軒下のアマツバメの巣は、家の壁一面を覆い尽くしていた。なにやら蠢いている。怖くなって、逃げだそうとした時、巣から1羽のアマツバメが飛び立った。
 それを合図に巣はドロドロとした粘液になって、意思を持ったように私めがけて襲いかかってくる。私は全力で走って逃げ出したが、アマツバメの巣だった何かはこの世の物とは思えない速さで追いかけてくる。私はついに捕らえられた。蜘蛛の巣にかかった蝶のように、四肢を磔にされて動けない。

 空には先ほどのアマツバメが飛んでいる。
「ツカマエタ……」
脳の奥に、何重にも重なった不気味な声が直接響き渡る。不協和音まじりのその声の軸となる声はどこかで聞いたことがあるような気がした。全力で抵抗を試みるが、指1本動かせない。
 キラリ、とアマツバメの嘴が月明かりを反射した。それは鋭く、まるで刃物のように銀色の光を放っていた。
「イタダキマス……」
私はようやく既視感のあったその声の主を思い出したが、その時には遅かった。
 
 アマツバメは私の左胸に金属のように冷たく鋭い嘴を突き刺した。私の肉もあばら骨も貫いて、嘴は私の心臓へと到達した。アマツバメは痛みのあまり、私には幻覚が見えているのかもしれない。
 大好物の虫を食すように私の心臓をついばむアマツバメの背後に、見間違えるはずもないあの少女が立っていた。私は彼女の名を呼んだ。
「つーちゃん……どうして……」
人間の姿の彼女は血の滴る唇を舌でベロリと舐めた。そして、いつもの笑顔で静かに告げる。
「だから言ったでしょう?Envyには気をつけなさいって」
私に背を向けて歩き出す彼女のブレザーの背中の裾は、燕の尾のように長かった。ひらりひらりと尻尾をはためかせる少女の足音が遠のく中、私の魂は死の闇へと堕ちていった。