「何なんだこの数は!?」

 大量のアンデッドが発生したという話を聞いて、レオの父であるカロージェロは息子たちと兵を連れて町から少し離れた森へ向かった。
 しかし、予想していた以上のアンデッドの数にカロージェロは慌てた。

「くそっ!」

「うわっ!」

 たいした数ではないと思っていたから参戦を希望したというのに、高みの見物をするどころか自分たちまで戦うことになったイルミナートとフィオレンツォは顔を歪める。
 2人とも王都の学園を卒業しているので、剣術の訓練などは受けている。
 しかし、はっきり言って2人とも凡庸な才しか持っておらず、スキルの剣術も卒業間近で手に入れたに過ぎない。
 多くの貴族が持つ剣術のスキルも、努力の差により強さも異なる。
 領地で好き勝手に暮らしている2人には、大量の魔物の相手は手に余る。
 1体を相手にすることに精一杯で、役に立っているか怪しいところだ。

「イル! フィオ!」

 息子たちよりかはまだ剣の腕があるカロージェロは、息子の2人が危険な目に遭っていることに心が乱れる。
 このままでは2人が大きな怪我を負ってしまいかねない。

「くそっ! チェルソ! 我々は少し後退する。魔物の相手は任せるぞ!」

「なっ!? カロージェロ様!!」

 兵隊長のチェルソに一声かけると、カロージェロは息子二人を連れて戦場から離れていった。
 猫の手も借りたいという時にトップが早々に後退するなど、兵たちの士気に関わる。
 チェルソが慌てるのも無理なく、案の定、兵たちも離れて行くトップの背中に驚きが隠せず、多くの者がその隙に怪我を負ってしまった。

「クッ! 全員自分の目の前のアンデッドに集中しろ!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 チェルソの言葉に兵たちが返事をする。
 数が多いがなんとか兵たちはアンデッドを倒せている。
 息子が危険だからと言っても、このままいけば勝てるという時に逃げて兵の士気を下げるなんて余計なことをしてくれる。
 仕える身とは言っても、カロージェロの勝手なおこないに、チェルソは歯ぎしりをする思いだった。




「ギルドは何をしていた!!」

「……何とは?」

 アンデッドの討伐はその後、領兵たちの奮闘により制圧することができた。
 しかし、結構の数の兵が負傷し、同じようなことがあった場合、出兵することは難しい状況になってしまった。
 治療代などを考えると、バカにならない出費になってしまう。
 こんなことになった怒りが収まらないカロージェロは、自領のギルドマスターを呼びつけて文句を言いだした。
 しかし、それに対し、呼び出されたギルドマスターは冷静な表情で首を傾げた。

「アンデッドが出現したのは、冒険者どもが魔物の処理を怠ったからではないか!?」

「それはあり得ません。冒険者にとってもアンデッドは危険なのは変わりありません。きちんと入会時に焼却処分するように言っています!」

 アンデッドの多くは、生物の死体に魔素が溜まることによって発生する魔物と言われている。
 それもあって、冒険者には入会時に焼却処分をきちんとするように説明している。
 冒険者以外なら仕方ないにしても、冒険者で魔物の討伐依頼を受けるような者が焼却処理しないということは考えられない。

「そもそも何故、冒険者どもにアンデッドの討伐をさせなかった!!」

 アンデッドが出現したということは少し前には情報として入っていた疑いがある。
 冒険者が減っていたのも、その情報が流れたことが原因のはずだ。

「これは異なことを……」

「何っ!?」

「我々ギルドは、依頼を受けて成立している組織です。閣下はギルドへ使いの者を出すことをなさらないのでしょうか? そうなされていれば情報も入っていらしたでしょうし、アンデッド討伐の依頼を出していただければ優先依頼としてことに当たることも可能でしたでしょう」

 魔石くらいしか資金にならないアンデッド討伐の依頼は、冒険者には人気がない。
 そのため、アンデッドに関しての情報はなるべく早くに入手し、討伐依頼を出すのが領主として無難で安価で済ませる手段だ。
 しかし、日頃からギルドや冒険者を良く思っていないカロージェロは、なるべくかかわらないようにしていた。
 時折来ていたギルドからの使者も粗雑に扱った。
 前領主はキチンとしていたのだが、カロ―ジェロは何の利益にもならないと判断したのか領主になってから一度もギルドに足を運んだことがない。
 これまで運良く問題が起きなかっただけで、今回と同じようなことがいつ起こってもおかしくなかった。
 アンデッドの大量発生が問題なのではなく、その情報を早々に手に入れようとすることと、ギルドへ依頼することを怠ったことこそが、兵たちが怪我をした原因と言って良い。
 その怪我も、息子可愛さに避難したカロージェロの行為のせいと言う面も大きい。
 指揮官がいきなり逃げ出すなんて誰も想定していない。
 兵が慌てて怪我を負ったのは必然ともいえる。

「下民の集まりの分際で!!」

「何ですと……!?」

 元々冒険者は職がない人間の救済のために作られた職業だ。
 危険な魔物を相手にすることもあることから、粗野な者も確かに多くいる。
 だからと言って、バカにされる謂れはない。
 大人しく聞いていれば自分のミスを棚に上げた発言ばかりをしてくるカロージェロに、怒りの感情が湧いてきたギルマスの男は思わずカロージェロを睨みつけた。

「何だその目は!? 冒険者など所詮は職にあぶれた品のない猿のやる職ではないか!」

「…………っ!! 失礼します!!」

「ふん!! さっさと帰れ!!」

 伯爵だからと我慢していたが、さすがに猿呼ばわりで限界が来た。
 ここにいては暴れてしまいそうになるのをなんとか堪え、ギルマスは拳を強く握りしめて立ち上がり、カロージェロの前から立ち去っていった。
 カロージェロの方は言い負かしたという思いでもあるのか、満足したように去っていくギルマスの背中へ言葉を吐きつけた。

「おのれ……!!」

 あのままあそこにいてカロージェロを殴ってしまえば、捕まって罰せられる。
 それに、殴るだけではこれまで親切心で遣いを出して粗雑に扱われていたことへの怒りが収まらない。
 そのため、ギルマスの男は少し前から考えていたことを実行に移すことにした。





「カロージェロ様!!」

「何だ?」

 アンデッドの問題が一先ず済んでしばらくした頃、執事の男が突然カロージェロのもとへ姿を現した。
 執事の慌て様に、カロージェロは飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いて問いかける。

「ギルドが領から撤退するとのことです!」

「何っ!? あの男め!!」

 ギルドは国に関わらない存在であり、大きな町の方が仕事は多いため、カロージェロ領地であるのディステ領にもいくつか存在している。
 それらすべてのギルドが、領内から撤退するという話が正式に決まったということが耳に入った。
 職員や登録冒険者には近くの他領地へ移動するように話が通っていたらしい。
 それが行われたのが、カロージェロがギルマスを呼びつけた翌日からだ。
 それが分かったカロージェロは、ギルマスの男の顔を思い浮かべて苦々しい表情へと変わった。

「ふん! 構わん! 魔物の駆除なら一般兵を集めればいい!」

「…………か、かしこまりました!」

 長く仕えていることから、カロージェロの性格はある程度分かっている。
 多くが市民からなるギルドの高ランク冒険者になると、貴族として爵位を与えられる事がある。
 一代限りの名誉爵位の准男爵とは言っても、貴族に変わりはない。
 功をあげても市民に過ぎない者と、生まれながらに貴族の自分では流れている血が違う。
 その歪んだ思いのまま爵位を継いだカロージェロは、同じ貴族扱いになる者を輩出するギルドが気に入らなかった。
 潰せるものなら潰したいと思っていたため、ギルドの撤退もたいしたことではないと判断した。
 主人の指示では仕方がないため、執事の男は黙ってその指示に従うしかなかった。

「確か、奴はファウストとか言ったか? もしも我が領に入ったらその時は斬り捨ててやる!!」

 執事の男が去った部屋でカロージェロはギルマスのことを思い出し、いつかその報いを受けさせてやると歯ぎしりしていた。





◆◆◆◆◆

「釣れた!」

「ニャ!」

 実家の領地でひと悶着起こっていた頃、レオは領地で釣りを楽しんでいた。
 闇猫のクオーレが魚好きなのと、レオ自身も釣りは楽しいので、結構頻度は高い。
 なかなかの大きさの魚が釣れて、レオだけでなく側にいたクオーレも嬉しそうな声をあげた。

「今捌いてあげるからね」

「ニャ~!」

 魚は好きでも骨はいらない。
 なので、レオに調理された魚が特に好きなクオーレは、レオの言葉を受けて甘えるように足にすり寄った。



 実家の領地でアンデッドが発生し、怪我人が出るようなことになったのは、全ては対応に失敗したカロージェロのせいである。
 しかし、そもそも多くの魔物を倒しておいて処理をしなかったのは、

 レオである。

 ロイを使って病弱を改善するために魔物の討伐をおこない、魔石も取らずに放置したのが、時間がかかるはずのアンデッド化する時間が短縮されて大量発生した原因である。
 魔石を取っての放置だったなら、魔素が集まるまでの時間がかかる分、カロージェロも大事になる前に気付けていたかもしれない。
 魔素の集合体ともいえる魔石をそのままにしたため、短期間でのアンデッド化となってしまったのだ。

「はい! どうぞ!」

「ニャ~!」

 実は自分が原因で実家に問題が起きたなどとは今後も知る由もなく、クオーレとほのぼのした時間を楽しむレオだった。