“コン! コン!”
「……どうぞ!」
扉をノックされ、ベッドの上の少年は読んでいた本を閉じて返事をする。
黒髪黒目で顏は青白く、痩せている。
その様子から、外へ出ることが少ないのだろう。
「失礼します! お食事をお持ちしました」
扉を開けて入って来たのは、執事であるベンヴェヌートといい、通称ベンだ。
時間的には昼食の時間、ベンはワゴンに料理を乗せてベッドのすぐ側にあるテーブルの上に並べ始める。
「ありがとうございます。ベンさん」
「レオポルド様の身の回りのお世話が私の仕事です。お礼や敬語は不要です」
少年の名前はレオポルド、通称レオ。
ディステ伯爵家の当主であるカロージェロの3男として生まれ、現在14歳である。
カロージェロの命令で、ベンはレオの専属執事として付いている。
使用人に対して礼を言うなど変に思えるが、レオの立場からすると世話をして貰えることが申し訳ないのかもしれない。
「僕にこそ敬語は必要ないですよ。伯爵家の3男といっても、病弱で寝たきりの役立たずですから……」
「そんなこと……」
レオの言うように、彼は生まれた時から病弱で、体調を崩すことがしばしばあった。
今の所周辺諸国との争いは起きていないが、お互い国境沿いに軍隊を配置している状況だ。
貴族はもしもの時には戦いに参加しなければならない立場であるため、貴族の子息は義務として何かしらの武術を習っているものだ。
しかし、レオは体調の関係で訓練を行うことが困難であるため、何の訓練も行っていない。
体が弱いとは言っても、貴族の義務を怠っている自分が奉仕を受けているのは間違っていると常々思っていた。
それでも人の手を借りなければ自分は生きていけない。
そのジレンマを持ちながら、レオは今まで生きてきた。
「おい! ベン! そいつのお守りも大変だな?」
「フィオレンツォ様……」
「フィオ兄上……」
食事の用意が済み、レオがテーブルに移動しようとベッドを下りた所で、開いていた扉から1人の青年が入って来た。
レオたちの反応の通り、入って来たのはレオの兄で、ディステ家次男のフィオレンツォだった。
通称フィオの容姿は金髪碧眼であり、目の形以外レオとは似つかない容姿をしている。
「相変わらず寝たきりかよ?」
「……申し訳ありません」
若干ニヤけた表情をしたまま、立っているのも辛そうなレオを見下ろす。
その目に見つめられたレオは、俯いて謝ることしかできない。
“ガシャン!!”
「タダ飯食らいが!! お前いつまで生きてんだ? さっさと死ねよ!」
レオの態度の何に腹を立てたのか、フィオは先程のニヤけ顔から一転、怒りの表情へと変わった。
そして、レオに用意された食事を全てダメにするように腕で払って床へぶちまけた。
それだけでなく、今にも殴りそうな表情でレオへ侮蔑の言葉を吐きだした。
「おいっ!」
「っ? 兄さん……」
フィオが更なる言葉を吐き出そうと思っていたところへ扉から1人の青年が姿を現し、フィオへ声をかける。
その青年はディステ家長男のイルミナート(通称イル)であり、それが分かったフィオはすぐに表情を緩めた。
「父上がお待ちだ。そんなの相手にしていないでいくぞ!」
「は~い!」
イルは、チラリとレオに目を向けた後、すぐにフィオに話しかけてそのまま廊下へ出て行ってしまった。
その態度は、まるでレオに興味が無いと言うかのようだ。
兄のイルに呼ばれ、フィオは大人しく後を付いて行く。
2人が去った後は、食事が散らばって汚れた部屋が残っているだけだった。
「……すぐに代わりをお持ちします」
「いいですよベンさん。無事だったパンとチーズだけで十分です」
2人が部屋から離れたのを待ったのか、少し間をおいてベンが散らばった食事を片付けようと動き出す。
散らばった食事はとても食べられる状況ではなく、新しく用意をすることを告げられた。
しかし、ベンの言葉に対し、パンとチーズを割れていなかった皿の上にのせてレオは答えた。
「しかし……」
「大丈夫です!」
パンもチーズも小さく、それだけではとても夕食まで持つか分からない。
ベンからしたら、ただでさえ体の弱いレオには、きちんとした食事をして貰いたい。
しかし、先程フィオに言われて何も言い返せなかったことに、情けなく思っていたレオは強い口調でベンの言葉を遮った。
「……かしこまりました」
レオの心情を察してか、ベンはそれ以上言葉をかけることができず、床をキレイにした後、残骸を乗せたワゴンと共に部屋から退出していった。
「…………」
ベンが退出していき、少しの間立ち尽くしていたレオは、ゆっくりと食事を取ってまたベッドの上へ戻っていった。
◆◆◆◆◆
“コン! コン!”
「……入れ!」
中からの返事があり、レオは扉を開けて入室する。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
「来たか……」
ここは父であるカロージェロの執務室。
入室すると執務用の机があり、その奥で椅子に座ったカロージェロがレオを待ち受けていた。
近くにあるソファーに目をやると、兄2人が何も言わずに紅茶を飲んでいるのが見える。
それを横目に、父の呼び出しに応えるために机の前へと足を進めた。
「1週間後、お前は15で成人になる」
「はい」
カロージェロが言うように、この国では15歳で成人の扱いになる。
レオもそのことは分かっているので、頷きと共に返事をする。
「本来3男のお前はどこかの貴族の婿として出すか、兵に志願するか冒険者にでもなるかしか選択はない」
「はい」
それも分かっている。
しかし、病弱のレオにはそのどれも難しい。
一応昔には婿に出すという話も出たが、出した先ですぐに死んだりしたら相手側への失礼に当たる。
そのため、レオが健康になる気配が無いと判断したカロージェロは、婚約を破棄することになった。
訓練もしていないので、当然どこかの貴族の兵士になんてなれる訳もなく、選択できるとしたら冒険者しか残っていなかった。
だが、冒険者も力仕事が多く、とてもレオがやっていける職業ではない。
「お前も一応俺の子だ。このまま放り出すようでは他の家への体面(たいめん)が悪い」
一応という言葉からも分かるように、兄同様父もレオのことを疎んでいる。
金髪碧眼の父の容姿は兄たちそっくり、というより、父に兄たちが似ているのだ。
レオだけが違うのも理由がある。
異国の地から出稼ぎに来ていた女性が、たまたまカロージェロの目に留まり、その女性からレオが生まれることになった。
つまり、レオは妾の子。
髪や目は母の遺伝による影響が大きかったからだ。
その母は、レオが幼少期のころに体調を崩して亡くなり、それ以来レオは父にも疎まれるようになっていった。
「そこで、お前には小さいが領地をやろう」
「……どちらをでしょうか?」
話を聞いていたレオは意外な思いをしていた。
たしかに、他の貴族の手前放り出したなら体面も悪いが、貴族の息子でも冒険者として名を上げた者もいなくはない。
むしろ、貴族の3男なんて冒険者になる者の方が多いのが現状だ。
しかも、自分のことを疎んでいるはずの父が領地を与えるなんて、何の気の迷いだと問いかけたくなる。
しかし、与えられる場所の名前を聞いて、レオは理由を理解した。
「ヴェントレ島だ」
「っ!? あそこは……」
ヴェントレ島。
そこはディステ伯爵家にとって、有って無いような領地。
ディステ領地でありながら、2つ南に行った領地から向かった方が近い島だ。
「なんだ? 不服か?」
「……いいえ。ありがとうございます」
領地と言っても、未開拓の地を与えられてもどうしようもない。
しかし、カロージェロの目線によるプレッシャーを受け、断りたくても断れず、レオはその話を受け入れることしかできなかった。
「話は以上だ」
「かしこまりました。失礼します」
話が済んだらもう用が無いとばかりに、カロージェロは手を振って出て行くように指示をする。
そのため、レオは頭を下げ、指示に従い部屋から出て行った。
「……どうぞ!」
扉をノックされ、ベッドの上の少年は読んでいた本を閉じて返事をする。
黒髪黒目で顏は青白く、痩せている。
その様子から、外へ出ることが少ないのだろう。
「失礼します! お食事をお持ちしました」
扉を開けて入って来たのは、執事であるベンヴェヌートといい、通称ベンだ。
時間的には昼食の時間、ベンはワゴンに料理を乗せてベッドのすぐ側にあるテーブルの上に並べ始める。
「ありがとうございます。ベンさん」
「レオポルド様の身の回りのお世話が私の仕事です。お礼や敬語は不要です」
少年の名前はレオポルド、通称レオ。
ディステ伯爵家の当主であるカロージェロの3男として生まれ、現在14歳である。
カロージェロの命令で、ベンはレオの専属執事として付いている。
使用人に対して礼を言うなど変に思えるが、レオの立場からすると世話をして貰えることが申し訳ないのかもしれない。
「僕にこそ敬語は必要ないですよ。伯爵家の3男といっても、病弱で寝たきりの役立たずですから……」
「そんなこと……」
レオの言うように、彼は生まれた時から病弱で、体調を崩すことがしばしばあった。
今の所周辺諸国との争いは起きていないが、お互い国境沿いに軍隊を配置している状況だ。
貴族はもしもの時には戦いに参加しなければならない立場であるため、貴族の子息は義務として何かしらの武術を習っているものだ。
しかし、レオは体調の関係で訓練を行うことが困難であるため、何の訓練も行っていない。
体が弱いとは言っても、貴族の義務を怠っている自分が奉仕を受けているのは間違っていると常々思っていた。
それでも人の手を借りなければ自分は生きていけない。
そのジレンマを持ちながら、レオは今まで生きてきた。
「おい! ベン! そいつのお守りも大変だな?」
「フィオレンツォ様……」
「フィオ兄上……」
食事の用意が済み、レオがテーブルに移動しようとベッドを下りた所で、開いていた扉から1人の青年が入って来た。
レオたちの反応の通り、入って来たのはレオの兄で、ディステ家次男のフィオレンツォだった。
通称フィオの容姿は金髪碧眼であり、目の形以外レオとは似つかない容姿をしている。
「相変わらず寝たきりかよ?」
「……申し訳ありません」
若干ニヤけた表情をしたまま、立っているのも辛そうなレオを見下ろす。
その目に見つめられたレオは、俯いて謝ることしかできない。
“ガシャン!!”
「タダ飯食らいが!! お前いつまで生きてんだ? さっさと死ねよ!」
レオの態度の何に腹を立てたのか、フィオは先程のニヤけ顔から一転、怒りの表情へと変わった。
そして、レオに用意された食事を全てダメにするように腕で払って床へぶちまけた。
それだけでなく、今にも殴りそうな表情でレオへ侮蔑の言葉を吐きだした。
「おいっ!」
「っ? 兄さん……」
フィオが更なる言葉を吐き出そうと思っていたところへ扉から1人の青年が姿を現し、フィオへ声をかける。
その青年はディステ家長男のイルミナート(通称イル)であり、それが分かったフィオはすぐに表情を緩めた。
「父上がお待ちだ。そんなの相手にしていないでいくぞ!」
「は~い!」
イルは、チラリとレオに目を向けた後、すぐにフィオに話しかけてそのまま廊下へ出て行ってしまった。
その態度は、まるでレオに興味が無いと言うかのようだ。
兄のイルに呼ばれ、フィオは大人しく後を付いて行く。
2人が去った後は、食事が散らばって汚れた部屋が残っているだけだった。
「……すぐに代わりをお持ちします」
「いいですよベンさん。無事だったパンとチーズだけで十分です」
2人が部屋から離れたのを待ったのか、少し間をおいてベンが散らばった食事を片付けようと動き出す。
散らばった食事はとても食べられる状況ではなく、新しく用意をすることを告げられた。
しかし、ベンの言葉に対し、パンとチーズを割れていなかった皿の上にのせてレオは答えた。
「しかし……」
「大丈夫です!」
パンもチーズも小さく、それだけではとても夕食まで持つか分からない。
ベンからしたら、ただでさえ体の弱いレオには、きちんとした食事をして貰いたい。
しかし、先程フィオに言われて何も言い返せなかったことに、情けなく思っていたレオは強い口調でベンの言葉を遮った。
「……かしこまりました」
レオの心情を察してか、ベンはそれ以上言葉をかけることができず、床をキレイにした後、残骸を乗せたワゴンと共に部屋から退出していった。
「…………」
ベンが退出していき、少しの間立ち尽くしていたレオは、ゆっくりと食事を取ってまたベッドの上へ戻っていった。
◆◆◆◆◆
“コン! コン!”
「……入れ!」
中からの返事があり、レオは扉を開けて入室する。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
「来たか……」
ここは父であるカロージェロの執務室。
入室すると執務用の机があり、その奥で椅子に座ったカロージェロがレオを待ち受けていた。
近くにあるソファーに目をやると、兄2人が何も言わずに紅茶を飲んでいるのが見える。
それを横目に、父の呼び出しに応えるために机の前へと足を進めた。
「1週間後、お前は15で成人になる」
「はい」
カロージェロが言うように、この国では15歳で成人の扱いになる。
レオもそのことは分かっているので、頷きと共に返事をする。
「本来3男のお前はどこかの貴族の婿として出すか、兵に志願するか冒険者にでもなるかしか選択はない」
「はい」
それも分かっている。
しかし、病弱のレオにはそのどれも難しい。
一応昔には婿に出すという話も出たが、出した先ですぐに死んだりしたら相手側への失礼に当たる。
そのため、レオが健康になる気配が無いと判断したカロージェロは、婚約を破棄することになった。
訓練もしていないので、当然どこかの貴族の兵士になんてなれる訳もなく、選択できるとしたら冒険者しか残っていなかった。
だが、冒険者も力仕事が多く、とてもレオがやっていける職業ではない。
「お前も一応俺の子だ。このまま放り出すようでは他の家への体面(たいめん)が悪い」
一応という言葉からも分かるように、兄同様父もレオのことを疎んでいる。
金髪碧眼の父の容姿は兄たちそっくり、というより、父に兄たちが似ているのだ。
レオだけが違うのも理由がある。
異国の地から出稼ぎに来ていた女性が、たまたまカロージェロの目に留まり、その女性からレオが生まれることになった。
つまり、レオは妾の子。
髪や目は母の遺伝による影響が大きかったからだ。
その母は、レオが幼少期のころに体調を崩して亡くなり、それ以来レオは父にも疎まれるようになっていった。
「そこで、お前には小さいが領地をやろう」
「……どちらをでしょうか?」
話を聞いていたレオは意外な思いをしていた。
たしかに、他の貴族の手前放り出したなら体面も悪いが、貴族の息子でも冒険者として名を上げた者もいなくはない。
むしろ、貴族の3男なんて冒険者になる者の方が多いのが現状だ。
しかも、自分のことを疎んでいるはずの父が領地を与えるなんて、何の気の迷いだと問いかけたくなる。
しかし、与えられる場所の名前を聞いて、レオは理由を理解した。
「ヴェントレ島だ」
「っ!? あそこは……」
ヴェントレ島。
そこはディステ伯爵家にとって、有って無いような領地。
ディステ領地でありながら、2つ南に行った領地から向かった方が近い島だ。
「なんだ? 不服か?」
「……いいえ。ありがとうございます」
領地と言っても、未開拓の地を与えられてもどうしようもない。
しかし、カロージェロの目線によるプレッシャーを受け、断りたくても断れず、レオはその話を受け入れることしかできなかった。
「話は以上だ」
「かしこまりました。失礼します」
話が済んだらもう用が無いとばかりに、カロージェロは手を振って出て行くように指示をする。
そのため、レオは頭を下げ、指示に従い部屋から出て行った。