二月十四日は、本当にカップルをよく見かける。受験を控えた僕ら中学三年だって同じ。
 けれども僕にとっては、いつもと変わらないフツーの日。帰りのスクールバッグの中身は教科書だけ。  
 僕って勉強できる方だと思う。二学期の期末は学年六位だった。  
 だけどね。イケメンか? スポーツできるか?  
 これでなにもかも決まっちゃう。僕は両方持っていないもの。
 自宅のあるコーポ。今日も祖母は帰らない。僕の小さいときに母が亡くなり父も再婚。今では母方の祖母とふたり暮らし。祖母は今、名古屋で高校の校長をしていて、めったに家には帰らない。
 アララ、それなのに……。家の前にはひとりの女性。
 だれだか、もちろん知っている。隣に住んでる遠野恭子さん。
 半年くらい前に引っ越してきて、そのときに挨拶に来た。珍しく祖母が家にいた。  
 祖母がいろいろ遠野さんに、僕のことを話していたのを覚えている。  
 僕は祖母の後ろに、隠れるように立っていただけ……。 

「孫の松山洋介です。娘の忘れ形見です」

 僕の母は、前途有望な数学の学者だった。僕は母の夢を果たしたかったから、数学研究センターのある東洋教育大学への進学をめざしている。学業が優秀なら、卒業後はセンターの研究員になれる。  
 そのためまずは、東洋教育大学が推薦入学を受け付けている桜花高校(おうかこうこう)への入学をめざしていた。桜花に推薦入学出来れば、自動的に特進コースに編入され、東洋教育大学への推薦入学にも有利となる。
 おばあちゃんったら、そんなこと自慢げに話すんだもん。めちゃ恥ずかしかった……。   
 遠野さんは、すぐ近くにある広告代理店企画部の社員だと聞いた。   
 毎日、会社の制服で出勤。  
 ボタン付ブラウスにライトグレイのベスト。膝上が見える黒のスカートに黒のハイソックス。セミロングの髪をブラウンに染め、化粧は結構濃い目。  
 たぶん三十歳越えてると思うけれど、直接、そんなこと言ってはいけません。 
 背が高い。たぶん一メートル八十センチ以上。僕、一メートル七十センチ(それに早生まれ) 
 スカートから見える太腿が、マシュマロみたいに白くて大きく盛りあがっている。黒のハイソックスが、今にもはち切れそう。
 実は僕の初恋、幼稚園の保育士さんだった。  
 だから制服にソックスが似合う大人の女性は、結構気になるタイプなんだ。 
 でも僕が気になった理由はそれだけじゃない。
 家の近くで見かけたとき、口を真一文字に結び、しっかり前を見つめて歩いていた。何かに一生懸命打ち込んでいる表情だった。
 スマホに撮っておきたい。そう本気で思った。