「エレナ嬢の生存が考えられます」
「何っ!!」
その言葉に、ムツィオは驚きと共に玉座から立ち上がった。
さっきの笑みなど完全に吹き飛んだようだ。
『エレナ嬢? たしか前領主のグイド様の娘様だったような……』
元伯爵のカロージェロたちと話していたその場に、コルラードも立ち会っていた。
独立したばかりのためか、この国に宰相となる人間がいない。
その地位は、今回の戦いで一番功を上げた将軍に送るということになっているため、ムツィオの側に常にいるのはコルラードしかいない。
ジェロニモによって命を救われたことを恩に感じているコルラードは、ムツィオの悪事にも加担している。
それはいつかジェロニモが領主に、皇帝になった時のことを考えての行為だ。
だが、ムツィオはコルラードが自分に心酔していると勘違いしていた。
エレナの生存という話を聞いて、コルラードもムツィオ程ではないが驚いていた。
『生きていらしたのか……』
元々前領主のグイドの死によって、ムツィオが領主になった。
しかし、それはエレナが成人するまでの代理ということになっていた。
そのエレナも突如失踪し、捜索をおこなったところ海難事故で死んだという報告が上がってきたと聞いている。
ムツィオの側に就くようになったのはその後なので、コルラードには何が起きたのかは分かっていない。
「おのれ!! 生きていた上に匿まわれていたのか!? 何としても始末せねば……」
「あくまでも確証のない話ですし、陛下が前領主を始末したといっても、証拠もないのだから放っておいて良いのではないですか?」
エレナが生存している可能性を聞いて、ムツィオは報告した男が思っている以上に慌てだす。
当時、王国の人間が証拠探しをしていたが、結局は見つからずじまいだった。
今となっては、ムツィオを強制隷属させて吐かせる以外に証拠を得られることもないだろう。
証拠もなしに強制隷属なんて出来る訳もないし、そもそも前領主の娘が生きていようと何か出来る訳もない。
男の言うように、放っておいて良いような存在でしかないように思える。
『何だと……』
市民には前領主は病で死んだと知らされている。
それが今、雇っている闇の組織の者からムツィオが殺したという言葉が出た。
しかも、エレナも殺そうとしている。
その話の内容に、コルラードは表情を変えないようにすることに必死になった。
話は終わっていない。
慌てて少しでも話を止めれば、今後聞く機会を得られないのではという直感が働いたからだ。
「放っておいては後々まずい。始末するのが一番だ。暗殺をおこなうことは可能か?」
「……今は王国の情報収集の方が重要です。暗殺に人を割くわけにはいきません」
「クッ!!」
何でそこまでムツィオが慌てているのか、男には疑問でしょうがない。
暗殺を送ることはできるが、今は王国と睨み合っている状況でそんなことしている場合じゃない。
そのため、男はムツィオの言うことに従う訳にはいかなかった。
ムツィオもそれが分かっているので、玉座に座って親指の爪を噛むことしか出来なかった。
『ムツィオ様はどうしてそこまでエレナ様を殺害したいのだ? この者の言うように今更何かできる訳でもない。放って置いてもいいのでは……』
もうムツィオが独立を宣言して、王国との戦争が始まっている。
レオポルドとか言うカロージェロの息子に匿われていたそうだが、女性一人で何ができるというのだ。
戻って来られる訳もないので、わざわざ始末する必要は感じない。
そう考えると、コルラードはムツィオの慌てぶりが異様に思えてきた。
「……成功するかは分かりませんが、1人送ってみましょうか?」
「そうか!? 頼む!!」
「分かりました……」
自分たちの組織も危ないのだから、王国の情報収集に注視するのが最善に思える。
しかし、何だか切羽詰まるようなムツィオに、何かあるのだと思った男はとりあえず提案してみる。
その提案に、ムツィオは食い気味に反応してきた。
その態度で更に訝しく思いつつ、男はエレナの暗殺を指示することになった。
『……何としてもエレナ様を始末したい理由は何だ?』
報告に来た闇の組織の男が部屋から去っていくのを平然とした表情で見送りながら、コルラードは頭の中をフル回転させる。
前領主のグイド殺害、エレナの生存と殺害依頼。
どう考えてもムツィオの態度はおかしい。
しかし、色々な裏の情報を突如として得ることになった。
「コルラード! 今聞いたことは誰にも話すなよ!」
「畏まりました。しかし……」
よっぽどエレナの生存に慌てていたのか、ムツィオはコルラードがいることにようやく気が付いた。
しかし、コルラードはムツィオに敵対する者を、良く知らずに始末するという裏作業をおこなったこともある。
自分に心酔していると思っているムツィオは、コルラードの無表情の姿を見て何も感じていないと受け取ったらしく、きつい口調で先程の話の口止めをしてきた。
ムツィオのこれほどの反応で、コルラードは段々とこれまでのことが明らかになっていくような感覚に陥った。
領主がムツィオになってから、王国はルイゼン領からの案を冷遇する扱いを取っていた。
その理由を聞いた時、ムツィオはどういう訳かクラウディオ王に嫌われていると言っていた。
前王が無能という話も聞いていたので、息子のクラウディオ王もそんなものかとコルラードは思っていたが、ムツィオが兄であるグイドを殺したというのなら、その対応も分からなくない。
証拠がないためにムツィオを野放しにするしかなかったのだろう。
そして、コルラードの中でジェロニモがあのようになった原因に心当たりが生まれた。
「ジェロニモ様には?」
「話すな!! 絶・対・にだ!!」
「畏まりました」
誰にもと言っても、ジェロニモだけには知らせた方が良いのではないかというコルラードの問いに、ムツィオのこれまでで最大の反応を示す。
これで原因の心当たりが確信に変わった。
ジェロニモが無気力になった原因はエレナだ。
エレナはジェロニモと仲が良かったと聞いている。
古くから仕える者の中には、ジェロニモは従妹としてだけではないような感情を持っていたのではという者がいた。
それは極わずかな人間の話だったので妄想に過ぎないと思っていたが、それが正解だとしたらジェロニモの今の様子も納得できた。
ムツィオの指示に、コルラードはいつものように頭を下げる。
内心の感情を悟らせないまま……。
「…………」
従兄妹同士での婚姻というのは珍しくないことだ。
貴族の中には、親族を優遇するために政略的におこなうこともある。
ジェロニモは、いつか自分の気持ちをエレナに伝え、彼女の婚約者になるつもりだった。
そうしてエレナと共に領地を発展させようという未来を考えていたのだが、突如の失踪と海難事故で死亡したという話を聞いて、自分の中の何かが崩壊してしまった。
生きている意味が完全に消え去った。
しかし、自害することは父が悲しむ。
父のムツィオ同様に、元々傲慢な気性をしていたことは事実だ。
しかし、父とは違い市民は庇護してやるものだという思いも持っていた。
上から目線ではあったが、ムツィオよりかはまともな人間に育っていたことだろう。
成長するにつれ、従妹のエレナに懸想していった。
それも日が経つにつれて深く、深く。
母も父が領主になる前に亡くなり、もう家族は父しかいない。
今のジェロニモは、せめて父を悲しませないように生きているに過ぎず、この日もただ本を開いて時間が経つのを待っているだけだった。
「何っ!!」
その言葉に、ムツィオは驚きと共に玉座から立ち上がった。
さっきの笑みなど完全に吹き飛んだようだ。
『エレナ嬢? たしか前領主のグイド様の娘様だったような……』
元伯爵のカロージェロたちと話していたその場に、コルラードも立ち会っていた。
独立したばかりのためか、この国に宰相となる人間がいない。
その地位は、今回の戦いで一番功を上げた将軍に送るということになっているため、ムツィオの側に常にいるのはコルラードしかいない。
ジェロニモによって命を救われたことを恩に感じているコルラードは、ムツィオの悪事にも加担している。
それはいつかジェロニモが領主に、皇帝になった時のことを考えての行為だ。
だが、ムツィオはコルラードが自分に心酔していると勘違いしていた。
エレナの生存という話を聞いて、コルラードもムツィオ程ではないが驚いていた。
『生きていらしたのか……』
元々前領主のグイドの死によって、ムツィオが領主になった。
しかし、それはエレナが成人するまでの代理ということになっていた。
そのエレナも突如失踪し、捜索をおこなったところ海難事故で死んだという報告が上がってきたと聞いている。
ムツィオの側に就くようになったのはその後なので、コルラードには何が起きたのかは分かっていない。
「おのれ!! 生きていた上に匿まわれていたのか!? 何としても始末せねば……」
「あくまでも確証のない話ですし、陛下が前領主を始末したといっても、証拠もないのだから放っておいて良いのではないですか?」
エレナが生存している可能性を聞いて、ムツィオは報告した男が思っている以上に慌てだす。
当時、王国の人間が証拠探しをしていたが、結局は見つからずじまいだった。
今となっては、ムツィオを強制隷属させて吐かせる以外に証拠を得られることもないだろう。
証拠もなしに強制隷属なんて出来る訳もないし、そもそも前領主の娘が生きていようと何か出来る訳もない。
男の言うように、放っておいて良いような存在でしかないように思える。
『何だと……』
市民には前領主は病で死んだと知らされている。
それが今、雇っている闇の組織の者からムツィオが殺したという言葉が出た。
しかも、エレナも殺そうとしている。
その話の内容に、コルラードは表情を変えないようにすることに必死になった。
話は終わっていない。
慌てて少しでも話を止めれば、今後聞く機会を得られないのではという直感が働いたからだ。
「放っておいては後々まずい。始末するのが一番だ。暗殺をおこなうことは可能か?」
「……今は王国の情報収集の方が重要です。暗殺に人を割くわけにはいきません」
「クッ!!」
何でそこまでムツィオが慌てているのか、男には疑問でしょうがない。
暗殺を送ることはできるが、今は王国と睨み合っている状況でそんなことしている場合じゃない。
そのため、男はムツィオの言うことに従う訳にはいかなかった。
ムツィオもそれが分かっているので、玉座に座って親指の爪を噛むことしか出来なかった。
『ムツィオ様はどうしてそこまでエレナ様を殺害したいのだ? この者の言うように今更何かできる訳でもない。放って置いてもいいのでは……』
もうムツィオが独立を宣言して、王国との戦争が始まっている。
レオポルドとか言うカロージェロの息子に匿われていたそうだが、女性一人で何ができるというのだ。
戻って来られる訳もないので、わざわざ始末する必要は感じない。
そう考えると、コルラードはムツィオの慌てぶりが異様に思えてきた。
「……成功するかは分かりませんが、1人送ってみましょうか?」
「そうか!? 頼む!!」
「分かりました……」
自分たちの組織も危ないのだから、王国の情報収集に注視するのが最善に思える。
しかし、何だか切羽詰まるようなムツィオに、何かあるのだと思った男はとりあえず提案してみる。
その提案に、ムツィオは食い気味に反応してきた。
その態度で更に訝しく思いつつ、男はエレナの暗殺を指示することになった。
『……何としてもエレナ様を始末したい理由は何だ?』
報告に来た闇の組織の男が部屋から去っていくのを平然とした表情で見送りながら、コルラードは頭の中をフル回転させる。
前領主のグイド殺害、エレナの生存と殺害依頼。
どう考えてもムツィオの態度はおかしい。
しかし、色々な裏の情報を突如として得ることになった。
「コルラード! 今聞いたことは誰にも話すなよ!」
「畏まりました。しかし……」
よっぽどエレナの生存に慌てていたのか、ムツィオはコルラードがいることにようやく気が付いた。
しかし、コルラードはムツィオに敵対する者を、良く知らずに始末するという裏作業をおこなったこともある。
自分に心酔していると思っているムツィオは、コルラードの無表情の姿を見て何も感じていないと受け取ったらしく、きつい口調で先程の話の口止めをしてきた。
ムツィオのこれほどの反応で、コルラードは段々とこれまでのことが明らかになっていくような感覚に陥った。
領主がムツィオになってから、王国はルイゼン領からの案を冷遇する扱いを取っていた。
その理由を聞いた時、ムツィオはどういう訳かクラウディオ王に嫌われていると言っていた。
前王が無能という話も聞いていたので、息子のクラウディオ王もそんなものかとコルラードは思っていたが、ムツィオが兄であるグイドを殺したというのなら、その対応も分からなくない。
証拠がないためにムツィオを野放しにするしかなかったのだろう。
そして、コルラードの中でジェロニモがあのようになった原因に心当たりが生まれた。
「ジェロニモ様には?」
「話すな!! 絶・対・にだ!!」
「畏まりました」
誰にもと言っても、ジェロニモだけには知らせた方が良いのではないかというコルラードの問いに、ムツィオのこれまでで最大の反応を示す。
これで原因の心当たりが確信に変わった。
ジェロニモが無気力になった原因はエレナだ。
エレナはジェロニモと仲が良かったと聞いている。
古くから仕える者の中には、ジェロニモは従妹としてだけではないような感情を持っていたのではという者がいた。
それは極わずかな人間の話だったので妄想に過ぎないと思っていたが、それが正解だとしたらジェロニモの今の様子も納得できた。
ムツィオの指示に、コルラードはいつものように頭を下げる。
内心の感情を悟らせないまま……。
「…………」
従兄妹同士での婚姻というのは珍しくないことだ。
貴族の中には、親族を優遇するために政略的におこなうこともある。
ジェロニモは、いつか自分の気持ちをエレナに伝え、彼女の婚約者になるつもりだった。
そうしてエレナと共に領地を発展させようという未来を考えていたのだが、突如の失踪と海難事故で死亡したという話を聞いて、自分の中の何かが崩壊してしまった。
生きている意味が完全に消え去った。
しかし、自害することは父が悲しむ。
父のムツィオ同様に、元々傲慢な気性をしていたことは事実だ。
しかし、父とは違い市民は庇護してやるものだという思いも持っていた。
上から目線ではあったが、ムツィオよりかはまともな人間に育っていたことだろう。
成長するにつれ、従妹のエレナに懸想していった。
それも日が経つにつれて深く、深く。
母も父が領主になる前に亡くなり、もう家族は父しかいない。
今のジェロニモは、せめて父を悲しませないように生きているに過ぎず、この日もただ本を開いて時間が経つのを待っているだけだった。