僕らは廃工場からさらに3駅ほど離れた場所にある街へと向かった。僕らの校区よりも栄えていて、歩いている人がみんな大人に見える街。スカートを何回も折り曲げた女子高生も、ランドセルではないカバンを背負った小学生も僕よりずっと大人びて見えた。
学校から離れようと懇願したのは僕だ。
「しょっぱなからおとなしさ全開だね」
と彼女は眉をひそめたが、井の中の蛙では意味がないとかお山の大将だなんとかという博識を盾に理論武装で無理やり押し切った。渋々とではありながら、「ちょうどいいや」という言葉で彼女も最終的には合意した。

駅に降り立つと同時に騒々しさが耳を衝く。

「都会はコンビニがいくつもあって迷っちゃうね」

言葉とは裏腹に、彼女は歩を緩めることなく駅向かいにあるコンビニへと入っていった。まっすぐお酒コーナーへと向かっていく。陳列棚には、20という数字の上に目立つ赤色で斜めに線を引いたマークが仰々しく掲げられていた。
そこの前に立つことすら億劫に思えて、いままでじっくりと眺めたことはなかった。いざ立つと、お酒の数に圧倒される。違いの分からないビールがいくつも並び、見た目美味しそうなフルーツの断面が描かれたチューハイがジュース然とした出で立ちで占拠していた。

「どれにしようか」

なんて尋ねられても飲みたいものがあるわけがない。僕は母親がよく飲んでいる青色の缶ビールを適当に引っ張り出した。彼女も毒々しいラベルをしたビールを一つ選びレジへと向かった。

彼女の後ろに隠れるように怯えていた僕に向かって、
「堂々としていれば大丈夫だよ」
と声をかけてくれた彼女は、本当におとなしい人なのだろうか。

効率重視のコンビニのレジは無慈悲に進んでいき、あっという間に僕らの番が来た。
彼女の後ろについていき、スッとビールを差し出す。店員は流れるような手つきでバーコードリーダーにかざす。彼女は堂々と財布を取り出し、お金の用意をしている。店員がこちらを気にする様子はなかった。
が。

「身分証のご提示をお願いします」

感情の欠片もこもっていないマニュアル通りのセリフが耳を衝く。
僕は慌てて謝ろうとした。もしくは逃げようとした。ドラマで見たような監視カメラが置いてある店舗裏に連れていかれて、親に電話される未来が見えた。親がドアを突き飛ばす勢いで駆け込んできて、泣きながら怒りながら謝りながら——。

しかし僕の斜め前にいる彼女は落ち着き払っていて、店員に身分証を差し出したのが肩越しに見えた。
店員は彼女の身分証を本当にチラリとだけ確認すると、すぐにありがとうございましたと言って返した。それから彼女がお金を払い、おつりが戻され、レシートが渡され、お酒が2本購入できた。

「ありがとうございました」

店員の心ここにあらずの挨拶を背に受けながら、何が起こったのかわからないまま僕はただ彼女についていくしかできなかった。