「ジェロニモ・ディ・ルイゼン……」

 何かのパーティーでムツィオと共に会ったことはあるが、挨拶程度しか話したことはない。
 しかも、会ったときは死んだ魚のような目をしていて、何を考えているのか、もしくは何も考えていないのか分からない男だった。
 父であるムツィオが奪い取ったルイゼン領を継ぐ者だと思い、警戒していたのが無駄に終わったことを思いだす。
 見た目は同じだが、その時とジェロニモと今目の前にいる男の印象が全く違うと、クラウディオは頭の中でどこか納得できないでいた。
 とりあえずジェロニモであることには変わらないが、ムツィオとは違う意味で気持ちの悪い目をしているのが気にかかる。

「会談はトップ同士によるものという話だった。何故父であるムツィオが出てこないのだ?」

 以前届けられた会談を提案する書状には、クラウディオが言ったようにトップ同士の会談という話だった。
 それを受け入れてやったというのに、ムツィオが来ないというのはどういうことなのか。
 内心では腹立たしいと思いながらも、クラウディオは表情に出さないようにしながら当然の質問をジェロニモへと投げかけた。

「あぁ! 申し訳ありません。こちらも少々ありまして……」

 クラウディオの質問に対し、ジェロニモは僅かに浮かべた笑みを浮かべたまま返答する。
 謝っているようだが、上っ面の言葉だけで心がこもっていないのが分かる。
 態度が気に入らないが、クラウディオは黙って話の続きを待った。

「父は死にました」

「…………死んだ?」

 出てきた答えをクラウディオが理解するのに、僅かに間が空いた。
 贅沢によって太っていたといっても、ムツィオの健康状態が悪くなっているという話は聞いたことがなかった。
 もしかして、突然死を迎えたということなのだろうか。

「おっと、それは正確ではないですね……」

「……?」

 クラウディオがムツィオの死因を考え始めると、ジェロニモが訂正をするように言葉を続けてきた。





「私が殺しました」





◆◆◆◆◆

「ジェロニモ!」

 時は遡る。
 独立を宣言した父のムツィオは、王国との戦争に全勢力を傾けていた。
 ジェロニモはいつものように自室にこもり、ただ本を広げる日々を送っていた。
 本を広げているとは言っても、内容は全く頭の中に入って来ない。
 それでも、ただ何もしないよりもマシという思いで広げているだけだ。
 そんなジェロニモの部屋へ、いつものようにムツィオが入ってきた。

「また本を読んでいたのか?」

「……はい」

 ムツィオの問いに対し、ジェロニモは小さく答えを返す。
 感情のこもっていないような返事だ。
 息子がこのような反応なのは、ムツィオも理解しているので咎めるようなことはしない。

「素材が集まった。いつものように頼むぞ」

「……わかりました」

 ムツィオからのいつもの仕事の依頼に、ジェロニモは頷きを返す。
 言われたまま、自分の意思を持たないかのように、ジェロニモは椅子から立ち上がりいつもの場所へと向かっていった。

「……相変わらずのようですね。殿下は……」

「あぁ……」

 部屋から出ていくジェロニモの背中を見つつ、廊下にいた男はムツィオへと話しかける。
 彼の名前はコルラード。
 ムツィオに能力を見出され、秘書として側に就くことを許された存在だ。

『ジェロニモ様……』

 昔と違い無気力に生きるジェロニモのことが、コルラードからすると不憫で仕方がなかった。
 幼少期、コルラードはジェロニモに救われたことがある。
 孤児として生きていた時に謂れもない盗みの罪を着せられ、彼は牢へと送り込まれた。
 無実を訴えれば、罪の意識もないものとして看守に折檻を受ける日々が続き、それでも無実を訴えれば今度は罰として食事の量を減らされていった。
 腹を空かせ無実を訴える気力も失せたコルラードは、生きることも諦めようとしていた。

「コルラードと言ったな?」

「……?」

 名前を呼ばれて目を向けると、牢の前に自分と同じ年齢くらいの少年が立っていた。
 身なりは整っており、貴族の息子なのはすぐに分かる。
 しかし、その身分の者がどうして話しかけてきたのか分からないため、コルラードはただ黙ってその少年を見つめることしかできなかった。

「お前の無実は私が証明した。お前は釈放だ!」

 不敬を働いた者をジェロニモが捕まえたら、たまたまコルラードの件もその者の犯行だということが分かった。
 偶然とはいえ、死の淵から自分を救ってくれたのはこの少年だ。
 その少年が伯爵の子であるジェロニモだと分かり、コルラードは忠誠を誓うことにした。
 運良く自分のスキルが使えると認められ、ムツィオの下で働けるようになった。
 ムツィオに尽くせば、それを受け継ぐジェロニモにも尽くすことになる。
 そう思ってムツィオに従ってきたのだが、秘書になった時にはジェロニモは今の姿へと変わっていた。
 理由を知りたくても、何故か誰も話したがらない。
 どうやらムツィオが関係しているということだけは分かったため、コルラードは常に恭しくしてボロが出るのを待っていた。





 何体もの死体が並べられた腐敗臭のする部屋へジェロニモは入る。
 死体はルイゼン側の鎧を付けた兵らしき者、病で死んだとされる平民の者、中には王国の鎧を着た者まで並べられている。
 普通なら部屋に漂う臭いで気分を悪くするところだが、ジェロニモは気にしない様子で部屋の中を歩き回った。

「……いるわけないか」

「……? 何か?」

「いや……何でもない」

 老若男女の遺体を一通り見て回り、ジェロニモは分かっていたかのように小さく呟く。
 その声が小さくて聞こえなかったため、付き添いとして側にいた兵は首を傾げる。
 わざわざ言うことでもないので、ジェロニモは首を振って答える。

「スキル発動!」

 1人の遺体の前に立ったジェロニモは、その遺体に魔力を注ぎ込む。
 すると、その遺体に少しずつ変化が訪れ始めた。

“ベリ……ベリ……!!”

 魔力を流された遺体から、何か分からない音が僅かにしてきた。

“ベリ……ベリ…ベリベリ……!!”

「っ!!」

 何度も見た光景だが、側にいた兵はその結果に毎度驚く。
 遺体の骨が、まるで服を脱ぐかのように肉や皮を破って起き上がってきたのだ。
 全身の肉と皮を脱ぎ捨てると、骸骨はその場に立ってジェロニモの方へと立ち尽くした。
 まるで指示を待つかのような態度だ。

「お前たちは彼の指示に従い、戦場へ着いたら指揮官の命に従え」

“コクッ!”

 王国を悩ませたスケルトン。
 それを作り出していたのは、何を隠そうジェロニモのスキルによるものだった。
 主人の指示を受け、スケルトンはジェロニモへ頷きを返した。

「こいつらのことは分かっているな?」

「ハッ!」

 ジェロニモが作り出したスケルトンには稼働時間が限られている。
 受け取った魔力を使い切ったら、また魔力を送らないといけない。
 その稼働時間の見極めは、ジェロニモの知ったことではない。
 送った戦地の指揮官に委ねられている。
 それを確認して、ジェロニモは他の遺体にもスキルを発動し、スケルトンを量産していった。

「じゃあ、後は任せた」

「了解しました」

 部屋にいた多くの遺体が、肉と皮を残して外へと歩いていく。
 残っている部屋の掃除とかは、兵がおこなう事。
 スケルトン製造が終わると、後のことは気にしないと言うかのように、ジェロニモは表情を変えず部屋から出ていった。
 その背を見ながら、兵は背中に冷たい汗をかいていた。
 自分のスキルとはいえ、先程の地獄のような現象を見ても何の反応を見せないジェロニモに、同じ人間なのかと疑いたくなる気持ちが浮かんでいたからだ。





 ジェロニモのスキル。
 それは、スケルトン限定という注釈が付くが、死霊使い(ネクロマンサー)と呼ばれるスキルだった。