろう?」

「……えぇ、そうですね……」

「父の悪事を暴いたのだから自分の命を救えと言うのか? それともルイゼン領の領主としていさせろとでも言うのか?」

 この場は終戦をするための会談だ。
 最近優勢なのは王国側。
 このまま攻め続ければいいだけの王国側が勝利するのは目に見えている。
 ならば、ジェロニモたちが求めるのは、全ての罪をムツィオに被せての降伏、それと身の安全の保障を求めるつもりなのだろう。
 これだけのことをして自分は見逃せと言われても、当然そんなことを受け入れられるわけがない。
 ムツィオに加担した者たちは、死罪なり生涯奴隷として働いてもらう。
 それが王国側の譲れないところだ。

「勘違いしないでいただきたい」

「……勘違い?」

 クラウディオの質問に、ジェロニモは首を左右に振って否定する。
 その表情は、室内に入ってきた時から変わらない笑みを浮かべている。
 どことなく上から見ているようなその表情に、クラウディオとサヴェリオはずっと不快な思いのまま続きを待つ。

「こちらの望みは、我々のルイゼン領の独立の容認、春までの休戦、それと……」

「……それと?」

 最初の提案からしてふざけている。
 側に立つサヴェリオは、今にも怒りで噴火しそうなほど顔が赤くなっているが、クラウディオは何とか怒りを抑えて最後までジェロニモの提案を聞くことにした。

「最重要なのはエレナの身柄の受け渡しだ! 彼女は俺の妻として迎え入れる!」

 最後の要求になり、ジェロニモの表情はムツィオに似た卑しい笑みから一転して真剣なものへと変わった。
 彼にとってこの会談は、エレナを手に入れるための話し合いの場でしかない。
 本当の所は国の独立などどうでもいい。
 しかし、降伏した所で自分は処刑されるのが確定しているようなもののため、ならばこのまま独立の道を突き進むしかない。
 エレナと共に生きるという昔の願いを叶えるための戦いなのだ。

「そんなことが本気で受け入れられるとでも思っているのか?」

「思っていますよ」

「……何だと?」

 その言葉と態度だけで、ジェロニモがエレナを好いているということは分かる。
 しかし、まるで自分たちの都合のいい希望でしかない。
 命乞いでもすれば、まだ一生牢獄生活も考えてやっても良かった(考えるだけ)が、ここまで来ると許しがたい。
 本気で言っているのかとクラウディオが努めて冷静に確認すると、ジェロニモも真剣な表情のまま返答する。

「こちらはこれまで本気で相手をしていなかった。これからは本気で相手をするつもりです」

「……ハッタリだろ?」

「それは戦場で証明しましょう」

 上から目線でいたのには何か策があるのだろうか。
 強制隷属による市民兵の増員でも考えているかもしれない。
 だが、所詮市民を使っても戦場では数合わせでしかない。
 増員し続けている王国の兵が、それで退くようなことにはならないはずだ。
 そのためクラウディオは、それがジェロニモの条件を飲ませるためのハッタリの可能性を考えた。
 それを看破したというのに、ジェロニモの表情は変わらない。

「……そちらの望みで受け入れられるのは休戦だけだ。他の望みは受け入れるつもりはない!」

「では、今回はそれでいいでしょう。休戦中に考えていただければいい」

 休戦中に兵を大量増員するつもりなのだろうが、それは王国側の方が有利だ。
 遠方の領からの兵も集められる。
 スケルトンや市民兵という数だけの招集とは訳が違う。
 冬の間にルイゼン側の軍を滅ぼしてしまいたいところだったが、一斉に攻め込み確実に攻め滅ぼす方がこちら側の被害も少なく済むと考え、クラウディオは春までの休戦を受け入れ、来週から雪がなくなる3月までの休戦を締結し、会談の終結が成されたのだった。





「どうなさいますか? 陛下……」

「今週中に攻め込んで叩き潰す!」

 ジェロニモが去って、サヴェリオから問われたクラウディオは当然のように返答する。
 休戦したのは来週からだ。
 多少ずるいことではあるが、今週中に攻め込んでしまえばいい。
 自国の戦いなのだから、文句を言われる筋合いもない。

「しかし、奴の自信は何なのでしょう?」

「攻め込まれても平気という態度だったが、何か手のうちを隠しているのだろう。しかし、何かあると分かっていればもしもの時の被害は抑えられる。即時撤退も視野に入れて準備するように言っておけ」

「了解しました!」

 開戦当初、スケルトンの出現という策にハマった。
 しかし、それは馬鹿な貴族が警戒していないことによる結果であり、今回はそれとは違う。
 数に驕ったミスを犯すような者たちはいないはずだ。
 そう考えたクラウディオは、今週中に攻め込めるだけ攻め込もうと指示を出したのだった。





 クラウディオの指示を受け、王国軍は進軍した。
 しかし、返り討ちに遭う。
 一瞬にして何千もの兵を殺したスケルトンドラゴンによって……。

「お嬢様、準備が整いました」

「ありがとうセバス……」

 ソファーに座り、エレナは紅茶の入ったカップを眺める。
 ずっと何かを考え込んでいるようだ。
 そこへ、エレナの着替えなどを詰め込んだバッグを魔法の指輪に収納した執事のセバスティアーノが、出発の用意ができたことを伝えに来た。
 その言葉に反応したエレナは、返事をして残っていた紅茶を飲み干した。

「セバス、私はどうしたら……」

 このカップはレオから貰ったもので、エレナが気にいっているものだ。
 それを知っているセバスティアーノは、空っぽになったカップを洗って魔法の指輪へと収納する。
 出発時間も迫り、ソファーから立ち上がるエレナ。
 そしてこの部屋を見渡すと、ここに来た時からの記憶がよみがえりまたも思考の渦へと入り込んでしまう。

「……ご安心ください。例えどんな選択をなさろうとも、私は命ある限りお嬢様について行きます」

「セバス……」

 孤児だったセバスは、エレナの祖父であるフラヴィオに命を救われた。
 それ以降、フラヴィオの役に立つために自己研鑽を深めてきた。
 そのフラヴィオが亡くなった今でも、生きる意味は恩返しをすることだと考えている。
 一緒に育てられたガイオも、恐らく同じように思っているはずだ。
 しかし、ガイオの場合レオにも感謝しているのが分かる。
 エレナとレオの両方を守りたいと思っているのだろうが、セバスティアーノは違う。
 レオのことも認めているが、エレナの命の方が重要だ。
 セバスティアーノは、エレナへと自分の思いを伝えた。
 その思いに、エレナの思考も少し晴れたような気がした。

「行きましょう」

「えぇ……」

 出発の時間が来た。
 もうここへ戻って来られるか分からない。
 最後に軽く部屋に向かって礼をしたエレナは、セバスティアーノが開いたドアへと足を進め、家の外へと向かっていった。





◆◆◆◆◆

「ルイゼン側の要求は独立とグイド氏の娘であるエレナ嬢です。それを飲めば終戦の締結を約束するとの話です」

 スケルトンドラゴンの攻撃により、大打撃を受けた王国軍。
 そのまま会談で締結した休戦期間へと入ることになった。
 大打撃を与えたルイゼン側は、追い打ちをかけることなくただ静観しているという様子だった。
 どうやらジェロニモは、会談での約束を反故にするような人間ではないようだ。
 しかし、それはそれで余裕の態度のようで気に入らないが、王国側としては今後のことを話し合う必要があるため、王であるクラウディオを交えた会議を何度も重ねることになった。

「兵のことを考えるなら了承するのも手かと……」

「それでは敵に怖気づいたと思われるではないか!!」

 宰相のサヴェリオによりルイゼン側の要求が述べられると、1人の貴族が手を上げて要求を飲むように言い出す。
 それに反対するように、1人の貴族が声を張り上げる。
 毎回のように繰り返されている光景だ。

「仕方がないことではないですか!! スケルトンドラゴン相手に戦えと言うのですか!?」

「逆に言えばスケルトンドラゴンさえどうにかすれば、勝機はこちらにある!!」

 会議を重ねても、文官タイプと武官タイプで意見は真っ二つという状態だ。
 スケルトンドラゴンによる攻撃は、驚異の一言だった。
 上空から放たれた巨大な火の玉により、クレーターができるほどの大爆発が起こった。
 直撃を受けた者は肉体が四散し、それを免れた者は火の海により焼かれる。
 まさに地獄絵図といったような光景が、兵たちの目に映ったことだろう。
 心折られ、ルイゼンの要求をのむこと受け入れたくなるのも分からなくない。
 しかし、武官タイプの者が言うように、最大の脅威はスケルトンドラゴンだ。
 それさえ潰せれば、後は数量で力押しできるというのが彼らの考えのようだ。

「……ひとまず要求に乗るのは悪くないと思います。その間にあのスケルトンの製造方法などの調査を進めるのが宜しいかと……」

 このままでは進展がないと、この日から中立の意見を持つ者が少数ながら現れてきた。
 一時的に要求を受け入れ、勝機を見出してから攻め込めばいいという考えを持った者たちだ。

「要求を呑んで、優位に立ったと奴らが攻め込んで来ないという保証がない!」

「兵の被害を減らしつつ勝利するには、スケルトンドラゴンを止める策が見つかるまでは仕方がないことでしょう!」

「ぐうぅ……」

 休戦前の一撃で、スケルトンドラゴンの脅威は否が応にも受け入れるしかない。
 要求を呑めば、ルイゼン側がスケルトンドラゴンを前面に出して侵攻してくることもあり得る。
 そうなったとしても、徹底抗戦派の言うようにそのスケルトンドラゴンがどうにかできればいいのだ。
 それまでは、多少攻め込まれても市民を避難させたりして対応すれば、被害は最小で済むはずだ。
 覚悟しているといっても、兵たちも人間。
 犬死になんて絶対にしたくない。
 集まっている貴族たちもそんな指示を出すわけにもいかないため、何も言えなくなってしまった。

「スケルトンとスケルトンドラゴンの話ですが……」

「何だ……?」

 ここで1人の貴族が手を上げ話し出す。
 スケルトンのことは王国にとって重要なことだ。
 クラウディオはその貴族の話に耳を傾けた。

「精鋭冒険者たちの意見では、何者かのスキルの可能性があるという情報です」

「何っ!! あんな驚異的な能力が個人の能力だというのか!?」

 その貴族、アゴスティーノ・ディ・シェティウスは、自分が指揮している国内の高ランク冒険者を主体とした精鋭兵たちの意見を伝えた。
 あくまでも可能性の問題であり、証拠として提示できるようなものはない。
 それでも、スケルトンたちの謎を突き止めるきっかけになればとしてアゴスティーノは述べたのだが、声を荒らげた武官タイプの男の言うように、この会議内にはそれを信じられない者が多かった。
 スキルの中には特殊なものを持つ者がいるというが、スケルトンドラゴンを操るような能力など聞いたことがなかったからだ。

「もしかしたら、あのジェロニモかあの秘書の男がその能力の持ち主なのではないでしょうか?」

 あれほどの能力を持っている人間なら、かなりの地位にいなくてはおかしい。
 ムツィオは死んでいるので、息子のジェロニモかその側に使えていた秘書のどちらか。
 その考えに至ったサヴェリオは、そのままその考えをクラウディオへと伝えた。

「それならば奴が死ぬまで待ち、死んだ後に攻め込むというのが宜しいのではないでしょうか?」

「そんな先まで待てるか! 奴はまだ20代だぞ!」

「しかし、兵の被害は抑えられます。それにその頃まで国として保てているかも分かりません」

「あそこは他国と貿易すれば大抵の物は手に入る。戦力を増強されれば奴が死んでも攻め込めるか分からん!」

 サヴェリオの考えを聞いて、またも会議は荒れる。
 考えが正しく、ジェロニモが死ねば能力であるスケルトンドラゴンも出て来なくなるはず。
 その時に攻め込めば、兵の被害は減らせる。
 ただ、ジェロニモは若い。
 死ぬまでなると、50年近く待つことを余儀なくされる。
 その時にはルイゼンどころか王国もどうなっているか分からないし、スケルトンドラゴンがいなくなっても兵の増強が成されていれば、充分防衛できるようになっているかもしれない。

「サヴェリオ!」

「ハッ!」

「レオポルド・ディ・ヴェントレとエレナ・ディ・ルイゼンの2名を呼び寄せろ。本人の意見も聞いておきたい」

「了解しました!」

 結局の所、要求を受け入れるかどうかはこの日も決められないまま終わることになった。
 次の会議に話を進めるためにも、クラウディオはルイゼン側の要求として名前を出されたエレナと、匿っていたレオの考えも聞いておきたいと思った。
 そのため、クラウディオは2人の召集をサヴェリオへ指示したのだった。

「おはよう。エレナ」

「おはようございます。レオさん」

 家から出てきたエレナに、レオはいつものように挨拶をする。
 先程まで悩んでいたエレナも、少し吹っ切れたのかいつも通りの表情で挨拶を返した。
 しかし、2人ともこれから先のことを思うと、頭の中では色々と良くない考えが浮かんで気持ちが沈んでしまいそうになっていた。

「この島を離れるのは久しぶりです」

「エレナは島に来て以来だね……」

「はい……」

 多くの島民に見送られ、フェリーラ領へ向かう船に乗ったエレナは、遠ざかるヴェントレ島を眺めながら久しぶりの海の景色を眺めつつ呟く。
 これからどうなるか分からない状況で島から出ることは考えていなかったことだろう。
 レオとしても、出来ればルイゼンの奪還が済んでからになって欲しかったため複雑な心境だ。
 ファウストからの経由で、ルイゼン側との戦いの現状はレオに知らされていた。
 無関係ではないので、エレナやガイオたちにも説明しておいた。
 会談で締結した約定により、もう少しすれば王国とルイゼン側の停戦期間が切れる。
 ルイゼン側の要求は国中に広まり、エレナの生存は知れ渡ってしまった。
 その要求の関係上、エレナが呼び出しを受けるとは思っていたが、その日がとうとう来てしまった。
 今回レオも一緒に呼ばれたのは、エレナを匿った経緯を聞かれるためのものだろう。
 2人とも小さくなったヴェントレ島を眺めつつ、ただ静かにフェリーラ領への到着を待ったのだった。





◆◆◆◆◆

「レオポルド・ディ・ヴェントレ、陛下の召集に従い参上致しました」

「エレナ・ディ・ルイゼン、陛下の招集に従い参上致しました」

 王都に到着し、王城へと入ったレオとエレナは謁見の間に案内された。
 下座に用意された椅子に座って待つように言われた2人は、クラウディオの入室に対して立ち上がる。
 レオは胸に手を当てて頭を下げ、エレナはカーテシーをしてクラウディオへと自分たちの名前を言った。

「よくぞ参った。この場にはサヴェリオ以外誰もおらん。楽にせよ」

「「ハッ!」」

 側にサヴェリオを控えさせて上座の椅子に座ったクラウディオは、立ったままの2人に対して座るように指示する。
 その指示に従い、2人は椅子へと腰かけた。

「2人をここに呼んだ理由は、分かっていると思うがルイゼン領のことだ」

 クラウディオが謁見の間に入ってくる前に、2人はサヴェリオからルイゼン領の情報をどれほど得ているのかを聞かれた。
 懇意にしているギルド員(ファウスト)から、ある程度の情報を得ていることを伝え、自分たちの知っていることとのすり合わせをおこなっていた。
 そのため、クラウディオは知っているものとして話を進める。

「奴らの攻撃を受けて、貴族たちは割れている。国としての独立を認め、他国への報告。それとエレナ嬢の身柄引き渡しが終戦締結の条件だ」

「「はい……」」

 その要求は分かっている。
 これまで表に出てこなかったムツィオの息子であるジェロニモの出現で、一気に敵側の様子が変わった。
 エレナに好意を寄せていたジェロニモは、父がエレナを殺そうとしていたことを知らなかったようだ。
 海難事故で死んだと思っていたエレナの生存によって、ジェロニモは全てを知ることになった。
 再度エレナを殺そうとしていた父のムツィオを殺して、皇帝を名乗ることをはじめたのだ。

「確認だ。エレナ嬢、ジェロニモは君への好意は分かったが、君はどうなのかな?」

「……私は、彼を兄のように慕ってはいましたが、男性として見たことはございません」

「そうか……」

 クラウディオの問いに対し、エレナは少し間をおいて答えを返す。
 昔のジェロニモとの関係を思いだしての答えなのだろう。
 1点の曇りもない眼をして、エレナは自分の気持ちをクラウディオへと告げた。

「失礼ながら、陛下はエレナ嬢を受け渡すつもりでいらっしゃるのですか?」

「いや、エレナ嬢もジェロニモを好いているというなら渡すことも考えはいたが、今の答えでそれはひとまず置いておくことにした」

「そうですか……」

 少し間が空いたので、手を上げて了承を得たレオがクラウディオへと問いかける。
 エレナを呼び出したのは、ジェロニモへ渡すためなのではないかと考えていたからだ。
 だが、その問いをクラウディオは否定した。
 否定というより保留といったところか。
 それを聞いて、レオはどこか安心した思いをしていた。

「貴族なのだからそれも考えていたが、レーナに止められた」

「レーナ様に……」

 レーナとはクラウディオの妹で、前王の娘である王女だ。
 幼少期、エレナはレーナと年も近いことで仲が良かった。
 エレナが生きているという情報を聞いて、レーナは涙を流して喜んだ。
 そのレーナが、ジェロニモに対するエレナの気持ちを確認し、その気がない場合は渡してはならないと訴えてきたのだ。
 妹に弱いクラウディオは、その訴えによって一時保留するとしていた。
 王族や貴族間なら政略結婚なんて当たり前のことだ。
 兵や市民のことを考えるなら、気持ちがあろうがなかろうがエレナを差し出すということも考えなければならない。
 いくら妹に止められても、もしもの時は選択肢の中に入れておく。
 なので、あくまでも保留だ。

「しかし、そうなると、こちらは徹底抗戦しかないな……」

 国として認めたとしても、エレナを渡さなければ、ジェロニモの態度からすると攻め込んでくるだろう。
 そうなると、あのスケルトンドラゴンを相手にして戦わなければならなくなる。
 あれに挑めと兵に命令するのは、クラウディオとしては気が重いことだ。

「スケルトンの製造法については?」

「ジェロニモ、もしくはその秘書らしき者のスキルではないかと言われている」

「そうですか……」

 レオの問いに対し、サヴェリオが代わりに返答する。
 その答えに、レオは納得するように頷いた。

「……あまり驚かないな?」

「ジェロニモの出現でその可能性が予想できました」

「……続けろ」

 スケルトンドラゴンのようなものを動かしているのが、1人の人間のスキルによるものというにわかには信じられないような話を、レオはたいして驚きはしない。
 多くの貴族が驚いていたにもかかわらず、その反応に違和感を覚える。
 そのことをクラウディオが問うと、レオは予想していたことだといった。
 国の人間は誰もそんなことを予想できていなかったというのに、レオが何故予想できたのか気になる。
 そのため、クラウディオはレオに話の続きを促した。

「……能力が能力なので隠しておりましたが、私はジェロニモの能力に似たスキルを持っています」

「「……何?」」

 スケルトンのことをどうにかしないと、保留しているエレナの受け渡しも考え直さないとけなくなる。
 そうなるくらいなら、レオは対抗するために自分の能力をばらすことにした。
 レオの言葉に、クラウディオとサヴェリオは信じられないといったような表情へと変わる。

「失礼します」

「……人形?」

 椅子から立ち上がり、レオはクラウディオとサヴェリオへ軽く礼をして魔法の指輪からあるものを取り出した。
 レオの側に出されたそのものを見て、クラウディオは首を傾げる。
 そこに出されたのが、ただの人型人形にしか見えなかったからだ。

「ロイ! 陛下へ礼を」

“スッ!”

「っ!!」「……動いた!」

 レオの指示を受け、人形が左手を胸に置いて礼をする。
 その滑らかな動きを見て、クラウディオとサヴェリオは目を見開く。
 魔法の指輪からレオが出した人形。
 それは最初にレオが作った戦闘人形であるロイだ。
 今回は全力を出すつもりで島を出たので、全部の人形を魔法の指輪に収納してきたのだ。

「私の能力【操り人形(マリオネット)】です」

 驚く2人に対し、レオは自分の能力を見せたのだった。

「つまり……、陛下はそのヴェントレ凖男爵が言うことを信じるということでしょうか?」

「その通りだ!」

 会議の場において、1人の貴族がクラウディオへと問いかける。
 問いに対し、クラウディオは頷きと共に返答する。
 その頷きには、決意がこもっているようにすら思える。

「スケルトンを操る能力……それは本当かもしれないのは分かりました」

 会議の開始早々、レオは自分のスキルを披露することになった。
 能力を信じてもらわないと、話が進まないからだ。
 レオの人形(ロイ)を見たことで、ジェロニモかその秘書がスケルトンを操っているという考えにみんな納得してくれた。

「あの2人の能力なのはたしかかもしれない。しかし、それが分かったとは言っても、現状に変化がないのでは……」

 レオのスキルから、スケルトンを操る能力というのがあり得るということは分かった。
 しかし、スケルトンドラゴンを倒す方法が見つかったのではない。
 そのため、これまで通り抗戦するのか要求を呑むのかは、この貴族の言うように決められないままだ。

「もうすぐ停戦期間が過ぎる。そうなったら敵側は要求の返答を求めてもう一度会談を申し込んでくるだろう」

 痛い目に合わせ力を見せつけたことにより、ルイゼン側は優位に立った。
 要求が冗談なんかではなく、本気だということは理解できた。
 以前締結した停戦期間が終了すれば、ジェロニモは王国側の答えを聞くためにもう一度会談を開くことを求めてくるはず。
 その時にどう返答するかを、いい加減決めなければならない。

「敵はまだ国とは認められていません。会談に来たジェロニモとその秘書を始末するというのはどうでしょうか?」

「国として認めていないというのは我が国だけで、周辺国は半分認めている。会談で討ち取るなどしたら、我が国は話し合いもできない愚か者の国と周辺国だけでなく世界中に思われることになる。そんなことになれば、交易をしようとする国はいなくなるぞ」

 戦いではなく話し合いでことを収めようとしている相手に対して、だまし討ちのようなことをするのは世界中で笑いものになる。
 そんなことすれば、他国はいつ自分たちも同じ目に合うか分からないと、話し合いをおこなおうとすることはなくなるだろう。
 そんな国と関係を持たないのが一番安全な選択なのだからだ。
 今交易している国も、同じように手を引こうと交易しないという選択を取るだろう。
 この国でも、どこかの国でそのようなことがあったと聞けば、その国とは関係を持たないか、関係を絶つように方向転換するからだ。

「会談を求められる前に、私が敵へ攻め込みます!」

「馬鹿な!!」

「人形ごときで戦えるわけがないだろ!!」

 停戦期間が終了したのだからいつ攻め込んでも良いということになるが、会談の要求があったら攻め込むことはできない。
 なら、もしも攻め込むのなら会談を求められる前に攻め込むしかない。
 その役割を実行することをレオが立候補したのだが、それを聞いた者たちは声を荒らげる。
 人形を使えるとは教えたが、数はルイゼン側には及ばないというのを聞いているからだろう。
 この中にスパイはいないと思うが、ギリギリまでレオの能力が敵側に広がらないようにと、クラウディオによる指示だ。
 そのため、レオが攻め込もうと何の意味もないと思っているようだ。

「人形ごときというが、我々はスケルトンに手を焼いているではないか?」

「それは……」

 否定する人間の言葉に、クラウディオが冷静にツッコミを入れる。
 スケルトンに苦戦しているのだから、人形ごときというのはおかしいからだ。
 そのツッコミに、ぐうの音も出ないと言うように、その貴族は言葉を失った。

「……貴殿の気概は私としては望ましい。だが貴殿が連れてきたのはたった数人の兵しかいないという話ではないか? 死にに行くのを認める訳にはいかない」

 徹底抗戦を謳っていた武官タイプの貴族は、レオの意気込みに好感を持っていた。
 しかし、彼が言うように攻め込むにもレオの軍は数が少ない。
 レオが連れてきたのは、ガイオをはじめとする元海賊狩りや元海賊の面々で、いつもは領兵として働いていた者たちを半分を連れてきたのだが、その人数はかなり少ない。
 戦うという選択は認めるが、無謀としか言いようがないため、止めるのが当然だ。

「もしも攻め込んで失敗したら、全て私の独断行動として斬り捨てていただいて構いません」

 会談前の奇襲攻撃。
 優位に立つルイゼン側は油断している可能性が高い。
 それを差し引いても、レオの中ではジェロニモを撃つ可能性は5分5分だと思っている。
 以前攻め込んだ砦のようにどこからスケルトンが出てくるか分からないため、かなり危険なのは分かっている。
 しかし、エレナを渡さないで済ませるにはそれしかない。
 失敗した場合は自分を斬り捨てて、要求を呑むなりすればいいと思っている。

「私も彼と共に参戦しましょう!」

「フェリーラ伯……」

 ほとんどの貴族を交えての会議のため、レオと仲のいいフェリーラ領のメルクリオも参加している。
 レオが少数で攻め込むと聞いて、自分も協力することを名乗り出た。
 この中で、レオの能力のほとんどを知っているのはメルクリオだけだ。
 だからこそ、作戦成功の可能性があると思ったようだ。
 無謀な策への協力に、貴族たちはメルクリオのことを信じられないと言うような目で見つめる。

「私の軍と精鋭兵たちも協力します!」

「シュティウス男爵……」

 メルクリオの参戦に僅かに遅れ、アゴスティーノも手を上げる。
 レオには色々と協力してもらった。
 その借りを返すのは今しかないと思っての参加だ。
 冒険者主体の精鋭兵たちも、レオのためならと協力してくれることだろう。

「私もだ!」

「ディスカラ伯……」

「ならば、我々もだ!」

「アルドブラノ子爵たちまで……」

 メルクリオ、アゴスティーノが協力するのならと言うかのように、どんどん協力者が増えていく。
 みんなレオの能力の一端を見知った者たちだ。
 石の雨による攻撃のように、きっと何か考えがあるのだと考えたのだろう。
 そんなみんなの協力の申し出に、レオは感謝の気持ちで胸が熱くなった。

「……レオポルド!」

「ハッ!」

 手を上げた者とその者たちの判断に戸惑う者に分かれ、室内は急に静かになった。
 その空いた間に、クラウディオがレオに目を向ける。

「このメンバーならどれほどの勝算がお前にはある?」

「8割……いえ、必ず勝って見せます!」

「……ならば私もお前の策に乗ることにしよう! 我々はルイゼンの要求はのまない!!」

 会議前の話し合いでレオの能力の説明を受けたクラウディオは、同じようにレオから攻め込む許可を求められた。
 しかし、兵の数が少なすぎるため、とてもではないが許可できない。
 それでも食い下がるレオに、会議内で同じように発言する許可だけは認めた。
 反対者しかいないというのが分かっていたからだ。
 だが、クラウディオの考えに反し、レオのことを認めている人間がこんなにも多くいた。
 奪還戦初期の人間はみんな手を上げている。
 それだけレオには何か起こしてくれるという期待があるようだ。
 この状況に当てられたのか、クラウディオは考えを改めレオに懸けることを決意した。

「これは王としての決定事項だ!!」

「「「「「ハッ!!」」」」」

 クラウディオの発言に、手を上げていない者は反論をしようと身を乗り出そうとした。
 その反論をさせないように、クラウディオは強い口調で王命とした。
 そうなると、反論しようとした者たちはそれ以上何も言えず、王命に従う返事をするしかなかった。
 これにより、王国はルイゼン相手に徹底抗戦することが決定したのだった。

「それで? どう攻めるつもりだい?」

 徹底抗戦が確定し、今後の戦闘方法を決めることになった。
 今回レオの能力がカギを握るため、シュティウスはレオに作戦を尋ねてきた。

「闇討ちでもかますか?」

 メルクリオが続いて話しかける。
 いつも世話になっているので、少し軽い口調だ。

「実はその手も考えていましたが……」

 メルクリオの問いに返答する。
 もしも誰も協力を名乗り出なかった場合、レオは独断で行動することも考えていた。
 五分五分というのはレオの期待値も加味されての分析で、本当はもう少し分が悪かったかもしれない。

「皆さんの協力でそれを実行する必要がなくなりました」

 本来なら命がけで闇討ちを決行して、ジェロニモとその秘書を道連れにするつもりだった。
 夜とは言っても、敵の砦に乗り込んだら当然兵もいるし、スケルトン出現の罠もしかけられているはずだ。
 その罠の中をレオ単独で攻めるなんて無謀も良いところだ。
 失敗すれば個人の暴走で斬り捨ててもらうつもりだったのは本気なので、攻め込むつもり満々だった。
 しかし、メルクリオをはじめとして、沢山の協力者が名乗りを上げてくれた。
 これなら闇討ちなどと言う危険を冒さなくても、正面からジェロニモを倒すことができるかもしれない。

「皆さんはこれまで通りスケルトンの相手をしていて頂きたい」

「……えっ?」

 レオの申し出に、室内の者たちは驚きが隠せない。
 何かしらの作戦があると踏んでいたのだが、これまで通りで良いなんていわれるとは思ってもいなかったからだ。

「それで大丈夫なのか?」

「はい! そうして頂けることで、私はジェロニモに集中できます」

 レオとジェロニモの能力は似ている。
 違う点といえば、動かしているものが違うということだろうか。
 そうなると、他のことで勝負するしかない。
 この時のために、レオは色々な人形を開発し、秘匿してきたのだ。
 エレナのためにも、今回レオは全力を出させてもらうつもりでいた。





「ハハハ……奴ら頭でもおかしくなったのか?」

 4月になり、停戦期間も終了した。
 そろそろ会談を開いて、ジェロニモはエレナを受け取りに行くつもりだったのだが、王国側が戦闘に向けての行動を開始しているのが確認できた。
 どうやらこちらを相手に戦うつもりのようだ。
 停戦前の戦闘で分かりやすいようにこちらの実力を見せてやったというのに、何を考えているというのだろうか。
 まさか勝つ気でいるのかと、ジェロニモは笑いを堪えることができなかった。

「スケルトンドラゴンを倒す何かしらの対策を考えてきたのでしょうか?」

「……なるほど、それなら戦うという選択を取ったのも納得できる」

 王国側は、スケルトンドラゴンさえいなければ優位に戦えていた。
 それならばスケルトンドラゴンを倒せばまた優位に立て、攻め込んで行けるという思いを持っているのだろう。
 戦うという選択を王国側が取るのは、コルラードが言うように何か対策を思いついた可能性がある。
 そう考えると、ジェロニモもスケルトンドラゴンの使いどころを考えた方が良いかもしれない。

「まぁ、それならそれで構わん。やれるものならやってみろといったところだ」

 たしかに、スケルトンドラゴンはジェロニモにとって最大の戦力だ。
 しかし、ジェロニモには父のムツィオにも伝えていない秘策がある。
 どんな方法かは分からないが、スケルトンドラゴンの破壊をしようとするならば、その時それに対応すればいいだけのことだ。

「念のため背後も警戒するように言っておけよ!」

「はい。かしこまりました」

 まだジェロニモが死人のように生きていた時、この戦いでいきなり背後からの敵襲を受けたということをコルラードから聞いた。
 その時のことを教訓にし、ジェロニモは背後へも警戒することを指示する。
 コルラードはその指示に従い、部隊の配備をすることにした。

「さて、どうでるか見させてもらおう」

 優位に立つ余裕なのか、ジェロニモは警戒しつつも王国の動きを注視することにした。





「やれー!!」

 王国側の攻撃によって、戦いが始まった。
 ルイゼン側のスケルトン兵の対策に、これまでは魔法による投石をおこなっていたが、何も魔法でおこなう必要はない。
 投石機を大量に砦に運び入れ、それによって一斉投石の攻撃を開始したのだ。

「よしっ! これまで通りスケルトンに通じているぞ!」

 魔法でなくても、投石はスケルトンに通用した。
 これで魔法使いたちも戦闘に参加させられる。

「数が多いからって調子に乗るなよ!!」

 魔法使いたちによって、攻撃強化や防御強化等の補助魔法をかけてもらった兵たちは、投石を逃れて攻めかかってくるスケルトンと対峙していた。
 スケルトンの戦闘力は、一般兵並という評価をされているが、この戦いに集まっている兵たちはそれぞれ領からの選りすぐりの者たちばかり。
 そのため、1対1なら当然負けるはずがなく、しかも補助魔法を受けているのでスケルトンは相手にならない。
 集団で襲い掛かるからこそ手強いが、それができなければ脅威にならず、王国兵たちはスケルトンを破壊していった。





「なるほど……、スケルトン兵では攻め込めないか……」

 ジェロニモがレオに勝っているとしたら、その魔力量だろう。
 レオがジェロニモの操るスケルトンドラゴン級の人形を動かそうにも、1分程度しか動かせないだろう。
 動かすものの大きさや重量によって、必要となる魔力量は膨大になる。
 停戦前の戦いで、王国軍が退くまで姿を現していたところを考えると、レオの倍以上の魔力量があるかもしれない。
 その魔力量に物を言わせ、休戦中もジェロニモは兵に遺体を集めさせ、スケルトン兵製造を続けていた。
 大量のスケルトン兵を前線に配備したのだが、王国側はこれまでの戦いで対処法を掴んでいるようだ。
 それでも時折敵兵を倒しているが、これでは王国の兵を減らすのに時間がかかる。

「ならば……」

 スケルトンドラゴンを倒すための策があるのかもしれないが、そんなの砦ごと潰してしまえばいい。
 そう考えたジェロニモは、開始早々ではあるが持っているカードを切ることにした。





「……何だあれは!?」

 投石機の射程距離からスケルトン兵が後退する。
 スケルトン兵ではなかなか決め手になるような攻撃ができないと判断しての行動だろう。
 しかし、スケルトンの後退に変わって何かが迫ってきていた。
 スケルトン兵の後退により、王国側は敵へと向けて攻めかかろうとしていたが、その何かを確認するように一旦停止した。

「なっ!?」

「犬? 猪? 他にも色々なスケルトンが……」

 ジェロニモが切ったカードといっても、似た能力を持つレオが持っているのと変わりはない。
 色んなタイプの動物型スケルトンが、王国兵へと向けて突進してきたのだ。

「くっ! スケルトン兵よりも俊敏性が高い!」

 迫り来る動物スケルトンたちは、先程後退したスケルトンと違って俊敏性が段違いだ。
 投石機による攻撃も、スイスイ躱して接近してくる。

「がっ!! 何て突進力だ!!」

 何かの魔物の骨を動かしているのだろう。
 猪型のスケルトンが盾兵へと突進する。
 1体の突進に対し、2人の盾兵で止めに入る。
 何とか止めることはできるが、ジリジリと圧されて後退を余儀なくされた。

「落ち着け! それぞれの特徴を見て対応すれば戦える!」

 見たこともないスケルトンたちに、王国兵たちは慌てる。
 それを見たフェリーラ領の領主であるメルクリオは、対人戦闘から対魔物戦闘の対応に変化することを指示した。

「メルクリオ様! そろそろ動きます!」

「レオ……、気を付けろよ!」

「はい!」

 動物型のスケルトンに慌てる王国兵。
 メルクリオの指示で少しずつ対応できるようになっていってはいるが、スケルトンたちの動きが速く分が悪い。
 このままでは怪我人が大量に出る。
 そう判断したレオは、自分も動くことを決意したのだった。

「人形師団!!」

 魔物や動物の骨を使用したらしきスケルトンたちに、王国兵たちは手を焼く。
 放って置いたら少なくない被害が出ると感じたレオは、援護をするために自分の人形を動かすことにした。
 ジェロニモが動かしているスケルトンの数に比べれば少ないが、それでも師団(2万)レベルの人形が出現する。
 最初に作り出したロイを先頭に、人形たちは隊列を組むようにしてレオの前に並んだ。

「みんな! 頼んだよ!」

“コクッ!”

 レオの頼みに対し、ロイが代表して頷きを返す。
 そして、人形たちは動物型スケルトンたちへと向かっていった。





「……何だ? あれは……」

「……人形…でしょうか?」

 離れた位置から戦況を眺めていたジェロニモとコルラード。
 王国兵が動物型スケルトンに襲われているのを眺めているつもりだったが、戦場に異変が起きた。
 急に人の形をしたものが出現したのだ。
 王国側は何を考えているのかと、2人は首を傾げるしかなかった。

「「っ!!」」

 理解不能と感じていた2人は、すぐに驚きの表情へと変化した。
 大量の人形が動き出し、動物型スケルトンたちを破壊し始めたのだ。
 その動きは精錬されていて、手こずっている王国兵たちに戦い方を指導するかのような戦い方をしている。
 それにより、王国兵たちも冷静さを取り戻したのか、段々と人形を真似るように動物型スケルトンを破壊するようになっていった。

「何だ……? 何なんだあれはっ!?」

 ジェロニモは、骨を利用したスケルトンが作り出せるとだけ父のムツィオに自分の能力を伝えていた。
 スケルトンと聞いたムツィオは、人骨のスケルトンとしか思い至らなかった。
 実際の所は、ジェロニモは脊椎動物なら何でもスケルトンとして使用できていた。
 生まれ持っての膨大な魔力とこの能力によって、王国軍なんて恐れるに値しないと考えていたが、まさかこんなことになるとは思いもしていなかったため、信じられないといったような表情と共にジェロニモは声を荒らげた。

「……まさか! ジェロニモ様の能力に似たスキルなのでは?」

「何だと!? そんなバカな!!」

 動く人形。
 それを見ていたコルラードは、ジェロニモのスケルトンに重なる所を感じた。
 そのため、思ったままを口にしたのだが、ジェロニモにはとても認めらない言葉だった。
 エレナが生きていると知って父を殺したが、もう王国との戦いは引き返せない状態だった。
 自分もきっと処刑される。
 もしくは一生牢獄か奴隷生活を強いられることになる。
 そうなったら、エレナと生きるということなど叶えられるはずがない。
 ならば、自分の能力を使って王国を退かせればいい。
 自分の能力は、エレナを手に入れるために神が与えた能力なのだと、ジェロニモは自分勝手に解釈したのだ。
 しかし、そう思っているからこそ、自分に似た能力を持つ者というのが信じられない。
 エレナを手に入れる能力を、神より与えられた者が他にもいるということだからだ。

「……スケルトンよりも1体の能力が違う!!」

「数よりも質ということでしょうか……?」

「くそっ!!」

 同じような能力といっても、明らかに王国側の人形はスケルトンよりも強い。
 魔物や動物の骨から作ったスケルトンが、成すすべなく破壊されている。
 とてもジェロニモの人骨スケルトンとは動きが違った。
 能力の性能の差が違うということで、ジェロニモはそのまま自分の能力が劣っているように感じて悔しさが込み上げてきた。

「俺だって能力を向上してきたはずなのに!!」

 いつの間にかステータスカードに出現した能力で、最初ジェロニモは使い道が分からなかった。
 ただ単純に、死体を操る能力だと判断していた。
 死体を操るなど神を冒涜する能力に思え、なるべく能力を隠したまま生きた。
 父からエレナが死んだと聞いた時は世界が崩れた思いになったが、もしかしたら自分の能力は死んだ人間を生き返らせることができるのではないかと思った。
 もしもそれが正しければ、エレナを生き返らせることができる。
 そう思って試してみたら、動かせるのが骨のみだということが分かった。
 それでも能力を使い続ければという思いで、元々大量にあった魔力を使って訓練をしたが、結局動かせるのは骨の部分のみだった。
 それにより、自分の能力に打ちひしがれ、ジェロニモは自分の殻に引きこもるようになったのだ。

「親父のために何体作ってきたと思っているんだ!!」

 打ちひしがれたジェロニモと違い、ムツィオはその能力を欲した。
 無敵のスケルトン軍団というのを思いついたようだ。
 訓練によって魔力量が増えていたのも好都合だったようで、魔力を補給すれば頭部を壊されない限り動き回る兵隊の出来上がりだ。
 ムツィオにスケルトン兵の増産を言われて従っていたのも、心のどこかで僅かに能力の成長を期待していたのかもしれない。
 しかし、結局骨を操るだけの能力でしかないと、ジェロニモは結論付けたのだ。

「くそっ! このままでは……」

 王国側の人形が、どんどん動物型のスケルトンを破壊している。
 このままでは動物型スケルトンが全滅してしまう。

「コルラード!!」

「ハッ!」

 魔力量に物を言わせ、ジェロニモは休戦中もスケルトンを大量に製造してきた。
 しかし、このままでは王国兵を減らすことなど不可能だ。
 仕方がないので、ジェロニモは次の手を出すしかなくなった。

「テスタたちが集めたのはどうなっている?」

「いつでも動かせます!」

 ジェロニモの側にはまだ手はある。
 その1つを使うために、ジェロニモはコルラードへ状況の確認をする。
 その問いに対し、コルラードは自信ありげに返事をする。

「動かせ!」

「ハッ!」

 現在の状況を打破するべく、ジェロニモはコルラードへ指示を出す。
 それに対し、コルラードへは頷きを返した。





「……今度は何だ?」

 動物型スケルトンの攻撃が治まる。
 被害を受けはしたが、人形たちのお陰で少なく済んだ。
 スケルトンドラゴンが出される前にもっと減らしておきたかった思いもあるが、完全に王国優位に進んでいる。
 王国の兵たちは気力が上昇していたため、今度はこちらが攻め込むべきかと考えていた。

「…………人間?」

 スケルトンたちの進軍が止んだと思ったら、今度は普通の人間が姿を現してきた。
 今更普通に戦いを挑んでくるのかと、少し拍子抜けの感が否めない。

「あっ、あいつら!!」

「スパーノ! 彼らが何者か分かるのですか!?」

「え、えぇ……」

 現れた人間を目にして、スパーノたちが驚きの声をあげた。
 彼らが何者なのか分かれば、もしかしたら対応も楽になるかもしれない。
 その反応に、隊長として率いているシュティウスが問いかける。

「あいつらはルイゼン領を拠点としていた冒険者っす」

「冒険者……?」

 冒険者が戦争に参加するということはあり得ない話ではない。
 いい意味でも悪い意味でも、料金と自分の実力次第で仕事を選択するのが冒険者だ。
 しかし、戦争の場合負ければ何も得られないかもしれないのに、参戦するという選択をするのは信じがたい。
 スパーノたちのように、世話になっている領主に頼まれたりしたのか、それともスケルトンドラゴンの出現で勝ち馬に乗ろうと考えたのだろうか。

「しかも、ほとんどB以上の高ランク冒険者っす」

「B以上!? いくらスケルトンドラゴンがいるからといっても、ここで参戦して来るとは……」

 B以上の高ランクとなると、敵に回したらスケルトンなんかよりも危険な存在でしかない。
 ここにきて参戦してきた冒険者たちに、王国側は慌てだした。
 高ランク冒険者となると、兵の中でも隊長クラスが普通だ。
 そんなのばかりを相手に戦うとなると、こちらも相当な強さの者たちを当てないと危険だ。

「隊長さん! あいつらは俺たちが相手にする!」

「えっ!? しかし……」

 スパーノの提案に、シュティウスは少し躊躇う。
 たしかに冒険者には冒険者ということも考えもあったが、精鋭として集めたスパーノたちはかなりの戦力だ。
 ここで相打ちにでもなったら、こちらはかなりの痛手だ。

「知った人間が多い。何とか退くように促してみるよ」

「……分かった。フェリーラ伯に進言してくる」

 スパーノが言うように、知り合いなら何とか退いてもらえるかもしれない。
 戦うにしても、知っている相手なら何かしらの戦い方もあるだろう。
 スパーノたちの自信のある表情を見たシュティウスは、指揮するメルクリオへ進言することにした。