翌朝。アマツバメの巣は昨夜より大きく見える気がする。怪談喫茶に行くと朝早いのにもうつーちゃんは来ていた。
「おはようハルさん。今日はミニスカートなんだね。ハルさん足綺麗だから、似合うね」
つーちゃんに褒められて嬉しくなる。
「ねえ、ハルさん、今日はこっくりさんやらない?」
こっくりさんは小学生の頃によくやったが、1度もうまくいったことがない。10円玉は1回も動かなかった。
「あれって本当に動くのかな?」
「動くよ。しかも、こっくりさんの言うことって百発百中で当たるんだ」
つーちゃんはお財布から10円玉を取り出している。ご丁寧に、既に鳥居と五十音が書かれた紙が用意されていた。
「こっくりさん、こっくりさん、今日こそ階段喫茶に新しいお客さんは来ますか?」
つーちゃんが、こっくりさんに質問をした。このお店に来はじめてだいぶ経つけれど、相変わらずお客さんはつーちゃんと私だけだ。新しい仲間が増えたらきっと楽しいのに。
つーちゃんが質問をすると、10円玉はゆっくりと動き始めた。10円玉は「はい」をさしている。
「おおっ」
2人で顔を見合わせた瞬間、情報を補足するように10円玉が再度動き出す。
「い・り・く・ち・ま・て」
地域差はあるのだろうけれど、この紙には濁点・半濁点と伸ばし棒がない。したがって、これは「入口まで」と読むのが自然だろう。
「ええーっ、入口まで来たら入ってほしいよねー」
私はけらけらと笑った。たぶん、つーちゃんがふざけて動かしているのだと思った。
「このお客さんは逃しちゃダメでしょ。これはお客さんのプロファイリングが必要ですねえ」
「こっくりさん、こっくりさん、その人はどんな人か教えてください」
私たちはこっくりさんを続ける。男の人かな?女の人かな?何歳くらいの人かな?ドキドキしながら10円玉が動き出した。
「す・す・き・せ・ら」
濁点と伸ばし棒の法則に当てはめると、つまり、「すすきせら」は「すずきせーら」ということだ。こっくりさんは、セーラちゃんの名前を指した。
「つーちゃん、動かしてる?」
「動かしてませんよ、勝手に動いてるんです。すすき?すずき?セーラさん、また女の人ですね」
よく考えると、つーちゃんがセーラちゃんの名前を知っているはずがない。つーちゃんが私をからかっているというわけではなく、間違いなくこっくりさんは本物だ。
「じゃあ、次はハルさんの今日の運勢を占ってください」
つーちゃんが言うと、また10円玉が動き始めた。
「え・ん・ひ・に・は・き・を・つ・け・な・さ・い」
えんひ?なんだろう?あるいは、えんび?えんぴ?

「お待たせしました」
スウィフトさんが私にコーヒーを、つーちゃんにプリンをサーブしてくれた。視線を10円玉からスウィフトさんに移してお礼を言おうとすると、スウィフトさんの服が視界に入る。

 燕尾服。えんびふく。背筋が凍った。これも虫の知らせなのか、とても嫌な予感がした。
「すみません、今日はもう帰ります」
私はお代を置くと、急いで店を飛び出した。スウィフトさんを直視できなかった。一目散に家へと全力でダッシュする。心臓の鼓動がかつてないくらいにうるさかった。
 家の一番近くの曲がり角にさしかかったとき、携帯が鳴った。電話はセーラちゃんからだった。ここまで来ればたぶん大丈夫。いったん立ち止まり、電話に出た。
「もしもし、先輩ですか?今日薬局に用事があったんですよ。それで先輩が昨日言ってたこと思い出して、もしかしたら先輩、今日も怪談喫茶にいるかなって思ってついでに行ったんです」
「ああ、ごめんね。入れ違いになっちゃったみたい」
朝行ったはずなのに、もうあたりは暗くなっている。肌寒いし、自宅に入ろうと思い歩きながら通話をすることにした。
「先輩、本当に桜庭商店街の薬局の隣で合ってます?お昼に行ったら、薬局の隣、両隣とも空きビルだったんですけど。で、私の記憶違いかなって思って先輩に電話しても繋がらなくて……」
「え?」
「仕方が無いから怪談喫茶で検索したんですけど、ヒットしなかったんですよ。あれ?先輩?聞こえてます?もしもし?もしもーし?」
家の前に着いた私の耳にもうセーラちゃんの声は聞こえていなかった。