悩ましく思いながら、自分が持つものにあれこれ思いを巡らせる。

「情けないのですが私、高価な物をほとんど所持していないんです。金銭も、装飾品も、ブランド品のひとつも」
「……」
「運動神経もありませんね。それから流暢な言葉も。こんな年でもしょっちゅう言いよどんで情けない限りです。となると、一体何ならシュリ様の対価に見合うのだろうと……」
「……ふ、はは!」
「え」

 真剣に眉を揉む紬に対し、シュリの口から出たのは弾けるような笑い声だった。
 呆然とする紬を置いてきぼりに、シュリは腹を抱えてしばらくひーひー笑いを発していた。山の神とはいえ失礼だ。紬がむっと唇を尖らせる。

「あのう、シュリ様?」
「ああ、悪い悪い。お前があんまり馬鹿正直なもんだからな」
「ですが、契りを済ませたあとでクレームが出るといけないじゃないですか。私の所持する物を過大評価されては申し訳ありませんし」
「クレーム! だーっはっはっは!」

 先ほどの威圧する目つきはどこへやら、いまやシュリはただの笑い上戸なお兄さんと化している。
 冷ややかな紬の視線にようやく気づいたらしい。笑い声をどうにか咳に混ぜ込むと、男はようやく笑いを収めた。

「まあそう難しく考えるな。さっきはああ言ったが、別にお前の寿命を頂こうなんて大それたことは考えてはいない」
「は、はあ」

 伸びてきた手のひらが紬の頭を撫でる。その手の平は紫苑のそれよりも少し固く、乱雑で、ほのかに温かかった。

「それにだ。もらうものは別に、奪ってなくなるものばかりでもあるまい」
「は?」
「お前も、よく見るとなかなか可愛い顔をしてるからな」
「……は、い?」

 いつの間にか距離を詰められていたことにようやく気づく。見上げてすぐ囚われるシュリの瞳は、黄金色に似た黄色だった。

「あ、あの。シュリ様?」
「よくお前を見せてみろ。対価として受け取るものを選んでやる」
「え、あ、ちょ、な」

 あごに手をかけられると、顔やら耳やら首やらを丁寧に観察されていくのがわかる。
 あやかしとはいえここまでつぶさに自分を見つめられたのは初めてで、紬の顔にはあっという間に熱が集まっていった。

「シュリ、さま……?」
「なるほど。あの輪廻香司が手放したがらないのも頷ける」

 美味そうだな。お前。

 決定的な一言を告げられ、紬の体はいよいよ硬直した。どうやら本格的に命が尽きるらしい。背中に冷たい汗が伝い、喉が勝手にごくりと鳴った。

 ……紫苑さん。
 紫苑さん。紫苑さん。紫苑さん。

 せめて最後に、あなたの笑顔が見たかった。
 そして一言、お礼を言えれば良かったのに──。

「しおん、さん……」
「紬さん!!」

 ざあっと大きな風が一拭きし、辺りの草木をならしていく。
 遠くの木々の影から微かに見えた、ある人の姿。溢れそうなほどの涙の膜が張った瞳でうまく像を結べなかったが、それが誰なのかはすぐにわかった。

「紬さん……やっと、見つけた」
「紫苑さん……? ど、どうして」

 事態がうまく飲み込めず、紬はとっさに目の前のシュリを見る。その瞳が驚きの色は微塵もなく、男には予想し得た事態なのだと知った。そして気づく。
 紫苑の苦しみを取り払う──シュリは確かに、先ほど紬との間に交わした「契り」を果たしたのだと。

「よくこの場所がわかったな。相変わらず鼻のいいことだ。輪廻香司」
「そこまでだ、シュリ。紬さんに手出しをするな」
「それはできない相談だ。何故ならこの女はすでに俺と契りを交わした。お前を回復させる代わりに、自ら対価を払うとな」
「紬さんに、手出しをするな」

 同じ言葉を繰り返す。
 こちらへ静かに歩みを進める紫苑の背に、じわりと滲む熱いオーラが見える気がした。先ほど香房で感じた妖気の揺れによく似ていて、紬ははっと目を見開く。

「余り熱くなるな輪廻香司よ。せっかく押さえ込んでやった血の妖気が、再び目を覚ますぞ」
「その人を返してもらうためなら、妖気でも何でも使うさ」
「だ、だだ、駄目ですっ、紫苑さん!」

 あんなに苦しそうにしていた紫苑の再現なんて冗談じゃない。紬は無我夢中で紫苑を制止した。

「私、覚悟はできてますから。反故にはできない契りだと、わかった上で、この人と交わしたんです……!」
「紬さん、どうしてそんな無茶を」
「紫苑さんには笑っていてほしいんですよ! いけませんか!?」

 むちゃくちゃなもの言いと理解しつつも、感情のままに吐き出した。
 こんな大声を張るのは一体いつ振りだったろう。喉の奥がヒリヒリして、焦れるように痛い。

「あんなに苦しそうにしている紫苑さんを助けたいと思うのが、そんなに変なことですか? それは私が、すぐにあなたの側を離れる程度の存在だと思っているから?」
「紬さん」
「私はっ、あなたをの側を離れません!!」