捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

「レオポルド殿、今回は色々と迷惑をかけた。総指揮官として改めて謝罪する」

「いいえ。お気になさらないでください」

 アゴスティーノの協力によって、レオの今回の招集書は偽造されたものだと判明した。
 その実行犯であるラスタラマ子爵は、レオの捕縛したカロージェロたちと共に兵によって王都へ護送されていくことになったらしい。
 レオの今後のことも決まったらしく、作戦会議室へと案内された。
 そこで、ディスカラが謝罪の言葉と共に頭を下げてきた。
 たしかに、総指揮官としては問題となる事案だが、下の爵位の者に頭を下げたことを意外に思うと共に恐縮しつつレオは謝罪を受け入れた。

「奴の取り巻き連中には最前線での戦闘をさせることにした。ここからは我々と集ってもらった精鋭たち、それと後から来る援軍によって対処する予定だ」

「そうですか」

 敵の市民兵の討伐を担当する班にいた貴族たちの多くは、ラスタラマと共に前王の時に問題のあった家の者たちだ。
 彼の偽造を知らなかったとはいえ、レオを囮にさせるということに何の異論も唱えなかったこともあり、何かしらの処罰を与える必要があった。
 取り巻き以外にも爵位が低くて文句が言えなかったという者もいたが、他の貴族に告げるなど方法はあったはずだ。
そうしなかった彼らも厳しく対応することになり、一番危険な最前線での戦闘をさせることになったそうだ。
 今回の招集はラスタラマによっておこなわれたもの。
 それが偽装ということが判明したので、レオがこれ以上戦いに参加する必要もない。
 誰も好き好んで戦争をしたがる者はいないため、今回はここで帰還していいことが決定したようだ。
 敵の勢力に押されている状況での帰還となるとレオとしても思いは複雑だが、援軍が向かって来ているのならきっと抑え込んでくれることだろう。

「元ディステ家の2人の捕縛に感謝する。それと、当然だが今回の君の功績はちゃんと陛下へと進言するから安心してくれ」

「はい。ありがとうございます。しかしながら……」

 ディスカラからの感謝の言葉に、レオは恭しく頭を下げる。
 父と兄のことはレオとしてもどうにかしたかったことなので、捕まえられて良かったと思っている。
 だが、ディスカラはレオ1人の功績と思っているような節があるので、陛下に報告してもらうならきちんと伝えておくべきだろうと思った。

「捕縛は私個人の功績とは言い切れません。一緒に招集された精鋭の方々、ならびにシュティウス男爵様の協力があってこそのものだと思っております」

 不利になればすぐに逃げだす可能性のあるカロージェロとイルミナート。
 そうならないよう誘い出すために、スパーノや精鋭たちが協力してくれたことが捕縛を成功することに繋がったと思っている。
 それに、アゴスティーノがいなかったら虚偽の招集に加え、みんなの功績をラスタラマに奪い取られていたかも知れない。
 そう考えると、アゴスティーノの協力も重要な意味を成していた。
 病弱な時期を過ごし、自分は常に人に頼ることで生かされているのだと理解している。
 協力をしてくれた人には感謝し、出来る限りの礼を返さないといけない。
 そのため、レオはみんなの協力による功績であるということを、陛下にも分かってもらいたかった。

「あぁ、わかった。その事も合わせて報告させてもらう」

「お願いいたします」

 室内にはアゴスティーノもいる。
 彼はレオの言葉に反論しようとしているが、レオが笑みを浮かべた目線でそれを諫める。
 今後も何か協力してもらうことがあるかもしれない。
 その時のためにも、ちょっとしたお礼だと思ってもらいたい。
 それが伝わったのか、アゴスティーノも反論するのをとどまってくれた。
 自分の問題として残っていた父と兄のことは解決した。
 後はエレナのためにも、王国軍にルイゼン領の奪還を果たしてもらいたいところだ。
 レオはこの会議室に集まっている貴族たち全員に向けるように頭を上げ、この部屋から退室することにした。
 しかし、

「ディスカラ様!!」

「どうした!?」

 レオが部屋から出る前に、兵士が慌てて駆け込んで来た。
 何か異変が起きたのだろうと、ディスカラは駆け込んで来た兵に問いかける。
 会議室に集まっていた者たちも、表情を緊張させてその兵の報告を待った。

 「敵のスケルトン軍団が動き出しました!!」

「何っ!? くっ!! こっちに援軍が集まるのを読んだのか!?」

「いくら何でも早すぎる!!」

「もしかして、王国内に敵へ情報を送っている者がいるのでは……」

 その兵の報告に、開戦当初から参戦しているアルドブラノ子爵が驚きの声をあげる。
 ヴィスティノ男爵も同じように驚き、敵の行動のタイミングに違和感を覚えた。
 その言葉に、ガリエラ男爵は王国内にスパイが潜入している可能性を思い浮かべた。

「落ち着け!」

 3人の言葉に、他の貴族たちも慌てだした。
 その様子に、ディスカラはまずは彼らを落ち着かせようと声を張り上げる。

「まずは冷静に行動を起こさないと……、しかし、今の兵数ではまたも後退を余儀なくされる可能性が……」

 スパイが王国内へ潜入しているという考えは恐らく正しい。
 しかし、今はそれよりも敵に対応しないと、敵を調子に乗せることになる。
 援軍が来るまで何としてもこの前線を維持したい。
 一先ず会議内は落ち着くが、兵数に劣るようになってしまったこちらには、後退しないと大打撃を受けるかもしれない。
 
「閣下!! 1つご提案したい作戦があります!」

「……作戦?」

 こんな状況のため、レオは帰還をすることが決まっていたが、今はそれどころではない。
 この期に及んで何もしないという選択はレオには取れないため、レオの中で1つだけ思いついていた作戦をディスカラへ提案することにした。
 戦闘しつつの後退以外に作戦なんて思いつかないなか、レオの発言にディスカラは反応した。

「失礼します! クオーレ! エトーレ!」

「なっ!?」「闇猫!?」「蜘蛛!?」

 レオはまずは謝って2体の従魔を呼ぶ。
 すると、レオの影から闇猫のクオーレが、そしてポケットの中から蜘蛛のエトーレが出てきた。
 突然の闇猫と蜘蛛の出現に、室内の貴族たちは驚きの声をあげる。
 しかし、レオの言葉で出てきたところから従魔だと分かり、とりあえず場はすぐに落ち着く。

「この子たちの能力で私が敵軍の後方へ移動し、そこから攻撃を開始します」

「なっ!? 闇猫にそんなことが……」

「ちょうど敵軍後方には影となる場所が存在します。私の従魔ならば影転移が可能です」

 まだまだ若いが、クオーレも色々と成長している。
 密かに訓練していたらしく、陰に潜んだり、条件付きなら影転移が使えるということをレオに教えてくれた。
 今回の場合、一度いった場所であるとか、影がある場所でないと無理だったり、自分以外を連れて行くとなると魔力をかなり消費するなどの条件はクリアしている。
 そのため、レオは作戦の実行の許可を求めた。

「しかし、君だけ行っても……」

「私の従魔2体は捕縛に特化しております。それに、私の魔法の指輪には多くの兵器を隠しております。一時の間足止めすることは可能です!」

 ディスカラの言いたいことは分かる。
 敵後方から挟み撃ちができるにしても、戦闘力のなさそうなレオが行っても注意を引くことは難しいのではないかと言いたいのだろう。
 しかし、レオの魔法の指輪にはスケルトン以上の人形たちが収納されている。
 彼らを使えば敵に打撃を与えることは可能だ。
 しかし、兵器と言っても、念には念を入れてまだスキルのことは教えない。

「……なるほど、しかしそれは君のリスクが大きすぎる」

「大丈夫です。行って帰ってくる程度は難しくありません!」

 自信ありげなレオの表情に、藁にもすがりたいディスカラは心が傾く。
 しかし、1人で行動させるなんてレオの身のことが心配になる。
 クオーレの影転移でちょうど行って戻って来られる距離だ。
 なので、レオは気負うことなく返事をした。

「……本当に大丈夫なのか?」

「はい!」

「……わかった! 君を信じよう!」

「ディスカラ様!?」

 レオも少しの足止めができれば、危険になる前に退散するつもりだ。
 決意と自信のあるレオの目に、ディスカラはその作戦に乗ることにした。
 しかし、どう考えても成功するとは思えないため、貴族の中には異を唱えようとする者もいた。

「責任は全部俺がとる!! 全軍に伝えろ!! これから迎撃の態勢にはいる。敵軍に異変があるまで前線を維持しろ!!」

「「「「「ハ、ハイッ!」」」」」

 異論をいいたい気持ちはわかる。
 しかし、決意したディスカラは他の者に有無を言わせないよう強引に指示を出した。

「では、行ってまいります!」

 用意しておいた防具を装備し、準備を整えたレオがディスカラに声をかける。
 レオの策に乗ってくれた彼のためにも、これ以上敵を調子に乗せないためにも、この作戦は失敗できない。
 言い出したレオは成功すると信じているため落ち着いているが、他の貴族からすると賭けに近い策に気が気じゃない様子だ。

「あぁ、危険だと思ったらすぐに退散するように」

「畏まりました」

 作戦とはいえ、レオ1人を送り出すことになっていることに、ディスカラは心を痛めている。
 レオ自身が出した案ではあるが、これではラスタラマがやった囮と変わらないように思えたからだ。
 しかし、これ以外にすがる策がないため、レオに期待するしかない。
 せめて彼ができることといったら、レオが無事に帰って来てくれることを期待することだけだ。
 ディスカラの言葉に頷きつつ、レオはクオーレへと向き合った。

「クオーレ。お願いね」

「ニャッ!」

 協力を願うレオは優しくクオーレの頭を撫でる。
 今回の策で重要な任務を負っているのはクオーレだからだ。
 クオーレは影移動を使えるが、結構な距離を移動することでその分魔力を使うことになる。
 しかも、レオも一緒となると更に魔力消費も増えるので、かなりの疲労を伴うことになるだろう。
 消費による疲労を理解しながらも、クオーレはしっかりと返事をする。
 そして、撫でられて嬉しそうなクオーレは、期待に応えるべく自分の影に魔力を流してレオと共に影の中へと沈んで行った。

「消えた……」

「……頼むぞ!」

「レオポルド殿……」

 レオとクオーレの全身が沈み込むと、そのまま影も消えて何もなくなった。
 その結果に、ディスカラと共に周囲で眺めていた貴族たちも驚きの声をあげていた。
 闇猫は、闇から闇へと移動することによって敵に察知されずに獲物を狩るといわれているが、これが原因だったのかと理解する。
 それと同時に、レオと敵対したらいきなり自分の背後に現れるのではないかという思いも湧き上がってきて、何やら背筋に冷たいものを感じざるを得なかった。
 レオが消えたことに様々な反応をしている貴族たちとは違い、ディスカラとアゴスティーノはレオのことを心配しつつ作戦の成功を祈っていた。





「ありがとうクオーレ」

 クオーレの影移動によって、敵陣の背後の森へと出現したレオ。
 軽く息を吐くクオーレの疲労を心配しながら、優しく体を撫でる。

「いつでも戻れる準備をしていてね」

「ニャッ!」

 今回クオーレは戦うよりも移動することがメインだ。
 そのため、クオーレには同じようにして戻るために、ここで休んでいてもらう。
 それと同時に、もしも危険が迫った時のために、いつでも移動できるように言い聞かせた。
 クオーレもちゃんと理解しているため、大人しくその場に座り込んだ。

「どうやら軍の中にはいなかったようだな……」

 背後にレオがいるというのに、敵はこちらに警戒をしている様子はない。
 それを見て、レオは1つ分かったことがあって安堵した。
 もしかしたら、敵のスパイはこの貴族の中にも居るかもしれない。
 この作戦をディスカラにした時に、レオはその可能性を考えていた。
 この場への移動をしてすぐ、敵がこちらに迫っていたらその考えは正しかったかもしれない。
 その時はその時で、人形たちを使って迫る敵を倒せばよかったのだが、そうならなかったところを見ると軍の中にスパイは存在していなかったようだ。
 これならば、問題なく作戦が決行出来ると、レオは嬉しそうに微笑んだ。

「作戦開始だ!」

 敵に作戦がバレていないようなので、少しだが余裕ができた。
 しかし、今も王国兵たちはスケルトン相手に奮闘している最中だろう。
 彼らの負担を軽減するためにも、レオは素早く行動を開始する。

「出し惜しみはしない!! 一個師団!!」

 レオが魔法の指輪から出したのは、所持している人形の大軍勢だった。
 万にも及ぶ人形兵が、直立不動で列を組んでいる。
 まるでレオの指示を待っているかのようだ。

「皆には敵陣に向かって一斉に魔法攻撃をしてもらう」

 人形たちによる突撃も考えられたが、それだと転移して逃げるレオは人形たちを使い潰すことになる。
 これだけの数を造り直すにはかなりの時間を消費することになるため、そんな選択を取ることはできない。
 それに、敵に被害と動揺を与えるのなら魔法を使うという手立てがある。
 そのため、レオは人形たちに魔法による一斉攻撃をさせることにした。

「魔法は上空へ向けたストーンバレットだ!」

 選んだのは土系統魔法の石弾で、人の頭程の石を作り出し、それを敵へ向けて放つ魔法だ。
 何の警戒もしていない状況で受けた場合、落下してきた石の攻撃はかなりの痛手を負う。
 スケルトンにも被害を負わせるようにと考えると、火や風の系統の魔法ではダメージが与えられるか疑問に思ったからだ。
 上空から巨大な石が落下してくれば、スケルトンの頭部を破壊できるはずだ。

「用意!!」

 レオの言葉を聞いた人形たちは、込められた魔力を使い切るギリギリまで石の塊を作り出すために使う。
 恐らく、発射した瞬間に魔力切れで行動不能になってしまうことだろう。
 しかし、それはレオの望んだ通りの行動だ。
 魔力が尽きても、補充すればまた動かすことができる。
 それよりも、これだけの石が降って来たら、敵に大打撃をあたえること間違いなしだ。

「発射!!」

 敵が固まっている所を重点的に攻撃するように、レオは人形たちに魔法を発射させることを指示する。
 そうして発射された石弾は、上空から敵陣へ雨のように降りかかったのだった。





「へっ! 王国の奴ら無駄な抵抗しやがって!」

「全くだ! さっさと尻尾撒いて逃げりゃあ良いものを……」

 スケルトンの攻撃を王国の兵が必死に耐えている。
 いつまでがんばっても、援軍が来なければこのまま退却するしか道がないはずだ。
 それが分かっているのに必死になっているのを見て、敵の兵たちは嘲笑する。
 敵兵の彼らは、はっきり言ってここまでたいして戦っていない。
 スケルトンや奴隷にされた市民兵のお陰で、ほとんど何もせずに前進を続けてきたのだ。
 楽してきたがゆえに、警戒感が薄れていたようだ。

「なっ!?」「何だ!?」「グワッ!!」

 突如として、戦場に大きめの石が次々と落下してきた。
 戦場というより、ルイゼン側に向かって落ちてきている。
 あまりの出来事に、これまで警戒心が薄れていた兵たちの中には、頭部に直撃して動かなくなっている者もいるくらいだ。
 人間の兵よりもスケルトンの方が被害を受けている。
 頭部を破壊されると動かなくなるということを示すかのように、多くのスケルトンがただの骨として崩れ落ちていった。

「敵襲後方より敵襲だ!!」

「何だと!?」

「バカな!!」

 聞こえてきた言葉に兵たちは慌てる。
 敵が回り込むようなことができないように、回り道には砦が建設されている。
 そのため、敵が後方に行くには、回り道にある砦を破壊しなくてはならない。
 しかし、砦が破壊されたという情報は入っていないため、どうして敵が後方にいるのか分からない。
 だが、たしかに降ってくる石の様子から後方からの攻撃に見えるため、兵たちは石弾を防ぎつつ後方へ向けて馬を走らせ始めた。

「エトーレ! 人形の収納が済むまで敵の足止めを頼む!」

“コクッ!”

 万に近い人形が、その場に座り込むようにして動かなくなっている。
 レオの魔力を使い切ってしまったのだ。
 しかし、こうなることは想定済み。
 敵を近付けさせないように、レオはエトーレに協力を頼む。
 レオの指示に頷きを返したエトーレは、いくつもの糸を離れた地面へと飛ばしていった。

「何だ!? このネバネバしたものは……」

「クッ!! これでは馬が……」

 エトーレの放った糸の場所に差しかかったところで、兵たちは異変に気が付く。
 馬の足に糸が絡みつき、前へと進むことができなくなってしまった。
 まるで鳥もちでもついたように離れない糸に、ルイゼン兵たちは慌てる。
 馬に乗っているので兵自体は何ともないが、馬は暴れる一方で身動きが取れない。

「よし今のうちに撤退だ!」

「ニャッ!!」

 エトーレが敵を抑えてくれていたお陰で、レオは人形の回収が終了した。
 そして、レオはそのままエクオーレの所へと向かい、クオーレもすぐさま影移動の発動を開始した。

「クッ!! わらわらと……」

 レオが影移動していったあと、王国軍は拠点に設置された防壁を盾に籠城して、向かってくるスケルトンへの攻撃を続けていた。
 数に物を言わせ、防壁を上がってこようとするスケルトンを必死に叩き落している。
 しかし、それを抑えていられるのも時間の問題だろう。
 あまりにもスケルトンの数が多すぎるからだ。

「どうやってこの数のスケルトンを用意しているのだ!!」

 その光景を見て、ディスカラは文句染みた言葉を吐く。
 毎度毎度戦場を覆いつくすようなスケルトンが増員されて来る。
 そう簡単に兵を増やせない王国軍は、退却続きにならざるを得ない状態だ。
 原因となるスケルトンをどうにかできれば、こちらも何かしらの対応ができるというものなのだが、ここまでの戦いで捕縛した敵兵からは何の情報も得られなかった。
 このまま増え続けるようなら、王国の方も大軍勢を投入しないといけなくなるかもしれない。

「ディスカラ様!! 我々も打って出ましょう!! ご許可を!!」

「シュティウス殿……」

 ラスタラマの指揮していたスパーノたち精鋭たちの軍。
 しかし、不正を摘発されて取り巻き共々指揮権を剥奪された。
 代わりに指揮権を与えられたのは、その不正を発見したアゴスティーノだった。
 他にも指揮できる人間はいると思われるが、総指揮のディスカラの指示によるものなので、アゴスティーノも受け入れた。
 そんな彼らも必死にスケルトンを抑えようとしているが、そろそろ限界に近付いてきた。
 防壁の上に到達するスケルトンが出てきたのだ。
 それを見て、アゴスティーノが他の隊と共に門から突撃をするべきだとディスカラへと告げる。
 この状況で打って出れば、スケルトンに囲まれて危険な目に合うのは目に見えている。
 それが分かっているのにもかかわらずそう進言するということは、彼らにはその覚悟があるということなのだろう。
 アゴスティーノたちの思いに胸を熱くしつつ、ディスカラは許可を出そうとした。

「っ!?」

「何だ!?」

 アゴスティーノに許可を出す前に、戦場に変化が起きる。
 突如として、敵後方の上空から飛来するものが見えたのだ。
 それを見て、王国軍の兵も何事かと首を傾げる。

「石の雨……」

 落ちてきたのは人の頭部ほどの大きさの石。
 それが重力による落下を利用して破壊を巻き起こした。
 後方に控える敵兵にも被害を与えているが、それよりも被害を受けたのはスケルトンたちだ。
 命令に従って行動しているようだが、指示されていないからか防御をせずに進軍を続けている。
 防御をしないから、落下してくる石の直撃を食らい、多くのスケルトンが頭部を破壊されて骸と化す。
 その石の雨が降り注ぐ時間は短かったが、敵を慌てさせる分には充分だった。

「まさか、これをレオポルド殿が……?」

 多くのスケルトンが動かなくなり、一気に数が減った。
 その様子にディスカラは驚きの表情を浮かべる。
 何かしらの方法で敵後方から攻撃をすると言っていたが、ここまでの成果を上げるとは思ってもいなかった。
 この結果を導いたレオのことを、戦力として低く見積もっていた自分が恥ずかしくなった。

「ディスカラ様!!」

「あぁ!! 全軍突撃を開始せよ!」

「「「「「おぉっ!!」」」」」

 密集していたスケルトンも、石の雨の攻撃によってばらけるような状態へと変わっている。
 囲まれないのであれば、たいして力もないスケルトンは恐れるものではない。
 アゴスティーノの声に、ディスカラは分かっていると言わんばかりに全軍へと指示を出した。
 それに呼応するかのように、王国軍は砦から出てスケルトンへと攻めかかって行った。

「おのれっ!! 王国軍め!!」

 突如の石の雨によって被害を受けたルイゼン側は、体勢を立て直そうとする。
 しかし、そんなことをする前に砦から出た王国兵によって、スケルトンたちが破壊され始めた。
 後方からの攻撃により兵を向かわせてみたが、そこには誰かいた足跡らしきものはあっても、それ以外に何も存在していなかった。

「どうやったのかは分からないが、後方に敵は居なくなった。一時撤退だ!」

「「「「「了解しました!!」」」」」

 一撃離脱にしても行動が速すぎる。
 しかし、それを検証している暇などない。
 そのため、敵の指揮官の男は一旦引いて隊列を組み直すことを指示した。
 その男の指示を受け、兵たちのみならずスケルトンたちも退避行動を開始した。




「おぉっ!!」「敵が退いて行くぞ!!」

 砦付近にいたスケルトンは粗方片付く頃、敵が引き始めたことに王国側に歓声が上がる。
 ここまで撤退続きだったが、ようやく敵を引かせることに成功したからだ。

「追撃を開始しましょう!!」

「いや、深追いは危険だ! 打撃を与えたが、数の面ではまだ敵が優位だ!」

 これまでの鬱憤を晴らすかのようにスケルトンを倒すことができたからだろうか、兵たちは自分たちの優位にテンションが上がっているため、敵を追いかけようとする。
 逃げる距離が長くなるたび、スケルトンは段々と纏まっていっている。
 迂闊に追いかけて反転されでもしたら、またも囲い込み攻撃で兵がやられることになる。
 そのため、ディスカラは冷静に判断し、兵たちが追撃しようとすることを止めた。

「それよりも怪我人の治療に当たれ! 無事の者は砦前のスケルトンの骨を処理するんだ!」

「「「「「ハッ!!」」」」」

 戦闘をおこなったので当然怪我人は出る。
 とは言っても、これまでで一番少ない人数で収まりそうだ。
 そして今後の戦いのことを考えて、砦前に大量に転がっている骨の処理を開始した。

「ディスカラ様。ただいま戻りました!」

「レオポルド殿!!」

 戦場に落ちているスケルトンの骨を回収と処理を兵が始めた所で、レオがディスカラの前へと姿を現した。
 王国軍が門から撃って出た所で、レオは砦の後方地点へと戻ってきたのだ。
 敵の撤退を呼び寄せた功労者の無事の帰還に、ディスカラは諸手を挙げて歓迎する。

「よくやってくれた!! 君のお陰で敵を退却させることができた!!」

「いえ、私の策に乗ってくださったディスカラ様の勝利です!」

 すぐさま握手を求めてきたディスカラにレオも応える。
 敵を撤退させることができて、余程嬉しかったのだろう。
 テンションが高いまま称えるディスカラに、レオは恐縮したように返答した。

「そう言ってくれるのはありがたいが……」

「できればそのようにしていただけるとありがたいのですが」

「そうか……」

 レオの策に乗った形による勝利のため、ディスカラ自身の勝利というのは流石にあり得ない。
 しかし、カロージェロたちの捕縛とラスタラマの不正をただしただけでもかなりの評価を得られるのに、更に勲一等の働きをしたとなると、レオの評価だけが勝ちすぎてしまう。
 この勝利はレオとしても嬉しいが、騎士爵の自分が評価を受けすぎるとこの場にいない貴族とのいらない軋轢を生むことになる。
 そのため、ディスカラとこの場にいる貴族たちの策によって、この勝利を得たということにしておいた方がいいと考えたのだ。
 ディスカラも、貴族間の足の引っ張り合いは嫌な思いをしている。
 そのため、レオがどうしてこういっているのかを理解した。

「分かった。貴殿のためにも受け入れるが、もしも何かあった時は言ってくれ」

「ありがとうございます」

 連敗続きのまま援軍が来たらどうなるか分からなかったが、これで自分も一矢報いたとみなされるだろう。
 今回のことを報告しても、王は信じても他の貴族が何を言うか分からない。
 ならば、嫌でも自分が表に立った方がレオを守ることができるだろう。
 そう考えたディスカラは、今回の手柄を得る代わりに、今後何かあった時にレオに協力することを誓った。
 伯爵位のディスカラの協力を得られるというのは、今後のことを考えるとレオにとってもありがたい。
 ルイゼン領奪還の際にはエレナのことで協力してもらえる事だろう。
 自分の願いを聞き入れてくれたディスカラに、感謝したレオは頭を下げたのだった。

「膠着状態になりましたね……」

「あぁ……」

 防壁の上から遠くに陣取るルイゼン軍の様子を眺めるレオとアゴスティーノ。
 敵は一時撤退し、またもスケルトンの補充がされている。
 今また攻め込んでくれば、敵が優位にこの砦を攻められると思われる。
 そういった行動に出ることなく、敵は進軍をしてくる気配は感じられないでいた。
 援軍を待つ王国軍からすると、この状態はありがたいところだ。
 いまだに、敵はどこからあのスケルトンたちを生み出しているのかは見当が付いていない。
 王国が手を焼いているのはあのスケルトンの数の暴力が問題のため、早々にあのスケルトンの情報を手に入れたいところだ。
 数に対抗するにしても、王国側も援軍到着までは動けないため、お互い膠着状態になっていた。

「これもレオ君のお陰だろうね」

「そういって頂けると嬉しいです」

 何度か話すうちに仲が良くなり、アゴスティーノはレオのことを君付けで呼ぶようになっていた。
 レオも良くしてもらっているので、ありがたく思っている。
 アゴスティーノのいうレオのお陰というのは、敵の膠着を生んだのが敵の後方からの石の雨によるものだからだ。
 それを起こしたのが闇猫のクオーレによるもののため、主人であるレオのお陰というのは正しい。

「流石にまた後方から攻め立てられるようなことがあっては大変だからね」

「そうですね」

 こちらがスケルトンの情報を得たいのと同時に、敵側はどうやって自陣の後方へ敵が回り込んだのかということを知りたいところだろう。
 攻め込んでまた後方から石の雨でも食らおうものなら、またもスケルトンの大量破壊を受ける可能性がある。
 あの一回の攻撃で、敵は迂闊に攻め込むことを躊躇っているようだ。

「レオポルド殿」

「ディスカラ様」

 レオたちが話している所に、ディスカラがやってきた。
 その姿を見たレオたちは、軽く会釈をした。

「陛下から報が届いた」

「ハッ!」

 どうやら先日の勝利を受けたクラウディオ王から、全兵に向けての称賛の手紙が届いたそうだ。
 それと同時に、ラスタラマの虚偽の招集書によって参戦することになったレオに関して、今後のことについても書かれていた。
 陛下からの報と聞いて、レオは背筋を正して手紙の内容に耳を傾けた。

「今回の功に対しての褒賞を受けるために王都へ帰還せよとのことだ」

「了解しました!」

 元々陛下からの招集ではないので、レオをいつまでも戦場におくのは間違っている。
 ラスタラマによる虚偽の招集だったが、レオは敵の将でもあり指名手配犯である親と兄を捕縛した功労者だ。
 その功に対する褒賞を与えてくれることになったらしい。
 まだルイゼン領の奪還が済んでいない状態ではあるが、帰還できることは嬉しい。
 その知らせを聞いたレオは、頭を下げてそれを受け入れたのだった。

「レオ! 帰還するんだってな?」

「はい。皆さんお世話になりました」

 帰還の知らせを受け、ここで知り合った人たちへの別れと支度を整えるために、レオは砦内を回っていた。
 貴族の者たちの挨拶も済ませ、レオは一緒にカロージェロたちの捕縛に協力してくれたスパーノたちにも挨拶へと向かった。
 すると、帰還のことを知らされていたらしく、スパーノたちはレオの顔を見るとすぐにその話へと移っていった。
 その話に入ったので、レオはすぐスパーノたちに感謝の言葉をかけた。

「何言ってんだ! お前に協力したことで俺たちみんなにも褒賞が出るらしいからな。ありがとよ!」

「協力してもらったのは事実ですから、気にしなくて良いですよ」

 元々、彼らは様々な領の中から招集されているため今回の参戦の金額は高額だろうが、更に褒賞が出るのは嬉しいことのようだ。
 ディスカラにも言ったように、スパーノたちの協力を受けたことでカロージェロたちを誘き出せたので、自分だけでなくみんなにも褒賞が出ることに安心した。

「戦いが終わったらお前んとこの領に遊びに行かせてもらうぜ!」

「はい。その時は歓迎しますよ」

 そのうちヴェントレ島にもギルドを造り、冒険者を招集することになるだろう。
 ここにいる精鋭たちの多くは高ランク冒険者だ。
 その時には、彼らのような冒険者に来てもらえるのはありがたいため、レオとしては歓迎したい。
 スパーノ以外にも同じように言ってくれる者たちもいて、レオとしてはその時のことが楽しみになった。





「まだ戦いが続くなか離脱するのは心苦しいのですが、お世話になりました」

「気にすることはない。我々は君には感謝している」

 出発の日になり、レオは最後に会議室に集まった貴族たちに一言挨拶に向かった。
 まだ戦いを続ける彼らに任せることになり、心苦しい思いをしつつ帰還することを告げた。
 問題貴族は主要な部隊から除外され、ここに残った貴族たちはみんなレオの策成功を称賛してくれた者たちだ。
 負け続きから一矢報いた形になれたことが嬉しかったようだ。
 彼らを代表し、ディスカラがレオに感謝を述べる。

「あとは残った我々と援軍の勝利に期待していてくれ」

「はい。皆さんのご武運を祈っております」

 今後は援軍によって数に押されることは緩和できるだろう。
 兵の数では劣っても、所詮スケルトン単体の強さはたいしたことはない。
 増え続けるスケルトンのことは気になるが、きっとルイゼン領の奪還を果たしてくれることだろう。
 エレナのためにも自分の力でという程、レオは自分の能力を過信していない。
 今後は彼らに頑張ってほしいところだ。

「では、失礼します!」

「あぁ!」

 最後に室内にいる全員に向けて礼をし、レオは砦を後にすることになった。





◆◆◆◆◆

 王都に着いて早々、レオは王城へ向かうことになった。
 以前フェリーラ領の領主であるメルクリオからもらった正装を、魔法の指輪の中に入れておいて正解だった。
 わざわざ仕立て直す必要がなく、余計な出費をしなくて済んだ。
 出費をしなくて良かったのはいいが、王に呼ばれるというのは緊張するものだ。
 しかも今回はメルクリオと一緒ではなく1人で来ることになったのだから、失礼なことをしないようにレオの頭はいっぱいになっていた。
 そんななか、玉座の間に呼ばれたレオは、王の前で片膝をついて頭を垂れた。

「レオポルド・ディ・ヴェントレ、面を上げよ!」

「ハッ!」

 以前とは貴族の数も違う。
 その分レオは少しだけ気が楽になった。
 いない貴族はルイゼン奪還に参戦しに向かったのだろう。
 そんななか、陛下に名を呼ばれたレオは、言われた通り頭を上げた。

「今回の招集の件で色々あったが、元ディステ家の2人の捕縛ご苦労だった」

「ハッ! ともに招集された精鋭たちの協力あっての成果です!」

「うむっ!」

 クラウディオの労いの言葉に、レオはこれまで通りの考えを返答する。
 功を独り占めするような者が、市民に好かれるかというと疑わしいところだ。
 全て自分の成果とすることのないレオの態度に、貴族らしくないとは思いつつも、クラウディオは好ましい態度だと思っていた。

「他の者たちの協力あってなのは分かっている。だが、間違いの招集ながら功を上げたことは素晴らしい」

「ありがとうございます!」

 ディスカラからの報告で、ラスタラマの策によりレオは囮にされたという報告を受けている。
 死ぬことが大いにあり得たことなのに、それでしっかりと成果を出したレオにクラウディオは称賛の言葉をかける。
 王からの言葉に、レオは感謝の言葉と共に頭を下げた。

「よって、今回の貴殿の褒賞に、準男爵の爵位を授ける!」

「…ありがとうございます!!」

 その褒賞に、レオは一瞬反応が遅れてしまった。
 周りの貴族たちも驚いている様子だった。
 賞金か何かが与えられると思っていただけなのに、まさか爵位を上げてもらえるなんて思ってもいなかったからだ。
 陞爵を受けたレオは、喜びと戸惑いを持ちつつ玉座の間から去っていった。

「本人も驚いているようでしたね?」

「あぁ、そりゃそうだろ」

 レオへ褒賞を与え終わったクラウディオは、宰相のサヴェリオと共に執務室へと向かった。
 そこで、2人だけになると先程のレオの話へとなった。
 サヴェリオが言うように、陞爵を告げた時のレオが戸惑っているのが2人には読み取れていた。
 恐らく本人は賞金などを予想していただろう。
 それが、陞爵なのだからそうなるのも仕方がない。
 クラウディオはレオの反応を当然のものだと感じていた。

「ディスカラからの報告には、今回の勝利はレオポルドの成果であるということが遠回しに書かれていた。他の貴族連中から目を付けられないためにと考えてのことだろう」

「陞爵となると、たしかに面白くないと思う者もいるかもしれませんね」

 レオの望みを受け、ディスカラはクラウディオへ勝利の報告をする時、わざと遠回しに告げて評価を得過ぎないようにしたつもりだ。
 しかし、どうやらそれはクラウディオにはバレていたようだ。
 報告内容からすると嘘でもないし、自分の成果としている素振りもない。
 そのため、文句を言うつもりもないが、クラウディオからすると気にし過ぎだ。
 勝利の立役者となった者をきちんと評価するのは、王としての重要な仕事だ。
 先代の時のように不正を働く者は潰し、真面目に成果を出す者は評価する。
 それが今クラウディオがおこなっている国の立て直しだ。
 しかし、他人が評価をされることを良く思わない者は必ずいるものだ。
 今回レオの成果は指名手配犯の捕縛と、犯罪をおこなった貴族の摘発の協力ということになっている。
 たしかに評価すべき功績ではあるが、陞爵するほどの功績かと言われると微妙なところだ。
 サヴェリオの言うように、この評価に納得できない貴族もいるかもしれない。

「先代の膿は大体処理し終わった。他人の邪魔をするより自分の実力を示すべきという私の考えが伝わったはずだ」

「そうですね。あの場で誰も文句を言う者はいませんでしたからね」

 今回の戦いの最初、クラウディオは先代の時に色々やらかしていた貴族たちを送った。
 戦場で数人でも死んでくれたらいいと思っての人選だった。
 ムツィオが独立を宣言した時、数で勝る王国が勝つとは思ってはいたが、独立を宣言するだけあって敵も何かしらの罠を用意していると考えていた。
 まさか奪還した砦にスケルトンの出現というトラップを仕掛けているとは思わなかったが、ストヴァルテ公爵が真っ先に死んでくれたのは運が良かった。
 さすがに公爵家の人間を潰すには、王としてもそれなりの理由が必要だ。
 その一番のネックだった公爵家が真っ先に潰せて、その派閥の解体が可能になった。
 今ではおかしなことをする貴族はいないはずだ。

「しかし、あのレオポルドが功労者というのは本当なのでしょうか?」

「兵の中には王室調査官の者も紛れている。その者の報告からも、ディスカラと同じような報告がされているから本当なのだろう」

 ディスカラからは方法は詳しくは書かれていなかったが、敵後方からの攻撃をおこなったということは報告されている。
 それにより勝利を得たとのことだが、問題貴族を監視する目的で、軍の中には王室調査官も紛れ込ませていた。
 その王室調査官の報告も、敵後方からの攻撃により混乱した敵を後退させるにことに成功したというものだった。
 どちらの報告にもレオの存在が見え隠れしているため、恐らくレオが何かしらの能力を有していて、その能力による勝利なのだと考えている。

「何の能力なのかを吐かせますか?」

「無理強いはしたくないな。ルイゼンのように敵対されたくない」

 敵後方からの攻撃を可能にしたことも脅威だが、それよりもどうやって敵に大打撃を与えたのかが気になる。
 その能力次第では王国にとって大いなる力をもたらしてくれることになる。
 しかし、それを好き勝手に利用して敵対されれば、ルイゼン領のように独立を宣言される可能性も考えられる。
 レオがそのような野心を持っているようには思えないが、面倒事が増えるのは避けたい。
 そのうち明かされることを期待するしかない。

「レオポルドのことも気になるが、それよりもルイゼンだ。あのスケルトンをどうにかしないとこちらも兵を増やし続けるしかないぞ」

 当初の思惑通り問題貴族たちの一掃はできたが、ルイゼン側の行動は予想外だった。
 大多数のスケルトンの軍団を相手に苦戦するのも仕方がないところだが、このままでは兵の増強をし続けることになる。
 そうなると、兵にかかる資金によって国内の経済に問題が起きかねない。
 他国とはすぐに戦争となるような仲ではないので攻め込まれる心配は少ないが、念のため国境沿いには軍を配備しておく必要はある。
 兵の増強もいつまでもできない状況だ。

「それに引きかえ、スケルトンは物を食べないですからね」

 王国は兵の食料のために出費しなくてはならない。
 それとは反対に、ルイゼン側はその費用が必要ない。
 時間がかかればかかるほど、不利になるのは王国側になるということだ。

「こんな事なら海岸防衛をさせるべきではなかったな」

「しかし、それは先々代の頃からのことですので……」

 王国側が海からではなく陸地から攻め込むのには理由がある。
 ルイゼンは貿易の観点から他国の侵略を受ける可能性があった。
 それを阻止するために、王家はエレナの祖父である先々代の領主に海岸防衛の強化を指示していた。
 そのお陰もあってか、ルイゼン領は敵国からの侵略は不可能なほどに強化されている。
 今となってはそれがネックとなり、王国側が海から攻め込むという策がとれない原因となっていて、陸地からの侵攻という手しか取れなくなっているのだ。

「スケルトン対策を思いつく限り実行するしかないな」

「そうですね……」

 問題なのはスケルトンの軍団だ。
 それさえ何とかできれば、こちらが有利に攻め込めるはずだ。
 援軍に向かった者たちには、それを意識するように告げているので、無策で挑むことはないだろう。
 クラウディオとサヴェリオからすると、何か一つでも成功することを期待するしかなかった。

「カロージェロとイルミナートの処刑はいつなさいますか?」

 レオが捕まえたカロージェロとイルミナートは、王都の牢にて以前処刑されたフィオレンツォと同じような扱いを受けている。
 死ななければ何をしても良いと兵たちには告げてあるので、きっと代わる代わる袋叩きにあっていることだろう。

「敵の情報を吐かせた後、早々に決行しろ!」

「畏まりました」

 指名手配されるような犯罪を犯しておいて、敵に協力するなど殺すのももったいないと思えるが、生かしておくのも邪魔でしかない。
 彼ら自身が指揮していた市民兵のことも気になる。
 スケルトンの数を揃えるまでの時間稼ぎとはいえ、市民を強制的に奴隷にするなどまともな神経の持ち主ではない。
 それを実行した者を突き止め、処罰しないことには後々の禍根を残すことになりかねない。
 王国へのこれまで迷惑をかけたことへの償いとして、せめて敵のスケルトンに関わる情報と共に、その情報を吐くことを期待する。
 その後は早々に処刑して、ルイゼンとの戦いに集中したいところだ。





「何故だー!! 伯爵である私が処刑などあり得ん!!」

「俺は何もしていない!! 全ての悪事は父がおこなったことだ!!」

 もう剥奪された爵位を喚き、犯罪を犯しておきながら罪を認めないカロージェロ。
 加担しておきながら、罪を父に擦り付けようとするイルミナート。
 今となっては、罪を悔いて死んだフィオレンツォの方がまだまともだったように思える。
 全ての罪を知る市民からの怒号が飛ぶ中、2人の処刑は執行された。

「…………」

 レオはその死刑執行を見届けた。
 フィオレンツォの時同様、父と兄が処刑されても何故か悲しみよりも安心した思いがあった。

「まさかこうも侵入に手間取るとは……」

 レオが王都から出発しようとしている前、1人の男がヴェントレ島に侵入していた。
 フェリーラ領北西の町であるオヴェストコリナとヴェントレ島をつなぐ船は往復しているが、市民となることが許されたもの以外が乗船できないことになっている。
 まだ観光する場所はないとの理由らしいが、何もなくても観光客を招き入れるのは当たり前のことだと思える。
 何か島民以外に知られては困ることでもあるのだろうか。
 それはひとまず置いておくとして、船による移動ができないのは痛い。

「何でギルドが島民の選抜を請け負っているんだ?」

 このような選択をすることになり、男は海に浮かぶ小舟の上で思わず愚痴る。
 そもそも島民に希望と扮して潜入しようと考えていたのだが、その島民の選抜がギルドによっておこなわれていた。
 ヴェントレ島の領主の依頼によるものだと説明を受けたが、島民なんて来るもの拒まず受け入れればいいものを、何故そのように無駄なことをしているのだろうか。

「アルヴァロとかいう奴の商会も護衛が付いてるし……」

 島民としての潜入が無理なので、男が次に目を付けたのはヴェントレ島との輸出入を一手に引き受けることで利益を出しているという話の商会だ。
 島とその商会との間でおこなわれる荷物の運搬にも船が使われている。
 商会の従業員として入り込もうかと考えたが、従業員も屈強な者たちが揃っている上に、運搬時には冒険者に護衛を頼んでいる。
 いくら戦力に自信があっても、あの中に入り込むのは難しい。
 訓練している者なら海を泳いで渡ることもできるが、海の魔物がどれだけ存在しているかも分からないためそんな危険な選択はできない。
 仕方がないので、夜の闇に紛れて小舟での移動という選択しかできなかった。
 魔物は夜行性の者もいて、それは海の魔物も同様だ。
 闇夜で接近する魚影すら見えないので危険ではあるが、これ以外に気付かれずに接近できる方法が見つからなかった。

「さて、奴ら(・・)も失敗したという話だし、気を付けていくか……」

 ムツィオの指示によって、ヴェントレ島への潜入の命を受けた組織の一員というのがこの男の正体だ。
 カロージェロの伝で雇ったこの闇の組織だが、以前レオの暗殺を失敗した組織とは無関係ではない。
 この男の組織から抜けた者たちが、新たに組織として活動をおこなっていたのだ。
 組織の長同士が兄弟だったため見逃されていたのだが、少数とは言え腕に覚えのある者たちが集まっていたはずなのに、まさか壊滅させられることになるとは思ってもいなかった。
 それだけここには危険なものがいるということなのだろう。
 同じ轍を踏まぬよう、男は小舟を島の港から離れた岩壁付近に寄せ、身を隠すように降り立った。

「基本あの海岸からしか入れないようだが、この程度の崖なら何とかなるだろう」

 情報収集をおこなう際、男はヴェントレ島の地図を入手した。
 とは言っても、昔のものだ。
 しかし、外から見る限り大きな変わりはないという話なので、無駄ではないだろう。
 その地図によると、島への内部へ向かうには視線の先にある海岸からしか難しいことが分かるが、それは所詮一般人の考えだ。
 闇の組織として生きる者にとって、多少の崖を上ることなど苦ではない。
 そう考えた男は、監視している可能性の高い海岸からではなく、目の前にそびえる崖を上ることにした。

「奴らが拠点に残した資料に同じ名前があったからって、本当にこのエレナ嬢なのか?」

 崖を上りきり、男は日が昇るのを待つ。
 そして、朝人々が動き出すのに合わせて町中へと侵入を試みた。
 そもそも、滅びた組織の拠点にあった情報の中にエレナという女性の名があったからと言って、確認のために潜入するなんて後回しで良いことのように思える。
 ルイゼン側が勝利しないと、こちらへの支払いも疑わしくなるため、今はルイゼン側に王国の情報を流す方が良いのではないか。
 手掛かりは、領主邸に残っていたエレナの肖像画を模写した似顔絵のみ。
 それを頭に入れて町中を歩くが、似ている女性は見つからない。

「おいっ! 聞いたか?」

「何をだ?」

 男が町中を歩いていると、住人の男性たちが話しているのが耳に入ってくる。
 情報は噂話の中にあることがは馬鹿にできないため、男は耳を傾ける。

「レオ様が陞爵したそうだ!」

「何!? マジか!?」

 情報を聞いた男性が驚いているが、男も同じく驚いている。
 ルイゼン側の計画通りに敵の戦線を退かせていたのに、いきなり後方からの攻撃を受けたことで一時撤退を余儀なくされた。
 それをおこなった敵もすぐに姿を消したという話だから訳が分からなかったが、これでなんとなく誰の仕業か分かった気がする。
 どうせこの情報は他の仲間が送るだろうから放っておこう。
 男がそう考えてこの場から去ろうとした時、

「順調に出世してるんだ。次は身を固めた方がいいんじゃないか?」

エレナ(・・・)様とか?」

『っ!?』

 唐突に出た名前に、男は内心反応する。
 ここに潜入した目的の者の名前が出たからだ。
 やはりここにエレナと呼ばれる者がいるようだ。

「レオ様の隣に住んでんだろ?」

「一緒に住んじまえばいいのにな!」

『どうも!』

 話をしていた男性二人に、男は心の中で感謝した。
 領主の隣に住むエレナ。
 その姿を確認するため、男は町の中では少し大きめの建物へと向けて歩き出した。

「こんな島の領主でも、邸だけは立派だな」

 領主邸へと近付くと、男は周囲の建物の影へと身を隠そうとする。
 そこでエレナが似顔絵のエレナなのかを確認しするつもりだった。

「待ってたぜ!」

「っ!?」

 背後からの声に、男は反射的にその場から跳び退いた。

「チッ!! 良い反応しやがって!!」

 さっきまで男の立っていた場所に穴が開く。
 男は自分の判断を褒めたい気分だ。
 距離を取って振り返ると、そこには槍を持った2人の男が自分に目を向けていた。
 ドナートとヴィートだ。

「いきなり何をする!?」

 まだ自分の身はバレていないはず。
 なのに、何故攻撃してきたのかと思いながら、男は2人に向けて被害者染みた疑問を口にした。

「いきなりじゃねえよ!」

「町に潜入した時点でお前のことは確認していた」

「何っ!?」

 その発言に男は驚きの声をあげる。
 バレないように潜入したはずなのに、この2人に行動を見られていたようだ。
 勘なのか、それとも探知の得意な人間でもいるのだろうか。

「ならば……」

 その答えを出している暇はない。
 この2人は構えを見れば島の手練れと分かる。
 相手にしては危険と悟り、男はこの場から逃走を計ろうとした。

「どこへ行く!?」

「くっ!?」

 男が逃げようとした先にはもう他の人間が立ち塞がっていた。
 ガイオだ。
 ドナートたち以上の殺気を放つガイオに、男は隠していた短剣を抜いて構える。

「チッ! まさかエレナ・ディ・ルイゼンの周りにこんな奴らがいるなんて……」

「っ!! てめえ!! お嬢を!?」

「バカッ!!」

 男の言葉にドナートが反応してしまう。
 このままでは逃げ切れるのは不可能。
 それゆえにエレナのことだけは確認しておきたかった。
 そのハッタリに、1人が反応してくれた。
 同じ名前の人間なんていくらでもいる。
 町中の噂だけではいまいちだったが、これでほぼ確定だ。

「フッ!」

 自分は殺られようと、情報だけは仲間に知らせたい。
 男はドナートに笑みを見せると指を鳴らす。
 そこへカラスが1羽飛んできた。

「遅い!!」

「がっ!?」

 情報を流そうとしているのだろうが、ガイオがそうはさせない。
 カラスと共に男の体を斜めに斬った。

「ぐぅっ! 無駄だ。上空に仲間の目が付いている」

「何っ!?」

 音の言葉にガイオは上空へ目を向ける。
 すると、上空には1羽の鳥が、飛んでいるのが目に入った。

「ハハッ! ざまあ…みろ! ぐふっ!!」

 鳥はそのまま飛んで行った。
 それを見て男は自分の死が無駄で亡くなったことに笑みを浮かべ、血を吐いて倒れ伏した。

「くそっ!!」

 島に入ったのはレオの蜘蛛人形によってガイオたちに知らされた。
 しかし、蜘蛛人形も人の侵入は分かっても、鳥までは分からなかったのだろう。
 この男がどこから仕向けられた人間なのか分からないが、これでエレナが生存していることがバレてしまった。
 レオの不在時にこのようなことになり、ガイオは思わず地面の石を蹴り飛ばした。

「まさかまた陞爵して帰ってくるなんて思いもしなかったな」

「僕もです」

 島に戻ったレオは、島民の歓迎を受けた。
 後日陞爵した祭りを開きたいという案が上がっているらしいので了承しておいた。
 留守中の島の様子を聞くため、レオはガイオと共に領主邸に帰ることにした。
 すると、開口一番ガイオはレオの出世の速さを独りごちる。
 その驚きと呆れが混じったような言葉に、レオも自身のことながら同じ思いを感じている。
 こうも短期間の陞爵となると、燻っている他の貴族からやっかみを受けないか不安だ。

「島では何か変わったことはありませんでしたか?」

「あぁ、そのことなんだが……」

「あっ! レオさん! おかえりなさい!」

 島民たちに挨拶をしていたため後回しになってしまったが、領主邸も近くなりようやく目的の話ができるようになった。
 ここまでの様子からは特に変化も無いようなので、レオはひとまず安心していた。
 しかし、ガイオには先日のことがあったので、それを告げておこうと話し始めたのだが、今度はドナートとヴィートを引き連れたエレナがレオを見つけて近寄ってきたため、話が中断されることになった。

「ただいま! エレ……ナ? その子……」

 返事をしたレオだったが、エレナがいつもと違ったので言葉に詰まった。
 そうなってしまったのも、エレナの肩に1匹の生物が乗っかっていたからだ。

「……確か羽カワウソだよね?」

「はい! 私の従魔にしました!」

 肩に乗っているのは羽の生えたカワウソで、そのまま羽カワウソと呼ばれている魔物だ。
 魔物と言っても戦闘力はそれ程高くないため、単体なら全く脅威にはならないため、捕まえさえすれば従魔にできないこともない。
 しかし、どういった経緯でそうなったのだろうか。

「イラーリと名付けました」

「へ~……」

「っ!! 待っ……」

 肩にいた羽カワウソのイラーリを両手で抱いて、エレナは紹介するようにレオに見せてきた。
 つぶらな瞳でじっと見つめているイラーリに、頭を撫でようと手を伸ばした。
 しかし、そのレオの行為に、側にいたドナートが待ったをかけようとした。

「キュ~!」

「えっ? どうしました?」

 ドナートの待ったが途切れたことに不思議に思い、嬉しそうな鳴き声を上げるイラーリを撫でているレオはその理由を問いかけた。

「……何でこいつレオには懐いてんだ?」

「……? どういうことですか?」

 大人しく撫でられているイラーリを睨みつつ、ドナートは文句を言うように呟いた。
 何か撫でてはいけない理由でもあったのだろうか。
 ドナートが腹を立てている理由が分からず、レオは首を傾げた。

「こいつ人選ぶんだよ」

「俺たちが撫でようとすると嫌がって威嚇してくるんだ」

「へぇ~……」

 どうやら、さっきドナートが止めようとしたのはそのせいらしい。
 ドナートとヴィートが触ろうとすると、どういう訳だか威嚇してきて、それを無視して強引に捕まえようとしたら、軽く噛みつかれたそうだ。
 それがあったので、もしかしたらレオにも噛みつく可能性があると感じ、ドナートは待ったをかけたようだ。
 しかし、それも意味がなかった。
 イラーリはすぐにレオを受け入れ、自分を撫でるレオの手に頬を摺り寄せていた。

「ガイオさんやセバスさんにはおとなしいのは分かるんだが、何でレオまで……」

「そうなんですか? こんなにおとなしいのに……」

「キュ~」

 ドナートだけでなく、ヴィートもイラーリの態度が納得いかないようだ。
 ガイオやセバスティアーノは自分たちよりも強いから、その強者の雰囲気に従っておとなしくしているのかと思っていた。
 だが、レオにまであっさり懐いているのは少し納得いかないようだ。
 たしかにスキルを使えば自分たちよりも強いかもしれないが、そのスキルで動く人形たちがいない状態のレオにどうしてイラーリが懐いているのか。
 その基準が曖昧なのが納得いかない原因かもしれない。
 そう言われても、レオとしては何も言えない。
 レオ自身、何でイラーリに懐かれているのか分からないのだから。

「どうやって従魔にしたの?」

「オルさんにしがみついてきたのですが、大怪我をしていたので治してあげたんです。森に帰そうとしたのですが、戻ってきてしまって……」

「へ~……、さすがだね」

 大怪我というが、今のイラーリには怪我をしている形跡はない。
 そうなると、エレナが回復魔法をかけたということなのだろう。
 島の住人でエルフの魔法使いであるジーノ。
 彼は主に島の中で見込みのある若者に魔法を教えることをしているのだが、レオだけでなくエレナも指導を受けていた。
 エレナの場合、攻撃的な魔法はそれ程上達しなかったが、補助系などの魔法は成長した。
 その中でも回復系の魔法は合っているのか、その才はレオよりも上だった。
 イラーリの大怪我というのも、エレナが回復魔法をかけたことで治ったのだろう。
 魔物とはいえ、この愛らしい姿を見たエレナが治してしまいたくなったのは仕方がないかもしれない。
 レオも同じようなことをしてクオーレを従魔にしたので、特になにかいうこともできないところだ。

「羽カワウソって食欲旺盛って聞いたことがあるけど?」

 見た目の可愛らしさから、羽カワウソを愛玩用に従魔にする者もいるという。
 それをおこなうのは貴族の人間が多いのだが、その原因が羽カワウソの食事量だ。
 小さい体なのにもかかわらず、自重の何倍もの食料を毎日摂取するその食欲を満たすとなると、かなりの食費を賄えないといけない。
 普通の市民では、とても養っていける従魔ではない。

「成人男性3人分といったところでしょうか?」

「かなり食べるんだね……」

「住民の皆さんが廃棄せざるを得ない食材をくれるので問題ないです」

 今ルイゼン領は戦争の地と化しているが、そのうち王国軍が制圧してくれることだろう。
 そうなった時、エレナには領地に戻って市民を導く希望となってもらいたい。
 戻った時のためにレオの領地経営の補助をしてもらっているが、その給金を使うにしてもかなりの資金がイラーリの食事代に消えてしまうことになる。
 エレナの懐具合が心配になるが、それも杞憂だったようだ。
 羽カワウソを従魔にしたと聞いて、町のみんなが食料代わりに食材を提供してくれているらしい。
 人気があるエレナだからできることかもしれない。

「この子たちはクオーレとエトーレで僕の従魔で家族だよ」

「ニャッ!」“スッ!”

「キュッ!」

 とりあえず、エレナがイラーリを従魔にしたことは分かったので、レオは自分の従魔を紹介することにした。
 レオに紹介されたクオーレは一声鳴き、エトーレは前足を片方上げて挨拶をした。
 魔物同士言葉が通じているのかは分からないが、イラーリも理解したらしく鳴き声を上げて返事をした。

「それでは家で……じゃなかった。話が途中でしたね。すいません、ガイオさん」

「いや、イラーリのことも言うつもりだったから気にするな」

 イラーリのことを話していたことで、ガイオとのやり取りのことを忘れてしまっていた。
 このまま家に入ろうかとしていたレオは、そのことを思い出してガイオへ謝った。
 ただ、ガイオの報告の1つはイラーリのことだったようで、全然気にしていなかった。

「問題が1つあった。恐らくはルイゼン側の刺客だと思うが、エレナ嬢の生存が知られてしまった」

「えっ!! ……そう、ですか……」

 まさかの内容に驚いた。
 ルイゼン側の諜報員は王国内に紛れているのは分かっている。
 どこの領でもその諜報員の捜索をおこなっているそうだ。
 自分で言うのもは気が引けるが、この島に入っても国の情報なんて手に入れられない。
 その思いから、刺客を仕向けられる可能性は低いと思っていたのだが、敵側の情報収集力がかなり高かったようだ。

「知られてしまったとしても、今の現状では敵は何もできないでしょう。一応警戒しておきましょう」

「あぁ!」

 ルイゼン側からすれば王国の情報収集が優先で、エレナのことは後回しにするしかない。
 例え更なる刺客を送り込んで来ようとも、ガイオやセバスティアーノがいればエレナの安全は大丈夫だろう。
 念のため島の警戒をしつつ様子を見るように、レオたちは普通に生活することにした。

 レオの陞爵の祝いとして、町の広場を使って盛大な祭りが開かれた。
 ちょうど重なる時期ということもあり、合同祭としての開催だった。
 島で収穫できた作物を使った料理が多く振舞われ、島のみんなと同様にレオも楽しい祭りとなった。

「ここ以外の地に町をつくる話ですが……」

 祭りも終わり、これから少しすれば冬に入る。
 その時期の計画として、以前から話に出ていた町づくりを話し合うため、ギルドの関係者としてファウストに来てもらった。
 そこで、レオは地図を広げ、計画の説明を始めることにした。

「やはりこの湖付近に力を入れるのが良いと思っています」

「そうか……」

 レオたちがいる場所から、南南西に向かった場所に湖がある。
 今年はその湖の付近の魔物を退治することをかかりっきりになっていた気がする。
 夏の終わりの時期になって、ようやく湖水浴ができるまでになった。
 ファウストから町をつくる提案を受けていたが、候補地として思いつくのはやはりその湖付近が適しているのではないかとなった。

「あそこの魚は美味いからな……」

 祭りの時に出された魚料理の中に、湖の魚を使った料理が何品か出されていた。
 ファウストも祭りに参加していたため、その時の魚の味を思いだしたようだ。
 湖の魚は島民にも好評で、レオも以前釣ったマスに似た魚が特に人気が高かった気がする。

「夏には避暑地としても良いですからね」

 以前から島の経営の手伝いをしてもらっていたが、今回のことはエレナにも参加してもらっている。
 ルイゼン領の奪還は、僅かながらに王国が進軍しているという話だ。
 レオがおこなった石の雨ではないが、魔法を使っての石弾攻撃でスケルトンの数を減らすことに成功しているという話だ。
 これまでたいして利用されないでいた魔法だったが、魔法を得意とする者たちにとって有用性を示せた戦いになるかもしれない。
 ただ、スケルトンには通用しても人間にはいまいち通用していないので、そこまで評価されるかはまだ疑問だ。
 話がズレたが、ルイゼン領が奪還できた際には、レオはそこの領主としてエレナを戻すように動くつもりだ。
 上手くいって領主として戻れた時の経験のため、エレナには今回の町の計画を手伝ってもらうことにしたのだ。
 エレナは湖に行ったこともある経験から、気候の良さに目を付けていた。
 湖のお陰からか、その周囲は夏の暑さが緩和されていた。
 これからの開拓にもよるが、避暑地代わりにするというのも確かに手かもしれない。

「どういった町にするかは追々決めるとして、まずは湖までの道を作ることから始めるのですが、魔物はロイたちが間引いてくれたので、手の空いている農民の方たちの協力を得るつもりです」

 住民の募集も住宅の建設もまだ先の話。
 まずは冬の間に街道をつくることから始めることにした。
 レオの人形で作るのが一番安全かもしれないが、土木班の人形を新たに作らなくてはならなくなる。
 しかし、レオには他に作る人形が思いついていて、それの作成の方に当たるために他に作っている余裕はない。
 そこで、冬の間手が空く農民に手伝ってもらうことにした。
 念のため作業員の周りにはロイたちを付けるので、魔物による被害は起きないはずだ。

「先に町を作って問題が起きた場合、馬をとばして20分前後。街道をつくっておけばもっと早く駆けつけられるてことか……」

「はい」

「分かった。新しい町に住む住民や兵を募集してみるよ」

 レオたちが住んでいる町から湖までの距離は約15km。
 馬の速度にもよるが少しとばした速度で行けば20分前後くらいで着ける計算だ。
 しかし、街道をつくっておけばもう少し速度が出せ、数分早く着くことができるだろう。
 町をつくってすぐに全壊するような被害に遭うということは思いたくないが、その可能性も考慮した街道作成の優先だ。
 住宅などはレオが人形を使って作成するのだろうが、それも来年の話になるだろう。
 しかし、そのことも考慮に入れて、ファウストはギルドで住民などの募集をかけることにした。

「そう言えば、また刺客が潜入したって聞いたんだが、そっちは大丈夫か?」

「はい。僕の蜘蛛人形も少し増やしておいたので、島に入ったらすぐに分かると思います」

「そうか……、ギルドもここのことを嗅ぎ回る人間の注意をしておくよ」

 町づくりの話が一段落ついた時、ファウストは少し前に起きた刺客の話をしてきた。
 その話になると、エレナは少し表情を曇らせる。
 狙いは自分だと分かっているからだ。
 あれから刺客の潜入は起きていないので、とりあえず問題ない状況だ。
 前回、レオが島の周囲に配備した小型蜘蛛人形のお陰でガイオたちが動いてくれたので、エレナに被害が及ぶことはなかった。
 しかし、生存しているということはバレてしまったため、レオは小型蜘蛛人形を増やしておかしな人間が入ってこないように警戒をしている。
 島のことはレオたちに任せ、ファウストはオヴェストコリナの町中に目を向けることにした。





「ベンさん……」

「どうなさいました? エレナ様」

 話が終わってファウストが帰り、エレナも書類の整理をして帰ろうとしたところ、レオの姿がないいことに気付いた。
 どこにいるのかと思っていると、レオ専用の工房から作業音が聞こえてきた。
 何かを制作しているようだ。
 作業中のレオに声をかけるのは気が引けるので、エレナはレオの執事であるベンヴェヌートに声をかけた。

「レオさんのことなのですけど……、何かあったのでしょうか?」

「……私も少々気にはなっておりますが、体調面では特に問題ないようですので……」

 最近工房にこもることの多いレオのことがきにかかり、エレナは心配そうに問いかけた。
 朝の畑仕事やガイオやジーノの指導もいつも通り受けているし、書類仕事もこなしている。
 しかし、島に帰ってから、頻繁に工房に入っている気がするのだ。
 工房の明かりが夜まで付いているので、体調面も気にかかる。
 いつも側にいるベンヴェヌートも気になっていることだったので注視しているが、とりあえず今の所は大丈夫そうだ。
 さすがにこれが続くようなら止めるつもりでいる。

「今回の戦争に参加したことで、何か思うことができたのでしょうか?」

「そうかもしれませんね……」

「…………」

 戻ってきてからのことなので、ルイゼン領にかかわる何かのような気がする。
 工房内にいるので何かの人形を作っているのだろうが、いつのものようにのんびりした時間を一緒に過ごすという時間が減ってエレナはなんとなく寂しい思いをしている。
 レオは、自分がいつかルイゼン領に戻った時のためにと色々頑張ってくれているのを知っているが、エレナとしては無理はしてほしくない所だ。
 心配が尽きないエレナは、思わず工房の方を見つめることしかできなかった。

「色々と心配ですが、きっとエレナ様のことを考えてのことですのでご安心ください」

「えっ!? し、失礼します!」

「失礼!」

 エレナの心配はたいていレオのことだ。
 そのことは2人の周囲にいる人間は分かっている。
 島民の間では2人がどうなるかを見守っている空気であり、そのことを知らないのは当人たちだけだろう。
 エレナの方はより分かりやすく、レオ次第という気もする。
 ベンヴェヌートも2人を応援している1人なので、エレナを安心させようと少しそのことを仄めかす。
 自分の気持ちを知られていることに照れたエレナは、ベンヴェヌートに頭を下げて家へと戻っていった。
 そんなエレナに続き、いつのように側にいたセバスティアーノも頭を下げてついていった。
 
『微笑ましい反応ですな……』

 エレナの反応に、ベンヴェヌートも僅かに相好を崩す。
 平民のままなら、さすがにレオとエレナが付き合うことは難しいかと思っていたが、レオは爵位を得た状態だ。
 出来ればエレナにはこのままレオの側にいて欲しいものだ。
 それも今後どうなるのか分からないので、軽々に口に出す訳にはいかないが、ベンヴェヌートも2人には幸せになってもらいたい。

『しかし、レオ様は本当にどうなさったのでしょう……』

 2人の関係も気になるが、今は主人であるレオのことの方が気になる。
 エレナと同様、工房にこもりきりになるのは心配だ。
 もしもの時には、側につく自分が何とかしなければと考えるベンヴェヌートだった。

「おはよう! エレナ」

「おはようございます。レオさん!」

 いつものように朝の畑仕事へと出たレオ。
 エレナも少し遅れてやってきて、2人は朝の挨拶を交わす。

「ベンさんから聞いたんだけど、心配かけてしまったようだね?」

「い、いえ、レオさんが元気そうで良かったです」

 ルイゼンの戦争地から帰って、レオは工房にこもることが多かった。
 レオとしては新しい人形を思いつき、それを作ることに熱中してしまっただけなのだが、どうやらいつも以上に熱中してしまったことがエレナを心配させていたようだ。
 それを執事のベンヴェヌートに言われて、ようやくレオはそのことに気が付いた。
 そのことを申し訳なく思いレオが謝罪すると、エレナは明るい表情をしているレオを見て安心したのか、首を左右に振って返答した。

「新しい人形を作るのに熱中しちゃったんだ。それも完成したし、もういつも通りの日常に戻るよ」

「そうですか。安心しました」

 新しい人形の製作も終了したので、もう工房にこもるようなことは減らすつもりだ。
 いつも通りということは、前のように一緒にのんびり話す時間ができるということになる。
 エレナはそのことが嬉しく、満面の笑みを浮かべた。

「どんな人形かお聞きしてもよろしいですか?」

「……いや、出来れば使うことがない方が良い人形だから、エレナは知らない方が良いかも」

「そうですか……」

 いつも以上に熱中していた人形ということで、当然エレナはどんなものなのか気になる。
 それを聞いたことによるレオの返答で、エレナはなんとなく察しがついた。
 自分が知らない方が良いということは、荒事に使う人形ということだ。
 しかも、レオのその口ぶりからすると、かなりの威力の人形になるのだろう。
 きっと多くの人間を相手にしても大丈夫なような……。
 貴族は招集されれば従うのも義務だというのは貴族の娘であるエレナにも分かっている。
 しかし、エレナの勝手な印象だが、性格的にレオには戦争は似合わない気がする。
 レオには、人を多く殺めるようなことにはなるべくかかわって欲しくない所だ。





◆◆◆◆◆

「陛下!」

「どうした? サヴェリオ」

 いつもの様子に戻ったレオたちと違い、こちらはそうは言っていられない。
 ルイゼンとの戦いも思いのほか進まず、なかなか前線を進めることができないでいた。
 このままでは、ルイゼン奪還するまでどれだけの年月がかかるか分からない。
 それによる国庫の資金の支出が、どれほどになるか心配なところだ。
 執務室で資料の数字に目を通しているクラウディオ王の所に、宰相のサヴェリオが慌てたように入室してきた。

「ルイゼン側から書状が届きました」

「何っ?」

 元々王国の領地であるルイゼン領。
 そこが勝手に独立とか言うからこのように戦うことになったのだ。
 当然王国側からは譲歩しようという意思はない。
 自国の領土を取り返すための戦いなのだからだ。
 それに対して、ルイゼン側も徹底抗戦の態度だったのだが、どういう意図なのか書状が届いたということにクラウディオは若干訝しんだ。

「ルイゼン側から……、たいしたことは書かれていないのだろう?」

「恐らくは、そうかもしれませんね……」

 頭のおかしいムツィオのことだ。
 きっと内容も、ふざけたことしか書かれていないのだろう。
 2人ともそのように思いながら、その書状に目を通すことにした。

「んっ?」

「……何か?」

 書状に目を通したクラウディオは、何か引っかかりを覚えるような反応を示した。
 その書状を受け取ったサヴェリオも、何が書かれているのか目を通す。

「終戦へ向けての会談をしたいという話だ」

「なんと!」

 これまで何の反応も示してこなかったというのに、何か心変わりでもあったかのような反応だ。
 しかし、終戦と言ってもこちらがまたわずかずつだが押し返している状況。
 時間と費用がかかるが、当然このまま進めて奪い返すのが狙いだ。
 ルイゼン側に譲歩するような気は、今の所さらさらない。
 それはルイゼン側も分かっているはずなのに、今さら会談などとはどういう考えなのだろうか。

「そもそも、反乱を企て、王国の一貴族でしかないものが、陛下と会談などとは傲慢な!」

「気持ちはわかるが、落ち着け!」

「申しわけありません……」

 サヴェリオとしては、元伯爵風情が同じテーブルに着くという考えが気に喰わない。
 そう思うと段々と腹が立って来たのか、怒りを露わにし始めた。
 その様子を見て逆に冷静になれたのか、クラウディオはサヴェリオを諫める。
 自分の冷静を欠いた態度を見られ、サヴェリオは少し恥ずかしそうに頭を下げた。

「……さて、どうしたものか……」

 相手の出方次第だが、終戦出来ると考えると聞くだけ聞いてみるというのもありかもしれない。
 ルイゼン家は潰して他の人間に継がせることは当然だが、ムツィオなら平気で助命を嘆願してきそうだ。
 それを認める訳にはいかないが、認めないと戦いも長引くことになる。
 頭のおかしな人間が相手なだけに、何とか上手くことを収められないものか悩みどころだ。

「どんな要求してくるのか興味がある。会談を受け入れる方向で進めよう」

「畏まりました」

「もしも降伏しないとなった場合は……?」

「ならばこちらは全力を持って叩き潰すだけだ!」

 王国側にはまだ兵を集めることは可能だ。
 スケルトンの数も魔法でどうにか抑え込むことができている。
 有利に進めている王国側が譲歩する訳にもいかないため、サヴェリオの言うように降伏しないようなら、更なる兵の増員により一気に叩き潰すという手に出るのもいいかもしれない。
 身分が下の者との同等の会談というのは気に入らないが、とりあえずムツィオがどう出るのか見てみるしかない。
 そう考えたクラウディオは、会談の提案を受け入れることにした。





◆◆◆◆◆

「お待たせしました。ルイゼン側の代表のご到着です」

「ようやくか……」

 会談の了承と共に、王国側は場所と日時を指定した書状を返した。
 それを受けたルイゼン側から、了承の返事がきた。
 そして指定した会談日になったのだが、ルイゼン側の代表がなかなかこの部屋へと入って来ない。
 王国側の砦による会談となり警戒する気持ちもわかるが、一貴族でしかなかった者に待たされるのは不愉快なものだ。
 ムツィオ側ならやるかもしれないが、敵地に乗り込んで来た者に危害を加えるなんて、そこまで劣等な行為をおこなうようなことはしない。
 敵側は無意味に待たせて、自分から冷静さを奪うのが狙いなのだろうかと勘繰りたくなる。

「失礼します!」

「「っ!?」」

 謁見の間の扉が開き、1人の男性が秘書らしき男性と室内へ入ってくる。
 その姿を見たクラウディオとサヴェリオは、目を見開き驚く。

「どういうことだ?」

「お初にお目にかかります。陛下」

 慌てるクラウディオを余所に、ルイゼン代表の男は恭しく頭を下げて挨拶をする。
 若干わざとしくも見える態度だが、それよりも気になることがある。




















「ルイゼン帝国代表のジェロニモ・ディ・ルイゼンです」

 秘書らしき男は知らないが、クラウディオにはその顔に見覚えがある。
 ルイゼンの代表としてきたのは、ムツィオではなくその息子のジェロニモだった。
 代表同士の話し合いだという話だというのに、息子のジェロニモが来たことが理解できない。

「どうぞお見知りおきを……」

 戸惑っているクラウディオを嘲笑うような笑みを浮かべ、もう一度頭を下げたジェロニモはそのまま会談の席へと着いたのだった。