捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

“コン! コン!”

「……どうぞ!」

 扉をノックされ、ベッドの上の少年は読んでいた本を閉じて返事をする。
 黒髪黒目で顏は青白く、痩せている。
 その様子から、外へ出ることが少ないのだろう。

「失礼します! お食事をお持ちしました」

 扉を開けて入って来たのは、執事であるベンヴェヌートといい、通称ベンだ。
 時間的には昼食の時間、ベンはワゴンに料理を乗せてベッドのすぐ側にあるテーブルの上に並べ始める。

「ありがとうございます。ベンさん」

「レオポルド様の身の回りのお世話が私の仕事です。お礼や敬語は不要です」

 少年の名前はレオポルド、通称レオ。
 ディステ伯爵家の当主であるカロージェロの3男として生まれ、現在14歳である。
 カロージェロの命令で、ベンはレオの専属執事として付いている。
 使用人に対して礼を言うなど変に思えるが、レオの立場からすると世話をして貰えることが申し訳ないのかもしれない。

「僕にこそ敬語は必要ないですよ。伯爵家の3男といっても、病弱で寝たきりの役立たずですから……」

「そんなこと……」

 レオの言うように、彼は生まれた時から病弱で、体調を崩すことがしばしばあった。
 今の所周辺諸国との争いは起きていないが、お互い国境沿いに軍隊を配置している状況だ。
 貴族はもしもの時には戦いに参加しなければならない立場であるため、貴族の子息は義務として何かしらの武術を習っているものだ。
 しかし、レオは体調の関係で訓練を行うことが困難であるため、何の訓練も行っていない。
 体が弱いとは言っても、貴族の義務を怠っている自分が奉仕を受けているのは間違っていると常々思っていた。
 それでも人の手を借りなければ自分は生きていけない。
 そのジレンマを持ちながら、レオは今まで生きてきた。

「おい! ベン! そいつのお守りも大変だな?」

「フィオレンツォ様……」

「フィオ兄上……」

 食事の用意が済み、レオがテーブルに移動しようとベッドを下りた所で、開いていた扉から1人の青年が入って来た。
 レオたちの反応の通り、入って来たのはレオの兄で、ディステ家次男のフィオレンツォだった。
 通称フィオの容姿は金髪碧眼であり、目の形以外レオとは似つかない容姿をしている。

「相変わらず寝たきりかよ?」

「……申し訳ありません」

 若干ニヤけた表情をしたまま、立っているのも辛そうなレオを見下ろす。
 その目に見つめられたレオは、俯いて謝ることしかできない。

“ガシャン!!”

「タダ飯食らいが!! お前いつまで生きてんだ? さっさと死ねよ!」

 レオの態度の何に腹を立てたのか、フィオは先程のニヤけ顔から一転、怒りの表情へと変わった。
 そして、レオに用意された食事を全てダメにするように腕で払って床へぶちまけた。
 それだけでなく、今にも殴りそうな表情でレオへ侮蔑の言葉を吐きだした。

「おいっ!」

「っ? 兄さん……」

 フィオが更なる言葉を吐き出そうと思っていたところへ扉から1人の青年が姿を現し、フィオへ声をかける。
 その青年はディステ家長男のイルミナート(通称イル)であり、それが分かったフィオはすぐに表情を緩めた。

「父上がお待ちだ。そんなの(・・・・)相手にしていないでいくぞ!」

「は~い!」

 イルは、チラリとレオに目を向けた後、すぐにフィオに話しかけてそのまま廊下へ出て行ってしまった。
 その態度は、まるでレオに興味が無いと言うかのようだ。
 兄のイルに呼ばれ、フィオは大人しく後を付いて行く。
 2人が去った後は、食事が散らばって汚れた部屋が残っているだけだった。

「……すぐに代わりをお持ちします」

「いいですよベンさん。無事だったパンとチーズだけで十分です」

 2人が部屋から離れたのを待ったのか、少し間をおいてベンが散らばった食事を片付けようと動き出す。
 散らばった食事はとても食べられる状況ではなく、新しく用意をすることを告げられた。
 しかし、ベンの言葉に対し、パンとチーズを割れていなかった皿の上にのせてレオは答えた。

「しかし……」

「大丈夫です!」

 パンもチーズも小さく、それだけではとても夕食まで持つか分からない。
 ベンからしたら、ただでさえ体の弱いレオには、きちんとした食事をして貰いたい。
 しかし、先程フィオに言われて何も言い返せなかったことに、情けなく思っていたレオは強い口調でベンの言葉を遮った。

「……かしこまりました」

 レオの心情を察してか、ベンはそれ以上言葉をかけることができず、床をキレイにした後、残骸を乗せたワゴンと共に部屋から退出していった。

「…………」

 ベンが退出していき、少しの間立ち尽くしていたレオは、ゆっくりと食事を取ってまたベッドの上へ戻っていった。





◆◆◆◆◆

“コン! コン!”

「……入れ!」

 中からの返事があり、レオは扉を開けて入室する。

「失礼します。お呼びでしょうか?」

「来たか……」

 ここは父であるカロージェロの執務室。
 入室すると執務用の机があり、その奥で椅子に座ったカロージェロがレオを待ち受けていた。
 近くにあるソファーに目をやると、兄2人が何も言わずに紅茶を飲んでいるのが見える。
 それを横目に、父の呼び出しに応えるために机の前へと足を進めた。

「1週間後、お前は15で成人になる」

「はい」

 カロージェロが言うように、この国では15歳で成人の扱いになる。
 レオもそのことは分かっているので、頷きと共に返事をする。

「本来3男のお前はどこかの貴族の婿として出すか、兵に志願するか冒険者にでもなるかしか選択はない」

「はい」

 それも分かっている。
 しかし、病弱のレオにはそのどれも難しい。
 一応昔には婿に出すという話も出たが、出した先ですぐに死んだりしたら相手側への失礼に当たる。
 そのため、レオが健康になる気配が無いと判断したカロージェロは、婚約を破棄することになった。
 訓練もしていないので、当然どこかの貴族の兵士になんてなれる訳もなく、選択できるとしたら冒険者しか残っていなかった。
 だが、冒険者も力仕事が多く、とてもレオがやっていける職業ではない。

「お前も一応(・・)俺の子だ。このまま放り出すようでは他の家への体面(たいめん)が悪い」

 一応(・・)という言葉からも分かるように、兄同様父もレオのことを疎んでいる。
 金髪碧眼の父の容姿は兄たちそっくり、というより、父に兄たちが似ているのだ。
 レオだけが違うのも理由がある。
 異国の地から出稼ぎに来ていた女性が、たまたまカロージェロの目に留まり、その女性からレオが生まれることになった。
 つまり、レオは妾の子。
 髪や目は母の遺伝による影響が大きかったからだ。
 その母は、レオが幼少期のころに体調を崩して亡くなり、それ以来レオは父にも疎まれるようになっていった。

「そこで、お前には小さいが領地をやろう」

「……どちらをでしょうか?」

 話を聞いていたレオは意外な思いをしていた。
 たしかに、他の貴族の手前放り出したなら体面も悪いが、貴族の息子でも冒険者として名を上げた者もいなくはない。
 むしろ、貴族の3男なんて冒険者になる者の方が多いのが現状だ。
 しかも、自分のことを疎んでいるはずの父が領地を与えるなんて、何の気の迷いだと問いかけたくなる。 
 しかし、与えられる場所の名前を聞いて、レオは理由を理解した。

「ヴェントレ島だ」

「っ!? あそこは……」

 ヴェントレ島。
 そこはディステ伯爵家にとって、有って無いような領地。
 ディステ領地でありながら、2つ南に行った領地から向かった方が近い島だ。

「なんだ? 不服か?」

「……いいえ。ありがとうございます」

 領地と言っても、未開拓の地を与えられてもどうしようもない。
 しかし、カロージェロの目線によるプレッシャーを受け、断りたくても断れず、レオはその話を受け入れることしかできなかった。

「話は以上だ」 

「かしこまりました。失礼します」

 話が済んだらもう用が無いとばかりに、カロージェロは手を振って出て行くように指示をする。
 そのため、レオは頭を下げ、指示に従い部屋から出て行った。

「フッ、父上も人が悪い」

「ハハ、全くです」

 先程まで部屋にいたレオがいなくなり、レオの兄であるイルとフィオは笑い始める。
 今さっき交わされた話が、どう考えてもレオのためとは言い難かったからだ。

「あの島なんて、我が家にとって何の価値もない領地ではないですか」

「森も深く魔物も多い。しかも最近では海賊の出現の話まである危険地帯……」

 カロージェロがレオに譲ったヴェントレ島は、ディステ家にとって名ばかりの領地。
 森が生い茂り、魔物が蔓延り、とても人が住むような環境ではない。
 そのため、今では無人島と化し、何も利益をもたらさないでいる島だ。
 島に行くだけでも危険だというのに、しかも最近では近海には海賊の出現まで噂されている。
 レオのような病弱な人間ではすぐに死ぬのがオチだ。

「人知れず始末するには十分だろ?」

「「ハハハハハ…………!!」」

 カロージェロの言葉に、兄弟たちは大笑いする。
 息子たちの言うように、レオをあの島の領主にしたのは始末するためだ。
 体が弱く、何の役にも立たない妾の子。
 これまで体裁のために生かしておいたが、成人したら後は何事も本人の責任になる。
 普通は3男に領地を与えられるなんてありえないことだが、ディステ家にはちょうどいい領地があった。
 そこでレオがどうなろうと、後はレオ自身の責任。
 例え死んでしまおうとも……。





◆◆◆◆◆

「冒険者になる予定だったのにな……」

 父の部屋から出たレオは、そのまま離れの自分の部屋へと戻っていく。
 その途中、先程の父からの話を思いだして独り言を呟いた。
 どうせ領地を与えられる訳が無いと考えていたため、まさかの領地に驚いた。
 しかし、与えられる領地の名前を聞いて納得した。
 レオの予定だと、家を追い出されてからは冒険者として生きていくつもりでいた。
 冒険者とは組合に所属し、依頼を受けて、それを達成することで資金を得る職業の者たちのことをいう。
 魔素によって変容した生物の魔物を退治したりするため力仕事の印象が強いが、その日暮らすギリギリ分の資金を得られる薬草の採取など、レオでもなんとかできそうな仕事が存在している。
 無理をせず薬草採取などをして、その日暮らしをするのがレオの考えだった。

「それを見越してなのかな……」

 父や兄たちからすると、冒険者になったレオが名を馳せるとは思っていない。
 ディステ家の名を使うつもりはないが、父たちはそうは思っていないだろう。
 家の名前に傷を付けられる前に死んでほしいと思っているはず。
 ならば、もしもレオが薬草採取などで地味に長生きするようなことになるより、ヴェントレ島を与えてすぐに死んでもらった方が手っ取り早いと判断したのかもしれない。
 レオに領地を与えるというのを聞いていたのに、兄たちが何も言わなかったのは、そういった理由からなのだろう。

「レオ様……」

「どうしました? ベンさん……」

 いつもの自室に帰ると、部屋の扉の前に執事のベンヴェヌートが待ち受けていた。
 何かあったのだろうかと思い、レオはベンに問いかける。

「ヴェントレ島へ行くことになったとお聞きしました」

「あぁ、聞いたんですね?」

 心配そうな表情をしていると思ったら、どうやらレオよりも先に話を聞いていたのかもしれない。
 その話になり、レオは困ったように頭をかいた。
 この家で働く者は当然伯爵家の領地を知っている。
 そのため、ヴェントレ島がどんなところかも知っている。
 レオがそこの領主になったというのは、つまりはそこで死ねと言っているのも同義だ。
 これまで長い間仕えてきたレオが、このまま死地へ送られてしまうのを何もできないでいる。
 ベンヴェヌートはそのことを悔しく思っている。

「……大丈夫ですよ。何とか生き抜いてみます」

「しかし……」

「僕よりも、ベンさんは父上か兄上たちの誰かに付くことになるのだろうから、これから大変かもしれないよ」

 伯爵家とは言っても、ディステ家に仕えている人間は余っていない。
 と言うのも、次男のフィオが女好きで、若いメイドを雇うとすぐに手を出そうとしてしまう。
 そのため、メイドは年配の女性ばかりで、代わりに入れた男性の使用人も若い者ばかりでまだまだ仕事ができるとは言い難い。
 使用人の中でも仕事のできるベンヴェヌートは、レオの専属から父や兄たちの中の誰かの副執事と言う扱いになるのだろう。
 誰に付いても、レオ以上に気を使う事間違いないため、レオはそのことを心配している。

「私のことなどどうでもよろしいのです。レオ様はお体の方が……」

「対策も考えているので大丈夫ですよ」

 普通の人間でさえ危険な地なのに、病弱なレオではとてもではないが生きていけない。
 そのことを心配しているのだが、レオはなんてことないように返事をする。
 冒険者になるために考えていたことだが、それをそのまま領地経営に使えば良いだけのことだ。

「いつも通り部屋におりますので、ベンさんは他の仕事に戻って大丈夫ですよ」

「……かしこまりました」

 実の父から当てつけのように危険な領地を与えられたというのに、気落ちしている様子のないレオ。
 そんな彼の態度を見ていると、本当に何か考えがあるのだろう。
 そう判断したベンヴェヌートは、少し間を開けた後、素直に引き下がることにしたのだった。





◆◆◆◆◆

「とうとうこの日が来てしまいましたか……」

「1週間なんてあっという間だね?」

 レオが父よりヴェントレ島への領地を任されるということを聞いて、1週間が経った。
 その間レオが何かしていたかは、父のカロージェロや兄たちだけでなく、使用人のベンヴェヌートですら分からなかった。
 何か策があるようなことを言っていたが、本当にそんなものがあるのか分からず、このまま見送っていいものかとベンヴェヌートは心配ばかりが募ってくる。

「……荷物はそれだけですか?」

「父上がカバンに入る分しか持って行ってはならないと仰っていたので……」

 用意された馬車は貴族用のものなどではなく、南へ向かう商人の馬車へ乗せてもらうことになっている。
 護衛として冒険者も何人かいるが、その馬車へ荷物を載せるレオにベンヴェヌートは更に心配にさせられる。
 背負う形のバッグ1つしか馬車に乗せていない。
 これから危険な地へ向かうにしては少なすぎる。
 しかし、カロージェロの命令と言われては仕方がない。

「領主になったのに貴族位もなくなり、家名も名乗るなと言われました。名乗るならヴェントレの名を付ければいいとも言われてしまいました」

 国王様へ領地の譲渡を進言した時に、カロージェロはレオから家名までも奪い取ってしまったようだ。
 貴族位でなければ名ばかりの領主で、たいした権限も有していない状況になってしまった。
 仕えている身でありながら、ベンヴェヌートはいくら何でもそこまでするかと不信感が湧いてくる。

「……レオ様、どうかお気をつけて……」

「ありがとうベンさん、みんな!」

 レオにとって新たな門出の出発というのにもかかわらず、父や兄は見送りになど出てくることは無い。
 見送りに出て来たのは、ベンヴェヌートと数人の使用人のみ。
 彼らもベンヴェヌートと共にレオを見守っていた者たちだ。
 兄たちと違い、使用人に文句を言うことなどなかったレオは、彼らに好かれていた。
 出来ればレオに付いて行きたいところだが、彼らも仕事を捨てることなどできず、見送ることしかできないことを悔やんでいる。
 そんな中、そろそろ出発予定時刻になり、商人から出発の合図が送られて来る。

「じゃあ、行くね!」

 そう言ってベンヴェヌートや使用人に軽く手を振り、レオは馬車へ乗車していったのだった。





 きっとこの家の人間誰もが、レオはすぐに死ぬと思っていたことだろう。
 それが魔物によるものなのか、はたまた海賊によるものなのか、もしくは体調を崩して病で亡くなるか。
 違いはあっても、結果は同じ。
 病弱なレオを見てきたがためにそう思うのも当然だ。
 しかし、気付いている人間はいなかった。
 この半年でレオの顔色が良くなっていることを……。


「あそこがヴェントレ島か……」

 ディステ家を出てから2ヶ月もの時間がかかり、ようやく目的地であるヴェントレ島が見える所まで近付いた。
 すんなり行けば10日で着くような距離なのだが、だいぶ時間がかかってしまった。
 時間がかかったのは、理由がある。
 単純にお金の問題だ。
 父から家から持って行くのはバッグ1つとされ、移動資金も渡してもらえなかった。
 そのため、ディステ家の領地の南のロンヴェルサール領で商人の馬車から降りなくてはならなくなり、自分で稼がなくてはならなくなってしまった。
 思いついたのは冒険者。
 冒険者組合に登録してギルドへ通い、なるべく危険の少ない依頼をこなして資金を稼いだ。
 少し資金が溜まったら次の町へ向かうということを繰り返し、ようやくヴェントレ島へ向かうことができるようになり、今に至る。

「本当にあそこに行くんですかい?」

「領主を任されてしまったので……」

 舟を操縦しているアルヴァロがヴェントレ島へ向かうレオに心配そうに声をかける。
 ロンヴェルサール領の南にあるフェリーラ領の漁師をしているアルヴァロとは、資金集めをしている時に知り合い、レオがヴェントレ島へ向かいたいことを旨を伝えたら、送ってくれることになった。
 アルヴァロの子供が怪我をしていたところを、採取した薬草を煎じて作った回復薬によって治してあげただけだ。
 心配そうなアルヴァロに対し、レオは困ったように返事をする。
 多くの者に危険と言われている土地になんて、レオだって本当は行きたくない。
 しかし、父のカロージェロによって、国王からヴェントレ島の譲渡の許可と領主としての任命を記した書状が渡されている。
 行かなければ背信行為とみなされてしまうため、ヴェントレ島へ向かうしかないのだ。

「あそこがたしか、あの島唯一の海岸でさぁ!」

「はぁ~……、本当に深い森に覆われた島だ」

 アルヴァロの漁船で西北西へ向かうこと数時間すると、ヴェントレ島へかなり近付いた。
 見えて来た海岸を指差し、アルヴァロは簡単に説明をしてくれた。
 漁師仲間の話では、ヴェントレ島は周囲が断崖絶壁になっていて、アルヴァロの指差したところが唯一の海岸になっているそうだ。
 島の説明をしてくれるアルヴァロには悪いが、それよりも気になるのは生い茂る樹々の方だ。
 手入れがされていないせいか、好き勝手に成長した樹々が日の当たらない場所を多く作り、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。
 たしかに人が近寄り難い島のようだ。

「少し奥に入れば、危険な魔物がうじゃうじゃいるって話ですぜ!」

「怖いな……」

 どんな場所か期待も少しあったレオだったが、島の雰囲気を見て不安になってきた。
 そんなレオに、アルヴァロは島の中の説明を補足してきたが、余計不安になるのであまり聞きたくない内容だった。
 人がおらず、魔物を狩る者がいないことから、どれだけの魔物が潜んでいるか分からないとのことだ。

「到着!」

 海岸ギリギリまで船を近付け、ようやくレオは領地となったヴェントレ島へ到着した。
 唯一の海岸自体もそれ程大きくなく、ちょっと行けば足元の悪そうな岩場へと変わってしまうようだ。
 これでは多くの船を泊めておけず、漁をして生活するのは少数の人間しか難しいかもしれない。
 魚を売って多くの資金を得るのは無理だろう。

「じゃあ、あっしはこれで……」

「うん」

 漁師としてもあまり近寄りたくない島のため、アルヴァロは早々にフェリーラ領へ帰りたいようだ。
 仕事柄力自慢でも、どんな魔物を相手にしなければならないか分からないとなると、危機回避としては正しい判断だ。

「来週まで気を付けてくださいね。魔物にも海賊にも!」

「忠告ありがとう。気をつけるよ」

 この世界の1週間は7日、アルヴァロには週に1回ここに安否確認に来てもらうことになっている。
 ここで得た魚や肉を料金として支払う予定だ。
 危険なこの地に毎週来てくれるのにはたいした報酬ではないかもしれないが、その厚意に甘えさせてもらう予定だ。
 元とはいえ貴族の坊ちゃんだからと、アルヴァロは心の中で構えていた部分があったが、心優しいレオにその気持ちは薄れていった。
 今となっては、こんな島に送り込んだディステ家を不審に思えてくる。
 最後までレオを心配しつつ、注意を促してアルヴァロは去っていった。

「さてと……、まずは安全な場所と、寝床の確保をしないとな」

 島は樹々が生い茂り、とても人が暮らせる場所なんて存在しているように思えないが、拠点になる場所が無くては話にならない。
 食料は少しだが持ってきているため、レオはまず拠点となる場所を探すことにした。

「よいしょ!」

 ディステ家を出る時に持って来たカバンを下ろし、レオは留めていたボタンを外す。
 そして、彼にとっての秘策となるものを取りだしたのだった。

「よしっ!」

 この世界には魔法と言うものが存在している。
 空気中に魔素と言う見えないものがあり、それを体内に吸収して魔力にかえる。
 その魔力を利用して火や水を生み出すことができるようになる。
 訓練次第で強力な武器として利用できるため、貴族は幼少期より教師を付けて訓練するものだ。
 兄のイルとフィオも魔法の訓練を受けていたが、戦闘に使えると言っても大人数を相手にできるような威力の魔法を使える人間なんてほぼいない。
 魔力を使い過ぎれば強力な疲労感によってしばらく動けなくなることから、魔法を重視する人間はかなり少ない。
 子供の頃、基本だけは教わったレオも、簡単な魔法くらいなら使えるようにはなっている。
 しかし、彼の秘策は魔法ではない。
 この世界にはスキルと呼ばれるものが存在していて、それが1人に1つは発現するようになっている。
 スキルは簡単に言えば特技と言っていいもの。
 だが、それが発現するまでは相当な時間や訓練を要するものだ。
 しかも、誰もが同じ時間と訓練をすれば良いというものでもなく、性格や出生による向き不向きが関わってくる。

「スキル発動!」

 病弱でベッドの上で過ごすことが多かったレオには、何のスキルも発現しない。
 きっと父や兄たちはそう思っていたことだろう。
 家族からは何も与えてもらえなかったが、レオは執事のベンヴェヌートに頼んで色々な書物を手に入れていた。
 病床のレオにとって、時間を使える書物は趣味としてとても重宝した。
 読書は趣味の1つだが、レオにはもう1つ得意なものが存在した。

操り人形(マリオネット)!」

“カタカタ……”

 バッグから取り出した人形へ、レオは魔力を注ぎ込む。
 そしてスキル名を言うと、その人形が動き出した。
 病弱のレオの得意なもののもう1つ、それは人形の作成と操作だった。
 元々はある人のために始めたことだったが、ベッドでもできるため多くの時間を人形作りに注いできた。
 それによってか、半年前、兄に対して何も言い返せないで悔しい思いをした日の数日後、レオのステータスカードにスキル名が発現した。
 ステータスカードとは、この世界では身分証明書として誰もが所持しているカードのことである。
 このカードに所持者の血液を垂らすことによって、所持者の情報が本人だけに視認できるようになる。
 健康状態も表示されることから、病弱なレオは状態確認のために毎日確認をしていた。
 そのため、スキルの発現を知ることができたのだ。

「おはよう。ロイ!」

“ペコッ”

 身長は140cmほどで木製、顔はのっぺらぼうで腰には剣を所持している。
 スキルによって立ち上がったその木製人形は、レオの言葉に反応するように恭しく頭を下げたのだった。

「スキルが……」

 14歳のある日、健康状態の確認のために、朝のステータス確認をおこなって驚いた。
 ベッドの上で長時間過ごしている自分にスキルが発現するなんて思ってもいなかった。
 まさかの発現に、レオはすぐにスキルの詳細を確認することにした。

操り人形(マリオネット)、魔力を与えることによって人形を操ることのできる能力か……」

 スキル名から推測しつつ、レオはステータスカードに書かれている詳細を読んでいく。
 それと同時に、これまでベッドの上による読書で積み上げた知識と合わせることにより、もしかしたらこの状況を変えることができるのではないかと思い始めた。

「趣味でしかなかった人形作りがこんなことになるなんて……」

 昔からレオは人形を作ることが好きだった。
 初めは母のために、それがそのまま趣味になっていたのだ。

「まずは、試してみよう」

 スキルの内容は大体わかったため、次は使ってみることにした。
 試しに動かす人形は沢山ある。
 どれほどの大きさの人形が、どれだけの魔力で、どれだけの時間動くのか。
 レオは、人形の素材も替えつつ実験を繰り返した。

「これならもしかしたら……」

 スキルを得て1ヵ月半経ち、実験も最終段階に入った。
 もしもこのスキルを持っていることを父や兄たちに知られたら、どのようなことになるのか分かったものではない。
 そうならないようにするために、申し訳ないが執事のベンヴェヌートにも黙っていることにした。
 あと4か月半もすれば、きっとこの家から追い出されるのがオチだ。
 そうなった時は、冒険者になってこのスキルと共に生きて行くつもりだ。
 元々冒険者は憧れていた職業だ。
 多くの仲間を作り、自由に好きな所へ行くことができる。
 ベッドの上ばかりいた自分からすると、好きなことが出来て羨ましい限りだった。

「やった! これでなんとか光が見えた!」

 最終の実験が成功し、レオは嬉しそうに部屋で1人拳を握った。
 自分の最大の欠点である病弱な体。
 それを改善させるための手段が手に入ったのだ。
 スキルを使うことによって、父に領地を与えると言われた時には、レオは病弱な体はかなり改善されていた。
 そのため、ベンヴェヌートにも大丈夫だということができたのだ。





◆◆◆◆◆

「早速だけどロイ、近場で安全そうな場所を見つけてくれるかい?」

“コクッ!”

 レオのスキルによって動き出したロイと呼ばれた木製人形は、指示を受けると頷きを返し、海岸から島の内部へと向かう坂を上って行った。

「あっ! 釣れた!」

 ロイと言う人形がいなくなってから、レオは海岸で釣りをしていた。
 レオの側には、手の平サイズの小さな布製の人形が2体、周囲を見張っているかのように立っている。
 魔物の警戒用にスキルで発動させたのだ。
 食事は持ってきているが、カバンにはロイも入れていたのでそれほど多くはない。
 待っている間に手に入れられる食料を考えた時、釣りがすぐに浮かんだ。
 釣りもやってみたかったことの1つだし、こんなこともあろうかと、疑似餌を作っていたのは成功だった。
 糸は持ってきていたし、海岸に流れ着いていた流木を使って竿を作るのは簡単だ。
 2匹目の魚が釣れ、レオは笑顔ではしゃいだ。

「あっ! ロイ! おかえり!」

“ペコッ!”

 レオだけなら、この2匹で1食分になる。
 ちょうどロイも帰って来た事だし、レオは釣りを終了することにした。
 帰ってきたロイは、指示通り拠点になりそうな場所を見つけて来てくれたらしい。
 付いてきてくださいと言いたげに、レオを誘導し始めた。

「……魔物が出たんだね? 大丈夫だった?」

“コクッ!”

 ロイの案内に付いて行く途中、ゴブリンの死体が1体燃やされていた。
 ゴブリンとは、人間の幼児と同じくらいの身長をした小鬼の魔物だ。
 繁殖力が高く、世界中で生息を確認されている。
 どうやらこの島にも、例にもれずに生息しているようだ。
 死体を見たレオは、ロイが攻撃を受けていないか心配になって問いかける。
 それに対し、ロイは腰に付けた剣を見せてきた。
 剣で倒したと言いたいようだ。
 死体を燃やしているのはアンデッド化を防ぐためだ。
 動物の死体に魔素が溜まり、ゾンビやスケルトンになって襲って来る可能性もあることから、倒した魔物や動物は焼却処分するのが常識になっている。
 少しの間資金集めを名目に冒険者として活動していたため、ロイも当然のように焼却したのだろう。

「魔石は?」

“スッ!”

 レオに聞かれたロイは、穿いているズボンのポケットから取り出して、小さな魔石をレオに手渡した。
 魔石とは、魔物の体内に存在する魔力の詰まった石のことだ。
 体内にこれができることで魔物へと変化するというと言われている。
 どうしてそれを取り出したかと言うと、魔石は魔道具を動かすための電池としての使えるため、魔物を倒したら手に入れるようにしている。
 魔物の強さによって魔石の大きさが変わり、大きい程魔力保有量が多いため高額で取引されている。
 週1で安否確認に来てくれるアルヴァロへの代金代わりに、魔石を渡すのもいいかもしれない。

「うん! ここなら海岸に近いしいいかもね」

 海岸から西へ2分ほど歩き、3分ほど南へ行ったところに少し開けた場所が存在していた。
 釣りをするなら海岸まで5分程度で行けるし、何といっても180度広がる海の景色はとても美しい。
 ここが魔物が蔓延る島だと忘れてしまいそうだ。

「ありがとうね」

 ここなら魔物の森から少し距離もあるし、何とかなりそうだ。
 良い場所を見つけてくれた感謝を込めて、レオはロイの頭を撫でてあげた。
 顏のない人形なのに、撫でられているロイは何だか嬉しそうだ。

「じゃあ、ここに家を建てよう」

“コクッ!”

 拠点となる場所が見つかったので、レオは早速ここに家を作ることにした。
 そうなると、家を建てるための木が必要になるため、ロイは森の方へと近付いて行った。

“ズバッ!!”

 近くの樹の前に立ったロイは、剣を構えて魔力で覆う。
 そのまま剣を振ったら、樹が一発で切り倒された。

「すごいな……」

 少し離れた場所で見ていたレオは、拍手をしながらロイの剣捌きを褒めた。
 ロイがやったのは、レオから与えられた魔力を使っての身体強化だ。
 魔法で攻撃することにはあまり役に立たない魔力も、このように使うとかなり戦闘で役に立つのだ。
 貴族の場合、幼少期からの訓練で剣技のスキルを手に入れる者が多いが、それと組み合わせるとかなりの戦闘力になることが有名だ。

「これを乾燥させて……っと」

 枝を切りはらった木を、すぐに建物に使えるように乾燥させなければならない。
 そんな時には魔法を使う。
 乾燥させるイメージを持って、レオは木に魔力を注ぎ込む。
 すると、少しずつ木は乾燥していき、建物に使うにはちょうどいい具合の木へと変わった。

「みんなは細かい作業をお願いするね」

“コクッ!”“コクッ!”

 釘がないので、建物は接ぎ木で組み立てることになる。
 レオは設計図を地面に描き、小さい布人形たちに細工をお願いした。
 この人形たちも小さいからと言って何もできない訳ではない。
 スキルの性質上、どんなに離れても主人のレオとは魔力で繋がっているらしく、ロイも含めて人形たちはレオの知識から行動を判断しているようだ。
 つまり、

“シュパッ!”

 細工を任された布人形の手からは、小さいながら風魔法が発射される。
 レオも風魔法が使えるので、この人形たちも使いこなせるようになったのだ。
 ロイの剣技も、書物による知識としてレオは持っている。
 しかし、体調が良くなって日も浅く、実家にいる頃は父や兄の目もあったために訓練することができなかった。
 書物による知識はあっても、体が使いこなせていないというのが実状だ。
 レオの知識をそのまま使えるのは、自分の能力で動いているとは言っても羨ましい限りだ。

「フゥ~……、みんなの協力もあって、ひとまず完成だ!」

 布人形たちは風魔法を使って木に細工をしていき、ロイは樹を切って持ってくる。
 レオは木を乾燥させるのと、細工された木を組み立てることをして、日が暮れるギリギリ前に小さいながらもとりあえず雨風凌げるワンルームの家を作り出すことに成功した。
 1人暮らしなのだから、今はこれで十分だ。

「さて、魚を食べよう」

 そのうち作るつもりだが家の中にはないため、今日は外に石を組んで作った簡易竈で調理をするしかない。
 家完成の祝いとして、レオは今日釣った魚を食べてしまおうと思った。
 持ってきている調味料は少量の塩のみ。
 それでも魚の塩焼きは美味しく、レオは満足した。

「お休み!」

 食事をして腹も膨れたレオは見張りをロイに任せ、家づくりでの疲れもあって早々に眠りについた。

「おはよ……うっ!」

 目が覚めて家から出てみると、警護役の人形ロイが立っていた。
 そのロイに挨拶をしながら周辺を見てみると、レオはぎょっとした。
 家の周りに数体の魔物の死体が転がっていたからだ。

「……4体も来たのかい?」

“コクッ!”

 転がっているのはゴブリン1体と、コネチッラと呼ばれるテントウムシの魔物が2匹、セルペンテと呼ばれる2mほどの長さの蛇の魔物が1匹。
 どうやらロイが剣で斬り倒したらしく、それぞれ斬り裂かれた跡がある。
 人形だから元々目がなく、魔力を使った探知で魔力に反応することで戦えるため、夜の暗闇でも関係なく戦えるのはありがたい。

“スッ!”

「ん? あぁ、魔石? ありがとう!」

 魔物を倒したら魔石を取る。
 言わなくてもちゃんと取っていたらしく、ロイは4つの小さい魔石をレオに渡してきた。 
 昨日同様褒めて頭を撫でてあげると、ロイはされるがまま動かない。
 本当に感情でもあるかのような反応に思えてくる。

「ゴブリンとコネチッラは焼却。セルペンテは解体して食料にしよう」

“コクッ!”

 あまり食料を持っていないレオからすると、魔物とは言っても食料となるものが手に入り、レオは嬉しそうにロイに指示する。
 指示を受けたロイは、すぐに木の枝を集めて焼却作業を開始。
 その間に、レオは蛇の解体に入ることにした。

「1人で食べきれるかな?」

 解体し終わった蛇の肉の量を見て、レオは思わず呟いてしまう。
 見た目通り普通の蛇よりも肉厚で、取れた肉は1kgは軽くありそうだ。
 病弱は改善されつつあり、食欲も少しずつ増えてきているが、まだ小食と言って良いレベルだ。
 そのため、レオ1人ならこの量の肉で数日は持ちそうだ。

「それにしても、このスキルは助かるな……」

 気を付けないといけないが、だいぶ体も丈夫になったらしく、昨日の疲労も残っていない。
 体の調子が悪くなることがなくなってきた。
 それもこれもスキルを得たことによる恩恵だ。
 改めてレオはこのスキルに感謝したのだった。





◆◆◆◆◆

「そろそろ良いかな……」

 スキルを得た時の事。
 簡単な実験をしてスキルを把握したレオ。
 この日、最後の実験をおこなうために夜遅くまで起きていた。

「これが成功すれば……」

 次の誕生日で15歳と成り、成人したならきっとこの家から追い出されることになる。
 そう考えているレオは、その時のために何としてもしておかなければならないことがあった。
 それは自身の体のことだ。
 すぐに体調を崩して寝込んでは、冒険者になるしかない自分はとてもではないが生きていけない。
 ならば、体を鍛えればいいとなるが、体を動かしたことによる疲労も体調を崩すきっかけになることが分かっている。
 身体を動かせず、ベッドにいることの多かったレオは、本を読み漁ることで得たとある知識がある。
 それが魔物の討伐。
 昔から、魔物を倒すと僅かながらステータスを上昇させることができると言われている。
 しかし、それを検証した資料は存在していない。
 多くの魔物を倒しても、ステータスが上がったかどうか調べる手立てがないことが原因だろう。
 はっきりしない程度の上昇。
 レオは、それに望みを託すしかなかった。

「ロイ! 誰にも見つからないように町を出て、魔物を倒して来てくれるかい?」

“コクッ!”

 この実験をおこなうために、レオは準備を進めていた。
 それが、レオの代わりに魔物を倒すための人形を作ることだ。
 魔物を倒したことによるステータス上昇は、自身の力によって倒した時のみ得られると言われている。
 スキルも自身の力と捉えるならば、スキルによって動かした人形によって倒したとしてもいいはずだ。
 魔物と戦うとなるとある程度の大きさと強固さが必要。
 加工することを考えると、木製の人形が選択される。
 ベンヴェヌートに木材を求めた時にどう理由を付けるか迷ったが、大作の人形を作るためと素直に言ったら用意してくれた。
 ベンヴェヌートも、残り数か月で別れることになると分かっていたためか、レオの好きにさせようと訝しく思いながらも何も言わずに用意をしてくれた。
 そして完成させたのが、木製人形ロイだった。

「弱い魔物を狙うのと、無理はしないでね!」

 スキルの条件として、自作物でないといけないらしく、替えを作るにもまたベンヴェヌートに材料をそろえてもらう訳にはいかない。
 それに、ここまで作り上げたことで愛着も湧いている。
 そのため、壊れてしまったら正直悲しい。
 ロイには無事に戻ってくることも告げた。
 人形が動いているのを町の人に見られたら噂になりかねない。
 これでも、一応自分は伯爵家の人間。
 町の詳細な地図から抜け道は把握している。
 その抜け道を通って町の外に出るようにロイに指示しておく。

「いってらっしゃい!」

 魔物と戦うのに何もないのでは倒せないだろうと、ロイを作った時に使ったナイフを渡して窓の外へと出たロイへ魔力を補充する。
 レオの魔力が、ロイが動く燃料となっているらしい。
 戦うことにも使うだろうし、町から出て戻ってくるまでも距離がある。
 魔力を多く渡しておいて失敗に繋がるようなことは無いはずだ。
 体調に響かないギリギリまで魔力を渡し、レオは闇夜の中をいくロイを見送った。





◆◆◆◆◆

「結果は成功だったな……」

 半年近く前のことを思いだして、レオはしみじみと呟く。
 魔物を倒すことによるステータス上昇。
 実験がハッキリと成功したとは数値を示して証明することはできないが、あえて言うなら自分が証拠と言って良い。
 もしかしたら、そう思い込んでいるだけなのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。
 ロイが夜な夜な近場の魔物を倒すようになったことで、レオの体調が改善されて行ったのは事実なのだから。

「どうせなら、あの時倒した魔物の魔石も持ってくるように言っておけばよかったかな?」

 魔物を倒すことによってステータス上昇。
 それによる体質改善を重視したために、魔石の採取や後始末のことは教えていなかった。
 知識をレオから得ていても、求められていないことをしないのはやはり人形だからだろうか。
 まさか領地を与えられると思ってもいなかったため、移動資金を稼ぐのに時間がかかってしまった。
 今考えると、魔石だけでも持ってくるように言っておけば、それを売った資金でもっと早くここに着けたかもしれない。
 そのため、少しもったいなかったように思えてきたのだ。

「まぁ、気にしても仕方ないか。無事着いたことだし……」

 何もできずにベッドで過ごした時間が長いせいか、レオは結果オーライと判断することが多くなった。
 この島で魔石なんて、今の所アルヴァロへの報酬分あれば十分だ。
 多くのことは望まず、楽しく今を生きることを考える方が建設的だ。

「でも、ロイだけでここを生きていけるかな……」

 ロイのお陰で良い拠点を手に入れ、魔物の対応を任せていられる。
 森から少し離れているせいか、まだ強力な魔物は出現していない。
 しかし、この島は手付かずで、魔物がどれだけ潜んでいるか分からない。
 自分を守ってくれたり、力仕事をしてくれる人形がもっといてくれた方が安心できるかもしれない。

「ロイ! 木を持ってきてくれるかい?」

“コクッ!”

 多くの魔物にここを襲われたらロイだけでは不安が残る。
 ならば、ロイの仲間を作ってしまえばいい。
 材料となるものは、昨日の家づくりで用意した木材が残っている。
 それを使って、レオは新しく人形を作ることにした。




「完成!」

 人形作りを始め、結局完成するまで3日かかった。
 ロイを作る時は1週間はかかったので、それを考えればかなり時間が短縮できた。
 1度目よりも2度目の方が、慣れによる所が大きいのだろう。

「スキル発動!」

 早速完成した人形を動かしてみようと、レオはスキルを発動する。
 魔力を与えられた人形は、カタカタと音を立てた後、ゆっくりと立ち上がった。

「君はロイの弟のオルだよ! よろしくね!」

“ペコッ!”

 立ち上がった人形に不具合がないか確認し、問題ないことを確信したレオは、作っている間に考えていた名前を新しい人形に告げた。
 木製人形2号ことオルは、レオに名前を告げられると恭しく頭を下げたのだった。

「国王陛下!」

「どうした? クラウディオ」

 ヴァティーク王国王都ピサーノの王城。
 国王カルノのもとへ王太子のクラウディオが現れる。
 現国王のカルノは、庭園で花々を眺めながらティータイムを楽しんでいた。
 そこに来た息子に、カップを置いて問いかける。

「ディステ伯爵が領地の委譲の許可を求めて来たとか?」

 クラウディオは、隣国に不穏な動きがあるという話を聞いて東の国境沿いの砦の視察から帰ったばかりだが、レオの父であるカロージェロが来たということを聞いてすぐ父に理由を確認に来たのだ。

「そうじゃ! 何でも成人した息子に僅かながら領地を与えたいということらしい」

 カロージェロの話になり、カルノはその時のことを話し始めた。

「……ヴェントレ島をですか?」

「そうじゃ!」

 伯爵として与えた領地を繁栄させるためには、そうした方が良い結果を出すかもしれない。
 ひいては王国の繁栄につながることを考えれば、カロージェロが領地を息子に譲るのは構わない。
 しかし、息子に与えたのがヴェントレ島となると話は別だ。
 再確認の意味で問いかけたのだが、カルノは笑みを浮かべて答えてきた。

「伯爵は優しい父親のようじゃの……」

「………………」

「どうした?」

「いいえ! 失礼いたします!」

 無言になった息子にカルノは首を傾げるが、クラウディオからしたらどうしたもこうしたもない。
 しかし、本気で思ったことを言っている父に、これ以上話をしても無駄だと判断したクラウディオは、頭を下げて父のもとから去っていった。

「何が優しい父親なものか!!」

 自室に入ってすぐ、クラウディオは怒りで声を荒らげる。
 先程の父との会話があまりにも無意味だったため、段々と腹が立って来たのだ。

「クラウディオ兄様……」

「レーナ……」

 黙って眉間にしわを寄せて立っているクラウディオの部屋へ、1人の少女が入って来た。
 やり取りで分かるように、クラウディオの妹であるレーナ王女だ。
 帰ってきた兄に挨拶に来てみれば、声を荒らげていたため、レーナは困惑した。
 妹の表情を見て、クラウディオは我に返ったのか怒りを鎮める。

「わが父ながら何と愚かな……」

「そうですね……」

 怒りを鎮めてソファーに座り、対面に座った妹へ先程の父との会話のやり取りを説明した。
 説明を終えると、クラウディオは思わず父のことを情けなく思えてきた。
 レーナも同じ思いらしく、暗い表情でうつむいてしまった。

「何が優しい父親だ! 魔物が蔓延ると言われるあんな島に送られて、成人したての者が生きていられるものか!」

 ヴェントレ島は王都から遠く離れた島のため、存在を知っている人間はそういない。
 知っていても西に領地を持っている貴族たちだけだろう。
 王太子の立場のクラウディオも、帝王学の一環として教わった時に知ったくらいだ。
 領地とは名ばかりで、手付かずのために魔物が蔓延る危険な地だ。
 そんな地を息子に任せると言っているのに、何が優しい父親だ。
 父カルノは、その島がどういう所なのか分かっていないようだ。
 もしかしたら、その地がどこにあるかも知らないのではないだろうか。

「しかも、部下の報告によると、ヴェントレ島の領主となった者は体が弱いという話だ!」

「っ! まぁ……!」

 ディステ伯爵が来てヴェントレ島を息子に譲るという話を聞いて、どう考えてもおかしいと思ったクラウディオは部下に色々と調べさせた。
 伯爵には3人の息子がいて、その3番目の息子に島を譲るという話だ。
 上の2人は見たことがある。
 特に上のイルミナートは、同じ学園に通っていたこともあるため覚えている。
よく下級貴族を見下す態度をしていたのを見ていたので、はっきり言って良い印象はない。
 次男の弟は女癖が悪いともっぱらの噂だ。
 3番目の息子もろくでもないのかと思って調べさせたら、幼少期から体の調子が悪くずっと邸内から出ることができなかったという話だ。
 しかも、父やあの兄に疎まれ、家の者以外に存在を知られないようにするかのように離れで監禁状態にされていたらしい。
 その話を聞いた時、使い道のない息子を自らの手を汚さずに消し去ろうという思惑があるのだろうと考えるようになった。
 クラウディオは、あの父をしてあの兄弟ありという思いが湧き上がった。

「父が国王になってから貴族は緩み出している。他国からの脅威は完全に消えている訳ではないのに……」

「お兄様……」

 現国王のカルノは、兄が突然死去したことによって国王の地位に就くことになった。
 元々国王になる予定が無かったことから、貴族間の関係やこの国のことなどをたいして学ぶことなく好き勝手に育ったのが間違いだったようだ。
 ここ数年父がろくに知識もないことを理解したのか、書類を誤魔化したりする貴族が増えてきている。
 国王である父が認証した後では、息子の自分が文句をつける訳にもいかない。
 特にディステ家のカロージェロは、クラウディオの動向を確認したうえでおこなって来るのだから質(たち)が悪い。 

「……ディステ家に何か付け入る隙がないか?」

「残念ながら……」

 妹のレーナが退室し、調査を得意とする部下を呼んでクラウディオは話しかける。
 自分が国境沿いへ行っている隙に今回のことを父に認可させた。
 分かっていてやっているように思える。
 そう何度もやってくるなら、こっちも考えがある。
 尻尾を掴んで領地没収、何なら爵位の降格までしてやりたくなる。
 しかし、部下の報告から、現状ディステ家へ報復する手立てがない。

「チッ! 下手に手を出して失敗する訳にもいかない……」

 証拠もなくいちゃもんつけて失敗でもすれば、敵に弱みを握られてしまう。
 確実な証拠を得ない限り手が出せないことに、クラウディオは悔しさから思わず舌打つことしかできなかった。





◆◆◆◆◆

「あっ! 芽が出てる!」

 領地へ出発する少し前にクラウディオがディステ家のことで頭を悩ませていたことなど知る由もなく、当の本人のレオは、現在呑気に畑に水をあげていた。
 そして、種を植えてから数日して出てきた芽に、嬉しそうに微笑んだ。
 木製人形2号のオルを作ったことで、魔物の襲撃に怯えることが緩和された。
 他にも数体人形を作っているが、それよりも先にレオは畑を作ることにした。
 ロイとオルによって食料の心配はない。
 しかし、2体が取ってくるのは魔物の肉が中心。
 島に自生している野菜などがあるなら近場に植えて育てるのだが、家回りでは食料となるものがあまり生えていないらしい。

「種だけは買って来ていたからね」

 人がいないので、島にどんな植物が生えているかも分からない。
 もしものことを考えて、レオは数種類の野菜の種を購入してきた。
 特に、主食にできるジャガイモは多めに買ってきた。
 危険な魔物を相手にして肉を手に入れて来てくれるロイやオルには悪いが、肉ばかりでは胃がもたれる。
 健康のことも気遣って、野菜も摂取しようと育て始めたのだ。

「やっぱり人数がいた方が助かるな……」

 オルを作って動かし始めてから、自分は畑の手入れをすることに専念できている。
 余った時間は人形を作ることに使い、のんびりした生活を送っている。

「んっ? おかえり、ロ……イ?」

 ロイには今日も家の周りの警戒をおこなってもらっていた。
 日が暮れる前に戻って来たのだが、その様子がいつもと違った。
 帰ってきたロイの足下には、小さな黒猫が付いてきていた。

「ブーヨ・ガット……?」

 この島に普通の猫が住んでいるとは思えない。
 そうなると、この子猫は魔物の子供ということになる。
 そして、黒い毛並みをした猫と言うと思い当たるのがブーヨ・ガット、闇猫と呼ばれる種類の魔物だ。
 猫特有のしなやかな肢体を使い、俊敏に動いて爪や牙で獲物を仕留める技術を持っている。
 真っ黒な毛色と、何かに隠れて闇から攻撃することから付いた種族名で、その子猫がどうしてロイについてきているのか。

「……ついてきちゃったの?」

“コクッ!”

 敵意のある魔物ならすぐにでも始末するのだろうが、どうやら子猫からはそれがないらしく、ロイは付いてくるのを気にしなかったらしい。

「んっ? あぁ……なるほど」

 状況が分からないでいるレオに、ロイは地面に絵を描いて説明してくれた。
 どうやら、子猫が魔物に追いかけられている所をロイが通りかかり、子猫を追っていた魔物がロイへ攻撃してきたらしい。
 それを返り討ちにしたら、猫が自分を助けてくれたと勘違いして付いてくるようになってしまったようだ。

「親の所にお帰り」

 子猫ということは親もいるはず。
 自分の子を探してここに来られたら、ロイとオルがその親を倒してしまうかもしれない。
 ロイに懐いている所悪いが、レオは子猫を森に返すことにした。