加賀見 透、二十一歳。彼には幼い頃からの夢があった。それはシマに行くこと。彼にとってそれだけがこれまでの十五年以上の生きる活力だった。
そして現在。
「ぷはぁぁ! やっぱ大きな仕事の後のビールは美味いなぁ! なぁ加賀見」
酒が入り、上機嫌な上司の小田さんに付き合い、居酒屋に来ていた加賀見は精一杯の愛想笑いをする。そこに注文していたつまみが運ばれてくると小田は更に上機嫌になった。
「小田さん。今日は飲み過ぎないでくださいよ? 毎回タクシー捕まえて家まで送るの大変なんですから」
「んなこと、今日は良いじゃねぇか。お前も明日の仕事で長年の夢が叶うんだろ? 祝い事じゃねぇか」
小田はもう既に四分の一しか残っていないジョッキを持ち上げ、乾杯を求めてきたので加賀見もほとんど減っていないウーロン茶の入ったコップを持ち上げ、本日二度目の乾杯をする。
この世界に島は存在しない。それすなわち大陸しかなく、島国も存在しないということ。
しかしこの世界で唯一シマと呼ばれる場所がある。それが極東のこの国の東南東の海の上空にある浮遊島だ。
突如出現したそのシマには建造物が多くあり、飛行機で直接上陸は不可能なため、シマのそのまた上空から降下して向かう事しかできない。結果行くことすら困難だ。
そしてシマは最近国家遺産にするか否かの話が出ており、その件の調査依頼が明日の仕事内容だったりする。
ジョッキを空にすると小田は「にしてもあれは国家遺産に値するのかねぇ」とぼやく。
「と言いますと?」
「いやな。出現当時からあれの上は公開禁止でこの国の一番上の奴らしかその正体を知る者はいない。だから不安しかねぇんだわ。加賀見、お前も期待はするなよ」
加賀見はなるほど、と相槌。
一般民衆からすればシマは未知の存在。だからこそ僕が憧れたとも言える。
「それにしてもまさか小田さんが何も知らされていないとは。てっきり僕は……」
話しの途中だったが小田はもう限界のようで、うとうとし始めたため終わりにした。
「お疲れ様です。小田さん」
その後加賀見は小田を家まで送るとすぐに自宅に帰り就寝した。
次の日、二人が起きたのは四時頃。集合は六時。集合場所は軍事基地となっていた。
「あー、やっぱ少し頭いてぇわ」
「昨日は一杯しか飲んでいませんでしたけど?」
「俺は元々酒が弱い方なんだよ」
二人は軍人に呼ばれ、タンデム装備の説明等を受けるといよいよ飛行機に搭乗し、離陸した。
「なんかあっけないですね。初の軍事基地だったからもうちょっと何かあるかと思ってました。それに専門家の方もいないですし」
「期待してる時点でお前の望むことは起きねぇよ。専門家たちは俺らがオンラインで本土に映像をライブ、送信するから来る必要がない。資料見てないのか? まぁ五十年も前なら付いてきたかもな。それとあっけないのはここまでだ。シマに着いたらやることは手の回らないほどあるぞ」
驚愕した加賀見は専門家を呼ばなかったせいで自分達の仕事が増えているのではと考えることにした。すると段々怒りが込み上げてくる。
「次にこうゆうことがあれば連れてきましょう! 小田さん!」
「お、おう。そうだな」
急に意味の分からないことを言い出した加賀見に小田は驚き返された。
そうこうしているうちに軍人からシマが見えてきたとを二人は聞き、装備を付け始める。装備完了した時にはもう降下ポイントになっており、飛行機の側面のドアが開く。加賀見は下を覗くと、大きな雲の絨毯が広がっておりその広大な光景に足が一歩後ろにいく。
それでも時間は待ってくれるわけもなく軍人は「心の準備はいいか?」と訊き、小田はうなずき、加賀見は震えた声で返事した。
すると小田、加賀見と順に落ちた。
空気がかなり薄いが気を失うほどでもない。ぐっと恐怖で閉じた瞼を再び開く。
先ほどまでは白かった雲が中に入った途端黒へと変わり、身体中を雨で濡らし始める。しかしそれを抜けると目の前にはあの夢にまで見たシマがそこにあった。
「これは……」
目の前の夢が具現化したものに加賀見は絶望し、息をすることを忘れていた。