「まさかこうも侵入に手間取るとは……」
レオが王都から出発しようとしている前、1人の男がヴェントレ島に侵入していた。
フェリーラ領北西の町であるオヴェストコリナとヴェントレ島をつなぐ船は往復しているが、市民となることが許されたもの以外が乗船できないことになっている。
まだ観光する場所はないとの理由らしいが、何もなくても観光客を招き入れるのは当たり前のことだと思える。
何か島民以外に知られては困ることでもあるのだろうか。
それはひとまず置いておくとして、船による移動ができないのは痛い。
「何でギルドが島民の選抜を請け負っているんだ?」
このような選択をすることになり、男は海に浮かぶ小舟の上で思わず愚痴る。
そもそも島民に希望と扮して潜入しようと考えていたのだが、その島民の選抜がギルドによっておこなわれていた。
ヴェントレ島の領主の依頼によるものだと説明を受けたが、島民なんて来るもの拒まず受け入れればいいものを、何故そのように無駄なことをしているのだろうか。
「アルヴァロとかいう奴の商会も護衛が付いてるし……」
島民としての潜入が無理なので、男が次に目を付けたのはヴェントレ島との輸出入を一手に引き受けることで利益を出しているという話の商会だ。
島とその商会との間でおこなわれる荷物の運搬にも船が使われている。
商会の従業員として入り込もうかと考えたが、従業員も屈強な者たちが揃っている上に、運搬時には冒険者に護衛を頼んでいる。
いくら戦力に自信があっても、あの中に入り込むのは難しい。
訓練している者なら海を泳いで渡ることもできるが、海の魔物がどれだけ存在しているかも分からないためそんな危険な選択はできない。
仕方がないので、夜の闇に紛れて小舟での移動という選択しかできなかった。
魔物は夜行性の者もいて、それは海の魔物も同様だ。
闇夜で接近する魚影すら見えないので危険ではあるが、これ以外に気付かれずに接近できる方法が見つからなかった。
「さて、奴らも失敗したという話だし、気を付けていくか……」
ムツィオの指示によって、ヴェントレ島への潜入の命を受けた組織の一員というのがこの男の正体だ。
カロージェロの伝で雇ったこの闇の組織だが、以前レオの暗殺を失敗した組織とは無関係ではない。
この男の組織から抜けた者たちが、新たに組織として活動をおこなっていたのだ。
組織の長同士が兄弟だったため見逃されていたのだが、少数とは言え腕に覚えのある者たちが集まっていたはずなのに、まさか壊滅させられることになるとは思ってもいなかった。
それだけここには危険なものがいるということなのだろう。
同じ轍を踏まぬよう、男は小舟を島の港から離れた岩壁付近に寄せ、身を隠すように降り立った。
「基本あの海岸からしか入れないようだが、この程度の崖なら何とかなるだろう」
情報収集をおこなう際、男はヴェントレ島の地図を入手した。
とは言っても、昔のものだ。
しかし、外から見る限り大きな変わりはないという話なので、無駄ではないだろう。
その地図によると、島への内部へ向かうには視線の先にある海岸からしか難しいことが分かるが、それは所詮一般人の考えだ。
闇の組織として生きる者にとって、多少の崖を上ることなど苦ではない。
そう考えた男は、監視している可能性の高い海岸からではなく、目の前にそびえる崖を上ることにした。
「奴らが拠点に残した資料に同じ名前があったからって、本当にこのエレナ嬢なのか?」
崖を上りきり、男は日が昇るのを待つ。
そして、朝人々が動き出すのに合わせて町中へと侵入を試みた。
そもそも、滅びた組織の拠点にあった情報の中にエレナという女性の名があったからと言って、確認のために潜入するなんて後回しで良いことのように思える。
ルイゼン側が勝利しないと、こちらへの支払いも疑わしくなるため、今はルイゼン側に王国の情報を流す方が良いのではないか。
手掛かりは、領主邸に残っていたエレナの肖像画を模写した似顔絵のみ。
それを頭に入れて町中を歩くが、似ている女性は見つからない。
「おいっ! 聞いたか?」
「何をだ?」
男が町中を歩いていると、住人の男性たちが話しているのが耳に入ってくる。
情報は噂話の中にあることがは馬鹿にできないため、男は耳を傾ける。
「レオ様が陞爵したそうだ!」
「何!? マジか!?」
情報を聞いた男性が驚いているが、男も同じく驚いている。
ルイゼン側の計画通りに敵の戦線を退かせていたのに、いきなり後方からの攻撃を受けたことで一時撤退を余儀なくされた。
それをおこなった敵もすぐに姿を消したという話だから訳が分からなかったが、これでなんとなく誰の仕業か分かった気がする。
どうせこの情報は他の仲間が送るだろうから放っておこう。
男がそう考えてこの場から去ろうとした時、
「順調に出世してるんだ。次は身を固めた方がいいんじゃないか?」
「エレナ様とか?」
『っ!?』
唐突に出た名前に、男は内心反応する。
ここに潜入した目的の者の名前が出たからだ。
やはりここにエレナと呼ばれる者がいるようだ。
「レオ様の隣に住んでんだろ?」
「一緒に住んじまえばいいのにな!」
『どうも!』
話をしていた男性二人に、男は心の中で感謝した。
領主の隣に住むエレナ。
その姿を確認するため、男は町の中では少し大きめの建物へと向けて歩き出した。
「こんな島の領主でも、邸だけは立派だな」
領主邸へと近付くと、男は周囲の建物の影へと身を隠そうとする。
そこでエレナが似顔絵のエレナなのかを確認しするつもりだった。
「待ってたぜ!」
「っ!?」
背後からの声に、男は反射的にその場から跳び退いた。
「チッ!! 良い反応しやがって!!」
さっきまで男の立っていた場所に穴が開く。
男は自分の判断を褒めたい気分だ。
距離を取って振り返ると、そこには槍を持った2人の男が自分に目を向けていた。
ドナートとヴィートだ。
「いきなり何をする!?」
まだ自分の身はバレていないはず。
なのに、何故攻撃してきたのかと思いながら、男は2人に向けて被害者染みた疑問を口にした。
「いきなりじゃねえよ!」
「町に潜入した時点でお前のことは確認していた」
「何っ!?」
その発言に男は驚きの声をあげる。
バレないように潜入したはずなのに、この2人に行動を見られていたようだ。
勘なのか、それとも探知の得意な人間でもいるのだろうか。
「ならば……」
その答えを出している暇はない。
この2人は構えを見れば島の手練れと分かる。
相手にしては危険と悟り、男はこの場から逃走を計ろうとした。
「どこへ行く!?」
「くっ!?」
男が逃げようとした先にはもう他の人間が立ち塞がっていた。
ガイオだ。
ドナートたち以上の殺気を放つガイオに、男は隠していた短剣を抜いて構える。
「チッ! まさかエレナ・ディ・ルイゼンの周りにこんな奴らがいるなんて……」
「っ!! てめえ!! お嬢を!?」
「バカッ!!」
男の言葉にドナートが反応してしまう。
このままでは逃げ切れるのは不可能。
それゆえにエレナのことだけは確認しておきたかった。
そのハッタリに、1人が反応してくれた。
同じ名前の人間なんていくらでもいる。
町中の噂だけではいまいちだったが、これでほぼ確定だ。
「フッ!」
自分は殺られようと、情報だけは仲間に知らせたい。
男はドナートに笑みを見せると指を鳴らす。
そこへカラスが1羽飛んできた。
「遅い!!」
「がっ!?」
情報を流そうとしているのだろうが、ガイオがそうはさせない。
カラスと共に男の体を斜めに斬った。
「ぐぅっ! 無駄だ。上空に仲間の目が付いている」
「何っ!?」
音の言葉にガイオは上空へ目を向ける。
すると、上空には1羽の鳥が、飛んでいるのが目に入った。
「ハハッ! ざまあ…みろ! ぐふっ!!」
鳥はそのまま飛んで行った。
それを見て男は自分の死が無駄で亡くなったことに笑みを浮かべ、血を吐いて倒れ伏した。
「くそっ!!」
島に入ったのはレオの蜘蛛人形によってガイオたちに知らされた。
しかし、蜘蛛人形も人の侵入は分かっても、鳥までは分からなかったのだろう。
この男がどこから仕向けられた人間なのか分からないが、これでエレナが生存していることがバレてしまった。
レオの不在時にこのようなことになり、ガイオは思わず地面の石を蹴り飛ばした。
レオが王都から出発しようとしている前、1人の男がヴェントレ島に侵入していた。
フェリーラ領北西の町であるオヴェストコリナとヴェントレ島をつなぐ船は往復しているが、市民となることが許されたもの以外が乗船できないことになっている。
まだ観光する場所はないとの理由らしいが、何もなくても観光客を招き入れるのは当たり前のことだと思える。
何か島民以外に知られては困ることでもあるのだろうか。
それはひとまず置いておくとして、船による移動ができないのは痛い。
「何でギルドが島民の選抜を請け負っているんだ?」
このような選択をすることになり、男は海に浮かぶ小舟の上で思わず愚痴る。
そもそも島民に希望と扮して潜入しようと考えていたのだが、その島民の選抜がギルドによっておこなわれていた。
ヴェントレ島の領主の依頼によるものだと説明を受けたが、島民なんて来るもの拒まず受け入れればいいものを、何故そのように無駄なことをしているのだろうか。
「アルヴァロとかいう奴の商会も護衛が付いてるし……」
島民としての潜入が無理なので、男が次に目を付けたのはヴェントレ島との輸出入を一手に引き受けることで利益を出しているという話の商会だ。
島とその商会との間でおこなわれる荷物の運搬にも船が使われている。
商会の従業員として入り込もうかと考えたが、従業員も屈強な者たちが揃っている上に、運搬時には冒険者に護衛を頼んでいる。
いくら戦力に自信があっても、あの中に入り込むのは難しい。
訓練している者なら海を泳いで渡ることもできるが、海の魔物がどれだけ存在しているかも分からないためそんな危険な選択はできない。
仕方がないので、夜の闇に紛れて小舟での移動という選択しかできなかった。
魔物は夜行性の者もいて、それは海の魔物も同様だ。
闇夜で接近する魚影すら見えないので危険ではあるが、これ以外に気付かれずに接近できる方法が見つからなかった。
「さて、奴らも失敗したという話だし、気を付けていくか……」
ムツィオの指示によって、ヴェントレ島への潜入の命を受けた組織の一員というのがこの男の正体だ。
カロージェロの伝で雇ったこの闇の組織だが、以前レオの暗殺を失敗した組織とは無関係ではない。
この男の組織から抜けた者たちが、新たに組織として活動をおこなっていたのだ。
組織の長同士が兄弟だったため見逃されていたのだが、少数とは言え腕に覚えのある者たちが集まっていたはずなのに、まさか壊滅させられることになるとは思ってもいなかった。
それだけここには危険なものがいるということなのだろう。
同じ轍を踏まぬよう、男は小舟を島の港から離れた岩壁付近に寄せ、身を隠すように降り立った。
「基本あの海岸からしか入れないようだが、この程度の崖なら何とかなるだろう」
情報収集をおこなう際、男はヴェントレ島の地図を入手した。
とは言っても、昔のものだ。
しかし、外から見る限り大きな変わりはないという話なので、無駄ではないだろう。
その地図によると、島への内部へ向かうには視線の先にある海岸からしか難しいことが分かるが、それは所詮一般人の考えだ。
闇の組織として生きる者にとって、多少の崖を上ることなど苦ではない。
そう考えた男は、監視している可能性の高い海岸からではなく、目の前にそびえる崖を上ることにした。
「奴らが拠点に残した資料に同じ名前があったからって、本当にこのエレナ嬢なのか?」
崖を上りきり、男は日が昇るのを待つ。
そして、朝人々が動き出すのに合わせて町中へと侵入を試みた。
そもそも、滅びた組織の拠点にあった情報の中にエレナという女性の名があったからと言って、確認のために潜入するなんて後回しで良いことのように思える。
ルイゼン側が勝利しないと、こちらへの支払いも疑わしくなるため、今はルイゼン側に王国の情報を流す方が良いのではないか。
手掛かりは、領主邸に残っていたエレナの肖像画を模写した似顔絵のみ。
それを頭に入れて町中を歩くが、似ている女性は見つからない。
「おいっ! 聞いたか?」
「何をだ?」
男が町中を歩いていると、住人の男性たちが話しているのが耳に入ってくる。
情報は噂話の中にあることがは馬鹿にできないため、男は耳を傾ける。
「レオ様が陞爵したそうだ!」
「何!? マジか!?」
情報を聞いた男性が驚いているが、男も同じく驚いている。
ルイゼン側の計画通りに敵の戦線を退かせていたのに、いきなり後方からの攻撃を受けたことで一時撤退を余儀なくされた。
それをおこなった敵もすぐに姿を消したという話だから訳が分からなかったが、これでなんとなく誰の仕業か分かった気がする。
どうせこの情報は他の仲間が送るだろうから放っておこう。
男がそう考えてこの場から去ろうとした時、
「順調に出世してるんだ。次は身を固めた方がいいんじゃないか?」
「エレナ様とか?」
『っ!?』
唐突に出た名前に、男は内心反応する。
ここに潜入した目的の者の名前が出たからだ。
やはりここにエレナと呼ばれる者がいるようだ。
「レオ様の隣に住んでんだろ?」
「一緒に住んじまえばいいのにな!」
『どうも!』
話をしていた男性二人に、男は心の中で感謝した。
領主の隣に住むエレナ。
その姿を確認するため、男は町の中では少し大きめの建物へと向けて歩き出した。
「こんな島の領主でも、邸だけは立派だな」
領主邸へと近付くと、男は周囲の建物の影へと身を隠そうとする。
そこでエレナが似顔絵のエレナなのかを確認しするつもりだった。
「待ってたぜ!」
「っ!?」
背後からの声に、男は反射的にその場から跳び退いた。
「チッ!! 良い反応しやがって!!」
さっきまで男の立っていた場所に穴が開く。
男は自分の判断を褒めたい気分だ。
距離を取って振り返ると、そこには槍を持った2人の男が自分に目を向けていた。
ドナートとヴィートだ。
「いきなり何をする!?」
まだ自分の身はバレていないはず。
なのに、何故攻撃してきたのかと思いながら、男は2人に向けて被害者染みた疑問を口にした。
「いきなりじゃねえよ!」
「町に潜入した時点でお前のことは確認していた」
「何っ!?」
その発言に男は驚きの声をあげる。
バレないように潜入したはずなのに、この2人に行動を見られていたようだ。
勘なのか、それとも探知の得意な人間でもいるのだろうか。
「ならば……」
その答えを出している暇はない。
この2人は構えを見れば島の手練れと分かる。
相手にしては危険と悟り、男はこの場から逃走を計ろうとした。
「どこへ行く!?」
「くっ!?」
男が逃げようとした先にはもう他の人間が立ち塞がっていた。
ガイオだ。
ドナートたち以上の殺気を放つガイオに、男は隠していた短剣を抜いて構える。
「チッ! まさかエレナ・ディ・ルイゼンの周りにこんな奴らがいるなんて……」
「っ!! てめえ!! お嬢を!?」
「バカッ!!」
男の言葉にドナートが反応してしまう。
このままでは逃げ切れるのは不可能。
それゆえにエレナのことだけは確認しておきたかった。
そのハッタリに、1人が反応してくれた。
同じ名前の人間なんていくらでもいる。
町中の噂だけではいまいちだったが、これでほぼ確定だ。
「フッ!」
自分は殺られようと、情報だけは仲間に知らせたい。
男はドナートに笑みを見せると指を鳴らす。
そこへカラスが1羽飛んできた。
「遅い!!」
「がっ!?」
情報を流そうとしているのだろうが、ガイオがそうはさせない。
カラスと共に男の体を斜めに斬った。
「ぐぅっ! 無駄だ。上空に仲間の目が付いている」
「何っ!?」
音の言葉にガイオは上空へ目を向ける。
すると、上空には1羽の鳥が、飛んでいるのが目に入った。
「ハハッ! ざまあ…みろ! ぐふっ!!」
鳥はそのまま飛んで行った。
それを見て男は自分の死が無駄で亡くなったことに笑みを浮かべ、血を吐いて倒れ伏した。
「くそっ!!」
島に入ったのはレオの蜘蛛人形によってガイオたちに知らされた。
しかし、蜘蛛人形も人の侵入は分かっても、鳥までは分からなかったのだろう。
この男がどこから仕向けられた人間なのか分からないが、これでエレナが生存していることがバレてしまった。
レオの不在時にこのようなことになり、ガイオは思わず地面の石を蹴り飛ばした。