「あの数相手にこれからも戦うのか……」

「そうですね……」

 スケルトンの数に押されて後退した王国軍。
 結局開戦当初の所まで押し返される結果になってしまった。
 強制奴隷とされた市民兵の存在はなくなったが、その分敵側は戦うたびにスケルトンを増やして来ており、今後も数的不利にさらされることになりそうだ。
 遠く離れたところに陣取る敵陣には、ぞろぞろとスケルトンが隊列を組んでいる。
 その姿を見て、スパーノは気が重そうに呟いた。
 レオとしてもあれを相手に戦うのは勘弁願いたい。

「っで? こいつらどうすんだ?」

 スパーノが言うこいつらというのは、エトーレの糸に全身を巻かれて身動きできなくなっているカロージェロとイルミナートだ。
 退却命令に従い領境の地まで退いたばかりで、2人の身をまだ上に届けていなかった。
 いつまでも自分の所に置いておいても邪魔なだけだし、早々に手放したいところだ。

「指揮官の所へ届けようと思っています」

「何っ?」

 指揮官と聞いて、スパーノの頭にはあの嫌な男の顔がチラつく。
 その指揮官は、レオを囮にしてカロージェロたちを誘き出そうとしていたようだが、自分たちが動く前にレオが2人を捕縛されたのを見て予想外な結果になったことだったろう。
 レオも囮にされて好ましく思っていないはずなのに、渡してしまうという考えにスパーノは意外な思いがしていた。

「あの野郎に届けたら手柄を横取りされるんじゃないか?」

 あの指揮官のことだから、レオから届いた2人の身を自分の功績として上へ報告するのが目に見えている。
 そのことを考えると、スパーノとしてはあの指揮官に届けるのは納得できない。
 そんなことするくらいなら、この場でこの2人を消してしまった方がいいように感じる。

「そうですね。あの指揮官に送ったらそうなるかもしれないですね」

「……というと?」

 当然レオも同じように考えていた。
 あの貴族が手柄になりそうなことをそのまま報告するように思えない。
 レオだけなら横取りされても別に痛くもかゆくもないが、協力してくれたスパーノたちのことを考えるとあいつに取られるのは気に入らない。
 なので、レオには考えがあった。

「ここにきて知り合った方がいまして、その方に協力願います。貴族ですが信頼できる方なので大丈夫だと思いますよ」

「……お前がそう言うなら任せるよ」

 レオは戦場に来てスパーノ以外に知り合った人間がいた。
 あいさつ程度の会話だったが、彼ならなんとかしてもらえるかもしれない。
 何かレオに策があるような物言いなので、スパーノはそれに乗ることにした。





「レオポルド!!」

「はい? 何でしょうか?」

 次の戦いの作戦が伝えられるまでは何もすることがないので、レオは他の冒険者たちと話をしていた。
 そこへ、市民兵を相手にする役を負っていたあの嫌な指揮官の男が駆け寄ってきた。
 何やら立腹した様子だが、レオの方には用がないので何かあるのかと首を傾げた。

「貴様元ディステ家親子を捕縛したはずだろ!? いつになったら私の下へ届けるんだ!?」

「あの2人なら届けましたが……」

「何っ!?」

 首を傾げて知らない振りをしたが、こうなることは分かっていた。
 そのため、レオは白々しく指揮官の男に答えを返す。
 当然自分の所に届けられていないので、指揮官の男はレオの答えに戸惑う。

「総(・)指揮官のディスカラ伯爵様に……」

「なっ!?」

 今回の戦いはいくつかの班に分けられていて、その中の1つをこの指揮官が率いている。
 そして、総指揮をとっているのがディスカラ伯爵ということは、参戦している誰もが知っている。
 この男に手柄を横取りされる訳にはいかないので、知り合った方に頼んでディスカラに捕縛した2人を送ってもらえるように頼んでおいたのだ。
 恐らくはもうディスカラの所に届いているはずだ。

「何故私を飛び越えて総指揮官殿に!?」

 レオの発言に指揮官の男は目を見開く。
 恐らく、レオたちが思っていたように、カロージェロたちを自分の手柄として届けるつもりだったのだろう。
 低い爵位のレオが、自分を飛び越えて上の地位の者に届ける手立てがあるとは思っていなかったようだ。

「指揮官殿に届けようと思ったのですが、お名前を存じ上げないもので……」

「っ!!」

 文句を言う指揮官に、レオは平然とした顔で返答する。
 遠回しに、「お前誰だよ?」と言われた貴族の男は、あまりのことで声を失った。
 この指揮官の男はレオの名前を確認することはしたが、終始名前を名乗ったことがない。
 それはレオだけでなく、スパーノなどの集められた精鋭たちに対してもだ。
 ローデラ男爵の従弟ということだけは知っているが、レオたちはいまだに爵位すら分からない。
 知らないなら自分で調べるなりしろと言われるかもしれないが、この班の他の貴族にも聞こうと思って近づいたのだが、ずっとこの指揮官と一緒にいるので聞くことすらできなかった。
 なので、レオは名前を知らない人間に送り届けられなかったと言い訳にした。

「たまたま会話できた他の班の方に取次ぎを願ったら、総指揮官の方に届けてくれることになりました」

 本当は自分から知り合った貴族の所へ持って行っただけなのだが、そんなこといちいち言う訳がない。
 そのため、レオは少しだけ変えつつも事実と異ならないように指揮官へと話す。

「貴様!! 俺を誰だか知らんのか!?」

「はい。説明の時もお名前を仰なかったですし、他の方も私の相手をして下さらなかったので……」

 指揮官の問いに対し、レオは間を置かずに返答する。
 この指揮官は、貴族だから名前を知っているのが当然だと思っているのだろうか。
 もしも知っていたとしても、貴族のくせに名前も名乗らないのだから分からなくてもしょうがないだろうといいたいくらいだ。
 周りにいたスパーノたちは、この指揮官が来たことで少し離れていてもらったのだが、レオが平然と名前を知らないことに頷いたところで、思わず吹き出してしまった。

「クッ!! 貴様!! 無礼であろう!!」

 室内にいた者たちに笑われたのが我慢ならなかったのか、指揮官の男は顔を赤くして帯刀していた剣を抜きさった。
 すぐにでも襲い掛かりそうになり、さっきまでの室内の空気は一気に冷たいものへと変わっていった。

「やめろ!!」

「ぐっ!? ディ、ディスカラ様……」

 指揮官が抜いた剣を振り上げた所で、室内には数人の貴族を従えた総指揮官のディスカラが入ってきた。
 その声に反応した指揮官の男は、その顔を見て顔を青くし、剣をすぐさま下ろすことになった。

「お前が何やらおかしなことをしていると聞いて来てみれば、何故この者に剣を向けている!?」

「そ、それは……、この者が自分を愚弄したので……」

 咎めるようなディスカラの言葉に、指揮官の男は手に持つ剣を慌てて鞘に納める。
 そして、何か言い訳を考えるように目をキョロキョロとさせて捻りだした言葉を吐く。

「レオ…ポルド様は何も間違ったことは言ってませんぜ!」

「あぁ、俺たちもこの指揮官殿の名前は知らないんだ!」

「名乗ってもいないのに、知らなかったから殺すでは話にならないぜ!」

 迷惑をかけたくないので、ここにいる精鋭の人たちには我関せずいてもらうように言っておいたのだが、みんな普通に接していたレオに味方をしてくれるようだ。
 しかし、このみんなの発言は助かった。
 これでどっちが間違っているのかは、ディスカラにも分かってもらえるだろう。

「この者たちの意見の方が正しい。お前が不信感を買っていたのだから、私に届けるのは当然の選択だ」

 ここまでの経緯を聞いて、ディスカラはレオたちの言い分の方を支持してくれた。
 少し考えるような素振りをしていたが、恐らくはディスカラは分かっていたことだろう。
 登場するタイミングがあまりにも絶妙だったからだ。
 もしかしたら、この指揮官の男がこの部屋に入ったのを確認していたのではないだろうかとまで思えてくる。

「ローデラ男爵の従弟だというから今回のことを任せたというのに、こんなことをされて残念だ。陛下には直接処罰をしてもらうように進言するので、それまでは自室で待機していろ!」

「そ、そんな……」

 ローデラ男爵との仲から、ディスカラはこの指揮官の男に班を1つ任せることにした。
 しかし、部下の者からの何やら良くない報告を受け、真意を尋ねることにしたのだが、こんなことになって失望した。
 知り合いの親戚だからと言って期待したのは間違いだったようだ。

「連れていけ!!」

 おそらくこの男は指揮官の任を解かれ、王都に戻されることになるだろう。
 そして、貴族第1の意識が強い人間を良しとしていないクラウディオ王に、きつい処罰を受けることになるだろう。
 謹慎の命を受けた男は、ディスカラの兵に付き添われて、自室へと向かうことになった。

「あっ! すいませんディスカラ様。1つ宜しいでしょうか?」

「……? あぁ……」

 部屋から出ていこうとするその男に対し、レオはずっと気になることがあった。
 そのため、もう会うか分からないので、聞いておきたいと思ってディスカラに質問することの了承を得た。

「あなたのお名前は何というのですか?」

 それを聞かれた男は怒りで血管が切れそうになるくらいに顔を真っ赤にしつつ、兵と共に出ていくことになった。
 しれっとした顔で止めを刺すような質問をしたレオのことがおかしく、室内にいたみんなは大笑いすることになった。